SILVERMOON

舞踏会メモリー

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舞踏会メモリー



ここはビネ・デル・ゼクセのギルトホール。
評議会からの招集をかけられたクリスとサロメが礼拝堂で待機していた。

「しかし今日の召集は腑に落ちませんな。」

「そうだな」

サロメのことばにクリスは同調する。

世界情勢に平穏が訪れた今、騎士団も失ったものは大きかったが、かつての活気を取り戻し、襲撃を受けた街も復興しつつあった。

ゼクセンとグラスランドの間の和平交渉も順調に進んでおり、攻め入るものがいない現状でゼクセン騎士団の務めは、有事に備えて鍛錬を怠らないことくらいだった。


まあ、つまり平和でヒマ…なのである。


そんな折の召集であったからサロメの疑問も至極当然のものであった。

「まあこの答えはいまからじっくり聞くくことにしましょう」

どうやら迎えの役員がやってきたようだ。
二人は礼拝堂を後にし役員に伴われ評議会へと向かった。





「クリス様!サロメ様!おかえりなさい」

ブラス城に帰ってきたクリス達をルイスが出迎える。

「…疲れた。馬を頼む。」

そういって馬を降りクリスは城内へと向かって行く。

「クリス様…?」

首を傾げるルイス。

「あの…何かあったのですか?」

同様に馬から降りたったサロメに問いかける。

「ええ…まあ…」

言葉尻をにごらせる物言いのサロメである。
その口元は手で隠されているものの緩んでいるようで…
そんな物言いにますますわけがわからなくなるルイスであった。





「舞踏会…ですか?」

ルイスがクリスへ聞き返す。

「ああ。そうだ。」

憮然とした表情でルイスに答えるクリス。 

「まったく評議会のヒマ人が!」

ドン!と机をたたくクリスのただならぬ様子にルイスは早々に執務室から退散することにした。





「ドレスだなんて…恥ずかしいじゃないか…」

一人残されたクリスはぽつりとつぶやいた。





評議会からの召集は、今回の戦いで活躍した者たちの栄誉をたたえ舞踏会を開催する。
という通知であった。
栄誉をたたえというのはあくまで建前で、実際は評議会議員の奥方やパトロンである貴族の女性のヒマツブシなのである。

理由さえあればいいのである。

しかし、建前ではあるが、今回の戦いの立役者であるクリスにも参加が義務付けられたのである。
しかもあろうことか女性の正装で、という指示つきなのである。


当然クリスはその申し出を拒んだ。

「騎士として戦いに身を投じたのです。騎士の正装はこの銀の鎧ではありませんか。」

「舞踏会に鎧姿で参加するなど聞いたことがない。」

「し、しかし…サロメも何か言ってくれ。」

「クリス様。私も鎧姿はどうかと…。」

いつもクリスに甘いサロメだがこのときばかりは評議員に味方した。
理由は簡単、クリスのドレス姿が見たいから…である。

「サロメがそう言うなら…。」

全幅の信頼を置いている者の言葉にすっかり騙されて(?)
ドレスを着ることを承知してしまうクリスであった。





「クリス様。失礼します。」

「あ、サロメ」

「ルイスから聞きましたよ。なにやらご機嫌ななめだそうで…」

「それはっ!!」

「そんなに舞踏会がいやですか?よい気晴らしになるかと思いますよ。」

「参加するのはいいのだが…正装というのが…」

「務め…と思われては?」

「だったら騎士らしい格好をさせてくれればよいのだ!
ドレスなんか……」

「その…慣れないし、恥ずかしいじゃないか…」

「皆クリス様のドレス姿を楽しみにしていますよ。その…もちろん…私も…」

「見たい…というのか?」

「ええ。さぞお美しいでしょうな」

「…そんな風に言われたら…いやといえないじゃないか」

結局ドレスを着ることになってしまうクリスであった。





「サロメ、どうだろうか?」

ここはビネ・デル・ゼクセのダンスホールの控えの間。
舞踏会に出るため、ドレスを身にまとったクリスがサロメの前でターンして見せた。

「とてもよくお似合いですよ。」

瞳の色に合わせた薄紫色のイブニングドレスはクリスに本当によく似合っていた。

「そうか?…なれないからくすぐったいな。」

そういいつつも少しはにかんだその表情からは
悪い気はしていないことが読み取られた。

「ドレスを着られたのはご幼少のころ以来でしょうか?」

何かを思い出したかのようにサロメがそんなことを口にした。

「ん!?…ああそうだったかな…」

―そういえば幼いころ舞踏会に行ったような気がする

「ええ、確かあれは…」

昔を懐かしむようにサロメが語りだす。

―え???なんでサロメが知ってるんだ!?










「ワイアット様!」

サロメは直属の上司であるワイアットの姿をようやく見つけだし呼び止めた。

「ああ、サロメ。準備のほうはいいか?」

「ええ、しかしわたしまで舞踏会などと…」

ワイアットが参加するのは当然としても、未だ騎士見習いでしかない自分が舞踏会にでるというのは場違いな気がしてならなかった。

「そんなに難しく考えなくていい。まあ気晴らしだと思って参加することだ。」

いつものようにワイアットは気さくに言葉をかけるのだが…

「ですが各界の要人も参加されるのでしょう?」

「だからこそ…だ。普段は見えない人間関係なども見えてくる。今のうちにいろいろと見ておくのはいい勉強にもなるだろう。」

「勉強、ですか。」

そんな意図があったのかと初めて気づかされる。

自分のような騎士見習いが、世界の情勢を垣間見るよい機会をワイアットが設けてくれたのだ…

サロメは自分の未熟さを痛感させられたのだった。

「まあそれは建前だ。ゆっくりと楽しむといいさ」

うなだれるサロメの肩をポンと軽くたたき、ワイアットは会場へと向かう。

「はい!」

サロメはあわててワイアットの後を追った。





そして舞踏会会場。

「では俺は外の空気でも吸ってくるか。」

会場への入り口を前にしてワイアットはそんなことを言い出すものだから、サロメは聞き返した。

「ええ?会場には入られないのですか?」

「う~ん。人ごみは苦手でな。」

頭を掻くしぐさをしながら会場をあとにしようとしたそのとき

「お父様~!!」

鈴を転がしたようなかわいらしい声が響き渡る。

声のした方向を見やると一人の少女がこちらへと駆け寄ってくる。
少女は透き通るような銀の髪を二つに結わえ桃色のドレスを身にまとっていた。

天使がいるとすればこういう少女のような存在なのだろう…

ついそんなことを思わせる少女であった。

「おお!どうしたんだ?!」

ワイアットがその少女を抱き上げる。

「わたしね、お父様のところに行きたいって言ったらお母様がこれを着せてくれたの」

「そうか~よく似合っているな」

「ホント?うれしい……その人は誰?」

「あ、わたしは」

突然自分のほうに話が向けられ、思いがけず言葉が詰まる。

「ああ、そうだったな二人は初対面だったな。これはクリス、俺の娘だよ」

そういってワイアットはその少女をサロメの前に立たせた。

「ワイアット様のお嬢様」

「クリスだよ。」

初対面の相手に物怖じせずにっこり、と無邪気な微笑をたたえるクリス。

「はじめましてクリス」

そういって二人は握手を交わした。

「かわいいだろ?俺の自慢の娘だ。クリス、こいつはなサロメといって俺の下で働いてくれている騎士の卵だ」

「じゃあクリスと一緒だね!」

一緒というのがよほどうれしいのかクリスは両の手でサロメの手を掴んで離さなかった。

「一緒とは?」

そんな彼女の手を払うことなどはできず、そのままにしてサロメはワイアットのほうを振り返る。

「はは、クリスはな、騎士になりたいんだとさ。」

「そうなんですか!」

「うん!クリスお父様と同じ騎士様になるの!」

「まったく困ったおてんば娘だ。」

そんなことばとはうらはらにワイアットの表情にはうれしさがにじみでており、クリスへの愛情がかんじられた。

「そうだ、クリス。お父さんはこれから大切な用事があるからこのお兄さんと舞踏会を楽しんできなさい」

「うん!わかった。」

「え、え?!」

「じゃあ頼んだぞサロメ」

「え、ワイアット様!?」

そしてワイアットは会場をあとにし、二人が残されることになった。





「わぁ~きれい」

舞踏会場では色とりどりに着飾った貴婦人たちがダンスを楽しんでいた。

まだ5歳とはいえ少女のクリスは目を輝かせてダンスを見ていた。

「一曲踊っていただけますか?かわいいお姫様」

そういってサロメは恭しくひざまずきクリスの前に手を差し出した。

「うまく踊れなくてもいい?」

「ええ、曲にあわせて好きに動けばいいですよ」

「じゃあ踊る!」

そういってクリスはサロメの手をとった。











「そんな事があったのか。」

「ええ、クリス様は覚えていらっしゃらないでしょうな」

「ああ。舞踏会に行ったことがあるのは屋敷にドレスがあったから覚えていたが…」






会場へと向かう間、サロメはかつての上司と舞踏会の夜に交わした会話に思いをはせる…













「こんなところにいたか。探したぞ」



中庭のベンチに腰掛けているサロメの後姿をを見つけ、ワイアットは声をかけた。

「あ、ワイアット様!すみません。」

その声にサロメはあわててふりむく。

見るとサロメの隣でクリスはすやすやと寝息を立てて眠っていた。
夜も更け、いくら舞踏会で気が高ぶっているとはいえ、子供のこと眠気には勝てなかったようである。

「疲れて眠ってしまったか。」

「ええ、あんまり幸せそうに眠ってるから起こすのがかわいそうで…」

少し風に当たって休憩しようとしたところそのまま眠ってしまったということだった。

「そうだったか。」

クリスの髪をなでてやりながらほっと胸をなでおろすワイアットであった。

サロメに娘を任せたもののサロメもまだまだ騎士見習いの15歳。
会場に二人の姿が見えなかったときは
もしや誘拐されたか!?
と思いあわてて二人を探し回ったワイアットである。

それはやはり親バカといったところか…





「サロメ…」

「はい…?」

「もしもクリスが騎士になるようなことがあれば…クリスのこと頼んだぞ。」



―俺ではクリスをまもってやれないから…



「はい!それはもちろんです。」


グラスランドとの戦いが続くこの状態で騎士でいる以上万が一のことを考えて、
ということもあっただろうがそれだけではないようなワイアットの物言いに、なにかぬぐいきれない疑問がサロメの胸を掠めた。

しかしあえてそれを問うことはしなかった。

ワイアットが何か重大な秘密を持っていることはうすうす気づいていた。
だが、自分がそれを追及する立場ではないことは十分承知しており、なによりワイアットのことを信頼していたので気づかないふりをしていた。

いつか必要なときがくれば自分にも話してくれるだろうと思っていたから…











「…サロメ?…どうした。ぼ~っとして。」

「!…クリス様……いえ、少しばかりワイアット様のことを思い出しておりまして。」

「…父にも、見せたかったな。」

「…きっと見ていらっしゃいますよ。」

「うん。そうだな…。」




そして会場には室内楽団の奏でる音楽が流れ出す。

「ではお美しいお姫様、一曲踊っていただけますかな?」

そう言ってかつてと同じく手を差し伸べるサロメ

「ええ。喜んで。」

そしてその手をそっととるクリス。


「今夜は足は踏まないでいただきたいですね。」

「いくらなんでも5歳のころとはちがうからな!」

そんな会話があったにもかかわらずなれないハイヒールのためか足は幾度となく踏んづけられ、有り余る体力のせいかクリスのダンスにたっぷり振り回されるサロメであった。

(終わり)









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