SILVERMOON

今日の仕事とその後に……

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今日の仕事とその後に……



季節はもうすっかり春で、ここゼクセンにも桜が満開に咲き乱れている。

そんなうららかな春の昼下がり、クリスの執務室に於いて、あいもかわらず書類と対峙しているクリスとサロメのご両人である。

まあ、書類のほとんどはサロメが処理するのだが、騎士団長直々のサインを必要とする書類も数多く、そういった類の書類を、こうやってサロメがまとめて持ってくるのだった。

「ふあああ」

おもむろに、クリスが一つ欠伸をする。

それを見てサロメがつい微笑みを浮かべる。

「!!?…サロメっ…見てたっ!?」

そんなサロメの視線に気づき、クリスは真っ赤になる。

どうも、ついついリラックスしていて、サロメと一緒に仕事をしていたことをすっかり忘れていたようである。

「あ、あのっ…これはだなっ…!!」

あわてて取り繕おうと試みるクリスである。


最近どうもいけない。

サロメと一緒にいることが自然になりすぎてついつい普段着の自分が露呈してしまう。


また…子供っぽいとか思われていないだろうか…


クリスはちらりとサロメのほうを見る。
サロメはなんともほほえましいものを見るような、そんな穏やかな笑みをたたえている。

そんなサロメの様子を見て、クリスはわからなくなる。


それは、親や兄弟といったような保護者的な立場から来るものなのだろうか…
それとも、こっ、こいびと…に向けるもの…なのか…?

もしかしたら…その両方、なの…か?

そう…だったら……うれしいけれど…


困ったような、思い迷っているような表情を浮かべ、クリスはじ~っとサロメを観察している。
サロメのほうはまさかクリスがそんなことを考えているなんて露とも知らないわけで、

「構いませんよ。春眠暁を覚えずと申しますから。」

などと、困っているクリスにてんで筋違いのフォローを入れてみたりしている。

筋違いではあったけれど、クリスはそんなサロメのやさしさにほっとする。


もう…深く考えるのはやめよう。
そのやさしさが心地よいから…今はそれだけで十分満たされているから


クリスは、そんな思いをめぐらせる。

「ありがとう。サロメ。」

「??」

「ん。なんでもない。」

首を捻るサロメに対し、クリスは首を振る。
その表情は満足げであったので、サロメもそんなクリスを見てそれ以上は追及しなかった。


「そうそう、さっきの言葉…ええと、なんだっけ?」

「春眠暁を覚えず…ですか?」

「うん。言われてみればそうだな、と思って。」

クリスは窓から差し込む日差しが以前に比べてずっと暖かいことに気づかされる。

「本当に、春だな…」

「ええ…いい季節ですな」

仕事の手を休め、二人して窓の外をしばし眺める光景は、ほんとうにうららかな春の昼下がりだった。





「あの、な…今日の仕事が終わったら…」

クリスがふと話しかける。

「はい。クリスさま?」

「今日の仕事が終わったら、桜を見に行かないか?」

「桜ですか…?」

「ああ。」

「申し出は本当にうれしいのですが、仕事が終わってからとなると…もう暗くなってしまうかと。」

「わかってる。一度”夜桜”というのを見てみたいんだ。」

「”夜桜”ですか。」

なるほど、夜の桜はあまり見る機会も少なく、クリスが見てみたいというのも頷ける。

「しかし、暗くなってから外出というのは…」

互いに思いは通じ合っているものの、表向きには上司と部下。
しかも騎士団のTOPである。
あまり表立って夜に外出といのはまずい立場なので、サロメは言葉を濁す。

実際のところは、サロメにしてみれば自分の進退はどうなっても構わないのだが、クリスの地位を傷つけるわけにはいかないと思っての言動である。

「ふふ。それは大丈夫だ。」

クリスが自身ありげに笑みを浮かべる。
その表情は仕事の時には決して見せないもので、

『またとんでもないことをおっしゃるのでは…』

とサロメは当惑する。
まあ、クリスのそんなお茶目なところも、とっても可愛いと思ってしまう相当重症なサロメなのだが。


「ここから出ればいいだろう?」

『知っているんだろう?』とばかりに、いたずらっぽく微笑んで、クリスは執務室の本棚を指差す。

なにか言うだろうと、身構えていたにもかかわらず、サロメはやっぱり絶句する。

「名案だろう。」

勝ち誇るクリス。

「いや…まあ、それはそうなのですが……」


『それではまるでどこかの工作員殿じゃないですか~…』


と、言葉を濁しながら、渋るサロメ。

「さあ!そうと決まったら早く仕事を片付けよう!」

煮え切らないサロメを完全に見ていないことにして、クリスは嬉々として仕事に取り掛かる。

「は、はあ…そうですな。」

結局、同意せざるを得ないサロメである。



かくして夜桜デートは決行される運びとなった。





「夜といっても案外明るいんだな。」

「そういえば、今夜は満月のようですな。」

二人は夜空を見上げる。
雲ひとつない夜空には満月と数多の星が日中とは異なる淡い光を醸し出していた。


そんな会話を交わしながら、二人はブラス城から少し歩き、川岸へとやって来ていた。


そこは桜並木が連なっているのだが、その満開の桜の花々が月明かりに照らされて、ほんのりと光を放っていた。
そのほの白い光はまるで桜自らが発光しているようでもある。


「きれい……」

クリスは素直に感嘆の声を上げる。

「ええ。本当に…。昼間とは違った幻想的なものですな」

サロメがその言葉に頷いた。


夜の静寂と澄んだ空気がひろがっている。
今ここに存在しているのは二人だけ…そんな気さえしてくる。


「来て…よかった」

サロメを見てにっこりと笑うクリス。

「ええ…。」

サロメは大きく頷く。

きれいな夜桜を堪能できたこともさることながら、そんなクリスの笑顔を見ることが出来るだけで、本当に来たかいがあったと思うサロメであった。





「くっしゅん」

クリスが一つくしゃみをする。

「春とはいえ、夜は冷えます。こんなものですがすこしは寒さをしのげるかと…」

そう言って、サロメは自ら纏っている肩掛けをはずし、そっとクリスの両肩にかける。

「あったかい…な」

クリスはうれしそうにその布の暖かさを手と頬で確かめている。


「でも…これではお前が寒いのではないか?」

「わたしなら構いませんよ。」

「でも」

「せっかく夜桜を楽しみに着たのに…寒いからともう帰るのは残念ですからね。どうか私のわがままを聞いてください」

「ばか…」

クリスはうっすらと、頬を染めてうつむく。


もう少しこのまま二人でいたい…それはクリスも同じ事である。

それでもやっぱりサロメに寒い思いはさせたくない…



「では…おまえは私があたためてやろう」

「え…?」

クリスはサロメにかけてもらった布ごと自分の両腕をサロメの首に廻し、身を寄せる。

「こうしたらお互い暖かいだろう?」

クリスは、同意を求めるように小首をかしげてにっこりと微笑みかける。

「…まったく貴女という方は…」


どうしてこう、いつもいつも可愛らしいことばかりしてくれるのだろうか…


サロメは、くらくらと眩暈にも似た陶酔に浸る。

そしてクリスに応えるように、自らの腕をそっとクリスの背で交わらせる。
そうすることで、お互いの体温が伝わる。

「ふふ。さっきよりずっとあたたかいな」

「ほんとうに…」

互いに笑みをかわす。



「しかし…」

「?」

「どうも…これでは、花を愛でるどころではありませんな」

「え…?」

よくよく考えてみれば、クリスはサロメに抱きついているような体勢である。
見る間にクリスは頬を赤らめる。

「もう…そんなこと言ってるとあたためてやらない…ぞ」

クリスは少し口を尖らせてみせる。

「それは困りましたな…」

そしてサロメは苦笑を浮かべる。

しかし、

お互いにそのように言いあっていても、お互いに廻した腕は解かないまま、であった。




桜の花を愛でるどころではなくなってしまったけれど…

しばらくはこうやって、目の前の一輪の花を愛でていたい…



そんなことを一人思うサロメであった。

(終わり)







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