SILVERMOON

ひとときの休息

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ひとときの休息



「明日から休日か…」

夜着を纏い、就寝の準備を整えたクリスはふとベッドサイドの机の上の暦に目を落とす。

暦には休日を示す赤い数字が並んでいる。

ゼクセンでは、毎年春のこの時期にまとまった休日が与えられる。

必要最小限の人員を除いて、ほとんどの者には生家に帰る許しの出る数少ない機会である。
ブラス城の周辺やビネ・デル・ゼクセに家を持つものは、他に帰る機会も多いので、この休みを利用してバカンスに行くものたちも多いのだが、丁度農繁期も重なるため、生家に帰って手伝いを行うという騎士も数多くいた。

ビネ・デル・ゼクセにはしばしば立ち寄る機会があるクリスは、今回の休みには特に何も予定を入れていないでいた。

それでも、

休日というものは嬉しいものである。

「久しぶりにゆっくりできるな…。」


『明日は一日のんびりするか…』


そんなことを考えながら、クリスは床に就いた。





翌朝―

クリスはいつもと違い、私服に身を包み、髪もおろしたままといった風体でサロンへと向かう。

特にこれといった用事はなくとも自然ここに足が向かうクリスであった。


サロンにはクリスと同様に私服姿のサロメがいた。

上はシャツが一枚で、しかも仕事中ではありえないことなのだが、
ボタンも上まできっちりと留めていないという、いつになくくつろいだ服装である。

その服装からも今日は1日ゆっくりしようと決めているのが伺える。

普段は見られないサロメの雰囲気に、なぜかクリスは少しばかりの緊張を覚えてしまう。


『な、なにをドキドキしてるんだ私は……』


「おはようございます。クリスさま。」

サロメがクリスの来訪に気づき、読んでいた本を傍らに置き、立ち上がる。

「あ、ああ、おはよう。サロメ。」

「どうされました?」

少し様子のおかしいクリスに、サロメは首をかしげる。


『気のせいかお顔が赤いようだが…』


「ん…いや、サロメのそういう格好って見たことがなかったから。」

「そうでしたかな?そういうクリスさまも今日はめずらしい装いでいらっしゃいますな。」

そう言ってサロメが自分の姿を見るものだから、クリスは急に気恥ずかしくなってしまう。

「そう…見ないでくれ」

「おっと、申し訳ありません。」

サロメはあわてて視線をそらす。

そんな生真面目なサロメを見て、クリスは自然と笑みがこぼれる。


『やっぱりサロメはサロメだな』


いつも通りのサロメに安心感を覚えるクリスである。


「そういえば…」

「はい?」

「ここにこうやって二人でいるときは大概仕事がらみだものな…」

お互いが私服、というのは本当に珍しいことだとクリスは再認識する。

「そうですな。」

サロメが相槌を打つ。

「ご安心ください。今日は仕事は持ってきていませんよ。」

「そうか、そうだよな…ふふ。」

クリスは思わず笑みをこぼす。

「クリスさま?」

「いや、お互い休みだというのに、自然とここに来てしまうんだなと思ってな。」

「こればっかりは性分でしょうな。」

そんな他愛もない会話を交わし、そして二人して笑いあう。


いつもとは少し違う気はするけれど…

やっぱり、

いつもと同じ…

そんな朝の一幕であった。





「皆はもう帰ったのか?」

思い出したようにクリスがたずねる。

「ええ。久々の休日ということで故郷に帰る者など、皆それぞれですな。」

「そうか。…サロメはどうするんだ?」

「私ですか?全員がここを留守にするわけには参りませんから今日はここにおりますよ。」

さも当然。といったふうにさらりと答えるサロメである。

「そうか。」

一言、そうつぶやくのだが、ついその語調が一段階低くなってしまう。


『せっかくの休みなのに…帰らないんだな…
お前は、いつもいつもそうやって…自分の事は後回しにする…
もっと自分のために行動してもいいはずなのに…』


それが彼の仕事なんだとわかっていても、そう思わずにはいられないクリスであった。

「また別の機会に帰らせてもらいますので、お気遣いは無用ですぞ。」

そんなクリスの様子をサロメは瞬時に読み取り、サロメは切り返す。

クリスのためならばなんだって厭わないサロメであるが、それが逆にクリスを気遣わせることにつながってしまうのは彼の望むところではなかった。


「で、クリスさまはどうされるのですかな?」

「私か?…そうだな……」

口許に手を当て、クリスは思案する。


『特にこれといった用事もないし…
サロメだけ残ってもらって実家に戻ってもな…
うん、そうだ。』

どうやら結論が出たようで、さも名案といわんばかりに、クリスは頷き、手を合わせた。

「とりあえず朝食を作ろうかな。サロメもまだなんだろう?」

「クリスさまが…ですか?」

サロメが目を丸くする。
たまに自分が作ることはあっても、かつてクリスが朝食を作るということは、まず無いことだった。

「たまにはいいだろう?」

「それは勿論なのですが。」

「た・だ・し!」

クリスは人差し指を立て、言葉に合わせてその指を振ってみせる。
そしてその指をさながら銃口で脅迫するようなそぶりでサロメに向け、悪戯っぽく微笑む。

「お前も手伝うこと!」

「御意に。」

サロメはにっこり笑って、わざに恭しく一礼する。
クリスにすっかり射抜かれてしまっているサロメであった。





かくして厨房にてバトルが繰り広げられることとなる。

たまに料理をするため、サロメは自前の前掛けを持っている。
そして、それを慣れた手つきで、さらりと腰周りに纏う。

「おそいですな…クリスさま…」

準備万端のサロメはクリスが消えていった厨房の先にある部屋の扉に目をやった。





一方そのころ、クリスはというと…


「ほ、本当にこれを着けるのか?」

クリスは厨房の奥にある侍女たちの部屋に来ていた。

「ええクリスさま。お召し物が汚れてしまいますので、
私どものもので失礼なのですが、どうぞこちらをお着けくださいませ。」

侍女に差し出されたのは
侍女がいつも見に着けている、”メイドさん御用達印”のフリル付きエプロンと頭飾りである。

「し、しかし……」

クリスは固まっている。

「さあ!クリスさま。」

じりじりと侍女が迫る。

「あ、あの…この頭飾りはいらないんじゃないかな?」

クリスは妥協案を出してみる。

「いえっ!髪が料理に掛かります!それにそれがあるとないとでは大違いなんです!!」

「え、え~と??よくわからないんだけど…」

「クリスさま。失礼いたしますね」

なかなか手を出さないクリスを見かねたのか、侍女がそれらをテキパキと着けていく。

「はい。これで結構ですわ。本当にクリスさまは何をつけられてもおステキですわ。」

侍女の目がキラキラと輝いている。

「……ほ、本気、か?」

どう考えても、自分がこんな似つかわしいものを身につけている様が、想像できないクリスである。
侍女の言葉も冗談にしか聞こえない。

「ええ!それでは私、部屋の掃除がありますので失礼させてもらいます。」

休日ゆえにいつもは数多くいる侍女も、そのほとんどが不在なのであった。
彼女はクリスに一礼し部屋を出て行った。

「ああ。いそがしいところ邪魔をした。」

そう言ってクリスも部屋を後にする。



「しかしこの格好……」

ひらひらとしたエプロンの裾を掴みしげしげと眺める。

「笑われるんだろうな…絶対。」

こと自分の容姿のこととなると、てんで”解かっていない”クリスであった。





「待たせたな」

「いえ。構いま……」

クリスの声に振り向いたサロメは、目の前のクリスの姿に絶句してしまう。


『ク、クリスさまが…フ、フリルのエプロン(しかも頭飾り付き)~……!!!??』


「ふふ、どうだ?」

ほんの冗談のつもりで、クリスはエプロンの裾を掴み、ポーズをとり、くるっとターンしてみせる。

「似合わないだろ?」

そういってちょっと舌を出してみせる。

クリスの予想ではここで笑いが取れるはずであったが……


『か、可愛すぎますークリスさま…』


サロメは真っ赤になって、それからやたら不自然な咳をしている。

「ゴホ、ゴホンっ………あ~……その~……」

「や、やっぱりおかしいか!?よく考えたらエプロンなんかいらないよな。」

そんなサロメの様子に、”そんなに似合ってないのかな”と勝手な解釈をし、
クリスは慌ててエプロンをはずそうとする。

しかし、

「いります!絶対いります!!!」

ブンブンと首を振り、それを阻止するサロメであった。





「ではあとはサラダですな。クリスさま、このキュウリを切っていただけますかな?」

「ああ。」

サロメの指導のもと料理はなんとか完成に近づいていた。
残すところはサラダだけである。


クリスは慣れない手つきで包丁を握り、キュウリを切ろうとする。

「それでは、左手を怪我されますな。左手はこう…で、包丁はこれくらいの角度で…」

教えることに熱中して、自然にサロメはクリスの手に自らの手を添え、切り方を指導する。
一方のクリスも真剣そのものでキュウリを切っていく。

「こんな感じでいいのか」

クリスは振り返りサロメのほうを振り向く。

「へっ!?」

振り向いた真正面に至近距離でサロメがいたものだから、クリスは思わず声を上げてしまい、慌てて視線をまな板に落とす。


『な、な、なんでそんな近くにいるんだ~~!!??そ、そそれに、て手、手まで~!?』


急にサロメのことを意識してしまい心拍数が跳ね上がる。


『は、早く切ってしまおう。』


「あ、クリスさま、いけません!」

「あ、いたっ…」

クリスの指に痛みが走る。
サロメの制止も間に合わず、慌てて切ったせいか、クリスは包丁で指を切ってしまったのだ。

「クリスさま!大丈夫ですか!?」

サロメはすかさずクリスの手をとり、クリスの指を口に含む。

「あ……」

見る間に真っ赤になるクリス。

それを見てサロメははっとなる。

いつも自分が料理しているときは多少のキズはこうやっていたのだが、とっさのことで、それが出てしまったのである。

「も、申し訳ありませんっ!、つ、ついいつものくせで…。少しお待ちください。救急箱を取ってまいります。」

あたふたとサロメが立ち去っていく。



サロメが立ち去ったあと、クリスは怪我をした自分の指を見る。
一旦止まりかけた血が、僅かににじみ出てきている。

「これくらい、舐めとけば治るのに…」

そうつぶやき、クリスは無意識にその指を口に咥えた。



「お待たせしました。」

数分とかからずサロメがもどってきた。

「あ…」

サロメはクリスを見て思わず声を上げてしまう。

「ん?…」

クリスは首をかしげる


クリスの咥えてる指は先ほどサロメが口にした指で……


「……あっ!!」

その事実にクリスは気づき、あわてて指を離す。

「さ、さあ薬をつけますぞ」

「あ、ああ」

お互いテレまくりながらもなんとか処置を終え、料理へともどる二人であった。





「…これでいいのか?」

「ええ。それで仕上がりですな。」

出来上がった朝食を食卓にならべる。


二人で作った少し遅めの朝食は少し不恰好ではあったけれど、それはそれは、とてもおいしかった。


「おいしいか?」

「ええ。とても…。」

そんな会話を交わしながら、見る間に皿は空になっていった。



「それじゃ、今度は紅茶をいれようか。」

食事も終わり一息ついたころ、クリスはそういって立ち上がった。

「クリスさまが?」

サロメは再び目を丸くする

「ああ。たまにはな。いいだろう?」

「雨が降らなければいいのですが。」

そんな言葉とは裏腹に、その表情はとても嬉しそうなサロメであった。

「言ってくれたな。上手にいれる自信はあるぞ?」

クリスは軽く膨れてみせる。

「期待してますよ。」

「まかせてくれ。」

食堂を後にし、茶器を持って、二人はサロンへと向かった。





いつもとは違い、ソファに腰掛けているのはサロメ。そして紅茶を入れるのはクリスである。

「どうぞ」

クリスが紅茶をサロメに差し出す。

どきどきとサロメがそれに口をするさまを見つめる。



「ふむ…とてもおいしいですな。」

「そうだろう?」

内心はほっとしているのだが、そんなそぶりを欠片も見せずに答えてみせる、どうにも素直になりきれないクリスである。

「毎日見ているからな。」

そう付け加え、得意げにサロメに微笑みかける。

「そうでしたな。」

そんな様もサロメにとっては可愛さが増すだけのようで…
サロメはつられて微笑を返す。


「クリスさまも…」

サロメが、向かいの席を手で指し示す。
そう促されて、初めて自分が立ったままだったことに気づくクリス。

「あ、ああ。そうだな…」

クリスはちょっと迷ってから、向かいの席ではなくサロメの隣に腰掛けた。

「クリスさまっ!?」

サロメは驚いて紅茶のカップを落としそうになる。

「ふふ。たまにはな。」

ちょっとはにかみながらクリスは自分のカップへと手を伸ばす。



「ふう。」

クリスは十分に香りを楽しんだ後、一口紅茶を含んだ。
ようやくほっと一息、といったところか。

「やはりほっとしますな。」

「ああ。それに今日はこれから仕事に追われるわけでもないからな。余計においしく感じるよ。」





紅茶を飲んだ後も二人はソファに腰掛けたまま、特に何をするわけでもなくゆっくりとしていた。

いつものあわただしい城内も今日は心地よい沈黙に包まれ、その沈黙を楽しむかのように、時折、一言二言会話を交わすのみの二人だった。


「休みといえど何かしら用事はあるものですが、今日はずっとこうしていたいですな。」

「そうだな…」

クリスは自分の頭をサロメの肩に乗せ、そっとサロメによりかかる。

「こうやって、このまま何もしたくないな」

サロメは少々驚いたが、すぐにその表情を緩める。

「ほんとうに……まったくその通りですな。」

「ふふ…。」


何もしない休日、そんな休日こそが日々仕事に追われる二人には必要なのかもしれなかった。













「ですが…。」

「ん?」

「やっぱり…何もしては、いけません…か?」

「え、え?」

クリスは目を瞬かせ、サロメを見る。

「寄り添われるだけではどうにも手持ち無沙汰なのですが?」

クリスは見る間に赤面する。




その後二人がどうなったかはまた別のお話で…。

(終わり)








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