SILVERMOON
願い事ひとつ
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願い事ひとつ
(title:どきどき)
「クリス様。今日はこれでおしまいですね。」
夕刻を告げる鐘の音と共にルイスが私に声をかける。
サロメからルイスに渡された書類の量は的確で、定時と共にちょうど片付いた。
「それではこの書類はボクがサロメ様のところまで持っていきますので。」
私が目を通しサインをしていった書類をルイスが束ねていく。
てきぱきとこなす姿を見ていると本当にありがたく思える。
「ああ。…ん、そうだな。私が持っていくよ。」
返事をしかけて、ふと思いとどまった。
ルイスがもっていったら、きっとサロメはこの書類にもう一度目を通したり、そうでなくとも他のいろいろな仕事を黙々と続けるだろうと容易に想像できた。
私には定時までの仕事しか廻さないくせに…だ。
「よろしいんですか? 」
ルイスが首をかしげて聞いてくる。
「ああ。サロメはまだ仕事してそうだから、私から言ってちゃんと休ませんとな。」
これは上司としての責任だ。うん。
決してサロメに会いに行きたいから…とかじゃないぞ。
「フフっ。そうですね。」
「何を笑っているんだ?」
私はおかしなことを言ったのだろうか? 上司として当然のことを言ったまでだと思うのだけど…。
「あ、いえ。今朝サロメ様も同じような事おっしゃられていたんで」
「同じような事?」
サロメが…わたしと?
思わずルイスに聞き返す。
「”クリス様はご無理をなさる事がある。私が言ってきちんとお休みいただかないと”…って、今朝書類をもらいに行った時におっしゃられて。」
「なんだ。サロメもそんなことを言っていたのか。」
お互い様というわけらしい。
どうもサロメは心配性のところがあるからな。
気遣いはすごくうれしいけれど、もう少し自分の心配もして欲しいと思ってしまう。
もう少し…わたしが頑張ってサロメの負担を減らせたらいいのだけれど…。
ついつい頼ってしまうんだよな。
「クリス様もサロメ様もゼクセン騎士団になくてはならない存在です。
お2人ともお体には十分お気をつけてください。」
「そうだな。ありがとうルイス。」
ルイスの気遣いも本当にありがたかった。
「では失礼しますね。」
一礼して部屋を出て行くルイスを見送りながら、私はどうやってサロメを休ませるか思案していた。
そういえば、最近は仕事仕事でなかなか息抜きもできていないからな…
一人になった部屋でそんな事をふと考える。何か息抜きが出来たらいいんだけれど…。
ふと窓の外を見ると、雲ひとつない空がうっすらと暮れかかっている。
「今夜は綺麗な夜空になりそうだな…よし。」
私はいそいで支度をはじめた。
サロンの扉を2回ノックし、返事を聞くのももどかしくて私は部屋に飛び込んだ。
「サロメ!」
「はい。…クリス様?どうされましたその出で立ちは。」
手にしていた書類から顔をあげ、サロメは不思議そうに私の格好を眺めている。
私はいつもの騎士としての服ではなく私服に着替え、髪も下ろしていたから、サロメがそうなるのも無理はないだろう。
そんなサロメの疑問はさておいて、私はすぐさま本題へと入った。
思い立ったら即実行だ。こういうときは正攻法に限る。
「もう仕事はやめにして息抜きをしよう!」
「え?息抜き…ですか?」
サロメはわけがわからずにきょとんとしている。
「ああ。つきあってくれる…だろ?」
サロメは優しいから、いつもわたしの事を気遣ってくれるから、
”私の息抜きに”って言えばきっとサロメも一緒に来てくれる…そう思って敢えてそう聞いた。
「そう…ですな。お望みとあらば喜んでお供いたしましょう。」
サロメはそう答えて微笑んだ。しかし私はその物言いに思わず苦笑を覚えた。
だって、仮にも恋人に言うせりふか?それが…
ここで怒っても仕方が無いので、追及はしなかったが…。もう少し言い方があるだろうにとついつい思ってしまう。
そして、仕事終わりのどさくさにまぎれてお互いに城を抜け出し橋向こうで落ち合うことにした。
「きれいな空…。」
ブラス城から少し歩いたところにある高台に私たちは立っていた。
既に暮れてしまった空には満点の星が広がっている。
「心があらわれますな。」
「ああ…」
吸い込まれるような夜空を2人ただ眺めていた。
ただこうしているだけで、仕事の事なんて忘れてしまうほどに自然の力は偉大だった。
しばらくそうやって眺めていたが、やはり日が沈んで気温が下がったのだろう、身体が冷えてきた。
私はつい小さく身震いしてしまった。
「少し…冷えますな。」
後ろから声がしたかと思うと私の眼前に、ふわっとサロメのストールが降り、わたしの身体へと掛けられた。
サロメの心遣いが嬉しくて、このぬくもりを離したくなくて、私はそのストールをきゅっと握り締めた。
「まだ…ちょっと寒いな。」
本当はそれだけでも暖かかったけれどもう少し甘えたくて私はそう呟き、後ろのサロメにくっつくようにもたれかかった。
「これでは…どうですか?」
そっとサロメの手が前に廻され私を包み込む。
「うん。あったかい…。」
コクンと小さく頷いて、私は廻された手にそっと自分の手を添えた。
「では、もう少しこの空を見ていましょうか。」
「ああ。」
サロメの胸に寄り添うようにもたれかかっているとサロメの心音がやけに大きく伝わってくる。
「サロメでもドキドキするんだな。」
そんなことが何だか嬉しくて、つい口にしてしまう。
「クリス様がそうさせるんですよ。」
そう耳元でサロメが優しく囁きかけるもんだから今度はこっちがドキドキしてしまう。
もう、伝わってくる鼓動が自分のものなのかサロメのものなのか、分からないくらいだ。
「私も…ドキドキしている。…これはサロメのせいだな。」
サロメにも分かって欲しくて、私は前に廻されたサロメの腕をぎゅっと身体に押し当てた。
「では…お互い様ですな。」
「ああ…。でも…でもいやじゃない…。こうやっているのは心地いいな。」
「そうですな。」
こうやって互いの体温を、鼓動を感じ取れるというのは、本当に傍にいることが感じられて、とても安心できた。
「ずっと。こうしていたい…。」
無理だと分かっていたけれど、私は口に出さずにはいられなかった。
「ですが…そういうわけにも参りませんからな。」
「ああ…。わかっている。あまり遅くなってはいけないからな。」
予想通りの返答に、少し淋しいものを感じながらも、私は自分に言い聞かせるように呟いた。
でも…
でも…
もう少し、
もう少しだけ……
「…サロメ…」
「はい…?」
「もう少しだけ…だめ、か? その…流れ星に願い事を言いたいんだ。」
このまま帰ってしまうのは淋しくて、少しだけでもと、私は思いつくままそんなことを頼み込んだ。
「クリス様……」
サロメの声が迷っているのが分かる。私は祈るような気持ちでサロメの返事を待った。
「…では…流れ星が見つかるまで…ここにいましょうか。」
「ああ。ありがとう…」
嬉しさに、私はサロメの手を強く握り締めた。
結局、クリスの頼みをサロメが断れるはずもなく…2人は流れ星を待った。
その後流れ星が見つかり、クリスはひとつ願い事を言った。
そしてそれはすぐに叶えられるのだった。
翌朝2人してめずらしく欠伸をしているところを見られたりとか、
クリスがやけに上機嫌だったりとか
それはまた別のお話で…。