SILVERMOON

なつまつり

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なつまつり

(title:雑踏)



ビュッデヒュッケ城のとある昼下がり。

部屋でくつろぐクリスの許に親友であるリリィがたずねてきた。



「ねえねえクリス!今夜の夏祭り誰を誘うの?」



部屋に入るなりリリィはクリスにまくし立てる。



「突然なんだ?リリィ」



いきなりの質問にクリスの頭は疑問符が浮かぶ。



「え~聞いてないのぉ?」



「……何を?」



「今日はこのお城で”夏祭り”よっ!!」



騒ぎごとが何よりも好きなリリィである。目をキラキラと輝かせ、クリスに言った。



「何だそれは?」



クリスが首をかしげる。



「なんでも領地の子供達を楽しませようとトーマス君が企画したらしいわよ」



「トーマスが?そうか…頑張っているな。」



「そうよね~。…で、私たちもそれを盛り上げないといけないじゃない!」



「あ、ああ。そうだな。」



ちょっと違っているような気もするが、さもそれが正論であるかのようにリリィは断言する。

そして、その自信満々の口ぶりについ賛同してしまうクリスである。



「そうでしょ、そうでしょ!!まぁ…ね、結局のところお祭り騒ぎが好きなだけなんだけどさ」



「くす。それが本音だな。」



本音を漏らすリリィに思わずクリスは笑みをこぼした。



「…で、誰を誘うの?」



ここで再び、リリィは本題に入る。身を乗り出してクリスの答えを今か今かと待っている。



「誰って…、別に皆で楽しめばいいじゃないか?」



誘いたい相手がいない訳ではない。

だが、そう簡単に相手の名を口に出来るものではなかった。



「え~せっかくの機会なのに~?つまんないなあ。」



口を尖らせリリィは不服そうにする。



「…まあいいわお祭りの間にナンパっていうのもアリね。」



「ナ、ナンパって……。」



リリィの切り替えの早さにクリスは半ば圧倒されて言葉が続かなかった。



「さて、じゃあ着替えに行きましょ。」



「え?着替え…?」



「いいからいいから。さ、行きましょ。」



わけのわからないままのクリスをリリィは強引に連れ出した。















日が暮れかかろうとしているころ、

城の庭ではビュッデヒュッケ城の面々と店舗を構えている者達が出店をだし、子供だけでなく、領地の住人達、そして数多くの仲間達も楽しんでいた。



「わ~始まっている始まっている!」



「あ、リリィ…ちょっと待って。」



クリスが歩きづらそうに、まさに走り出さん勢いのリリィを追う。



「早く早く!」



すっかり上機嫌のリリィだ。

きょろきょろとあたりを見回している。城の玄関前は一段高くなっており、祭りの様子がよく見渡せるのだ。



「あ、あっちにいるの貴女の部下じゃない?」



リリィは少し先に出来ている人垣の中央を指差した。

見るとパーシヴァルとボルスの姿があった



「ああ。本当だ。」



「へえ~囲まれちゃっているわ。やっぱり格好良いもんね。」



うんうん。と頷き、リリィは納得している。

パーシヴァルとボルスは夏祭りにふさわしく異国の”浴衣”を見事に着こなしている。

それゆえ彼らの周りには女性達でいっぱいだった。



「しかし、すごい人だかりだな…。」



「そうね~。負けてられないわ。」



何の勝負か分からないが、早くも対抗意識を燃やすリリィであった。



「本当にみんなこれを着ているんだな。」



そう言ってクリスはしげしげと自分の着ている衣服を見下ろす。

クリスもリリィもまた浴衣を身に纏っていた。



夏祭りを企画した者達から城の仲間達へと一斉に配られたのである。

配られたとは言っても、同時に”城再建のために”と半ば強引に寄付を求めており、売りつけられたといってもおかしくない配り方ではあった。

もちろん出店の収益の一部も”城再建のために”と収められる手はずになっている。

さすがマーサといったところであろう。



「雰囲気作りは大切だからね!」



リリィが楽しそうに浴衣の袖をひらひらと翻す。



「だからって私には…」



一方のクリスは反対に重い表情である。



「何言ってるの?くやしいけど似合っているわよ。ま、わたしといい勝負ね。」



そう言ってリリィはいたずらっぽく笑ってみせる。

その言葉どおりにリリィには浴衣がとても似合っていた。

そしてクリスにもとても似合っているのだが、クリスにはそれがわからないのだ。



「そうだろうか?…なんというかこのような動きにくい物はどうも柄じゃない気がする。」



「んもう!そんなに言うんなら聞きましょ!あ、ほらちょうどあそこに」



業を煮やして、第三者の意見を聞こうとリリィはあたりを見渡して、ターゲットを物色しだす。

そして一人の候補を見つけ出しクリスに指し示す。



「え?え?」



人が多すぎてリリィのさしている人物がイマイチわからないクリスである。



「ちょっとぉ~!サロメさ~ん!!」



雑踏の向こう側に歩いているサロメにリリィは手を振りどんどん近づいていく



「え?サ、サロメだって!??…ちょ、ちょっと待てリリィ!!まだ心の準備が…」



一瞬の躊躇があったため、クリスが気づいたときにはリリィはすでに人ごみにまぎれていた。















自分の名を呼ぶ声が聞こえ、サロメはその声の方向に目をやった。

そこには雑踏を抜けだしたリリィの姿があった。



「これはリリィ殿。どうかなさいましたか?」



「ちょっとぉ!一言ぐらい言う事ないの??」



腰に手を当て、リリィが憤慨する。



「あ、ああ失礼。よくお似合いですな。」



「あなたは…イマイチね。」



「はは。そうでしょうな。」



はっきりと言われ、苦笑を浮かべるしかないサロメである。



「大体なんでその赤い布巻いてるの?おかしすぎ。」



リリィの毒舌にサロメはたじたじである。



「いけませんかな。何となく落ち着きませんもので…」



ぶつぶつと言いながらサロメはしきりに首をかしげている。



「まあ、貴方らしくっていいんじゃない?それよりね!!…ん?あれ?クリスは??」



リリィが後ろを振り返るが、クリスの姿はない。



「え?クリス様…?」



クリスの名を出されて、サロメは先ほどの様子から一変して語調を強める。



「うん。さっきまで一緒にいて、貴方に浴衣姿を見てもらおうと思ったんだけど…。」



リリィはしきりにつま先だって見渡すがクリスの姿は見当たらない。



「ふむ。この人ごみですからな。探してまいりましょう。」



「あ、じゃあクリスの事は任せるわね。」



「わかりました。お任せください。」



サロメの言葉にリリィは頷き、歩き出す。



「あ、そうそう、それから…」



数歩ほど歩いたところでリリィは思い出したように立ち止まり、ふり返りサロメのほうを向いた。



「はい。何でしょう?」



「ちゃんと褒め言葉の一つぐらい掛けるのよ!あの子は言ってあげないと不安になるからね!」



「リリィ殿…。かしこまりました。」



サロメの返答を聞き、そして深く頷いて今度こそリリィはその場を後にした。















さて、一方のクリスは雑踏の中で完全にリリィを見失っていた。



「ふう。この人ごみじゃ合流は無理かもな…。仕方ない。」



リリィを探すのをあきらめ、何とか雑踏を抜けようとするのだが人の多さと慣れない浴衣でなかなかままならない。





―はあ…全く。リリィがサロメに声なんかかけるからいけないんだ…。





「クリス様!」



聞き覚えのある声が後ろから聞こえて、クリスはぴくんと身体を硬直させる。





―サ、サロメっ!?





そっと振り返ると、息を切らせて近づいてくるサロメの姿が飛び込んでくる。



「はあ、やっと追いつきましたぞ。」



「追いついたって…追いかけてくれていたのか?この人ごみで?」



クリスは目を丸くしてサロメに問う。



「ええ。」



サロメにしてはそれは困難な事ではなかった。

クリス本人にはまるで自覚はないが、彼女の美しい銀髪は大層人目を惹きつける。

そして自分がそれを見紛うことなど有り得なかった。



「さて、ひとまずはここから抜けましょうか?」



「あ、ああ。」



2人はサロメが来た方向へと向きを変え、進みだす。

サロメはクリスが通りやすいように、後ろのクリスの方に上半身を向け、腕を伸ばし空間を作ってクリスを促す。



どんっ



不意に背中を押されクリスがよろめく。



「きゃっ!」



「おっと。」



サロメはクリスを受け止め、思わず肩に手を廻してしまう。



「あ、す、すまないっ。背中を押されて…」



「あ、い、いえ……。」



互いに真っ赤になる。

照れくさいやら恥ずかしいやらで、すぐに離れたいのだがあまりの人の多さにままならない。





しかし、このままでは一向に埒が明かない。



「あの…サロメ。はぐれたくないから…手を離さないで。」



思い切ってそう言って、クリスはそっとサロメによりそいサロメの浴衣の袖をきゅっとにぎりしめた。



「クリス様…。」



自分を見上げるクリスの眼差しに見惚れ、サロメは何も言えなくなってしまう。



「…承知しました。」



やさしくクリスに笑みを返し、ゆっくりと歩き出す。廻した手はそのままに。



雑踏の中だからこそ、皆自分たちの事で精一杯で、案外人のことなど見ていないものである。

それゆえにサロメも承知したのだった。















雑踏を抜け、二人は牧場の横手のあたりまで来ていた。

そこにはすっかり人の気配もなかった。



「ふう。やっと抜け出せたな。」



「ええ。」



顔を見合わせ、そこで初めてまだ身体を寄せ合っている事に気づく。



「あ、申し訳ありませんっ!」



あわててサロメが離れる。



「あ…」



ついさみしそうな表情を浮かべるクリスである。



「クリス様?」



「いや。なんでもない。」



クリスはサロメに微笑んでみせる。

月明かりの下でこうやって改めて見るクリスの姿は本当に美しくサロメは息を呑む。



「…こういう格好は苦手だ。」



サロメの視線を感じて居心地悪そうにクリスが愚痴る。



「そうでしたか。」



サロメが苦笑をこぼした



「ですが…。とてもお似合いです。」



「世辞はよせ。」



クリスは自嘲気味に首を振る。



「お世辞など言いませんよ。」



サロメの表情は穏やかではあるが真剣な眼差しを湛えていた。



「本気にするぞ?」



「ええ。」



「そうか…。フフ。まあ、たまにはこういう格好もいいかな。」



照れ隠しなのか、はにかむように笑ってみせるクリスだった。

そしてそんなクリスを見て、サロメは満足げに頷くのだった。















2人は牧場の柵に腰掛け、しばらくの間、人あたりの熱を醒ましていた。



「そろそろ行きましょうか?リリィ殿が心配されているかもしれません。」



「ああ。」



サロメが立ち上がり、クリスもそれに習う。



「あ。」



「いかがなされました?」



「うん。歩き回ったからかな、帯が緩んでいる気がして。」



「それはいけませんな。」



しきりにクリスが帯の結び目を気にし出し、確かめようとするがどうもうまくいかないようだ。



「サロメ…ちょっと見てくれる?」



「わかりました。ではあちらで。」



さすがにここで確認するわけにはいかないので、2人は牧場の建物の裏手へと回って行った。









「ん!?あれクリス達じゃない!」



牧場のほうへと歩いてきたのは一通り夏祭りの様子を見回ってきたリリィである。



「見つかったのね、よかった。でもどこに行くのかしら?」



リリィの目に映ったのは、建物の影へ回りこむ二人の姿であった。









「どうだ?」



「ふむ。やはりすこし緩んでいますな。」



「直せそうか?」



「ええ。では少々失礼いたします。ここをこう引っ張って…。」



建物の裏手では、クリスの浴衣の帯を一旦緩めて締めようとサロメが格闘している。







…と、そこへ



「きゃ~あなたたち!!やっだ~!!こんなとこで何やってんのよ~~~?!!」



リリィの声が響き渡る。



「「え?」」



振り返り、硬直する2人。



実際はクリスの帯をサロメが直しているだけなのだが…

リリィの目にはクリスの帯をサロメが解いているようにしか見えなかった。



「ちょっとサロメさん!いくらクリスの浴衣姿が可愛いからってこんなところで脱がしちゃうわけ!?」



「は!???ちっ、ちっ、ちがいますぞっ!!」



クリスの帯を握り締めて反論している姿は全くもって説得力がなかった。



「クリスもクリスよ~。前々からあやし~とは思ってたけどとっくにできちゃってたわけ?!」



「な、な、…こ、これはだなっ~~!!!」



真っ赤になって言い訳をしていても肯定しているとしか思えなかった。



2人の釈明もむなしく、リリィは完全に誤解した結論に達したのである。



「あ~もう。たまたま通りがかったのが私だったから良かったもののほかの人が来たらどうしてたのよ。」



「え……」



リリィの言葉に2人は絶句する。

そして心から思った。





―他の人だったらどんなによかったことかッ!!!





「以後気をつけなさいよ!もう!」



結局2人に反論の隙を全く与えることなく、リリィはビシッと2人を指差して、くるりときびすを返し立ち去っていった。

そしてそんなリリィを呆然と見送るしかないサロメとクリスだった。



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