DREAM ◆yX/9K6uV4E



最初はとても頼りなさそうな人としか思わなかった。
第一印象だけでいうなら、仕事がまるで出来そうな男でしかなかった。
外見もとてもひょろいと感じてしまうほど細身で、正しく頼りなさそうな男を具現化した人。

そんな人が、私を、和久井留美をアイドルとしてスカウトしたプロデューサーだった。

しかも、仕事をやめた直後に。
笑える、本当に笑える話だった。傑作でしかない。
人生とは何があるか解からないという言うけれど本当に傑作のような話だった。

私はある人の秘書の仕事をやっていて、まあ何というかそれしかやる事しかなかった。
仕事が趣味というか……まあそんな人種だったのよ。
だから、仕事が楽しかったしそれなりに充実していたと思う。

けれど、辞めざる終えなかった。
あの時の事は思い出したくも無いが、上司の不祥事の尻拭いといえばいいのだろうか。
トカゲの尻尾切りとも言えばいいのだろうか、まあそのような状況だった。
だから私自ら辞めるしかなかった。依願退職という形で。
晴れて無職になってしまった私は、仕事が無くなった事に愕然としてしまった。
ああ、何もする事がない、と。

蒼天の霹靂のような衝撃だった。
和久井留美という人が此処まで仕事しかなかった事に、ただ驚くしかなかった。
何をしようと思っても何も思いつかない。
趣味なんて、当然ない。
愕然として、やけになった。
やけになって、酒を沢山呷った。
行った事も無いバーで、自棄酒を呷ってる時に。

私は将来の自分のプロデューサーに出会ったのだ。
多分、私は派手にあの人に絡んでいたと思う。
盛大に愚痴をこぼしていた気がする。
嫌な酔っ払いでしかないだろうに。
何故か、彼は言ったのだ。

アイドルにならないかと。

下らない冗談かと思った。
こんな酔いどれを捕まえて何を言ってるのかとしか思わなかった。
けれど彼は至って真面目だった。
熱心にアイドルを勧めて来る彼は何故か素敵に見えて。
酔いはどんどん醒めていって。
いつしか私は彼の話を聞き入っていた。

彼の説明が終わった後、改めてならないかと聞かれて。
一日待ってと私は答えたのだ。
所詮お酒が入った席でしかなく。
そして、何よりも私はアイドルになれるような歳でもなかった。
だから断るつもりだった。

けれど。
何故か、何故だか解からないけど。
とても彼の言葉に惹かれている自分がいて。
半ばやけになっていて。
でも、それが何処か楽しくて。

だから、私は彼にあってみることにした。
そしたら、驚き呆れたことがある。
私は未だ名乗ってなかったのだ。
それなのに彼は私を必死に口説いてたのだ。
可笑しくて、でも楽しくて。
そして、私はこういってやった。

「和久井留美よ。趣味は仕事…と言いたいけど、昨日仕事を辞めたばかりだから、趣味すらない女よ。
 そんな私にアイドルを勧めるだなんて…君、悪趣味ね。こうなったらヤケだわ。付きあってあげる」


そして、それが私の、私達の。



――夢の始まりだったのだ。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







まんまるい月が爛々と夜空に輝いていました。
わたしはそれを座りながら、ただゆっくりと眺めていて。
ただ綺麗だなと思いました。
こんな殺し合いの現場の風景じゃないなって、わたしは思ったんです。

わたし――今井加奈がアイドルになってどれ位たったんだろう。
随分長い気もするし、あっという間な気もする。
そんな時間でした。けれど、とても楽しかったんです。

けれど、こんな事になるなんて思わなかった。
まさか、まさかアイドル同士で殺しあえなんて。
そんな可笑しい事になるなんて……。

わたしは正直、ちょっと泣きそうになってしまいました。
なんだかとっても心が苦しくて、痛くて。
そして、とっても哀しくて、怖くて。

こんな事をするために、アイドルになったんじゃない。
誰かを哀しませるために、苦しませるためになったんじゃない。
誰かを喜ばせるために、楽しませるためにアイドルになったんです。

それなのに……それなのに……こんな事…………

そう思って、哀しくて怖くて……泣きそうになって。


わたしは、それでも泣きませんでした。


だって、わたしは教えられたんです。


プロデューサーさんに、『アイドル』は簡単に泣いちゃいけないって。
だから、私は泣かないで、堪えました。
笑おうと思って笑顔を作ったけど、笑えたかな?
泣かなかったこと、褒めてくれるかな? 褒めてくれるといいな、えへへ。

そう、わたしは『アイドル』なんです。


「だから、だから、わたしは殺し合いなんてしません……わたしは『アイドル』なんだから」

だから、わたしは決意をあえて口にする。
解かっている、これがわたし自身とプロデューサーさんの命を危険に晒すことってぐらい。
でも、わたしはそれでも、殺し合いに参加する事なんてできない。
沢山のこと教えてもらったんだ、プロデューサーさんから。
アイドルの事、沢山沢山。
わたしのメモ帳には教えてもらったことが沢山書かれてるけど、その教えてもらった事はきちんと覚えている。


メモ帳の一番最初に書かれてる、アイドルの大事な基本。

「アイドルは人を幸せにするんだから……」


アイドルは人を幸せにするものなんだって。
だから、私は他の人を哀しい思いにさせたくない。不幸にさせたくない。
それが、アイドルなんだから。

だから、わたしは殺し合いはしない。


だって、わたしは大切なプロデューサーさんに育ってもらったアイドルなんですから。


胸を張っていたいんです。
うん、それでいい。



「……人を幸せにするか…………立派ね」


その言葉に、わたしはビックリして振り返る。
振り返った先にいたのは、切れ目が特徴的な大人のひと。
いかにもアダルティって感じがする女性が、わたしを見つめていたんです。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




そして、私は彼の勧めるままアイドルになってしまった。
こんな年がいっている女が通用するのかと思ったが、予想外にも何とかなっていた。
プロデューサーである彼は、更に予想外な事にビックリするほどやり手だった。
あの見た目から想像できないぐらい私をアイドルとして仕立て上げていったのだ。

彼は、私をモデルや芝居を中心としたプロデュースをしていった。
若い子に出来ない雰囲気を、私が見せ付けて欲しいと。
だから、私はその言葉に乗って、言ってやった。

「いいわ。魅せてあげる」

ファンを、そして彼を魅了できるように、私は頑張った。
自分を魅せる為のレッスンは言うまでもなくきつかったけれども、とても充実していた。
不得手だったダンスのレッスンでさえ、楽しさを感じるほどに。
仕事が趣味だといったけれど、今までやっていた仕事と全然違う。

仕事に縛れるんじゃなくて、自分を解放できるという楽しさがあって。

自分が頑張るたびに、ファンが魅了されていったのが正直嬉しくて。
そんな自分自身に驚きすら感じながらも。

私は『アイドル』の仕事にもっともっとのめりこんでいった。

彼も、そんな私に応えてくれた。
辛い時は私を励ましてくれて。
大成功した時は、二人で祝杯をあげて。

二人三脚で、私達は夢を向かっていて着実に歩いていった。

やがて、きつかった私の目つきは柔らかくなっていて。
それに釣られるようにアイドルとしての私の知名度は上がっていて。

私は色んな人を魅了している存在になっていた。
けれど、それと同時に最も魅了したい人が出来ていた。

魅せられたのは、私のほうだった。

あんなに、頼り無さそうな男の人だったのに。
何時の間にか、誰よりも頼りがいある男の人になっていたのだ。

それに気付いた瞬間、私は何よりも幸せを感じた。
ああ、私も誰かを想う事が出来るんだって。

その幸せを抱えながら、私はある仕事のヘルプに入った。

未婚の妙齢の女性に対して、残酷すぎる仕事というか。
なんとブライダルショーの仕事で。
まさかの花嫁衣装を着る羽目になるとは想わなかった。
最高に複雑な気分だった。
婚期を逃したらどうするのよとついぼやくぐらい。

そして、ブライダルの仕事を始まる直前。
一人、ウェンディングドレスを纏いながら黄昏ていると。
彼が隣にやってきたのだ。

色々愚痴ってやった。
何が哀しくて想い人の隣で、こんな姿をしてないといけないのか。
そう思うと、不満が噴出した。
さりげなくアピールしている自分自身に驚いたけれど。

そして、彼は言ったのだ。

今はまだ、貴方をトップアイドルにしたい夢があると。
けど、トップアイドルになったら、ずっと自分の傍に居て欲しいと。


―――驚いた。涙が出そうになった。

告白されるなんて想ってなかった。
私はこくんと頷くしかなかった。
人生とはなんて面白いものなんだろう。
私がアイドルになって、そして幸せが待っているとは。

だから、私はこう言ってやった。

彼を君から、さんと呼び始めて。


「和久井留美はずっと貴方のそばにいると誓うわ。それがプロデューサーとアイドルの関係でも、それ以上でも………」



それが、私の、和久井留美個人としての夢の始まりだった。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




私は夜風を感じながら道なりに歩いていると、道なりのちょっと外れの草むらでしゃがんでいる少女が居た。
セーラー服に黒髪をピンクのリボンでツインテールにしている女の子。
確か……今井加奈といったはずだ。

彼女は一見ただの普通の女の子だ。
けど、彼女のプロデューサーが腕利きで。
彼女をあっという間にアイドルに仕立て上げた。
彼女自身も、凄く飲み込みの早い子だと聞いていた。

老若男女、誰にも愛されるお茶の間でよく見るアイドルに成長していると聞いたことがある。
正しく、アイドルといった子だろうか。

さて、私、和久井留美は彼女に対してどうしようかと考えている時、

「だから、だから、わたしは殺し合いなんてしません……わたしは『アイドル』なんだから」

そのような決意の言葉が聞こえてきた。
何故か、胸を裂くような言葉で。
私は動きを止めていた。


「アイドルは人を幸せにするんだから……」

ああ、そうだ。その通りだ。
その通りしか言い様が無い。
それこそ、アイドルなのだから。
解かっている。解かっているけど。

お願いだから、今、これから、私がやろうとしている事を止めないでほしい。


「……人を幸せにするか…………立派ね」


けれど、私は、彼女に対して言葉を返していた。
立派なアイドルに対する彼女に対して。
言葉を返さざるおえなかった。

「えっ……えっと、貴方は確か……」
「和久井留美よ。私も一応アイドル」
「あ、よろしくです。留美さん……えへへ」

アイドルという言葉を紡ぐ時、胸がとてもちくっと刺す様な痛みに襲われてしまった。
それをおくびに出さずに、私は微笑んでみせる。
すると彼女も微笑んでくれた。

こんなやり取り、いらない筈なのに。

「改めてみると留美さん、本当綺麗な人ですね」
「そう? ありがとう。人に観られると綺麗になるものよ」
「そうなんですかなるほど……あ、メモするのがないや……残念」

そう、観られると綺麗になる。
観てもらいたい人がいると、綺麗になるのだ。
彼女も可愛いけれど……彼女もそうなのかしら。
今、私が言った事をメモしようとした彼女はとても可愛く見えた。
きっと彼女もそうなのだろう。
彼女にも大切なプロデューサーがいて。


そして。



「御免なさいね……お喋りしてる暇なんて……無いのよ」
「え……留美さん……?……な……んで……」


私はバックから支給された銃を取り出して、それを彼女に向けた。
愕然とする彼女を見ながら、私は言葉を紡ぐ。


「人を幸せにするものがアイドルなら…………私はきっともう失格ね」




そう、私は、もう二度と、『アイドル』という夢を見れないのだろう。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





二つの夢は続くはずだった。
この上無く、幸せな夢が。
けれど、それは悪夢のような出来事で引き裂かれるなんて想わなかった。

プロデューサーを人質にした殺し合い。
それに私も巻き込まれるなんて。
誰が予想出来るだろうか。
出来る訳が無い。

苦しみと哀しみで、叫びそうになった。

けれど、叫んだって何も変わりはしないことぐらい解かっている。

用意されてるのは、二つの答えだけ。

従うか、刃向かうか。

それは、もっと極端に言えば、

アイドルで居続けるか否か。


その選択を突きつけられて。


私は、彼を取るしかなかった。
アイドルという夢をかなぐり捨ててまでも。
彼の傍に居たかった。
例え彼が望んだことではなくても。


和久井留美として、彼の隣として居続ける事を選びたかった!


たとえアイドルとして、失格でも。
たとえ人として、最悪でも。


彼の隣でいる夢だけは、夢で終わらせたくなかった!
夢が夢じゃ、終わらせたくないから。
私のモノになりなさい。


それだけだった。



それだけで、私はもう一方の夢を捨てようとするのだ。


でも、それで、充分だった。


だから、私はアイドルの彼女に銃を向ける。
向けなければ、ならないのだ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「それが、留美さんの選択なんですか?」
「ええ、そうよ……御免なさいね」

わたしは、銃を向けて留美さんに問う。
留美さんの意志は固かったようで、わたしの言葉で動じる様子はない。
瞬間、終わりなんだなって理解できた。
なんか、とても澄んでる気持ちだった。
可笑しいね、これから死ぬというのに。

「どうして……貴方はそんなにやすらかでいられるの?」
「……だって、わたしは『アイドル』だから」

だって、アイドルだから。
どんなに哀しくても。
どんなに怖くても。


「笑顔で、居たい。そう想ったんです。だってプロデューサーさんが教えてくれたことだから」


そう、きっと、プロデューサーさんさんも、私を褒めてくれるよね。
わたしは、わたしは、貴方の理想のアイドルで居たって事を。
こんなにも普通の女の子をアイドルにしてくれた事を、感謝しても、しきれないんです。


だから


「だから、早く……終わらせてください!」


早く終わらせて。


「最期まで、アイドルで、居させてください! お願い……だから……」


アイドルで居たいの。
死ぬときまでアイドルで。
あの人がわたしをアイドルにしてくれたんだから。


「もう、怖くて、哀しくて、苦しくて、泣きそうなんです……でも、わたしは、『アイドル』で居たいから」


普通の少女に戻りたくないから。
このままでは恐怖で怯える少女にしかならないから。
早く、ねえ、早く!


「早く、『アイドル』で、終わらせてください」
「……っ!」



その言葉を、紡いだ時。
終わりは、訪れました。
ドンという音が響いて。


ふと、想ったのは、大切なメモ帳。
あそこには、大事な大事な思い出が書かれてる。
今から、未来まで続くはずだった、教えが書いてあるメモ帳。


ああ、もう、書かれないんだ……御免ねプロデューサーさん。


でも、わたしは、わたしは、アイドルでした。


それだけは、胸を張って言えます。えへへ。



【今井加奈 死亡】







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







殺した。
殺してしまった。
アイドルだった彼女を、この手で。

「アイドルのままか……敵わないわね」

アイドルを捨てた私にはきっと叶わない。
けれど、それでいい。
それでいいと想わなきゃ、やっていけない。


だから、諦めてはダメだ。
だから、逃げてはダメだ。

そう奮い起こす。

どんな罪でも、罰でも、来なよ。


私は、私は、アイドルを捨てでも。




――――和久井留美の幸せという夢を、叶えてみせる。




【D-7/一日目 深夜】

【和久井留美】
【装備:ベネリM3(6/7)】
【所持品:基本支給品一式、予備弾42 不明支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える
1:その為に、他の参加者を殺す


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最終更新:2012年11月11日 14:05