ROCK YOU ◆n7eWlyBA4w
ロックとは『音楽による反抗』だ。
社会への、ルールへの、押さえつけてくる奴らへの、反抗。
下らないことにこだわる連中に一発ブチかましてやる、そういう音楽だ。
そういう熱く燃える自分を叩きつけるような生き方に憧れた。
人を惹きつけ、魂に火を付けるような存在でありたいと願った。
だから、ロックアイドルとしてトップスターになりたいと思ったのだ。
最初は途方もない夢だった。文字通り、星に手を伸ばすようなものだった。
それでも、着実にその星への距離は近づいていった。
自分のこの背中を任せてもいい、そう思える人に巡り合えたから。
夢は、ただ見ているだけの夢ではなくなった。それが嬉しくて、ひたすら手を伸ばした。
そして何時の間にか自分達は目指す場所まで後一歩の距離まで来ていた。
後一歩踏み出せば、いつか仰いだ星に手が届くはずだった。
手が届くはず、だったのに。
▼ ▼ ▼
とあるコンクリ三階建ての建物の屋上で、
木村夏樹はぼんやりと座り込んでいた。
月明かりがあるとはいえ、辺りは目を凝らしても地図すら読めないぐらいには暗い。
街灯の無機質な明かりで照らされている地上とは一種の隔絶すら感じる。
この闇に紛れている限りは現実から切り離されるような、そういうおぼつかなさがあった。
夏樹は自分に支給品と称して渡されたバットを眺めた。
プロ野球チーム『キャッツ』のロゴがプリントされたその金属バットは、
他のアイドルの頭蓋を粉砕するには十分過ぎる凶器であるように見えた。
そういうことを考えると、嫌でもしばらく前に体験したばかりの鮮血の記憶が蘇る。
爆散する血と肉。拡散する悲鳴と絶望。忘れられるわけがない。
(殺らなきゃ、殺られる。アタシも、プロデューサーも。そういうことかよ)
耳にこびりつくぐらいに聞いたUKロックの名曲のフレーズが、不意に思い出された。
"Another one gone,and Another one gone,Another one Bite the Dust."
誰かが死ぬ、また誰かが死ぬ、また誰かが負けて死ぬ。
そういえばこの歌の主人公はどうして命の危機に見舞われているんだったろう。
どうせ今の自分達を取り巻く理不尽に比べれば、大した理由ではないに違いない。
だが結局は同じだ。負けた奴から順々に死ぬ。アナザーワン・バイツァダスト。
(……ふざけんな。ふざけんな、ふざけんなよ)
夏樹は歯を食いしばった。自然とバットを握り締める手にも力がこもる。
しかし殴りたい相手はこのバットの届く距離にいないというその事実が、
一層彼女の中の憤りを袋小路に追い込んでいた。
(死にたくなけりゃ他のアイドルを殺せって? 仮に首尾よく皆殺しにしてさ、
それでどのツラ下げてプロデューサーのとこに戻れって言うんだよ……!)
バットの先で足元のコンクリートを八つ当たり気味に突くと、鈍い音がした。
その音で一瞬我に返る。幸い、誰かに聞かれている様子は無いようだったが。
バットを横たえてから忌々しげに睨むと、夏樹はもう一つの心配事に思いを巡らせた。
(それにあの場所には、間違いなくだりーもいた。アタシにアイツを殺せっていうのかよ。
それが嫌ならアイツに殺されるしかないってのか? 冗談キツいぜ)
自分で考えたことに反吐が出そうだ。
同じ事務所の
多田李衣菜。彼女と殺し合いを演じるという想像もそうだが、
一瞬でもこの現実を冗談だと言いそうになったこともだ。
これは間違っても冗談じゃなく現実だ。あの時の血の匂いだって覚えている。
(だからって、はいそうですかと言いなりになってたまるもんかよ……。
そんなのはロックじゃねえ! 全然アタシらしくねえ! そんな生き方は望んじゃいねえ!)
もしも自分が言いなりになって殺し合いに身を投じたとしたら。
確かにそれは結果的にはプロデューサーを助けることになるかもしれない。
しかしそれは、そんな自分は、あまりにも「ロック」からかけ離れてやいないか。
木村夏樹の在り方を曲げてしまっては、結局それは裏切りに等しいのではないか。
(プロデューサーは、こんなアタシのやり方を信じて支えてくれたんだ。
だからこそアタシも、この人になら背中を任せていいかもなって思えたんだ。
……そうだ。アタシは、アタシを信じてくれたプロデューサーを裏切らない。
そしてプロデューサーが信じたアタシ自身を裏切らない……裏切ってたまるか!)
夏樹は弾みをつけて立ち上がった。
このままじっとしていたら、どんどん暗い考えに呑まれてしまいそうだ。
ロックの精神は反抗の精神だ。何か、何か反抗の手立てを見つけなければ。
人を実験動物みたいに見下す奴らに、一泡吹かせてやらなければ。
そうでなければ、死んでも死にきれない。生き残るつもりなら尚更だ。
ディパックとバットを手にした彼女は反抗への大いなる一歩を踏み出そうとして、
不意に、その足許をふらつかせた。
(…………っ?)
疑問は一瞬だけ。夏樹はすぐにその原因を自覚した。
何のことはない。両の膝頭が、面白いように震えていた。それだけのこと。
そのくだらない事実に気付き、自分で自分に呆れ返る。
頭の中ではどんなに勇ましいことを考えていたところで、結局体が付いてきていないのだ。
早い話が、自分はビビっているのだ。この異常な現実に。目前の脅威に。
「はは……こんなんじゃ、だりーに笑われちまうな」
思わず自嘲が口に出たが、すぐに自戒を込めて表情を引き締める。
そういう甘えは無理やりにでも押さえ込んでいかなければ、きっと生き残れない。
何より、こんな軟弱な姿はまるでロックじゃない。そんな自分は許せない。
「口先だけのガキで終わったら、何のために生きてきたか分かんないだろ!
今こそアタシのこれまでが試される時だ! しゃんとしろ、アタシ!」
両腿を手のひらでぴしゃりと叩き、自分に喝を入れる。
そして内なる恐怖に打ち勝とうと、夏樹は李衣菜のことを思い浮かべた。
彼女は今、どうしているだろうか。何を感じているのだろうか。
(アイツ背伸びばっかりしてるけど、勇ましいのはアイツのガラじゃないからな。
一人でベソかいてるかもしれないな……迎えに行ってやらねーと)
李衣菜のことを考えると、体の芯から泉のように力が湧いてくる。
あの可愛い妹分が今も危険に晒されていると思うと、怒りと焦りで喉が焼け付くようだ。
夏樹は拳を握り締めた。
彼女を犠牲に生き残るなど真っ平だ。そんなことは最初からわかっていたことじゃないか。
(よし決めた。だりーは見つけ出す。その上で、アタシと、アイツと、プロデューサーと、
誰も切り捨てないで脱出してやる……方法は分からないが見つけ出す、絶対にだ!)
やるべきことは見えた。
夏樹は大きく息を吸い込み、そして吐いた。
何時の間にか震えは収まった。単に表には出ていないだけかもしれないが。
少なくとも、両の足で自分の体重を支え、自分の意志で前に進むことはできそうだ。
それだけで今は十分。そう思うしかない。
片肩にディパックを引っ掛け、反対側にバットを担いで、夏樹は真っ直ぐ前を見据えた。
この先、きっと平坦な道ではないだろう。
生きるために、嫌でも戦わなければならないこともあるはずだ。
このバットを血で濡らすか、あるいはこの身が血に沈むか。
充分起こりうることだ、そう思うと身震いがする。
それでも、前進すればいつか目指す光にきっと辿り着く。辿り着いてみせる。
希望を背負い反抗する――自分は、木村夏樹は[ロッキングアイドル]なのだから。
「“We Will Rock You”……必ずアッと言わせてやるぜ、だ」
高みの見物を決め込んでいる奴らに自分なりの宣戦布告を口にして、
夏樹は夜の街へと続く階段へその足を進めていった。
【G-3(建造物内)/一日目 深夜】
【木村夏樹】
【装備:金属バット】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:自分と李衣菜とプロデューサー、三人で脱出する方法を見つけ出す
1:まずは李衣菜の捜索が最優先
2:やむを得ない場合は覚悟を決めて戦う
最終更新:2012年12月05日 17:01