悪夢かもしれないけど ◆j1Wv59wPk2
私はこの殺し合いが始まってすぐに一人のアイドルと出会った。
そのアイドルは最後までアイドルであろうとして、アイドルとして散った。
一人の女として自らの夢を叶えるために殺し合いに乗る私とは真逆の存在で、
そして、その少女の存在とその死は、私の決意を固めた。
もう後戻りはできない、するつもりもない。
私は生き残らなければならない。…どれだけのものを失っても。
「場所が近くて助かったわ」
和久井留美は北東の街に向かっていた。
おそらく街ならば人が集まる可能性が高いと思ったからだ。
あの時、あの瞬間に自分は殺し合いに乗り、一人になるまで勝ち残ると決めた。
最初に殺した少女が持っていたデイバックからはたいしたものは出なかったが、元から支給されていた銃がある。
銃の殺傷能力は既に実証済みである。多少重いものの、いざという時は鈍器にでもすればいい。
支給品の価値としては当たりといっても差し支えないだろう。
勝ちあがれる可能性は、充分にある。
――――たとえ可能性が無くても、私は諦めないけど
もはやその眼に迷いはない。
あの人のために、自分の夢のために。自分の道を行き続ける。
たとえそれが、どれだけ険しい道でも…。
と、不意に道沿いの茂みが動いた音がした。
* * *
「やだ……し、死にたくない…」
この異様な殺し合いが始まって数十分、
白坂小梅は一歩も動けずにいた。
所謂ホラーやスプラッタ映画を趣味として見ていた小梅にとって、その恐怖はより鮮明に理解できた。
刺されて血が止まらない者、
鈍器で頭を何回も殴られる者、
爆発に巻き込まれる者、
毒薬でもがき苦しむ者、
はらわたを抉りだされる者、
燃やされる者、裏切られる者…
画面の向こう側で凄惨な死体となった姿、それが自分の姿と重なる。
そしてそれは空想上の話ではなく、今現実として突きつけられているのだ。
「うぅ…涼、さん…」
松永涼、名簿の中で最もよく知っている名前。
彼女は小梅の仕事上のパートナーであり、自分の大切な人の一人だ。
その彼女が殺し合いに参加していることは決して喜ばしい事ではなかったが、
小梅にとってはこの現状で唯一の希望になっていた。
会いたい。
自分一人では潰れてしまいそうで、壊れてしまいそうで。
守ってほしい。救ってほしい。
彼女は、自分の大切な人に大きく依存していた。
小梅の知る涼は、怖い所があって、
でもそれは自分の意思をしっかり貫いているなによりの証拠で、いつだって前を向いて導いてくれた。
だから、たとえこんな理不尽な殺し合いに居たって、自分の道を信じて、正しい方へ進んでいるはずだ。
もう一度会いたい。こんな所で死にたくない。
小梅は自分のデイバックに手を伸ばした。
死にたくない、死にたくない。具体的な方法は何もない。でも死にたくない。
何か入っていないのか。小梅はデイバックを漁る。
「こ、これ…は……」
バックの中から出てきたのは…
* * *
彼女たちの頭の中には、大切な人の「笑顔」が浮かんでいた。
「これで二人目、ね」
「え……」
守るために。
守ってほしくて。
* * *
留美の聞いた音の方向、そこには参加者と思われるアイドルが居た。
その特徴的な姿を見て彼女が白坂小梅であるということを理解するのは容易かった。
「あなた、確か白坂小梅ね?あのコンビの片割れの…」
「あ……やぁ……!」
質問の答えは帰ってこなかった。元々留美にはさして興味の無いことだったが。
小梅は留美に過剰なほど怯えていた。
今の留美は先の殺人で返り血で染まり、冷淡な眼で怯える少女を見つめている。
小梅のその姿は最初に出会った少女とは違う、まさしく『恐怖で怯える少女』の姿だった。
「…あなたは、もう『アイドル』じゃないみたいね」
「い、嫌……!」
「別に責めるつもりは無いわ。そっちの方がやりやすいから」
そういって留美は銃を向ける。
もはや彼女の中で戸惑いや躊躇はない。…そんな感情はもう、捨てた。
あとはもう、銃の引き金を引くだけだ。
「いきなり、ごめんなさいね」
「そして」
「さようなら」
「………ッ!」
その言葉を言い終わるか否か、小梅から筒状の何かが投げられる。
「何!?」
それと同時に小梅は茂みの奥の方へ逃げ出す。だが留美は投げられた何かの方に意識が集中していた。
…完全に怯えきった少女に油断していた。何も抵抗出来ないものかと思っていた。
留美にはそれを短時間で完全に認識することは出来なかった。
その筒状の物体は留美の方向へ放物線を描く。
(まず――)
あたりは閃光に包まれ、留美の思考はそこで途切れた。
* * *
「はぁっ……はぁっ……」
白坂小梅は走った。すぐに後ろから閃光と爆音が発せられた。
彼女自身にも目眩と耳鳴りが襲うが、足を止めるわけには行かなかった。
足を止めたら待っているのは、死。
ごく単純で、無慈悲な結末だ。
もはや彼女の頭の中に頼れる笑顔をした人の姿は無かった。
代わりに浮かぶのは、銃をこちらに向ける松永涼の姿。
そして撃たれて、死ぬ自分の姿。
刺されて血が止まらない私、
鈍器で頭を何回も殴られる私、
爆発に巻き込まれる私、
毒薬でもがき苦しむ私、
はらわたを抉りだされる私、燃やされる私、
裏切られる、私。
当たり前の事だ。この殺し合いで生き残れるのは一人。
最初の時点でちひろがそう宣言したはずだ。
何故そんな状況で、彼女が守ってくれる保証がある?
自分の知っている相手が全てとは限らない。こんな状況なら、人間はなんにでもなる。
一度考えてしまった可能性はもう止まらない。
もう松永涼の存在は彼女にとっての希望では無くなった。
小梅の命を狙う、たくさんの参加者の一人になった。
――――私は、独りだ。
「嫌……嫌……」
彼女は、ただ泣いた。
* * *
「…………?」
耳鳴りがする。眼の前が真っ白になる。
周りの状況が何も理解できない。
だが、直撃したはずの体の感覚はあるように思えた。
(どういう事…?)
感覚が戻ってくる。そこには投げ込まれたモノ以外、何も居なかった。
体に損傷があるようには見えない。
てっきり投げ込まれたモノが爆発したのかと思ったが、少し違うようだ。
「…足止め目的の武器、って事ね」
留美には知る由もないことだが、この武器は所謂スタングレネードと言われるもので、
ピンを抜いておよそ三秒後、爆音と閃光により一時的に相手の行動を止められる。
だがこの武器自体に殺傷能力は無く、あくまで足止め目的だけ。
事実至近距離から受けた留美の体には大した怪我は一つも無かった。
だが、もしこれが殺傷目的の手榴弾だったら今頃私は死んでいただろう。
今回は完全に自分自身の油断から招いた事だ。
自分の夢のために、こんな所で終わる訳にはいかない。
殺す相手と語る必要は無い。無駄な行動があれば、死ぬのはこちらだ。
「さて、と…どうしようかしら」
先ほどの彼女はおそらく茂みの向こう側に逃げて行ったのだろう。
今からでも追いかければ追いつくのは不可能ではない。
だが、見失ってしまえば自分の現在位置さえも分からなくなってしまう可能性もある。
私の目的は生き残り、あの人の元へ戻ること。それが私の誓いであり、夢。
参加者を殺すのは過程だ。
彼女の動転具合から見て、おそらく長生きはできなさそうだ。
今、深追いする必要もないように思える。
「……よし」
彼女は歩きだす。その道は未だ長く、険しい。
【D-7/一日目 深夜】
【和久井留美】
【装備:ベネリM3(6/7)】
【所持品:基本支給品一式、予備弾42 不明支給品0~1、
今井加奈の基本支給品一式と不明支給品1~2(武器の類では無い)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える
1:その為に、他の参加者を殺す
2:白坂小梅を追う?街へ向かう?
※どちらへ向かうかは後の書き手さんに託します。
【白坂小梅】
【装備:無し】
【所持品:基本支給品一式、USM84スタングレネード2個、不明支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:死にたくない、誰も信用できない
1:とにかく逃げる
最終更新:2012年12月01日 23:58