……という夢を見たかったんだ ◆ncfd/lUROU



「ねぇ莉嘉、そろそろ休憩にしない?」
「まだ十分くらいしか歩いてないじゃん! 杏っち疲れるの早すぎだよー!」
「失礼な。杏は莉嘉の体を心配してるんだよ?」
「そんなこと言って、本当は自分が休みたいだけでしょ!? 駄目だからね!」

夜空の下、街灯に照らされた道を歩く二人の少女。
正確には手を引く一人と引っ張られるもう一人と言うべきか。
彼女たちの気の抜けたやりとりからは、まるでしっかり者の姉と面倒くさがり屋の妹であるかような印象を受けなくもない。
もっとも、彼女たちは別に姉妹というわけではないのだが。
手を引く金髪の少女・・城ヶ崎莉嘉は実の姉が別に存在する妹であるし、引っ張られる小柄な少女・・双葉杏は一人っ子だ。
それに、ちんちくりんと形容するのがふさわしい容姿を持つ杏は実のところ十七歳であり、十二歳である莉嘉よりもはるかに年上である。

「じゃあ、支給品の確認をするべきだよ! ほら、莉嘉もまだ確認してないよね!?」
「たしかにまだだけど……もう、杏っちは仕方ないなぁ」

なおもあの手この手で休憩を要求する杏に、ついに莉嘉も折れた。
これを断っても、杏は再三休憩を要求してくるだろう。
ならばここで承諾しておいたほうが杏も不満を感じないはず。
そう考えてのことだ。
子供とはいえ、莉嘉はアイドル、しかもカリスマちびギャルとして絶大な人気を誇っている売れっ子だ。
芸能界で過ごしていれば自然と年齢に不釣り合いな考え方も身に付くものである。
ちなみに、杏も莉嘉に負けず劣らずの人気を誇っているのだが、その割にはあまり成長が見られないことは気にしてはいけない。

「ねー、ついでに少し仮眠とっていかない? ほら、寝る子は育つって言うよね!」
「ダーメ!」

莉嘉と杏は連れ立って付近の家屋へと歩いていく。
先ほどとはうって変わって杏が先行して莉嘉の手を引いているのは、杏の休憩への情熱故か。

(まあ、これが杏っちの魅力だよね☆)

芸能界にいても、殺し合いに巻き込まれてもなおブレることのない、そんなマイペースさ。
それは間違いなく杏の強みだと莉嘉は考えていた。……それでも、印税が出たら即引退はどうかと思うが。

門をくぐり、遠慮の欠片もなくドアに手を伸ばす杏。
鍵などはかかっていなかったようで、すんなりとドアは開かれた。

「そういえば、さ」
「んー?」

玄関内に座り込んだ杏が呟く。

「莉嘉はなんで杏に声をかけてきたの?」
「なんでって、起きたら近くに杏っちが寝てたからだよっ☆」
「そうじゃなくて、杏に殺されるとか杏を殺そうとか考えなかったの?」
「そりゃ少しは思ったけど……杏っちだし?」
「なんだよそれー……」
「それに、殺し合いなんて間違ってるって思うから! 皆だって絶対こんなことしたくないって思ってるはずだしっ!」

皆。一緒に仕事をしたり、Liveバトルで戦ったり。
日々切磋琢磨するアイドル仲間たち。
幼く、それでいて古株である莉嘉だからこそ、彼女たちを信じる気持ちは強い。

「だから杏っちや皆と協力して、なんとかここから逃げ出すんだっ! 杏っちも手伝ってくれるよね?」
「……」

莉嘉の宣言、そして問いかけに対して、杏は沈黙する。
どこか伏し目がちな杏の顔を、莉嘉は心配そうにのぞきこむ。

「……杏っち?」
「あ、あーっ! ごめん莉嘉、杏ちょっとトイレ行ってくるよっ!」

しかし、杏は急に立ち上がると、そう言って家屋の奥へと駆けていってしまった。
あっという間に廊下の角を曲がり、姿を消す杏。

「莉嘉は杏を気にせず先に支給品の確認をしてくれてていいからね! なんなら杏の支給品も確認していいんだよ!?」
「……もう、しょうがないなぁ杏っちは」

ドアを開く音とともに聞こえてきた杏の声に、思わず苦笑する莉嘉。
要するに、トイレに行くついでに莉嘉に仕事を押し付けたのだ。
突然立ち上がったのは莉嘉をびっくりさせてツッコミを入れられないようにするためだろう。
そう考えながら、莉嘉は自分のデイバッグを開く。

(名簿や地図は杏っちのリュックにも入ってるだろうし、後で杏っちと一緒に見ればいいよねっ。
 ……あれ、そういえば杏っち、見といてって言ってたのにリュック背負いっぱなしだったような・・)

突如襲い来る、鈍い音と妙な浮遊感。

(・・くん……お姉ちゃん……?)

自らの意思とは関係なく閉じられる瞼の先に、莉嘉は大切な人の姿を見た気がした。







声もあげずに倒れた莉嘉。
その側頭部から流れ出た血が、綺麗な金髪を濡らしている。
トイレに行ったフリをして、支給品の確認を始めた莉嘉にこっそり近づき、背後から殴る。
そんな一仕事を終えた杏は、血に濡れたネイルハンマーを片手に身動ぎすらしない莉嘉を見下ろしていた。
おそらく先の一撃で気絶したのだろう。
それなら楽でいいな、と杏は思った。
このまま気絶していてくれれば逃げられることも抵抗されることもない。
つまり、確実に莉嘉を殺すことができるのだから。
杏はネイルハンマーを振りかぶる。
振りかぶりながら、莉嘉の言葉を思い出す。

『だから杏っちや皆と協力して、なんとかここから逃げ出すんだっ! 杏っちも手伝ってくれるよね?』

先ほど莉嘉が言った言葉だ。
そして・・杏が莉嘉殺害に至った、その原因となる言葉でもある。
この言葉を聞いたとき、杏の心に浮かんだのは憤慨、そして憎悪だった。
杏も莉嘉も、ちひろさんに逆らったらどうなるのか、その結果をあの部屋ではっきりと見ている。
反逆は、即ち死なのだ。死ぬのはプロデューサーなのかアイドルなのか、はたまた両方なのか、それはわからない。
とにかく、逆らったら誰かが死ぬ。
それは莉嘉もわかっているはずだ。
それなのに、具体的な策もないままに脱走を考える莉嘉に、杏は憤慨していた。
とはいえ、杏は憤慨のみで人を殺せる人間ではない。
杏を殺害へと踏み切らせたのは憤慨とは別種の、たしかな憎悪。
その発生理由は、発言者が莉嘉であったということ。
発端はある日の些細な・・そして今となっては重大な出来事。
CDデビューを果たした杏に渡されるはずだった印税、それを莉嘉が勝手にスタミナドリンクに変えてしまったという、漫画のような出来事。

「……お前があんなことをしなければ」

ネイルハンマーを振りかぶった杏が、ぽつりと呟く。
先ほどの莉嘉の言葉を聞いてから、今の今までは喉元で止まっていた言葉。
それを口にした今、杏の感情はダムが決壊したかのように溢れだすしかない。
杏の呟きに反応したのか、意識を微かに取り戻した莉嘉の体がピクリと動いて、そして。

「私も!!」

激情と共にネイルハンマーが降り下ろされる。
鈍い音と莉嘉の悲鳴が部屋に響く。
もしあのとき、莉嘉が何もしなかったなら。
杏は印税を受け取って計画通りアイドルを引退、悠々自適なニートライフを送っていたかもしれない。
そうなっていれば、杏はアイドルとしてこのような殺し合いに参加させられることなどなかったはずだ。
そんなやりきれない想いを乗せて、再びネイルハンマーは振りかぶられる。

「……プロデューサーもッ!!」

鈍い音と莉嘉の呻き声が部屋に響く。
もしあのとき、莉嘉が何もしなかったなら。
杏の引退により杏のプロデューサーは別の、今回の殺し合いに参加させられなかったアイドルの担当になっていたかもしれない。
そうなっていたら、杏のプロデューサーが人質に取られることはなかったはずだ。
そんなやりきれない想いを乗せて、再びネイルハンマーは振りかぶられる。

「こんなことに巻き込まれなかったかもしれないのにッ!!」

鈍い音が部屋に響く。
そして、静寂。

「……お前のせい、で」

ゴトリ、とネイルハンマーが床に落ちる。
杏の呟きは、まるで自分自身に言い聞かせているかのようで。
それは杏自身が自分の感情の理不尽さに気づいていることの証拠にほかならならなかった。
莉嘉が何もしなかったところで、杏の引退は社長に、プロデューサーに、ファンに許されかったかもしれないし、杏が引退したところで杏のプロデューサーは別の殺し合いに参加させられたアイドルの担当になっていたかもしれない。
全ては仮定に仮定、もしもにもしもを重ねた出来事。
そんなものの責任の所在を莉嘉に求めるのは酷だということは、杏にもわかっていた。

しかし、それでも。
杏とプロデューサー、そのどちらもが殺し合いに巻き込まれない可能性が存在していたというのも、それが莉嘉によって閉ざされたというのも、間違いなく事実なのだ。
だからこそ、可能性を閉ざし、さらには危険すぎる殺し合いからの脱走に杏を巻き込もうとし、無自覚ながらも再び杏とプロデューサーを危機に陥らせようとした莉嘉に対して、杏は憎悪を、殺意を抱いたのだった。

「杏、殺したんだよね……」

杏の呟きに答える者はいない。
しかし、答える者はいないという事実が、 杏にその答えを教えていた。
それにたとえ今莉嘉が生きていたとしてもそのうち莉嘉が失血死するのは、出血量からして明らかだった。
人を殺したという実感が、今さらながらに杏を襲う。
元々杏はこの殺し合いに積極的だったわけではない。
しかし、優勝を狙うつもりではあった。
莉嘉のあの言葉を聞くまでの杏のスタンスは、ひとまず隠れるなり集団に紛れるなりして人数が減るのを待ち、あわよくば漁夫の利を狙って優勝しようというものだったのだ。
莉嘉はそんな考えを持つ杏のことをこんな状況でもブレないと評してしまっていたが、それも当然である。
杏は『楽をしたい』という、その一点においては一切ブレていないのだから。
『印税生活のためにもこんなところで死ぬわけにはいかない。
 ここで死んだら何のためにアイドルをやってきたのか』
杏が殺し合いに乗ったのもこのような考えが元だし、莉嘉に再三休憩を要求したのも楽がしたいからだ。
杏と言えばサボりや怠けであり、実際にその点については一切ブレていないのだから、莉嘉が杏のスタンスに気付けなかったのも仕方のないことだろう。
消極的とはいえ殺し合いに乗る気である以上、杏は最終的に人を殺すことになることを覚悟していた。
だが、激情に駆られた杏は想定よりもはるかに早い段階で人を殺すことになった。
だからこそ、平静を取り戻した杏には、人を殺したという実感が重くのしかかっていた。

「……寝よう。寝て忘れよう」

莉嘉のデイバッグを拾い上げ、家屋を後にする。
莉嘉に言った仮眠を取りたいという言葉は本当だったが、莉嘉の死体の近くで寝るのはさすがに気が引けた。

「どこか寝られるところ探さなきゃ……」

数分前に二人連れ立って入った門から、一人出てくる杏。
あの頃の二人には戻れないように、私ももう引けない。戻れない。
そんな漠然とした予感を感じながら、杏は一人夜の町を歩いていった。



【城ヶ崎莉嘉 死亡】


【C-6/一日目 深夜】

【双葉杏】
【装備:ネイルハンマー】
【所持品:基本支給品一式×2、不明支給品1~3】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:印税生活のためにも死なない
1:どこか寝られる場所を探す


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最終更新:2014年02月27日 21:17