YOU往MY進! ◆j1Wv59wPk2
「図書館か…」
木村夏樹が建物から出て長く歩いた先にあったのは、図書館だった。
とはいえ、彼女は別にここを目指していたわけではない。
彼女の当面の目的は
多田李衣菜の捜索。
しかしその居場所に当てがある訳がなく、ただ歩いた先にそれがあった。
ただ、それだけの話であった。
「…………」
もう一度述べるが、彼女が優先すべき事項は多田李衣菜を探すことだ。
そして、さらにもう一度述べるがその場所に当ては無い。
つまり、目の前にある図書館の中に居ないとも限らない。捜索を目的とするなら徹底的に探すべきだ。
親友として、パートナーとして李衣菜と過ごしてきた夏樹には、図書館の隅で震えるその姿が容易に想像できた。
故に彼女は図書館の扉をあける。周りに注意しながら、中へ入っていった。
(……へぇ、立派なもんだな)
図書館の中へ足を踏み入れる。目の前には受付が広がっていた。
この場所は見通しが良いが、奥の方は本棚が立ち並ぶ。ここからは中を全て見通すのは不可能だった。
つまり、この場所を探索するのなら、奥の奥の方まで捜さなければいけない。
「………っ」
夏樹のバットを持つ手が汗で滲む。
この場所には誰が居るか分からない。李衣菜もそうだが、別の誰かが居る可能性ももちろんある。
そして、ここは殺し合いの場だ。考えたくない事だが、目を背けてはならない事実。
これだけの本棚が並べば、死角から襲われる事もありえる。
だから、一切油断はできない。慎重に歩を進め、図書館の中を探索する。
一つ目の本棚を越える。そこには誰も居ない。
汗が止まらなかった。人の気配は無いが、それがよりこの場所の恐怖を引き立てていた。
もしここで、隠れていた人物に襲われ、倒れてしまったら。
そんな想像が頭をめぐる。考えてはいけないことだと思っても、無意識に気にしてしまう。
二つ目の本棚を越える。そこにも誰も居ない。
自身が死んでしまえば、李衣菜はどうなってしまうのだろう。
あまり思いだしたくないが、あの場所でちひろは『放送』を六時間ごとに行うと言っていた。
その内容は死んだ人間の報告と禁止エリアとやらの報告。
禁止エリアも気になるが、それより今気になっていたのは死亡者の報告だった。
つまり、今ここで自分自身が死んでしまったら、その放送で名前が呼ばれるのだろう。
李衣菜がそのタイミングで自分の名前を聞いてしまったら……と、そんな事まで考えてしまう。
三つ目の本棚を越える。そこにも誰も居ない。
そして、それは夏樹自身にも言えた。
今の行動原理は全て多田李衣菜ありきの行動だ。
もし会える事なく、その名前が呼ばれてしまったら、アタシはその現実に耐えられるのだろうか。
四つ目の本棚を越える。そこにも誰も居ない。
――夏樹は、そこで考えるのを放棄した。
これ以上その事を考えても、ただ堕ちていくだけだと悟ったからだ。
そんなもしもの事を考えているより、今の現実の方が大事だ。
五つ目の本棚を越える。そこにも誰も居ない。
自分の足音以外、何の物音もしない空間。頭がおかしくなりそうだった。
* * *
長い時間をかけて、また同じ受付に戻ってくる。
図書館を一周した。結局中には誰も居なかった。
「………はぁっ」
息を大きく吐き、椅子に座りこむ。
緊張の糸が切れて、どっと疲れを感じていた。
この場所には李衣菜は居ない。殺し合いに乗る奴も居ない。誰も居ない。
(そう、うまくは会えねぇか)
探し人が居ない以上、捜索目的ならもうこの場所に用は無かった。
しかし、彼女は動こうとしない。もちろん、それにはれっきとした理由があった。
夏樹はこの図書館を一周して気付いた事がある。
それは、普通の図書館と何ら変わりがないということだった。
本はびっしりと本棚に詰まっているし、中もちゃんと文が書いてあった。
つまり、この場所はちゃんと図書館として機能しているということである。
図書館とは、情報の宝庫である。
今でこそインターネットで何でも調べられる世の中だが、それでも利用する人も多い。
インターネットを使えない今、何か調べたい事があるのならこの場所が最も向いているだろうと思われた。
もしかしたら、この中で何かの手がかりが見つかるかも知れない。
そう、例えば――
(……この首輪、とかな)
絞めつけているような拘束具に手を触れる。
参加者全員に付けられた首輪。これがある限り、こちらに勝ち目は無い。
だから、反抗するために一番最初にやらなければいけないことは、この首輪の解除だ。
とはいえ、ただの一般人である木村夏樹にはそんな知識は無い。
でも、この図書館でその知識を少しでも得る事ができれば、一歩近づけるのではないか。そう思っていた。
もちろん実際はそう上手くはいかないだろう。おそらく重要な本は事前に回収なりしてる可能性が高い。
それでも、何もしないよりは何かをした方が良いに決まっている。
(最後の最後まであがく、あがいてやる)
それが、その生き方がロックというものだ。
どれだけ絶望的な状況だろうと、反抗し、上で嘲笑う奴らを叩き落として見せる。
そして夏樹はもう一度図書館の奥へと消えた。
先ほどの探索で、「危険物~」だの、「爆発物~」だのといった、
素人なりに何か関係ありそうなものを片っぱしからチェックしていたのだ。
夏樹はそれらを抱えて、入口へ持ってくる。そしてテーブルに置き、机の上に並べた。
彼女はそのうちの一冊を手に取り、適当に開いてみる。
……訳が分からない。
「う……ちっ、ここは違うな」
そもそも、全てを理解する必要はない。
別に資格を取ろうだとか、そういうことを目指している訳ではないのだから、
この爆弾の種類だとか、対策方法だとかを知ることができれば十分なのだ。
……だから、法の名前とかはどうでもいい。そんな事が知りたいわけじゃない。
彼女は本を流し読みしていく。しかし、素人視点にはどれが有用な情報かわからなかった。
もしかしたら、有用な情報なんてものは書いてない「ハズレ」かもしれないが。
だが、諦める訳にはいかない。
これだけ膨大な量の本があれば、何かしら一つくらい手掛かりはつかめるはずだ。
本を机の上に置く。そして別の本に手をつける。
本来の目的、多田李衣菜の捜索もあるため、あまり時間をかけていられない。
夏樹は本を開く、読む、閉じる………。
そんな行動が、ただ繰り返されていった。
* * *
「………くそっ!全ッ然、わっかんねぇー……」
本を乱暴に置き、嘆く。
結局の所、取ってきた本で理解できるものは無かった。
(今、何時だ…うわっ、結構な時間食っちまった……。
くそっ、早くだりーを探しださなきゃいけねぇのに!)
焦りが募る。結局得た物は何もなく、時間のみを失ってしまった。
こんな事をしている間にも、李衣菜の身に危機が迫っているかもしれない。
夏樹は自分の行動を悔やんだ。だが、どれだけ悔やんだって時間は戻らない。
(いや……焦ったって何も変わらねぇだろ、アタシ……!
とりあえず、この本は……分かる奴が見れば、分かるはずだ)
深く呼吸して、本の数々をバッグの中に詰める。無理矢理閉めたせいかかなりパンパンだった。
夏樹はどこかで出会う誰かに賭ける事にした。
殺し合いをしろと言われて、全員が全員殺し合うわけじゃないはず。
もしかしたら、その反抗する人間の中にこれを理解できる奴がいるかもしれない。
それが、こんなどうしようもない状況を打破できる『光』になるかもしれない。
その思いを胸に秘め、夏樹はバッグを背負う。
入らなかった分は、そのまま机に置いておいた。後に図書館に来た人の目につくように。
そして外へと向かう。その道の途中で誰も居ない図書館へ振り向く。
「悪いな……ちょっと借りてくぜ」
返しに来れるかは分かんねぇけど……と、小声で呟く。
この世界はいつだって死と隣り合わせだ。
だが、死ぬわけにはいかない。李衣菜のために、一緒に脱出するために。
ただ願うだけでは、思いは叶わない。
行動をしなければ、願いは叶わない。
歌っているだけで良かった頃はもう戻ってこない。
もう昔には戻れないのだから、前を向いて最善を尽くし、光を目指して突き進むしかない。
夏樹は図書館の扉を開ける。眼前には少し明るみを増した街道があった。
(さて……どっちに向かうか……)
大別して、向かう道は4つ。前、右、左、図書館の向こう側。
東西南北どの方向にも道はあった。
その内夏樹が来た方向は右、方角で表して西だ。
だから、効率を取るなら左に進むべきかと、そう思っていた矢先だった。
(………ん?なんだ、あれ……?)
ふと見上げた先に違和感を覚える。
よく見ないと分からなかったが、南西の方向から、もくもくと煙が出ていた。
明るくなってきたとはいえ、まだ暗い夜空の中では目立たなかったが、確かに出ている。
おそらく白色では無く、かといってどんな色なのかの判断は暗くてよく分からなかった。
(あっちの方向……何かあったのか?)
夏樹は地図を見てみる。あの場所はまだ街中のようだ。
煙が出てくる状況というのは、おそらくただ事ではないのだろう。
火事か何かでも起きたのだろうか……と、夏樹は思考を巡らせる。
「……行ってみない事にはわからねぇか」
そう呟くと、その方向へ歩みを進める。
危険性を感じなかった訳ではない。たとえ無くとも危険な人物が引き寄せられる可能性もある。
冷静に考えれば、そこへ向かわない方が正しいのかもしれない。
しかし、危険を恐れていては道は開けないのもまた事実。
逃げ続けて生き残りたいわけではない。大切な人達と一緒に脱出する。
それが彼女の目的で、信条。そのためにここで逃げるわけにはいかなかった。
平穏な道を捨て、自ら茨の道を進む。
もしこの絶望的な状況に光があるとするならば、それは最も過酷な道にしかないのだろう。
だから夏樹はその道を、未来に向かって勇往邁進する。
―――その先にあると信じる、微かな光を手にするために。
【G-3(図書館前)/一日目 黎明】
【木村夏樹】
【装備:金属バット】
【所持品:基本支給品一式、本×5】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:自分と李衣菜とプロデューサー、三人で脱出する方法を見つけ出す
1:煙の出ている家の方向へ向かってみる
2:李衣菜の捜索が最優先
3:やむを得ない場合は覚悟を決めて戦う
※木村夏樹の独断で爆弾関連?の本が5冊持ちだされました。具体的な内容は後続の人にお任せします。
最終更新:2012年12月26日 02:11