リトル・ヒーロー ◆ncfd/lUROU



いつだって、アタシはヒーローに憧れていた。
いつから憧れていたのかなんて、もう覚えてないけれど。
皆に夢と希望を与えるヒーローになるのが、アタシの昔からの夢だった。
ヒーロー番組を見たりグッズを集めたりして、少しでもヒーローに近付こうとした。
『中学生にもなってヒーローだなんて子供っぽい』
『ヒーローになんてなれるわけがない』
『そもそもヒーローなんて実在しない』
そうクラスの皆に馬鹿にされたりもしたけれど、アタシは変わらずヒーローを目指し続けた。
たしかに、ヒーローがいるのは特撮やアニメの世界だけで、この世界にはいないかもしれない。
でも、それがヒーローになれない理由にはならない。
ヒーローがいないのなら、アタシが最初のヒーローになってみせる。
アタシならそれができると、愚直なまでに信じていた。

そんなある日、アタシに転機が訪れた。
『アイドル、やってみないか』
後にアタシの相棒《プロデューサー》となる人の、そんな言葉。
平凡な主人公がある日突然特別な力を手に入れヒーローになる。
そんなヒーロー番組みたいな出来事に、アタシが食いつかないわけがなかった。

『アイドルになれば歌って踊ってテレビデビューしてあのヒーロー番組の主題歌ゲットしてそれつまりヒーロー南条光の誕生じゃないか!!』

そんな考えを抱いて、アタシはアイドルの世界に身を投じた。
デビューしたアタシに待っていたのは、相棒との特訓《レッスン》やLiveなどのお仕事をこなす充実した毎日だった。
チョイ役とはいえヒーロー番組への出演のオファーが来たときの喜びは今も心に残っている。
そんな日々の中で、アタシは夢を叶えることができたと。
憧れていた『皆に夢と希望を与えるヒーロー』になれたと、そう思った。
……この殺し合いが始まるまでは、そう思っていた。

殺し合い。ヒーローとして到底看過できるはずのない残虐な催し。
アタシの知るヒーロー達なら、間違いなくいの一番にそれを否定し、黒幕を倒し、皆を救ってみせたはずだ。
勿論、アタシは特別な力を持っているわけではないから、彼らのように戦うことはできない。

それでも、ヒーローなら何かできることがあったはずだ。
それなのに、アタシは殺し合いという現実に震えるだけで、ちひろさんに異議を唱えることもできず。
反抗したら殺されるという宣告に怯えるだけで、あのプロデューサーを助けることもできず。
目の前で人が死んだという事実に打ちのめされるだけで、周りの皆を落ち着かせることもできなかった。

ヒーローになるという夢。
ヒーローであるという自負。
ヒーローであろうという想い。
ヒーローとしての正義感。
アタシが積み重ねてきたと思っていたそれらは全て、殺し合いに、殺し合いというものが与える恐怖感に、ただただ押し潰される程度の脆いものでしかなかった。
ヒーロー失格という言葉が脳裏をよぎって、すぐに消えた。
だって、それは間違っているから。
ヒーロー失格ということは、つまり元はヒーローだったということだ。
でも、アタシはそうじゃない。
……ヒーローになんて、なれていなかったのだ。

アタシは今、山の上、天文台の脇に立っている。
そこから見える景色は夜景というほど大層なものではないけれど、とても平和なものだった。
でもこの景色のどこかで、きっと誰かの血が流れている。
相棒や、他のアイドルのプロデューサーが捕らえられている。
守りたいと思う。助けたいと思う。
夢と希望を与えるヒーロー……いや、アイドルが、こんなところで殺し合うなんて、絶対間違ってると思う。
でも、アタシに何ができるのか。
ヒーローじゃない、アタシに。
……ヒーロー、じゃない?

「は、ははは……アタシは何をバカなことを……」

思わず苦笑してしまう。
たしかに、アタシは自分がヒーローになれたと思っていて、それは間違っていた。
アタシはヒーローじゃない。それは事実だ。
でも、それがなんだというのか。
アイドルになる前、アタシは自分がヒーローだと思っていたか?
違う。あの頃のアタシはヒーローじゃなかった。
でも間違いなく、アタシはヒーローになろうと、ヒーローであろうとしていた。
簡単なことだったのだ。
ヒーローになれたと思ったけど、それが間違いだった。
ならば、もう一度ヒーローを目指せばいい。ヒーローであろうとすればいい。
そう、あの頃のアタシと同じように。

アタシが憧れたヒーロー達が困難を前にして屈したか?
何もできないと弱音を吐いて、そのまま逃げ出したりしたか?
答えは否。彼らはどんな困難にも臆さず立ち向かった。
何度傷付き倒れようとも、諦めることなどなかった。
アタシが目指すのは、そんなヒーローだ。
ならば、こんなところで立ち止まるわけにはいかない!
後悔するよりも手を、足を動かせ!
正義の味方は挫けない、そう言ったのは誰だ? アタシだ!
萎えていた心が、嘘みたいに勢いを取り戻す。
ヒーローに魅せられ、憧れ、ヒーローを目指すアタシは、きっと単純な人間なんだろう。
でも、それでいい。単純だから、アタシはまたヒーローを目指すことができる。
この殺し合いに立ち向かうことができる!

「アタシはヒーローじゃない。……でも、ヒーローであろうとすることならできる!」

なんでちひろさんがこんなことを始めたのかはわからない。
でも、止めてみせる。アイドルたちを、プロデューサーたちを助けてみせる。
それが、ヒーローを目指す者の役目であり、アタシをアイドルにしてくれた相棒への恩返しだと思うから。
そして何より、アタシがそうしたいから!

下山し、市街地へと向かうべく一歩を踏み出したアタシの心に、ある言葉が浮かぶ。
それはお仕事のときに気合いを入れるために相棒に言っていた言葉。
アタシはその言葉を胸に刻み、決意を示すために高らかに告げる。

「さぁ、みんなに夢を与えるスーパーお仕事タイムだ!」




【F-2 天文台付近/一日目 深夜】

【南条光】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、不明支給品1~2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:ヒーローであろうとする
1:まずは下山し、市街地へと向かう


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最終更新:2012年11月16日 19:32