彼女たちの中にいるフォーナインス ◆John.ZZqWo
ヒーローであろうと決心した
南条光は、天文台のある山頂を離れ今はひたすらに山道を伝って山を下りていた。
小さな身体にいびつに膨らんだリュックを背負い、肩に金属製のフラフープのような大きなわっかをかけて歩いている。
勾配はあるが道はひどくはない。
ひびだらけとはいえ、車が通れるようにアスファルトが敷かれているし、二車線分の広さは歩くのには十分だ。
今は真夜中だが、道の片側が急な斜面となっており、月光をはばむ背の高い木がないのでそれほど明るさにも困らない。
時々、思い出したかのように頼りない街灯と案内板が現れるのだが、南条光はこれを頼りにすることで確実に麓へと進んでいた。
見知らぬ土地、未知の脅威に警戒するのも歩き慣れるまでのこと。
三つ目の案内板を見てこのまま進めば温泉があることを知る頃には、歩き始めた頃にあった緊張と警戒心は半分ほどに薄まっていた。
代わりに彼女の中を占めていくのは考え事だ。
例えば、彼女はここでヒーローらしくあろうとすることを決心した。では、それは具体的にはどういった行動を指すのか?
「ちひろはどこにいるんだろう……」
敵の首領たる、あるいは少なくとも幹部であると思われる
千川ちひろを見つけ出し倒せばこの事件は解決するんじゃないか。
きっと彼女らが潜んでいる場所にはみんなを縛っている首輪の解除装置もあるに違いない。
だから、ようは彼女が隠れている場所さえ見つければ……と南条光は考える。
ではそれをどう発見すればいいんだろう?
これが南条光の愛する特撮作品ならば、こうやって歩き回っているうちに怪しい人影か千川ちひろの後ろ姿なんかを発見して、
彼女を尾行することで秘密の入り口なんかを容易く見つけられることだろう。
それは半分くらいの確率で罠だったりするが、ヒーローだったらその罠すらも跳ね返して最後には勝利するのだ。
「アタシに……できるのか?」
千川ちひろの潜む敵アジトで武器を構える戦闘員の集団に囲まれている図を想像し南条光は肩を震わせた。
身体は小さいが運動には自身がある。特撮ヒーローを真似て自己流で色んな特訓や必殺技の練習をしたこともある。
アイドルになってからはよりレッスンで鍛えているし、一度だけ戦隊もののアクターさんに簡単な指導を受けたこともある。
それでも子供では大人には勝てないという厳然たる事実は覆せない。
もし敵のアジトを発見することができたとしてもあっけなく捕まってしまうだろう。妄想の中のようにうまくいくはずがない。
「アタシはヒーローじゃない」
それは仕方ないと南条光は認めている。現状、彼女はまだ非力な子供の女の子でしかないのだ。
でも、未完成だからこそ未来に向かって歩むことができる。未熟だからこそ誰かに頼ることもできる。
特撮の中での話なら、正義を志すあまりに無謀な行動を取る子供は一度は痛い目を見るも、最後は本物のヒーローに助け出される。
そして自らの未熟さを省みると同時にヒーローへの憧れもまた強くしてまた未来へと歩き出すのだ。
でも、ここでは“本物のヒーロー”が現れるなんてことは期待できない。自分が今すぐ本物のヒーローになるというのも無理な話だ。
「でも、アタシひとりでもない……!」
ここには60人の『アイドル』がいる。
そしてヒーローは決して孤独な存在ではない。その傍らには共に戦う仲間が、その背中を支える友の姿が常にある。
「小春……、レイナ……、杏ねーちゃん……」
南条光は事務所の中でも特に仲のいいアイドルの名前を挙げていく。
古賀小春はいつもイグアナを抱いている可愛い女の子だ。ほわわんとしすぎて時々心配になるけど近くにいると心が癒される。
レイナ――
小関麗奈は自称・悪者だ。小春をいじめていつも自分と対立する。でも本当は全然悪い奴じゃないことも知っている。
杏ねーちゃんはいつも事務所でダラダラしている。
なんでも、働いたら負けらしい。一体何と戦っているんだろうか? しかし、そんななのにみんなの中で一番仕事が多いのが理不尽だ。
そしてもうひとり。うさぎの耳のみんなに優しい人。自分とプロデューサーが同じ彼女の名を呟こうとした時――
ガサガサと茂みをかきわける音が南条光の思考を遮った。
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ついに本来の使命を“思い出し”、魔王を倒すべく第一歩を踏み出そうとした勇者ナナこと
安部菜々であったが、途方に暮れることとなった。
特に目的地は定めず見敵必殺とはいってもどちらに進むにしても回りは全て深い森なのである。
とりあえず目の前の森の中を見る。真っ暗だ。右のほうを見てみる。真っ暗だ。左のほうも変わらない。振り向いてみても同じだった。
「……………………………………あ、そうでした! 秋月博士がこんなこともあろうかとって!」
勇者ナナは博士に持たされた背負い袋を下ろすと、しゃがみこんでその中から一枚の板切れのようなものを取り出した。
それは秋月博士が発明した最新の情報端末だ。スイッチひとつで画面に明かりが点り、簡単な操作でそこに島の地図が浮かび上がった。
その地図の中央には勇者ナナの名前が記されている。つまりそこが現在位置ということになる。
「えっと、えっと……これかな? これかな? …………お店の子はどうしてたっけ? あ、こうだ」
更に少しの操作でその名前の上に矢印が追加された。
その矢印は勇者ナナが情報端末を右に向けると地図の北を指し、左に向けると地図の南を指す。
しかも、地図上に記された施設を指先でつつけばそこまでのルートも表示されるという――つまり秋月博士によるナビゲーション機能つきなのだ。
この導きがあればもはやどのような秘境や迷宮の奥であろうと迷うことはない。最近の冒険は実に親切設計だ。
「ではさっそく出発ですっ!」
勇者ナナはとりあえず一番近い施設である温泉までのナビを出すと、もうひとつ秋月博士の用意した懐中電灯を握り締めて森の中へと踏み入った。
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南条光が歩いていた山道。片側が斜面となっているその反対側、深く暗い森の中から飛び出してきたのはメイドの格好をしたウサミン星人だった。
彼女のプロデューサーが担当しているもうひとりのなりきり系アイドル――安部菜々その人だった。
「…………菜々さん?」
「え、光ちゃん?」
森をつっきってきたらしい安部菜々の姿はぼろぼろだった。服のあちこちに枯葉や枯枝がくっついてスカートの裾は泥で汚れ、ニーソはほつれている。
けどそれは森の中を通ったからだけであって、別に怪我やなにかをしている様子はない。
ほっと胸を撫で下ろすと南条光は彼女の元へと駆け寄ることにした。
「よかった。菜々さんが無事で――……、え?」
だがそれは半ばほどで制止されることになる。駆け寄ろうとしたその対象である安部菜々が剣を構え切っ先を南条光のほうへと突きつけたからだ。
「そっか。“彼女”の送り込んだ最初の刺客は光ちゃんだったんだね」
「それって……?」
「私も残念だよ。でもね、光ちゃんが魔王の手先であることはもうわかってるんだよ」
「なっ……!」
南条光は戦慄した。彼女が発した言葉の意味がわからないのではなく、逆に、理解することが容易だったからだ。
「菜々さんしっかりしてッ! そんなの駄目だよ。アタシらで争ってもあの女の思う壺だよッ!」
それはただ言葉どおりの意味だけではない。
彼女も自分と同じようにその心を押しつぶそうとする恐怖を相手に答えを見つけ出そうとして、しかしその闇の中に閉じ込められてしまったのだ。
安部菜々は“殺しあう”という選択をしてしまった。みんなに優しくて面倒見のいい彼女がそんな選択をしてしまった。
では、南条光がヒーローを志すならば、そうなってしまった彼女を救わなくてはいけない。
――しかし、どうやって?
「アタシらが殺しあうなんてそんなのおかしいよ。絶対に間違ってるッ!」
「おかしいのは光ちゃんのほうだよッ!」
剣先を突きつけたまま安部菜々が微笑む。それはこんなシーンにはそぐわない、ゾッとするようないつもどおりの優しい笑顔だった。
「プロデューサーを助けないといけないのにどうして光ちゃんは戦わないのかな!?」
「戦うッ! でも、その相手は菜々さんじゃないッ!」
「そうやってナナから戦意を奪おうとしてるんだよね。光ちゃんの考えも、光ちゃんをここに使わした魔王の考えもナナにはお見通しなんだから」
「お願い、いつもの菜々さんに戻ってッ!」
両手に大振りの剣を握ってにじり寄る安部菜々を前に、南条光はまた己の無力さに打ちひしがれていた。
目の前の彼女を正気に戻さなくてはいけないのに、その心に届く言葉が見つからないのだ。
あんなに可愛がってもらったのに。時には妹のように、時には母親のように。なのにこんな時に彼女の心へと届けるべき言葉がわからない。
そして探しあぐねているうちに戦いの火蓋は切られてしまう。
「たぁ――ッ!」
気合の声と共に両手剣を上段に持ち上げた安部菜々が突進してくる。
対して南条光は武器を構えることすらできない。
戦う理由もなく、唐突に迫る生命の危機に対しどう対処すべきかという考えすら咄嗟には思い浮かばなかった。
「やっ…………!」
閃く切っ先がわずかに南条光の身体を引っ掻き、彼女の小さな口から悲鳴がこぼれる。
振り下ろされた刃からこわばる彼女の命を救ったのは、剣撃を放った人物の拙さと辛うじて発揮された彼女自身の生存本能だった。
「どうして……っ?」
痛みは感じない。しかし傷口を押さえた手のひらはべったりと血で濡れてしまった。
その赤色がただただ恐ろしい。ぬるぬるとした感触と赤色がひたすらに南条光の心を恐怖で犯してゆく。
普段より頭の中で想定しているコンバットパターンは全部どこかに飛んでいってしまった。そんなものは現実の前にはあまりにも無力だ。
「やめ――――」
「やっぱり、最初の敵は雑魚キャラですっ!」
二度三度と剣の軌跡が閃き、南条光の身体に容赦なく大小の傷を刻んでいく。
その笑みがサディスティックなものに変わりつつある安部菜々を前に、ヒーローを志すはずの彼女はただ逃げ回ることしかできない。
それほどまでに敬愛する人物から殺されそうになるということは恐ろしい。
彼女に届ける言葉が見つからないことも、実際に血が流れて殺されてしまいそうになることも怖い。
心が恐怖に傾けば、恐怖は倍に倍に大きくなって襲い掛かってくる。
その大きさはあまりにもで、小さな身体の中でみつけたなけなしの勇気だけではとても太刀打ちのできるものではない。
今直面しているこれはまさしく悪夢でしかなく――
そして、南条光は逃げるように奈落へと身を躍らせた。
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「うーん、見つからないなぁ……」
山道から斜面へと転がりだし、茂みの中に消えてしまった南条光。
その姿を探そうと勇者ナナは闇を払う懐中電灯の光を振るも、やはり茂みの中に消えてしまったものは見つけようがない。
「しかたないですねぇ」
手傷は負わせてはいるが、確実にやっつけたとは言えない以上、勇者ナナとしてはここはとどめを刺しに斜面を下りたいところだ。
やっつけなくてはいけないアイドルの数は59人。取りこぼすことがあればそれだけ手間と苦労が増えてしまう。
しかし崖といわないまでも急斜面と言えるぐらいには斜面の角度は深い。
さきほど、森の中で木の根っこに足をひっかけて転ぶこと5回、枯葉に足を滑らせること2回と転びまくった安部菜々である。
この斜面を下りていくというのはちょっとした以上の冒険だった。
「――ということで、アイ☆ウィーン♪ 勇者ナナ初戦突破ですっ!」
なので、そう勝ち名乗りを上げると、安部菜々は再び情報端末を取り出し山道を温泉の方へと下りていくのだった。
舗装された道は森の中とは比べものにならないくらい歩きやすく、ほどなく温泉がすぐ先にあると示す看板の前までたどり着いた。
看板には温泉の名前と効能。宿泊施設を完備していることと、大きく『この先100m』と書かれている。
「これはきっと四条女神様のはからいですよねっ♪」
いかに選ばれし勇者とはいえ回復もなしに59人の手下と魔王を倒しきることはできない。
だからこそ女神様はこの地に温泉を湧かせることで立ち寄りやすい回復ポイントを用意したのだろうと勇者ナナはそう解釈した。
温泉の効能には打ち身や切り傷に効果があると書かれている。飲めばマジックポイントも回復するかもしれない。
最近ひどくなる一方の肩こりや腰痛、事務所で小さい子らに囲まれていると意識せざるを得ない肌の張りなんかも改善するかもしれない。
いわゆる、神の定めしうつろいの理に逆らう禁忌の白魔法『アンチエイジング』――この温泉はその泉なのかもしれない。
「ナナは女神様に御認可をいただいた特別優良勇者だから特別ですっ☆」
ということで勇者ナナは再び歩き始めた。もし温泉を守る敵がいるのなら絶対倒すと剣を握る手に力をこめて。
だが、数歩――看板の隣を通り抜けたというところで勇者ナナは再び足を止めた。
「何者っ?」
足音だ。ナナが下りてきた道からそれは聞こえてくる。しかも走ってくる。振り返ると人影はもう間近まで迫っていた。
「正体を現せっ!」
秋月博士お手製の懐中電灯が闇の衣を剥ぎ取り強襲をかけようとしていた敵の姿を光の中に曝け出す。
「なっ!?」
しかし、そこに現れた姿はあまりにも彼女の想像の外にあるものだった。
“その人物”を勇者ナナは――いや、安部菜々は知っている。アイドルとして憧れの存在だった。だからこそ、こんな場所にいるわけがない。
その存在はまさに生きる伝説。安部菜々が理想としたアイドルのひとつの完成形だ。
小さい頃に彼女をTVの中で見たからこそ、そちらの文化に傾倒し、メイド喫茶で働きながら声優やアイドルを目指すようになったのだ。
「わ、ワンダーモモ……っ!?」
今、彼女の目の前に降臨したのは、ロリコット星からやってきた伝説の正義の変身アイドル――ワンダーモモだった。
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斜面を転がり落ちた南条光はその身体を受け止めてくれた木に寄りかかりながら再び自問自答を繰り返していた。
転がることで新しくできた傷も含めプロデューサーが見たら悲鳴をあげそうなくらい全身傷だらけだがそんなことは気にかからない。
それよりも、自分がここで何をすることがヒーローへと進む道なのか――それが重要だった。
これまでの人生、南条光にとってヒーローになるとはその真似事をしたり玩具を集めたりヒーローを語ることだった。
アイドルへの道が開けることでヒーロー番組にも出ることができた。
ゆくゆくはヒーロー番組の主題歌を歌えれば、自分がそうされたように皆に勇気と愛をもたらすことができると信じていた。
それは間違いではない。しかし一番最初の純粋な気持ちと同じかというと、違う。
まだ幼い頃にTVの中でヒーローを見た時、感じた気持ちは「自分もヒーロー番組に出演したい」だったろうか?
違う。画面の中の、画面の向こうにある世界に実在する本物のヒーロー。その本物のヒーローになりたいと思ったはずだ。
「プロデューサー……ごめん」
まだ心の底までは覚悟が決まってなかった。
だからこそこんな無様な不覚を取ったし、リュックの中に入っていた“アレ”を身にまとうこともためらってしまっていたのだ。
「もう一度、アタシに勇気を……」
不自由な格好のまま南条光はポケットから情報端末を取り出す。電源を入れてもそこに映っているはただの白い画面だ。
彼女はその白い画面を見つめる。そこに一度は映ったプロデューサーの姿を思い浮かべる。そして、彼の言葉を。
――変身だ。
それははじめてTV番組に出る時、楽屋でガチガチに固まっていた南条光の緊張を解いた魔法の言葉だった。
『アイドル』が『ヒーロー』なら、衣装を着てステージに向かうのはヒーローが変身するのと同じだ。
だから南条光がどれだけビビっても、『リトルヒーロー・南条光』はステージの上ではビビらない――と、そう彼は言ってくれた。
「あの、菜々さん……いや、“ナナ”にはアタシのままじゃ勝てない」
“ナナ”は己をなりきりという強い殻で守っている。その強固な殻の前では例えただの南条光が何を言おうが通じはしないだろう。
必要なのはそれ以上の力。彼女のなりきりよりも強い確固たる精神と形。
「だったら――」
南条光は固く口を閉じていたリュックを開き、その中に腕を突っ込んだ。
「――――変身だッ!!」
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そして南条光は再び安部菜々の前に立つ。
南条光ではなく正義の変身ヒロイン――ワンダーモモとして。
「悪の怪人軍団ワルデモンの手先ウサミン! このワンダーモモが成敗してやるッ!」
安部菜々にとってワンダーモモが特別なように、南条光にとってもワンダーモモは特別な存在だった。
幼少の時にヒーローを知り、ずっとヒーローファンとして情熱を燃やしていた南条光が過去のヒーローものにも手を出し特撮ファンへ、
そして特撮マニアとなるのに何も苦労はなかったし、アイドルになってからは棚の中のDVD-BOXがそれ以前の3倍にもなった。
だから、かつて特撮TV番組としてスタートし舞台化にまで至ったワンダーモモのことも知識の中にはあった。
それが特別な存在となったのは南条光がアイドルになってからだ。
なぜならば、ワンダーモモこと『神田桃』もアイドルだったからである。
アイドルデビューした後に主演の特撮ヒーロー番組を持ち、好評を博し舞台化までする。それこそ南条光が思い描くドリームそのものだ。
「ナ、ナナが……悪の手先……?」
ワンダーモモの衣装をまとって現れた南条光に対し、安部菜々はひどく狼狽した様子を見せる。
それは南条光からすれば(彼女がモモに思い入れがあることを知らない故に)意外なことだったが、逆に都合がいいと思った。
これならば、モモの言葉ならナナに通じると。
「そうだ! そしてアタシはお前を倒して菜々さんを取り戻すッ!」
そしてこれが南条光の選んだこの場におけるヒーローの行動だった。
相手が心を悪に支配されているなら“やっつける”! そしてそこから解放する。
例え馬鹿だと言われようとも、もうこれで最後まで貫き通すと彼女はコスチュームに袖を通す時に決意した。
それが彼女の知っているヒーローの姿だからだ。
「ふ、ふざけないでっ! ナナは勇者ナナなんです!
悪だなんて、そんな……ワンダーモモが、いや……ワンダーモモじゃない! あなたは光ちゃんでしょッ!」
今度は安部菜々の指摘に南条光が僅かにたじろぐ。しかし、彼女はここまで来る間にあらかじめその設定を用意してあった。
「アタシは――二代目ワンダーモモだッ!」
「に……だいめぇ……?」
「ひとたび地球に平和をもたらした神田桃はロリコット星に帰った!
だが、ワルデモンの再生に呼応して新しくヒーローアイドルデビューしたアタシが彼女よりワンダーモモを継承したんだ!」
「うぐぐ……」
安部菜々が一歩後ずさる。彼女の顔色は頼りない街灯の明かりの中でもはっきりとわかるくらい血の気を失っていた。
「降参しろウサミンッ! アタシはいくら敵でも同じ事務所にいたあんたとは戦いたくない」
「……奇遇ですねワンダーモモ。ウサミンもあなたとはこんな形で決着をつけることなんて望んではいなかったですよ」
その白い顔に優しい笑みが、なのにとても悲しく見える笑みが浮かぶ。
「菜々さん……?」
「“ウサミン”はッ! ……それでもワンダーモモを倒さなくてはいけないの。
そのためにウサミンはアマゾーナ様の命を受けてあの事務所にメイドとして潜りこんだのだから」
「やめろッ……!」
「アマゾーナ様、そしてモズー様と新生ワルデモン軍団の為にワンダーモモ……あなたの命をもらいうけるッ!」
ウサミン――安部菜々が両手剣を上段に構え突進してくる。
これは先ほどの繰り返しだ。しかし今度こそ、南条光――ワンダーモモの身体はすくむことなく彼女のイメージのとおりに動いた。
「死――」
「――ワンダーリングッ!!」
ワンダーモモの手から月光を反射する黄金の輪が放たれる。
高い金属音が鳴り響いた後、軌道に残像を残してワンダーリングはモモの手元に残り、ウサミンの両手剣は斜面の下へと消えていった。
「もう観念しろッ!」
「だれがするもんですかッ!」
そう言ってウサミンが次に取り出したのは見るからにわかりやすい手榴弾だった。マスクの中で南条光の顔が青ざめる。
「やめろ……どうして、そんなことを……ッ!」
「見くびるなワンダーモモ! ウサミンはワルデモンの改造人間だッ! 刺し違えてでも貴様を倒すッ!」
ウサミンはあっさりと手榴弾からピンを抜くと、今度はそれを胸に抱えて突進してきた。
再び、迷いが南条光の動きを絡めようとする。安部菜々は本当に死ぬつもりでいる。ならば、南条光はそれにどう応えるのか?
南条光は……いや、この時は彼女に対峙する安部菜々も、彼女達の中に存在するワンダーモモを信じた。
「ワンダァアアァァアアァァ・キィィイイイックッ!!!」
ワンダーモモ最強の必殺技が突進してくるウサミンへと炸裂し、彼女は抱える爆弾ごと斜面の下へと墜落していった。
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安部菜々はもはや崖と称してもかまわないほど急な斜面を落ちながら思う。
「(ワンダーモモは“ズルい”ですよ。光ちゃん)」
死ぬ――というのに不思議と恐怖はなかった。絶望的な状況下で最後にひとつ願いが叶ったからかもしれない。
ヒーローでもヒロインでもましてや英雄としてでもなく、改造人間だとしても本物を演じることができることは幸せだ。
半ば自暴自棄となっていた安部菜々にとって、ワンダーモモ劇場の中で死ねるというのは最高のはなむけだった。
もう時間はない。安部菜々はここで言っておけなければいけない言葉を最後に口にすることした。
南条光には届かないだろう。しかし彼女が満たされて死ぬには必要な言葉だった。
「さすが、ね……ワンダーモモ。しかし、ウサミンが、死のうとも……第2、第3の刺客が、あなたを……」
台詞はここまでで十分だ。後は彼女と、そしてふたりにとってかけがえのないプロデューサーの無事を祈るだけだった。
「(ありがとうワンダーモモ。そしてプロデューサーさんは任せたよ光ちゃん。いえ――)」
――2代目ワンダーモモ。
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衝撃と爆音。そして吹き上がる黒煙。斜面を落ちていった安部菜々はそれこそ怪人のように爆発し黒煙の中に消え去った。
それを見下ろし、南条光は両の目からとめどなく涙を零す。
安部菜々は死んだ。彼女はそれをきっと望んでいた。しかしその決意をさせたのは南条光でありワンダーモモだ。
彼女の死が正しかったとは認めたくない。けど、二人ともが正しいと思ったことを成したのには間違いはないはずでもあった。
「菜々さん……、ワンダーモモ知ってるなら早く教えてくれればよかったのに、そしたら、一緒にDVD観たり……」
南条光は命を賭して通じ合うということを知る。画面の中では何度も見たが、現実にははじめてのことだ。
それは想像よりも遥かに重く、悲しい。
今回のことはことの顛末を話せば人に笑われるようなそんなことかもしれない。
しかし、彼女にとってはかけがえのない経験となった。
その経験をどう捉え、どう活かしていけばいいのかはまだ14歳の南条光にははっきりとわからない。
ただ、ひとつだけわかっていることがあった。
彼女が応えたのなら自分も応えなくてはならない。彼女の死を飾らなくてはならない。
南条光は斜面の下を見下ろしながらポーズを取る、そして――
「成敗ッ!」
――それが2代目ワンダーモモ出発の瞬間でもあった。
【安部菜々 死亡】
【F-3・温泉付近/一日目 黎明】
【南条光】
【装備:ワンダーモモの衣装、ワンダーリング】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:全身に大小の切傷(致命的なものはない)】
【思考・行動】
基本方針:ヒーロー(2代目ワンダーモモ)であろうとする。
1:悪いことを考えているやつはとりあえずやっつける。
※南条光と安部菜々のPは同じでした。
最終更新:2014年02月27日 21:20