ピピッ!ウサミン星からの電波受信、完了です! ◆44Kea75srM
※イメージです。
◇ ◇ ◇
「――ナナが伝説の勇者、ですか!?」
薄暗い研究室。椅子の上にちょこんと座った少女、
安部菜々は信じられないという瞳を浮かべた。
彼女にその正体を教えた研究員、秋月博士は眼鏡を光らせながら続ける。
「そう。あなたはウサミン星から派遣された特使であり、そして重大な使命を負わされた伝説の勇者でもあるの」
「突然のことで戸惑うかもしれませんけど、取り乱さずに聞いてください。まず、封印された聖剣を探すんです」
秋月博士に続き、萩原助手が伝説の勇者ナナにはかつて愛用していた聖剣があることを伝えた。
安部菜々はウサミン星から地球にやってきたアイドルだ。しかし同時に、伝説の勇者でもあったらしい。
その記憶は本人から失われ、取り戻すには封印されし聖剣を手に入れる必要がある、と秋月博士と萩原助手は告げた。
「わかりました。そういうことなら、ナナがんばっちゃいますっ!」
そうして、アイドルナナは伝説の勇者ナナとして旅に出た。目的地は火星だ。
「ナナ、火星には行ったことがあります。ウサミン星からの観光ロケットで、三泊四日の自分探しの旅でしたっ☆」
菜々の乗ったロケットが突如爆散した。宇宙空間に放り出された菜々はウサミンパワーでなんとか肉体を維持する。
ロケットを攻撃したのは伝説の勇者を復活させまいとする魔王の手先だった。襲い来る魔王の手先は全部で四人。
高槻軍団長に水無瀬将軍、我那覇戦闘員、双海1号と双海2号から成る四天王だった。四天王なのになぜか五人いた。
「にしし! あんたがウサミン星の勇者ね。悪いけどあんたの冒険はここまでよ!」
「うっうー! 生け捕りにしてもやし入りのウサギ鍋にしちゃいますー! 皮は高く売りますー!」
「イーだぞー!」
「2号! いまがそのときだ!」
「オーケーだ、燃やすぜ1号!」
しかし四天王は連携が取れていなかった。お互いの必殺技がお互いにぶつかりお互い大爆死だった。
菜々はロケットがなくても火星にたどり着けた。そういえば菜々は宇宙水泳検定1級の資格を持っているのだ。
「わー、ここが火星かー! 一度来たことがあるはずなのに、なんだか初めて来た気がするよぉ!」
それもそのはず。火星は度重なるテラフォーミングの末、菜々の知るそれとはまったく別の惑星と化していた。
大地は荒れ、花は朽ち、空気は汚れ、火星開拓民の三浦チーフは造花を売っていた。
「お花、お花はいりませんか……?」
かわいそうに思った菜々は、造花を全部買ってあげた。三浦チーフは大いに喜び、お礼に聖剣のある場所を教えてあげた。
聖剣は大火星大陸の中央にそびえ立つ巨塔、グレートマーズタワーに封印されているらしい。
目的地がものすごく遠いところにあるのを知った菜々は、歩いて行くのが嫌だったので飛行機をチャーターすることにした。
菜々の借りた飛行機はF-15Eストライクイーグルだった。パイロットは如月操縦士だ。
「くっ……」
如月操縦士はなぜか菜々の胸を見て悔しそうに声を漏らした。菜々はどやっと勝ち誇った。
よそ見をしていたら雷雲に突っ込んでしまった。荒れ狂う天候に負け、ストライクイーグルは大破してしまう。
如月操縦士はパラシュートでなんとかなった。菜々は自力で飛んだ。そういえば菜々は自力飛行検定1級の資格を持っているのだ。
「あっ、目的地が見えてきました! よーし、いっくぞーっ!」
菜々は音速の壁を越え、グレートマーズタワーに突っ込んだ。グレートマーズタワーは衝撃に耐え切れず倒壊した。
しまったなぁ、と菜々は少し後悔した。瓦礫の中から目的の聖剣を探し出すのは非常に困難だ。だから菜々は業者を呼ぶことにした。
「あった、あったよ! えへへ、やりぃ!」
聖剣は菊地作業員が掘り当てた。しかし聖剣は封印状態のままで、伝説の勇者である菜々が握ってもなにも反応を示さなかった。
聖剣の封印を解くにはどうすればいいのか。困った菜々は、大火星大陸の奥地に住むという星井賢者を尋ねることにした。
星井賢者の家はすぐに見つかったが、どうやら就寝中のようだった。菜々は構わず叩き起こした。
「あふぅ……それで魔王をやっつければいいと思うの……」
魔王を倒せば封印が解ける。なんとわかりやすい説明だろう。菜々は星井賢者にお礼を言い、朝ごはんとしておにぎりを握ってあげた。
おにぎりのおいしさに感動した星井賢者は、お礼のお礼とばかりに菜々を魔王城までワープさせてあげた。
いきなり魔王城の、それも謁見の間まで躍り出た菜々は、そこで天海魔王と対面を果たした。
「ええっ!? ちょっと段取り早くないですか!? っていうかどこから入ってきたんですか!?」
天海魔王は突然現れた菜々に面食らっていたが、菜々は構わず聖剣を振るった。
伝説の勇者ナナと天海魔王の対決は熾烈を極めた。星は消え、銀河は崩壊し、ビッグバンが三回ほど起こった。
それでも、菜々は勝った。なぜなら菜々はただのアイドルではない。伝説の勇者でもあるのだから。
「そうか……ナナ、思い出しました。ナナの使命、ナナがアイドルとしてやるべきこと……」
聖剣の封印は解け、菜々は本来自分が背負っていた使命を思い出した。
そのときである。菜々を神々しい光が照らし、天から麗しい姿の女性が降り立った。
「安部菜々……安部菜々……魔王を倒したからといってあなたの旅はまだ終わりません……」
語りかけてきたのは四条女神様である。菜々は聖剣を強く握りしめ、真剣に耳を傾けた。
「あなたは伝説の勇者として、そしてなによりもアイドルとして、新魔王
千川ちひろが送り込む59人のアイドルをやっつけなければなりません。
そうしなければ、あなたはアイドルとしての資格を失い……さらにはあなたの大切なプロデューサーも失うこととなるでしょう」
菜々は驚愕した。菜々を立派なアイドルとして育て上げてくれたプロデューサー。彼を失う恐れがあるというのだ。
「ナナが、ナナが生き残るためには、他のアイドルをやっつけてプロデューサーを助け出せばいいんですね?」
四条女神様は頷いてくれると思った。しかし四条女神様はらぁめんを食べるのに夢中だった。そのまま天に帰った。
答えはもらえなかった。しかし菜々は理解したのだ。アイドルとして生き残るためには、戦うしかないと。
だから菜々は、聖剣を握りしめる。迫り来る59人のアイドルをやっつけるため、自らの意思で武器を取ったのだ。
◇ ◇ ◇
――君にはキャラ作りの才能がある!
アイドル・安部菜々の方向性を模索していた時期、プロデューサーが言った一言だった。
様々なアイドルがしのぎを削るこのアイドル戦国時代、『インパクトの強いキャラクター』はなによりも重要なポイントだと。
その日以来、安部菜々は東京から電車で一時間のウサミン星と交信を始め、プロフィールの年齢欄に『永遠の17歳』と書くことにした。
……しかしだ。
そうやって作り出したアイドル・安部菜々の像は、所詮演技。冷静に考えれば誰もがそう捉える、作り物でしかないのだ。
ウサミン星との交信は菜々が意識してやっていることだし、意識しなければ菜々はウサミン星との交信なんて行わない。
つまり、キャラを作る余裕がなくなってしまったとき。安部菜々はアイドルではない、ただの少女・安部菜々に戻ってしまう。
ここに『殺し合い』というシチュエーションがある。
菜々の所属する事務所、そこの事務員である千川ちひろに、アイドル同士で殺し合いをしろと強要された。
冷静に考えて一大事である。いつもみたいに『ナナはウサミン星からやってきたんですよぉっ!キャハっ!』とかやってる場合ではない。
素に戻って、冷静に現実を受け止める。そしてどうすればいいかを考える。これが常人の取るべき行動だ。
……でも、それって『誰』なの?
菜々は考えた。同時に思い出した。プロデューサーが言っていたのだ。
個性(キャラ)で売っているアイドルは、いついかなるときでもキャラを崩してはならない、ブレてはならない――と。
これはアイドルのイベントだ。ウサミン星との交信をやめた菜々は、はたして本当にアイドル・安部菜々といえるのか……?
――プロデューサー。ナナのためにいつもがんばってくれた、プロデューサー。
アイドル活動はプロデューサーとの二人三脚だ。特に意識してキャラを作っている菜々にとって、プロデューサーはなくてはならない存在だった。
そんなプロデューサーが、囚われている。菜々が殺し合いをしなければ殺される、そんな脅しをかけられている。
菜々はプロデューサーを失いたくなんてなかった。自分が死ぬのも嫌だった。だから答えは、これに決めた。
――やろう、殺し合い。
同じアイドルのみんなを殺すのは、つらい。だけどきっと、自分とプロデューサーが死んじゃうのはもっとつらい。
だからつらさの少ないほうを選ぶ。菜々の思考は至って単純だった。至って普通の、力を持たない少女の発想だった。
でも、考えて、選ぶだけじゃ足りない。菜々には力が必要だった。殺し合いを遂行するための、力が。
相手の子が泣き叫んでもやめない力。相手の子がヤル気でも泣かない力。罪悪感や後悔に押し負けない強い力。
菜々はよく、たくましい、と評価される。それはどんな状況でも絶対にブレない完璧なキャラ作り、そこに起因している。
だからといって、それが殺し合いをやり遂げるための力に繋がるわけではない。
いま菜々が求めているものは腕力だ。胆力だ。不遜さだ。脚力だ。ふてぶてしさだ。でも菜々が持っているのは……。
――君にはキャラ作りの才能がある!
プロデューサーの言葉を思い出す。それは唯一無二、菜々が初めから持っていた、菜々にしかない絶対の武器だった。
キャラを作ってこそのアイドル・安部菜々。キャラを作れば、菜々はなんでもやりこなせる。
そうだ。だから、たとえ殺し合いでも、キャラさえ作ってしまえば。
同じアイドルを殺しても、痛くない。同じアイドルに殺されそうになっても、負けない。
菜々は天啓を得た。そして決めた。キャラを作ろう。キャラを作り、アイドル・安部菜々として戦い抜こう。
そして生き残るんだ。プロデューサーも助け出して、アイドルとしても人間としても生き残るんだ。
最終的には、他のアイドル59名が死んでしまっているかもしれないけれど……それは、あとで考える。
だから菜々はキャラ作りに必要な設定を即興で作り上げた。
菜々はウサミン星からやってきたアイドルであると同時に、一度魔王を倒したことがある伝説の勇者。
今回の敵は新魔王千川ちひろと、その手先のアイドル59人。彼女たちをやっつけて囚われのプロデューサーを救い出す。
「ナナはアイドル。ナナはウサミン星の使者。ナナは伝説の勇者。みんなは敵。みんなは悪いアイドル。ちひろさんは黒幕。
これは聖剣。ナナは正義。ナナは戦う。ナナはプロデューサーを救う。ナナは永遠の17歳。ナナは、菜々は、ナナは……」
暗示をかけるように。ようにではなく、暗示をかけて。キャラ作りを徹底して。
菜々はデイパックの中にあった聖剣を握った。レプリカではない、本物の刃がついた西洋風の剣だ。
これがあるから、菜々は伝説の勇者になりきれた。ファタンジー世界のアイドルに浸り切れた。
「……プロデューサー」
キャラを完成させる寸前、菜々は普通の少女として泣いた。いつだって自分の行く道を示してくれた彼に、想いを馳せた。
すぐに涙を拭って、決意を固める。聖剣は専用の鞘にしまい、それっぽく肩にかける。気分は本当に、伝説の勇者だ。
聖剣の重さはたぶん2キロとちょっとくらい。がんばれば持てない重さじゃない。それに、菜々には秘密兵器もある。
デイパックの中の、爆弾である。
正しくは、マークⅡ手榴弾。アニメで見たことがある。ピンを抜いて投げればそれが爆発する、お手軽な武器だ。
菜々は声優アイドルを目指している。こういった漫画やアニメに引っ張りだこの武器はお手のものだ。
それに、菜々は伝説の勇者で、他のアイドルは単なる新魔王の手先。主人公が雑魚キャラに負ける道理はない。
――キャラは完成した。
行動方針。他のアイドル59名の駆逐。新魔王千川ちひろの討伐。プロデューサーの奪還。自分とプロデューサーの生還。
出発地点は森の中。目的地は定めない。見敵必殺。敵とはエンカウント次第即バトル。迷いや戸惑いは、いらない。
あっ、でも――アイドルとして一番重要な『かわいらしさ』は忘れないように。基本のキャラは、やっぱりいつものとおり。
「ピピピッ! ウサミン星からの電波受信です! わるいアイドル59人、サクッとやっつけてプロデューサーをお助けですっ☆」
アイドル・安部菜々の素敵な冒険が始まった。
【E-2/一日目 深夜】
【安部菜々】
【装備:ツーハンデッドソード】
【所持品:基本支給品一式×1、マークⅡ手榴弾】
【状態:健康、キャラ作り完了】
【思考・行動】
基本方針:アイドルとして生き残る。アイドルとしてみんなを殺す。アイドルとして作ったキャラは絶対にブレない。
1:ピピッ! 他のみんなを探します! 探してナナがやっつけます!
2:アイドルとしての顔も忘れません! いつでもどこでもかわいくスマイルっ! キャハっ!
3:絶対に助けてあげますからね、プロデューサー! プロデューサーに届け、ハートウェーブ送信ーっ! ピリピリンッ!
最終更新:2012年11月16日 19:32