LET'S むふむふっ ◆ncfd/lUROU
昔々、あるところに一人の女の子が住んでいました。
王子様に憧れる、ちょっぴり夢みがちな、普通の女の子でした。
女の子はいつも、白馬の王子様を待っていました。
そんなある日、女の子の前に魔法使いが現れます。
お姫様にならないか。魔法使いはそう言いました。
お姫様になれば、王子様は迎えに来てくれますか? 女の子はそう聞き返しました。
魔法使いは優しく微笑んで、きっと来るさと答えました。
それを聞いて、女の子も微笑みます。
魔法使いは女の子に魔法をかけました。
そしてその日から、女の子はお姫様となったのでした。
それからというもの、お姫様は色々なお仕事をし、色々な所に旅をしました。
お仕事も旅も大変でしたが、とてもとても楽しいものでした。
そんなお姫様の隣には、いつも魔法使いの姿がありました。
お姫様は毎日を楽しんでいましたが、一つだけ不満に思っていることがありました。
お姫様になったのに、いつまで経っても白馬の王子様が現れないのです。
ある日のことでした。
お仕事を終えたお姫様は、いつものように魔法使いを待っていました。
けれども、魔法使いはなかなか現れません。
魔法使いを待つ中で、お姫様はあることに気がつきます。
魔法使いが隣にいないということを意識すると、なんだか胸の奥がざわざわするのです。
しばらくして魔法使いがやって来たとき、お姫様は驚きました。
なぜなら、魔法使いは馬に乗っていたからです。その馬は、とても立派な白馬でした。
さらには、服装もいつも着ていた簡素なローブではなく、きらびやかな装飾があしらわれたものになっていました。
その姿はまさに、白馬の王子様と呼ぶにふさわしいものでした。
驚きの中で、お姫様はざわざわが消えていることに気がつきました。
お姫様は理解しました。白馬の王子様は、既にお姫様を迎えに来てくれていたのです。
ただ、お姫様が気づいていなかっただけで。
女の子をお姫様にしてくれた魔法使いこそが、王子様だったのだと。
その後、お姫様と王子様は仲睦まじく暮らしていました。
王子様に迎えに来てもらうという夢を叶えたお姫様には、新しい夢ができていました。
それは、海の見える教会で王子様と結婚式を挙げること。
お姫様はその夢も叶うのだと、強く信じていました。
しかし、その夢に思わぬ邪魔が入ってしまいます。
悪い魔女が、王子様を連れ去ってしまったのです。
王子様を助けたいのなら、邪魔な魔物を全て倒しなさい。魔女はそう告げました。
だから、お姫様は王子様を助け出すために旅立ちます。
その手に光の剣を持ち、強固な鎧に身を包んで。
かつて王子様がお姫様を迎えに来てくれたように、今度はお姫様が王子様を迎えにいくのです。
◇
深く深く、そして暗い森の中を、一人の少女が歩いていた。
その足取りは安定せず、その目はどこか遠くを見ているようで。
その姿には、心ここにあらずという言葉が似つかわしかった。
いや、似つかわしいというのは少し語弊があるかもしれない。
彼女の、
喜多日菜子の心は、実際にここにはないのだから。
彼女の目には、殺し合いという現実は映っていない。
彼女の心は理想的な世界に。
全てが叶う、妄想の世界の中にあった。
殺し合い。その現実を告げられたとき、彼女がまず妄想したのは、彼女自身が殺される光景だった。
常日頃から妄想をしている彼女の妄想力は、当然常人のそれよりも遥かに高い。
それ故に、彼女の妄想は他者よりも鮮明で残酷なものになる。
自らが刺され、撃たれ、殴られ、潰され……。
彼女の脳内で、それらは何度も繰り返された。
そしてそれは、止めようにも止められなかった。
まるでドミノ倒しのように、妄想が次の妄想を産んでいって、その連鎖が終わることはなかった。
だから彼女は、妄想を止めるのではなく、別の妄想に切り替えた。
殺し合いという事実から逃げ、別の妄想の世界に閉じ籠ったのだ。
殺し合いが都合よくねじ曲げられ、もはや別物となった、そんな優しい妄想の世界。
そこに彼女は逃げ込んだ。
つらい現実に立ち向かうことは、彼女にはできなかった。
彼女が弱いからではない。
彼女は、妄想の世界に入り込むことに慣れすぎていた。
妄想することは、彼女にとって当たり前のことだった。
だから、彼女は現実に立ち向かうことを考える前に妄想をした。
そして、戻ってこなかった。
「むふっ、むふふ……むふふふふ……」
彼女は歩く。
その手に握られているのは、鈍い輝きを放つ両刃のナイフ。
その身を包むのは、現実と妄想を隔てる強固な不可視の壁。
優しい妄想の世界に身を浸し、残酷な現実を彼女は歩いていく。
その歩みには、乱れはあれど迷いはない。
妄想の世界では全てが叶うのだから、彼女は迷う必要も悩む必要もない。
ハッピーエンドに向かって、邪魔者を蹴散らし進めばいいだけだ。
「むふふ……プロデューサーさん、今から日菜子姫が迎えに行きますからねぇ……むふ、むふふふふふふふふ……」
◇
お姫様の旅は、こうして幕を開けました。
出だしはとっても順調です。
でもでも、困ったことが一つだけ。
お姫様には、鎧の脱ぎ方がわからなかったのです。
【B-6/一日目 深夜】
【喜多日菜子】
【装備:両刃のナイフ】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品0~1】
【状態:健康、妄想中】
【思考・行動】
基本方針:王子様を助けに行く
最終更新:2012年12月05日 16:42