盲目のお姫様と迷子の子羊 ◆j1Wv59wPk2
「……綺麗ですねぇ……むふふ」
森を抜け、街を歩いていた少女、
喜多日菜子の眼前に映ったのは、空へ駆けのぼる炎だった。
なぜ燃えているのかは今の彼女には分からなかったし、考える事もしなかった。
たとえどんな理由があろうとも、彼女の中で都合の良い妄想に書き換えられるからだ。
だから彼女の中にあったのは、その光景への純粋な感想のみ。
他は全て、大切な王子様への思いで満たされていた。
「気になりますねぇ……」
今の彼女には特に行くべき道は無く、やるべき目的も無い。
やるべきこと自体は漠然と――都合よく解釈して――理解していたが、
現実を直視しない彼女は、心ここにあらずといった様にただ彷徨っていただけだった。
そんな彼女の前に映った、初めての変化。分かりやすい道しるべ。
「むふふ……むふふふ………」
日菜子はさながら光に誘われる虫の如く、ふらついた足取りで向かっていった。
その目には、現実は映っていなかった。
* * *
時を同じくして、これまた現実を直視できない女の子が居た。
しかし、彼女は理解しようとしなかった訳ではない。
彼女の名前は
市原仁奈、年齢は今回の参加者で最年少の九才。
この非情な現実を理解するには、あまりにも幼すぎた。
「うあぁぁぁ……っ、ひっぐ、えぐっ」
道の真ん中で、彼女はただ泣いていた。うずくまる姿は、傍からみればただの綿だった。
最初に出会った同年代くらいの女の子、次に出会った大人の人。
そのどちらも彼女に手をのばしてはくれなかった。
ただの女の子この世界はあまりに厳しすぎた。救いの手は未だこない。
「うっ、ひぐっ…ど、どこにいやがりますか…」
後ろから、恐い人が迫っているかもしれない。
いや、もしかしたら前からやってくるかもしれない。
右から、左から、上から、下から……?
二度、命を脅かす恐怖を目の当たりにした仁奈にとって、もはやこの世界全てが恐怖だった。
「プロデューサー………っ!」
仁奈が一番懐いている人。彼女のプロデューサー。
アイドルとして、一人の女の子として接してくれるその人は、
仁奈にとって、憧れだとか尊敬だとか、本人でも良く分からない感情を持っていた。
だから、仁奈は常にその人へ助けを求めてきた。
優しいあの人が、あの人なら手をのばしてくれると思っていた。
だが、いつまでたってもその人は助けてくれない。
それどころか、自分の目の前にすら現れてくれなかった。
当たり前の話である。プロデューサーは今人質として囚われているのだから。
しかし、彼女にはそれがいつまでたっても理解できなかった。
――それこそ、理解しようとしなかったのかもしれない。
それを否定してしまったら、彼女は足もとから崩れてしまうから。
仁奈は現実を否定するように、ただ泣き続ける。
そんな事を続けたといって、何かが変わる訳ではない………
「………おやぁ?」
「えっ……?」
はずだったのだが。
* * *
「…………むふ」
しばしの沈黙の後、現れた少女は不意に笑った。
そして、そのまま迫ってきた。
彼女の眼に生気は無い。手に持つのは、両刃のナイフ。
その危険性は、幼い仁奈にも良く理解できた。
「ひっ……!」
「…ちょっと待ってくださいよぉ……どこに行くんですかぁ?」
三度逃げる。だが、足がもつれてうまく動かない。
彼女は幼い。死の概念が良く分からないほどに。
だが、それでもうっすらと状況を理解していた。理解してしまった。
―――恐い人に捕まってしまえば、もう戻れない。
プロデューサーにも会えない。パパやママにも、もう会えない。
その危機が、またも眼前にまで迫っていた。
「あっ………あああ……」
理解していたはずなのに、もう体は動かなかった。
腰を抜かした。いや、それ以上に震えが止まらなかった。
本来幼い仁奈が感じるべきではない感情が積み重なり、心身ともに疲労していた。
自由がきかない。さっきの少女が迫ってきていた。
その眼は優しい人の眼ではない。幼い仁奈だからこそ理解出来た。
あのおねーさんもきっとひどいことをする人だ。
先の人物の時と同じ、本能がそう警告していた。
そう思っていても体が動かない。
ふらふらと、しかし確実に迫ってきている。もう手の届く距離まで来ていた。
もう、仁奈に抵抗できる手段も、精神も無かった。
追いかけっこはあっさりと決着がついた。相手は手を伸ばす。
怯えるばかりの女の子に向かって。
その小さい頭に手を伸ばし、そして……。
「ふふ、そんなに怯えて……どうかしたんですか?」
撫でた。
* * *
もしもこれが、綺麗事を語る人や殺し合いに乗る人だったなら。
それらは全て日菜子の中で都合よく改変され、迷うことなく蹴散(ころ)したのだろう。
しかし、彼女が初めて会った女の子はただ泣いていた。
泣く。その行動に妄想の余地は無い。
フィルターで通して見た世界でも、それはただ泣いている女の子の姿でしかなかった。
彼女が倒すのは旅を邪魔する魔物なのだ。こんな女の子ではない。
だから、この女の子は蹴散(ころ)す必要はない。
――じゃあ、なんでこんな所に居る?なんで泣いている?
これだけ幼さを感じさせる女の子が一人で居るのは明らかに異常だ。
いや、本来ならば殺し合うこの場自体が異常なのだが、そんな事実は『彼女の世界』には無かった。
だから、それを除いた『あるはずの無い世界』で、なぜこの女の子が泣くのかを日菜子は考えた。
「こんな所で泣いて…、迷子ですかぁ?」
もちろんそんな訳は無い。が、彼女の中でそれはあっさり結論付けた。
この場にその妄想に異議を唱えられる人は居ない。だから日菜子はそれで納得した。
そうだ、旅のついでにこの女の子も保護者の元へ送り返せばいいじゃないか。
小さな女の子が困っているならそれを無視するわけにはいかない。きっと王子様も褒めてくれる。
思考は固まり、彼女は嬉々として迷子の女の子を保護することに決めた。
「え……あっ……」
「大丈夫ですよ、日菜子がパパやママの所に送り届けてあげます……むふ」
そう言って、怯える女の子の手を掴もうとする。
だが、いつまでたっても女の子は安心するそぶりを見せなかった。
これはどうしたことかと一瞬だけ疑問に思ったが、すぐにその原因がわかった。
手に握られたナイフ。なるほど、確かにこれがあると恐いだろう。
それに気付いた日菜子はすぐにそのナイフをバッグに仕舞う。
そして、彼女は今度こそ仁奈の手を掴む。
「ひっ………」
女の子の声が漏れる。
強く掴みすぎただろうか、と少し反省する。
しかし、その行動に間違いは無いと日菜子は信じ切っていた。
真実は妄想の霧に全てかき消された。
彼女は、この世界では最強の恋するお姫様なのだから。
全ての行動は功を奏す、と。そんな妄想が彼女を支配していた。
「むふふ……日菜子が見つけてあげますよぉ……パパもママも、…王子様も、ね」
* * *
三人目の言葉は、想像以上に優しいものだった。
それはこの長い現実において唯一にしてようやく、仁奈を守る言葉だった。
――しかし、仁奈は決して安心することは無かった。
むしろ、相手に対する不信感が募っていたのである。
最初にも感じたことだが、相手の眼には優しさが無い。
そして、その眼は仁奈を見てはいなかった。
常に眼を見て話してくれたプロデューサーが居たからこそ、気付く事ができた事実。
故に、彼女の本能は未だ警鐘を鳴らしていた。
だが、その事実に気付いた所で今の仁奈には何もできることは無かった。
がっちりと手を掴まれてしまった以上、非力な仁奈にはその手を振りほどく事はできない。
仮に無理に引き離そうとすれば、何をされるかわからない。
それに、そもそもここから逃げた所で行くあても無い。
この殺し合いの場で、ひどい事をしてこなさそうな時点でまだまともといえた。
……だが、それもいつまで続くかは分からない。
幼い少女にも分かる不安定さが、いつか牙をむくかもしれない。
人と出会ってなお、仁奈の心は恐怖に侵されていた。
されるがままに腕をひっぱられる仁奈。
しかし、その内そうもいかなくなってくる事実に気付いた。
彼女の向かっている方向、それは一際目立つ炎のある方向だった。
それはつまり、仁奈がやってきた方向。ひいては、さっき恐い人に会った場所。
――このまま行くと、またあの恐い人に会ってしまう!
「ちょ、ちょっと待ってくだせー!!」
「むふ、むふふふ……」
必死の叫び、しかし日菜子には届いていない。
果たして、妄想の鎧に包まれたお姫様に仁奈の声は届くのだろうか……
【C-6/一日目 黎明】
【喜多日菜子】
【装備:無し】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品0~1、両刃のナイフ】
【状態:健康、妄想中】
【思考・行動】
基本方針:王子様を助けに行く。
1:邪魔な魔物(参加者)を蹴散らす。
2:とりあえず炎の元へ向かう。
3:迷子の仁奈を保護者の元へ送り届ける。
【市原仁奈】
【装備:ぼろぼろのデイバック】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品1~2(ランダム支給品だけでなく基本支給品一式すら未確認)】
【状態:疲労(大)、羊のキグルミ損傷(小)】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーと一緒にいたい。
1:そっちの方向には行きたくない!
2:このおねーさんこえーですよ…
最終更新:2012年12月31日 18:26