目に映るは、世界の滅亡 ◆04Bxyher2I



小さな池を埋め尽くすように、睡蓮の花が咲いている。
地面から一番近い花を摘み取り、綺麗なその花を眺めながら彼女は笑う。
「綺麗な花、だなあ」
笑顔を崩さず座り込んで、その花を見続ける。
すると彼女はただ眺めていただけだというのに、手に持っていた睡蓮の花がはらりはらりと散っていった。
それでも、彼女は笑顔を崩さなかった。
まるで、それが分かっていたかのように。



散った花は戻らない。

壊れた物は戻らない。

当たり前の事なんだよ。



一人の人間が死んだ。
まるで呼吸をするようにいとも容易く。
今回のイベントは、命の奪い合い。
仕事なのかなんなのかはわからないが、他者の命を奪うことを目的としている。
「……くだらない、な」
ふざけてる、何が悲しくてそんなことをしなければいけないのか。
無闇に命を奪うことなど、許されるわけがないと。
殺し合いになど、興じるわけにはいかないと。
今までどんな辛いことも乗り越えてきた。
体力的にもキツい営業や、死にたくなるようなバッシング、体調不良を押し切ってまでライブをしたこともある。
そんなアイドルたちが集まれば、こんな殺し合いだってどうにかできる。
何をどうすればいいかなんて、全く分からないけれど。
とにかく、そんな殺し合いになんて従うわけにはいかない。
初めはそう思っていた。
きっと、ここに来る前の自分でもそう思っているだろう。
「人を殺してはいけません」
幼稚園児でも知っているような当たり前のこと。
そう、初めはそんなことできるわけがないと思っていた。

だが、どうだ?
実際にその場面に出くわしてみれば、自分の気持ちなんてのは面白いほどに変わるものだ。
誰のプロデューサーかどうかは知らないが、あの時一人の人間が死んだ。
日常生活の一環のような当然の振る舞いで、人一人分の命が奪われた。
何人かは顔を見たこともあるあの場に集められた他のアイドルたちは、その光景に絶望することしか出来なかった。
「他人を殺さなければ生き残れない」
突きつけられた単純かつ分かりやすい仕事。
この仕事に失敗すればどうなるか?
給料が下がるだとか、世の中の評判が下がるだとか、そんな生易しいことではない。
死ぬ。
自分の命が無くなり、自分の人生はそこで終わり。
こんなくだらない出来事に巻き込まれて終わり。
誰しもが望まない、最悪の結末だろう。
だからそんな結末は認めないと、動く者たちが大半だろう。
自分達の日常を手に入れるために戦い、傷つき、生きて行く。
他者を蹴落とすものや、計り知れない脅威へ立ち向かうもの。
それぞれに、それぞれの選択がある。
この場にいるアイドル達は、選択を迫られているのだ。

呼吸を一つ置いて、考える。
どんな形でもいい、もし「自分が最後まで生き残ったら」という世界を考える。
数多の屍の上に勝ち取った勝利だとすれば。
何食わぬ顔で元の日常に戻り、プロデューサーと共にアイドルの生活へと戻れるだろう。
今日日普及しているインターネットやらなんやらで真実を知り、自分を批判するものも現れるだろう。
それでも、自分だけはアイドル業を続けるという人生を歩める。
脅威への反逆の末に勝ち取った勝利だとすれば。
恐らく、アイドルとしては戻れないだろう。
これだけの狂気の祭典を開催する存在から、逃げ切れるとは思えない。
上手いこと逃げ出したとしても、逃走に逃走を重ねる安らぎの無い生活だろう。

どちらにしても、つい昨日まで当たり前にあったはずの"日常"は失われる。
自分の今まで歩んできた人生、出会い、生活、友達、家族、仕事仲間。
ありとあらゆるものが崩れ去り、元の形すら保つことすら許されない。
ここでどうあがこうと、この場で死んでいったもの達とはもう会えない。
当たり前であったはずの光景は、もうどうやっても戻らない。

そう、あの時誰かのプロデューサーが死んだ時に。
この場にいる人間たちの"日常"は崩れ去ったのだ。

もし、あの時誰も死ななかったら。
もし、全員が全員この殺し合いをくだらないと思っていれば。
もし、"日常"がそのまま取り戻せたというならば。

……なんて事を考えても、もうどうしようもないのだが。

崩壊した日常は戻らない。
もう、花は散り始めているのだから。
ここで、誰が、どうしようが、元には戻らない。

何者かの手によって作られた"日常"は、自分には必要ない。
何者かの手によって崩された"日常"は、もう一生戻らない。
何者かの手によって示された"日常"は、絶望しかないから。

生き残るつもりなど、毛頭ない。
自分がどうしようが、何を為そうが"日常"はもう手に入らないのだから。
他者の血に塗れてまでアイドルを続けようとも思わない。
毎日逃亡生活に明け暮れる人生を続けようとも思わない。
どうあがこうと、絶望の未来しかないから。
私はそんなものいらない。

ああ、そうだ。
そんな絶望の未来、誰も味わう必要は無い。
血に塗れたステージも、逃亡生活というロードも、誰も知る必要は無い。
誰が生き残ろうと、待っている日常と未来は一緒だから。
そんなものは、知らなくていい。

――――けれども、二十四時間以内に誰も死なないと……全員死んじゃうようにするので、注意してくださいねー。

ふと、その一言を思い出す。
ああ、簡単じゃないか。
ここにいる全ての人間が、用意された道を拒否する方法。

この場で、全員死ねばいい。
そうすれば、誰も絶望の未来を知らずにいられる。
日常を失い、用意された日常を受け入れずに済む。

どんな手段を使ってもいい。
自分が最後まで生き残り続ければ。
二十四時間のルールに引っかかって、全員が死ぬ。

それでいい、それなら未来を知らずにいられる。
失われた日常に焦がれることも無い。
手に入れた現実に悩まされることも無い。
これ以上無い、救いの道。

だったら、やることは一つだ。
幸運にも配置された場所は離島だ。
ここでじっとしていれば当分は誰にも会わずにすむだろう。
禁止エリアとやらに指定されてから、支給されたゴムボートで移動することを考えればいい。
自分が生き残り続ければ、ルールに引っかかって全員死ぬ。
最後の二人になっても、自分さえ生き続けていれば共に死ねるのだから。
生き続ければいい、皆平等に死ぬために生き続ければいい。

殺し合いが進んで自分が最後の一人になったら。
差し出された日常は絶対に拒否する。
彼らが着けたこの首輪を使ってもいい。
自ら殺されるような真似を取ってもいい。
その時はどんな手段を取ってでも、死んでやる。

もう戻らないのだから、やることは決まっている。



きょうは、みんなにおねがいがあります。

わたしといっしょに。

しんでください。



【G-8(大きい方の島)/一日目 深夜】
相葉夕美
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、ゴムボート、不明支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、24時間ルールで全員と一緒に死ぬ
1:しばらくは動かない
2:もし最後の一人になって"日常"を手に入れても、"拒否"する


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最終更新:2013年02月23日 14:42