夜にしか咲かない満月 ◆GeMMAPe9LY



黎明。
空が白みを帯び始める中、相葉夕美は横になり、ただ宙を眺めていた。
だがその視線の先にあるのは夜空ではない。木材で組まれた見知らぬ天井だった。
彼女が今いるのは古びた小屋の中。
日焼けした畳を背にして、ただ、何をするでもなく寝転がっている。

  *    *     *

睡蓮の咲く池を後にした夕美はしばらく島を歩き回った
体力を使い果たさない程度にではあるが、この島――仮にG-8島と呼ぶとしよう――を探索したのだ。
その結果得られたのは、G-8島にいるのが自分だけであるという考察と、この古びた木造の小屋であった。

前者についてではあるが、ほぼ間違いないだろうと思っている。
G-8島はそれほど大きい島ではない上に、島の殆どは野草が深く茂り、歩くのも困難という有様だった。
恐らく簡単に移動できるのは本島側の砂浜近辺、および先ほどの池近辺ぐらいのものだろう。
そしてそのどこにも自分以外の人のいた形跡はなかったのだ。

また、もう一つの得られたもの……小屋についてではあるが大した建物ではない。
砂浜から少し離れたところにある、四畳一間の簡素な小屋。
水道も電気も通っていない、ただ屋根と壁があるというだけの場所ではあったが、腰を落ち着ける場所があるだけでもありがたかった。

使い込まれた畳に座ると、崩れるように横になった。
どうやら自分の予想以上に体力を消耗していたらしい。
ごろりと寝返りを打つと一つしかない窓が目に入る。
窓に映るのは僅かに白みがかってきた空だけだ。

「今、何時だっけ……」

手にした情報端末に表示された時間は3時半。
普段ならばまだ夢の中にいる時間帯だ。
だが夕美の目は閉じられず、まんじりともせず窓を眺めている。
さもあらん。あんなことがあったのに眠れるほど彼女の神経は太くない。
かといって何もしないというにはこの空白の時間は長すぎた。
まるで泡のように頭の中でさまざまな思考が浮かび、そして消えていく。

――ざぁざぁと、波の音が聞こえる。

誰もいない島。聞こえるのは波の音と自分の呼吸音だけ。
まるで世界から、他の全てが消え去ってしまったような錯覚。
その錯覚は現実を侵食し、少女の意識を内へ内へと誘導する。
指向性を持った意識は浮かんでは消えるだけだった思考を纏め上げていく。
内へ、内へと。奥へ、奥へと。過去へ、過去へと。
その中で彼女の思考は行き着いた。
半年前、自分にとって転機となったあの日へと。


   *     *     *


「私が新ユニットのメンバーにですかっ!?」

いつもの特訓後、プロデューサーに呼ばれてのことだった。
事務所で喜色満面のプロデューサーから『重要な話がある』と切り出された話がそれだった。

「そう、今度事務所で新しいユニットを売り出すことになってね。
 そのメンバーとして夕美ちゃんが選ばれたの」

ちひろさんがお茶を持ってきてくれて会話に加わる。
選ばれた、その言葉に心臓がはねる。
そろそろデビューが近いというのは肌で感じ取っていたから、ついに、という感じだった。
嬉しくないわけじゃない。むしろ跳ね上がりたいほどに嬉しいことだ。
でもユニット、ユニットかぁ……

「うふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。
 みんないい子達ばっかりですし」

心の内を見透かされて、思わず顔が熱くなる。
でも仕方ないじゃないか。
秋葉原でアマチュアアイドルをやっていたところをスカウトされてから数ヶ月、歌にダンスにとレッスンに大わらわだったのだ。
他人に合わせるのが苦手というわけではないが、それでも見知らない人たちといきなり組むのは不安がある。

「うーん……あ、そうだ!
 今の時間帯だと3人とも控え室にいますね。早速顔合わせといきましょう!」
「え、え、まだ心の準備がっ!」
「何を言ってるんですか! 時は金なりっていうじゃないですか! 
 さあさあっ、プロデューサーさんも夕美ちゃんも立ってください!」

プロデューサーも笑いながらその意見に賛同し、私も最終的には立ちあがってしまった。
そしてちひろさんにつれられて向かった部屋にいたのは三人の女の子たちだった。

「あなたが最後のメンバーなんですね!
 私、高森藍子って言います! これからよろしくお願いします!」
「あたしは姫川友紀、アイドル兼キャッツのファンやってます!
 これから一緒にかっとばしていこうね!」
「あ、あの! 矢口美羽といいます! 
 ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」

皆が皆、バラバラの挨拶。
でも、それだけでなんか分かってしまった。
だって瞳の奥に見えた光が皆同じだったから。
そこに見えるのは好奇心と期待と……そしてちょっとの恐怖。
そう、みんな緊張してるんだ。
これからの芸能活動やグループで活動することへの不安……
そうでなくても不確定な未来は誰だって怖いものだ。
ああ、それでも"相葉夕美"という人間を分かろうと、これから先一緒にやっていく仲間を分かろうと、一緒に踏み出してきてくれてるんだ。

だから夕美は意を決して一歩前に踏み出した。
上手く笑顔を浮かべられてるか、ちょっと自信はなかったけど、それでも精一杯の笑顔で踏み出した。

「私は相葉夕美っ! ガーデニングが趣味の18歳ですっ! よろしくっ!」


   *     *     *

こうして、私たちはユニットになった。

ユニット名は"FLOWERS"。
名付け親はプロデューサーその人だ。
最初こそ"ちょっとストレートすぎるなぁ"と苦笑混じりに話していたが、今では自分の名前のようだ。
その後、マイナー番組へのゲスト出演から始まり、色々な雑誌の取材、ラジオへのゲスト出演、ファンの熱気を感じた熱いライブ……目まぐるしくいろんな仕事をこなして地道に人気を上げていった。
そんな中で半年を過ごすうち、私たちの結束は掛け替えのない強いものへ変わっていった。

藍子は私より年下のクセにしっかりとアイドルしてて、そのあり方に憧れた。
リーダーに推薦されたときは遠慮してたけど、彼女がいいと私たちは頑として譲らなかった。
それは間違いなんかじゃなく、いつも彼女に引っ張られていた。
私たちの、理想のアイドルだった。

友紀さんは親しみやすいお姉さんだった。
外見は私と大して変わらないくせに、たまに年上らしさが見えてかなわないって思う。
あ、でも誘われてみんなでキャッツの応援に行った時は大変だったなぁ。
友紀さんはビール片手に盛り上がって、私たちは周りの勢いに押されて目を白黒させるだけだったっけ。

美羽ちゃんはとにかく頑張り屋だった。
他の事務所の子に憧れて、変な気ぐるみを着たがってたときもあった。
すんでのところで止めたけど、あの子は時にとっぴな行動をとるから困る。
まぁ、そこがかわいいところなのだけれど。

笑った。泣いた。ぶつかり合った。分かり合った。
辛い事もたくさんあったが、それを上回る輝きがあった。
時間にすればたった半年なのに、まるで毎日がお祭りのようだった。
けどそんな夢のような日々も、たった一滴の赤い真っ赤な絵の具をたらしただけで、こんなにも変貌してしまった。

花は散れば戻らない。
そんな当たり前のことが、今は、こんなにも重い。
そこまで考えて、やっと不意に頬を伝う感触に気づく。

「ああ、涙……まだ出るんだ、私」

悲しいと思う。
あの日々がずっと続くものだと思っていたから。
もう二度と取り戻せないと分かってしまったから。
きっと他のアイドルたちも、こんな輝く日々を送っていたのだろう。

「……うん、やっぱり楽しかったなぁ」

そう呟いた、その時だった。
波の音に雑音が紛れ込んだのを感じ取った。
一瞬気のせいかとも思ったが、レッスンで鍛えた耳には自身がある。

「確かめるだけなら、危険はない、か」

誰ともなく呟き、行動に移す。
デイバックから夕美に支給されたもう一つの支給品である双眼鏡を片手に小屋の外に移動する。
音の元凶らしきものはすぐに見つかった。
視線の先、黒い海の向こうにオレンジ色の明かりが見える。
肉眼では何かがゆらゆらと揺らめいてるようにしか見えないが、双眼鏡越しに見るとその正体ははっきりした。

「……火事?」

確かに何かの家屋が燃えている。
支給された双眼鏡はかなり本格的な代物らしく、数キロ先の光景がしっかりと把握できた。
地図だと……G-3? G-4? 位置は多分そのくらいだろう。
しばらく双眼鏡越しにその光景を見ていると、もう一度かすかな音とともに一際強く炎が上がった。

爆発……だろう。
原因は分からない。
もしかしたらガスコンロとかに火がついただけなのかもしれない。
だけどここで起こっているのは殺し合いで、素直に考えるのならばあれは……

「そっか、爆弾とかもあるかもしれないんだ」

だとしたら今、あそこでは人が死んでいるのかもしれない。
そしてそれはあの3人のうちの誰かかもしれないのだ。
そのことを考えると辛い、悲しい。想像するだけで胸が痛い。

「……せめて苦しまずに死んで欲しいな。藍子ちゃんも、友紀さんも、美羽ちゃんも」

だがそれでも、彼女の決意は揺らがない。
絶望は何より深く。過去が輝けば輝くほど、今という世界は暗い影に飲み込まれる。
歩みを止めない諦観は彼女の決意をより強くさせるだけだった。

ふと顔を上げた視線の先に浮かぶのは満月だった。
だが数時間前までは金色の月光を纏っていたそれも、いまや輪郭を残しているだけだ。
徐々に強くなる朝焼けにかき消されるように、夜にしか咲かない満月は消えかかっていた。
それが花びらの散った花のように感じられて、夕美は思わず手を伸ばしていた。

けれども届かない。届くはずもない。
夜(カコ)にしか咲かない花(オモイデ)には、もう、二度と手が届くことはない。



【G-8(大きい方の島)/一日目 黎明】
【相葉夕美】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、ゴムボート、双眼鏡】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、24時間ルールで全員と一緒に死ぬ
1:しばらくは動かない
2:もし最後の一人になって"日常"を手に入れても、"拒否"する


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最終更新:2012年12月05日 16:52