ただ陽の輝きの先に未来が待っていると信じて ◆FGluHzUld2
現実逃避をしたいときは誰にだってあるだろう。
皆が知ってる有名人でも、強大な現実を前に屈した事ぐらいある。
――アイドルだってまた同じ。
絶望的な現実に、負けたくなるときだって、あるだろう。
鬱葱とした森の中。
月明かりも満足には届かない、黒き光に包まれた舞台。
ここではヘッドフォンから音が流れている。
雑駁とした、荒々しくも人の心を奮い立たせるような、炎のような音楽――ロックであった。
バイオリンやピアノの曲のような精緻な美、というものはそこにはない、けれどそんなものなど気にならなくなるほどの魂がこもっている。
彼女は、そんなロックの素晴らしさに惹かれたのだ。
――確かに、聞いているだけでも、活力がみなぎってくる。
「……」
この場合の彼女はどうなのだろう。
今の彼女は別に、元気を出そうと音楽を聞いている訳ではなかった。
いや、間違いなく元気は欠けている。
だが目的は違い――早い話が、現実逃避なのだろう。
――殺し合い。
彼女はその単語に対して、純粋に恐怖心を抱いた。
理不尽さを呪うでもなく、ただ、怯え、ただ、震えている。
やり場のない恐怖心を、無理矢理ロックと言う音楽で紛らわそうとしていただけ。
ヘッドフォンは。
耳を塞ぐことはできても、目を覆うことはできない。
いくら音を流しても、視界は律義に現実を映すだけなのだ。
音が遮断された世界を生きようとも、過酷な運命にはいずれ到達するであろう。
五感のうちの一つを封じようと、世界を回る。
そこに何ら意味がなかろうが、重大な意味を秘めようが、それでも世界は回り、時は刻まれる。
今この瞬間にも誰かが死んでいるかもしれない、そんな現実に変わりはないし――彼女もまた、理解している。
故の、現実逃避。
現実ならざるものに、意識を投げ入れた甘くも苦しい考え方。
結論を早めに出しておくと、恐怖心は消えることはなかった。
むしろ、辺りの音が消えただけ――誰が何時近づいてくるのか分からないだけに、恐怖心は増す一方。
第一首に嵌められた異物が、現実逃避を由としない。
それでも彼女は音楽を止めようとはしなかった。
今、音楽を聞かなくなったら――いよいよ彼女は真剣に現実と向き合わなければいけなくなる。
嫌だった。
考えたくもなかった、それが彼女の本心であった。
さもありなん。
――彼女はアイドルと言えども、突き詰めれば一般人でしかない。
人前に上がる度胸は身につけれど、人と殺し合うなんて度胸はない。
故の、現実逃避であり、彼女なりに自我を保とうとしてるのだろう。
(……プロデューサー)
ふと、心中で漏れる愛しき人。
彼女を育て、彼女が信じ、彼女を信じてくれた一人の人間。
――そして囚われ身であり、彼女の人質。
「……!」
詰まる声。
プロデューサーの顔を思い浮かべると、一気に流れ出す感情。
現実と言う水流はいとも容易く、現実逃避という壁を崩して、彼女の心を犯す。
感情の氾濫状態。
溢れ出た感情は――涙と化して、現に姿を出す。
「……プロデューサー……」
声に出すと、脳裏の中は自然と輝かしき日々に彩られる。
舞台に立って、様々なアイドルと我一番と戦ったり。
舞台の裏では、プロデューサーといろんなお喋りをしていたり。
そんな他愛もない、されど今となっては手の届かない場所にいってしまった日常を、思い返す。
「…………」
嗚咽が止むことはない。
既に耳に入っていないロックを流しながら、彼女は泣く。
大好きなロックを流していても、心が休まることはなかった。
泣くと言う行為で、現実から背けていた目。
逸らしていた目が半ば強制的に、現実に向けさせられる。
「…………」
楽しかった思い出が、泡沫(ナミダ)となって、零れ落ちる。
「ROCK OF MIND」――心のロック。
乳房付近にあるその文字がバスト故か前に出る形となっていて、落ちた涙は文字を濡らす。
死にたくない、ならばアイドルたちを殺す?
殺したくない、ならばプロデューサーを見殺す?
何遍も繰り返される自問自答。
解が得られない無理難題を、それでも、何遍も何遍も繰り返しては、滂沱として流れる。
涙を拭うのに、手首では足りなくなって手のひらを使い。
手のひらで足りないから、乱暴に服の袖で拭い――それでも拭い足りなくなったから、木に背中を預け、体育座りになって顔を伏せた。
音楽が音楽としての役割を果たさなくなって、どれぐらい経っただろうか。
彼女が涙を流してから如何ほど時は流れただろうか。
ふと、彼女に近づく人影があった。
地面を踏む音が聞こえる。
ヘッドフォンを付けたまんまの彼女は、周りの音を聞きとれない。
時になにかを思って歩いている訳ではないのだろう。
特別語るようなイベントがあったわけではないが、背中を樹木に預けた少女を見つけた。
人がいた、と新たな存在は嬉しそうにしながら近づく。
ポニーテールが激しく踊るのを本人はものともせずに、素早く彼女の元へと辿りついた。
「――――――!」
なにか言った。
彼女は気付かない。
「――――――!!」
もう一度言う。
彼女は気付かない。
「――――――!!!」
再三言う。
彼女は気付かない。
近づいてきた小柄な少女はしばし腕を組み悩んだ素振りを見せると、
しばし経った後、彼女は頭上に電球を浮かばせると、怪しい笑みを浮かべる。
行動は早かった。
息を大きく吸い、顔をヘッドフォンの辺りに寄せる。
小柄な彼女は、顔を伏せる少女から、ヘッドフォンを奪い去り――高らかに叫ぶ。
「こーんばんはーー!!!!」
「ん、んん○△%&××××―――――――!!??」
大音量の挨拶と、声にならない叫びの交差。
ロックで慣らした耳でも耐えきれないほどの声量は、心臓を撃ち抜いた。
数秒、口から魂の抜けている少女の姿が、そこにはあったという。
それが、ロックなアイドル「
多田李衣菜」と、パワフルなアイドル「
日野茜」のファーストコンタクト。
△ ▽ △
場面転換。
さりとて時が流れたわけではない。
――ここでいう場面は、言うなら李衣菜の「幻想」、殺し合いと言う「現実」を指すのだろう。
幻想から、現実へのシフト。故に、場面転換。
さて。
ヘッドフォンを外され、強制的に現実と向かい合わなくちゃいけなくなった今。
魂の戻った彼女は、改めて来訪してきた少女を見る。
明るい茶髪の、可愛らしいリボンで結ばれた肩より僅かに下まで伸びるポニーテール。
服を見れば、赤を主としたカッターシャツに紺色のチェック模様のミニスカート。
既に「如何にも活発ですよ、いえーーーーい!!」とでも言いたげな雰囲気は、服装の着こなし、態度の節々によって助長され、
「ああ、彼女はこういう『アイドル』なんだな」とは軽く想像ついた。
とっても元気な、向日葵のような太陽のような『アイドル』なんだろう。
「大丈夫? 元気なった!?」
ただ、そんなことはどうでもよかった。
彼女にとっての問題はそこではない。
――問題と言うより、疑問。
「んー、驚かしちゃったね! ごめんね!! 私は日野茜、はじめまして!! あなたの名前は? ほら、仲直り(?)しよっ!!!」
片手でヘッドフォンの繋がる端末を操作し、音を止める。
続けざま、座っていた李衣菜に、ヘッドフォンを握るとは反対の手を差し伸べた。
茜には李衣菜と違い、怯えなどの様子はない。
手を差し伸べているとはいえ、威風堂々とする振る舞いに変わりはない。
張りのある声は、さっきまで垂れ流していたロックよりもよほど耳を良く通る。
「……あ、うん。私は多田李衣菜。よろしく」
対して、彼女は声が出ていたのだろうか。
震えた声は、隠せただろうか。
涙を拭き切ることはできたのか。
不安になる。ドキドキする。
その裏では、今こうしている間にも、殺されるのではないか、恐慌が先走り、まともな思考が断たれる。
ヘッドフォンが茜の手に渡った今、現実逃避に逃げることもできない。
――この場に招かれたアイドルとして、彼女と接していかなければいけないのだ。
差し出した手は宙に浮く。
奇妙な気まずさを抱きつつ、茜は「あはは」と笑いつつ、会話を広げる種を探す。
彼女も空気の読めない人間ではない。
いつも馬鹿みたいに騒いでいるとはいえ、彼女が何故、ここに座り、何故泣いていたのか、察するのは簡単だった。
容易に伝わっていたからこそ、何から切り出せばいいのか、その取捨選択に悩んだ。
しかし、茜の心中とは裏腹に、意外にも会話を切りだしてきたのは、李衣菜の方からだった。
先と同じく、震えた声であった。
それでも、その問いは確かに茜の鼓膜まで届く。
「茜さんは、怖くないんですか……?」
当然の様な問い。
別段答えを用意していたような問いでもなかったが、それでも答えるのはあまりに簡単だ。
「ううん、怖いよ」
当然の様な問い、の返歌は当然の様な答え。
当たり前だ。
怖くないわけがない。
何時殺されるのか分からない――今こうしている間にも、どこかで暗殺を目論んでいる奴が近くにいるかもしれない。
こう見えて、多田李衣菜がそういう人間であると言う可能性だって、重々にある。
けれど彼女は既に意を決していた。
彼女、日野茜は『アイドル』である。ならば、するべきことは――。
「だけど、私は『アイドル』なんだよ!! プロデューサーが信じてくれた私を、熱く燃える私を曲げちゃダメなんだよ!!!!」
迷う理由など、ない。
プロデューサーとの絆。
その絆が――彼女を毅然として奮い立たせるのだ。
「プロデューサーは、こんな私でも信じてくれてる。だから私は、その期待に応えたい。きっとこんなことで、めそめそする様な私を、プロデューサーは望んでなんかいない!!!!」
続けざまに言い連ねる。
本心を。本音を。
いつもの様に、何事にも本気で――穢れなき本性を隠すこともなく晒す。
「雨の日も、風の日も、例え槍が降ろうとも私は屈しない!! それが、私なりの『アイドル』なんだから!!」
――それが、彼女なりの『アイドル』。
プロデューサーと共に築きあげてきた、彼女の流儀。
パワフル街頭まっしぐら。
全身全霊。全力全身。
だからこそ彼女は、誰よりも輝いて、誰よりも明るくて、誰にも負けないほどに、魅力的に観衆に映るのだろう。
実際。
多田李衣菜は、彼女の輝かしさに目を奪われた。
だから羨ましく、同時に恨めしく思える。
「……凄いんだね、茜さんは」
「私は凄くなんかないよ! あなただって、できるはずなんだよ」
「それは……」
できるわけがない。
言葉を続けようとして、詰まる。
けれど止まった。
馬鹿みたいに、李衣菜を信じる瞳が彼女の言葉を停滞させる。
言葉に続いて息までも詰まるようだった。
その代わりに、茜の言葉が、穂を繋ぐ。
「だったらさ、あなたにとっての『アイドル』ってなんなの!?!」
「……」
唐突な質問だった。
されど意味が通じないわけではない。
むしろ彼女が『アイドル』であるならば、答えるのは簡単な質問だったと言えよう。
――みんなを笑顔にしたい。そんなアイドルだっている。
――みんなに我がポテンシャルを披露したい。そんなアイドルだっている。
――みんなとか言う前に私だって何で働いてるか分かりませんよ。……まあ、そんなアイドルだっているだろう。
各々が各々で各自の目標がある。
そして、多田李衣菜だって、目標とする『アイドル像』がある。
否、彼女は他人よりもその傾向は強いとも言える――。
彼女は、答えようとして、それでも言葉が絞り出せなかった。
『ロックなアイドルになりたい』。その言葉を放つことが出来なかった。
――どの口が、『ロック』になりたい、だなんて言えるのだろうか。
今の彼女の様子に、『ロック』な様子など、何処にあっただろうか。
なかった。
何にでも『ロック』に結びつけたがる癖のある彼女でも、
幾ら贔屓目で見たところで、こんな自分を――『ロックなアイドル』だとは言えなかった。
よもや『ロックなアイドル』の卵としても、現実に抗いもせず、屈するのはあってはならないことだろう。
「……」
「……」
僅かな沈黙。
思えば茜と李衣菜が遭遇してから、初めての間の長い沈黙だった。
それだけに気まずい雰囲気が漂う。
見かねたのか、茜が声を張って――とあることを主張した。
「――そうだね。じゃあ、さ。まずはじめに、ヘッドフォンを現実逃避に使うぐらいだったら、こんなヘッドフォンなんていらない!! それはあなたのためにならないよ!」
言って、ヘッドフォンを地面に叩きつけんと振りかぶる。
その突発的な行動に、李衣菜は目を丸くした。
同時に。
「や、やめてよ!」
声を上げざるを得ない状況に瀕したことは本能が察した。
――彼女が何を思って、何を言ったのか分からない。
けれどそんなことは瑣末なこと。
『ヘッドフォンに何かしらしようとしている』その事実が――大事なのだ。
「それは……それは! プロデューサーに買ってもらった大事なヘッドフォンなんだ!!」
高音の出が悪い。
最初はそんな一言だった。
それから数日後。
『このお仕事成功したら新しいヘッドフォン買っていいですか?』
ふと漏らしたそんな呟き。
彼女も、まさか本気で訊いている訳ないだろう。と軽い調子で言ったつもりだった。
予想は大幅に外れた。
彼女のプロデューサーは気に留めていたらしく、彼女が勝利を収めた次の日に、新たなヘッドフォンを買ってきたのだ。
真っ黒の、シックな――いや、如何にもロックなヘッドフォン
無論、前のヘッドフォンも大事なものだ。とある歌手からの貰いもので、裏にはサインがあったという。
けれどそんな貴重なものと遜色がつかないほど、プロデューサーからプレゼントされたそれは、とってもとっても、大事なもの。宝物。
だからこそ、他人の手によっては何かされようと言うのなら――許せるはずがない。
思わず立ちあがり、茜の振り上げた手を掴みとる。
「…………あ」
そこまでして、我に帰る。
乱暴に掴んだ手を、気まずそうに離す。
茜の手には、握られた跡が、薄く赤となって染まっていた。
慌てて謝罪を言葉にする。
「ご、ごめん……」
「いや、大丈夫!! なんたって私には元気があるからね!!」
柔和な笑み。
きっとこの笑顔は、たくさんの人の心を癒してきたのだろう。
李衣菜の心もその笑顔を見て、少し落ち着いた。
乱暴な行動をしてしまった李衣菜を責め立てようとはしない。
この温かさは、まるで太陽の様である――。
笑顔を浮かべたまま。
されど温度は急上昇。
さながら真夏の太陽のように瞳が燃える彼女は揚々と言葉を吐き出した。
「あなたにとってさ、音楽――そしてプロデューサーがどんなに大事な存在か分かった」
今までのそれに比べて、幾らか静かに感じた。
腕を組み、頷きを数回しながらしみじみと言う。
「でもね」
と。
頷きを止めると、一転。
「現実逃避だけじゃ――あなたも、そして誰も彼も救えないんだよ!!!!」
野性的な咆哮が轟く。
声にも風圧があるのなら、きっとそこには突風が巻き起こっていただろう、叫び。
叫びは、次なる風を呼ぶ。
「泣くのは、責められることじゃない。……泣くのはね。確かにあなたを救うよ。――だけど、泣き続けて、何もできないのは、誰も救わない!
あなたも、ファンも、私たちアイドルだって! もちろんプロデューサーも!! そんなのって悲しいよ!!!」
突風を継ぐ暴風。
北風を模すかのような疾風。
太陽を模すかのような灼熱。
多田李衣菜の心に襲来した、災害的な力を秘めた言葉は、突き刺さる。
弱気になっていた彼女の心を、乱暴に切りつける。
ズバッ、と切り裂かれた弱気という心の殻の下には――一体何色の本心が垣間見れるのだろうか。
「『アイドル』はね、不可能を可能にするんだよ!! あなたはそれを諦めちゃうの!!??!!」
日野茜。
彼女の信条は、簡単に言うなら『熱さ』だ。
天元でも貫くのではないかと言うほどの『熱さ』。
ずばり熱血。
それでも熱血。
どうしようとも熱血である。
恐らく並大抵の人は付き合うにしても気疲れするような性質の人種だ。
彼女自身暑苦しい女であるとは理解を得てる。
別に李衣菜に彼女の考え方を強要させようだなんて考えてはいない。
それでも――まだこの少女が、『アイドル』であり続けるのであれば、彼女としてはなんとかしてあげたかった。
正義の血、とまでは言わないが、それが彼女に流れる、熱き血統。
彼女を『アイドル』として生き抜かせる。
みなを笑顔に、みなを元気にさせる『アイドル』として、彼女はこの殺し合いを往く。
「…………」
多田李衣菜。
彼女の信条は、繰り返すが『ロック』である。
社会への反逆。
纏めてしまえば、そんな音楽だ。
少なくとも、李衣菜とよく顔を合わす
木村夏樹というヤンキー然とした彼女なら、そんな風に定義づけるだろう。
『――――ロックなアイドル目指して頑張ります!』
蘇る、プロデューサーとの出会い。
あの頃の自分は、そう宣言した。
ところが今はどうだろう。
――ロック? いやいやいや。
泣きべそかいている自分に、何処にロックの要素がある?
――だったらアイドルやめるのか? いやいやいや。
そんなプロデューサーを見殺すような真似もしたくないし、何より彼女だって、仕事が楽しいのだ。
やめたくない。
率直な気持ち。それはヘッドフォンを外そうが揺るがない気持ち。
「……そうだね」
なら。
今こうして現実逃避をすることが、彼女のしたいことだったのだろうか。
よもやプロデューサーからの大切なプレゼントであるヘッドフォンを、そんな情けない理由で使っていいのか。彼女のプライドが許すのか。
答えは、決まっている。
「……茜さんはロックだね」
「……?」
「とってもイケてるよ」
「よくわかんないけどありがとー!」
「いえーい!!!」と拳を天に掲げ、目一杯に喜びを表す。
オーバーアクション。
のつもりは彼女にはないのだろうけれど。
「ちっちゃいのに本当羨ましいよ」
李衣菜が言った小さな一言に反応。
日野茜は固まった。
「ぐはっ!!」
遅れて吐血でもするような呻き。
日野茜は倒れた。
「中々言うね!!」
約一秒後。
日野茜は蘇生した。
苦しそうにも爽やかな笑顔。実にアイドル。
一通りの華麗なる流動を視認した後、多田李衣菜は「気にしてたんだ」と、微かに微笑むと話を戻す様に言葉を紡ぐ。
「だけど、例え茜さんがロックなアイドルであろうとも、私は、あなたに負けるつもりはない」
一言。
だけどその一言を皮きりに――李衣菜の表情が変わった、かのように見える。
見ただけでは、恐らく、一般人なら大半の人間ではその際に気付かないだろう。
その程度の、微々たる変化。
されど、自ずと茜の表情が引き締まる。
『アイドル』として、彼女の意識の変化を感じ取ったかもしれない。
李衣菜から漂う、敵意を、対抗意識に気付いたのだろうか。
「だって私は、『ロックなアイドル』になるんだから。茜さんに負けたくないです」
敵意。
決してそれは殺意ではない。
むしろその敵意には、ある種の尊敬の念が混ざっている。
『アイドル』としての、誇り。プロデューサーと共に歩んできた『アイドル』としての想い。
そんな当たり前だけど、忘れかけていた想いを、思い出させてくれた彼女に対する純粋な感謝。
「そっか! なら私も全力で応えるね!!! 簡単には負けないぞーっ!!!」
彼女の全力は、言葉通りに全力であるのだろう。
会ったばかりの李衣菜でさえ、容易に想像ついた。
「私だってプライドがあるよ」
「私だってあるよ!!」
「でも負けませんから」
何時の間にやら乾いた瞳。
李衣菜は泣いていない。
あったのは、彼女本来の、やんちゃさ薫るあどけない笑顔。
『アイドル』多田李衣菜、再誕の瞬間だった。
されど。
不安は、一抹どころになく、山積みになって残されている。
今はまだ、立ち直ることができるほどには、精神は比較的壊されてはいなかった。
だけどもし、彼女に身に何か起きたら。彼女の周りで何かあったら。プロデューサーに何かあったら。夏樹をはじめ知り合いに何かあったら。
彼女の精神は、どのような変貌を遂げるのだろう?
そしてそれは、日野茜にも言えることだ。
彼女だって、『アイドル』とはいえ人の子である。
今現在に至るまで、――最初、プロデューサーが囚われてると聞いて、誰かの首がとんだことを見た以外には、特別心が揺れるような出来事があった訳ではない。
もしも、李衣菜のような方針の人間ではなく、殺し合いに乗ってるものを見たら、誰かが死んでいるのを見たら、何を思うのだろう。
彼女の信念に、亀裂ははいるのか。
両者共々、それはまだ分からない。
それを知るには、彼女たちはあまりに平和すぎた。
殺し合いに置いての北風に反する太陽は――メリットにもなるが、デメリットにもなる。
彼女たちはそれを知らない。
知ろうとも、思ってなかった。
「あ、そういやヘッドフォン返してなかったね!!!! とっちゃってごめんね!!!」
「いや、気にしてないよ」
「はい、多田さんってヘッドフォン似合うね!!」
「ありがと、嬉しい。……あとはそうだね、私の事はリーナって呼んでください」
「ん? どうして!?」
「いや、そっちの方が……『アイドル』としての私っぽいから」
「そっか、じゃあリーナさん!!!」
それでも、彼女らは往く。
その様が無知の知だとしても、構わず進む。
「これからどうしよっか!?」
「そうだね……とりあえず一緒に行動してくれると心強いかな」
「そうだね! じゃあこれから私たちは一緒だよ!!!」
「よろしくね」
「よろしくね!」
『ロックなアイドル』と『パワフルなアイドル』
これから、二人の前に立ちはだかるものが何であるかを知らず。
それでも、この先に輝く希望があると信じて。
「それじゃあ全力でいくぞーー!!!!」
「行くぞーーっ!!」
洩れた一縷の月明かりが二人をスポットライトの様に照らす。
前を向く。
顔には意志が滲みでる。
そうして二人は初めの一歩を、踏み出した。
二人はただ陽の輝きの先に未来が待っていると信じて。
【G-2 森/一日目 深夜】
【多田李衣菜】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、不明支給品1~2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いには乗らない
1:日野茜と行動
2:ロック!
【日野茜】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、不明支給品1~2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いには乗らない!
1:多田李衣菜と行動!!!!
2:熱血!
最終更新:2012年12月12日 20:47