アイドルだけど愛さえあれば関係ないよねっ ◆44Kea75srM



 その日は奇妙な一日だった。

 仕事のため事務所に寄った五人のアイドル、相川千夏、大槻唯、緒方智絵里、若林智香、五十嵐響子は、揃って顔を見合わせる。
 所内は閑散とし、なぜか誰もいない。五人が集められたここ会議室にも、事務員の千川ちひろが一人残っているのみだった。

「――そういうわけで、みんなにもぜひ『シンデレラ・ロワイアル』に協力してほしいの」

 ホワイトボードの前に立つちひろが、両手を合わせての笑顔でそう告げた。
 シンデレラ・ロワイアル――それは、五人の所属事務所が立ち上げるという新たな番組企画である。
 企画概要はおおまかに説明して『数十人のアイドルたちによる殺し合い』をテーマにしたドラマということだ。
 出演者は五人のみならず、同じ事務所に所属する選抜されたアイドル計60人。女優経験を持つ者から持たない者まで様々である。

「ほら、最近他社の超大型アイドルグループが、アイドル同士のガチンコバトルを題材にしたドラマをやったじゃない。
 ああいうノリで、うちもなにかできたらなーって。それで持ち上がったのがこの『シンデレラ・ロワイアル』なの」

 アイドルたちは脱出不可能の孤島に連れて行かれ、そこで最後の一人になるまで殺し合いを強いられるのだという。
 もちろんアイドルが理由もなく殺し合いをするはずがない。なので動機として、とある設定を付け加えるらしい。
 そのとある設定というのが、アイドルたちの想い人であるプロデューサーが企画運営者に人質として囚われているというものだった。

 アイドルたちは殺し合いをしなければならない。
 もし拒否するようなら、人質となっている想い人が見せしめに殺されてしまうのだ。

「殺し合いということでグロテスクな感じのサスペンスを思い浮かべているかもしれないけど、
 要するにこれは恋愛モノ。ラブストーリーなのよ。女の子なら一度は経験してみたいでしょ?」

 恋愛モノのドラマ。それはアイドルとして、女の子として、ぜひとも経験してみたい舞台ではある。
 しかし、愛する人のために戦う……友達、あるいはライバルとも呼べるアイドルを、殺す。とは。
 これは些かどころではないハードな話だ。求められる演技力も並大抵ではない。ハリウッド級のラブストーリーである。

「しつもーん」

 手を上げたのは五人の中の一人、17歳の大槻唯だ。
 ウエーブのかかった明るめの髪、それにぱっちりとした瞳が快活な印象を漂わせる。実際、五人の中では目立って快活な女の子だった。

「内容はわかったけど、なんでそれをちひろちゃんが説明してんの? あと、どうしてゆいたち五人だけ?」

 唯の質問はもっともだった。
 本来、こういった企画概要を説明するのはプロデューサーや番組関係者の務めであり、ちひろのような一事務員の仕事ではない。
 それにシンデレラ・ロワイアルの参加アイドルは60人だが、いまここに集められているのはなぜか五人。
 説明するならもっと人数を集めていっぺんにやったほうが効率的ではないか。それとも単純にスケジュールの都合か。
 首を傾げる唯に、ちひろは手を合わせながら言った。

「私が説明するよう、社長に言われたのよ。それと、あなたたち五人だけを集めたのには二つの理由があります。
 一つ目は、あなたたち五人を担当するプロデューサーさんが同じ人だっていうこと。そして二つ目は――」

 ちひろの言うとおり、唯たち五人の担当プロデューサーは同一の男性が務めている。
 唯たちは別段ユニットを組まず個々に活動しているが、まだまだ専属のプロデューサーが付けられるほど売れっ子ではない。
 それでも最近は活躍の機会が増え、プロデューサーの負担も大きくなってきていた。
 近頃など仕事がブッキングし、『五人で一人のプロデューサーを取り合う状況』が生まれたりということもあったのだが――


「あなたたち五人みんな、プロデューサーさんに恋してるってことです!」


 ドクン、ビクリ、ガタン、と――五人全員の心臓や身体が跳ね上がった。
 満面の笑みで現役アイドルの恋愛事情を暴く事務員に、唯をはじめとした五人はどう返せばいいのかわからなかった。
 そのまま数十秒。沈黙に耐えられなくなった一人のアイドルが、ちひろに向けて言葉を返す。

「――否定はしないわ」

 ショートカットにフレームのはっきりとした眼鏡の容貌。五人の中では最年長の23歳、相川千夏だった。
 千夏はクールな外見に違わず落ち着いた声を紡ぐが、その内心は自身の恋心を暴かれ揺れていた。

「他のみんなはともかく、私はたしかに、彼を一人の男性として見ている。
 まだ想いを告げたわけではないけれど……いい機会だから、ここで先に宣言しておくとしましょう」
「ちょ!? ちなったん、それってもしかして宣戦布告ってやつ!?」
「そういう反応を返すということは、唯ちゃんもあの人を慕っているのね?」

 千夏の言葉に、唯は「しまった!」という表情を浮かべていた。
 この二人のやり取りを見て、他三人の心も揺れる。

「え、と、あの、あの……わたしも、プロデューサーの、ことが……すっ……」

 おどおどとみんなの顔色を窺いつつも発言したのは、16歳の緒方智絵里だった。
 幼さの残る容姿と、それを強調させるかのようなツインテール。上気した頬は恥ずかしさの表れか。
 智絵里のそんな姿を見て焦ったのか、隣に座っていた若林智香が続く。

「あ、アタシも! アタシ、若林智香もプロデューサーさんのことが好きです! 恋してます!」

 年齢17歳。髪型は跳ぶと元気に跳ねるポニーテール。
 チアリーダーらしく弾んだ声で自分の感情を主張する彼女に、智絵里は最後まで言えず萎縮してしまった。

「わ、私もです! いつかプロデューサーみたいな優しい人を旦那さんにって……ああうあ! みたいな、じゃなくて!」

 唐突に始まった大告白大会、最後に口を開いたのはまだあどけなさの残るサイドポニーの少女だった。
 15歳最年少の五十嵐響子。表情にも語調にもかなりの動揺が出ているが、それでも黙ってはいられなかったのだろう。
 五人全員が自身の想いを告げ終えた頃には、千夏以外の四人全員の顔が真っ赤に染め上がっていた。
 いや、時間差で千夏の頬も朱色を帯びてきた。そしてしばらく無言になる。

「みんなかわいいわ~。恋する女の子って、本当にステキ」

 羞恥による沈黙の会議室。
 その光景を見て、ちひろはにっこりと笑った。

 そうなのだ――この五人のアイドルはみんな、同じ男性に恋をしている。

 自身を担当するプロデューサー。仕事上のパートナー。
 でも、一緒に仕事をしている内にだんだん……という、よくある流れだ。

 五人とも本人に想いは告げていないが、ライバル同士の気持ちは思わぬ場で明るみに出てしまった。
 負けられない。みんながみんな、恋する女の子として闘志を燃やす。

「そんな恋するあなたたちだからこそ、シンデレラ・ロワイアルの『主役』になってほしいの」

 火花を散らす五人に、ちひろはさらなる説明を加えた。
 シンデレラ・ロワイアルの魅力は、愛する人のために戦う少女たちの『強さ』を描くことにある。
 いくら想い人を人質に取られようと、誰もが意気揚々と殺し合いに興じられるわけではないだろう。
 それは『やらなければプロデューサーが死ぬ』という前提条件を置いたとしてもままならない、倫理観の問題である。

「でも、私は確信しているの。あなたたち五人なら――ためらわずに、やってくれるって」

 ちひろの言葉を受け、恋する五人は自分の胸に手を当てて考える。
 もし、本当にそんなことになったなら……きっと私は、アタシたちは、愛する人を守るために殺し合いを行うだろう。
 その結果、生き残れるかどうかはわからない。だけど、とりあえずはやる。抵抗の意思を見せれば、プロデューサーは殺されてしまうのだから。

「いいえ、違うわ。あなたたちは殺し合いをして、尚且つ優勝を目指すはず。だって、そうじゃなければあなたたちの恋は叶わないのだもの」

 全員、ハッとした。
 生死のかかった戦場のラブストーリーなどでは、愛する人が生きてさえいればそれでいい――なんてシーンをよく見る。
 だけど実際問題、ここにいる五人は現実を生きる女の子なのだ。恋する女の子なのだ。
 愛する人には生きていてほしいし、自分も生きたい。そしていちゃいちゃしたい。恋人になりたい。好きと言い合いたい。
 それは少女として当然の欲求だった。片方が生きていればそれで満足――なんて選択肢は、聖人にしか取りえないだろう。

「……まじめに殺し合いをして、それで優勝すれば、プロデューサーと一緒に生きて帰れるんですか?」
「ええ」

 響子の強張った質問に、ちひろは即答で返した。

「だったら……うん。やる、かも。なんていうのかな。そのほうが自分っぽい気がする」

 うん、うん、と。唯は何度も何度も頷きながら、確かめるように言葉を紡ぐ。
 智絵里や智香、千夏に響子も――「そんなこと、絶対にしない!」と強く否定できる者はいなかった。

「シンデレラ・ロワイアルはラブストーリーよ。だからこそ、主役にはとびきりの恋をしている子が相応しいの」

 ちひろのいう主役とは、要するに『自分から率先して殺し合いを進める、大量殺戮者』の役だった。
 映像映えする派手で強力な武器を与えられ、殺し合いに否定的なアイドルを積極的に殺していく。
 死んだらゲームオーバー、つまり出番終了と考えれば、なるほど殺人者こそが本作の主役と言えなくもないだろう。

「でも、わたしなんかが、その……うまくできるかな……?」
「アタシも不安だなあ。ダンスなら自信あるけど……プロデューサーさん、この前アタシがお芝居やりたいって言ったら苦笑いしてた」

 智絵里は見るからに、いつも元気で自信満々な智香ですら、今回の話には尻込みしているようだった。
 十代の女の子に殺人者の役。しかもアイドル。これはなかなかに要求レベルの高い仕事である。
 恋する女の子であるところは否定しないが、だからといってやりきれるだろうか、皆の心を不安が侵食する。

「その前に、この企画は本当に実現するのかしら?」

 と言ったのは千夏だ。
 他の四人が早くもやる気になったり自信をなくしたりしている中、一人冷静に意見を述べる。

「いくらなんでも、イメージというものがあるでしょう。アイドルが殺し合いというのは、問題だと思うの。
 事務所の方針というのなら従うしかないけれど、私はこの企画コンセプトには首をひねるし賛同もしたくない」

 誰もが我に返るような顔をした。それくらい、千夏の言ったことは正論だったのだ。
 そういう内容の映画があって、その中の一人にアイドルが女優として出演するのなら問題はない。
 しかしちひろの言う企画は、事務所を上げてのアイドルによる殺し合い。
 歌って踊ってみんなに笑顔を振りまくはずのアイドルが、殺し合いなのである。
 ファンはなにを思うか。業界はどう解釈するか。
 一部の人間以外は……もちろん、悪趣味としか思わないだろう。

「そうね、そのとおりだわ」

 千夏の指摘に、ちひろはうんうんと頷いた。
 そして、

「じゃあこの話は聞かなかったことにして。ね?」

 あっさりと。
 常の微笑みを纏いながらながら、簡単に話題を流してしまった。

「えっ。いや、でもやるってことは決まってるんじゃ? ゆい、主役ならやりたいかなーって」
「ところで、この中でプロデューサーさんのことが一番好きなのって誰なのかしら?」

 食い下がろうとした唯の発言は、ちひろの思わぬ問いによって掻き消される。
 動揺したのは五人全員だ。それぞれが顔を見合わせ、牽制し合うように喉の奥に言葉を溜めている。

「……私、彼の唇を奪ったわ」
「「「ええっ!?」」」
「彼が居眠りしている間に……その、頬にだけど」
「「「それって唇じゃないじゃん!」」」

 先制したのは千夏である。
 それくらいは当然、と言わんばかりの大人びた声調で、尚且つインパクトが出るように事実を誇張して口にする。

「私だって、いつかプロデューサーと結婚しようねって約束したことがあります!」
「「ええっ!?」」
「……な、ナターリアと!」
「「紛らわしいよ!」」

 反撃したのは響子だ。彼女はプライダルショーのイベントの際、仲の良いアイドルのナターリアとそんな会話をしたことがある。
 もちろん、プロデューサー本人にそんな約束というか想いを伝えたことなんてなかったが、口に出さずにはいられなかった。
 他の四人よりも一歩先へ、リードしたい。そんな気持ちを、ここにいる誰もが抱いていた。

「そ、それならあれだ! ゆいなんかプロデューサーちゃんと一緒にお風呂入ったことあるし! しかも露天風呂!
 も、もうあれだから! ツルツルお肌いっぱい見られたりしちゃったから! あのときのプロデューサーちゃんちょーかわいかったから!」

 負けじと、唯が爆弾発言。実際は仕事で一緒に温泉へ行ったことがあるだけで、混浴したわけではない。
 しかし、話を盛らずにはいられないのだろう。ここで引いては女が廃る。そんな目をしている。
 いまの時代、恋する女の子はガツガツ主張する肉食系でなければいけないのだ。

「じゃ、じゃあ……! アタシは、プロデューサーさんに着替え覗かれたことがあります!
 チアの衣装に着替えてるとき、プロデューサーさんがいきなり楽屋に入ってきて……っ」

 このまま遅れを取るわけにはいかない、と自身の中で一番恥ずかしかったエピソードを告白する智香。
 だがこれは悪手だったようで、千夏、唯、響子の三人が一斉に目を光らせた。

「それなら私もあるわ」
「ゆいもあるよ!」
「私もあります!」
「ええっ!? ひ、酷いですプロデューサーさーん!」

 着替えを覗かれる、なんていうのはこの五人の中では序の口レベルのハプニングだったらしい。
 まずい。一人だけ負けている。競争なら一周半くらい差をつけられている気分だ。智香は勇気を振り絞り、

「だ、だったら……アタシはプロデューサーの生着替えを覗いちゃったことがあります!」

 会議室内に衝撃が走った――!
 唯と響子はもちろん、平静を保とうと努めていた千夏までもが、驚愕のあまり表情を歪める。

「き、着替えって……! それってつまり、プロデューサーちゃんの裸を見たってこと……!?」
「あら、唯ちゃんは一緒にお風呂に入ったんでしょ? ならそれくらいで動揺するのはおかしいんじゃない?」
「ぐっ、ぐぅぅ! そ、それは……うぅうう、ちなったんがドSだよぉ……!」
「ふふふっ。悪いけど、相手が唯ちゃんでも一歩も譲る気はないわよ……!」
「裸……プロデューサーの裸……下着くらいなら見たことあるけど、裸は……」
「って、ちょっと待って響子ちゃん! いまのセリフなに!? 聞き捨てならないよ!?」
「ぷ、プロデューサーの部屋に行ったことがあるんです! お部屋の掃除して、ごはんも作りました!」
「通い妻!? 響子ちゃんがそんなに積極的な子だったなんて……智絵里ちゃん! 智絵里ちゃんはなにかないの!?」

 智香に話を振られ、智絵里の肩がビクゥ! と震え上がった。
 もともとがおとなしい少女である。恋するライバル四人の迫力にあてられて、自分からは発言できずにいた。
 しかし智香のアシスト(本人にその意図があったかどうかは不明だが)を受け、一同の視線がいま、智絵里に集まる。
 ごくん、と唾を飲み込み、ライブのときの挨拶を放るように、思い切って言い放った。

「わっ……わたし! プロデューサーさんと一緒に寝たことがあります!」

 唯が椅子から転げ落ちた。千夏がわけもわからず立ち上がった。
 響子は追い詰められた子犬のような涙目になり、話を振った智香はカチコーンと凍結した。

「わたし、その日はなかなか寝つけなくて……でも、プロデューサーさんが隣にいてくれると安心するんです。
 プロデューサーさんの背中、とっても大きくて……えへへっ。ぎゅって手を握ると、心も身体もぽかぽかって」

 智絵里が幸せいっぱいのとろけたスマイルを見せたことで、会議室は宴会場のような盛り上がりを見せる。
 まずなんで一緒に寝るようなことになったのか、一緒に寝て具体的になにをしたのか、追求したりされたり曲解しちゃったり。
 やいのやいの、桃色の騒ぎ声に満たされる室内の隅で、ちひろは楽しそうなつぶやきを漏らした。

「恋する女の子って、やっぱり素敵だなあ~」

 ――結局、その日は仕事もなく解散となった。
 あとでプロデューサーにシンデレラ・ロワイアルについて訊いてみよう。
 誰もがそう思いプロデューサーに連絡を試みたが、電話も繋がらずメールの返信もなく、そして翌日。

 相川千夏、大槻唯、緒方智絵里、若林智香、五十嵐響子の五人は何者かに拉致され。
 千川ちひろから『60名のアイドル同士による殺し合い』の概要説明を受け。
 決してテレビ番組などではないシンデレラ・ロワイアルの主役となったのである。


 ◇ ◇ ◇


 愛する人に死んでほしくない。
 他の四人にも負けたくない。
 生き延びて想いを伝えたい。

 だからやろう、殺し合い。
 だから勝とう、殺し合い。

 ルール説明を聞き終え、舞台となる孤島で目を覚まし、己の置かれた現状を正しく理解した五人のアイドルは、そう決めた。
 おそらく十分とかからなかったと思う。
 少しは悩んだりもするかと思ったが、それ以上に、悩むだけ時間の無駄だとすぐに悟ったのだ。

「とびきりの恋をしている私たちだからこそ、ゲームの切り札(ジョーカー)として相応しい……なるほどね」

 エリア【B-5】のダイナーに配置された相川千夏は、カウンター席に座りながら前日のちひろの話を述懐していた。
 あれは冗談でもなんでもなかった。しかし番組企画などでもなかった。
 ちひろは自分たちに悟らせるため、事前にあんな話をしたのだ。

「わたしたちはみんな、プロデューサーさんに恋してる。逆らったら、そのプロデューサーさんが殺されちゃう……って」

 エリア【B-4】。ただ予告映像だけが流れる映画館のシアター内にて、緒方智絵里はカップルシートの左側に座りながらそうこぼした。
 プロデューサーが人質に取られている。担当アイドルが殺し合うことを拒めば、そのプロデューサーが代わりに殺される。
 説明されたルールは、ちひろが話したシンデレラ・ロワイアルと同一のものだ。

「でも、なんでちひろさんはわざわざアタシたちに、そんなことを……?」

 若林智香は首を傾げる。彼女が座るのはエリア【G-4】、町役場内にある待合用のソファーだ。
 当日にきちんとルール説明をするのに、前日にも同じルール説明をするだなんて、よくよく考えれば変な話である。
 いや、あのときはまさかシンデレラ・ロワイアルが『本物の殺し合い』だなんてことは思いもしなかったが……だからなのだろうか。

「うん、だからだ。ちひろちゃんは、ゆいたちに自覚させたんだ。ゆいたち五人、みんながプロデュサーちゃんを大切に思ってて――」

 ――殺したくない。死んでほしくない。そう願っている、ということを。
 エリア【F-3】学校の屋上で星を見上げながら、大槻唯はちひろの思惑を考察する。
 彼女はきっと、自分たち五人に目星をつけたのだ。あのシンデレラ・ロワイアルの『主役』として。つまり……。

「殺し合いって言っても、みんな女の子だもん。そんなことできるはずない……だから私たちにやれって、そういうことなんだよね」

 エリア【D-6】水族館内。悠々自適に泳ぐ魚たちを見ながら、五十嵐響子は自分たち恋する女の子の運命を呪った。
 他のアイドルたちは、人質であるプロデュサーを仕事上の関係としか見ていないかもしれない。
 でも自分たち五人は、プロデューサーを愛している。殺人という罪を背負ってまで、生きてほしいと願ってしまっている。
 それが皆の共通認識であることは、前日集まって行われた大暴露大会で痛いほど思い知った。

「……私たち、五人は」
「きっと、みんな、殺し合いをする」
「誰も拒めない……ううん、拒もうとしない」
「絶対に、プロデューサーちゃんを助けようとする」
「それで、たぶんみんながみんな――」

 ――最後の一人に、なろうとする。

 優勝して、プロデューサーと一緒にアイドルを続けようとする。恋する女の子の悲願を果たそうとする。
 ここで自分一人だけ剣を取らないのは、裏切りだ。みんなへの、だけじゃない。恋する自分への裏切りでもある。
 プロデューサーは望まないだろう。彼は優しい人だから。でも、優しいだけじゃその生命は救えないから。

「ごめんなさい」

 同じ時間、同じ島、同じ舞台の上で――恋する五人は、想いを寄せる男性に自分の愚かさを謝った。
 許してくれなくてもいい。怒ってくれてもいい。だけどわかってほしい。
 私たちは、こうするしかないんだということを。

「誰かは知らないけれど、殺し合いが滞ることは『黒幕』にとっても望まないのでしょう」
「で、ゆいたちに配られたのがこれ……ってわけね。嬉しくないけど、特別扱いってことかな」

 それぞれ別の場所にいる千夏と唯が、シンクロするようにデイパックからそれを取り出した。
 『ストロベリー・ボム』――と通称された、千川ちひろお手製のスペシャル手榴弾である。
 詳しい構造は不明だが、殺傷力は一般的な手榴弾の1.5倍ほどらしく、ピンを抜き安全レバーを倒すことで炸裂する。
 抜いて、倒して、投げるか転がすか設置するかして、自分は離れれば――それだけで、人が殺せてしまうというお手軽武器だ。

「それが……11個も」

 シアター内ペアシートの傍らに、ゴロゴロと黒い塊を並べる智絵里。支給された手榴弾は全部で11個もある。
 さらにはちひろからのメッセージと思われるメモ書きもあり、文面には『恋する女の子へのサービスです☆』とあった。
 どうやらこれ11個の手榴弾でワンセット、一つの支給品という扱いであるらしい。その証拠に、別途二つ目の支給品も確認できている。
 しかもこの手榴弾、11個もあるが、ひとつひとつが軽いのでデイパックに詰めてもそれほど重くはない。
 いや、重ければさっさと使えということなのか。しかし気になってくるのは、この11個という数である。

「ちひろさんの話を聞いたアイドルは、私たち五人。他のアイドルは55人だから……一人11人、これで殺せってこと……?」

 水族館内を歩いていた響子の横を、ホオジロザメが通り過ぎる。その瞬間、11個の手榴弾の意味にも気づいてしまった。
 この爆弾で、殺し合いをしない『恋しないアイドルを殺せ』と。つまりそういうことなのだ。

「こんなの……これじゃまるで、アタシたちがちひろさんたちの手先みたいじゃない」

 智香の嘆きは、誰にも届くことはない。無人の町役場には、プロデューサーが応援してくれる声もないのだ。
 でも、だからといって――このままここに留まってはいられない。
 燻っていては、ちひろに『殺し合いをする意思なし』と見なされプロデューサーを殺されてしまうかしれない。

 早急に、殺し合いをするという意思を見せなければ。
 早く、誰かを殺さなければ。

「ごめんね、唯ちゃん。あなたといると退屈しなかったけど……これだけは、絶対に譲れないのよ」
「ちなったんだろうと、誰だろうと……! プロデューサーちゃんは殺させないし、渡さない!」
「智香ちゃん……こんなわたしと仲良くしてくれて、ありがとう。でも……わたしは……!」
「わかる、わかるよ智絵里ちゃん。きっとたくさん謝ってるよね。だけど――アタシだって!」
「ナターリア……ごめん。あの約束、たぶん果たせないや。でも、これが私のスキって気持ちだから」

 相川千夏と五十嵐響子には銃が支給された。
 それぞれ付属の説明書をよく読み、初めて銃の使い方というものを学ぶ。
 射撃に自信はないが、問題ない。近づいて撃てば当たる。それくらいは小学生でもわかる。

 緒方智絵里にはアイスピックが支給された。
 武器というには貧弱だが、智絵里の腕力を考えればこれくらいの軽さが逆に好ましい。
 先端部分の鋭利さは、女の子でも体重を乗せて刺せば容易に皮膚を貫通するだろう。

 大槻唯にはカットラスという刀剣が支給された。
 刃が湾曲した変な形の剣だったが、すぐに映画の中の海賊がこんなのを使っていたな、と思い出す。
 鞘付きであるため持ち運びも用意。試しに振ってみたが、それほど重くもなかった。

 若林智香には防犯ブザーが支給された。
 ハート型のかわいらしいネックレスタイプで、ボタンを押すことによりブザーが鳴動、さらに強光明滅で周囲へ危険を通知する。
 直接の殺傷力はないのでハズレかとも思ったが、上手く使えば他人をおびき寄せたり追い払ったりできるかもしれない。

 これらの支給品と合わせて、11個のストロベリー・ボム。
 殺し合いを行うために必要な道具は充分すぎるほど揃っている。
 あとは覚悟を決め、飛び出すだけ――いや、覚悟ならもうとっくに決まっていた。

 あのとき、見せしめで誰かのプロデューサーが殺される姿を見たときから。
 自分たちのプロデューサーを絶対にあんな風にはさせない、と。
 覚悟し、決心し――だからこそアイドルは武器を取る。


【B-5 ダイナー/一日目 深夜】
【相川千夏】
【装備:ステアーGB(19/19)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×11】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:殺し合いに賛同していることを示すため、早急に誰か一人でもいいから殺す。

【F-3 学校屋上/一日目 深夜】
【大槻唯】
【装備:カットラス】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×11】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:殺し合いに賛同していることを示すため、早急に誰か一人でもいいから殺す。

【B-4 映画館/一日目 深夜】
【緒方智絵里】
【装備:アイスピック】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×11】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:殺し合いに賛同していることを示すため、早急に誰か一人でもいいから殺す。

【G-4 町役場/一日目 深夜】
【若林智香】
【装備:防犯ブザー】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×11】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:殺し合いに賛同していることを示すため、早急に誰か一人でもいいから殺す。

【D-6 水族館/一日目 深夜】
【五十嵐響子】
【装備:ニューナンブM60(5/5)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×11】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:殺し合いに賛同していることを示すため、早急に誰か一人でもいいから殺す。


【ストロベリー・ボム(千川ちひろお手製スペシャル手榴弾)】
千川ちひろが制作した(?)特性手榴弾11個セット。
炸裂には『安全ピンを抜く→安全レバーを倒す』という手順が必要。
威力は一般的な手榴弾の1.5倍。


前:悪夢かもしれないけど 投下順に読む 次:ただ陽の輝きの先に未来が待っていると信じて
前:悪夢かもしれないけど 時系列順に読む 次:ただ陽の輝きの先に未来が待っていると信じて
相川千夏 次:彼女たちが選んだファイブデイウイーク
大槻唯 次:彼女たちに忍び寄るサードフォース
緒方智絵里 次:終末のアイドル~what a beautiful wish~
若林智香 次:My Best Friend
五十嵐響子 次:真夜中の太陽

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最終更新:2012年11月21日 07:28