彼女たちの中でつまはじきのエイトボール ◆John.ZZqWo
なにもない舞台の上に、どうして私たちは生きているのか
この見捨てられた場所でなにが起こっているのか、それを誰が知るだろう
私たちがここでなにを探しているのか、それを誰が知るだろう
またひとり、私たちの中の誰かが心無い悲劇に襲われる
舞台を隠す暗幕の裏で声をあげることすら叶わずに
いったい、誰がどうしてこんなことを望むのか
しかし、それでも――……
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「ねぇ“リーナ”、そっちは何か役立ちそうなものあったー?」
「……う、うーん」
懐中電灯を片手にもった
日野茜が半分だけ開いたガラス戸から顔だけを出し、中にいる
多田李衣菜に声をかけた。
同じく懐中電灯を手にした多田李衣菜がいるのは小さな薬局の中だ。
真っ暗な店内には懐中電灯が作り出す光の円が右往左往しているが、しかしこれといった収穫は見当たらないらしい。
「茜さんのほうはどう? 何かいいもの見つかった?」
「あったあった、ほら!」
言って、日野茜は大きなキャンディ袋を見せた。彼女もまた隣の雑貨店で「この後役立ちそうなもの」を探していたのだ。
「それってほんとに役立ちそうなものー?」
多田李衣菜は得意げな彼女へと懐疑的な視線を向ける。しかし彼女はそれにひるむことなく明るく返した。
「あははっ。でもさ、うちの事務所って飴好きな子多いよねっ! だったらこれは役立つものじゃない?」
「餌付け、かぁ……」
確かにと、多田李衣菜は神妙に頷く。言われてみれば自分らが所属している事務所には妙に飴が好きな子が多い。
例えばニートアイドルとして売り出し中(でもって実際に売れてて驚く)の
双葉杏だとか、他にも何人もいたように思う。
それにそうでないとしても甘いものは心を落ち着かせる効果があったはずだ。かさばらないし持っていって損をするものでもないだろう。
「飴だけじゃないよ。ほらこっちもっ! 武器っ!」
日野茜がもうひとつ見せたものは年季の入った竹箒だった。おそらく売り物ではなく店の備品なのだろう。
「もし襲いかかってくるような子がいたら素手だと心もとないし、それに、これだと怪我させる心配もないしねっ!」
今、日野茜と多田李衣菜のどちらの手にも武器らしいものは握られていない。
だがそれは、別に彼女らに武器が支給されなかったことだというわけではない。
実際、多田李衣菜にはオートマグという強力な拳銃が、日野茜には小さいが鋭利なバタフライナイフが支給されていた。
しかしそのどちらもひとたび使用すれば相手を殺しかねない強力すぎる武器だ。
なので二人ともそれはバックにしまっていたし、その代わりとして長さも重さも適当な竹箒はいい選択だと言えるだろう。
もっとも、拳銃のほうは非常に重い上、コッキングピースが堅すぎて非力な多田李衣菜には撃つこともできなかったのだが。
「それでこっちのほうにはなにか役立ちそうなものあったのかな?」
「薬って見てもどれがどういいのかさっぱりで……」
日野茜はガラス戸を全て開くと薬局の中へと入ってきて多田李衣菜の隣に並ぶ。
ふたつの光の円の中に浮かぶのはいくつにも細かく区分けされた棚と、その中に並ぶ英語やカタカナの名前の薬品の列だ。
いわゆる処方箋の受け渡しを主とする店のようで、二人が普段目にするような市販薬の類はほとんど見当たらない。
「確かに全然わからない」
「そうですよね」
意気投合してから後、情報端末と地図を頼りに森を抜けて市街地へと移動してきた彼女らなわけだが、
そのまま先へと進むのも無用心だという多田李衣菜の提案により、この隣あう雑貨屋と薬局に寄ったのだ。
現在のところ収穫は日野茜が雑貨店で見つけたキャンディ袋と竹箒のみ。
そして二人で薬局の中を探索すること10分ほど、結局これといったなにかを見つけられなかった彼女らは、
レジの後ろにあった家庭用救急箱をひとつ拝借することで納得すると、その薬局を後にし次の目的地へと足を向けた。
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平凡な住宅街の中より立ち上っていた怪しい煙の根元を探していた
木村夏樹だが、どうやらそれは普通の煙ではないらしい。
もくもくと勢いは強いがどれだけ近づいてもその根元には火の明かりは見えないし、色も普通ではない。
「紫色の煙……なんだ――いや、もしかして狼煙なのか?」
例えば戦国時代なんかでは遠くはなれた仲間と連絡を取り合う際、狼煙をあげてその色や数などで通じ合ったらしい。
そんなことを木村夏樹はふと思い出した。最近見たTVでそんなことを言ってたはずだと。
もしかしたらこの紫の煙もそうなのかもしれない。
だとすれば、その根元にあるのはトラブルではなく、同じアイドル仲間を探してる子なのかもしれない。だが、
「だとしたら、もう少し場所を選ばないか? なにもこんな住宅街のど真ん中でなくてもよ」
その点は不自然だ。街を離れることはないにしても住宅街の中にも公園などの広いスペースはたくさんあるし、
他にも学校やスーパーの屋上などの少し高い場所で煙を立てれば発見もしやすいはずだ。
とはいえ、そこには事情があるのかもしれないし、行くと決めたのだからどうこう考える必要もない。
やはり万が一には備えるべきとバットを持つ手に力をこめると、木村夏樹は煙に向かって更に歩を進めた。
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「みんなはどこにいるのかなぁ……」
「さぁ……? でも、警察署まで行ったらだれかに会えるんじゃないですかね」
日野茜と多田李衣菜の二人は島の南をぐるりと回る幹線道路に沿って、一路南の市街の東端にある警察署を目指していた。
今度の提案は日野茜のものだ。
多田李衣菜に拳銃が支給されているのを見て、「じゃあ防弾チョッキがいるね」というのが彼女の発言である。
さて実際にあるのかはともかく、行くあてもなく警察署なら誰かいそうということもあって二人はそこへと向かっていた。
「ところでさ、さっきは何を聞いてたの?」
「え?」
多分、何も喋らずに歩くのが苦手なのだろう。
現状や今後についての会話が一通り終わると、日野茜は多田李衣菜にそう問いかけた。
「ヘッドフォンで」
「あ、……うん、えーとロックだけど。その、UKロックってやつ」
「ふーん、ロックにもなんか種類があるの? そのUK? ロックってどんなの?」
「は? え、えーと……普通じゃなくて、そのロック通なら聞いておかないといけないっていうか……。
QUEENって知ってるかな? その、ジュエルズ? ……っていう日本限定のアルバムなんだけど…………」
どうもはっきりしない受け答えに日野茜はふぅと小さく溜息をついた。
多田李衣菜はビクりと肩を震わす。だが、その溜息は彼女が考えているような見透かしたり、落胆からくるものではない。
ただ彼女なりに「ロックって難しいんだなぁ」とか、「やっぱりロックじゃだめかなぁ」と思っただけのことだ。
「いやぁ、私にもうひとつ銃があったじゃない? あの“おもちゃ”の」
「ああ、ワギャナイザーだっけ……?」
そうそれ、と言いつつ日野茜は背中のバックから器用にそのワギャナイザーなるものを取り出す。
確かに一見して玩具とわかる拳銃だった。口を開いた小さな恐竜にトリガーとグリップがついているというデザインなのだ。
ここにはいないが、もし
安部菜々がいれば「ああっ、なっつかしー!」と驚いたことだろう。
「これね、さっき説明書読んだんだけど“声”を撃つ銃なんだ」
「声?」
「ま、簡単に言えば拡声器なのかな。
尻尾でスイッチ入れて、声を録音した後、トリガーを引くと録音した声がこの口から出るの」
「ああ、なるほど」
実際にワギャナイザーの尻尾や録音スイッチなどを指差しながら説明する日野茜に多田李衣菜はうんうんと頷く。
「それでね、私は考えたのっ!」
日野茜の考えたこと。それはこのワギャナイザーにみんなが『アイドル』を思い出す声を吹き込めば、
それを聞かせることで暴走してる子は暴走を止め、落ち込んでる子には元気が与えられるのではないかということだった。
「リーナもそうだったでしょう? だからこれはナイスアイデアだと思うんだよねっ!」
「うん、私もそう思うよ。茜さん、それイけてるアイデアだよ」
「でっしょー?
それで、私はリーナがさっき聞いてた曲が使えるんじゃないかなって思ったんだけど――」
「うーん……これはあんまり『アイドル』って感じじゃないかな」
やっぱりねと、日野茜は肩をすくめる。
そして、だったら仕方ないと、なぜかにやりと笑ってワギャナイザーを多田李衣菜に押しつけた。
「じゃ、私たちが声を吹き込むしかないよねっ! ということでリーナに任せたっ!」
「ええええええええええええええっ!?」
押しつけられた多田李衣菜は大きな声をあげ、そしてどうしてという顔で日野茜の顔を見る。なぜか彼女は妙に自信ありげだ。
「私じゃさ。やっぱり『がんばれー!』とか、『負けるなー!』とか、そうことしか言えないと思うんだよね」
「それでいいじゃ――」
「でもっ! 私はそれが相手によっては押しつけになったり、逆効果だったりする場合もあると思うんだ」
日野茜の言葉に多田李衣菜は口をつぐむ。それは明朗快活な彼女がこの場で見せたはじめての憂いを帯びた表情だった。
「リーナなら、イけてることが言えるんじゃないかな? 難しい音楽も知ってるみたいだし」
「え? えぇ……?」
ここで、多田李衣菜は日野茜がどうして自信ありげなのか気づいた。彼女は自分のことを過剰評価しているのだ。
おそらく変に通ぶろうとしたからだろう。それにイけてるとかどうとかそんなことを何度も言ったのもまずかったらしい。
しかしだからと言って、それを今更否定するのも恥ずかしいし、なにより彼女の期待を裏切りたくない。
少し唸り、そして多田李衣菜は手に握ったワギャナイザーを見る。
『アイドル』とはなにか? いや、自分にとっての『アイドル』とは、自分が『アイドル』を思い出すキーワードは――
「じゃあ、録音するよ?」
多田李衣菜は尻尾を引っ張って電源を入れ、録音スイッチを押す。そして、口を近づけると大きな声でそのキーワードを発した。
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角を曲がり道を渡るたびに煙への距離は縮まってゆく。時には回り道を強いられることもあったが木村夏樹は確実にそこに近づいていた。
そして、とうとう開かれた窓からもくもくと紫色の煙を吐き出している一軒家を発見する。
「やっぱりただごとじゃないのか……?」
狼煙をあげるにしてもさすがに家の中からというのは不自然だ。
やはりなにかトラブルがあったのだと、木村夏樹はバットを握り締め慎重に一軒家の表側へと回りこんだ。
「ん? ……お? 十時じゃないかっ!?」
角から覗き込み、そして家の前に立っている人物があのシンデレラガールズだと気づいて木村夏樹は声をあげた。
「おいっ、大丈夫か?」
そして、呆然と立っている
十時愛梨の元へと駆け寄る。
彼女の姿を確認したことで先ほどまでの警戒心は消えていた。彼女は虫も殺さない優しい子だと、そんな風に記憶していたからだ。
それに彼女は数時間前に目の前でプロデューサーを殺されてしまっている。警戒心は簡単に心配する気持ちへと上書きされてしまっていた。
「なぁ、ここでなにかあったのか?」
木村夏樹の声に十時愛梨が振り返る。だが返事はない。どこか虚ろな瞳で、なぜか喜んでいるような表情。そこに抱く奇妙な違和感。
ふと見れば片手には小ぶりの機関銃が握られていて、そして、次の瞬間――持ち上げられたそれが火を吹く。
「――――――――ッ!!」
パパパという軽い破裂音が深夜の住宅街に響き、そして短く途切れた。
「お前っ!?」
だが一瞬感じた違和感が木村夏樹の命を救った。発砲の間際に銃を蹴りあげたことで向きがそれ、銃弾は彼女を掠めて夜空へと消えていく。
そして彼女の無数のスタッズ(鋲)で飾られたブーツに蹴られた機関銃も十時愛梨の手を離れ、弧を描いて後方へと落ちた。
瞬く間に死がすぐ傍を通り過ぎていったことに木村夏樹の全身は総毛立ち、表情が恐怖に歪む。
だが目の前の十時愛梨はしかしそんな彼女とは対象的に、一撃を受けたのにも関わらずまだ表情は虚ろで、わずかな薄笑いを浮かべていた。
鉄拳が十時愛梨の頬を打った。
驚いたのは拳を振るった木村夏樹のほうだ。殴るつもりなんてなかった。例え命を狙われても相手は女の子だ。それなのに顔を殴っていた。
「あ……、…………っ!」
アスファルトの上へと倒れた十時愛梨を前に木村夏樹は怯えた表情で後ずさる。
彼女を殴った拳は震えていた。それは罪悪感か? 違う、恐怖だ。銃に対する恐怖なのか? そうではない。十時愛梨に対する恐怖だ。
木村夏樹は混乱していた。どうして自分がこうも怯えているのか、それがはっきりと理解できないでいた。
むしろ、ここで震えるのは路上に伏している十時愛梨のほうでなくてはならないというのに。どうしてこうも彼女に恐れを抱くのか。
それは単純なことだ。木村夏樹は十時愛梨の虚ろな表情を見て、その瞬間に彼女の心情をその感受性の高さで感じ取ってしまったのだ。
愛する人を目の前で、しかも自分の拙さゆえに奪われてしまった。そして殺しあいをしないといけないという中での生への葛藤と死の誘い。
どこまでも身体は冷たく苦しく、それでいて触れる空気は生ぬるく気だるい。全ては灰色で、生き残ることすら真の希望ではない。
だが木村夏樹は理解にまでは達しない。銃で撃たれたという現実的な恐怖がその理解を阻害していた。
ゆえに、ただ薄ら寒い恐怖だけが心の中でないまぜになり、よけいに混乱してしまう。それはこの場においてあまりにも致命的な隙だった。
そして再び、今度は一発の強い銃声が住宅街に響き渡り、今度こそ弾丸が彼女の身体を貫いた。
「痛いなぁ……」
十時愛梨は木村夏樹に殴られた頬を撫でながら無感情な声でそう漏らした。
木村夏樹はすでに目の前にはいない。拳銃で撃たれた彼女は踵を返すとそのまま出てきた角に隠れ、逃亡してしまった。
「バットのほうで殴れば殺せたのに」
くすりと笑いながら十時愛梨は地面から立ち上がる。
そして蹴り飛ばされた機関銃を拾うと、アスファルトの上に点々と残る血痕を追ってゆっくりと歩き出した。
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高森藍子はひとり、ペットボトルの水を手に公園のベンチに座っていた。
水はバックの中に入っていたものだ。
すぐ傍に自販機が立っているし、コンビニの前も通りがかったが、しかし無断で取るのもはばかれたので彼女は水を飲んでいる。
公園の中は静かだ。ときおり風に揺られたブランコがキィキィとか細い音をたてるくらいである。
そんな中、高森藍子は何度も十時愛梨の言葉を、そして自分の言葉を心の中で反芻していた。
『『希望』のアイドルでいてほしい。いいや、みんながそれぞれ『希望』のアイドルでなくてはいけない』
皆が希望のアイドルでいられるにはどうすればいい? そうあれと声をかければいいのだろうか。いいや違う。
希望のアイドルとはなんだろう? そうである私が特別なのか。いいやそんなはずはない。
誰かに微笑んでもらえる。姿が歌が生き様が誰かの希望になる。それが希望のアイドルで、ここにいるみんなが希望のアイドルだ。
だったら、それを思い出せばみんなも――けど、
『アイドルだって、アイドルである前にひとりの女の子なんですよ?』
心の中で十時愛梨が囁く。絶望に染まった声色で。
希望のアイドルは誰かのための偶像じゃない。だからアイドル自身にも希望が必要だ。しかし、彼女はもうそれを奪われている。
そんな子に必要なものはなに? 新しい希望? それは多分違う。それはごまかしでしかないように高森藍子は思う。
「…………はぁ」
大きな溜息が洩れる。思考はずっと堂々巡りだ。
アイドルとは誰かの希望である。しかしアイドル自身にも希望は必要だ。けれどそれをすでに奪われた子がいる。
そして、まだ奪われていないとしても皆が希望を――自らやプロデューサーの命を奪われるという危機に立たされている。
アイドルでなくひとりの女の子であることを優先する子も少なくないだろう。
いや、そもそもとしてこんな状況であってもアイドルであろうとすることに疑問や欺瞞を感じる子もいるだろう。
だがそれでも高森藍子は自身が『アイドル』であることを忘れたり捨てたりしようとは思えない。
なぜならアイドルであることが自分に与えてくれたものも命と同じくらいに大きく、それそのものが希望でもあるからだ。
「こんな考え方って傲慢なのかな。でも……」
それでも『アイドル』は捨てられないし、誰にも手放してほしくはないというのは彼女の偽らぬ本心だった。
高森藍子はペットボトルの口を閉じるとベンチから立ち上がった。
なにはともあれ誰かに会わないと話は進まない。それに十時愛梨が凶行に走るというのなら彼女を止めなくてはいけない。
バックを背負いなおし歩き出す。そして公園の出口を潜ろうとしたところで彼女はバットを杖代わりに歩いてくる木村夏樹を発見した。
「大丈夫ですかっ!?」
声を出して駆け寄る。木村夏樹も高森藍子に気づいたようだ。
だがそこが限界だったらしい。彼女は高森藍子のほうを見やるとそのまま路上に崩れ落ちてしまった。
「やだ、これ……っ!」
血塗れの脚を見て高森藍子は悲鳴をあげる。
いったいどうしてこんな怪我を負ったのか、木村夏樹は太腿を傷つけられそこからおびただしい量の真っ赤な血を流している。
どう見ても命に関わる出血量だ。実際に彼女の顔は蒼白で、今にも気を失ってしまいそうに見える。
「しっかりしてくださいっ! あのっ、返事はできますか?」
「あぁ、聞こえてる。すまないな…………」
意識はある。しかしその声は弱々しい。いったいこんな時はどうすればいいのか?
「びょ、病院に行きましょう。そこで血を止めないと……それに、えっと、輸血。そうだ、輸血しないと……」
「落ち着きなよ……アンタ、FLOWERSのリーダー、だろ?」
「はひっ?」
弱々しいながらも木村夏樹がおろおろとしている高森藍子の顔を見上げていた。そして腰のベルトを指差す。
「抜いて、ふとももを縛ってくれないか?」
「あっ、わかりました!」
言われるままに彼女の腰からベルトを抜き取ると、それを出血している太腿に巻いてちからいっぱい絞って結んだ。
「これで、出血は止まったかな……?」
「焼け石に、水かも、しれないけど……な……」
「じゃあやっぱり病院に行かないと! 確か地図に……えーと……」
「あぁ、地図に病院があったよな。アタシも、行こうと思ったんだが……ハ、少し遠いよなぁ…………」
単車でもあればなと木村夏樹は笑う。
だがその表情とは裏腹に症状は思わしくないようだ。出血は止めたつもりだが、顔色はますます悪くなるばかりである。
「アタシはもうなるようにしかならないよ……それより、十時に気をつけろ……まだ、近くにいるぞ」
「え……………………」
何者かが心臓を鷲掴みにしたような、そんな衝撃を高森藍子は受けた。彼女の言う気をつけろという言葉の意味。わからないほど馬鹿ではない。
それはつまり木村夏樹にこんな重症を負わせたのは彼女であり、そしてきっとそれにはあの銃が使われたんだと、そういうことに他ならない。
「親しかった、のか? でも……ハァ、アンタ、もうあいつのことは諦めろよ……、アレはもう、無理だ」
「あぁ……ごめんなさい…………」
「アンタが謝る、ことはないだろ……? でも、親友でもなんでも、もう諦めたほうが、いい。アイツは、もう向こう側の人間だ……」
「そんな、そんなことない……そんなことないですよ……」
アンタいい人だなと木村夏樹が優しく呟いた。本当は逆のはずなのに、怪我をしている彼女が励まして、高森藍子のほうが慰められている。
高森藍子はいつの間にかにぼろぼろと大粒の涙を零していた。十時愛梨が人を傷つけたという事実は想像の何倍も衝撃的だった。
「……やられたのは、アタシだけじゃない……きっと、もう他に何人も…………ああクソ、きやがった」
「え?」
「トドメを刺しに、きたのか……、おい、アンタは逃げろよ……、リーダー、だろ? 死んだら他のやつらがかわいそう、だ……」
顔を上げて振り向く、木村夏樹の視線の先、十時愛梨の姿はもう遠くない場所にあった。
すでに機関銃をこちらに向け、狙いながら歩いてくる。その表情は最初に会った時と変わりなく、絶望に染まって張り裂けそうな微笑だった。
「『希望』のアイドルをしてたんですか?」
「やめて、愛梨ちゃん」
対面すると身体は自然に動いていた。高森藍子は木村夏樹を銃口からかばうように十時愛梨と対峙する。
「どいてくれませんか?」
「お願い、この人を殺さないで」
「……だったら、藍子ちゃんが変わりに死んでくれますか?」
銃口が動き、高森藍子の胸を指してピタリと止まる。今回はさきほどよりも距離はない。引き金が引かれれば確実に弾丸は命中するだろう。
それでも、もし自分が死ぬことで他人が助かるなら命を差し出すことができるだろうか? 高森藍子は首を横に振った。
「それも……、できないよ」
「ですよね。『希望』のアイドルが死んだら、その人が死ぬよりももっと多くの人が悲しんじゃいます」
「そ――」
「――そうなんですよ。だって、藍子ちゃんは『希望』のアイドルなんだから」
ひらひらと銃口の先が踊る。まるで高森藍子をなぶるようにふらふらとひらひらと。今この時が楽しいのだと、そう言うように。
「愛梨ちゃんは、どうしたいの? 迷ってるなら……」
「迷ってなんかいません」
ピタリと、再び銃口が胸元に止められる。
「じゃあ、どうして私を殺さないのっ!?」
十時愛梨は高森藍子の視線をまっすぐに受け止めてにこりと笑う。
「それは、藍子ちゃんが『希望』のアイドルだから」
「それって――」
問いかけを無視し、十時愛梨は銃口を高森藍子の胸元からスッとずらすと虚空に向けてパラララララララララ! と銃弾を撒き散らした。
いや、そこには誰もいなかったわけでなく――
「嘘、だろ……?」
振り返った足元で木村夏樹が言葉を漏らす。だが彼女が撃たれたわけでもない。撃たれたのはその視線の先、
「だりぃ…………………………」
高森藍子の視界の中でゆっくりと人形のように地面へと崩れ落ちる多田李衣菜であった。
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多田李衣菜は即死だった。少なくとも高森藍子や一緒にいた日野茜の呼びかけに一切応えることなくそのまま死んでしまった。
身体に何発もの銃弾を浴びて、信じられないくらいの血を流して死んでしまった。
十時愛梨は多田李衣菜を撃つとそのまままたどこかへと行ってしまった。
ただ、去り際に「最後まで、私の代わりに輝いた最高の『アイドル』で居てください」と、前と同じ言葉を言い残して。
そして彼女を追う余裕はその場にいた誰にもなかった。
あれから少しの後、彼女らは公園の向かいにある民家の中で衰弱した木村夏樹の治療をしようと必死になっていた。
亡くなってしまった多田李衣菜の遺体と一緒に家の中へと運び込み、布団を引いた一室でなんとか彼女の命をつなぎとめようとしている。
「ねぇ、夏樹さん、なにか食べる? 血が足りない時はほうれんそうだっけ?」
「やっぱり病院に行ったほうが……輸血をしないと……」
「まず……ハァ、お前らが落ち着かないといけないんじゃ、ない、か……?」
薬局で見つけた救急箱が引っくり返され、布団の周りには医薬品や治療用具が散乱していた。
だが、できたことと言えばあるだけのガーゼと包帯を使って傷口を押さえただけだ。彼女達に医療の知識はほとんどなかった。
そして、できることを終えると部屋の中は沈黙に沈み、その沈黙に耐え切れなくなると泣き声が部屋の中を満たしていった。
多田李衣菜が死んでしまい、日野茜は自分を責めて声をあげて泣いた。
高森藍子も同じように泣いた。木村夏樹も声はあげなかったが涙は流していた。
先日までアイドルとして活躍していた子が死んでしまった。ついさっきまで生きてた子がもう生きてはいない。
仲間が、親友が死んでいなくなる。もういつまでも動かせないその事実に、三人はただ気がすむまで泣き続けた。
「だりーのことを聞かせてくれよ。それから、十時のこともだ」
三人が泣きやんだ後、紙のように顔を白くした木村夏樹は二人に多田李衣菜と十時愛梨のことを話してくれるようねだった。
たったこれまで数時間のことだ。しかしそれなのに日野茜はたくさんのことを彼女の伝えた。
彼女を見つけた時のこと。それから森を抜けるまでのこと。そしてその後のこと。話を聞いている間、木村夏樹は何度も笑った。
高森藍子はとうとうと十時愛梨のことを語った。ここに来てからだけではなく来る前のことも一緒に。
十時愛梨は木村夏樹を撃って多田李衣菜を殺した相手だが、それでも彼女の素晴らしいところをいくつもあげて語った。
そして二人の話を聞き終わると、木村夏樹は二人にここを出発するように言った。
「ここで、ひきこもってても、なんにもならねぇよ……。だから、アンタらは早くここを出たほうが、いい」
「そんなっ! だったら夏樹はどうなるんだよっ! 私が背負うからさ、いっしょに行こうよ……!」
「茜ちゃんの言うとおりです。それに他にその傷を治療できる子だっているかも――」
二人の申し出に木村夏樹はゆるゆると首をふる。
「最後は、ふたりきりにしてほしいんだ」
恥ずかしいからよと、隣で寝る多田李衣菜の肩を抱きながら彼女は笑う。
「それに……諦めるんじゃない。アンタらに託すんだ」
そう言って、彼女は自分のバックの中に本があること、できればそれを内容が解るやつに届けてくれと二人に頼んだ。
二人は一瞬、躊躇し、だが彼女の顔を見て結局は言うとおりにすることにした。
「私、絶対戻ってくるからっ!」
「ああ……」
「私も絶対に戻ってきますからね!」
「ああ、だりーと一緒に待ってる」
戻ってくる約束をすると高森藍子と日野茜は立ち上がる。そして、とても小さく見える寝ている二人にまた涙をにじませた。
そんな二人を見上げて木村夏樹はしかたないと笑う。
「だりーの面倒見てくれてありがとな」
歯を食いしばって泣き声を我慢している日野茜にそう言い、そして目元を赤くした高森藍子にも言葉を送った。
「勝てよ。今アンタが考えていることは全部間違ってる。アイドルはLive(生き様)だ」
「Live(生き様)……」
「ああ、勝たなきゃ相手を魅せられない。アンタ勘違いしてるぜ。観客に魅せられることをお願いするアイドルがいるか?」
「そう、ですね。ありがとうございます。もう一度、愛梨ちゃんと話せそうです」
「負けるなよ、『希望』のアイドル」
そうして、高森藍子と日野茜の二人が部屋から新しく出発し、そこには木村夏樹と多田李衣菜だけが残された。
@
「あー……、疲れた…………」
静かになった部屋の中で木村夏樹は大きく息を吐き、そして隣の多田李衣菜をぐっと近くに抱き寄せた。
「だりーの癖にがんばったじゃないか。アタシなんかいいとこなしだったのによ。ずっと震えっぱなしでさ」
優しく語りかける。だが、当然だが返答はない。しかしそれでも木村夏樹は普段のように語りかけた。
何度も、今のことだけでなく、昨日までのことも、新しく買ったCDのことも、先日行ったツーリングのことや、仕事のことも。
少しずつ小さな声で、まるで二人でカラオケに行ったその後に自分の部屋の狭いベッドで寝る――そんないつものことのように。
「アタシ、例え事故で……足が駄目になっても、絶対に、切ったりしねー……って、ずっと、思ってたんだけどさ。やっぱ切るな」
白くなった顔とは対象的に黒ずんでいる脚をさすりながら木村夏樹は言う。
「自分の身体は……絶対に、なくしたくないって思ってたんだ、けどさ……、動かない足って、すごい、邪魔だぜ?
もう、今すぐにでも……切ってくれってなー……、そうなる」
はははと声に出さず木村夏樹は笑う。多田李衣菜と二人でいる時のなにも変わらないいつもの会話だった。
「……そういえば、……おまえ、なに聞いてたんだ…………?」
肩にかかったままのヘッドホンに顔を寄せると、上着の中のプレイヤーを探り当てて、木村夏樹は流れてくる音楽に耳を傾けた。
「ああ……“これ”か」
それは、UKロックって何? なんて聞き返した彼女に貸してそのままの、そして木村夏樹が何百回も聞いたアルバムのある曲だった。
「…………いいな。これだったら……二人で、ロックの神様の元に行けるぜ」
じゃあそろそろ眠るかなと、木村夏樹は目を瞑ろうとする。だがその直前、多田李衣菜の手になにかが握られているのに気づいた。
それは一見銃のようでいて全然そうではないとわかる恐竜の形をした玩具のようなものだ。
「なんだ、これ……?」
もう手から取り上げる力はなかったので、木村夏樹は多田李衣菜の小さい手に自分の手を重ねる。そして彼女と一緒にそのトリガーを引いた。
最初に少しだけノイズが吐き出され、そしてもう少ししてからそこにこめられた声が恐竜の口から吐き出される。
『ろ、ロックに行くぜ――――ッ』
それはもう口をきくことのない彼女の声だった。彼女が『アイドル』に伝える、彼女にとっての『アイドル』のキーワードだった。
「…………は、……ははは、はははは…………、やっぱ、だりーは見所あるよ」
そうして、木村夏樹はとうとうゆっくりと瞼を閉じる。
なにも後悔や思い残しはなかった。短いが最高にロックで楽しい人生だった。次の人生もロックでありますようにと最後に願った。
【多田李衣菜 死亡】
【木村夏樹 死亡】
【G-3・市街地/一日目 早朝】
【日野茜】
【装備:竹箒】
【所持品:基本支給品一式x2、バタフライナイフ、44オートマグ(7/7)、44マグナム弾x14発、キャンディー袋】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いには乗らない!
1:防弾チョッキを調達に警察署に行く。
【G-2/一日目 深夜】
【高森藍子】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×2、爆弾関連?の本x5冊、不明支給品1~2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いを止めて、皆が『アイドル』でいられるようにする。
1:愛梨ちゃんを止める。
2:爆弾関連の本を、内容が解る人に読んでもらう。
※FLOWERSというグループを、
姫川友紀、相葉夕美、
矢口美羽と共に組んでいて、リーダーです。四人同じPプロデュースです。
※ワギャナイザー、金属バット、散らかされた救急箱が多田李衣菜と木村夏樹が死んでいる傍に落ちています。
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四人の前を立ち去った十時愛梨は、殴られた頬を押さえ、目じりから涙を零しながら街の中を歩いていた。
「…………ひっく、…………ぅ、…………っく、…………」
殴られた頬は熱をもってズキズキと痛む。だが、彼女が泣いているのはそれだけが理由ではなかった。
ついに人を殺した。同じアイドルの女の子を自らが銃で撃って殺害してしまった。
殺した子が可哀想で、自分が恐ろしくて、崩れ落ちる子を見てられなくて、その場から逃げ出してからずっと彼女は泣き続けている。
心臓が激しく打ちつけ、どうしてあんなことをしてしまったのかと、強い後悔が心を苛む。
当て所ない行く先にはなんの希望もない。ただ自暴自棄になった自分の背を見ながら追い続けるだけでなにひとつ喜びがない。
しかし、それでももう十時愛梨はこの道を曲げるつもりは一切なかった。
「生きろ……生きろ……生きろ……生きろ……生きろ……生きろ……」
プロデューサーの最期に残した言葉を繰り返し反芻する。空っぽの心に何度もリフレインさせる。すると、心は次第に落ちついてくる。
涙は止まり、頬の痛みも気にならなくなる。鼓動も静かに収まり、強い後悔も感じなくなってくる。
「私は間違ってない……」
そう彼女は信じる。例え、もう世界にたった独りだとしても――……
【G-3・市街地/一日目 早朝】
【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(14/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×4】
【状態:左頬が腫れている】
【思考・行動】
基本方針:生きる。
1:殺して、生き抜く。
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しかし、それでも――ショーは続けられなくてはいけない。
ショーを止めてはいけない。
最終更新:2014年02月27日 21:08