それなんてエロゲ? ◆44Kea75srM



 どうしてこんなことになったのか。

「プロデューサーさん……あ、あの。まだ起きてますか……?」

 背後から聞こえてくる甘い声。その距離はわずか数センチといったところだろうか。
 あまりにも近すぎる距離感は【僕】の鼓動を加速させ、意識を興奮へと導こうとする。

「……起きてたらで、いいです。一個……お願いがあるんです」

 首筋にかかる吐息がくすぐったい。
 後ろで寝ている【彼女】の熱が、首からパジャマの内側までいき渡るようだ。


 現状を説明しよう。
 某アイドル事務所のプロデューサーである僕は、担当アイドルの緒方智絵里と一緒にベッドに入っていた。
 説明は以上だ。


 …………待て。待ってくれ。聡明なファンの方々。どうかその手に持った鈍器を下げてくれ。

 僕と智絵里は確かに【一緒のベッド】に入っている。これは否定できない事実である。
 さらに言えば時間帯は【深夜】だし、二人とも【シャワーを浴びた後】【パジャマに着替えて】からの就寝だ。
 ちなみに場所は【僕の家】で、現在ここにいるのは【僕と智絵里の二人だけ】という情報も補足しよう。

 うーん殺されるな。

 だがあえて断言しよう!
 やましい気持ちは一切ない!
 やましいことはしていないし、これからする予定もない!

 ならばなぜ、こんな『男女が一つ屋根の下、同じベッドでご休憩 ※アイドルとプロデューサーです』なんて状況に陥ったのか。

 弁解も含めて説明するとなると、話は数時間前まで遡る…………――――


 ◇ ◇ ◇


 レッスン後の夜のことだった。

 智絵里が家に帰っていないという連絡をご家族の方からもらい、僕は事務所から自宅までの道のりを奔走した。
 携帯は繋がらない。ひょっとしてなにか事故にでも遭ったんじゃないか。ざわつく胸を押さえながら智絵里の姿を捜す。
 途中で雨まで降ってきて、傘を持っていなかった僕はスーツごとずぶ濡れになってしまった。それでも構うものかと足を動かした。
 繁華街のほうにはいない。智絵里の行きそうなところはすべて探した。いや、でももしかしたらあそこに……?

 程なくして、智絵里は見つかった。
 雨の中、傘もささず。びしょびしょの姿で河原に蹲っていた。

「智絵里!」

 叫びながら駆け寄ると、智絵里は沈鬱な表情でこちらを見た。
 いまにも消えてしまいそうな、そんな儚げな印象を漂わせている。
 いったいなにをしていたのか訊くと、

「……四つ葉のクローバーを探していたんです」

 智絵里はそれしか答えてくれなかった。
 プロデューサーである僕は知っている。智絵里が四つ葉のクローバーを求めているときは、幸せを求めているときだ。
 つまり、なにか嫌なことがあったとき。不幸に押し潰されそうなってしまったとき、幸運を欲する。
 でもこの状態はいままでにない。智絵里のこんな破滅的な姿は、見たことがなかった。

 とにもかくにもこのままじゃいけない。
 僕はタクシーでも拾って智絵里を家まで送り届けようと考えたが、

「プロデューサーさんの……プロデューサーさんのおうちに行きたいです……」

 智絵里は僕の服の袖をつまみ、か細く懇願した。
 たしかにここからな僕の家のほうが近い。走って十数分くらいだ。
 よしわかった。なら僕の家に行こう。ひとまずはシャワーでも浴びて、そして落ち着いてから話をしよう。


 ――そして、僕は智絵里の手を引きながら自宅まで移動した。


 バスタオルで身体を拭きながら、シャー……という水音を聞く。いま、智絵里がシャワーを浴びているところだ。
 自分の家に女の子が、それも担当するアイドルがいて、しかもシャワーを浴びているだなんて……問題だよなあ。
 いやでも、背に腹は代えられない。智絵里に風邪でもひかせようものなら、僕は本格的にプロデューサー失格だ。

「プロデューサーさん……あ、あの……シャワー、ありがとうございます」

 湯上がりの智絵里は、男物のパジャマに着替えていた。
 男性用だからもちろんサイズは合わない。袖の部分が余りまくりで、なんだか可愛らしいおばけみたいになっている。
 そして、そんなぶかぶかパジャマの隙間から見える肌はほんのり上気していて、智絵里らしからぬ女性の色気を――

 なにを考えているんだ僕は。

 頭をぶんぶん振って、雑念と煩悩に退散いただく。
 智絵里に熱々のホットココアを入れてあげると、ようやく彼女も落ち着いたようだ。

「次は僕がシャワーを浴びてくるから。そしたら、二人で話をしよう」
「はい……」

 まだ智絵里に笑顔は戻らない。僕は手早くシャワーを済ませ、自身もパジャマに着替えてから部屋に戻った。
 ちなみになぜパジャマかというと、それしか服がなかったからだ。……怠惰な男の一人暮らしが祟ったと言えよう。

「ふう。おまたせ、ちえ――!?」

 部屋に戻ってみると、まず驚愕が僕を襲った。
 智絵里が、ぼろぼろと涙を流していたのだ。

「智絵里! どうしたんだ!?」
「あ……ごめん、なさい。プロデューサー」

 僕はすぐに駆け寄って、智絵里の華奢な身体を抱きしめる。
 湯上がりの肌はぶるぶると震え、力を強くすればぽきっと折れてしまいそうなほど弱々しい。
 下ろした髪から漂うシャンプーの香りが鼻孔をくすぐり、僕の手を誘う。

 気づけば、僕は智絵里の頭を撫でていた。
 子供扱いして怒るかとも思ったが、しばらく続けていると智絵里はぴたりと泣きやんだ。

「……ありがとう、ございます」

 まだ笑顔は見せてくれないけれど、智絵里の声は精一杯明るく振る舞おうとがんばっていた。
 改めて智絵里が落ち着いてから、なにがあったかを訊いてみた。
 雨の日に傘もささず四つ葉のクローバー探しなんて、きっと辛いことがあったに違いないから。

「……きっかけなんて、ありません。ただ……ほんとうに、とつぜん……どうしようもなく、不安になっちゃったんです」

 智絵里はそれしか言わなかった。
 僕はあながち嘘ではないのかもな、なんて思った。人間、誰だってそういうことはある。僕だってそうだ。
 何事にも臆病で、自分に自信が持てない――そう思い込んでしまっている智絵里なら、特にそういうことは多いだろう。
 そんなとき、智絵里に幸せを分け与えてあげるのが彼女のプロデューサーである僕の役目だ。

「あ、そうだ。家の人に連絡しておかないとな。みんな智絵里のこと心配して――」

 思い立った僕がケータイに手を伸ばすと、智絵里がその手首を掴んできた。
 彼女にしては珍しく、強めの力でぐいぐいっと引っ張ってくる。
 そのまま、僕の手は智絵里の控えめな胸まで誘導された。

「ち、智絵里?」
「…………です」
「えっ、なんだって?」
「帰りたくないです」

 はっきりと。
 智絵里ははっきりとそう言った。
 僕の耳もはっきりとそう聞いた。

「今日は……帰りたくないです。お願いですプロデューサーさん……泊めてください」

 念押しするように、智絵里は潤んだ瞳で僕の心を射止めた。


 ◇ ◇ ◇


 回想は以上である。
 男としてもプロデューサーとしても、ここは断っておくべきだったろう。
 だけどそれ以上に……智絵里の理解者として、僕は彼女の願いを拒むことができなかった。

「……起きてたらで、いいです。一個……お願いがあるんです」

 背中から伝わる声と熱。
 アイドル、緒方智絵里の切なげな吐息。
 僕は声を返すこともできず、ただ続く言葉を待った。

「手を……ぎゅってしてもらってもいいですか?」

 ――それはあまりにも智絵里らしい、ささやかなお願いだった。

「……手を?」
「はい。握ってくれるだけでいいんです」

 耳元に届くウィスパーボイス。少しでも油断すれば衝動に持っていかれそうになる。
 いや、よこしまな考えは捨てよう。それでは彼女に失礼だ。
 紳士を気取るつもりはないが、智絵里の気持ちはよく理解しているつもりでいる。
 だからこそ、手を握っていてほしいと願う彼女の胸中も。

「右手でいいかい?」
「……どっちでも、だいじょうぶです」

 僕は身を捩り、智絵里のほうへ向く。
 ベッドに横たわった彼女は赤面していて、ちろりと舌の覗く唇がやけに艶っぽく映った。
 おずおずと差し出された小さなてのひらを、そっと優しく包み込む。

 智絵里のぬくもりが伝わってくる。
 僕のぬくもりも伝えたい。


 そうして、二人の心は一つになった…………――――


「……プロデューサー」
「なんだい智絵里」
「四つ葉のクローバー、明日は見つけられるでしょうか?」
「きっと見つかるよ。なんなら、僕も一緒に探すさ」
「…………はいっ」


 ベッドの中の智絵里は、そうしてようやく笑顔を見せてくれた。


 ◇ ◇ ◇


 プロデューサーと泣かない(泣けない)約束をしてから、一度だけ泣いてしまった日があったのを思い出した。

 時間にしてほんの数十分。ついうとうとしてしまい、そうしたら夢に出てきた。
 あの日、あの夜、プロデューサーと一緒の時間を過ごした緒方智絵里は、確かに幸福だった。

「あっ……六時……」

 ぼーっとする頭の中で、現在時刻を確認する。
 結局、智絵里はまだ一人も殺せていなかった。

 臆病な自分は臆病なまま、身を小さくして隠れ潜むことしかできない。
 その行動の結果がどんな不幸を呼ぶか、それを知ることは怖い。
 だけど――時はきてしまった。現実から目をそらすことは、できない。

「プロデューサー……っ」

 ぎゅっと手を握り合わせ、神様に祈る。
 どうか、どうかお願いします。
 わたしのちっぽけな願いを叶えてください。


 ――――そして放送は始まり、終わった。


 病院内の、いやおそらくは島内のあちこちに設置されたスピーカーから、千川ちひろの声が響き渡った。
 智絵里はその内容を受け止め、噛み締める。
 自らがその死を確認した佐々木千枝……彼女の名前が死亡者として告げられたことには、動じていられない。
 しかし。

「そんな……嫌だよ……ウソだよ、智香ちゃん……」

 若林智香
 智絵里と親交のあったアイドルの名前が、またもや一人死んでしまった。
 辛いときはお互いに励まし合ったり、応援し合ったり……鈍くさいわたしにダンスを教えてくれたりもした智香ちゃん。
 その智香ちゃんが、千枝ちゃんみたいな変わり果てた姿になってしまっただなんて……想像もしたくない。
 智絵里はぶんぶんと頭を振った。脳内の陰鬱なイメージを消し去ろうと必死になった。思い切り振りすぎて首が痛くなった。

「でも智香ちゃん……それに、唯さんも……ちひろさんからコレをもらってるはずなのに……」

 悲しさを紛らわせようと、智絵里は柄にもない考察を展開する。
 支給された11個の爆弾。『恋する女の子へのサービスです☆』というメッセージ付きのストロベリー・ボム。
 11個という数から類推しても、これはあの場に集められた五人のアイドルに等しく支給されたものだと考えられる。
 だとしたらおかしい。こんなに強くて数もいっぱいある爆弾を支給されたのに、智香も唯も死んでしまったのだろうか……?

 疑問に思ってみたものの、智絵里はすぐに『別におかしなことでもない』という結論に至った。
 この殺し合いは強力な武器を支給されていればそれで無敵というわけではない。

 だってわたしたちはアイドルだから。
 人殺しなんて夢の中でもしたことがない女の子だから。
 現に自分が、二の足を踏んでいるのだから。
 武器の有無なんて関係ない。死ぬときは死ぬ。

「死んじゃう……もっとがんばらないと……簡単に死んじゃうんだ……っ」

 極寒の地に立ったような震えが、智絵里を襲った。
 アルマジロみたいに身を丸めて、震えが収まるのを待つ。
 静謐な病院内、いまここで誰かに襲われたら一巻の終わり。
 だけど逃げられない。というより動けない。恐れが身を縛る。


 …………数十分が経過した。


 震えはようやく収まり、智絵里は情報端末を取り出して放送の内容を復習することにした。
 死亡したアイドルは【15名】。禁止エリアは【E-1】と【C-7】。いまのところは関係ない。

 それらの結果を再度よく受け止め、噛み締める。
 ほぅ、息が漏れた。

「よかった……」

 ……よかった?
 いま、よかったって言った?

 智絵里は自分の口から出た言葉が信じられなかった。
 誰か、自分に似た声の他人が喋ったのではないかと周囲を窺った。
 結論として、やはり病院内には智絵里しかいなかった。

 じゃあ、いまの『よかった』は紛れもない、自分の口から……?

 殺人者への恐怖ではない。
 友達の死による悲しみでもない。
 得体のしれない動揺が智絵里を苛む。

「あれ?」

 異変は立て続けに起こった。
 頬に感じる冷たい感覚。
 指で触れてみるとわかった。
 両の瞳から、涙が流れている。

「あ、あれ。あれれ。どうして……泣けないはずなのに……」

 頬をごしごし擦り、涙を拭う。
 拭っても拭っても、また新しい涙が流れてきた。


 ―――智恵里がトップアイドルになるまで、泣かない。応援するから、ずっと笑っていよう。できるかな?


 ああ、わたしってだめな子だなあ。
 プロデューサーと約束したのに。
 トップアイドルになるまで泣かないって、約束したのに。
 千枝ちゃんが死んでるのを見たときも、すごく我慢したのに。
 それなのに……それなのに、こんなことでっ。

「こんなんじゃトップアイドルになんかなれませんよね、プロデューサー……えへへっ」

 ……あれ?
 なんでだろう。
 笑ってる。
 わたし、泣いてるのに笑ってる。
 涙は溢れて止まらないのに……どうしてこんなに嬉しいの?

 頬を伝うこの液体は、指を舐めてわかるこのしょっぱさは、間違いなく涙のそれだった。
 なのに智絵里は笑っていた。泣きながら笑っていたのだ。
 おかしい。涙は悲しいから出るものなのに。千枝ちゃんや智香ちゃんが死んじゃって悲しいのに。

 だけど。
 だけどそれ以上に――嬉しい。

「ああ……そっか。そうなんだ」

 プロデューサーと泣かない(泣けない)約束をしてから、一度だけ泣いてしまった日があったのを思い出した。
 あの日の涙のきっかけは、いまでも鮮明に覚えている。
 智香ちゃんだ。

 ――あの日、智絵里はプロデューサーと智香の二人が一緒に街を歩いているのを目撃してしまった。
 ただそれだけ。ただそれだけのことで、プロデューサーと交わした約束を破ってしまった。
 プロデューサーとアイドルなんだから、二人きりで街を歩くことなんてよくあることかもしれない。

 でも智絵里は見てしまった。
 プロデューサーと腕を組む智香を。
 プロデューサーの頬に唇を寄せる智香を――

「智香ちゃんが死んじゃって、嬉しいの……? …………ううん。違うよ」

 その後のプロデューサーや智香の様子を見れば、二人がそういう関係でなかったことはちゃんとわかる。
 あれは智香の悪ふざけみたいなものだったのだろうと、本人たちには確かめていないがそう解釈している。
 それでもあの日は。あの夜、プロデューサーの家に泊めてもらった夜だけは、我慢することができなかった。


 ――――智絵里。智絵里は今日限定でアイドルを廃業だ。
 ――――えっ……どうしてですか?
 ――――今日の智絵里は、ただの女の子だ。だから、いくら泣いたっていいんだよ。
 ――――プロデューサーは……わたしを、女の子として見てくれるんですか?
 ――――そんなの、あたりまえだろう?


 あの日、ベッドの上で優しく慰めてくれたプロデューサーは、そんな調子のいいことを言ってくれた。
 だから、あの日だけは特別だった。あの日、ただの女の子に戻った智絵里はプロデューサーの胸の中で泣きじゃくった。
 それなら、今日はどうだろう。ちひろさんは『アイドルとして』とやたらと強調していたけれど、今日は――

「よかった……よかったよぉ……プロデューサー、殺されなかったぁ……」

 答えを待つ暇もなく、智絵里は既に泣いていた。
 友達が死んでしまった悲しみからではない。
 自分も死ぬかもしれないという怯えからでもない。

 ただ、プロデューサーが生きていてくれたことだけが嬉しい。
 嬉しいから、涙が溢れて止まらなかった。

「嬉し涙ならいいですよね、プロデューサー……」

 誰もいない病院で、智絵里はわんわん泣いた。
 泣きながら、もっとがんばらなきゃと思った。

 プロデューサーがちひろさんに殺されなかったのは、きっと他の担当アイドルたちががんばったからだ。
 ひょっとしたら、智香ちゃんもプロデューサーを殺すまいとがんばって、その果てに死んでしまったのかもしれない。
 もしそうなんだとしたら、ここで泣いているだけじゃだめだ。がんばれ。がんばれ智絵里。もっともっとがんばれ――

「ふぁいとっ!」

 誰かを応援するときは、大きな声で。
 智香ちゃんがそう教えてくれたから。

 泣き終わったら、もっともっともっとがんばろう。
 ただの女の子として。
 ううん。やっぱり【アイドル】として。



【B-4 病院/一日目 朝】

【緒方智絵里】
【装備:アイスピック】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×10】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
0:もっともっともっとがんばろう。
1:殺し合いに賛同していることを示すため、早急に誰か一人でもいいから殺す。


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最終更新:2013年02月04日 16:33