Joker to love/The mad murderer ◆j1Wv59wPk2



「響子ちゃん……奇遇ね」
「千夏さん………」

彼女達が再会したのは、第一回放送という一つの区切りが終わったすぐ後の事だった。
相川千夏と、五十嵐響子。共に大切な人を守る為に人ならざる道を進んだ二人。
そして、それも感動の再会というわけにはいかない。
共に支給された銃を構え、一切の油断も許さない状況であった。

「千夏さん、銃を下ろしてください。
 私は、今は千夏さんを殺すつもりはありません」
「へぇ……」

そんな状況を先に動かしたのは響子の方だった。
その言葉は千夏にとっては意外ではあったが、ある意味では想定内とも言えた。
彼女はまだ15歳の少女だ。こんな状況に放り込まれて、はいそうですかと殺し合いをする方がおかしい。
ダイナーの中で予想した通り、彼女は殺し合いには乗っていない。そう感じていた。


―――今、は?


「私には、優先しないといけない事がありますから。
 ……ナターリア。千夏さんもよく知ってますよね?」
「…………?」

彼女が語るのは、私たちと同じプロデューサーが担当している少女の話だった。
考えてみれば、この殺し合いの場にいるアイドルで、唯一『あの場』に呼ばれていない。
しかし、彼女がなんだというのだろう。
千夏が思い浮かべるイメージからすれば、彼女は殺し合いなどしないように思える。
響子とはよく関わり合っていたとはいえ、何か気にかけるような事があっただろうか。

「……あの子が、どうかしたの?」
「あの子は絶対に殺し合いなんてしないんです。
 でも、それだと駄目なんです。あの子が殺し合いをしなかったら……プロデューサーが死んじゃう」
「………は?」

「ちひろさんも言っていたじゃないですか……否定的な人のプロデューサーは、殺すって!
 それだけは、絶対駄目……私は生きて、あの人に会わないと意味が無い……
 だから私は、ナターリアを探して……殺さないと」
「あ、あなた……一体、何を言って……」

今度こそ想定外の言葉だった。
あの、あの心優しく世話焼きな少女から出るとは思えない言葉が次々と出てきた。
呆気にとられてしまう。だが彼女はそれを気にもとめず会話を続ける。

そもそも、何を言っているのか。無茶苦茶だ。
仮に6人いる中で全員ならともかく、1人くらい反抗したくらいですぐにあの人が死ぬ様なことは無いはずだ。
殺すのは最終手段だ。切り札をそう易々と使ってはいけない。
人質とはそういうものだ。それくらい、少し考えればわかるはずなのに。

それを指摘しようとして、しかしその言葉は喉まで出かかって、引っ込んだ。

何故?
それは、相川千夏が五十嵐響子に恐怖していたからだった。
その狂気とまでいえる献身的な姿勢が、その光の無い目が、そしてそれを実行に移しかねない覚悟が。
その全てが彼女にとって恐怖として認識された。

今、私が話しているのは人間なの?
そんな思いが自分の中でこだまして、それを否定できないでいた。
同じプロデューサーの元に集まって、同じ人に恋をして、二人は決して他人ではないはずなのに。
それほどまでに、千夏は目の前の少女に恐怖を感じていた。それほどまでに、今の響子は変貌していた。

「だから私は千夏さんを殺す前に、ナターリアを優先しないと……。
 その間に千夏さんは他の参加者を…………千夏さん?」
「……今度は、何?」
「何だか、元気が無いですね。
 そんな調子だと、殺せる人も殺せませんよ?」

相変わらず彼女が話す言葉には狂気しか感じない。
正直な話、何故元気が無いのかと言えば彼女の変貌ぶりも理由の一つではあるだろう。
しかし、彼女が指摘した事に対する理由はそれだけが原因ではない。
……その理由を彼女は知らないはずは無いのだが。

「……さっきの放送でね、唯ちゃんの名前が呼ばれたから……。
 それで少し尻込みをしていた。それだけの話よ……」

そう、それだけの話。
一番最初の放送で、彼女の親友である大槻唯の名前が呼ばれた。
それはつまり、大槻唯はもうこの世に居ない……つまり、死んでしまった事を意味していた。
あれから一度も会わず、話す事もなく、逝ってしまったのだ。
その喪失感が、彼女の気を落としていた一番の理由となっていた。


「………それだけ、ですか?」

しかし、そんな思いさえも彼女は一蹴してしまう。

「唯ちゃんの名前が呼ばれたからって……
 それで、殺し合いをしない理由にならないじゃないですか」
「っ!………あなた」

先程、その理由は彼女は知っているはずだと思っていた。
しかし、事実は違う。けして彼女が嘘をついているようにも、とぼけているようにも見えない。
彼女には本当に心当たりが無かった。
というよりも、そんな事などどうでも良いとばかりに彼女の中では忘れ去られていたのだ。

それは友人である大槻唯の死を侮辱されたように思えて、彼女の中で一瞬の怒りが湧いた。
しかし、それも一瞬の話。
彼女の純粋な反応が、千夏に事実を気づかせた。


そう、もう彼女の中では『あの人』以外、見えていない。
それが今の、五十嵐響子という少女の真実だった。


「ねぇ……千夏さん。殺し合い……するんですよね?」
「それは………私も、あの人に思いを伝える為に、殺し合いはするわ」
「……ですよね。それでこそ、です。
 というより、そうじゃないと駄目です。じゃないと、私は千夏さんを今殺さないといけませんから」

純粋に狂う彼女の言葉には重みがあった。
彼女が殺すと言えば、それは寸分の狂いも無く実行されるだろう。
ただ、千夏は決して自分の命惜しさに殺し合いに乗るわけでは無い。
その決断自体は最初から決めていた事だ。あの人を救う為に、思いを伝える為に。

「二人は死んだし、智絵理ちゃんは……ちょっと心配だけど、やっぱりナターリアが最優先みたいです。
 探して、早く殺さないと私は安心出来ない……ごめんなさい、やっぱり私急ぎますね」

そう言うと、彼女は脇目もふらずに道を進んでいった。
共に歩んだはずの仲間をあっさりと切り捨てて、彼女の道を進んでいった。

響子は、一切振り返る事も無くダウナーの前から去っていった。
千夏は、その姿をただ見ているだけだった。


    *    *    *


『最期まで、生き延びて見せなさい』

二人が再会する少し前、最初の放送が終わった時期。
その内容は、多くのアイドル達にとってはにわかには信じがたい、衝撃的なものであっただろう。
この短時間で15人もの命が失われたのだ。その現実を知らせる、まさに悪魔の放送だった。

「……こんなにも多くの人が死んだんだ」

しかし、彼女――五十嵐響子は違った。
彼女は道を進む途中、その放送を聞いていたが、その感想はとても簡素なものだった。
もはや彼女の中で、他人の死に対してさしたる興味は無かった。

「唯……智香……死んじゃったんだ」

そう、他人の死に興味は無かった。
同じプロデューサーの元、トップを目指した仲間でさえも、今の響子の心を揺さぶらなかった。
というよりかは、今この瞬間に興味が無くなった、といった方が適切だろう。
今の放送で、自分が殺したアイドルの名前が呼ばれた。
つまり、その死は確実な物であると再認識させ、自分がもう戻れないところまできていることも認識させた。

彼女は既に、その中でたがが外れてしまったのだ。
全てを犠牲にしてでも、あの人の元へ辿り着くという覚悟。

彼女の狂気の道は、ここに確実たるものとなった。

そんな彼女が気にすることは、たった一つしかない。

「ナターリアが呼ばれてない……まだ、安心できない………」

愛するあの人が今、命の危機に晒されている。
その一番の原因である少女が、未だ死んでいない。
もはや彼女の中で、ナターリアは友人では無かった。
ただ、愛するあの人の元へ繋がる道に存在する、障害でしか無い。彼女はすでにそこまでに堕ちていた。
そして、その行動に間違いは無いと信じている。
あの時集まった五人全員が、殺し合いに乗るのだろうから。自分も遅れを取るわけにはいかない。
その焦りが、怒りが、悲しみが、苦しみが、………後悔が。
その全てがぐちゃぐちゃに混ぜられた感情が、彼女を蝕んで、突き動かしていた。

「プロデューサーさん、待っててください……
 私の思い、伝えますから……絶対に、助けますからね………」

そこにはアイドルとしての五十嵐響子はもう居ない。
そこには運営が仕掛けたジョーカーとして以上に、狂った姿の少女しか居なかった。


そして、二人は再会する―――


    *    *    *


響子は、一切振り返る事も無くダウナーの前から去っていった。
千夏は、その姿をただ見ているだけだった。

彼女は変わってしまった。輝くアイドルであった頃の面影は微塵も無く、ただ冷徹に人殺しを行う少女となった。

「はぁ………立派ね、あなたは」

だが、今の彼女はその響子の姿を認めていた。
確かに彼女に対する恐怖はあった。しかし、それ以上になにかある種の尊敬のようなものも感じていた。

「私は、まだ情が捨てきれて無いみたい」

私達は恋するジョーカー。
それは傍からみれば狂った殺人者でしかない。
結局の所、千夏と響子はそれを理解しているかの違いくらいしか無かった。
千夏自身だって、愛する人の為に殺し合うのだ。
彼女に響子を咎める権利も、軽蔑する権利も無い。

(そういう意味では、あの子には感謝すべきなのかもね…)

この世界では、むしろあちら側の方が正しいとも言えた。
大切なあの人を助けるためには、残りの59人を切り捨てなければならない。
もちろんその事自体は深く理解していたつもりだったが、今こうして現実として目の前に現れた。
そう、千夏はただあるがままの現実を見せつけられただけだ。
彼女はもう人間では無いかもしれない。そして、本質的にはこちらも同じだ。
それは決して他人事ではない。

千夏は響子とは真逆の方向を向いた。その方向にも、道は続いている。

「……私も、早く行動を開始しないと、ね」

千夏は未だに誰も殺してはいない。
響子の言うようにすぐに殺されてしまう事は無いだろうが、かといって意思をいつまでも示さないわけにもいかない。
彼女もまた、彼女の道を往く。
それは響子と同じ、人ならざる道。けれど、大切なあの人の為ならそれも厭わない。
ただ、彼女はその道を進む一歩手前で、その歩みを少しだけ止めた。


「……さようなら。あなたの事は、忘れないわ」


それは狂った少女を見たからか、それとも自分もこれから手を汚すからか、

それとも、太陽のように笑う彼女に自らの願望を含んでいたからか。

きっと彼女はこの殺し合いに抵抗して死んだのだと、そう思っていた。



そんな彼女の事を思い、ただ一度だけ、声もなく涙を流した。



【B-5/一日目 朝】

【相川千夏】
【装備:ステアーGB(19/19)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×11】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:対象の捜索と殺害、殺し合いに乗っていることを示すため、東へ向かう。
2:以後、6時間おきに行動(対象の捜索と殺害)と休憩とを繰り返す。

【五十嵐響子】
【装備:ニューナンブM60(5/5)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×9】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:ナターリアを殺すため、とりあえず西へ向かう。
2:ナターリア殺害を優先するため、他のアイドルの殺害は後回し。
3:ただしチャンスがあるようなら殺す。邪魔をする場合も殺す。


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最終更新:2013年02月11日 07:26