彼女たちにとって無残で悪趣味なトゥエンティーエイト ◆John.ZZqWo
「……ふぅ」
差し込んでいたノズルを給油口から離すと
向井拓海は軽く息を吐いた。
場所は市街に入ってすぐのところで見つけたガススタンドだ。
ダイナーから出発した彼女と仲間たちは一路病院へと車を向かわせていたが、途中にこのガススタンドを見つけたので給油することにしたのだ。
乗りなれているバイクとは勝手が違い、給油口の位地や開け方に戸惑いはしたものの、それも無事に終わり向井拓海は安堵する。
「よし」
給油口の蓋をしめる。と、同時に併設されている売店に使えるものがないかと探しにいっていた
白坂小梅と
小早川紗枝がそこから出てきた。
小早川紗枝は両手に水のペットボトルを抱え、白坂小梅は小走りに近づいてくると袖の中からミント味のガムを取り出して見せる。
「これから夜、だから……必要だと、思って……」
「気がきくじゃねぇか。ありがとよ」
向井拓海は白坂小梅の頭をわしゃわしゃと撫でると、そのまま彼女の小さな身体を抱きかかえてトラックの荷台へと持ち上げてやる。
そして、小早川紗枝も荷台に乗り込んだことを確認すると運転席へと戻った。
「大丈夫か?」
助手席で毛布にくるまった
松永涼へと言葉をかける。相変わらず憔悴した様子だったが、彼女ははっきりとした声で言葉を返した。
「アンタはアタシのお袋かよ」
「へらず口がきけるならまだ平気そうだな。ほら、水だ」
向井拓海は小早川紗枝から受け取ったペットボトルを松永涼に渡す。そして、彼女がしっかりと手で握ったのを確認するとエンジンをかけてトラックを発進させた。
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ほどなくして目的地であった病院に到着した4人だったが、まず目的のひとつだった車椅子はすぐに見つかった。
探すまでもなく待ちうけロビーの端に放置されていたのである。
もしかすれば誰かが使っていたところなのかもしれない。どうしてか煙のように消え去っているこの島の元の住人のことが4人の頭をよぎる。
ともかくとして、向井拓海は背負っていた松永涼を車椅子に乗せて、後を白坂小梅に任せる。
病院にはたどりついたが、別にここが安全地帯だというわけではない。
車椅子を押す白坂小梅を後ろに、向井拓海は小早川紗枝といっしょに周りを警戒しながら病院の奥へと向かおうとする。
「ん、なんや変なにおいが……」
と、少し進んだところで小早川紗枝が異臭に気づいた。
残りの3人も言われて気づく。4人はより慎重にその異臭の元へと向かい、しかし途中で“それ”に気づいた向井拓海が走り出した。
その、異臭を漂わせてくるのは、“彼女”が眠っている病室のある方向だった。
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いち早くたどりついた向井拓海と、彼女を追って遅れてついた残りの3人を迎えたのは黒く塗り潰された無残な光景だった。
火がつけられたのか病室の中はベッドを中心に壁から天井までが黒焦げになっている。
そして、おそらくは火元と思われるベッドの上にいた“彼女”――向井拓海が間に合わすことのできなかった少女の亡骸も同じく黒一色で、
以前以上に人相のわからない……、いや、わかりえないただの黒い塊でしかないものに成り果てていた。
「くそがァ!」
怒声をあげて向井拓海が壁を蹴るとおびえるように病室が揺れ、天井から煤が零れ落ちた。
「いったい誰がこんな真似を……、まだ近くにいやがるのかッ!?」
ベッドに背を向けると向井拓海は怒気を隠すことなく発しながら大股で病室を出て行こうとする。
だが、それを小早川紗枝が前に立ちふさがり押しとどめた。
「紗枝!」
向井拓海が牙を剥き声をあげる。だが、小早川紗枝はひるむどころか逆に彼女を睨み返して「冷静になりよし!」と強く言ってみせる。
「わからへんことだらけどす。もう少し冷静にならへんとあきしません」
思ってもなかった彼女の強い言葉に、向井拓海はなにかを言い返そうと口をぱくぱくとさせ……、結局は大きく息を吐いて肩を落とす。
「すまねぇ。頭に血がのぼっちまった……」
言って、向井拓海は改めてベッドのほうを振り返る。小早川紗枝も残りのふたりも同じようにそこへと視線を向けた。
無残としか言えない、人の亡骸。空虚で、悪趣味なオブジェクトとしか見えないそれに。
「わからねぇってのは誰がやったかってことか?」
「それもそうやけど、まず理由がわかりおへん。どないな理由があってこないなことしはったんか……」
確かに。と、向井拓海は小さく唸った。それを見て松永涼が彼女に問いかける。
「ここに、この……いたってのが、前に言ってた間に合わなかったって子なのか?」
「ああ……」
「じゃあ、もう死んでいたってことなんだよな?」
向井拓海は頷いた。そう、“彼女”はもう死んでいた。小早川紗枝がわからないと言ったのはそういうことだろう。
ここで行われているのは殺し合いだから、その結果として焼死体が出るというのはありえる。けれど、これはそうではない。死んだ後で焼かれたのだ。
ならば、それにいったいどんな意味があったんだろう? 疑問が4人の頭の中に浮かぶ。
「腹いせ……ってのは違う、か?」
「亡くなってた子を火葬してあげた……いうんにはちょっと不恰好やね」
向井拓海と小早川紗枝がそれぞれに言う。だが、どちらもそうと言うには確たるものが欠けていたし、口にした本人もそれが真実とは思えなかった。
いったいどうして? 松永涼は、もしかすればわかるんじゃないかと後ろにいる白坂小梅に尋ねてみる。
3人から注目された彼女はビクリと身体を震わせ、うつむいたまましばらく考えるとぽつりと彼女なりの想像を口にした。
「…………死体が怖かったのかも」
ゾンビみたいにか? と松永涼が聞くと白坂小梅はふるふると首を振った。
「あないな有様を見たら怖くて火をつけるいうんもわかるかもしれへんなぁ……」
小早川紗枝が同意する。ここに寝ていた少女の姿はありていに言えばグロテスクだった。だから、それを見えないように焼いたというのはあるかもしれない。
そうでなくとも死体というのは不気味で怖いものだ。ゾンビなんかを信じていなくとも、焼いてしまおうと思うのも不自然でない気がした。
例えば、手元に火をつけるものがあり、ここであの少女の亡骸を発見し、驚きや恐怖のあまり咄嗟にそれを投げてしまう――というようなことは想像できる。
「とりあえず、わかんねぇことだけはわかったよ」
ため息をついて向井拓海がまとめに入る。ここで問答してもらちは明かないし、悠長にしている時間もない。
「やった奴が見つかったらそいつに聞き出して、場合によっちゃ落とし前つけるってだけだ」
言いながらベッドから離れると、向井拓海は部屋の隅にあったクローゼットを開き、その中からまだ無事だった新しいシーツを取り出した。
そして、またベッドの傍へと戻り、そのシーツを黒焦げになってしまった少女の上へとかけなおす。そして、「すまねぇ」と頭を下げ今度こそ病室を後にした。
その背に続いて、小早川紗枝も車椅子に座った松永涼とそれを押す白坂小梅も病室を後にする。
最後に白坂小梅が入り口をくぐろうとしたところで、彼女はなにかに気づいたように足を止め、後ろを振り返った。
「どうした、小梅?」
松永涼が不審に思って彼女に声をかける。けれど白坂小梅はあわてて「なんでもない」と答えるとまた車椅子を押し、廊下へと出た。
本当になにもなかったのだろうか? 白坂小梅のことをよく知る松永涼は思う。
けれど、よく知っているからこそ、あえて彼女に改めて問いただすようなことはしなかった。
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「メシを食うとなんだかんだで落ち着くな。涼はどうだ?」
「ああ、おかげさまでこれから先もなんとかなりそうな気がしてきたよ」
「紗枝の作った、サンドイッチ……おいしい」
「よろしゅうおあがり」
場所を簡易ベッドが並ぶ処置室に移した4人は、松永涼の傷を手当して、今は小早川紗枝の用意したお弁当を食べながらこれからのことを話し合っていた。
手当て……と言っても傷口を洗い直し、真新しいガーゼと包帯で覆ったくらいで、結局たいしたことはきなかったし、それで症状が劇的に回復したなんてこともない。
けれど、白坂小梅が見つけてきた鎮痛剤は効いているようで、松永涼の言葉や様子にも少しだけ余裕が見られるようになっていた。
「ここで二手に分かれる……か」
松永涼の様態も一応は安定してきたので、ここで二手に分かれよう。そういう白坂小梅の提案に向井拓海は腕を組んで唸る。
小さくて臆病な彼女が見せた大きな勇気と決断だ。だから尊重したいし信じたい。けれど、不安があるのも事実だった。
「んー、他の人を探したりするんを急ぎたいいうのは本当のことやけど、ふたりだけ残しても大丈夫なんやろうか?」
小早川紗枝が内心に思っていたことを言葉にする。やはり、自由に動けない松永涼とまだ小さい白坂小梅をふたりだけにするのは危険だと思えた。
「じきに水族館に集まってた連中もこっちに来るはずさ。そこまで心配することじゃない」
けれど、そんな心配は無縁とばかりに松永涼は大丈夫だと軽く言ってみせる。隣に寄り添う白坂小梅も彼女の言葉にあわせてうんうんと頷いていた。
それはどこか言外に足手まといは置いていけと言っているようで、向井拓海は無言で眉根を寄せる。
「だけどよ、その水族館の連中がもう来るっていうんなら、そいつらに手を貸してもらえるってことだよな?」
「確かに出るほうも残るほうもふたりだけいうんは心もとないし、人数増えるんやったらそれにこしたことはあらへんどすな」
向井拓海が言って、小早川紗枝が続ける。
あのスーパーマーケットの前で交わした
諸星きらりとの約束が果たされれば、彼女を含む水族館に集まっていた連中はこちらへと向かってくるはずだ。
そうすれば全体の人数が増え、探索に出るほうにも残るほうにも人数が増して余裕ができることになる。
互いに背負うリスクも減る――のだと思い至ると松永涼もなるほどと頷いた。そして、
「……そういえば水族館には誰がいるんだ小梅?」
考えてみて、そういえばそれがはっきりしてないことに気づいた松永涼が隣の白坂小梅に訪ねてみる。
「え、えーと……」
問いかけられた白坂小梅は少し考えてから、ゆっくりと順を追って説明する。
一度集まった面々は、それぞれに目的を持っていったん別れ、そして水族館を次の集合場所にしていたということ。
そして、そのグループにいたのは彼女自身と彼女といっしょに
古賀小春と
小関麗奈を探していた諸星きらり。
彼女らを襲ったが眠らされていた
喜多日菜子と彼女の世話を買って出た
岡崎泰葉。そして、同じくその場に残った
藤原肇と――、
向井拓海が、いや小早川紗枝と松永涼もその名前を聞いて絶句する。市原仁奈は、彼女の名前は先の放送ですでに呼ばれていたからだ。
「仁奈ちゃんいうたら、前の放送で名前が呼ばれた子やね?」
「…………う、うん」
「だったら、なんでそんな大事なことをその時に……って、そんな場合でもなかったか。いや、それはもういい。それよりかだ……」
向井拓海は白坂小梅に噛み付きかけて、しかし思いとどまる。
言葉に発したとおりにそんな場合ではない。いきなりすべてのお膳立てがひっくり返ってしまったのだ。どうしてなどと今は追及してる場合ではない。
ともかく、水族館に集まろうとしていた連中の側で“なにか”があったのは確実だ。
そして少なくともひとりの死者が出ており、他の無事も保障されていない以上、この先ここで待っていても合流できない可能性が生まれたことになる。
「放送で呼ばれたってことは、し……死んだのは放送の前だ。それで、仁奈は連中といっしょにいたんだろ?」
「他のやつらの名前は呼ばれてねぇ。そいつらはまだ無事だって考えてもいいのか?」
「それで水族館まで行けてたらええんやけど……」
小早川紗枝がちらりと松永涼のほうを見る。名前を呼ばれていないからといって必ずしも無事が保障されるわけではない。
「おい、水族館に集まるって言ってた連中はどう動く? なんか先に取り決めてたこととかないのかよ?」
「…………わ、わかんない」
消えてしまいそうな声で答える白坂小梅に、向井拓海は舌打ちしかけて口を押さえる。
感情的に攻めたところで問題は解決しない。それを、彼女は“上に立つ者”だからこそ知っている。
「……じゃあ、こっちから迎えに行くか? 水族館に集まってるっていうなら簡単だぜ。こっちには車があるから30分もかからねぇ」
ひとつの提案が挙がる。ここでトラックという乗り物があるということは僥倖だ。言ったとおりに水族館まで飛ばせば30分もかからないだろう。
集合するという面々がそこにいるのならば、ここで待つよりも速やかに合流できるに違いない。
しかし、問題がないわけではない。
「せやけど、むこうでなにがあったんかわらへんし……、それに……」
小早川紗枝は言いよどむ。“なにがあった”かと想像すれば一番想像しやすいのは、残された4人の中でなにかがあったということだ。
取り押さえはしたものの、殺意を振るっていた子がいたのだ。だとすれば、そこから“事故”が発生したと考えるのが一番妥当である。
向井拓海や松永涼の顔も強張る。同じことを想像したのだろう。白坂小梅にいたっては震えてすらいた。
「なにがあったにしろ、時間もこない経ってるとなんとも言えんのとちがうやろか」
そしてその通りでもあった。そもそも水族館に集合するというのもかなり前の時間のことだ。
連絡係りとして戻った諸星きらりからの伝言が伝わっていれば、今頃はもうこちらに向かっている可能性が高いし、先ほどまでそう思ってもいた。
東西の街を結ぶ道は一本道ですれ違いようもないが、市街の中に入ってしまえば逆に道はいくらでも分岐している。
そして、一度入れ違ってしまえば互いに混乱し、ますます合流することが難しくなるのは明らかだった。
「なんだったら、今こそ別れる時なんじゃないのか?
アタシと小梅がここに残って、ふたりで水族館に向かえば、最悪入れ違ったとしても連中はこっちで足止めできるぜ?」
松永涼から新しい提案が挙がる。一見、合理的な案だ。しかしそれもここが殺しあいの舞台でなければ……という条件がつく。
彼女らをふたりきりにするのは不安だから合流を待とうと言い出したのに、合流を急ぐためにふたりきりにしてしまうのではまるで本末転倒というものだ。
トラックに乗って全員でこちらから水族館のほうへ向かってみるのか。
あるいは、向こうの連中を信じてこの病院で彼女らが訪れるのを待つのか。
それとも、松永涼と白坂小梅をここに残して、向井拓海と小早川紗枝のふたりで水族館へと向かうのか。
どうすれば間に合うのか。どれを選べば間に合わなくなってしまうのか。――――それは、とても難しく重たい問題だった。
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結局、4人は次の放送までは待つと決めた。無難かつ消極的な選択ではあったが、考慮すべきもうひとつの要素がその判断材料となったのだ。
「ふたりは?」
「ぐっすり、だよ。特に紗枝はアタシにつきあわせてたからな、気は張れても、もう限界だったんだろうさ」
処置室のベッドの上には白坂小梅が丸まっていて、ひとつ隣のベッドの上には小早川紗枝が静かな寝息を立てている。
ここで休憩をとることをふたりは渋ったが、しかし横になってしまえば寝るまでに時間はかからなかった。
この島で目覚め殺しあいが始まってからすでに3/4日が経過している。よほど丈夫でなければ疲労も眠気も無視できなくなる頃合だ。
どちらにせよ近いうちに休息はとらないといけない。なので、向井拓海は水族館から向かってくる連中を待ちながらそれまで休むという選択を決断した。
「………………」
向井拓海はミント味のガムを噛みながら壁にかかった時計を見る。放送の時間はもう近い。そして放送ではまた死んだアイドルの名前が呼ばれるだろう。
それは“間に合わなかった”の羅列だ。どうしようもないことがあるとわかっていても歯がゆかった。今からでも飛び出していけば救える命があるんじゃないかとも思う。
水族館の連中にしてもトラックを飛ばして迎えにいくのが正解だったという可能性もある。
しかし。と、向井拓海はベッドで眠るふたりを見る。前には進む。けれど先走った結果、守るべき仲間が失われることがあってはならない。
特攻隊長は常に先陣を切る役目を負うが、なぜその役割に高い位が与えられるのか。それは特攻隊長には先導者としての役割が大きいからだ。
先頭に立ち、道や他に走る車、時には現れたライバルへの判断を委ねられている。族の安全は一番先を行く特攻隊長が預かっていると言っても過言ではない。
それゆえに、ひとりよがりな走りや暴走は許されない。常に冷静であり、全てのリスクを背負う覚悟が求められる。
「なぁ」
空になったペットボトルをテーブルにコンと置き、松永涼が声をかけてくる。
「なんだ?」
「黙ってたら足が痛むんだよ。気を紛らわせるためにアタシの話につきあってくれよ」
「鎮痛剤が切れたのか?」
「元から焼け石に水だっての。これは医者に麻酔でも打ってもらわないとどうにもならねぇ……って、小梅には言えないけどね」
「いい根性だぜ」
「拓海もずっと怖い顔してるぜ? あんま抱え込むなよ。アンタに助けられたやつはみんな自分の足で歩いていけるんだ」
その足がないくせに。と、苦笑しながら向井拓海は松永涼に向き直る。そして、ミント味のガムをもう一枚口の中に入れた。
「で、話って?」
「夏樹のことだよ。拓海もつきあいあったんだろ?」
木村夏樹。松永涼と並ぶ事務所きってのロックアイドルだ。向井拓海にとってはバイク仲間でもあり、そしてここでもうすでに亡くなったアイドルの名だ。
「前にさー、たまたま事務所で空いた時間が被ることがあってさ。で、いっしょにその時TVでやってた映画を見てたんだよ」
「ふぅん」
「食いついてこないと会話にならねぇじゃねぇか。まぁいいけど」
「じゃあ、どんな映画だったんだよ」
それは別に重要じゃないんだよ。と、松永涼は手を振る。
「映画の中でさ。雪の中を歩くおっさんの足が凍傷にかかっちまうのさ。で、切るの切らないので大の大人が大騒ぎだよ。
その映画を見終わった後のことなんだけどさ。夏樹が言ったんだ。
『アタシだったら切らない。使い物にならなくなっても自分の身体がなくなるのは御免だ』って」
「それで?」
向井拓海は腕を組んで話の先を促す。けれど、松永涼は軽く首を振るだけだった。
「それだけ。ただ、思い出しただけだよ。もっとも、アタシは切るとか切らないだとかうだうだと悩んでる時間はなかったけどね」
松永涼は先のなくなった足をぽんぽんと叩き、「生きて帰ったらいい勲章になるぜ」と言う。
そんな彼女に向井拓海はため息をつくように「強いんだな」とこぼした。
しかし、松永涼はそうじゃないと言い返す。
「そうじゃないんだ。アンタがもうアタシのことを死なせないって言った。だからアタシはもう先のことしか考えられなくなっちまったのさ。
まだアタシには声も魂(ソウル)も残ってる。戻ったら……そうだな、奇跡の生還を果たしたロックアイドルとしてプロモーションのかけなおしだ。
きっと売れる。ライブ会場もいっぱいになって、割れんばかりの歓声がアタシを包むだろうぜ」
とんだ狸の皮算用だなと向井拓海は苦笑する。
「ああ。いいぜ。請け負ったからには絶対生きて島から出してやるよ。戻ってからお前が売れるかどうかは知らないけどな」
苦笑が笑顔に変わり、松永涼も笑いはじめる。
どうやらこの会話に気を紛らわせる効果は十分にあったようで、向井拓海は心の中で自分に気を使ってくれた彼女の心意気に感謝した。
そして、話はもう少しだけ続く。
「夏樹と李衣菜、いっしょに呼ばれたよな」
「ああ、同じ場所で死んだのかはわかんないけど最後まで仲のいいやつらだ」
「寂しくなるぜ。アタシは夏樹も気にいってたけど、李衣菜のことも悪くないって思ってたんだ。夏樹がいるんで口出しはしなかったけどさ」
「ああ、お前小さな子が好きだもんな」
「はぁっ!?」
夕暮れに溶ける病院に松永涼の高い声が響き、向井拓海は声がでかいと人差し指を唇に当てる。
「変な言い方すんなって!」
「事実じゃねぇか。小梅の懐き具合を見てたらわかるってもんだよ。クールなふりして、実はいい“お姉さん”なんだろ?」
「別にそんなの普通だっての……。つーか、今思い出したけど、前に事務所に捨て猫拾ってきたヤンキーアイドルがいるって聞いた――」
「その話はすんな! ブン殴るぞ!」
向井拓海の大きな声が響き、今度は松永涼がにやにやとした顔で人差し指を唇に当てる。
「声がでけぇよ。小梅たちが起きんだろうが。病院では静かにしろよ。優しい優しい拓海おねーさん♪」
「帰ったらブン殴るから覚えとけよ……」
「……けど、アイツらがいなくなると思うと寂しくなっちまうな」
「ああ、ツーリングに誘う相手もいなくなっちまう。なぁ、帰ったらケツに乗せてやろうか? バイクはいいぜ」
「誰かに運んでもらうってことをツーリングとは呼ばないんじゃないか? その時は義足でもなんでも使って自分でバイクに乗るよ」
だったら、ますますお前を連れて帰らないとだな。と、向井拓海は笑う。ああ、大船に乗ったつもりでいるさ。と、松永涼も笑った。
そして、ひとしきり普段のように会話して、放送も間近になろうという頃。
「マジな話になるんだけどさ」
そう切り出した松永涼の顔はどこか逼迫していて、心なしか顔色も悪くなっている気がした。
なんだ? と向井拓海は構える。まさか、今更手当ての甲斐はなく死んでしまうとでも言い出すつもりだろうか? だから? けれど――、
「…………悪いけど、トイレまで連れてってくれ」
「……………………」
「我慢してたんだよ」
「水ばっか飲んでるから…………」
「喉が渇くんだからしかたないだろ。それよりも頼む。けっこう限界なんだよ」
「ロックスターはおしっこしないとか言えよ……ったく」
向井拓海はやれやれと立ち上がると車椅子の取っ手を掴み押し始める。
幸いなことに処置室のすぐ傍には採尿用のトイレがあるので、間に合わないということはないだろう。彼女をトイレに座らせることを思うと憂鬱だったが。
「言っとくけどさ。……“聞くなよ”?」
「聞かねぇよ…………」
そして、彼女たちがひと時の休息をとる病院は赤い光から藍色の闇の中に沈んでいく。
3度目の放送を前に、向井拓海と松永涼の胸には最悪の予感と、それに耐える覚悟、そこから先に進むための信念があった。
【B-4 救急病院 処置室/一日目 夕方(放送直前)】
【向井拓海】
【装備:鉄芯入りの木刀、ジャージ(青)】
【所持品:基本支給品一式×1、US M61破片手榴弾x2、ミント味のガムxたくさん】
【状態:全身各所にすり傷】
【思考・行動】
基本方針:生きる。殺さない。助ける。
0:なんでアタシがこんなこと。
1:放送を聞いて対応する。(誰かを助けることを優先。仲間の命や安全にも責任を持つ)
2:仲間を集めるよう行動する。
3:スーパーマーケットで罠にはめてきた爆弾魔のことも気になる。
4:涼を襲った少女(
緒方智絵里)のことも気になる。
※軽トラックは、パンクした左前輪を車載のスペアタイヤに交換してあります。
軽トラックの燃料は現在、フルの状態です。
軽トラックは病院の近く(詳細不明)に止めてあります。
【松永涼】
【装備:毛布、車椅子】
【所持品:なし】
【状態:全身に打撲、左足損失(手当て済み)、衰弱、鎮痛剤服用中】
【思考・行動】
基本方針:小梅を護り、生きて帰る。
0:こんなこと小梅には頼めねぇだろ。
1:放送を聞いて対応する。(足手まといにはなりたくない)
2:申し訳ないけれども、今はみんなの世話になる。
3:みんなのためにも、生き延びる。
【小早川紗枝】
【装備:ジャージ(紺)】
【所持品:基本支給品一式×1、水のペットボトルx複数】
【状態:熟睡中】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーを救い出して、生きて戻る。
1:放送の時間になったら起きて対応するつもり。(脱出方法を探すことを優先。リスクよりも時間を重視)
2:『天文台』に向かいたい。天文台の北西側に『何か』があると直感。
3:仲間を集めるよう行動する。
4:少しでも拓海の支えになりたい
【白坂小梅】
【装備:拓海の特攻服(血塗れ、ぶかぶか)、イングラムM10(32/32)】
【所持品:基本支給品一式×2、USM84スタングレネード2個、ミント味のガムxたくさん、鎮痛剤、不明支給品x0~2】
【状態:熟睡中、背中に裂傷(軽)】
【思考・行動】
基本方針:涼を死なせない。
1:涼のそばにいる。
2:胸を張って涼の相棒のアイドルだと言えるようになりたい。
※松永涼の持ち物一式を預かっています。
不明支給品の内訳は小梅分に0~1、涼の分にも0~1です。
最終更新:2013年09月07日 12:31