彼女たちから離れないトゥエンティーナイン ◆John.ZZqWo
ぐしゃりと、その小さな頭が形を崩す。けれど、かつてそうであったようにハンマーは繰り返し振り下ろされる。
怒りをこめて。何度も叩きつけて、崩し、原型がなくなるまでハンマーは振り下ろされる。
ほどなく、元の表情もわからぬほどに頭部は破壊されてしまうが、しかし今回はそこで終わることはなくまだハンマーは振り下ろされる。
平らな胸に、肩に、腹に、足に――まるで滅多打ちのようにハンマーは何度も何度も振り下ろされる。
ちぎれた腕が机の下に転がり、そして、双葉杏はただの土くれへと戻った。
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「もう気はすんだかしら?」
背後からかけられた声に双葉杏の肩がびくりと揺れる。
振り返ればそこにいたのは同行者である
相川千夏であった。
ここはキャンプ場の中にあった陶芸体験教室で、そして双葉杏がさっきまで熱心に叩き潰していたのは彼女の姿を模した人形であった。
「ん、んー……まぁね。まったく、困るよね。こういう……肖像権の侵害ってやつ」
「意外と難しい言葉を知っているのね。なんというか、こう……あなたはそういうことは全部プロデューサー任せな印象があったわ」
「杏は不労所得に関しては一家言あるからね。楽して儲ける方法に関しては猛勉強してるんだから」
「それは本末転倒な……いえ、そんなことはいいとして――」
どうしてこんなものがここにあって、それに心当たりはあるのか? と相川千夏は尋ねた。
これはかなり不可解なことだ。しかし、聞かれた双葉杏はあっさりと答える。
「決まってんじゃん。きらりだよ。こんなことするの。それ以外ないじゃん?」
「
諸星きらり、か」
相川千夏は少し思案して、なるほどと頷いた。
「合点がいったわ。つまり彼女はつい先ほどまでこの場所にいたってことね」
「はぁっ!? それってどういうこと?」
まるでカートゥーンに出てくるいたずらねずみのように双葉杏は首を振って周囲を警戒する。そんなに彼女は諸星きらりのことを苦手としているのだろうか?
ともかくとして、相川千夏はどうしてそう考えたのか、その根拠を冷静に語った。
「あの水族館で合流した
岡崎泰葉と
喜多日菜子。彼女らはもうないわけだけど、その前に彼女らからこれまでの顛末は聞いたわよね?
その中で諸星きらりはこの殺しあいが始まった当初、北東の灯台に近い位地にいて
小関麗奈と
古賀小春と出会っている。
そしてその後、
藤原肇や岡崎泰葉らと合流を果たし、水族館へ集合する約束を交わして小関麗奈たちを迎えにまた北東に戻った」
うんうん、と双葉杏は頷く。適当といい加減とメンドクサイをモットーとする彼女だが記憶力はすこぶるよい。
「けれど、それは果たせず彼女は代わりに別の集団と遭遇する。そして彼女らに
白坂小梅を預け、病院で合流するという約束を交わして戻ろうとした。
そしてその途中でちょうど水族館から離れた藤原肇と出会い、これも偶然通りかかった
渋谷凛に約束の件を託し、自分は藤原肇に同行した。
ここで問題なのだけど、これまでの彼女の動向の中でキャンプ場に立ち寄って粘土細工を作る時間があったかしら?」
双葉杏の顔が白くなる。問いに対する答えが彼女の中で出ていることは明白だった。
「だとすると、彼女は藤原肇と同行したというその後にここに来たというのが妥当よね。
それに藤原さんの趣味は陶芸だったと記憶しているわ。ここに来て、彼女を趣味に触れ合わすことで慰めようとしたと考えられるんじゃないかしら?」
推論を聞き終えた双葉杏はごくりと一度喉を鳴らしてから言葉を発した。
「そ、そうだね……多分それであってるんじゃないかなって杏も思うよ。でもそれって、つまりはやっぱり……」
再びそわそわとし始める双葉杏に相川千夏はふぅと小さなため息をつく。
「その点は安心してもいいわ。外に張ってあるテントを全部覗いてきたけれど彼女も藤原さんもいなかった。もう移動した後みたいよ。
ひょっとすれば入れ違いになったのかもしれないわね。藤原さんのコンディションが回復すれば、水族館に戻るというのはやはり妥当だし……」
そこで相川千夏はふむと頷く。
「その場合、いや、そうでなくとも彼女たちはこの後流れる放送で水族館で起きたことを知るのだろうけど、その場合、彼女らはどう動くのかしらね?」
そう聞いてみるが、しかし双葉杏の答えは「そんなことわからない」とそっけないものだった。
ここに残されていた人形がなんらかのサインになっているかもしれない。そう考えてのかまかけでもあったわけだが、そういう様子は伺えない。
「……まぁ、出会うことがあったらそれはそれで前に言ったように適当な理由をでっちあげて彼女らを騙し、殺してしまえばいいだけよね」
双葉杏は無言で頷く。その心情は曖昧だ。
「ねぇ、諸星きらりはあなたには心を許すと考えていてもいいのよね?」
これがどういった意味の発言なのか。それは考えるまでもない。確かに理解し、双葉杏は期待通りの答えを返した。
「そうだね。きらりは杏が人を殺してるなんて、たとえバラしたって信じないと思うよ。だから………、……………簡単だよ」
しかし、「殺すのは」とは彼女ははっきり言葉にしなかった。
「そう。それを聞いて安心したわ。彼女、大きくて力があるものね。万が一とっくみあいにでもなったら勝てそうもないと思ってたから」
相川千夏は笑みを浮かべながら言う。けれど冗談ではない。諸星きらりの伝説の中には「収録スタジオの天井に穴を開けた」というものがある。
新曲の収録中にテンションの上がった諸星きらりがジャンプして頭突きで天井に穴を開けてしまったのだ。
万が一でもなく、身体能力で彼女に勝てるアイドルはここにはいないだろう。
「その時はあなたにまたお願いしてもいいのかしら? さっきのように協力してさっさと始末する」
「そうだね……マズいことになりそうだったらまたさっさと始末しないとだね」
双葉杏の言葉は歯切れが悪い。そして水族館で見せた不遜さはなく、まるで見た目どおりの子供のようでもあった。
どうやらいじめすぎたか。自分の中につまらない感情が芽生えていることに気づいて相川千夏は唇を噛んだ。
「でも、出会わなければそれにこしたことはないわよね。どこかで勝手に死んでくれたのならそのほうが気は楽だわ」
その言葉は慰めになりえただろうか。それは言った本人にもわからない。ただ、わかるのは彼女の声がわずかに上ずり掠れていたことだけだ。
彼女はその言葉を最後に部屋を出ようと踵を返し、しかし扉の前でもう一度振り返った。
「放送までに食事をとって、その後はここでまた次の放送まで休息をとるつもりだけど……ところで、あなたはコーヒーは飲める?」
双葉杏はうなだれていた頭を上げて、ふるふると振る。
「杏、苦いのはキライだよ」
「“ミルクに砂糖は3つ”だったらどう?」
「炭酸なしのジュースのほうがいいかな。なかったら水でも我慢するけど」
「……そう。わかった。用意してあげるから待ってなさい」
それだけ言葉を交わし、今度こそ相川千夏は扉をくぐって部屋を出た。
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陶芸体験教室の隣の部屋は受付と売店になっている。(正確にはこの部屋の奥に体験教室がある)なので、食料を探すのには困らない。
なにもなかったら、支給された冷たい食料を食べるしかなかったが、ここにはポットもレンジもあるので夕食はそれなりのものがとれるだろう。
相川千夏は棚に並んだ食料品をひとつひとつ物色し、そしてその途中で大きなため息を吐いた。
「“ミルクに砂糖は3つ”……ですって? 私、なに考えてるのかしら」
彼女の手にはインスタントのコーヒーが握られている。今はひとりで飲むためのものだ。
安物で普段飲んでいるものとは比べ物にならないが、コーヒーであることは変わりない。こんな場所で贅沢は言えないのだからこれは仕方ない。
コーヒーを飲むという行為は相川千夏にとってテンションを平静に整えるのに必要な行為だ。そして、ふたりで飲むというのは――
「――これは、休息が必要ね。意外と重症だわ」
相川千夏は物色を再会しながら時計を見る。早く放送を聞き終え、この疲弊した意識を手放してしまいたかった。
【D-5・キャンプ場/一日目 夕方】
【相川千夏】
【装備:チャイナドレス(桜色)、ステアーGB(18/19)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×7】
【状態:左手に負傷(手当ての上、長手袋で擬装)】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。生還後、再びステージに立つ。
1:杏と行動。次の放送まで様子を見、放送後は更に次の放送まで睡眠をとる。
2:6時間おきに行動(対象の捜索と殺害)と休憩とを繰り返す。
3:杏に対して……?
【双葉杏】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x2、ネイルハンマー、シグアームズ GSR(8/8)、.45ACP弾x24
不明支給品(杏)x0-1、不明支給品(莉嘉)x0-1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:印税生活のためにも死なない。そのために殺して生き残る。
1:千夏と行動。放送を聞いたらしばらくは休みたい。
2:
人は人、私は私。
3:じゃあ、きらりは……?
最終更新:2013年10月25日 21:10