only my idol/First Step ◆yX/9K6uV4E



――――色褪せてく現実に揺れる絶望には、負けたくない。 私が今 私であること 胸を張って 全て誇れる!











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇











平等に、分かれた九つの杯。
その中に、たった一つ。

たった一つだけ、混じった『絶望』の種。



それを口にするのは――――







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「お茶お持ちしましたよ」
「あ、ありがとうございます」

高森藍子がお茶を持って戻ってきた時には、椅子に座りながら、本を読んでいる泉と。

「友紀ちゃんも」
「ん……」

相変わらず、視線をこちらに向けない姫川友紀が居た。
その様子に藍子は不安になりながらも、お茶を手渡す。
視線が合わさる事はなかった。

「雨、ふってきましたね」
「そうですね」

泉が窓を見ながら、そう呟く。
藍子が窓の向こうを見ると、確かにしとしとと降り始めていた。
天気予報通りということだろうか。

「防寒具用意しないと……」

誰に問いかけるというわけでもなく呟いた言葉と共に、泉はまた本を読み始めていた。
猫舌なのだろうか、お茶にはまだ手をつけていない。
邪魔をするわけにはいかないかなと藍子は思い、

「友紀ちゃん」
「…………何かな、藍子」

あえて、友紀の前に、座った。
合わさった視線の奥に見えるのなんだろう。
警戒だろうか、それとも自分に対する失望?
藍子は、そんな不安に苛まれながらも、逃げるわけにはいかない。

「友紀ちゃん……どうしたの?」
「どうしたってこと無いよ」
「どう見たって、いつも通りじゃないよ」
「そりゃ、こんなのに巻き込まれていれば当然じゃない?」
「それはそうだけど……」

けれど、明らかに、藍子からみて友紀は可笑しい。
こんな刺々しい雰囲気を出す子だったか?
違う、もっと明るくする子だ。
だから

「ねぇ、辛い事があったら……話してよ」
「……藍子」
「私が聞くから、哀しい事……あったんだよね」
「…………」
「傍にいるから、聞かせて……くれないかな。聞きたいよ」
「……それは」
「優しい気持ち……大切だから」

傍に居よう。
友紀の心が安らぐそのときまで、傍に居よう。
優しい気持ちになるように、なれるように。


「…………変わらないね」
「えっ?」
「やっぱり、藍子は変わらない。凄く『正しい』」
「……そんな事は、ないよ」
「ううん、きっとそう」


その藍子の姿を見て、友紀は安心したように、ほっとしたように、言葉を紡ぐ。
藍子の『正しさ』を肯定するように。
藍子の『アイドル』を確認するように。
一つ一つ安心するように。

「藍子は、きっと何処までも、『正しい』んだよ」


そうやって、にっこりと、笑った。


その笑顔に、藍子は何故か、不安になって。



笑顔が、歪んでしまう。


だから、ごまかそうと思って、お茶を一口飲んだ。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「……んーむ」
「どうしたのかしら? 茜ちゃん」
「いや、特に……」
「何か考えてましたって顔だったわよ」
「んぐ」
「とりあえず聞くぐらいならできるけれど」

日野茜が、救護室までお茶を運ぶ役目を終えた後、一人たそがれていた。
婦警姿になった川島瑞樹が居たが、あえて何も言う事はない。
その方がお互いの為でもあったのだ。
結果として、高垣楓も含めた三人が微妙な空気のまま、黙って座っている。
お茶は何となく誰も口にしていなかった。

「……なんか、難しいなって」
「難しい?」
「どっちもいい子の筈なのに……どうして」
「あぁ、藍子ちゃんと美穂ちゃんのこと」
「解りました?」
「美穂ちゃん、浮いてたからね……それに……」
「それに?」
「藍子ちゃんが皆を励ました時、彼女は反応すらしなかったもの」

ミーティングの時、美穂は一人俯く事が多かったのを、瑞樹はしっかりと見ていた。
そして、藍子と全く目を合わせないようにしていた事も。
そんな美穂の様子に、藍子は苦笑いを浮かべながらも、目には強い光を宿していた事も。
全部、大人達は見ていた。

「……私も、美羽ちゃんから話を聞いてたけど、やっぱりアイドルの『正しい姿』の一つなんでしょうね。藍子ちゃんは」
「……楓さん」
「でも、それが受け入れられるかは別よ」
「瑞樹さん、それはどういうことです?」

ミーティングで叱咤激励し、希望であるがように見えた藍子は、やはりアイドルなのだろう。
それは楓から見ても、よく解った。
けれど、それが単純に受け入れられるかどうかは別で。

「彼女……思う通りにいけてないみたいね」
「はい、なんでだろうって」
「そうね、それはどんな『正しいもの』でも『間違い』はあるものよ」

藍子が思うように行かない事に、瑞樹は言葉をつむぐ。
楓と茜が視線を此方に向けるの感じて、お茶を口にした。

「そういうものですか?」
「そういうものよ……又聞きのことで申し訳ないけど……そうね、ちょっと話をしましょうか」
「是非、聞かせてください」
「あらゆるものに間違いはある……まず、間違いを理解して……それでも、正しいと思えるものが、本当に『正しい』ものよ」

どんな正しいものにだって、間違いはある。
間違わないものなんて、無いのだから。
けれど、それでも、正しいといえるなら、本当に正しいものだろう。

「高森藍子という子は、アイドルは一方でとても正しいのでしょう。だから、仲間に信頼され、愛され続ける」
「それは、確かに」

茜も楓も、藍子と友紀、美羽が合流した時、心底安心し喜ばれていたのを見ている。
友紀は藍子に抱きついていたし、美羽は涙ぐんでいた。
それほどフラワーズの信頼が強いことの証左なのだろう。
けれど

「愛されることと正しさは別物で、もし高森藍子が、『正しさ』だけで、愛されているなら、それは、過剰だし」

それに、と言葉を続けて。




「高森藍子が絶対に『間違えない』と思われているなら、それは……悲劇としかいえないわ」








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「ねぇ、藍子」
「なぁに?」
「藍子はさ、十時愛梨の事、助けたいとおもってるの?」
「……っ!……どうして、それを?」
「敵の事を言った時の哀しそうな目をしたよね。 会ってるんだよね。既に」
「……うん」

雨がざあざあと降るのを二人で眺めていたら、友紀が、話を切り出した。
それは、十時愛梨の事で、友紀が強硬に敵と認めたがっていた人で。
けれど同時に、藍子が最も救いたい子でもあって。

「私は……きっと彼女はまだ戻れると思う」
「一杯殺してるのに?」
「……でも、それでもっ!」
「敵かもしれないのにっ!?」
「けど、けれど! 普段はそんな事する子じゃないよ! よく解っているもの!」
「仲がいいのは知ってるよ! でもさ、現実問題、彼女はどうしようもなく殺してる!」
「それは……」
「それでも、庇うんだね……藍子」

だから、言いあいにどうしてもなってしまう。
譲れないものがあるからこそ、ぶつかりあってしまう。
そして、友紀の瞳にうつったのは、失望だろうか、哀しみだろうか。
その目を見るのが、藍子はとても、哀しくて。

「彼女に、アイドルで居てほしい?」
「……うん……きっと戻れるもの」
「そっか」
「うん」
「それが、藍子の『正しさ』だから……でもさ」

友紀がお茶を一気に飲み干す。
そして、

「もし、フラワーズの誰かが彼女に殺されるとなっても、いいの?」
「……えっ」
「今も彼女は殺してる……夕美は何処にいるか、わからないよ」
「……でも、私はそうしない為に、助けたいよ」
「アイドルで居るために?」
「うん」

藍子は困ったように、それでも、絶対に意志は曲げなかった。
そうして友紀は理解する。
どうしようもなく、彼女はそれが正しいものだと信じている。
皆が皆アイドルで居られる様に、居れるものだと信じている。
けど、それは、一方で、何もかも救えないかもしれない。
大切だと思った仲間すら、失うかもしれないのに。
けれど、けど、それでも高森藍子は間違えないのだろう。
そういうものだと、姫川友紀は信じる、信じている。
それが高森藍子の正しさなのだから。

「そっか……」

理解してしまった。
そうして、藍子が持つ希望と友紀自身が持つ希望が、少しだけど、それでも確実に。
ずれている、ずれ始めている。

「ねぇ、後何人の人の情報が解らないと思う?」
「泉ちゃんが言ってたのだと、五人?」
「少ないね……ってことはさ。もし十時愛梨も、今殺し合いに乗ってる人も、『敵』じゃないとするなら」
「なら?」
「その少しの中に、居る。つまりは」
「……っ!?……そ、それは、そんなことは無いよ!」
「言い切れるの? ねぇ、藍子、言い切れる?」
「………………」

今も行方が知れぬ、前川みく、三村かな子、緒方智絵里、輿水幸子、そして相葉夕美。
友紀の言いたい事が、藍子にも解った。
だから、焦って否定した。
けれど、言い切れる訳も無かった。
もしかしたらそれが、友紀が焦ってるように愛梨を敵にしたかった理由なのかもしれない。

「……でも、それもあるけど、あたしはさ」
「うん」
「護るよ。フラワーズを。皆を、希望を、正しさを」
「……友紀ちゃん」
「でも、藍子は、それでも皆にアイドル居てほしいんだよね」
「うん」
「そっか」

友紀は哀しく笑った。
目の前には正しい希望があって。
それこそ、友紀が護りたいものであって。

「うん、だから、あたしが、護るんだ」

それが、藍子の希望と違うとしてもと、友紀は心のなかで思い。
本当に、それが辛かった。
心の底では、藍子も同じだろうと思っていたから。
肯定してくれるだろうと思った。

けど、もういい。

例え、それが藍子の正しさ、希望と違えても。
それが信じる友紀の正しさだから、希望だから。
友紀にとっての皆は、『フラワーズ』だけだから。


だから、なんとしてでも護る。他に犠牲を出したとしても。


それこそが、姫川友紀の正しさで、希望だった。


そうして、藍子と友紀は静かに、窓の向こうの雨を見ていた。

静かに、緩やかに、それでも、決定的に違えながらも。


二人とも、同じ、雨を見ていた。





そんな二人を、泉は不安そうに見つめる。
何か、今、とても大事な言葉が二人のなかで交わされたのは解る。
けれど、とてもじゃないが入っていける空気じゃなかった。
入っていけないフラワーズの絆が其処にあって。
泉は、ふぅとため息をついて、やっと冷めたお茶を飲む。


色々まだ大変ねと思いながら、彼女は次のページを開いた。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「だからね」

茜が、お茶を口にしたのを見て、瑞樹は言葉を紡ぐ。
気がつけば、大分話も長くなっていた。

「彼女が、何も間違えないというなら、もし、間違えた瞬間、彼女は「高森藍子」でなくなってしまうなら、悲劇でしかない」
「……悲劇」
「間違いを何一つ許されないなんて生き方、耐えられないわよ。彼女だって女の子なのだから」

高森藍子がアイドルとして完成された希望だというなら。
間違えた瞬間、そうでなくなるなら。
きっと、そこには哀しみしかないのだろう。
だから、きっと正しくあろうとする。
何処までも、何処までも。
それは、自分を犠牲にしながら。

「でも、だからこそ、私たちは本当に正しいものの間違っている所まで、解らなきゃいけないのかもしれないわね」
「理解するという事ですか?」
「そう。間違っている事を知りながら、それでもなお正しいものとして、接していく事が必要なのよ。そうしなきゃ……」
「そうしなきゃ?」
「どんなに強いものだって、壊れてしまうから……まあ、受け売りだけどね」

彼女はきっと何処までもアイドルで。
でも、きっと何処までも女の子だから。
だからこそ、間違いをしって、それでも、なお正しいものとして、扱わなければならない。
一見強いものでも、壊れる瞬間っていうものがあるから。

「なんか難しいですね」
「そうかもね……美穂ちゃんも、もしかしたら、藍子ちゃんの間違っている部分を理解しているのかもね」
「それってつまり……」
「だから、反発している。だから、後は彼女の正しい部分を本当に理解してあげる事が、大切なのかもしれないわ」
「なるほど……」

そんな、瑞樹と楓のやり取りを楓は脇で見ていて。
少し、首を傾げながら考えていた。
茜は納得したように肯いているが。

(……そう簡単にできたら、誰も苦労はしないだろうけど)

正しさを受け止めて、理解する。
間違いを受け止めて、理解する。
その両方が必要で、大切だというのは、解る。
けれど、それは有る意味とても、大変な事だ。
簡単に割り切れるものではない。

正しいからって、本当に、それが、どうしようもなくいやだって事だってあるんだ。
楓にだって割り切れない事は、沢山ある。
そもそも、理解しようとする事すら、感情が邪魔する時だってある。
今だって、そう。

だから


「まぁ、とても難しいことね……」
「そうね……だから、私達はもっと、色んなことを話さなきゃいけないかもしれないかもね」


ふう、と大きなため息を、楓は吐いて。


そういって、お茶を一気に飲み干したのだった。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「お茶いれてきましたよ」
「わっ、ありがとうございます」
「ありがとう、美穂ちゃん」

そうやって、わたしは戻って、無理に笑う。
笑えているだろうか。
解らないけど、笑えている。
そう信じたい。

「ふーふー熱い」
「私はちょっと冷まそう」

まずネネちゃんがお茶を口にして。
美羽ちゃんは冷ますようだった。
わたしはそれはみているだけ。

きっと、わたしがやった事は、余りにも半端で。
それでも、きっともう二度と戻れない事を証明していて。
だから、わたしは、見届けないといけないのかもしれない。
ほら、わたしは、こんなにも、醜いんだって。

「美羽ちゃんも大変だったみたいですね……」
「はい、でも、何とかやっていけています」

二人が雑談している脇で、わたしは黙ってみている。
それしか、出来ない。
今、私が口を挟むとうっかり、何かを話しそうになってしまう。
目の前で、あの子の服をきた美羽ちゃんがいる。
どうして、きているのとか、聞きたくない、聞けない。
余りにも、醜い自分が、もう聞く必要も、立場でもないのだというのだから。

あの子が、この島でどうだったか。
情報交換の時に、少しだけ耳に入った。
でも、ちっとも変わらなかった。
変わったわたしと正反対だった。
だから、どうしたというのだ。

「強いですね……」
「そんな事……ないです……歌鈴ちゃんから、強さを貰ったから」

何が。
何が、あの子のことを解ると言うのか。
あの子がどれだけ一生懸命だったのを、どれだけ悩んだかもしれないのを。
たった半日たらずの貴方に語って欲しくない。
あの子の強さを、貴方が言わないで。
上辺しか理解していないのでしょう?

……けれど、それはわたしも同じだったのかもしれない。
だって、わたしは泣けなかった。
彼女のために、あの子のために。
哀しいはずなのに、其処で終わっていた。

その時点で、小日向美穂という少女は、もう何処か壊れていたのかもしれない。

だから、平気で、こんな事をしようとしている。
殺すつもりは無かったはずなのに。
それでも、きっとこれは黒い、タールのようにどす黒い感情なのだろう。

恋も夢も、今はずっと傍に。
もしくは、ずっと遠くに。


何かも、望んで、そして何もかも捨てようとした


そんな、望んでしまった、わたしを、わたし自身がもう認めていた?



それは、今は、まだ、解らないけど。



「美羽ちゃんは強いですね……アイドルなんだ」
「そんな事無いです……ネネちゃんもそうでしょ?」
「…………そうなのかな?……そういえば、私がアイドルになろうとした切欠があって……」
「あ、それ聞いて見たいです」
「美穂ちゃんには話したかな……?


だから、奪ってみよう。
そう思った。
まず、何処までも近く、何処までも遠い彼女の大切なものを。
そう、奪ってみよう。
壊して、壊して。

その先に、わたしにある感情が幸せだというのなら。



わたしは、もう、きっと、戻れない、止まらない。



そう、思えたから。


彼女が、矢口美羽が、お茶を口にする。




これが、終わりだ。


始まりの終わり?
終わりの始まり?



解らないけど、小日向美穂は、そうやって。





「わたしにも教えてください、ねぇ……ネネさんはどうして、アイドルになろうと?」




新たな、道をすす……



「そうですね、わた…………かはっ……し……?……くはっ……あぁぁぁ………………!」






……………………………………えっ。




「……っ……あぁ……………………あぁ…………!」




胸を押さえて、倒れたのは、わたしが想定した、人物じゃ……ない。




彼女は、彼女も大切な友人で。




真っ先に狙わないように、したはず。



なのに……何処でいれかわ………………まさか…………あの時に?
お茶を入れにきたあの二人が茶碗を出した、その時に?







「ネネ……さん!」





栗原ネネ。




彼女が、わたしのせいで







――――――逝く?









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇











「さぁ、始まりますよ!」


絶望の種が、開き、今、花を開こうとしている。
栗原ネネが飲んでしまい、倒れこんだ。


恐らく死ぬだろう。


さぁ、どう、輝く?



希望は、絶望に、屈するの?



お願い、私に、見せて。




貴方達の本当の『希望』を!








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇












「いやぁぁああああああぁあああああ!!!!!!!!!!!」

耳をつんざく叫び声に、藍子たちは一斉に顔を上げる。
三人は、互いの顔をみやり、無言で外に駆け出す。
聞こえてきたのは、直ぐ近くから。
この声は、美穂のものだった。

「いそぎましょう」
「はい!」

泉を先頭に、廊下を走っていると、目前から

「いや……いや……!」
「美穂ちゃん!?」


物凄い速さで、走ってくる美穂の姿が。
美穂達は、藍子を見ることも無く、脇を走り、階段を上って行った。
藍子は追おうか迷うものの、

「ネネちゃん!?」

仮眠室から、聞こえてくる茜の切羽詰まった声。
目まぐるしい展開の中、藍子達は迷いながらも、仮眠室に向かう事にした。
仮眠室に到着すると、茜達三人と、美羽、そして。


「ネネちゃん、ネネちゃん!……大丈夫!?」
「……だい…………ぁ…………」

胸を押さえ込んで、倒れている栗原ネネだった。
その様子をみて、泉、藍子、友紀は顔を青ざめる。
どう考えても、急に病気なったとか、そういう症状ではない。
これは

「……川島さん!」
「ええ……恐らく……毒物か何か……よ」
「そんな………………」

何か毒物を飲ませられて、結果、倒れた。
胸を押さえて、息も絶え絶えといった様子で。
何もしなければ、ネネは死んでしまう。
誰が、どう見ても、明らかな事で。

「誰が……こんな事…………」
「一人しかいないんじゃないかしら?」

楓の冷めた声が響く。
その顔は何処か冷たげで。
まるで、無感情のように。

「今、此処に居ない人、その人でしょう?」
「…………美穂ちゃん」

小日向美穂。
彼女が、犯人だと言っているようだった。
何より彼女自身、お茶を入れている。
仕込む事なんて、簡単だったのだから。

「あの……許さない!」
「友紀ちゃん、落ちついて!」

友紀が顔を紅くして、今にも美穂を追いかけようとする。
それを藍子が必死に抑えて、止めようとした。
友紀が今にも、誰かを殺そうとする。
そんな気さえ、したから。

「止めないでよ! 下手したら美羽が、死んでいたかもしれないんだよ!」
「それは……」
「それでも、いいの!?」

友紀が怒気を強めて、言葉を放った。
ネネが、毒を飲んでしまったけど、美羽が飲んでいたかもしれない。
そうしたら美羽は……。
そう考えたら、友紀は許せない、許せる訳が無い。


「でも……でも!」
「でもも、ないよ!」

制止をもろともせず、友紀は飛び出そうとする。

その時だった。





「………………みほ…………ちゃんを…………せめないで――――」



息も、絶え絶えのネネが放った声。
今にも、命が潰えそうなのに。
それでもなお。



「哀しい事がぁ……あった…………だけ…………おねが……美穂……ちゃんを――――救って」



そう言って。
ただ、救って。
とだけ、余りにも、優しい少女は願って。




言葉を、放つことなく、荒い息だけを吐いて。




「やだぁ…………ネネちゃん…………死んじゃうよ……どうしよう……死んじゃう」



茜の、涙が混じった声が響く。


今、一人の少女が、死に逝こうとして。




ただ、『絶望』が、希望すら塗り潰そうとして。



支配しようとしている。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇












彼女は、言いました。
アイドルは、生き様――liveだって。
私は、忘れていたのかもしれません。
自分が自分であろうとして。
私が何であるかを、考えすぎて。


私が、私があるがままに、魅せなきゃ、誰も、魅せられない。


誰かに魅せられる事をお願いするなんて、ありえない。




そう、だから私は――――――




――――色褪せてく現実に揺れる絶望には、負けたくない。




――――私が今 私であること 胸を張って 全て誇れる!







――――勝ってみせます、この『絶望』に、私らしさで!








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「助けられる……かも」

そう、私――大石泉は確証ないまま、呟く。
私が手にしているのは、お茶碗で、未だに熱くて。

「きっと、毒も薄まっていると思う……から」

きっと毒物も薄まっているはず。
どれ位いれられているか解らないけど。
でも、この茶碗に少しなら。
そして、後は適切な処置をすれば……


「助かるの!?」
「……多分、きっと……私が処置をすれば……恐らく」


うん、きっと助けられるはずなんだ。
毒物の処理の仕方とか解毒の仕方とか本で読んだことがあるし。
大丈夫、大丈夫。


「うん、大丈夫…………大丈夫……だと………………」

ふと、ネネさんを見る。
今も、息絶え絶えといった様子で。
このまま、処置しないと死ぬ。
今、刻一刻と時が経とうとしている。
一秒が大切なはずなのに。


あ………………れ…………いや……だな……?



身体が……身体が、動かない。
震えが、止まらない。
手を押さえようとして、上手く押さえる事ができない。


あれ、あれ、何、これ?



――――怖い。



私の手に、命が、圧し掛かっている。



私の判断に、命が、かかってる。



失敗したら、この人は、死んでしまう。



嫌だ、そんなの嫌だ。




怖いよ、怖い。



臆病になってしまう。
勇気が出ない。



泣きそうになってくる。
この人を救わなきゃいけないのに。
この人を死なせてしまうかもしれないのが怖い。



救えるのは、私だけ、なのに。




嫌だ……怖い……助けて……動いて……私……



怖い――――怖――――





「――――大丈夫だよ」




震える肩に、そっと置かれた手は温かった。
涙がこぼれそうになる目を、置いてくれた人に向ける。



「怖いよね……?…………でも、大丈夫」


囁かれる声は、優しかった。
哀しみを、恐怖を、優しさに、勇気に。



「貴方は一人じゃないよ……皆が居ます」



そんな、ものに、変えてくれる。




「だから、皆が信じる貴方を信じて。貴方の勇気を、優しさは、きっと叶えてくれる」




祝福のような



「温かい『希望』だから、ね?」




『希望』が其処に、在りました。





――高森藍子が、日向のような、笑みを浮かべて。




私をそっと、抱きしめて、エールを送ってくれる。




「私にはネネちゃんを救える知識も力も無いから……彼女を、助けて」


あぁ、本当温かい。
希望を与えてくれるような、そんな感じがして。
だから、私は、

「はい、やってみようと思います。私の、出来る限り」
「うん、頑張って」

そうやって、もう一度強くぎゅっとしてくれて。
彼女は微笑んで。


「私も、私がしなきゃいけないことをするから……美穂ちゃんを助ける!」


決意を言ってくれたのでした。

もう、大丈夫。
もう、怖くない。
もう、震えることなんて無い。


「急いで、ネネさんを救護室に運びます! 楓さんと川島さん、手伝ってもらえますか?」
「お安い御用よ」
「ええ、解ったわ」


今、私が出来る精一杯の事をやろう。
大丈夫、勇気は貰った。
希望はある。
信じて、皆を。
信じて、私自身を。

「まず、胃の中のもの全部吐き出させてください! 私は給湯室で、毒の瓶があるかを見てきます!」

そうやって、私は駆け出しました。
自分がすべき事のために。
真っ直ぐ、前を向いて。

出る瞬間に、藍子さんと目が合った。
彼女は力強く肯いて。



うん、大丈夫。



――――だって、希望は此処にある。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「茜さん、美羽ちゃん、友紀さん」

そして、私は、大切な仲間たちに、向き合う。
茜ちゃんは目を潤ませながらもしっかりこっちを向いて。
美羽ちゃんは私を信じるように、見つめて。
友紀ちゃんは少し目を逸らしながらも、見てくれて

「お願いです、美穂ちゃんを救う為に……力を貸して」

私はぺこりと頭を下げた。
出来る事はこれぐらいで。
それでも、どうしても仲間の力が必要だから。

「……そんなのいらないよ。私も助けたいから!」
「藍子ちゃんの為なら、私に出来る事があるなら」

茜ちゃんと美羽ちゃんは微笑んで、賛同してくれました。
けれど、友紀ちゃんはじっと私のほうだけを見つめていて。
考えるように、目をつぶって。

「藍子」
「なぁに?」
「酷いことしたあの子のこと、助けたいの?」
「勿論」
「そっか」

私の返答に、静かに目を開けて。

「それが、藍子の正しさなら、あたしに、それを見せて」
「……友紀ちゃん」
「その為に、力が欲しいなら……あたしは貸すから」
「ありがとう」

まだ、すれ違っているのかもしれない。
でも、今は、これでいい。
そうやって、手をつなげて。
温かく、解いていけば、いいから。

「何をすればいい?」
「多分――――から、見つけてくれると嬉しいです。多分、此処で見たような気がするから」
「随分また抽象的だね……まあいいよ、探して準備しておく」
「きっとあるはずですよ!」
「だから、任せて」

力強い言葉達。
だから、私は安心して託すことができるんです。



「ありがとう……これで、私は戦えます」


そうして、高森藍子という花は、たくさんの力を貰って。





「未来が、希望である為に、絶対に、絶望なんかで染めません!」





幾らでも、咲き誇れるのだから。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










ほら、わたしに、希望なんて無かった。


降りしきる雨の中、わたしは、泣いているのだろうか。


雨で、涙なんて、わからない。



知りたくない。



逃げ出して、わたしが辿り着いたのは、警察署の屋上。


たくさんたくさん、雨が降る屋上で。


わたしは、踊るように、歩き続けて。
声にならない声をあげて。
ただ、ただ、闇に向かって、歩いていた。


ねぇ、――――さん。


わたしは、なんでこんな半端なの?
わたしは、なんでこんな選び取れないの?

こんな、わたしだから、選ばれなかったの?


ねぇ、歌鈴ちゃん。


わたしは、どうして、こんなに迷うの?
わたしは、どうして、こんなに臆病なの?


それだから、わたしの恋は、叶わなかったの?


切欠が欲しかった。
臆病で恥ずかしがり屋な自分が変われる切欠が。
だから、わたしはアイドルになろうとした。
皆に愛される事で、何かが変わると信じて。
遠く、遠く、都会に出てきて。


けれど、何も変わってはいやしなかった。
私は所詮、何処までも臆病だった。
切欠を求めて、中途半端な決意で、友人すら逝かせようとして。


こんな、半端な、小日向美穂に、わたしはなりたくなった。


わたしがなりたかった小日向美穂ってなんだろう。



――――初恋をして、そうやって、ずっと磨かれた、糧にした『アイドル』小日向美穂?


それが、夢?



――――恋して、ただ、大好きな人の隣にだけ居れればいいと願った『恋する少女』小日向美穂?



それも、夢?





でも、傍にあったのはいつも恋。
あの人に好きになった私がいつも傍にあって。



あぁ、幸せになりたかった。


それは、例え、親友を蹴落としてまでも。



叶えたかった想い。


泣けなかった時。


きっと、わたしは――――笑っていたんだろう。



今なら、そうだと、思う。




とっくの昔に、壊れていた。


小日向美穂は、何処までも弱い子で。


初恋が叶わない事に、きっと耐えられなかった。




「あはっ……ははっ……」



笑いながら、泣いていた。
涙は、出てなかったけど。
その姿は、誰にも見せられない醜い姿で。


こんな、醜い心、誰にも見せたくなかった。



「ごめん……なさい」



そうやって、わたしはまた、逃げる。
柵を越えて、自由になれる場所へ。
何にもなれない半端なわたしを終わらせる為に。
醜い心を、見せたくないから。


だから、終わる。
終わりたい、もう。

初恋にしがみ付いてるわたしを、もう見たくない。


わたし自身が。


これ以上、生きたら何もかも汚す。


想いも、親友も、わたし自身も。



だから、



本当に、もう、終わりたい。




好きだったという想いを抱えたまま。




わたしは――――――








「――――――初めて会った日、覚えてますか? あなたの優しいまなざし」



その時、響いたのは




「『笑って』あなたの 言葉は何度だって わたしが 踏み出す 一歩を 照らすから」




恋する少女が、踏み出す為の、曲でした。





振り返ると、そこに居たのは







――――――何処までも対極で、何処までも、近い、少女でした。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「私のドキドキなんて気付かない? 気付いてほしくない……」


――――さん、聞こえてますか?
私の、私の生き様を彼女に、届けています。
届くか、解らないけど、私の想いを、精一杯。
だから、私と、貴方と一緒に歩いた道を思い出しながら。

私の恋と夢を、きっちりと歌いますよ。



だから、私に魔法をかけてくれた、魔法使いさん。


今は、私を、魔法使いに、してください。


哀しみを優しさに変える魔法を使える魔法使いに!


「ささいな幸せでもいい 小さな想い胸に刻もう この先に何が待っていても ふたり歩いて行く」

ねぇ、美穂さん。
きっと、私たちはやっぱり何処までも近くて、何処までも一緒なんですよ。
貴方は私を、アイドルだと思っているでしょう?
それは、正解で、でも間違いなんですよ。
私は、何処までも、アイドルかもしれない。
けれど、私も、何処までも、恋する少女なんです。

ただ、私は、何処までも、『臆病』で。
頑張って想いを伝えようとしても、伝わらず。
それで、いいと思ったんです。
それで、幸せだと思ったから。

その、距離が幸せだと思ったから。


でも、だからこそ、私は貴方の苦しみも理解したい。
美羽ちゃんから聞きました。
貴方と歌鈴ちゃんにあったこと。
どんな哀しみも優しさに。
傲慢でしょうか?

でも、私はそれを、したい。
傍に寄り添って、哀しみを癒したい。


「『がんばれ』あなたの 強さに頼っていたね 今でも 今でも 本当は甘えたいけど」


でもね。哀しみだけじゃないと思うの。

恋は苦しくて、辛くて、哀しいものかもしれないけど。



それでも、温かくて、優しくて、幸せなものだと思うんです。



思い出して。
そのときのこと。


恋は、そんな絶望に塗れたものじゃない。




希望に満ち溢れた、生きる証だって!




「『負けるな』誰より わたしを信じたいの 笑顔も 涙も 全てと 歩いてゆく」



だから、諦めないで。
この想いを歌に、私の全てを歌にこめて。



生きて、生きて、生きて!


恋は、人を幸せにするもの、人を強くするもの。




そう、信じてるから!



そう歌った歌に。




私の想いを篭めて!



届け!




「もし 孤独な暗闇に 立ちすくんでしまっても……最初の一歩 進むのは あなたがいてくれた……今」






今、届けたい人のもとに!



希望をっ!







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









それは、想いの花束だった。
わたし、小日向美穂に希望を届けようとする想いだった。
ただの言葉なのに。

歌は、何よりも、気持ちを届ける。

高森藍子の心を、恋を歌った想いを。



ねぇ、高森藍子。
貴方はそうやって、本当に幸せそうに、笑ってますね。
辛いことも、哀しい事も、全て飲み込んで。

温かいもの、優しいものを伝えようとする。

貴方の強さは、本当にそれなんですね。
それを、わたしにもしようとする。

こんな時だって、変わらずに。

それは、強いものの傲慢でしょう。
貴方の強さはわたしには重い。


それでも、ずっと寄り添うんでしょう?
強い、弱い関係なしに。
優しさを、優しくなれるように。


強くなれるように。


貴方は、笑顔で、ずっと寄り添う。



「――――きっと 強くなれたよ ひとりの道でも もう怖くないから」


それが、貴方のアイドルなんですね。

きっと、失っても、そう。
この子は変わらない。

だって、この子はそうやって。



弱かった子から――――強くなった子なんだから。



凄いな。

恋して、泣いて、哀しんで。

それでも、前を向いて。



きっと、強くなっていた。


だから、わたしにも手をさしのばす。


凄いよ。
正しくて、優しい。

この人は、恋するものを、抱えて。
それを、力にして、優しさにして。
だから、アイドルで居るんだ。



「ちょっとだけ不器用 誰よりあたたかくて あなたに あなたに 全てを ありがとう」




もっと、もっと早く話せたら。


わたしは、変れたのかな?


貴方のように。





わたしは、貴方を、認められたのかな?




解らない。




私は笑った。
高森藍子は歌い終わって、それでも笑っていた。


うん、想いは通じたよ。



でも、わたしはね。




自分がしてしまった事に、どう償えばいいか解らないの。




御免ね。



そうやって。






わたしは、空に、向かって、飛び降りた。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








小日向美穂が、そうやって、地面を蹴って、飛び降りようとする。



それで、終わり。


恋の物語は終わり。







「――――――終わらせない!」





終わる訳が、無かった。

宙に浮いた美穂の手を、藍子が、希望が、きっちりと掴んだ。



二度と離さないと誓うように、がっちりと。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「どうして……貴方も落ちちゃうよ?」
「大丈夫ですよ。貴方を救うまで離しませんから」

どうして、この子はわたしを救おうとするの?
こんなにも頑張るの?

「ねぇ、知ってる? わたしは美羽ちゃんを狙ったの」
「……」
「貴方の信じるものを壊したかったから」
「……そうですか」
「失望した?」
「いえ、全然」

笑って、私を許そうとする。
ねぇ、どうして?
どうして?

「だから、わたしなんて死んで当然なんだよ?」
「……そんな事無い!」
「どうして?」
「死んで当然な子なんて、居ない、居る訳がないです!」
「殺そうとしたのに?」
「そんなもの、生きて償えるっ!」

強い言葉だった。
誰にも死んで欲しくないといいたい風に。
この手を二度と離さないという風に強く握って。

「強いですね」
「強くない、私は皆から強さを貰ってるだけ!」
「仲間から?」
「それと、大好きな人から!」

ドキリとする言の葉だった。
好きな人の為に頑張る。

「ねぇ、美穂ちゃん。生きよう?」
「いきてどんな意味があるの?」
「まだ、恋をすることが出来る!」
「……っ!……叶わないかもしれないのに」
「叶わなくても、恋をする! それが女の子でしょう!?」

揺さぶられる。
強い想いが、其処にあった。

「わたしは醜いのよ、歌鈴ちゃんが死んだ時、笑っていたと思う」
「でも、哀しかったでしょう!」
「叶うって、そんな私が、醜くて。そう願った時点で壊れてたのよ」
「違う! 壊れているからじゃない! それだけ貴方の想いが本物だから!」

わたしの醜さを否定して。
わたしの想いを肯定しようとする。
それは全てわたしに生きて欲しいから。

「わたしは、半端もので……何も出来ない」
「そんな事無い、貴方は想い続けたでしょう!? それは強さだよ!」
「貴方の強さを押し付けないで」

また、その言葉をつむぐ。
そんな事思っていないのに。
あえて突き放すように。


「……違う! 貴方と私は、一緒だ。恋に恋して、そうやって強くなって、時に臆病になって! だからこそ……今は逃げないで! 想いに向かい合って!」


それでも、彼女は手を離さない。
いつまでも、いつまでも

「違う、貴方は、アイドルだ。 そうやって、恋する思いすら、隠して、認めないで。そうやっている」


わたしは恋する少女で。
高森藍子は、アイドルだろう。



それはかわらな――――



「違う! 私は――恋をして、そうやって、ずっと磨かれた、糧にして、今も強く、恋している! それが高森藍子で、『アイドル』高森藍子なんです!」



あぁ…………ああ!



この子は、わたしだ。


私がなりたかった、『アイドル』の姿だったんだ。



最初から、この子は、わたしだったんだ。



「だから、私は、恋も夢も、全部諦めない、私が私であることを、全て誇る! それが高森藍子だから!」




きっと、この子も苦しんで、哀しんで。


それでも、なお、想い続けて。




アイドルである事を、選んだ。



「それが、あの人が望んだ、私の姿。私の夢!」



高森藍子の想いだった。



「だから、ねえ、貴方も生きて! 恋も夢も、諦めないで! 私がそうだった様にっ! 貴方もっ!」



彼女はわたしの手を強く握った。



「わたしも、貴方のように、なれる?」
「勿論! だって、貴方は私だから!」




そうして、わたしは笑った。
彼女も笑った。




その瞬間―――二人して。



地に落ちた。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









高森藍子、小日向美穂。



重なり合うように、落ちて。





そして。






ぽふんと、柔らかな音がして、派手に跳ねた。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「……え、死んでない?」
「当たり前です……私は仲間を信じたから」



落ちた先は、トランポリンでした。
わたしが慌てて周りを見ると。
トランポリンを抱えて、笑ってる、茜ちゃん、フラワーズの二人が居ました。

「いやー飛び降りるかもとかいわれたからさあ、慌てて探して、見つかってよかったよ」
「……本当、助かってよかった」
「…………やれやれ」

三人は呆れるようにこちらを見て。
わたしは、高森藍子のほうを見る。


「これが、私の仲間です……私の強さです」
「強さ……」
「信じたから。皆を。だから、助かるって心の底から、信じてました」
「なんで、信じられるの?」
「皆が優しい気持ちになれたら……皆が幸せになれる……其処に、救えないものなんて、ないんですよ」
「何それ……あはっ」


そして、私はトランポリンの上で、高森藍子……ううん、藍子ちゃんと笑いあっていた。


もう、死ねない。
わたしは、この想いを抱えて。
きっと、強くなる。


――――『アイドル』として。



そして、この想いを伝えるんだ。
――あの人に。
それがきっと、歌鈴ちゃんが望むものだから。



「わたし……生きます……貴方のように」
「うん……それが歌鈴ちゃんの為になると思う」
「恋も想いも、私の傍に……そうして、何処までも」


何処までも、何処までも。


何度哀しい事や辛い事があっても、何処までも。


「咲き誇って、そうして、強くなるんだ」



それが、恋というものだから。





わたしは、ずっと恋をしていたい。




「少しは貴方の事理解できたかな……?」
「最初から理解してましたよ、きっと」
「……なのかな」
「後は、優しくなればいいだけだから」


藍子ちゃんと手をつなぎながら、思う。
私はもっと理解したい。
この人のことを傍で。

きっと、その先に、私のなるものがあると思うから。




だから、わたしは、笑った。





――――優しい雨が、何処までも、降っていました。


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最終更新:2013年11月17日 23:44