彼女たちからは近くて遠いサーティシックス ◆John.ZZqWo



パチパチと音を鳴らす焚き火の上で串に刺さった魚が焼かれている。それを相葉夕美は体育座りでじっと見つめていた。
焼かれている魚はさきほど釣り上げたものだ。種類はわからない。花や植物には詳しい彼女だけど、魚に関してはどれも魚としか答えられない。

「まーだーかーなー……」

あれから、魚を持って焚き火の場所まで戻ってきた相葉夕美はさっそくその魚を食べてしまうことにした。
晩御飯には少し早いが、もし6時の放送でこの島が禁止エリアに指定されてしまえば次にいつ食べられるかわからなかったからだ。
缶を分解して作ったあのナイフもどきで鱗をそぎ落とし、同じく腹を割いて手際よく腸を取り出す。
魚は魚な彼女だけれど、これくらいの調理方法は常識として心得ている。
と、そこまで進めて彼女は魚に通す串がないことに気づく。そして串がなければ魚を火に当てることができない。
なにかないかと周りを見渡す。なければまた砂浜に漂流物を探しにいくところだったが、幸いにして代用品はすぐに見つかった。
昼に砂浜で拾ったビニール傘だ。
それを骨組みとビニールに分解し、さらに骨組みから適当な長さで串となる棒を取り出す。消毒のために一度火で炙ればバーベキュー串の完成。

「あむっ! …………ん? んんん?」

そんなこんなで焼いた魚を頬張り、相葉夕美はその味に驚いた。……なんと、とても、おいしい。

「うわっ。すごいおいしい」

味付けはとくにしていない。強いて言うならこの魚が釣り上げられるまでにひたされていた海の水だ。それを焼いただけなのにとてもおいしい。
身がぷりぷりとしていて、それでいてきゅっと締まっていて、脂は多くないのだけれど噛むほどに旨みが出てくる。
普段食べている魚とは比べ物にならない味だった。

「え? すごいレアものゲットしちゃった? それとも、これが獲れたてのうまさってやつなのかなぁ」

そういえばと思い出す。及川牧場で飲ませてもらった牛乳は市販品のものとはまったく味が違った。
お店に並ぶものは安全のために成分調整や加工がされているらしい。
だとすれば、魚も同じなのかもしれない。いや、魚は釣れたてがおいしいというのはよく聞く言葉だ。あれはそのまま真実だったのだろう。

「もうずっと魚生活でもいいかもしれないなぁ」

魚だったら釣り餌がある分ずっと釣っていられる。三食魚でも一週間は持ちこたえられそうだ。
さすがにそれだけだと栄養の偏りが気になるが、救急箱の中に栄養サプリがあるので当面は心配しなくてもいいだろう。

「問題なのは火かな。継ぎ足す燃えるものを探さないとね」

新しい生活プランを考えながらさらに魚へとかぶりつく。おいしい食事はここに来てからは初めてだ。
夢中になり、そして頭と尻尾、骨だけを残して全部きれいに平らげたところで、ちょうど三度目となる放送が流れ始めた。


 @


読み上げられた死者の数は6人。前回よりさらに減ったがまだ次の放送で0人になるかは微妙な数字だった。
禁止エリアはやはり今回も相葉夕美とは関係のない場所が選ばれていて、また6時間はこの島で全然に過ごすことができる。
しかし、それらよりも大事なことが放送の中で告げられていた。

「雨……かぁ」

雨が降るらしい。さきほど解体したばかりのビニール傘の残骸を見ながら相葉夕美はつぶやく。
雨が降るのならばどこかで雨宿りをしないといけない。昼間ならともかく、夜の間に濡れてしまっては風邪をひいてしまうだろう。
けれど、この近くには屋根のある場所なんてない。前の島には一軒のあばら家があったが、しかしそこまで戻っている暇と体力はないだろう。
木はそれなりに立っているが雨宿りできそうかというとどれも心もとない。小雨であったとしても濡れてしまいそうだし、少しでも風が吹けばそれまだ。

そもそもとして、こういった下草が豊富に生えている林や森は雨宿りに適さないことを相葉夕美は知っている。
下に光を必要とする草が生えているということは、その上の枝葉に光を通す隙間があるということだ。
なかには枝の高さが上がるほどに葉が分かれて隙間をつくる植物だってある。そして、光を通すということは雨も通すということにほかならない。

紅く、そして端が青味を帯び始めた空を見れば、南のほうに黒くぶあつい雲が浮かんでいるのが見えた。その位置は遠くはない。

「よしっ!」

時間がない。そう判断すると相葉夕美は動き始めた。
手に持ったままだった魚の残骸を捨て、まずはボートを砂浜から奥のほうへと引きずる。
流される心配のない場所まで引っ張っていくと、手ごろな木にロープでくくりつけ、また砂浜へと戻った。

「これは夜食かなー」

バケツの中のアカガイを元は傘だったビニールで包み鞄の中へと仕舞う。
そして空いたバケツで砂浜の穴の中で燃えている焚き火を豪快に掬い出した。
かなり大雑把な方法だったが、焚き火の中で燃えていたのはもう大きな流木だけで、それももう炭のようになっていたので火が消えることはなかった。

「忘れ物なし! ……よし!」

鞄を背負い、バケツを持って相葉夕美は砂浜を大股に歩き出す。
目指す方向は東で、時計回りに島を半周して南側に出ると、今度は島の中心へと向かって木々が生い茂る中へ踏み込んでいった。
足元はじゅくじゅくとしており、濡れた草がまとわりついて気持ち悪いが我慢して歩く。
頭上を覆う枝葉はやはりまばらで、見上げればもう暗く青い空が見えた。

島の端から離れると、島の中心へと近づくにつれ足場が固くなっていく。まばらに石が突き出していた地面が、すぐに石だらけのものへと変わった。
どうやらこの島は元々は海から突き出した岩礁だったらしい。島の中央はちょっとした岩山になっている。
そして相葉夕美は昼にこの島を一周した時にある発見をしていた。それはこんな事態にならなければ思い出さなかっただろう些細な発見だ。

「ここらへんに…………あった」

切り立った岩壁と、その足元に走る割れ目の前に相葉夕美はたどり着く。
ひびのような割れ目はちょうど人ひとりが、彼女くらいの小柄な子が屈めばなんとか入り込めるような小さな穴だった。
相葉夕美は地面に屈むと懐中電灯を取り出してその奥を照らす。

「なにかの巣じゃないよねぇ……?」

空の色はもうかなり暗い。空気も湿り気を帯びてきている。どうやら雨雲はもうかなり近くまで来ているようだ。
意を決するとバケツをいったん置いて、相葉夕美は濡れている足元に気をつけながら慎重にその小さな壁の割れ目へと身体を滑り込ませていった。

「……………………」

洞窟とも呼べないそのちょっとした隙間の中は、入り口と比べると少しだけ広くなっていた。
だが天井は低いままで立ち上がることはできない。それどころかつららのような岩が何本も突き出している。ぶつければ怪我をするだろう。
屈んだままの姿勢で相葉夕美は懐中電灯の明かりを走らせる。
地面は全部ごつごつとした岩だ。その隙間に水が流れていて床面のどこもが濡れている。

「一畳あるかないか、かなぁ」

言って、相葉夕美は外に置いたままのバケツへと手を伸ばし引き寄せる。
それを一番平らな岩の上に置くと、自分はタオルを下へひいてその上へと腰を下ろした。

「…………とりあえず、雨がやむまではここにいよう」






 @


洞窟とも呼べない壁のひび割れの中へと避難してからほどなく雨は降り始めた。思いのほか強い雨で、外からはザァザァという音が聞こえてくる。
その音を相葉夕美は不安げな顔で聞いている。
懐中電灯は電池がもったいないのでもう点けてはいない。なのでバケツの中の火の明かりがほんのりと彼女の顔を橙に染めていた。

「ぅー……」

幸いなことに雨は中まで吹き込んだり流れ込んだりしてくることはなかった。
しかしこの中は寒かった。日も落ちて雨で気温が下がったこともあるだろうが、常に水の流れている岩壁の中はひやりとして居心地がよくない。

雨はすぐ止むと放送では言われていたが、それはいつだろうか。
もし一晩雨が降るのだとしたら、この中で朝まですごすことになるが、ここにはとても横になるスペースはないし、無理に横になっても下は水浸しだ。
こんなところで寝たら間違いなく身体を壊すだろう。たとえ雨が降っていたとしても寝るならまだ外のほうがいくらかましだ。
やはり雨が早々に止んでくれることを祈るしかないだろう。
雨が止めば安心して外で寝ることができる。雨の後なので地面はどこも濡れているだろうが、そこはボートを裏返してベッド代わりにしてしまえばいい。

「南の島……星空の下で、なんてロマンチックだね」

さておき、なにもすることがないとなると、後はなにかを考えることしかできない。
寝床の心配なんてのはすぐに終わってしまい、雨音の中で彼女がずっとなにを考えているかというとそれはあのメッセージのことだった。
今夜、あなたの希望の花とお話させてあげます――そういう内容だった。
希望の花。それはFLOWERSのリーダーである高森藍子のことに間違いない。相葉夕美は彼女ほど希望という言葉が似合うアイドルを知らない。

「………………」

相葉夕美は情報端末の白い画面を見る。
今夜とはあったがまだなにも変化はない。とうに日は暮れて、子供ならもう寝る時間なのに新しいメッセージが届くことも電話がかかってくることもない。
どうしてだろうか。今夜とは夜明けまでのことを指しているのか、焦らしているのか、こちらが覚悟を決めるのを待っているのか。
あるいは、こちらではなく向こう側に問題が? ひょっとすると藍子ちゃんのほうが通話できる状態ではない?

「………………っ」

不吉な想像に相葉夕美は首を振る。死んでたとしても変わらないのに、目指す結果と同じなのに、彼女はその想像を頭の中から振り払った。






端末は沈黙を保ったままで、ただ時間は過ぎるだけ。長く長く感じる時間が、焦燥とともにただただ無為に過ぎていく。

しかし、そんな時間の中でわかったことがあった。それは、相葉夕美という存在。殺しあいの中から仲間はずれにされた一輪の花の役割。
残酷な残酷な、残酷な、なにもかもを踏みにじるような、ただの事実。相葉夕美を迷わせる冷たい事実。

相葉夕美は最初から疑問に思っていた。殺しあいという企画のはずなのに自分は最初から安全地帯にいる。
そこから追い立てられることもなかったし、禁止エリアに殺されるという見せしめ役というわけでもなかった。
だからここに配置されていることにはなんらかの主催者側の思惑があり、他のアイドルとは違う役割が課されているのだと思っていた。

それは正解で。端末に送られてきたメッセージにより半分が解け、その次の放送で――千川ちひろの言葉でもう半分が解けた。

彼女は放送の中で『愛』と『夢』と『希望』を肯定し、それが正しく、それこそが命だとして殺しあいをさせているアイドルらにエールを送った。
翻って、こちらに送られてきたメッセージの中で相葉夕美は『絶望』と呼ばれた。そして、『絶望』は『希望』となにを話すのか? と。
それはつまり、千川ちひろにとって相葉夕美は生きて殺しあいをするアイドルの中にいないことを意味している。


『絶望』は最初から“仲間はずれ”なのだ。


高森藍子という大きな希望へとなんらかの影響を与えるための装置。ひどい言い方をすれば当て馬――それが相葉夕美だ。
だからこそ、こんな島に隔離されていた。最初から殺しあいに参加させてもらえてなかった。

千川ちひろがどこまで読みきっていたのかはわからない。
元々、絶望するだろうとわかっていたからこそこんな役割を当ててここに置いたのか。あるいはこんなところに隔離されれば絶望すると考えたのか。
相葉夕美は想像する。


もし、最初から絶望せずに島からボートで抜け出していれば、私も『愛』と『夢』と『希望』を持って頑張れと言われる中にいたのだろうか?


「ああ…………」

ますます彼女と――高森藍子となにを話せばいいのかがわからなくなる。
想像が正しければ、彼女と話すというのはただ利用されているだけにすぎない。彼女がより悲しみを吸い取って強い希望の花を咲かせるための。
しかし、それは一番見たくないものだ。
だからこそ『絶望』した。自分の命を捨てても、他のアイドルを全員道連れにしてもかまわないと、自分自身の心で決めたことだ。

それを利用される? そんな自分の気持ちだと思っていたものも、誰かの思惑の内だった?

そう考えると途端に不安になる。そして想像してしまう。“仲間はずれ”じゃなかった相葉夕美がいたとしたらどうしてたんだろうと。

「うぅ…………!」

利用されるだけなら、それが癪ならなにも話さなければいい。いっそ情報端末を壊して捨ててしまえばいい。
それでいい。最初から彼女と言葉を交わせるだなんて思っていなかった。なにも言わず、ただ死ぬまでを耐え切るだけのつもりだったのだ。
なにも変わらない。誰の思惑の内でも、それが『絶望』でも想いは自分のものだ。殉じれる願いがあると胸を張って言えるはず。

けれど、相葉夕美はそれを捨てることができなかった。かろうじてつながっている高森藍子との線を断ち切ってしまうことができなかった。

なにを話せばいいのか、それはやっぱりわからない。なにも話したくない。彼女の声を聞いてしまえばなにもかもがあふれてしまいそうで怖い。
けれど彼女のことが好きだ。聞けるのなら声を聞きたい。他愛もない会話をしたい。私は大丈夫だよと言ってみたい。
こんなことを思うのも思惑の内で、その思惑の通りに彼女に悲しみを与えてしまうとしても、それでも。






「みんな、どうしてるかな……?」

FLOWERSのメンバーの名前はまだ誰も放送で呼ばれていない。それはただの偶然か幸運だと思っていた。
けれど、もしかすれば姫川友紀矢口美羽も自分と同じ境遇に、高森藍子に『絶望』を見せつけるための道具にされているのかもしれない。
相葉夕美はそんな想像をした。

外ではまだ雨が降っている。



冷たい雨。泣いてるのは――誰?






【G-7 大きい方の島/一日目 真夜中】

【相葉夕美】
【装備:ライフジャケット】
【所持品:基本支給品一式、双眼鏡、ゴムボート、空気ポンプ、オールx2本
       支給品の食料(乾パン一袋、金平糖少量、とりめしの缶詰(大)、缶切り、箸、水のボトル500ml.x3本(少量消費))
       固形燃料(微量消費)、マッチ4本、水のボトル2l.x1本、
       救命バック(救急箱、包帯、絆創膏、消毒液、針と糸、ビタミンなどサプリメント各種、胃腸薬や熱さましなどの薬)
       釣竿、釣り用の餌、自作したナイフっぽいもの、ビニール、傘の骨、ブリキのバケツ(焚き火)、アカガイ(まだまだある?)】
【状態:『絶望(?)』】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、24時間ルールで全員と一緒に死ぬ。万が一最後の一人になって"日常"を手に入れても、"拒否"する。
 0:………………。
 1:考える。
 2:サバイバルを続ける。

 ※金平糖は一度の食事で2個だけ!


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最終更新:2014年06月19日 20:21