Anemone heart ◆yX/9K6uV4E



――――Lony my love Lony my heart  見つめて もっと私を ここにいる私





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ねぇねぇあいさん!」
「なんだい? 薫」
「次のお仕事まで、ひまだから、あいさんのお話聞きたいな!」
「ふむ、じゃあ、前話した『メイドウサミン(×7歳)の愉快な喫茶店の事件簿』の続きでもしようか?」
「んー……その話はいいや」
「じゃあ、『伝説の歌手KIVAの武勇伝』とか?」
「んー、おとぎ話とかないかなぁ?」
「これも十分おとぎ話なきもするが……ふむ、さて何かないかな……そういえば、前此処に絵本があったな……あったあったこれだ」
「あ、それがいい!」
「『タンポポ姫のお話』か。さて、じゃあ読んでみようか」
「わーい!」




昔々、あるところにタンポポのお姫様がいました。
お姫様はお姫様らしからぬ素朴で優しい人柄の女の子でした。
その素朴な優しさはたくさんの人に好かれましたが、一方でお姫様らしくないといわれていたのでした。
そのお姫様の素朴さを愛した姫もいました。
その姫はアネモネのお姫様で、タンポポのお姫様の友人です。
タンポポのお姫様を誰よりも理解して、彼女の人柄を愛し続けました。
二人はいつまでも友達でした。


しかし、ある時、タンポポのお姫様の国で、とても哀しいことがありました。
哀しい哀しい出来事に、国民は哀しみに沈みました。
その中で、国民はタンポポ姫の優しさに、癒されたのです。
素朴な優しさに希望を見出し、お姫様の才能は開花したのでした。

その優しさは、天性の才能で、哀しみを癒し続けました。


また、その才能に、目をつけた人がいました。
それは国の女大臣で、彼女を最高の希望だと位置づけました。
また、婚約者を失った林檎の姫様も、彼女を最高の希望だと思いました。


そうして、タンポポ姫は、名実共に、最高の希望の姫様と呼ばれたのです。


けれど、それに対してアネモネの姫は――――




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「ふーっ、寒いね……小雪もちらついてるし」

今日は久々のオフの日だった。
私――相葉夕美がフラワーズに入って、オフをとるのも大変になったのです。
今、私のスケジュールは時間刻みで予定が入っているぐらいびっしりで。
でもそれは名実共にフラワーズが凄い人気であることを証明していて。
大変だけど、とても嬉しくあるんだね。
一日纏まっての休みは本当久々で。
そんな貴重なオフの日なのに。
小雪がちらつくほど寒い日なのに。
私が向かう先はいつもの事務所だった。
別に働きたくて事務所に向かう訳じゃない。
いや、アイドルは本当楽しいけどねっ。

私が向かうのは、そこに逢いたい人がいるから。
私達が休みでも、そこで私達の為に働いている人がいるから。
そんな人に沢山の感謝をこめて……そして、大切な想いを篭めて。
渡したいものが、あるからなのです。
小雪がちらつくぐらい寒い冬の日。
二月にある、大好きな人に、かけがえのない想いを、お菓子に篭めて渡す日。
そんな大切な日が、今日なのでした。

勿論……私も作っておいた。
買ってもよかったのだけど、それじゃ……あの子に負けてしまう気がなんとなくしたから。
仕事終わりの時間を利用しながら、頑張って。
花の形した沢山のチョコレートを、大好きな花と一緒に。
きっとあの人は、花言葉なんて知っているわけがないけど。
でも、そこに篭められた言葉は、純粋な想い。
愛の告白……なんて。
直接言えないのにね。
……だから、こう勝てないのかな。

…………気持ちで負けちゃしょうがないねっ。


「うー寒い寒い、早く行こう」

そんな重たい感情を引きずりながら、私はかんかんと事務所の階段を上っていく。
変装も踏まえて、大分厚着をしていた。
冬場はコートと帽子、マフラーぐらいだけで案外ばれないものだから。
それでも、寒いものは寒い。
だから、足早に階段を上って、事務所に到着っ。


「おはよーございまーす」
「あら、夕美ちゃん……休みじゃ……っていうのは、愚問よね」
「そーいうことだよっ。ちひろさん、プロデューサーさんは?」
「いますよ、藍子ちゃんと今一緒です」
「……そうなんだ」

挨拶と共に温かい事務所へ。
いつものようにちひろさんがお出迎えで、何故来たのかもわかってた。
まぁ、女性なら、わかるだろうしね。
そして逢いたい人も居た。
大切な親友……今、会いたくなかった人と一緒に。

「お茶飲みながら、休憩してるようですよ。いったらどうです?」
「うーん……いいかな」
「そう」

ちひろさんに促されるも、いかない、いけない。
行く勇気がなかった。
けれど、何を話してるのか、気になって。
結局、彼女たちには気づかれないけど、見える位置で、私は待っていた。
本当に臆病だった、臆病でしかなかった。

「ほら、この子猫、可愛いでしょう、さっき歩いてたら欠伸をしてたところを、ぱしゃりって」
「なんか間抜け面だなぁ」
「それが可愛いんですよう、わからないですか?」
「まぁ、猫は可愛いけどな」
「はい、猫さんは可愛いです」

いつのものような、ゆるっとふわっとした会話だった。
でも、それは誰にも入れない二人の会話で。
もう、それは特別の空間で。
二人だけ、そう藍子ちゃんとプロデューサーの空間だった。


「えへへ……そうだ、猫といえば猫さんカフェ、春菜ちゃんから教えてもらったんです。今度一緒に行きませんか?」
「お、いいな。行ってみようか」
「はい、今度のオフにでも行きましょう」

そうやって、自然に誘える。
私にはできないことをさらっと彼女はやってしまう。
私ならきっと遠慮して、誘いたいのに誘えない。
なんだろう、これ。
こんなこと、感じたくないのに。
感じてしまう。

「それで藍子」
「はい?」
「今日は、どうしたんだ? 折角のオフに」
「あっ……えへへ、目的忘れてました」
「おいおい」
「そ、それですね」

藍子ちゃんは顔を真っ赤にして。
照れながらも、楽しそうに笑って。
あぁ、本当にあの人が好きなんだな。
藍子ちゃんは、心の、心の底から。


「はいっ。ハッピーバレンタイン! いつもありがとうございます」
「……おおう、今日はそんな日だったか」
「そうですよ……だから、直接渡したかったんです」
「……ありがとうな」
「はい……『特別』なチョコレートだから、きちんとお渡ししたかったんです」
「そっか……食べてもいいか?」
「勿論ですっ!」


その特別が、恋愛感情なのぐらい、誰にだってわかる。
そんな顔を赤くして、目を潤ませて。
幸せそうなのをみて、違うという人なんて。
誰も居ない。
あの人は気づいてないけど。


「甘いな……うん、美味しい」
「よかった」
「相変わらず、上手だなぁ」
「ありがとうございます」


あぁ、いいなぁ。
羨ましい。
幸せそうで。


「甘いものを口にすると、少しだけ幸せな気持ちになれますから、私のチョコで貴方が、幸せになってくれたいいな……」
「あぁ、十分幸せだよ」
「そうですか?」
「そうだよ、藍子と一緒にいれてよかった」
「……私もです。 うん、本当に」




――――あぁ……私は、この中に入れない。



この、二人の空間に。
この幸せな時間に、私が入ることなんて、無理だ。
私が、あの人と話して、あの人をこんな風に笑わすことなんてできない。
藍子ちゃんのようになれない。
やっぱ二人の関係は特別に見えて。



「――っ」


私は思いっきり唇をかんで。
そして、逃げるようにその場から去った。
持っていたチョコレートは、あの人の机の上において。
会って渡すことなんて、もうできない。


「ちひろさん、あの人が出たタイミングで、夕美が来て置いていったと言っておいて」
「いいですけど……貴方はそれでいいの?」
「いいですよ、だって……私には、今笑って渡せる自信がないよ」
「そう……ねぇ、ひとつ聞いていい?」
「何?」
「貴方は藍子ちゃんの恋愛感情を知ってるけど……貴方の恋愛感情を、藍子ちゃんは知ってるの?」
「知らないよ。絶対。教えないし、気づかせないようにしてるから」
「なんで?」
「そのほうがいいから」

藍子ちゃんは知らない。
知ってほしくない。
知ってしまうと、彼女は遠慮したり引いたりしそうだから。
だから、絶対教えない。


「そう」
「じゃあ、また明日。お疲れ様」
「……わかったわ、お疲れ様」
「うん、よろしく」



そうやって、私は逃げるように事務所から去った。





「そうやって、逃げてるようじゃ、絶対勝てないし……かなわないんじゃないかしら。ちゃんと伝えなきゃ……誰にも伝わらないわよ……ねぇ、アネモネの花」





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






そうやって逃げて。
私は街のコーヒーショップに入った。
とびきり濃い暖かいカフェオレを頼んで。
ただ、行き交う人を眺めていた。
なんとなく、そうする時間が必要だった。

孤独の恋心を癒すために。
……なんて。
そもそも盤上にも立ってないかもだけどね。

「はぁ……」

ため息をつく。
思わず涙もちょっと出そうになる。
そんなセンチメンタルに、今は浸っていたい。



「で、どっち買うんだ?」
「う、うーん」
「両方買えばいいじゃん」
「バイト代入ったらそうするよ! 今はまずひとつ……どっちにしよう」

そんな気分の時は、自然と声が耳に入るもので。
すぐ前の、CDショップの店頭で、悩んでる男子高校生二人。
悩んでるのは……私達のCDで、カバーアルバムのやつだった。
相変わらず好調で、今もランキングに入っている。
そのCDで、藍子ちゃんのと、私の。
どっちか買うか悩んでいるようで、私はそっと聞き耳を立てた。


「……うーん」
「早く決めろよ」
「……わかった。藍子ちゃんのにする」
「夕美ちゃんのにしないのか? 歌そっちの方がいいじゃん」
「わかるけどさあ、なんか藍子ちゃんの方がほっとするんだよ」
「それはわかるなぁ……確かにずっと聞いていたいのは、そっちかも」
「でしょー。歌うまいじゃない、なんか他のがあるんだ」



そういって、藍子ちゃんのCDを選んだ。
……うん、実際藍子ちゃんの方が売れている。
評価は私の方が高いみたいだけど……そんなの関係ない。
今、聞こえてきた会話が答えのようなもんだ。
ずっと聞いていたい、なんて羨ましい評価だ。

歌が上手い……なんて、一杯いるんだよ。
アイドルの歌として、ずっと聞きたいとか言われる方が凄いと思う。
実際、今買われていった。
それが答えだ。

本当、もう、それが、高森藍子のアイドルだ。


限りなく開花した、彼女の才能。



凄い、凄いよ。



「はぁ…………」


ため息が、涙が、止まらない。




「かなわないのかなぁ……やっぱり」



敵うなのか。
叶うなのか。
両方なのか。


私にはわからないけど……、ため息だけは……とまらなくて。




ただ、いろんな感情が、カフェオレのように、濁って、混ざって。




溶け合っていった。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「きたっ……!」

予期していたことだった。
藍子ちゃんと電話させるにあたって、千川ちひろからアクションが来ること自体が。
だから、当然身構えていた。

きっと、私を揺さぶるだろう。
それが、彼女の望みなのだから。
私と藍子ちゃんの会話で、藍子ちゃんが悲しみに染まるのをみたいのだろうから。


いやだ、そんなことさせるものか。
だから、私は負けない、負けたくない。
震える手でそっと、通話ボタンをおして、会話をつなげる。


「もしもし」
『もしもし、お久しぶりですね。元気にしてましたか?』
「こんな島に放置して、元気だと思う?」
『それもそうね、実際ボートで渡るの大変だったでしょ?』
「そう思うなら、空気いれぐらい用意してほしかったかなっ!」

なんて、つまらない腹の探りあい。
さっさと本題に入ってほしい。


『ええ、善処します……さて、本題ですが』
「藍子ちゃんとの通話?」
『はい、させますよ』
「そう、どういう風の吹き回し?」
『その方が、面白いから』

くすくすとちひろさんは笑った。
心底、気持ち悪い。

「私は普通に話すだけだけどねっ」
『まぁ、そうでしょうね』
「だって、その方が藍子ちゃんにとっていいもの」
『貴方なら、そういうでしょうね』
「ええ……ねぇ、ちひろさん」

もう、早くこの通話を終わらせたい。
だから、私は、考えていたものを、早々に仕掛けることにする。



「貴方、この殺し合いで『何を作り出すつもり?』」
『……へぇ』
「この哀しみしか、生まない状況で、貴方がやろうとしていたことを考えていた」
『それで、解ったんですか?」
「哀しみを、希望を、夢を、恋を利用して……貴方、アイドルに対して、何か働けかけてる」
『へぇ……』
「それは、まるで高みをあげるように」


ねぇ、ちひろさん。



「『アイドル』を、貴方、どうするつもり……ううん、どう『担ぎ上げるつもり』?」
「…………そこまで、解ったのかしら?」
「貴方は変わった。その変化を思い出した時、やっぱり思い出すのは――」
「思い出すのは?」
「あの哀しみしかなかった大災害。 この災害を経て、貴方は変わった……アイドルに何かを求めている」


あの哀しみしかなかった大災害で。
千川ちひろはまるで、何かにとらわれるようにアイドルに求めている。
それは一種の冷たさ、厳しさを感じるように。


「そして、その中で、藍子ちゃんは、輝き始めた。びっくりするくらい、加速するように」
『……そうですね』
「それは、災害と……今回の殺し合いと無関係ではないはず」
『……よく、考えましたね』
「ねぇ、何をするつもり?……解らないけど……でも」



でも、これだけは、絶対にさせない。



「藍子ちゃんだけは、貴方の思い通りにさせるものか」



これだけを胸に秘めて。



藍子ちゃんを、利用させないと。



「藍子ちゃんは、貴方のおもちゃじゃない」



だって。



「私は藍子ちゃんの友達だから……護ってみせる」







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







ふふふっ、相葉夕美はやはり聡明だ。
よく、そこまで、考えましたね。
私の目的を考えつくして。
そこをついて、自分の心を護ろうとする。
藍子ちゃんを護るために。



けどね――――まだまだ甘いですよ。


ひとつ教えてあげましょう。



情報も、立場も、何もかも上の人間に立ち向かう時、交渉する時は、自分から攻め込んじゃだめですよ?
自分の攻めるカードが少ないの露呈させて、相手がどう攻めれば、有効か丸裸にさせてしまうようなもんですから。
ねぇ、それ以上に、私を攻めるカードないですよね?



じゃあ――――








「ふふっ……あははっ……ねぇ、相葉夕美ちゃん。これ以上――――」






私の勝ちだ。




「『高森藍子の親友』ぶるの止めません? 茶番は飽きましたよ?」








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「…………何を、いってるのかな?」
『何をって、事実を』
「妄想だよ、そんなの」
『妄想じゃないですよ、ちゃんと知った上での事実ですよ』


この女は、何を言ってるのだろう。
私は藍子ちゃんの親友だ。
それは事実だもの。


『貴方は友情の花じゃない、激しい恋愛の花……そう、まるでアネモネの花のようね』
「それが、どうしたのかな」
『プロデューサーの恋に揺れて、今も心が壊れそうな癖に、よく知らばくれってますね』
「たとえ、そうだとしても、別にそれでいいもの」
『藍子ちゃんに取られそうなのに?』
「……っ?! それでも……だよ」

それが、ばれてることぐらい承知の上だ。
私は気を強くする。


『それだけじゃない。貴方は、高森藍子に勝てない』
「何に?」
『全てに。アイドルとしての才能も、恋も、全部ぜーーーんぶ、高森藍子に、横取りされちゃうものね』
「……そんなことないよ?」
『そんなことありますよ。貴方の才能じゃ、貴方の実力じゃ、誰も彼も希望にできない」


うるさいな、この人。
こんな私をいらだてさせて、なんになる。


『高森藍子は、あの大災害以降、才能を開花させました。爆発的に。悲しみを癒す陽だまりの花を』
「……無理やりね」
『無理やり? あの子の才能を、時代が求めただけですよ」
「違う! そうやって、哀しみによって、無理やり引き出して! 藍子ちゃんの才能はそんなんじゃない!」
『じゃあ、どんなものだというの?』
「藍子ちゃんの才能は、本来、そっと寄り添うように、時間をかけて、ゆっくりゆっくり寄り添うように、花開かせるものだったのに!」
『でも、今、実際、あの子はいろんな人の希望ですよ』
「無理やり引き出してね!」
『ふーん。そうやって、コンプレックスを癒しますか、貴方は』


何を……言ってるの。
この人は。
藍子ちゃんは、実際、こんな出来事で、無理やり引き出す才能じゃなかったんだ。
あの子の才能は、本来もっと、身近で、ゆっくり開花させるもの。
そうでしょう?
私のコンプレックスなんか、関係ない。

『悔しいでしょう? 見下してた相手に、全然勝てなくなるのは。どう考えても、歯が立たなくなったのは、貴方のプライドを傷つけるでしょ?』
「そんなことない……フラワーズは、皆で花開くんだ、一緒に」
『藍子ちゃんの才能は、無理やり開花させたものだといった癖に。そう言えば、自尊心が傷つきませんからね」
「いい加減にしないかな?」

見下してた。
けど、それは昔の話。
歯が立たないなんて、思わない。思いたくない。
私は、あきらめない。


けど、こんな話、いい加減うんざりだ。


『そうね、私もうんざり。だから、その『高森藍子の親友』ぶるの止めましょうよ?』
「だからそんなんじゃ……」
『貴方が絶望した理由、話してて、考えてて、解りました』
「っ?!」
『そして、貴方が、この島で、隔離した理由を教えてあげましょうか?』




それは、まるで、何かが、崩れる、音、でした。





『――――――答えは『相葉夕美が、高森藍子を殺しに行くだろうから』ですよ』





………………えっ。




なんだ、なんだ、それは、そんなの?



えっ?



『相葉夕美は、高森藍子に、限りなく嫉妬している。
 才能も、恋も、アイドルとして、かなわないこと知っているから。
 同時に羨望している。
 才能も、恋も、アイドルとして、羨ましいと思っている。
 そして、コンプレックスを持っている。
 才能も、恋も、アイドルとして、やっぱり勝てないから』




うるさい。

やめて。

やめてよ。


そうだよ、そうだけど。



それ以上、言うのやめてよ。





『だから、殺せると、解ったら、きっと、貴方、藍子ちゃん殺すでしょうね。殺したくて、たまらないでしょうね。だって邪魔でしょ?
 恋を叶えるなら、彼女が居なきゃ恋が叶う。幸せになれるものね。
 才能が敵わないなら、彼女がいなきゃ、貴方の才能に叶う人いませんものね。
 アイドルがかなわないなら、彼女がいなきゃ、ぜんぶうまくいく。
 ほら、殺せば、解決する』



ちがう。
ちがう。
そんな風に考えてない。


考えてなかった。


『だから、貴方は隔離するしかなかった。高森藍子は『希望』ですからね。簡単に死なれては困る。相葉夕美なら、高森藍子を騙して殺すことくらい、簡単ですもの』



私が藍子ちゃんを殺す?
そんな、そんな馬鹿な。



「親友を殺すこと……なんて、できるわけないでしょ……?」
『実際、五十嵐響子は、ナターリアを殺しましたよ。どんな風に殺したか、懇切丁寧に教えてあげましょうか?』
「えっ……」
『その程度なんですよ。実際、殺し合いという場にでれば、親友だって、邪魔だったら、殺す。そういう話です』
「……だからって、私が……」
『『絶望』して、高森藍子はおろか、全員すら巻き込んで殺そうとした人間でしょ、貴方』
「……っぁ」


そうだ、私の『絶望』はそういうものだった。
だから、みんな、きれいなまま死ねばいいって。
生き残っていみもない。
だから、ぜんいんで、しねば。


……あれ



あれ……?



それって……それって。



『そう、貴方は、そもそも殺すことに抵抗がない。だから、きっと、『高森藍子を殺して生き残ろうとする』それが、結論ですよ」




あぁ……あぁ



「あぁ……あぁあああああああああああああ!?」
『だから、貴方は『高森藍子の親友』じゃない。醜い嫉妬とコンプレックスにつぶれた、ただの浅ましいひと』
「ちがう、ちがう……私はフラワーズの、高森藍子の親友……フラワーズの相葉夕美だよ!」
『そうやって、慰めるならそれでいいけど。ねぇ、貴方が言ったフラワーズどうなったか、聞きたい?』


私は、フラワーズの月見草。
私は、高森藍子の親友。


そうだよね?
藍子ちゃん。


そうだといってよ。




姫川友紀は、此方の誘いに乗って、人を殺しましたよ。今もなお、殺そうとしている。そう、貴方たちを護るためにね』


えっ……友紀ちゃんが。

そんな馬鹿な。


うそだ

矢口美羽は今も迷って、そして、高森藍子は…………私たちが……』
『藍子ちゃんに何をした!? 言ってよ!』
『いわなーい。ふふっ、本人から聞けばいいじゃないですか?」



聞く?
そうか、今は、藍子ちゃんと話すって。

でも、それを


「こんな状態で、私が、選ぶと思う?」
『選びますよ。だって、どうであれ、貴方は高森藍子に縋ってる』
「…………」
『話したくてたまらない。どんな感情であれ、話したい。あの子と』
「それは……」
『貴方は、忘れられたくないんでしょ? 置いていかれたくないんでしょ? 見つめてほしいんでしょ。 高森藍子に』

忘れられたくない?
置いていかれたくない?


「貴方が、絶望した理由でもあるでしょ。高森藍子は才能が開花して、どんどん先に行く』
「……」
「それは、きっとフラワーズも、相葉夕美を超えていく」
「……うあ」
『貴方が死んでも、きっとね。それがいやだから。忘れてほしくないから、置いていかれたくないから』


それが、『絶望』の本当の理由。


間違っては居なかった。




『だから、貴方は絶対、高森藍子と話しますよ』




確信めいた言葉だった。




『どんな感情であれね。貴方と話せてよかったです。じゃあ、話せるようにしておくので、この時間帯のうちにしておいてくださいね』




そうやって通話が切れる。





『さよなら、アネモネの花。 貴方はアネモネの花言葉通りになるのかしら?』





あぁ。


今、私の心はどうなってるのだろう?



私の心なのに、わからない。




通話のボタンを縋るように押す。



コールの音が聞こえて。




やっぱり、このまま、話すのはいやだと通話をきる。


それでも、まだ、通話できる。





私は、高森藍子の親友だったのだろうか?





ねぇ、わたしは、なんだったの?




孤独の恋心を抱えて。
孤独の心を抱えて。





解らなくて。



何もかも言いたくて、
何もかも聞きたくて。





私はもう一度、通話をして。




それが、破滅への一歩でも。







私は、高森藍子と話がしたい。




【G-7 大きい方の島/一日目 深夜】

【相葉夕美】
【装備:ライフジャケット】
【所持品:基本支給品一式、双眼鏡、ゴムボート、空気ポンプ、オールx2本
       支給品の食料(乾パン一袋、金平糖少量、とりめしの缶詰(大)、缶切り、箸、水のボトル500ml.x3本(少量消費))
       固形燃料(微量消費)、マッチ4本、水のボトル2l.x1本、
       救命バック(救急箱、包帯、絆創膏、消毒液、針と糸、ビタミンなどサプリメント各種、胃腸薬や熱さましなどの薬)
       釣竿、釣り用の餌、自作したナイフっぽいもの、ビニール、傘の骨、ブリキのバケツ(焚き火)、アカガイ(まだまだある?)】
【状態:『絶望(?)』】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、24時間ルールで全員と一緒に死ぬ。万が一最後の一人になって"日常"を手に入れても、"拒否"する。
 0:??????????????????????????






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「本当に、そんな理由で配置したんですか?」
「そんな訳ないじゃないですか。そもそもあの子が絶望したのは、想定外だったんですから」
「でも五十嵐響子は……」
「あの子は迅速果断の子ですよ? そういう決断できる子なんて少ないですよ」

千川ちひろはオペレーターと、話している。
それは、相葉夕美が配置された本当の理由だ。


「まぁ、あの子を追い詰める為に利用しただけですよ。あの子が藍子ちゃんを殺せるとは、まぁよくわからない。多分無理でしょうね」
「じゃあなんで……」
「可能性があるなら、指摘する。すると、もう天秤が揺れたら、止まらないように延々と心が揺れる。
 本人が、意識してなくて、それが納得できるものなら、もうそれしか、ないように思うんですよ。交渉の術のひとつですよ」
「怖いですね」
「結果、彼女は揺れに揺れた。想定通りです、彼女の心は複雑極まりなくて、そして、聡明な子」
「そうですね」
「そういう、複雑で聡明な子ほど、御しやすいんですよ、覚えておいた方がいいですよ」
「なんでですか?」
「だって、いろいろ考えてしまうから。頭がいいから、そうやって悩んで苦しんで、決めてしまう。そうして、どんどん畳み掛けられますからね」
「やっぱり恐ろしい……」
「まぁ、それで相葉夕美が配置された理由は……」


夕美が配置された本当の理由。


「『ノアの箱舟』ですよ」
「箱舟?」
「そう。世界を大洪水が襲った時、箱舟に入ったものだけが助かったっていう」
「それが?」
「つまり、殺し合いの中で、隔離という名の箱舟に入れば……死なないでしょ? 此方から殺さない限り」
「なんでそうしたんです?」
「ノアが神から、託されたように……、もし、殺し合いのなかで希望が生まれなかったら……、その為の保険ですよ。フラワーズの才能あふれる子、希望にふさわしい子」
「あぁ……そうすれば、最悪大丈夫と」
「そういうことです。彼女が、一番才能的にも、問題なかった。そしたら、絶望したけど」
「なるほど……」



さてと、ちひろが言って。


「さぁ、ノアの箱舟に居るアネモネの花。アネモネの花言葉は――


『君を愛す』
『真実』
『はかない恋』
『はかない夢』
『薄れ行く希望』
『期待』
『希望』
『信じて待つ』


そして。



『嫉妬の為の無実の犠牲』


この、花言葉には由来となる伝説がありますけど。


別に伝説なんていらないですよね。


花言葉があって。
貴方はこの花言葉に、どんな物語をつけますか?




相葉夕美。アネモネの花よ。



その物語を見せて。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








女大臣は、タンポポ姫の希望に目をつけて、それを利用しようとしました。
まるで、タンポポ姫の希望に取り憑かれるように。

林檎の姫様は、タンポポ姫の希望に救済を求めて、彼女に縋りました。
まるで、タンポポ姫の希望しか信じないように。


そして、アネモネの姫は、ただ、タンポポ姫の友達だといいました。
タンポポ姫の希望は、素朴で優しいもので、最高じゃないといって。
嫉妬しながら、それでもタンポポ姫のそばに居ました。
でも、タンポポ姫の希望を、自分の希望に合うように、願い続けました。


そうして、タンポポ姫の希望に取り付かれた姫たちと大臣は、


やがて、それしかみなくなりました。


さて、本当に哀しいのは、だれでしょう?



――なんだ、この童話は……? どっちかというと、道徳の教科書だな」

「なんか、ふしぎなはなしー」
「そうだな、薫。誰が本当に哀しいと思う?」
「うーん…………たぶん、タンポポ姫かなぁ」
「どうしてだい?」
「だって……」



「だれも、タンポポ姫の本当の心を見てないもん」


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最終更新:2016年04月20日 00:25