もうひとりじゃないよ ◆yX/9K6uV4E



――――泣きたい時もあるよ 一緒にいればいいよ





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






出逢いはきっと、偶然めいた必然だったと思う。
相葉夕美が、彼にスカウトされるのは、きっと、そう。
その頃には、私は既にアマチュアアイドルとして人気を博していたんだもの。
自分で言うのもなんだけど、ちゃんとしたプロダクションにスカウトされるのも時間のうちだと思っていた。
彼じゃなくても、その内プロになっていただろう。
プロへの憧れは、確かにあったから。
小さな街角とかでやるのも楽しかったけれど、やっぱり大きな舞台に立ちたかったから。
だから、彼に誘われた時、私は二つ返事でOKを出した。
もし、誘ったのが彼じゃなくても、私はきっとOKを出していたと思う。
それくらい、彼と私は最初はその程度の関係だと思っていた。
でも、もしかしたら、私にも焦りがあったのかもしれない。
絶対その内スカウトが来るとは確信していた。
けれど、いつまでこうして街頭で活動を続けているのか。
その期間が長くなるにつれ、なんというかな……焦燥感というものに襲われていた。
いつまでも燻っていたくない。

だから、誘いが来た時、やっと思って飛びついた。
兎にも角にも、プロになれる! それしか思わなかったんだよ。
なんで、時間がかかったのかを考えもせずに。


そうやって、私はプロダクションに入って。

数え切れないほどのレッスンをこなしていった。
その中で彼――プロデューサーの指導も受けていた。
厳しくも的確で、けれどまた優しくて。
その中で、私のなかで何でもなかった彼の存在が大きくなっていたのを、覚えている。
ゆっくりと、けれど確実に。
でも、その想いを口にすることは、なかった。
だって、私はアイドルだったんだから。
そうだと思ってから。
そうだと言い訳をして。

私は、恋の花の蕾を心の奥底でしまい込んで。


そして、その後にフラワーズ結成をメンバーの紹介と共に知った。
他のメンバーには言われなかったけど、私を中心とした四人組になると。
千川ちひろからそう聞いたのだ、またそれに私自身も当時納得していた。
経歴を見ると、他の三人は中々凄まじいものだったから、アレな意味でね。
私自身、妙な自信が当時あって。
そう、他のメンバーが引き立て役になるのも、何となく解ってしまった。
その事に特に私は不満もなかったし、有る意味当然とさえ思っていた。
今思うと、本当、おこがましいなぁ。


そして、メンバーとのレッスンも始まって。


やっぱり最初は、予想した通りの感じになった。
皆、ちょっとやっぱり少し失敗する事が多くて。
足を引っ張るという言うつもりはなかったけど、私に出来る事が彼女達には出来ない事が多かった。
でもそれは、仕方ない事だと思って、笑って励まして。
けど、きっと私は見下してみていたのかもしれない。
グループなのに、仲間なのにね。

でもね、そうやって過ごしていくうちにどんどん変化があったんだ。
グループのメンバーの中でも、私の中でも。

皆、どんどん上手くなっていく。
皆、どんどん輝いていく。
ビックリするくらい、羨むぐらいに。
あの人が見つけた人達は、本当に素晴らしい人達なんだと思うくらいに。

姫川友紀
最初は不思議な大人の人だと思ったけれど。
ダンスがすっごいんだ。
身体があんなに動くなんて、凄い。
明るくて、元気で。
皆を引っ張ってくれる。

矢口美羽
一番、メンバーの中で幼い子。
けれど、一番勇気があった子。
何もかもに挑戦していって。
失敗する事だってあったけど、それでも諦めずに。
どんどん前に向いていった。


そして……高森藍子
ゆったりとした私と年齢が近い子だった。
優しくて、ふわっとして。
話してて一緒に笑っていられる子だった。
最高の友達で。

けど、彼女に対しては、私はまだ……心の底では見下してたのかもしれない。
傲慢な自負のせいで、高森藍子というアイドルを下として見ていたのかも。
なんでこの子が、アイドルとしてやっていけるのか。
スタイルも普通以下で、かわいいけれど、それは一見何処にでも居るような少女で。
歌もダンスも普通で。
実際誰よりも、姫川友紀や矢口美羽よりも、誰よりも燻っていた。
そんな彼女が私達の隣に居る。
それがとても、とても不思議でした。

何より、彼女は誰よりも、そう誰よりも。
私達のプロデューサーから真っ先に選ばれた人だという事が。
私には信じられないし、驚くしかなかった。
だって、あの敏腕といってもいい実力を持つあの人に、一番見出されたという事実。
それが意味する事ぐらい、私には解る事が出来たよ。
でも、それでもなお、私にとって解りたくなくて、認める事が出来なかった。


こんな子がアイドルで。
こんな子と一緒でアイドルで居るのか。


そんなどろどろとした思いが私にあったんだよ。
みっともない自負みたいのを持ちながら。
それでも、私は高森藍子という女の子に、純粋に好意を持っていたんだ。
正と負の感情を抱えながら、私は藍子ちゃんと一緒に居て。


そうやって、フラワーズの中で、私達は過ごしていた。
輝こうとしていたんだ。

私もね、思い出してきたんだ。
少し慣れていたせいで忘れていた、最初の感情。新鮮で、とっても気持ちのいい感情。
アイドルとしての活動する。
それに対しての喜び。驚き。楽しいって、思う事。

自分がアイドルでいられるんだ!

そんな気持ちに始めて接して驚いたり喜んだりするフラワーズのみんなの姿。
なんかね、そういうの見てたら、あぁ、私もそうだったんだよ。そういうのを思いだしたんだよ。
私自身ももっと純粋だったんだなぁって。
初めて街頭に立った時の緊張、怯え……そして、喜びと感動。
そういうのが私のなかに確かにあった事を思い出して。
だから、こうなんだろうね。
嬉しくなっちゃって。
あの時のように戻れたようで。
だから、私も頑張ろう、もっともっと! そう思えたんだよ。

それにね。自分でも街頭に立ってた時とは違う興奮を知ったんだ。
街頭じゃ絶対に味わえないもの。
そう、煌びやかな輝く舞台に立って、歌って、踊って。
沢山の人のなかで、光のなかで。
私はその中心にいることが、とっても、凄くてさ。

更に、その隣には、三人がいつも居るんだ。
同じ、輝く仲間が。
歌って、踊って!

この興奮を共有して、作り上げている。


最高の、仲間達がね!


こんなの……今まで無かったから。
一人じゃない。皆が居る。
皆で、笑って、歌って。
そして祝福されて。


こんな、感動、知らなかった。


知ってよかった。



こんなにも、グループで活動する事が、楽しくて、幸せで。


次第に、フラワーズというものが、私にとって。


本当にかけがえの無いものに変わっていった。


そしたらね、なんか、私も、笑顔が増えたんだ。



こんなに幸せだって。こんなにも、輝けてるって。



だから、もっと頑張ろうと思ったんだよ。



そんな頃の、ある日。



まだ、蕾のまま。


輝く事が出来なかった花を巡って。


一つの小さい、けど私達にとって大きな事件が起きたんだ。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







その日は、とても大切なレッスンの日でした。
私達のデビュー曲となる曲の歌とダンスのレッスンで。
その曲は歌とダンス共にとても難しい曲だったんだ。
だから当然レッスンにも熱が入る。
トレーナーさんも普段以上に厳しい態度で臨んでいた。
私達はそれに必死に食い下がるようにレッスンをしていて。

私自身は最初から何とか付いていけて。
ダンスが得意な部類に入る友紀ちゃんはダンスの方でついていって。
美羽ちゃんも徐々に歌の方でついていった。

けど、


「高森っ! またお前だけついていけてない!」
「はっ、はい……ごめんな……」
「謝るのはいい! 何度同じ所で躓いてるの!?」
「あ……ぅ……」


藍子ちゃん。
彼女だけが、どうしても失敗してしまう。
ダンスにしろ歌にしろどっちも上手くいかない。
難しい曲なのは確かだけど、彼女だけ何度も、そう、何度もつまずく。
トレーナーがカリカリするのも仕方ないかも。
だって、私も、友紀ちゃんも、美羽ちゃんも、そこはもうとっくにクリアしていたのだから。
後、藍子ちゃん一人。
一人だけなのに、躓く。

「どうやれば、成功するのか、解ってる?」
「それは、皆と息を合わせて……」
「あってないでしょう? どうあわせるかをいってるの」
「……そ、それは」

藍子ちゃんは口ごもる。
トレーナーさんも優しくもあり、厳しかった。
誰もが言わなくても解っていることを、言わない。
それは、藍子ちゃんを護る優しさかな。
それとも、藍子ちゃんに言わせてしまう厳しさかな。
……両方な気もする。

藍子ちゃんもきっと解っている。
何度もあわせようとした。
何処で突っ掛かっているかも解っている。
なのに、藍子ちゃんだけあわない。
何度も、何度も。

それは高森藍子が、劣っているという事。

ダンスも歌も。
メンバーよりも、劣っている。
だから、ついていけない。

そういう、残酷な話。


あんまりだ……とは思わない。
けれど藍子ちゃんだって頑張って練習した。
歌も踊りも、全部全部。
更に上に上げようと。
実際、上がっているのだろう。

でも、それよりも、要求するモノが高かった。

それだけの話。


「……解っているのでしょう?」
「……っ!?……は、はぃ……」


優しく、でも残酷にトレーナーさんは彼女に促した。
藍子ちゃんは青ざめながらも肯くしかなく。
トレーナーさんはわざとだろうか、とても大きなため息をついて。

「じゃあ、それで貴方はどうするの?」


何時までも、合わせられない藍子にどうするか?を尋ねる。
藍子ちゃんが個人で練習するか。
それともこのまま続けるか。
はたまた別の手段か。
とれる選択は一杯あるけれども。



「それは…………うん……どうしましょう」



高森藍子は、笑った。
困ったように。
まるで、作った笑顔で。


まただ。

嫌な、本当に嫌な、藍子ちゃんの癖。
まるで身体に染み付いたような自然な笑み。
けれど、それは本当に張りぼての作り物のようで。
そんな笑顔を見るのは、私は凄く嫌だった。


それは、私だけじゃなくて、トレーナーも一緒で。


「……もう、いいわ」
「えっ」
「だからもういいといってるの。その答えが出るまで、貴方休んでなさい」
「……っ」
「今は貴方抜きで、レッスンします。そうしないと遅れてしまう」
「で、でもっ……」

憮然とした表情で、藍子ちゃんを突き放す。
藍子ちゃんの嫌な癖を見抜いた上で、そしてどうにもならない事で。
だから、次に言われる言葉は皆がちょっと思っていて。
けれど、いえるわけが無い言葉だった。


「はっきりいいいます。今の貴方では足手纏いなの」
「…………あっ……ぅ……」
「何時までも、こうしてられない。だから、しっかり受け止めなさい」
「……はい」
「……そうやって、誤魔化して笑ってるようじゃ、ダメなまま変わらないわよ」


足手纏い、ダメなまま変わらない。
その一言がとどめだった。
藍子ちゃんを支えたモノを壊すには充分なくらいに。



「ぅ……ぁ…………あぁ!」


藍子ちゃんはそのまま、何かに耐えるようにレッスン室から飛び出していった。
そして残るのは、なんともいえない沈黙。
藍子ちゃんが抜けて、三人でレッスン……なんて、できる訳ないよね。
トレーナーさんも何も言ってこないし。
多分、継続してレッスンなんてしない。
だから


「んー、流石にちょっと言い過ぎじゃないかな?」
「そうかしら?」
「多分、そうだよ……だから、私いってくるね」
「……お願いできるかな?」
「勿論……私はあの子の友達なんだから!」

私も、トレーナーさんに一言言って。
藍子ちゃんを追うように、レッスン室を飛び出した。


だって、藍子ちゃんは大切な友達で。



そんな友達が辛い時、一緒に、いたいもの。



それが、友達ってものだよ?












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「ひくっ……ぅぅ……あぅ……ぅぅ」


そうして独り、藍子ちゃんは泣いていた。
居る場所は解り切っていった。
屋上の、隅っこで。
私が置いた花のプランターが有る場所で、膝を抱えて泣いている。
彼女は、よくそこに居たから。
辛い時、悲しい時。
誰かに見られたくない時、彼女はそこに居たんだ。
いつもはそっとしていた。
だって、立ち入られたくない時は、誰にだって有る。
私にも、藍子ちゃんにも、皆、皆。
…………ううん、そうやって逃げていた。
どう、踏み込んでいいか解らなかったから。
でも、今回だけは、違う。
本当に、辛い時、哀しい時は、傍に居てあげる。
それが出来るのは、友達というものだから。


「藍子ちゃん」
「………………えっ?」
「やっ」
「レッスンは……?……どうして?」
「サボっちゃった」
「だ、ダメだよ、そんなの」
「ダメな事なんて、ないよ。友達が本当に辛い時、傍にいない方が、ダメだよ」

藍子ちゃんは本当に驚きながら、それでも、まだ涙を流していた。
私は静かに、彼女の隣に座った。
でも、私はそれ以上話す事は無い。
今は、言葉なんて要らない。

「……ぅー……あぅ……ひくっ」
「………………」

泣いている藍子ちゃんの傍に居る。
それでよかった。
それだけでよかった。
一緒に、一緒に。

一緒に、居る。


もう独りじゃないって、解ってもらう為に。


藍子ちゃんはとても優しくて、暖かで。
でも、それと同時に、とても臆病だ。
藍子ちゃんがどれだけ崖っぷちだったか、薄々わかっていた。
もう目が無い、引退を薦められる寸前だった事が。
それは、彼女を追い込むには容易だったと思う。
だから、本来の優しさや明るさから程遠い臆病さ、非積極的にさせていた。

最近解ったんだよ。

なんで、この子がアイドルで居られるのか。
私は、こんな子と一緒にアイドルで居るのか。

そんな気持ちと似たようなものを藍子ちゃんが持っていたって事を。

なんで、私はアイドルで居られるのって。
なんで、私は、他の人達とフラワーズで居られるのって。


私が見下していた気持ちと同様に、藍子ちゃんは劣等感を感じていたのを。
それに気付いたらもう、恥ずかしくなった。
自分自身が、ね。
でも同時に哀しくなったんだ。
藍子ちゃんが、そんな事を思っていたなんて。

ちゃんと、言ってほしい。


だって、私達は仲間だから。
独りじゃ……ないでしょう?



「うぅ……ぐす……なんで、夕美ちゃんは傍に居てくれるの?」
「傍に居たいからだよ」
「……ありが……とう……ぐすっ」
「ほーらー……泣くなって……いい子なんだから」

そう言って、藍子ちゃんの髪をわしゃわしゃと撫でる。
プロデューサーと同じように。
そうやって肩も抱きしめた。

どれ位の時間そのままで居ただろうか。

やがて、藍子ちゃんがそっと話し始めた。

「解ってたんだ。あぁ、私が足引っ張ってるって」
「……」
「でも、どうしたらいいか、本当に解らない。頑張ってる。頑張ってたつもりだったんだよ」
「うん」
「けど、どれも皆には足りない。一歩、一歩足りないのを感じて。けど、じゃあどうするって……頑張るしかなかった」
「そっか」
「でも、それじゃあ……ダメで。本当にもう解らなくなって。『諦めない』事しか思いつかなくて……私ね、昔にもユニット組む話があったんだ」
「……そうなんだ」

それは、本当に初めてきいた話だった。
きっと前のプロデューサーの時のことなんだろう。
私はそっと耳を傾けた。

「諦めずに頑張ろうって、メンバーになる子に言った。そしたらね、『貴方の強さを押し付けないで』って」
「『強さ』……かぁ」
「辛かったなぁ……アイドルを諦めないことが私の強さだというなら……私って、なんなんだろうって」
「……」
「それを意識したらもう、頑張るしかない。それしか思いつかなくて、どうすればいい?といわれたら、笑うしか出来なかった。教えられた笑顔で」


それが、藍子ちゃんのあの笑みの意味。
必死に、必死に頑張った末の笑顔なんだ。
アイドルである事を諦めないのが藍子ちゃんなら、きっとそれはもう、何時までも前を向くしかないんだろう。
たとえ辛くても、苦しくても、何時までも。

でも、そんなの、本当の強さじゃない。
きっと自然に、そう何処までも自然に。
そのままでアイドルで居て、前を向いている。
そうでなきゃ、意味が無いもの。


「解らないまま、笑って。そうやって乗り越えようとして……でも結局ダメだったね……私……何も変わってないや……あはは……」

そうやって、薄く笑って、声さえ冷たくて。
その瞳からまた涙が出てきて。
でも、藍子ちゃん。

それじゃ、そのままじゃ、ダメなんだよ。


ねぇ、藍子ちゃん。


「藍子ちゃんはさぁ、なんで『アイドル』になろうと思ったの?」
「えっ」
「教えて欲しいな?」
「アイドルに……って」
「私はさぁ……楽しいんだっ! こう、踊ったり、歌ったりして居ることが!」


私は、楽しくて。
歌って、踊って、ファンと触れ合って。
そうする事が、楽しいっ。
だから、今でもアイドルでいる。
フラワーズとして、此処に居る。

「藍子ちゃんは……?」
「私は……」
「言ってみようっ。貴方の想いを。 貴方の心の花を、聞かせて欲しいなっ!」

想いが大きすぎたら、きっと苦しいから。
だから、聞かせて欲しい。
独りで抱え込むより、きっといいはずだから。


「えっと……えっとね……」


つんつんと藍子ちゃんは指を突き始めて。
いじじと、でも恥ずかしそうに、初々しく。
彼女の最初の心の種を教えてくれようとしている。


「私はね……」
「うんうん」

私はワクワクしながら、その理由を聞こうとして。


「ファンの皆が微笑んでくれるような……皆が優しい気持ちになってくれるように……」





――――そこにあったのは、日向のような笑顔の花でした。





「そんな――――アイドルになりたいなぁ」





作りモノでもなんでもない、本来の高森藍子が持つ、純粋な。





「そんなアイドルになりたくて……私は、アイドルになりたい!……なんてっ……えへへ」




アイドル、そのものだった。





――――凄い。凄い。凄い!



これが、高森藍子の花なんだ!



優しくて、温かくて。楽しそうで、何時までもあたっていたい日向。



そんな、希望の塊みたいな笑顔。



歌とか、踊りとか、容姿とか、もうそんなもの関係ない。



何よりも、人を惹き付ける、



これが――――『アイドル』


だって、だって、だって!



「…………ごい」
「……どうしたの?」
「凄い、凄いよ! 藍子ちゃん!」
「ええっ」



私が、藍子ちゃんに魅入られたんだから。
私が、藍子ちゃんのファンになっちゃったんだから。


顔を紅くして、私は藍子ちゃんの手を取る。
そのまま、ぶんぶん振る。


理屈じゃない、ただ心の底から、彼女に惹かれた。


彼女の……『アイドル』に!


「なれるよ!……ううん、なろうよ!」
「な、なれるかな?」
「なれるよ! だって、藍子ちゃんの笑顔、凄い素敵。 凄い可愛い!」
「……本当?」
「うん! だから、笑おう? 貴方のありのままの姿で!」



藍子ちゃんのこの笑顔が好き。
優しい日向のような笑顔。


だから、そのまんまで笑えばいいんだよ!


「でも、それで今まで出来なくて」
「大丈夫だよ!」
「どうして……?」
「私が、傍に居るから、皆が傍に居るから!」


私が、私達が!


沢山の花が!


「私達は、フラワーズだよ! 色んな花が、一緒に咲き誇る事ができるんだよ!」


だから、もう



「――もうひとりじゃないよ」



貴方は独りじゃないから。


私も、友紀ちゃんも、美羽ちゃんも!



みんな



「藍子ちゃんが、大好きだから……!」




フラワーズはそうやって、花を輝かせるんだ。




「辛い時も、哀しい時も一緒にいよう……ううん、楽しい時も、嬉しいときも、会いたいときも、ずっと一緒にいよう、一緒にいればいいじゃない!」



ずっと、一緒に。
そうやって、笑っていこうよ。
藍子ちゃんの笑顔、素敵だよ。



「だから、なろう? いっしょに!」


私は、そう強く手を握って、言った。
本心からの言葉でした。

藍子ちゃんはきょとんとした顔しながら、でも笑った。


それは、作り笑顔じゃない、あの本来の笑顔だった。



「……うん! 私、アイドルで居たい! 笑っていたいから……皆と!」
「うん! それでいいんだよ」
「ありがとう、夕美ちゃん……私……嬉しくて……ひとりじゃ……なくて……よかっ……た」
「ほーらー……泣くなって、笑顔が台無しだよ!」
「皆の前で泣くのはこれが、最後だよ!」
「言ったなー、ふふっ♪」


くしゃくしゃと彼女の頭を撫でた。



それは、哀しみの涙じゃない、嬉しい涙で。



その先に有る笑顔は、やっぱり素敵でした。





「あー藍子ちゃんたち此処に居たんだ!」
「友紀ちゃん! 美羽ちゃん!」
「心配したよー!……でも、大丈夫そうだね」
「心配かけて御免ね、でも、もう大丈夫!」
「そう、じゃあ、私達も言うね!」


私達を追ってきた友紀ちゃんと美羽ちゃんは笑って。




「「藍子ちゃんはひとりじゃないよ!」」





そう言ってくれた。
藍子ちゃんは笑って。



「うん、ありがとう!」




うん――――私。




フラワーズというグループの一員に、花にになれて。





――――本当に、よかった!







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「……これでいいんですよね。プロデューサーさん」
「ああ、面倒な役をやらして、申し訳ないな。トレーナーさんにも今度何か奢るから」
「わざわざ憎まれ役かってきつい言葉かけて……まぁ、いいですけれど」
「はは……まぁ、これで藍子もきっと」
「……そこまで彼女にかける理由をそろそろ、私にも教えてくれませんか?」
「ちひろさん、いつもそれを知りたがってますよね」
「ええ、なんで彼女を見出したか気になってるので」

「……色々あったんだよ」
「色々ねぇ?」
「……まあ、あの時、俺はあの子の、あの子の「輝くもの」を見つけたんだ」
「藍子ちゃんの……?」
「それは、もう素晴らしいくらいの……けど、あの時の俺はそれを導く事が出来なくて」
「何時頃の話です?」
「内緒。それで、またあの子を見つけて……でも、その時はあの子はそれを失くしていた」
「……なるほど」


「だから、俺はあの子の大切なものを取り戻させて、そして、皆と一緒に、きっと、何処までもいける」



「あの子だけじゃない、夕美も友紀も、美羽もそうだと……」




「俺は信じているよ」







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










雨がやんで。
星が輝いていた。


そして、私は昔のことを思い出していた。


藍子ちゃんのこと。
大切な友達のことを。




「そうだ、簡単な事だよね」




あの時約束したんだ。
私は、私達は。



「もう、独りじゃないって」




辛い時も哀しい時も、独りじゃないって。
皆で一緒にいようって。


言ったじゃない、私は。


うん。


だから、もう答えなんて決まってるんだ。
だから、いう事なんてもう決まっていたんだ。



「藍子ちゃん、元気かな? 笑えてるかな? 笑えてるといいな」


いつもの通り、私は話そう。
色んな感情を押し込んで。
絶望すらも飲み込んで。
励まして。
笑って。

友達の傍で。

もう独りじゃないって。


一緒に話してよう。



「うん、そうしよっか」



だって、私達は




「友達だから」





例え、私は絶望の底にいて、仲間はずれだとしても。


愛も希望も夢も無くても。




私は、高森藍子の親友なんだから。





例え、私が絶望でも、彼女は希望だ。



ねぇ、藍子ちゃん。


決めたよ。



私は千川ちひろの思惑になんか乗らない。


私は、私の思いを貫く。



「元気で、話そう。 いろんなこと、 ふふっ楽しみだな♪」




いつまでも、一緒に。




笑ってようね。





星が花のように、咲き誇るように輝いていた。



それは、まるで。




あの時二人で肩で寄せ合った時と一緒で。





きっと、あの時から、ずっと、私は。





彼女の事が大好きだったんだ。




【G-7 大きい方の島/一日目 深夜】

【相葉夕美】
【装備:ライフジャケット】
【所持品:基本支給品一式、双眼鏡、ゴムボート、空気ポンプ、オールx2本
       支給品の食料(乾パン一袋、金平糖少量、とりめしの缶詰(大)、缶切り、箸、水のボトル500ml.x3本(少量消費))
       固形燃料(微量消費)、マッチ4本、水のボトル2l.x1本、
       救命バック(救急箱、包帯、絆創膏、消毒液、針と糸、ビタミンなどサプリメント各種、胃腸薬や熱さましなどの薬)
       釣竿、釣り用の餌、自作したナイフっぽいもの、ビニール、傘の骨、ブリキのバケツ(焚き火)、アカガイ(まだまだある?)】
【状態:『絶望(?)』】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、24時間ルールで全員と一緒に死ぬ。万が一最後の一人になって"日常"を手に入れても、"拒否"する。
 0:藍子ちゃんのことはやっぱり好きだ。
 1:だから、彼女を励ます。いつも通りはなす。思惑には乗らない。
 2:サバイバル――――――








――――いい話でしたね……で、終わらせると思ってるんですか?







――――終わらせる訳……無いですよ?









『   着信者    千川ちひろ   』


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最終更新:2016年10月21日 22:38