緑色の追憶 ◆yX/9K6uV4E



――――『ソレ』は何も変わってしまった、変えてしまった。だから、もう、戻れないあの日に。




「ういっす……ねっむ」
「……おっそーい! 何時だと思ってるんですか!」
「いや、元々今日は俺遅い出勤だったぞ!」
「周りが忙しいんだから、手伝なさいよ!」
「理不尽だな!?」
「ちょっとは社会人の常識を身に着けなさいよ! もうなんべん言ったか解ります!?」
「あーあーきこえなーい」

その日は、いつもと変わらない一日のはずでした。
これも最近よく有る光景の一つです。
私――千川ちひろと、このだらしないプロデューサー……肇ちゃん達のプロデューサーとのやり取りも。
日常になって欲しくないなぁ……この光景。
冬になってから本当多くなった。
寒くなったら、寝坊が多くなってるし、こいつ。
年齢同じくらいはずなのに……というか年下だっけ。
はぁ……。

「全くもう……外見はしっかりしてても中身がこれじゃぁ」
「聞こえてるぞー」
「しーらなーい」
「おい」

結構、端整な顔たちしてるんだけどなぁ。
ファッションセンスとかもデザイナーだけあって凄いし。
……問題はどうして、こう、だらしないんだろう。
私が何度も言っても直す気がない。
はぁ。

「それにしても、今日はプロデューサーもアイドルも事務員もやけにいないな」
「明日、ライブやイベントが多いですからねぇ、土曜ですし」
「そういえば、そうか。こんな寒い冬の日によくやるよ」
「……そう思ってくれるなら、手伝ってくれてもいいのよ?」
「オレも仕事あるんだが」
「何の?」
「次のイベントに使う衣装のデザイン決めやら発注やら」
「後回しにしてもいいじゃない」
「ひでぇ」

実際、今日は人が少なめなのは確かだ。
社長は当然居ないし、皆各自イベントにいっている。
真冬の日とはいえ、週末だ。
ライブやら、イベントやら盛り沢山で、皆借り出されていた。
プロデューサーは彼ぐらいしかいないし。
事務員も皆手伝いにいっている。
各々、地方に出勤やら、色々だ。
実際、彼の担当の肇ちゃんとかはゲストなどで呼ばれている。

「全く、君たちは変わらないな」
「ねーねー! こういうのなんというの?」
「ううーん? 腐れ縁というか……ち……」
「それは、薫に教えるにはまだ早いぞ」
「気付いてないのは当人だけだもんねぇ」

今、此処に居るアイドルは午前にあるラジオ番組にに出演していて、今寛いでるあいさん。
夕方の生放送のゲストに出る為に学校を早引きした薫ちゃん。
そ夜に収録が有る番組の脚本を読んでる椿ちゃん。
それに、自主レッスンを忍ちゃんしているぐらいでしょうか。


ふふっ……皆お仕事が一杯入ってて大変だけど、その分嬉しい気もします。
アイドルになりたかった子達がアイドルをしっかりやれてて。
皆が思い思いに輝けている。笑顔の花がたくさんさいています。
それは本当幸せになる気がしました。
いいなぁ、これ。
すごい、楽しい。

「えへへ」
「……何、笑ってんだ」
「いや、皆が思う存分、輝いていて……いいなぁって」
「……そうだな」
「私は、傍で支えるだけど、その分、皆が輝いて、ファンが笑って、アイドルも笑って……それを見るのが幸せなんです」


うん、幸せ。
それは、とても幸福だと思います。
そういうのが見たくて、私はこの仕事を選んだのかな。
うん、きっとそう。

そしたら、彼は

「なんかいい顔してんな」
「そうですか」
「ああ」
「だったら嬉しいです」
「……ついでにオレの仕事もやってくれない?」
「それとは話が別でしょ」
「ちぇー」


そう褒めてくれたので。
私も、そう笑ってごまかす。
なんか、こういう会話も。


楽しいなって、思えたから。



「…………でも、アタシはまだ燻ってる」
「どうしたんだい、忍君?」
「皆、仕事入ってるのに。アタシだけ何も無いや。悔しいよ」
「……ふむ」
「アタシも、まだ輝けてない。頑張らなきゃ……急がなきゃ」

その脇で、忍ちゃんが悔しそうに言葉にしていた。
無力をかみ締めるように、ぎゅっと唇を噛んで。
確かに、彼女だけ今日、仕事はない。
だから自主レッスンという形で事務所に来ている。
けど、独りでレッスンするのが辛くなって、事務所の休憩室に戻ってきたんだろう。
彼女の焦燥もよく解る。
けれど、忍ちゃん、そうじゃないんです。


「……忍ちゃん、焦らなくてもいいんですよ?」
「でもさ、ちひろさんっ! アタシだけないなんて……」
「そうですね。でも、それで忍ちゃんが輝けないアイドルだと思いますか?」
「えっ……?」
「忍ちゃんのプロデューサーは、貴方が輝くものがあると思うから、スカウトして頑張ってます」
「それは解るけど……」
「いつ、才能が開花するかは、それこそ人によって違います。もしかしたら開花しないかも知れない……でも、貴方は大丈夫ですよ、忍ちゃん」

ねぇ、忍ちゃん。
焦らなくてもいいんですよ。
だって

「なんでですか?」
「貴方は努力してるじゃないですか。今もそう。それは誰にだってできる事じゃない」
「そんな事ないと……」
「いいえ。それは、貴方の輝き方。他の人と違うかもしれないけど、それは他の人に勝るとも劣らない輝きだと思いますよ……だから、きっと花が開く」
「……そう、なのかな」
「はい。貴方はアイドルですよ? 此処には一杯居るけど、皆素晴らしい子ですよ。優劣なんてない。一人一人が素晴らしい種なんです」

貴方はそうやって、努力しているのを、皆知っている。
必死に頑張って、レッスンしている姿は輝いて見えますよ。
それは、貴方自身の輝き方。
泥臭いかもしれないけど、遅咲きかもしれないけど、それはきっと花が開く。
そして、此処に居るアイドルは皆素晴らしいのですから。
皆が花が開く。


「あいさんも、薫ちゃんも、椿さんもそう。だから、忍ちゃん、焦るのはよくない」
「……うん」
「焦って、自分を見失わないで。輝き方を忘れちゃ駄目ですからね」
「……解ったよ」
「プロデューサーと、仲間と……そして自分自身を何よりも信じてください」

そして、自分を信じる事、見失わないこと。
それが何よりも大事なんです。

「ちひろさん、ありがとう……兎に角、アタシ……普段通り頑張ってみる。きっと、そしたら……もっともっと先にいける……よね」
「はい、勿論」

もう、忍ちゃんの顔に悔しさは無い。
前を向いて、先に進もうとする素敵な笑顔だった。
うん、素敵なアイドルです。


「へぇー、言うじゃん」
「あら、まだ居たんです?」
「ひでぇ」
「仕事、やらなくていいんですか?」
「気が変わった、手伝ってやるよ」
「ぇー! 意外ー!? 雨でも降るんじゃないですか?」
「雪はちらついてるが」
「えっ、本当……?……本当だ……で、手伝ってくれるの?」
「あぁ、いい事聞いたお礼だ」
「普通の事いったまでですけどね」

彼に聞かれて、ちょっと照れ臭くなる。
普通の事言ったつもりなんだけど、どうしても。
かっこつけたせいかな……?
恥ずかしくなって

「はいはい、手伝うならこれとこれと……後それもやってくださいね!」
「えっ、ちょっとマジ多いぞ! オレ一人で出来る量じゃねえ!」
「出来ますよ? 頑張ってくださいね?」
「この鬼、悪魔、ちひろ!」
「はい、ちひろです、よろしくね」

ふふ……雪もちらつく位寒い日ですけど、なんか楽しい日ですね。


「ねえ、あいさん」
「なんだい?」
「ちひろさん、あの人と話す時、凄い楽しそうですね」
「フフ……まぁ、彼女自身は気付いてないみたいだけどな」
「いつか気付くかな?」
「どっちも鈍感そうだから……どうだろうな」
「ねーねー椿お姉ちゃん! かおるいいことかんがえたよ!」
「なんだろう?」
「あのふたり、しゃしんとってあげて」
「……ナイスアイディア……よっし、内緒で」
「フフ……きっと彼女、後で驚くぞ」


あぁ。



こういうのが、ずっと、続く、といいなぁ。









――――けれど、その願いは哀しいぐらいに、届きませんでした。





「ん……?」


なんだろう? 身体が揺れたような?
うっ……身体のあちこちが痛い。
……どうやら、机で突っ伏して寝ていたようだ。
時間を確認すると、深夜3時半過ぎだ。
0時なる前までは、起きていた記憶があるけど。
仕事が、終わらなくて、結局寝てしまったのかな。

「……あれ、終わってる」

机を見ると、残りの作業が全部終わっていた。
おかしいなと思うと、肩に上着が掛かっているのに気付く。
高いジャケットで、あの人のだ。
……もしかしてやってくれたのかな。
一緒に残ってくれてたけど。
その彼を探すと

「……やるじゃん。遅くまでありがとうね」

ソファで、大の字になって寝ているあいつが居た。
完全疲れてる様子で、普段整っている髪もくしゃくしゃだ。
でも、それがなんだか嬉しくて、私は笑う。
いつもこうだといいんだけど。

「そういえば……さっきのゆれたと思うんだけど……」

そう思い、私はテレビをつける。


その時、気が付けばよかった。
周りのビルからこんな遅くなのに電気がついていて。
外も夜なのに騒然しているのを。


何か、どうしようもない哀しみが襲っている事に。






「えっ…………」





其処に、移されたのは、速報。







「えっ……そんな……」





とてつもない地震が、北の地域を襲ったという事を。




被害は確認できてないが、甚大である事は確かである事。





そして



「あぁ…………あぁぁ……」







ダムが、決壊して。








「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!??????」







私の故郷が、その被害にあったらしいことも。










「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」





全部、全部、伝えていました。




第二の故郷が奪われ


また、何もかもが奪われる。



また、また、また、また、またっ!








私の故郷が、思い出が、大切な人達が!




私の全てが!





私の希望が!









「っ――――あああああああああああああああああああああああああああああ!」





其処に、あったのは、『絶望』しかありませんでした。




そして、それは、私が変わって、






『何か』が生まれた日でもありました。


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最終更新:2016年04月20日 00:57