ショコラ・ティアラ ◆yX/9K6uV4E





――――――Chocolat Tiara Chocolat Tiara Ready Ready...Step!










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「そっか」

胸にすとんと、落ちるものがあった。
先程流れた千川ちひろの放送で、すべてがわかった気さえした。
自分自身に、三村かな子に与えられたものは、とても解りやすいものだったということを。
さらりと流れていくように、身体の中に落ちて、そこで何もかも終わった。
今眺めている景色すら、まるで色を失っていくような感覚さえあって。
三村かな子はゆっくりと目を閉じて、すーっと息を吸い込んだ。


――どんな『役割』があるか。まあ、そんなことに意味はないんですよ。どう足掻こうと、その子達の歩みはその子達だけの歩みなのだから。


『役割』があると、千川ちひろは言った。
それも、かな子だけではない沢山の人にあることの示唆を。
その与えられた『役割』をいうならば、自分自身はやはり『悪役』なのだろう。
いや、『悪役』でもなかったのかもしれない。そう、かな子は思ってしまう。
姫川友紀緒方智絵里は『悪役』と言っていた。自分の役割を。
そしてその役割を通じて、言葉を交わしぶつかっていた。
傍で聞いて、かな子は考えて。



――――『悪役』


この単語をかな子は、辞書で正確に調べたことはないけれど。
思い浮かぶのは、悪人を演じること、憎まれ役になることだ。
だとするならば、自分は本当に、なっていたのだろうか。
私は、悪人で憎まれる為に行動していたのだろうか。
他の子を殺して殺してまわった自分。
行動だけ見れば、悪人だ。
けれど、


――それを認識している人間は、どれ位いるのだろう?
誰にも気づかれず、排除して淡々と参加者を減らしていた。
今の今まで、自分が殺しまわってることに気づかれてない自信はある。
でもそれは、逆にいうならば、憎まれることもなく、悪だと言われることもない。
誰かに憎まれてでも、殺すと誓った姫川友紀みたいな思いが、自分の心にあったのだろうか。
静かに自問して、目を開ける。


「ああ、」


そんな、ものはなかった。
ただ、目の前の『アイドル』を殺すことしかなかった。
その子がどんな思いでいたかなんて、考えてなかった。
自分のプロデューサーを助けたかった、それだけ。
いや、それすら違うのかもしれない。
もっと、もっと、弱い、哀れな自分の感情でしかなかったのではないか。


千川ちひろが怖かった。
怖くて、逆らえなかった。
逆らったら、自分が死んでしまう。大切な人が死んでしまう。
それが嫌だった、だから、殺した。
殺せば、大切な人が助かる。
誰でもよかった、誰かが死ねば、自分とプロデューサーが助かる。
千川ちひろは、何も言わない、殺すこともない。
そう、信じて。

だけど、それだけ。数減らしが、ちひろにとっての自分の役割だった。
極端な言葉を使うならば、駆除役だったのだ。
千川ちひろに見合うアイドルが生き残るまでの。



――――此処まで生きて、其処に居る皆さんなら、自分の道は自分で切り開いてるでしょう。



切り開くことなんて、しなかった。
きっと、ちひろにいわれるまま、『役割』に縛られていたのだろう。
あの時、大槻唯を殺していなかったら。逆らっていたら、何か、変われていた?
……それが、出来ないから、自分は最初から何も期待されてなかったのだろうか。



わからない、わからないまま、三村かな子は、呆然と立ち尽くす。


自分が縋っていたかもしれない、『役割』すら、偽りだったかもしれないと気付いて。



ただ、瞳から、雫があふれてきて、とまらなかった。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







千川ちひろから殺し合いが始まる前に、何度も話された事がある。
それはかな子以外の有力な参加者数人の情報だった。
とても楽しそうに、かな子を見ながら伝えていた。

具体的な名前を挙げるならば、何よりも大本命だと彼女が言っていた水本ゆかり
大切な友達を守るために、手を汚すだろう神谷奈緒、あるいは北条加蓮
何もしなくても強者になるといわれた和久井留美
幼きパートナーのために、鬼にもなれる松永涼
全てを受け止めて進む覚悟を持った小早川紗枝
誰よりも苛烈な意志を持った岡崎泰葉

繰り返しかな子に伝えられたのは、大体そういった人たちだった。
この者達は、最終的に殺し合いに乗る算段が高いと。
そしてこの殺し合いを動かしていく人物だという。
その事を前もってかな子に伝えることで、頑張れとちひろは言ったのだ。
警戒するもよし、負けずに殺し合いをして生き残れと。
これを伝える子とは三村かな子に対する特権だという。
けれど、それも今は怪しいとかな子自身が思っている。

要は、この子達は、期待されるだけの『役割』、そして『価値』があるということだ。
特に水本ゆかりには、千川ちひろは何度も『希望』に値すると語っていった。
彼女は早期に退場してしまったが、それでも自分で道を切り開いていたのだろう。
ゆかりとかな子は少しぐらいしか話したことがない間柄だけど、きっとそう。
他の子達だってきっと、そうだ。
かな子が知っている子、知らない子両方ともいるけれど。
注目されだけの、意志や覚悟があるのだろう。
そういうものがあるから、きっと道を切り開く力があって。
だからこそ、千川ちひろの期待に沿うものになる。

なら、自分はどうなのだろうか。
きっと彼女達とは、違う。
そんなものはなかった。三村かな子の手のひらには、心には。
ただ恐怖に苛まれながら、失うことに怯えながら殺すしかなかった。
何も考えず機械のように、殺すことで自分を保とうとする。
それが救いだったから。そんなかな子に姿に千川ちひろは期待していたのだろうか。

いや、違う、

千川ちひろは、三村かな子という存在に、『価値』を持っていなかった。
三村かな子が、この殺し合いのなかで自分の道を切りひらくことなんて考えいなかったのだろう。
あくまで恐怖に押しつぶされ、粛々と殺しを続けてしまう、そんな存在だと。
三村かな子に与えられた役割が駆除役だというなら、まさしくそのとおりになっていて。
そんなかな子に、あえて情報を教えたのは特権なんて優遇されたものではなく。

お前と違って期待している子達だから、せいぜい警戒して殺すな。

そんなものでしか、なかった。
実際彼女達にあったら、自分は殺し合いをしていただろうか。
いや、きっと警戒して逃げていただろう。
殺し合いをして傷を負うのを、死んでしまうのを、避けていたに違いない。
そんな哀れで弱い感情に基づいたものでしかないのだろう。
大槻唯が殺せたのは、本当彼女が油断していたからに過ぎない。
だから、きっとかな子は、どこまでもちひろがいう『希望』ではなく、『価値』もなかった。


「…………あ、あー」

そして、三村かな子はついに気づいてしまう。
気づいてはいけなかったことに。
そんな自分に『価値』もなく、期待もなかった自分。
恐らく数を減らすだけの駆除役だった自分の『役割』。
そこにあるちひろの思いは、考えていることは。


「私、死ぬしか、ないんだ」


三村かな子には、生きることなんてこれっぽっちも考えられてないのだ。
戦って戦って、殺して、殺して。
その果てにあるのは、傷つきやがで死んでしまうこと。
アイドル達の希望を磨いて、磨きぬいて。
使いに使われた道具は、やがて朽ちて捨てられる。

きっと自分もそういう存在なのだ、どこまできっと、そう。
千川ちひろに恐怖に押しつぶされて、言われるがままに殺し合いをしてしまった自分は。
もう、生き残ることなんて出来ないのだ。生きて帰る事なんて許される訳ないのだ。
千川ちひろに、自分自身に、そう、全てに。


三村かな子という存在は、恐怖に潰された期待もされない『価値』もない哀れな子。


なりたかったものさえ、見つけられないかな子が行き着く先は、



――この世界から、いなくなること。




「――――――」



溢れた涙はもう止まらずにいて。


自分の存在する理由すら失った少女は。


両手で顔を覆い、糸が切れた人形のように、膝から崩れ落ちてしまった。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






――――お手本より、沢山苺乗せたショートケーキ、こんな風に、きっとなりたかった。




やがて、両手で思い切り涙を拭って。
ゆっくりと立ち上がり、かな子は前を向いていた。
不思議と気持ちは澄んでいて、開けた視界はとても、鮮明だった
何処までも静かで、すーとゆっくり息を吐く。
自分は、きっとこの島で死ぬのだ。
それはきっと逃れないこと。
でも、だからこそ

「――――」

もう、かな子はただ、歩きはじめるしかなかった。
心の中に響くのは、優しくて甘い歌。
かな子が大切にした、『アイドル』そのもの。
大好きな、信頼した人から、もらった歌を。
なりたかった、叶わなかった姿を思って。
胸の鍵を空けて、そっと奏ていた。


ショコラのような、甘くて夢のような、ティアラ。

自分がつけたかったティアラはそんな、やさしくて輝いたものだった。
そういうものつけた、そんなアイドルになりたかったけど。
あの人にそういうものをつけて欲しかったけど。
でも、もう、きらきらした輝きは、遠い。
そんなものは、手に残らなかった。

自分が手に入れたのは、抱え切れないほどの罪。
血に汚れた、どうにもならない自分の身体。
現実はとっても哀しくて怖くて、つらくて。
それでも、なお夢は輝いてるから。
だから、今は心の中で歌おう。
アイドルだった、自分を。
あの人のヒロインだった自分を。


――――バニラのような願いを 枕にした夜は、ヒロインになった 夢見たいな

それでも、夢は夢だ。
それは、きっともう叶わない夢。
甘くて、優しくて、決して叶わない夢。

千川ちひろは、かな子を生かす気なんて、ないのだ。
そして自分自身がこんなにも汚れてしまったのなら。
アイドルの『三村かな子』が、今のかな子が夢を掴むことを望まないだろう。

だとするなら、『アイドル』の夢を今まで見せてもらったと思おう。
『アイドル』の姿は、もう遠いのだから。
だから、諦めよう。だれかれも許しはしない。
そうだと、心に決めて。
何度も、何度も心のなかで頷いて。必死に強がって。

それでも、涙が溢れそうになる。
そんなに簡単に捨てられるなら、私はもっと簡単に殺せた。
こんなにも泣かなかった。
だって、その姿はどうしてもなりたかったもの。
甘くて優しいものだったから。

だから、強がれない。
でもきっと、そんな自分も好きになれる。
好きになろうと、決めた。

「うん、殺そう」


三村かな子は、そうやって、『アイドル』を諦めると心に言い続けて。
殺そうと思った。誰かを。
でも、それは恐怖じゃない。何も考えないで選んだ答えじゃない。
自分が決めた、道。
アイドルを心の底から、諦めて、残るものはなんだろう。


誰がために、殺していくなら。
誰がために、散り逝くなら。


そんな答えは、最初からあった。
三村かな子のアイドルとしても、三村かな子自身としても。
心の底から、ずっとあったのだ。
だから、三村かな子は、それを選ぼう。
だって、それしか残っていないのだから。




――――あかり灯したフロマージュ、新しい私のバースデイ



自分に、ショコラ・ティアラをつけてくれようとした、王子様のために。
自分を、シンデレラのお姫様に、ヒロインにしてくれようとした王子様のために。


三村かな子は、一人の女の子として殺していこう。


殺して、殺して、そして死んでいこう。



それは、三村かな子が、生まれ変わった瞬間だった。


きっと、自分で道を切り開いたかな子の最初のステップ。


あまりにも、残酷で、哀しい選択を。
諦めるという答えを持って。
三村かな子は、ただ歩き始めた。



――――夢のティアラ 見つけるから。涙も跳ね返すような、虹のショコラ 集めながら、これからも 歩いてく


いつまでも、響く、アイドルとしての残滓。
夢の欠片はきっと、この道の向こうに。
虹色に輝いた欠片は、きっと心の中に。
いつまでも、輝いて。
心の中に、見つけつけて。
そうして、それを静かに諦めて。


諦め切れなくて、立ち止まりそうになるけど。
罪と血と空虚が、かな子を許すこともなく。
かな子は、負けないと強がりながら


これからも、 殺して、歩いてく。



【G-4・街中/二日目 朝】

【三村かな子】
【装備:カットラス、US M16A2(30/30)、カーアームズK9(7/7)、レインコート】
【所持品:基本支給品一式(+情報端末に主催からの送信あり、ストロベリー・ソナー入り)
       M16A2の予備マガジンx3、カーアームズK7の予備マガジンx2
       ストロベリー・ボムx2、医療品セット、エナジードリンクx4本、金庫の鍵】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルを全員殺してプロデューサーを助ける。
 1:他のアイドルを探し出し殺す。
 2:大石泉らがこの近辺にまだいるはずなので、この近くや施設を捜索する?

 ※【ストロベリー・ボムx8、コルトSAA“ピースメーカー“(6/6)、.45LC弾×24、M18発煙手榴弾(赤×1、黄×1、緑×1)】
   以上の支給品は温泉旅館の金庫の中に仕舞われています。


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最終更新:2016年07月26日 21:37