彼女たちが導き出す答えはいつだってフォーティトゥー ◆John.ZZqWo



暗がりの中で短く銃声が鳴り響き、走り去る足音がひとつと、それを追う足音がひとつ。
どれも遠く去り、そしてそれが気のせいだったのかもと思う頃になって、“彼女”はようやく物影から姿を現した。
ゆっくりと、影から影がにじみ出るように、物音ひとつすら立てず静かに。


未だに焼け焦げた臭いの充満する町役場。
その廊下の突き当たり、半ば倉庫として使われていると見られる会議室。
なんの因果に導かれてか緒方智絵里姫川友紀とが主張をぶつけ合い鉄火を散らしたここに彼女はいた。
ずっと、潜んでいた。そして、見て――聞いていた。ふたりの、『悪役』たちの主張を。


 @


「……………………」

もう誰もいないここではやはり三村かな子は無言で、そして僅かに伺えるその表情は緊張に強張っていた。
先の放送の後、彼女が行くあてもなくこの部屋で休息、あるいは停滞を続けていた時、
不意に聞こえてきた足音に彼女はその身を物影の中へと隠した。
そして現れた緒方智絵里、そしてまた現れた姫川友紀。この二人を三村かな子は襲いは、殺しはしなかった。

それは、こんな狭い部屋の中で、しかも三つ巴の殺し合いを始めればとても無事で済まなかっただろうということもあるが、
なによりもなのが、“声”を聞いてしまったことが大きい。
他のアイドルたちの生の声、肉声――いつも挨拶を交わし、相談や冗談を語らう彼女たちの自分の知っている声。
今まで聞かないようにと努めていたそれを聞いた時、物影に隠れていた三村かな子は『悪役』ではなくなっていた。

恐怖に怯え、握った拳を震わせていることしかできなかった。

今は、二人が去り彼女の心は落ち着きを取り戻そうとしている。再び、『悪役』の仮面が顔を覆おうとしている。
それは強い決意だ。
『悪役』を完遂するという決意。他の誰にもない、三村かな子だけに課せられた彼女だけが持つ決意。
どれだけ揺さぶられても、足を掬われても失わない。彼女が彼女自身の為に抱える想い。

「……ふぅ」

意識して大きく溜息を吐く。
三村かな子は意識を切り替える。“疑問”へと。

緒方智絵里と姫川友紀、二人のアイドルによって交わされた対話。
遂には目の当たりにしてしまった殺し合いに参加させられているアイドル同士の衝突。
彼女たち二人の間で交わされた言葉と、そこから窺い知れるこれまでの経緯と意志、そこに大きな“疑問”があった。
とても、三村かな子という立場からすれば見逃すことのできない疑問が。



緒方智絵里は自身のことを『悪役』と言った、姫川友紀もあわせて『悪役』という言葉を口にした。
『悪役』――それは三村かな子のみに与えられた言葉だ。
なぜなら、“59人のアイドルを敵に回す悪役”こそが、千川ちひろが三村かな子に与えた“役割”なのだから。

けど、これはさしたる疑問ではない。三村かな子もそれほど不思議には思わない。
このアイドル同士で殺しあうという企画。その殺しあう側に回った人間。それをどう呼ぶか、その言葉は多分多くはない。
そういった人間を指して『悪役』と呼ぶのは不自然じゃない。
特にあの可愛らしい緒方智絵里であればそんな風に言うのは自然な気がする。
姫川友紀がそう口にしたのも緒方智絵里にあわせただけだと、そう解釈してなんの問題もないように思える。

緒方智絵里。
物静かな少女。いつも気弱そうな表情を浮かべ、ひとり、目立たないところにいることが多い少女。
お菓子を食べるのに誘っても、いつもソファの端で遠慮がちにクッキーをかじっているだけ。
それが、三村かな子の彼女に対する印象で、
そして彼女が今回はストロベリーボムを持つ5人の内の一人であることを三村かな子は知っている。

最初に仕留めた大槻唯と同じく、千川ちひろに唆されたこのゲームの中の“爆弾”。

彼女が自身のことを『悪役』だと称したのはまさしくそのことだろう。
ただ、三村かな子は少し意外に思う。例えそそのかされたにしても、彼女が少しでも『悪役』として働いたことが。
虫も殺せなさそうな、ひどくか弱い子にしか見えなかったのに。
いや、あるいは――
弱いからだろうか。弱いから、プロデューサーさんを助けようとした。唆されるままに殺し合いに乗ることで。

自分と同じように。

そして、弱いからこそ今更になって『悪役』は続けられないと言い出したのだろうか。救いをどこかに求めるように。

ともすれば、自分がそうなりそうだから、それは理解できる。
悲しむべきは、僅かな幸運なのか、あるいは最悪の不運なのか、三村かな子にはそれが不可能だとわかっていることだ。
この企画は千川ちひろ一人で行っているものではない。大勢のスタッフが関わっている。
少なくとも、三村かな子は一週間前からこの島にいるし、それより何ヶ月も前からこの島のことを聞いていた。
とてもアイドルに、一人の少女の力では解決できないような大きな力がこの企画にはある。

「…………みんな」

誰も知らないのだ。自分達がどれだけ大きな掌の上にいるのか、プロデューサーさんがどんな目にあっているのか。
だから、まだ“自分のことなんか考えていられる”んだ。

緒方智絵里のことを三村かな子は可哀想だと思う。これまでよりも、何倍も可哀想な子だと思う。
彼女は千川ちひろが喜ぶように動いている。
あの、殺し合いが始まる前に自分を前でこの企画のことを嬉々として語っていた千川ちひろを三村かな子は思い出してしまう。

緒方智絵里は可哀想。……だが、彼女に対して“疑問”はない。



“疑問”が思い浮かんだのは姫川友紀。
あの事務所の中でも、いや、アイドルという世界の中でもトップと言って過言ではないFLOWER’Sの一員。
三村かな子からすれば未だに雲の上で、言葉もろくに……いや、事務所で見かけることがまずない。そんなアイドル。
なので、知っているのは彼女たちが4人組のグループで、
そして今もまだ全員がこの島で生き残っていることしか三村かな子は知らない。

姫川友紀は不可解なことを言った。

『悪役』になると、『悪役』になったと言った。
この殺し合いに勝ち残って自分のプロデューサーを救うんだ……というわけではなく、同じグループの仲間を救うと。
確かに、三村かな子は彼女の言葉からそんなニュアンスを感じ取った。

これはおかしい。そのおかしさのあまりに、その時は身体の震えが収まったほどだった。

『悪役』になれば、いや、『悪役』を自称しなくともこの殺し合いを最後まで生き残ればプロデューサーさんの命は救える。
そう、三村かな子は知らされているし、それは他の全員のアイドルも変わらないはずだ。
つまり、生き残るには同じユニットの仲間であろうとも殺さなくてはいけない。

矛盾がある。これは姫川友紀の勘違いだろうか? 三村かな子は違うと思う。

彼女の口ぶりからすると『悪役』になってから間もないと、そんな風に感じる。ついさっき、決意したとそんな風に。
ついさっき、“なにかをきっかけ”に『悪役』になることを決意したと、そんな印象を確かに受けた。
誰かが彼女にそう言ったのだ。『悪役』になれば仲間も合わせて救うと。

誰だろう。そんなことを姫川友紀に言ったのは?






「………………」

考えるまでもない。それを、アイドルに入れ知恵をできる人間は千川ちひろの他にはいない。

三村かな子の手が再び微かに震えだす。身体を揺さぶっているのは恐怖という感覚だった。

どうして千川ちひろが姫川友紀に声をかけたのか。それは簡単に言えば、企画に対するテコ入れだろう。
殺し合いが進まなくなってきたから『悪役』を増やす。
グループが全員生き残ってるFLOWER’Sは、声をかけるには適任だったのかもしれない。
遠因は、千川ちひろが優勝候補と言っていた水本ゆかりの死にあるのかもしれないし、他の理由かもしれない。

しかし、それ自体はどうでもいい。例え相手が殺しあうつもりでもそうでなくとも三村かな子は相手を殺すだけだ。
ただ、恐れることがあるとすれば、千川ちひろの中で自分が『悪役』として不要になることがあるかもしれないことだけだ。

「………………」

情報端末を取り出し、電源を入れる。相変わらず映るのは白い画面だけで、今はなんの指令もない。
指令がないのは普通だ。元々、よほどのことでない限り指令は送らないと言われている。
けれど、

三村かな子は荷物を背負いなおすと、ライフルを両手で保持し、部屋を慎重な足取りで抜け出した。


 @


夜だった街中は静かに明けようとしている。
陽の明るさは、まるで隠しているものを暴いていくようで、不安といらつきを覚える。


殺そう。


彼女は誰かを殺そうと思っていた。


誰でもいいから殺そうと思っていた。


殺すことだけが彼女の存在意義で、ひとつだけ与えられた救いの道なのだから。


誰でもなく、自分が殺すのだ。


他の誰でもなく。


『悪役』が、


殺す。






【G-4・街中/二日目 早朝】

【三村かな子】
【装備:カットラス、US M16A2(30/30)、カーアームズK9(7/7)、レインコート】
【所持品:基本支給品一式(+情報端末に主催からの送信あり、ストロベリー・ソナー入り)
       M16A2の予備マガジンx3、カーアームズK7の予備マガジンx2
       ストロベリー・ボムx2、医療品セット、エナジードリンクx4本、金庫の鍵】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルを全員殺してプロデューサーを助ける。
 1:他のアイドルを探し出し殺す。
 2:大石泉らがこの近辺にまだいるはずなので、この近くや施設を捜索する?

 ※【ストロベリー・ボムx8、コルトSAA“ピースメーカー“(6/6)、.45LC弾×24、M18発煙手榴弾(赤×1、黄×1、緑×1)】
   以上の支給品は温泉旅館の金庫の中に仕舞われています。


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最終更新:2016年07月26日 21:37