その時、蒼穹へ ◆yX/9K6uV4E
――――――行け、行け、行け、行け、飛べ、飛べ、飛べ 蒼穹へ深く
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『おはようございます。元気にしてましたか?』
とくんと胸がひとつ鳴ったのを、自覚する。
遂に、この時が来た、来てしまった。
聞きたくない気持ちも強い。
けど、逃げ出したくない気持ちが耳に手を当てるのを、抑えていていた。
渋谷凛は、きちんとこの放送を受け止めなければならない。
それがどんな結果であっても。哀しいものであっても。
そうならないことを祈って、凛は静かに手を組んだ。
千川ちひろが告げるくだらない前座は、耳に入らなかった。
いっそ、何も耳に入らなければいい。
今、凛に入ってくるものは、三つの名前でしかない。
これさえ入ってこなければ、いいのだから。
だから、呼ばれないで。
目をぎゅっと、瞑った。
けれど、祈りは届く事もなく。
終わった。
終わってしまった。
凛は、目を静かに、開いて。
よろよろと手を解き、蒼穹に掴もうと真っ直ぐにのばす。
何も攫めるものもなくて、手を取ってくれる人もいなくて。
伸ばしきって、その時、どうしようもないぐらいの、居なくなってしまった『今』を知って。
「………………っ、あー」
何かに、逃げるように、一歩一歩後ずさって。
ドンと強く、背中を行き止まりの壁にぶつけて。
そのまま、力無くずるずると寄りかかるように、腰を降ろしていく。
立っていられるわけが無かった。
そのまま、膝に顔をつけて。
「ぅぅ……ぁぁ…………ぁぁー!」
渋谷凛は、『今』を見て、泣いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『貴方達が望む夢、切り開いて、見せてくださいね。楽しみにしています』
その一言で、千川ちひろの放送は終わった。
いつもと変わらない調子で、彼女は必要なことを言って。
希望だが、夢だが、役割だがなにやらを楽しそうで。
聞かされる人間の気持ちも知らずに、彼女は伝えることを言い切った。
五回目の放送も、そう以前と変わらない。
渋谷凛がどんなに泣いても、変わる筈がない。
「……ははっ……うー」
なのに、聞かされるたびに、自分は耐えきれなくなってしまう。
放送を聞く前と聞いた後では、自分が変わったような気さえして。
解っていた、覚悟していた。
奈緒も加蓮も、いなくなってしまっているかもしれない事ぐらい。
でも、願うだけ。祈るだけでもいいじゃないか。
こんなに哀しくて、辛いのに、ちょっとぐらい叶えてくれてもいいじゃないか。
奈緒と加蓮がどれだけの罪を重ねてたとしても、いきていればどうにかなるのに。
どうして、どうして奪ってしまうのか。
「わた、わ、た……しは……」
瞳から、涙を流して、空を見る。
変わらない蒼穹がそこにはあって。
何処までも蒼く。蒼く。
蒼い空の向こうに、奈緒と加蓮はいるのだろうか?
あの二人は、何を思って、いったのだろうか。
分かり合うことは、本当にできたのかな。
自問して、何度も空に、向こうにいる二人に問いかけようとして。
意味が無いことを、凛は自覚する。
そんなことをしていても、答えは返ってこないのだ。
あの時、凛は選択をした。
振り返らない、前を進むと。
あの時、奈緒を置いて離れた。
それが全て、総て、凡て。
悔いなんて、残るに決まってる。
悔いの残らないの選択なんて、できる訳がない。
何度、何度も切り捨てて、何度、何度も諦めて!
何度、何度も後悔して、何度、何度も哀しんで!
その結果が、これなのだから。
もう、自分のてのひらには、何もかも残ってない。
振り返らず前を向いて、進んで、進み続けて。
その後ろには、無数の後悔の跡と罪がある。
「わたしは、どうすれば、よかった?」
何のために、ここまできたのだろう。
奈緒と加蓮を捨てるためにここに着たのか。
諦めたくなかったんじゃないのか。
何もかも、諦めたくて。
その結果、奈緒を諦めさせて。
どうすれば、奈緒は一緒に来てくれた?
卯月を優先したから?
わからなくて。
わからない。
何が正しくて、何が間違っていたのか。
沈むように凛は俯く。
自分はどうしたかったんだろう。
奈緒も加蓮も、卯月も。皆に。
自分は、どうすればよかんだろう。
その時
「……………………ああ」
千川ちひろが言っていた言葉を思い出す。
役割が、あると。
それが、まるで天啓のように、凛の頭に響く。
そうだ簡単なことだった。
もう、それしか考えなければいい。
「『役割』」
彼女にとって自分の役割はなんだろうか。
そんなのわからない。
わかりたくない。
けど、『自分自身で、自分の役割』は決められる。
そして、渋谷凛にとって、今の、渋谷凛の役割は決まっている。
そうだ、決めた。
それしか、無い。
それしか、救われない。
「卯月に、会うんだ。会って話して、卯月を笑わせるんだ」
島村卯月にあって、全力で彼女のために、なること。
そのためだったらなんだってできる。
なんだってする。
そのために、たくさん後悔してきたんだから。
「それが、私が生きる『意味』 私の生きる『役割』」
それが叶えられるなら、死んだっていい。
卯月のために、生きる。
卯月が、笑っていられるために。
凛は、空ろな目で、蒼穹を見る。
変わらなかったものがそこにあって。
だから、もう一度立ち上がれる。
もう一度だけ、立ち上がれる。
スタートはもう、訪れているのだから。
「行け、行け、行くんだ、何処までも……」
奈緒と加蓮が、居なくなった『今』を泣いて。
奈緒と加蓮が、居なくなった『今』を生きて。
歩みを止めるな。
行くんだ、何処までも。
飛ぶんだ、あの蒼穹へ。
何かも、覆う哀しみと苦しみに気付く前に。
理解と理性が野生を、覆う前に。
進むことを一度を、やめたら、二度と立てないから。
何もかも認識したら、そこで終わってしまう。そんな気がして
「なお………………かれん……………………」
奈緒と加蓮への、感傷を捨てて。
ただ、卯月への、感情だけを抱いて。
「うづき…………いま、いく、から………………まってて」
呼び出した記憶にある、卯月は笑っていた。
名前を呼んで、神経を研ぎ澄まして。
ただ、彼女のために行こう。
いつか、奈緒と加蓮が居なくなった『今』を見れる時がくるのだろうか?
…………いや、『いつか』なんて、無いと思う、こないほうがいい。
今は、ただ、ただ、彼女のために。
自分自身が、救われるために。
渋谷凛は、蒼穹を見て、ただ、飛び出していった。
そのあとには、きっと、何も、のこっていないのだろう。
【B-4/ファーストフード店/二日目 朝】
【渋谷凛】
【装備:マグナム-Xバトン、レインコート、折り畳み自転車、
若林智香の首輪】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:『空』】
【思考・行動】
基本方針:卯月にあって、話をして、笑顔をみる、それが、『役割』
1:卯月に会う。
※無意識にとった進路はキャンプ場です
最終更新:2016年07月26日 21:55