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♪魔法のアンサンブル

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♪魔法のアンサンブル


 私はその人を常にプロデューサーさんと呼んでいた。
 だからここでもただプロデューサーさんと呼ぶだけで本名は打ち明けない。
 これは世間を憚る遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。
 私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「プロデューサーさん」と云いたくなる。
 よそよそしい頭文字などはとても使う気になれない。

 なんて。
 実際のところはどうなんでしょう。
 今の私には分からずにいます。
 あの人のことを、プロデューサーさんのことをどう思っていたかを。
 まるで虫に食われた一ページのように、そのことになると途端頭に靄がかかる。

 どうしてでしょう。
 あんなに『××××』だったのに。
 どうして胸を張って、『××××』だ、って言えないんでしょう。
 ずきりと胸が高まった。

 私は本が『すき』です。
 どんな貴賤もありません。
 そこに描かれる彼、彼女らはとても輝かしい。
 私は常にそんな彼女らに憧れていました。
 だからアイドルを目指そうと思ったんです。

 たとえば世界のため。
 たとえば恋人のため。
 たとえば我欲のため。
 誰かのために頑張るあの人たちになりたくて、
 だから、私はアイドルになったんです。

 だけど今、私は誰のための生きているんですか?
 ふと思う。
 いいえ、思わずにはいられなかったんです。


 ◆   ◆   ◆


 バトルロワイアルという造語めいた言葉を聞いて、私は一冊の本を思い出す。
 独特の黒い装丁、盛り上がった赤い題字、数多の文字が躍る分厚い図書でした。
 タイトルはそのまま『バトルロワイアル』、主人公・七原秋也を中心に巡る群像劇です。
 物語の顛末を思い返すと同時に、彼と私を対照する。
 殺し合いに、知人同士でせめぎ合う殺し合いに参加されたものとして。

 私は軍用ナイフの柄を握り直して、切っ先を人差し指でつつく。
 ……あ、血が。切れてしまったらしい。ぷくりと、少量の血が吹き出てくる。
 しばし凝視した後、指を口に含む。変な味がしました。

 七原秋也と言う人間は、簡単に言えば熱血漢です。
 知人が殺し合う現状が認めきれなくて、抗って、奔走して、
 時には現実を嘆きながらも最後には前を向いた、紛れもない主人公。
 小説の題材としては、『問題作』と謳われたのに違わず、
 あまり私の好みとは言えませんでしたが、彼の生き様には思わず感銘を受けちゃいました。
 憧れたりもしたものです。憧れたりも、したんですけど。
 一つ溜息を吐き、視線を落とす。ベッドの縁に座り、ぶらぶらと揺れる、私の足がある。
 それからもう一度、軍用ナイフに視線を戻す。

 ……そういえば、あの人の支給品もまた、軍用ナイフでしたっけ。
 私のもう一つの支給品が鍋蓋だったのも、プロデューサーさんなりの気遣いなんでしょうか。
 とても、そうは思えませんが。嫌がらせでも受けているようです。
 先ほどよりも深い溜息をついて、今度は視線を浴室に向ける。
 水音が響く。シャワーの音です。
 彼女は寝起きのシャワーを浴びている。
 私が起こしてなかったら、いつ起きる気だったんでしょうか。
 ……まだ、上がってきませんね。手持無沙汰の私は、一度身体をベッドに寝かす。

 天井へと視界が映る。
 視界がぼやける。
 頭が全然働きません。

 天井にはプロデューサーさんの顔があった。
 彼は私に微笑みかける。
 私も微笑み返す。
 途端、胸にこみ上がる虚脱感に気が付き、瞼を閉じる。
 真っ暗闇の中には誰も彼もいませんでした。

 ナイフをディパックに仕舞い、彷徨っていた足を地につけ、ゆらりと立ち上がる。
 少しふらついてしまいましたが、それでもなんとか窓の元まで歩めました。
 私のお腹の辺りから手の届かない高さまである大きな窓です。
 その分大きく広がる景色を、一望する。映るどれもが、おもちゃのように小さい。
 たとえ人がいたとしても蟻のようにしか見えないでしょう。
 遠く、五百円玉サイズの野球場を見据える。

 ここは摩天楼です。
 私は七階の一室、ベッドに横たわっていたところで目が覚めました。
 部屋番号は「770」……覚えやすくて大変結構です。
 ともあれ、そこから最上階に移動し、この部屋を見つけました。
 (屋上もありましたが、ヘリポートぐらいしかなかったです)

 ガラス窓に指を添える。
 鏡のように、窓は指を反射する。存在しない七尾百合子と手を取り合う。
 ふと、自分の顔も映っていることに気付く。
 目があった。
 思わず目を逸らす。

 そういえば、摩天楼と言えば、昴さんたちがこどもの日にイベントを起こしていましたね。
 華麗に舞い、アイドルとして生活していた幸せな日々を思い出す。
 誰かがぎりりと歯を鳴らす。誰だと思い前を向く。
 三度目の溜息、今度は浅いものだった。

 ……。
 …………。
 それからしばらく、呆然と佇んでいました。
 何分ぐらい経っていたでしょう。レプリカのような街並みに視線を落としていると、後ろから。

「百合子ちゃん?」
「うへぇ?」

 変な声が出た。

「えいえ~い」

 抱きつかれた。
 ……抱きつかれた!?

「い、いや、ちょ、ま」
「い~こい~こ~、百合子ちゃんはいい子ですね~」

 後ろから抱きつかれたから予想でしかありませんが、服はどうしたんですか、服は!
 仄かにシャンプーの香りを漂わせる彼女から溢れる熱気。風呂上がりなのには間違いないようです。
 いや、でも、普通着ますよね?
 私は乱暴に拘束を振りほどき、振りかえる。
 やっぱりと言うべきか、全裸の猫がいた。

「む~、美也の魔法を振りほどくなんて~」

 宮尾美也さんです。
 同じアイドルの、仲間です。


 ◆   ◆   ◆


 黄色混じりの茶髪は肩甲骨の辺りまで伸び、艶やかに身体に張り付いている。
 湿り気しか感じさせない髪は、胸の輪郭に対しても、まとわりついていた。
 ライトノベルの主人公ならば、どのように描写するでしょう。かのように説明するかもしれません。
 しかし生憎のところ、私にそんな心の余裕はありませんでした。
 ばくばくと五月蠅い心臓に掌を当てながら、彼女特有の垂れさがった目を見つめ返す。

「なんですか……いきなり」

 深呼吸の後、ようやく言葉らしい言葉を発する。
 私が女だからでしょうか、照れた様子もなく、
 顎に指を添えて、不思議そうに首を傾げました。

「だって百合子ちゃん、悲しい顔をしてますよ~?」

 改めて、ちらりとガラス窓を窺った。
 前に向き直る。
 美也さんはにこやかでした。

「悲しい顔をしてたら、気持ちまで悲しくなっちゃいます~」

 ……。
 だとしたら、今の私は、どんな気持ちを抱いているのでしょう。
 衝動的に疑問を投げかけたくなった。喉までこみ上げたところで、言葉を飲み込む。

「だから美也が魔法をかけるんです」

 不敵な笑み。
 彼女は笑みを浮かべた直後、私に裸のまま飛びかかってきた。
 ……って、また!
 反応が遅れた所為で、逃げるのも叶わない。
 美也さんが私に抱きついてくる。
「百合子ちゃんは一人じゃないよ」、と呟きました。
 私は何も聞かなかったことにして、彼女の腕を解きにかかる。

「幸せにな~れっ、幸せにな~れっ」
「だから抱きつかないでくださいってっ」

 頭を撫でられる。
 私は強引に引きはがす。
 名残惜しそうに指をくわえる。
 ……そんな顔したって駄目なんですから……。

「なんで魔法なんですか……」

 恐らく疲れを隠せてないでしょう。
 いつもより数倍もトーンが落ちた声で尋ねる。
 美也さんはそれでも態度を崩さず、いい加減昇りはじめた日光に照らされながら笑う。 

「だって、いつも言ってるじゃないですか」
「何をですか……?」
「『私は風の魔法遣い……! ダークラビット今こそ……』今こそ……なんでしたっけ~?」
「『成敗致す』じゃないでしょうか……って! 言わせないでください!」

 改めて人から口にされると恥ずかしいなあ……。
 聞いたのは百合子ちゃんでしょ~……? と正論が聞こえましたがスルーしました。

「それに、あの人が私を、魔法の国のお姫様にしてくれたました~」
「……プロデューサーさんですか?」
「はい~、遊園地で一緒に遊んだんですよ~。ですから美也は魔法使いなのです~」

 少し頬がむくれるのを感じる。
 何故でしょう。
 こんなことを、殺し合いをさせるプロデューサーに対してこんな気持ちを抱くのでしょう。
 そんな自問から逃げるように、美也さんに投げかけた。

「あの、美也さん」
「ふに?」
「美也さんは、私が怖くないんですか?」

 美也さんは意図が掴めないのか、腕を組む。
 しばしの逡巡の後、困ったように私に訊ね返した。

「そういう百合子ちゃんは、私が怖くなかったんですか~?」
「どういう意味ですか?」
「私が寝た振りをして、近づいてきた百合子ちゃんを殺したかもしれませんよ~」

 言われて初めて気付きましたが、そういえば、そのような考えを持つのが普通なのかもしれません。
 開始して十五分は優に過ぎていたにもかかわらず、のんびりとベッドで寝ていた美也さんを、
 私は何のためらいもなく起こしました。……どう転ぶかも、予測せずに。

「……」
「私を、百合子ちゃんは起こしてくれました」
「……いや、美也さんがそんなことするはずないじゃないですか」

 衝動的に言葉を吐く。
 けれど、言ってみて納得しました。
 美也さんがそんなことするはずないって。
 明確な形にはなってませんでしたが、私はそう思っていたのでしょう。
 美也さんの笑顔は崩れませんでした。

「それを人は信じるっていうんですよ~」

 目の泳ぐ私に対して、美也さんは柔和な笑みを浮かべる。
 とても温かな笑顔だった。

「人を信じるってのは、理屈ありません~」

 彼女は浴室の方へと姿を消しながら、そんな事を言う。
 何かを探しているようだった。
 間もなく目的のものは見つかったようで、「あった~」なんてゆるやかな声がする。

「百合子ちゃんはマイティセーラーに選ばれたんですよね」

 目当てのものはドライヤーのようです。
 ベッドに向かい側、テーブルに備わっているコンセントにケーブルを挿す。

 マイティセーラーは正義の味方です。
 私たちが演じた物語の、主人公。
 ――プロデューサーさんが私に、ってあてがってくれた役どころ。

 美也さんは、濡れる髪を手で梳きながら、ドライヤーのスイッチを入れる。

「それはですね、あなたがマイティセーラーに相応しいからって、
 プロデューサーが認めてくれたってことなんですよ~」
「……」

 ……。
 私は、何も、言えませんでした。
 ただ乾いたドライヤーの音が鳴り響くだけ。
 その間は一瞬だったか、それとも長い間だったのか。
 美也さんが徐々に乾きつつある髪から、視線を私の方に戻す。

「ねえ、百合子ちゃん」
「はい」
「百合子ちゃんは、幸せになれました~?」

 その顔は、今までとは打って変わって、不安げな顔。
 今までの言葉は、彼女が私を励まそうとしていたものだった。
 私が悲しそうな顔を浮かべていたから、彼女は私に幸せをプレゼントしようとしたのでしょう。

 彼女には励ますって概念がないのかもしれませんが、
 彼女の言葉でちょっとだけ前を向けたのも事実です。
 それでも。

「……ごめんなさい。幸せには、なれませんよ。なれるわけないじゃないですか」

 社長を殺したことは確固たる事実で、
 私たちをこんな事態に巻き込んでるのは、明確な現実です。
 そんな現実を前にして、いつも通りでいられるほど私は強くありませんでした。
 ――だけど。

「だけど……信じるしか、ないじゃないですか」

 今までのプロデューサーさんは確かに私の胸の中に居る。
 これまでの私の物語は、バッドエンドながらもこの胸に焼きついていた。
 それなのに、――それなのに、切り捨てるだなんて出来るわけないじゃないですか。

「正義の味方みたいに、一途に、愚直に、そして優しく」

 七原秋也のように私は仲間を信じたい。
 物語の主人公にはなれませんが、それだけは確かに出来るでしょう。

「プロデューサーさんが信じた私を、私は信じる。
 風の戦士、マイティセーラーに似合う私になりたい」

 全てが全て七原秋也のようにはいかないでしょうが、私は私として生きていきたい。
 思考が散り散りになっていましたが、そうでした。ただ、それだけだったんです。
 ――ただ、プロデューサーが遠くに行ってしまったような気がしてしまった。
 ――だったら、その背中を追いかければいいじゃないですか。
 裏切られた嘆いてばかりいないで、プロデューサーの話を、私は聞きたかった。

「どこに行くんですか~?」
「お風呂です。頭を冷やしてきたいんです」
「そうですか~、上がったらマッサージをしてあげます~」
「マッサージ、ですか?」
「そうです~、緊張をほぐすマッサージなんですよ~」
「……そうですか、なら、お願いしちゃおっかな」
「は~い」

 そういえば、聞いたことがある。
 彼女には、かようなマッサージ術があるって。
 ……彼女はなんだかんだ器用に何でもこなしますよね。羨ましいです。

「美也さんは、これからどうするんですか?」
「私は私がしたいことをするだけですよ~」

 アイドルをころすだなんて、できるわけないじゃないですか。
 彼女は呟くように言う。
 だけど私にはちゃんと聞こえちゃいました。
 ……そうですよね、その通りです。

「私の幸せをおすそ分けするんですよ~、だってみんな、幸せな方がいいでしょ~?」
「……きっと難しいですよ?」

 美也さんが小首を傾げる。

「難しいなんて関係ないじゃないですか~、私がそうしたいだけなんですから」

 マイペースに彼女は笑う。
 それがどれだけ大変か、本当に分かっているかは、私には分かりません。
 けれど彼女は確かにそう言って、笑っている。
 私にはおよそ真似できない心持でした。

「そういうわけで寝ますね~」
「起きててください! っていうかいい加減服を着てください!」

 自由気ままな猫のように。
 彼女はベッドに飛び込んだ。
 私は浴室で綺麗に畳まれたまま放置されていた、彼女の衣服を乱暴に拾い上げて、ベッドへ放り投げる。
 彼女はいそいそと着替え始めました。

「えへへ~、ありがとうございます、百合子ちゃん」
「もう……、本当に寝ないでくださいよ。眠気覚ましにシャワー入ってたらキリがないですし」
「は~い」

 穏やかな返事に、不思議と笑みを浮かぶ。
 私はしっかりとした足取りで、浴室に向かいました。


 ◆   ◆   ◆


 私は本が『すき』です。
 どんな貴賤もありません。
 そこに描かれる彼、彼女らはとても輝かしい。
 私は常にそんな彼女らに憧れていました。
 だからアイドルを目指そうと思ったんです。

 主人公なんておこがましいことは言いません。
 それでも、私はあなたが『だいすき』だから。
 信じたいんです。
 一途に、愚直に、そして優しく。

 信じちゃ、ダメでしょうか。
 訊ねても、プロデューサーは現れてくれませんでした。


【一日目/朝/D-7 摩天楼】

【七尾百合子】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]支給品一式、軍用ナイフ、鍋蓋
[思考・行動]
1:宮尾美也と行動
2:お風呂に入る

【宮尾美也】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]支給品一式、ランダム支給品(1~2)
[思考・行動]
1:幸せをおすそわけ


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