Fate > zero ~アンビリーバブル・ウォーズ

セイバー!!こっちこっちー!」
「ふっはっは。待つがよいイリヤスフィール」
雪の妖精のような少女を追うのはサーヴァント―――此度の第四次聖杯戦争で喚び出されたセイバーのサーヴァントだ。
能力バランスに恵まれた最優のサーヴァントでありながら鬼ごっこで子供に負ける姿は不思議としか言いようが無い。もっとも、セイバーの姿も少女そのままだが。
勝てないにもかかわらず薄い胸を張ってえっへんと咳払いした。
「余は歩兵のように走り回るのも得意だが、もっと得意なのが戦車で走りまくる事なのだ!」
「嘘つきー。そんなの見たことないもーん」
「むむむ。このガイウス・ユリウス・カエサルを侮るとはいけない子なのだ」
史実とは姿と性別が違うサーヴァントは、その腰に差していた剣を抜いた。
黄金の剣にはラテン語で黄橙色の死と彫刻されている。

ローマの英雄にして独裁者。皇帝の象徴。
多くの人々に愛されながら、最期は暗殺によってその生涯を終えた悲劇の偉人。
ガイウス・ユリウス・カエサルは剣を天に掲げ、魔力を集束させる。

「英霊の座にアクセス!イスカンダルよ。戦車と牛を貸してほしいの『ゴン!』だっ!?」

頭に落ちたゲンコツにカエサルはコブを押さえてうずくまった。その傍らには拳を握ったマスター。衛宮切嗣がいる。自分のサーヴァントを見る眼は限りなく硬い。
「……子供と遊ぶために宝具を使う馬鹿が何処に居る」
「ここにおる……って、キリツグのゲンコツは地味に痛いのだ!児童虐待なのだ!ドメスティックバイオレンスなのだ!余の素敵ヘッドが歪んだらどうするのだ!やーい。平たい顔族」
「……たのむからアホな真似はしないでくれ。頼む」
「いやなのだ」
「……令呪使うぞ」
「それ使い果たしたら困るのはキリツグなのだー。ぬふふ。余に頼み事をするときは面白い話をするか、美少女を愛人として捧げるのだー」
わははーとはしゃぐ自分のサーヴァントを見て、切嗣は本気で頭を抱えた。こいつは本当に歴史に名を刻む偉人なのだろうか?

アインツベルンが探し回ったカエサル由来の聖遺物で召喚を試みた結果、召喚は一応成功を収めた。
だが、ステータスは魔力と幸運を除いて軒並み最低クラス。おまけに宝具は使いにくい事この上ない機能であることを知った時のアインツベルンの落胆は大きかった。
だが、衛宮切嗣は道具の機能と性能の把握に努めた結果、ある戦略を考えていた。

「……面白い話をしてやる。作戦会議だ。来い」
切嗣の言葉に、はしゃぎ回っていたセイバーは表情に微笑を浮かべ、自分のマスターに向き直った。
「ようやくなのだな。イリヤよ。余達はこれから大事な話があるのだ。また後で遊ぶのだ」
「わかった。じゃーねー」
そのままセイバーと切嗣は城に入っていった。


「それでね、セイバーと追いかけっこして私が勝ったんだよ」
「まあ、凄いわね。それからどうしたの?」
「セイバーと城の中に戻ったよ」
「そう。キリツグはセイバーと話をしていたのね」
部屋に戻ってきたイリヤの話に耳を傾けるアイリスフィールの表情には僅かな安堵があった。

『この聖遺物で喚ばれるのは確かにカエサルだ。戦争を繰り返した独裁者。僕が大嫌いな英雄様さ。とてもじゃないがまともなコミュニケーションはとれそうにない。馬鹿馬鹿しいことだけど、もしもの時はアイリ、君が仲立ちをしてもらうかもしれない』

召喚前に夫はそう話していた。
衛宮切嗣は効率よく動く殺人機械であり、故に自己の精神分析にも容赦は無い。
何の指示も無く駒を動かせば戦いにもならないことは当たり前であり、しかし指示をするには喚び出した英霊と最低限の会話をしなければならない。
だが、英霊と快楽殺人鬼を同様の存在と捉えている衛宮切嗣にとってそれは拷問にも等しかった……筈だった。

『わはははは。ローマは世界一!故に余は世界一の英雄なのだ!そんなサーヴァントがセイバーのクラスで参上なのだー!むむっ!?そこな銀髪の御婦人!お近づきの印に余の愛人となり膝枕しながら耳掃除することを許すのだ……ひでぶ!!』

喚び出した英霊少女に対し切嗣の第一声はアッパーカットの形で発せられた。

ようやくガイウス・ユリウス・カエサル本人である事が確認された時には、切嗣とセイバーはお互いの頬を引っ張りながら悪口を言い合っていた。切嗣最大の懸念は奇しくもサーヴァントの第一声で自然に払拭されることになったのだ。

(これでセイバーと切嗣の関係破綻だけは無くなったと思いたいけど……)
切嗣とセイバーが作戦を話している部屋のドアを見ながら、アイリスフィールは自分の腹部を撫でた。
泣いても笑っても切嗣は妻を失うことになるのだ。
後悔は無い。恐怖も無い。それでも―――

「お母様、どうしたの?悲しそうだよ?」
「なんでもないわ。それよりあっちで遊びましょ?」
「うん。お母様と遊ぶー」
はしゃぐイリヤの手を引きながら、アイリスフィールは思った。

―――それでも、この今が少しでも長く続いて欲しい。



「お前の宝具はまともに扱うには莫大な魔力か或いは膨大な財貨が必要だ。これは間違い無いな?」
「そうなのだ。スキルにせよ宝具にせよ一度定着すれば、本来の担い手には及ばずともかなり扱えるのだが、それでもかなりの対価が必要になるのだ」
セイバーの言葉に切嗣は頷く。いくら資産家のアインツベルンでもセイバーを強化しようと思えばどれだけの財産が必要になるのか分かったものでは無い。
切嗣は自分の作戦を話し始めた。
「お前達英霊は相手の真名さえ分かれば宝具やスキルの見当はつくのか?」
「うむ。聖杯の知識のバックアップがあるからな。過去の英霊なら大体は分かる」
そうか、と切嗣は頷き、問いかけた。
マンサ・ムーサ、マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド、ジョン・ロックフェラーなどの人物達は英霊の座に登録されているか?」
いずれもその財力で余に知られる『英霊』の名を聞いて、セイバーが不敵に笑う。
「……なるほど、そうか。その連中なら確かに資産を膨らませる宝具ないしスキルを持っている筈なのだ」
カエサルを生かすも殺すも資金が問題だ。
だが、真性の黄金律を持てば?起業家にとっての『武器』であり『宝具』である『財産』を吸収すれば?

ただ一つの問題をクリアすればいくらでも強くなることがカエサルの強みだ。
最初に消費する財産を元手に、短時間で軍資金を増やすことも可能だろう。
「最初の資金確保はこちらで行う。お前は誰の力を借り受けるか決めておけ」
そこまで言うと切嗣は立ち上がり、部屋を出ようとする。

「それで、本当に構わないのか?」

かけられた問いかけに切嗣は振り返った。セイバーがいつになく真剣な表情でこちらを見つめている。
「……何のことだ」
「この戦い、勝っても負けてもお前は何かを失うのではないか?」
セイバーの言葉に切嗣は耳を疑った。このサーヴァントにはアイリスフィールの運命について何も教えていない筈なのに―――!?
「キリツグとアイリを見ていれば大体は見当がつくのだ。一応余にも願いはある。だが、それを棚上げして言おう。失う何かに得る何かはつり合うのか?」
セイバーの問いかけに、切嗣は表情を歪めながら答えた。歪みの原因は怒りでは無く悲しみだったが。
「……お前に何が分かる。戦争を繰り返して大勢の人々を悲しませた挙げ句、最期は人に殺されてくたばったお前に!!アイリの犠牲は全人類の救済に繋がる。間違っていない。間違ってなどいるものか。間違って……いない筈だ」
言い切った切嗣の答えは弱々しかったが、これ以上も無く重みを持っていた。セイバーは「そうか」と答える。
「キリツグは認めないだろうが、余もローマの英雄なのだ。見合うだけの結果は出そう。お前もやるからには徹底的にやれ……余のようにはなるな」
「当たり前だ。僕は失敗しない。アイリを犠牲にする。世界を救う。イリヤを迎えに行く。その心に嘘は無い」
迷いを振り切るように断言した切嗣は、そのままアハトの元へ足早に歩いて行った。
その姿を見ながら、セイバーは誰もいなくなった部屋で黙考する。
セイバーは聖遺物によって喚ばれた英霊だ。故に切嗣と精神的に似通った部分は無いと断言できるが、セイバーは切嗣と似ている人物を知っていた。

マルクス・ユニウス・ブルトゥス

セイバーが我が子のように愛した人物であり、ローマを愛した若者であり、セイバーを殺した一人だった。
暗殺団の大半がカエサルへの憎悪から剣を取った中で、彼はローマのために、愛する人々のために自ら汚れ役を買って出てその手を血と罪に汚した。
セイバーの最期が非業で終わったように、彼の最期も自害という結果に終わり、妻もその後を追った。
―――似ている。
信念そのものを指針として、それ以外の道を全く見ようとしない愚直なまでの危うさは酷似していた。
故にセイバーは、ガイウス・ユリウス・カエサルは衛宮切嗣を見捨てない。
私が愛した私を殺した人物と良く似ている彼を見放すなど、絶対に有り得ない。

―――再開しよう。世界に覇を唱える遠征を、世界を救うために、世界を燃やし尽くす程に。



物事には予想外が付きものであり、それは大抵大事な場面で起こりうる。
だが、これは断じて自分の責任では無い。遺産管財課が持ち込んだ聖遺物が手違いであり、それによって招き寄せられた英霊―――違う。断じて違う。ただの亡霊を召喚してしまった責任は自分以外の全てにある。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはそう結論づけ、ソファに座って自分の武器である“銛”を手入れしている義足の老人を見やった。ランサーの位を得て召喚された老人もケイネスを見やる。
「どうした小僧」
「黙れ使い魔
ランサーのサーヴァント、エイハブはケイネスの侮辱とも呼べる発言も気にした様子は無く、銛の手入れを続けた。
ケイネスが召喚を狙っていたのはスカサハ―――多くの若者を戦士に育て上げた、影の国と呼ばれる異界を治める女王であり、武芸と魔術に秀でた戦士でもある英霊だった。
その為の聖遺物の確保には難儀した。思えばコレが躓きだったが。
幻想種である海獣の骨、かの魔槍の原材料にもなったらしいそれを触媒に使ったはいい物の、ケイネスにとっては些細な、他人から見れば滑稽な見落としをしていたのだ。

海獣の骨に突き刺さっていた銛の破片を。

ケイネスは再び召喚したサーヴァントを見やった。
服装は薄汚れた漁師であり、顔つきにも気品など欠片も見られない。
忌々しい。全く持って忌々しい。貴族である自分のサーヴァントは自分に絶対服従し、その上で全ての有象無象を蹴散らす存在であるべきだ。外見にも霊格と神聖さが求められてしかるべきだ。
それだけではなく、このサーヴァントはケイネスにとってとんでもないことをしてしまった。
ホテルの一室。そこにはケイネスとサーヴァントしかいない。婚約者はもういない。
ケイネスが少し留守にしている間、ランサーが強引に国へ帰してしまった。
勝手な行動を罵倒するケイネスに対し、ランサーは一言だけ言った。

「女などいても役にたたん」

魔力供給者であるソラウはランサーに憤慨しながらも帰国したらしい。勝利の凱旋時には彼女を宥めるのが大変だろう。それだけではなく、魔力供給者がいなくなったためにケイネスは他のマスター達に対するアドバンテージが無くなり、更にケイネスにとってもっともたる理由が消滅した。何処吹く風と銛の手入れをするサーヴァントにケイネスは苦々しく言葉を発した。
「……ソラウに私の勇姿を見せる事が出来なくなった」
「そうか」
ランサーはそれだけ言うと、銛から目を離さずに手入れを続ける。
ランサーは何も気にしない。自らの願いである“白鯨との戦いの結末を教えること”を叶える以外には、何の興味も無い。故にケイネスの侮蔑心にも何も気にしていない。
ランサーとして召喚されていなければおそらくバーサーカーとして召喚されていたであろう船長は、銛の手入れを終えると立ち上がった。ケイネスは今もソファに座り込んで忸怩たる思いをしているようだが、ランサーには魔力タンクが無事であれば他に何の感慨も無い。そのまま霊体化する。
『俺は偵察に出かける。工房に籠もっていろよ。死なれると困る』
「貴様に言われずとも分かっているわ!愚か者!!」



遠坂家はここぞと言うときにうっかりして失敗することが多い。
遠坂時臣はそういうことが少なかったが、彼の場合は人生を賭けた聖杯戦争の始まりにおいてそれが発動した。

「おー。うめえやこの酒。まほーつかいよお。つまみたのむ」
「……アーチャー、人の家の物を勝手に飲み食いするのはどうかと思うが」
第二次世界大戦時のアメリカ兵の軍装を身につけた男は、ガハハと笑うと、遠坂邸にあった高級酒をあおった。
「いーじゃねーの。俺はどうせ激弱英霊よ?明日どころか一時間後にも消えるかもしれんだろ。どーせならそれまでに楽しまねーとよ。おっ、そうだ。キャバクラ行くから金くれ金」
遠坂時臣は勝つ気すら無いサーヴァントに無言で財布の中から紙幣を出そうとする。だがその前にアーチャーは財布ごと引ったくった。
「じゃーな。危なかったら令呪で呼べよ。すぐに逃がしてやっからよ」
そこまで言うと図々しいサーヴァントは一瞬で消えた。足下の高級絨毯には妙な落書きが残っている。

『KILROY WAS HERE!』

台無しになった絨毯を見て、遠坂時臣は、はあ。とため息をついた。

第二次世界大戦時にあちこちで描かれた落書きは、都市伝説を生んだ。

―――キルロイという超人が存在している。

スターリンやヒトラーすら実在を信じた人物であり、万里の長城やエベレスト山頂、さらには月面にも彼の落書きは存在する。と言うのが都市伝説の内容だ。
勿論時臣は彼を狙って召喚したわけでは無い。本当は人類最古の英雄王、ギルガメッシュを喚ぶ筈だった。
だが、その為の触媒である世界で初めて脱皮した蛇の化石の状態が悪かった。
表面から見ただけでは分からない部分に、何者かが書いたらしい絨毯に描かれた物と同じ落書きがあることに時臣は気づかなかった。
「神秘の蓄積だけでは無く、もう少し調べておくべきだったな……」
悔やんでも今は遅く、あのアーチャーで戦うしか無い。
だが、彼の宝具は分身を無限に出現させるというものだ。しかも分身は発見されただけで消えてしまう。
落書きがある場所には無条件で自分が出現できるという利点があるにはある。
アーチャーの提案は分身をマスター殺しに専念させ、本体とマスターである時臣はいつでも逃げられるようにしておくという優雅さとはかけ離れた戦術だった。
当然却下すると、アーチャーは戦って生存することすら早々に諦めて自堕落な享楽にふけるようになった。
「……だが、アーチャーの実力ではマスター殺しがせいぜいなことも確かだ」
それに本来のアサシンである言峰綺礼の召喚したアサシンは当てにならない。
宝具は全く使えない。
役に立たないのでは無く、危険すぎる。
彼の宝具は神秘を衆目に晒しかねない危険なものだ。絶対に使用を認めないように綺礼には念を押したばかりだ。
……アサシンとアーチャーに手を組ませてマスター殺しを徹底的にやらせるか?
時臣は一瞬そのようなことを考えたが、すぐにその考えを振り払った。
「馬鹿な。何を考えている私は遠坂の魔術師だぞ」
いかなる時でも優雅たれ。その家訓を信条としている以上、野良犬のような戦い方を是とするべきでは無い。
弟子の綺礼も同じ意見であるはずだ。マスターを狙うのであれば、魔術師として誇り高く相手をする。
アーチャーとアサシンの二組を当たらせれば他のサーヴァントを食い止めることも可能だろう。
「その為にもまずは他陣営の情報を集めなければ」
時臣は宝石を利用した通信機に手を伸ばした。


「いー天気だね。戦争なんて馬鹿馬鹿しいや」
アーチャーには願いがある。聖杯にかけなければ分からない願いが。

―――曰く、“キルロイ”について。

アーチャーは生前中国にもヒマラヤにも月にも行っていない……と思う。
当然“キルロイ”の落書きなど無い……筈だ。
自分の過去も良く思い出せないが、ごくごく普通の兵士で名前も知られず戦死したと思う。
そんな自分はいつの間にか名前がキルロイと同じだという理由で英霊の座に担ぎ出され、逸話によって不思議な力を持つに至った。
考えてみれば他人の勝手に英霊になったようなものだが、そもそも英霊は他人が勝手に英霊にするものだから、気にはしていない。
気になるのは、本当の自分である“キルロイ”の事だ。
家族はいたのか。フルネームは何か。好きな女優は、フットボールチームは何処のファンなのか。
“キルロイ”の全ては、都市伝説の厚い地層の中に埋もれている。
それを掘り起こして自分を思い出すことが自分の願いだ。だが、しかし。

「よくよく考えりゃ、他の英霊と戦って勝ち残れるかね」
いざとなれば逃げるし、それまでは諜報とマスター殺しに徹する。そういう自分の作戦は当のマスターに却下された。
誇りだの優雅だの何が何だか“キルロイ”には理解の外だが、分かったことは一つ。このマスターでは勝てない。
ならばマスターに反逆して新しいマスターを探すべきかとも思ったが、簡単に人を殺せる程、元の自分は悪人じゃ無かったと思う。
考えた結果、アーチャーは戦いを放棄して他のサーヴァントに殺されるまではひたすらに現代の生活を楽しむことに決めた。
幸いなことに自分の気配遮断スキルがあれば簡単には発見されないだろう。
まだしばらくは第二の人生を楽しめそうだ。
「まずはスシってのをかっ食らって、その後は姉ちゃんと遊びまくるかあ」
自然に“キルロイ”の足は歓楽街へと向かっていった。



「はい導師。アサシンには宝具の不使用を厳命しております。ご心配なく」
そこまで話し終えると言峰綺礼は礼拝堂へ赴いた。その足取りはたった今嘘をついた様子など見て取れないほど悠然としている。

「アサシン。「名誉ある男」はどの程度まで増えた」
「そーさね。五十人ってとこかな」
席に座る顔中に傷痕を持つ男はマスターである綺礼の問いかけに答えた。
「アサシンに似つかわしくないカリスマを持つ割には遅いな」
「フジムラグミだったか?連中がきっちりしてる分入りたがるチンピラが少ねえんだよ。この街は。だがまあこれだけ頭数が増えれば後はかってに増えるだけだ。しかしいいのかよ?この抗争はパンピーに知れたらヤバイんじゃねえか?」
「構わん。時臣師の戦略では勝てない」
気配遮断スキルを持つアーチャーとアサシンを単なる足止めで使い潰す戦略をとろうとしている時点で言峰綺礼は遠坂時臣では勝てないと確信した。故の背信。聖堂教会からも魔術協会からも絶対のタブーとされる神秘の漏洩に繋がるであろうアサシンの宝具解放を許可した。

『我らのもの(コーサ・ノストラ)』

アサシンに心服したものをファミリニーの一員に加え、自由意思を持った使い魔に変える宝具。
その効果を聞いた遠坂時臣は神秘の漏洩そのものである宝具の使用を厳禁したが、多数の異端狩りに関わり、戦いを知っている言峰綺礼は、鉄砲玉を大量に生み出せるこの宝具は使い勝手が良いと結論づけた。
「私は衛宮切嗣と邂逅せねばならない。そして奴が何を得て何を失い何を見つけたのかを知る」
もとより何の願いも持たなかった男は、今確かに願いを得ていた。
ふと、その視線が自らのサーヴァント・アサシンに注がれる。その表情が怪訝に歪んだ。
「……アサシン、何故私はお前を召喚したのだろうか」
ラッキー・ルチアーノ
麻薬ビジネスによって彼が不幸にした人間の数は、下手なシリアルキラーなど軽く越えているだろう。
ならばそのような“悪党”を召喚した自分は、何なのだろうか。
「しらね。案外似てたんじゃね?」
「ならば―――私は」
「言っといてやるが、『仕方なくこうなった』なんてもんはただの言い訳だぞ。悪党だろうが善人だろうがなるなら自分の意思で決めな」
アサシンの軽口に、綺礼は何も言わなくなる。
そう。たとえ本性がどうであれ、何であれ、罪は罪なのだ。考えるのと実行に移すのとでは違う。
それくらいは綺礼にも分かっている。だが―――。

(あの“背信”の味は……もう一度味わってみたい)

確かに言峰綺礼は高揚していた。



銃口からは休み無く弾丸が吐き出され、それは蟲倉の壁に据え付けられた的の中心部を貫いた。
満足いく結果―――百発撃って百発とも的の中心に命中した。
間桐雁夜は自らの牙にして、自分が召喚したサーヴァントであるバーサーカーのグリップを握り、凄絶な笑みを浮かべた。

最初にサーヴァントの召喚陣に出現したこの銃を見たとき自分は絶望し、臓硯は嘲笑った。
だが、やけになってこの銃を手にした瞬間、信じられないことがおこった。

自分の身体が動くようになったのだ。
半身は麻痺し、後は死を待つだけの肉体が、生前と同じように動くようになった。
原因は自分の召喚した機械の英霊に他ならない。
これは雁夜が知る由も無かったが、この効果はバーサーカー―――AKの狂奔というスキルによるものだった。
人を戦いに狩り立てる能力は、人をバーサーカーにするも同じ事であり、結果的に雁夜の肉体に僅かながら力を取り戻したのだ。
当然、身体自体が治った訳では無く、サーヴァントから僅かに魔力が逆流し、動きやすくなったのみ。
いわば自らの身体を操り人形にしたのと同じであり、常人よりも戦闘能力は低いだろう。
そういう臓硯の見立てに対し、それでも雁夜は戦意を失っていなかった。
「それでも十分だ。まさかマスター自身が戦場に立つとは誰も思わない筈だ」
間桐雁夜は弱い。そんなことは百も承知だ。自分が弱いから愛する人を悲しませ、その人の娘を地獄に送り込む結果となってしまった。
だから、勝つ為に妥協しない。敵が潰し合って一人になるまでひたすらに逃げ隠れ続け、隙を突いて殺す。
本音を言えば、強力なサーヴァントを率いて遠坂時臣を擂り潰したかった。だがしかし。

「雁夜おじさん……終わったの?」
雁夜が振り返ると、そこには瞳を絶望に曇らせた桜がいた。
「ああ、終わったよ。桜ちゃんは……」
「お爺様がムシグラに来なさいって」
「……分かった。桜ちゃん、ちょっと話を聞いてくれるかい?」
桜は何のそぶりも見せず、雁夜の瞳だけを見た。
「おじさんはしばらくの間仕事に出なくちゃならないんだ。だからこうして桜ちゃんとお話するのもこれで最後だと思う。だけど、全部終わったら、きっと……」
きっと、君は幸せになる。とは言えなかった。万が一にも希望を与えてはいけない。今の桜に希望は毒と同義であり、心を守っているのは絶望だけでしか無い。
「ありがとう桜ちゃん。もう行くね」
そう言うと雁夜は歩き出した。桜は何も言わずにしばらく見送った後、蟲倉の闇に消えていった。

そう。あの少女の未来と比べれば、今から死んでいくつまらない男の怨念程度、軽いに決まっている。
勝利に向かって突き進め。どれだけ曲がりくねり、逃げ続けても最後に聖杯にたどり着ければそれで良い。
あの男が他のマスターに殺されるならそれでも良い。生き残ればこの手で隙を見て殺してやるまでだ。
―――敵を殺し尽くして国を救え。
―――人を殺し尽くして人を救え。
雁夜が辿り着いた思考は、奇しくもその手に持つ銃器が作られた理由と同じものだった。



風を切る走りは山道上のこととは言え、確かな充足感をウェイバーに与えていた。
バイクは徐々に減速し、展望台がある辺りで停車した。ウェイバーは高台になっているその場所から街の様子を見た。
「あれが川であれが山、だとすれば地脈の流れが……」
高所からの偵察は、ある程度この冬木市のことを魔術的な面から推察することが出来た。
ふむふむと頷くウェイバーに対しライダーは何も言わない。喋る口など無いのだから。

ウェイバーをこの高台まで運んできたバイク乗りのライダーには首が無い。
聖遺物無しでの召喚を敢行した結果、出てきたのがこのライダーだった。
英霊では無く、亡霊。真名すら持っていない“首無しライダー”という都市伝説から生まれた異形が此度のライダーだった。ステータスは最低スキルであり、どう見ても強力な英霊では無い。

だが、ウェイバーはコレはコレで満足だった。
仮に強力な英霊を召喚し、勝ち進んだとしよう。だがそれはそのサーヴァントの力であり、ウェイバーの力では無い。むしろサーヴァントの弱さを補って結果を出せば、それは自身の力を周囲に認めさせるというウェイバーの願いを叶えることにもなる。
問題はライダーの非力だが、宝具や特性を利用した作戦も考えてある。
それにこのライダーは有益な特性を持っていた。

「……で、一通りこの街を見回ったけど、いままで捕捉したサーヴァントは歓楽街で遊んでいる奴、それから教会にいるらしい奴、マキリの奴は動いていないみたいだけど、近づきすぎるのは拙いな。ホテルにいる奴が出てくれば分かり易いんだけどな……」
地図を見て唸っているウェイバーに、首なしライダーは持たされたメモ帳に自分の考えを書いた。
『あと一人、おそらく地下にいる。そこから動いていない』
「そうか、もしキャスターだったら、陣地を強化していくだろうから時間がたてば立つ程厄介になるな。それでも、最終局面では陣地を出て出撃せざるをえないだろうけどな」
現在、多くの部下を従えているアサシンを除けば敵サーヴァントの正確な位置を大まかでも掴んでいるのはこのライダーだ。ライダーは頭部を欠損しているが故に触覚以外の五感を持たない。その代わり、周囲の物体、霊体の座標を正確に把握する超感覚を持つ。
敵サーヴァントと相対すれば自慢のバイクを使い全速力で逃げる。と、見せかけ、自らの宝具である『絡みつく首慾衝動(ワイヤード・ツーリング)』を発動させ、敵マスターの首をもぎ取る。
逃げと攻撃を同時に行うことが、ライダー主従の作戦だった。
それをスムーズに行うためにも、情報はいくらあっても足りない。
「よし。次はお前のバイク技術を見るぞ。この山道で走り抜け。これは全力を見るためのテストだ。遠慮はいらないぞ」
ライダーはウェイバーに、短いメモ書きを見せた。

『まかせとけ』



下水道内部に銃声が何発分も響き渡る。時折悲鳴も聞こえるが、その大半は逃げ回る人々のものに他ならない。
「ヒ、ヒイ」
排水溝の入口から出てきたのは、銃を手に持った制服警官だった。
ふり返りざまに下水の闇に向かって銃弾を撃ち込むも、それは闇中から現れた1人の男に弾かれて床に落ちる。
驚くべき事にそれは手に持つ日本刀によって為されていた。しかし逃げ出した警察官は知っていた。
そのただの刀だけで十名以上いた警官隊は自分を除いて全員が惨殺されたことを。
「凄いっしょ。このポン刀キャスターの旦那が脚色してくれたおかげで鉄でも切り裂けるんだぜ」
殺人事件容疑者、雨生龍之介。ふとしたきっかけで警察にマークされた男だ。
殺人現場の家から出てきたという証言から、家宅捜索が決定し、捜査令状を携えて返事の無い実家に入った捜査員達が見たものは、土蔵の中にあった死後十数年は経過しているであろうミイラ化した遺体と、つい先程殺されたらしい雨生龍之介の両親の遺体だった。
即座に指名手配された本人が子供を連れて下水溝に入っていくという情報を手にした警察は、銃で武装した警官隊をもって根城にしているらしい場所に突入し―――
ゆっくりと、丁寧に解体されながら殉職する警察官は思った。

何処の誰がこんな奴に、銃弾を跳ね返し、一瞬で数人を斬り殺し、野獣のように動き回ることが出来る力を与えたのだ。


「旦那、終わったよー」
アートの材料にすべく死体を引きずる龍之介はにこやかに自分に力を与えた人物に呼びかけた。

「おう。どうだ?俺が創った宝具は」
龍之介が持っている日本刀は神話から抽出した構成要素で強化されたものであり、サーヴァント級に身体能力が脚色された龍之介が振るえば大抵の物はバラバラに出来る一品だ。
「刀って初めて使ったけど、割と上手くできたよ。一瞬で何人もズンバラリンにしてさあ、血煙が綺麗だったな~」
「死を美しく魅せる事が出来たんなら結構。この天才リヒャルト・ワーグナーが創ったんだ。つまらねえ殺しなんざやったら許さねえぞ」
「凄いよ旦那はさあ、今の俺、漫画のヒーローじゃん誰にでも勝てる気がするよ」
そこでキャスターのサーヴァントとして召喚されたリヒャルト・ワーグナーは首を横に振った。
「馬鹿野郎。悪者の殺人鬼は最期に英雄に滅ぼされるんだよ。それがオペラだ」
「分かってるって。あー、俺を殺してくれる奴ってどんなサーヴァントなんだろ。それとも魔術師とかいう人かなあ。ズタズタにされるのかな、粉々にされるのかな、それとも綺麗に殺されるのかなあ」
初めてなった殺される立場というものにウキウキとはしゃぐ龍之介を見ながらキャスターは召喚当初を思い出した。

『んー、おめえが殺したのか……殺人鬼ねえ、おう。俺が初めて会うタイプだ。オペラの悪役に使えるなあ』
召喚者の精神に影響されたのか、それとも元々自分の創作活動以外には動じないタイプだったのか、キャスターは龍之介の凶行を咎めもせずに、龍之介を『悪役』としてスカウトした。
話を進めていく内に、龍之介はかなりマンネリになっていたらしく、それをキャスターなりに助言した。
『殺すのに飽きたんなら、いっそ殺されてみたらどーよ?』

そこでキャスターは自らの宝具で龍之介を強化すると、殺し殺されるために行動を開始した。
全ては最高のオペラを創るために、魂食いにも抵抗はなかった。
雨生龍之介は殺されるだろう。これまでの報いを受けて。そうすれば自分も消える。
それまでにオペラを書き上げる。テーマは『悪鬼を斃す英雄達』。
死んだ奴らには気の毒だと思うが、どっちにしろ人間はいつか死ぬのだからオペラの構成要素になって死んで貰うことにした。彼等の犠牲に報いるためにも、龍之介は徹底的に暴れさせて全ての英霊がこちらを滅ぼすように仕向けないといけない。
そのためにも、
「最期にブッ斃される悪者が弱いなんざつまらねえ。目茶苦茶に理不尽な強さを持つ悪役を斃してこそのオペラだ。英雄譚だ」
周囲の死体と死にかけから魂食いを行うと、キャスターは再び龍之介の強化につとめる事にした。
「でもさー、旦那ー。俺ブッチギリで強くなってるけど、俺が全部サーヴァントっての斃したらどうすんの?」
聖杯ってのは別にいらないけどさ。と尋ねる龍之介に、キャスターはふむ、と頷いた。
「とりあえずは受肉だな。そんでお前を世界最強の殺人鬼にする。そしたらお前の好きなだけ殺しまくれよ。軍隊と戦っても返り討ちに出来るようにするからさ」
「うーん。それって何かつまらなそうだなあ。マンネリになったら退屈で俺死ぬかも」
「安心しろ。人類滅亡させるつもりでいけば抑止力ってのがやってくる。そしたら流石にお前も殺されるだろ」
「そうだね。何にせよ。他のサーヴァントを全部殺らないと」
そこで龍之介は強化脚色された一本のナイフを見ながら、にんまり笑った。
「伝説の英雄って、どんな死に様晒してくれるんだろうなあ……楽しみだなあ……」



セイバー ガイウス・ユリウス・カエサル。
基本ステータスが低い。セイバークラスにあるまじき低さ。幼女バージョン。
宝具が思いっきり使いにくい筈ですが、作中で述べたとおり、どうにかしてまともな黄金律を獲得できれば、あとは好きなだけ強化できるチート英霊です。
切嗣はカエサルのことは大嫌いですが、カエサルは昔の知り合いと重ねて見ているので、決定的な亀裂は避けられるだろうと思います。

ランサー エイハブ。
持ち味であるはずの敏捷ステータスが思いっきり低い。
本来は海獣の骨で別の英霊を喚ぶ筈が、刺さっていた鯨撃ち用の銛が触媒となって喚ばれました。
ケイネスとの仲は険悪ですが、これは別にランサーが嫌っているとかでは無く、白鯨との戦い以外何の興味も無いため、ケイネスにも関心が薄いことによります。
少なくともソラウを帰国させたあたりは、思うところがあったかも知れませんが。

アーチャー キルロイ。
ステータスが低い。しかし何気にアサシン並みの気配遮断スキルを持っている辺り、アポの二重召喚に通じていると思います。ミナサバーズの先見性は改めて本当に驚きました。
切嗣と組めばあっさり聖杯戦争終わりそうですが、時臣と組んでいるため暗殺や奇襲が出来ないために早々と勝利を諦め現世での観光旅行に精を出しています。

ライダー 首なしライダー。
マスター狙いのライダーという微妙な性能ですが、逃げと攻撃が同時に出来て、バイクを使うため神秘の隠匿がしやすいことなど、案外使いやすいサーヴァント。
それなりにコミュニケーションが取りやすい事に加えて、敵サーヴァントの位置が結構分かるので、逃げに徹していれば相当厄介なサーヴァントです。

アサシン ラッキー・ルチアーノ。
自由意思の使い魔を大量に作れるという性能ですが、神秘の隠匿が絶対に出来ないという魔術師という人種にとってはとんでもないハズレサーヴァントです。
でも言峰にとっては切嗣を問いただすことが最優先なので、さっさと背信して兵隊勧誘に精を出しています。

バーサーカー AK。
ステータスが無い。
超解釈で雁夜の身体を少し自由になる程度にまでは回復させました。雁夜自身弱さを良く分かっていることと、比較的冷静でいられたことから、奇襲や暗殺で仕留めようとする以上、最大の大穴ダークホースになる……かもしれない。

キャスター リヒャルト・ワーグナー。
そもそもまっとうな意味での魔術師ではない事から悪グナーとなって登場。
この嘘予告で文句なく今のところ最強の組。龍之介に英雄並みのスペックを継ぎ足すという最悪のケース。
ラスボスになりかねないものの、キャスター自身は悪は滅んでこそオペラになると思っているため、存外早くやられるかもしれません。

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最終更新:2014年11月29日 19:38