第十三章
第十三章「序幕」
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アリン | うーん…なんか、薄くなっている気がする… 目標から離れていってるのかな…? |
クレブ | それは、メニス殿から与えられた 目標探しの刻印の感覚のことですかな? それとも、マスターの頭髪の話ですかな? |
アリン | 頭髪の話なわけないだろ!フッサフサだぞオレは! メニスの刻印の感覚を頼りに進んできたんだけど、 今はもうほとんど感じなくなってるんだよな… |
クレブ | メニス殿は目標が見つかるまでは消えないと 言ってましたから、間もなく見つかる可能性もありますな |
アリン | そうだといいけどな この感じ…例えるなら、 便意がギリギリの状態でトイレへ駆け込もうって時に、 使用中じゃないか不安になる気持ちと似てるな… |
クレブ | 意味不明かつ、ろくでもない例えですな |
アリン | まあ、感覚が消えて…それでも見つからなかったら、 もう仕方ないんじゃないかね そうなったらこの謎の女の子を城へ連れて帰って メニスの横に寝かせておこう |
クレブ | そううまく事が進めばいいですが… クレブはしばらく城へは帰れない予感がしますゾ |
アリン | 不吉なこと言うなよ オレはまだ読み途中の好きな漫画があるんだ ほんとなら今すぐにでも帰りたいくらいなんだぞ |
アリン達は巨木が密生している森を歩いている アリンに背負われている精霊の女の子は、 今も深い眠りについている様子ーー |
13-1狭き道「無心の過ち」
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森の中は巨木の根や苔が地面を覆っており、 おんぶしながら歩くアリンは 余計に体力を消耗していたーー | |
アリン | クッ…なんの拷問だよこれは… 体力の限界!気力も無くなり、 引退することにする |
クレブ | マスター… 引退どころか、マスターはまだはじまってすらいませんゾ |
アリン | とにかく手伝えクレブ! お前が後ろから彼女のお尻を支えれば、 オレの負担も少しは減るだろ |
クレブ | いえいえ! 眠っている女性のお尻を触るなど… 気品ある執事としては、到底できませんゾ |
アリン | お前に気品なんてカケラも無いだろ! 主が困ってるんだから早く助けろよ! |
クレブ | おや、マスター あちらの方で何かが動いているようですゾ? |
アリン | 話を逸らすなよクレブ お前の魂胆などマルッとお見通しだぞ |
クレブ | いやいやマスター、本当ですゾ! あっちを見てください |
クレブが指をさした方向には、 たしかに地面を滑るように動く何かがあったーー | |
アリン | あれって…もしかして… |
クレブ | 長くて、鋭い牙があって、 獲物を丸のみしてしまうあれですな… |
見たこともないようなサイズの大蛇が、 アリン達の目の前に現れたーー | |
アリン | あばばばばばば |
クレブ | どぉえへぷ!!たわば!! |
アリン達は全速力で駆けだし、 密林の中で大蛇と必死の鬼ごっこを展開するーー |
アリン | ハア…ハア……逃げ切れたのか? |
アリンは息も絶え絶えな状態でクレブに尋ねるーー | |
クレブ | お、おそらくは… 今は動いてるものは何も見えませんゾ… |
アリン | 今度こそ…体力の限界…気力も無くなり… |
アリンは疲れ果てて傍らにあった木に寄りかかると、 木はポッキリと折れて、蔓に覆われた何かが露見するーー | |
アリン | この森は一体何なんだよ!? ビックリさせられるようなことばっかり起きて… |
クレブが蔓をどかしてみると、 不思議な模様の木彫りの像が現れたーー | |
クレブ | 何かの…像のようですな |
アリン | この像がこの森の黒幕か? まったく人騒がせだな! |
アリンが像をペシッと叩くと、 辺りが突然暗くなり、アリン達はひどく動揺するーー | |
クレブ | マスター、これ以上余計な事をしないで欲しいですゾ! クレブのガラスのハートが…そろそろ砕け散りますゾ… |
アリン | ま、まままままあ、空がくくくく暗くなっただけだろ? そそそそんなにビビるなってクレブ… |
パシック | いえ、自分たちの身を心配するべきね どんな呪いを与えるか、まだ決めてないだけだから |
アリン | だ、誰だチミは!? オレ達は別に悪いことしてないぞ! |
パシック | その像は私達ドロイ族の神の分身 お前達は私達の神を冒涜した… 私は守り人としてどう処理するべきかな? |
アリン | そ、そんなに大切なものだったとは知らなかった… ご、ごめんよ |
パシック | 謝らなくていい、謝って済む問題ではないから これから呪いをかけるけど、心配しなくていい すぐに終わる… |
アリン | 嫌だ!! 呪いとかそういう怖いのやめて! 絶対に嫌だああああああ! |
アリンとクレブが逃げようとすると、 足元にあった木の蔓が足に巻き付き、 動けない状態になってしまったーー | |
パシック | 大丈夫、心配しなくていい これからドロイ教徒として死ぬまで働いてもらうだけ 逃げようとしたら全身が腐って死ぬ程度の呪いよ どう?安心した? |
アリン | 安心できるわけないでしょうがあああああっ!! やめて!放してくれえええ!!! |
クレブ | 神の像を冒涜したのはクレブではなくマスターですゾ! 巻き添えはごめんですゾ! |
突然、眠っていた精霊の女の子が魔法の杖をかざす… 杖の先から強烈な光が発せられ、 同時にアリン達に巻き付いていた蔓が取り除かれたーー | |
クレブ | おおっ!?これは一体… |
アリン | 今だ!とにかく逃げるぞおおおお!! |
クレブ | はいいいいいいいいいいっ!! |
アリン達は必死の形相で逃走をはかる… 強烈な光に目が眩んでいたパシックは、 しばらくしてようやく視界が正常に戻ったーー | |
パシック | あの力…何故この森であんなことができるの…? あれは魔法ではない… ドロイの他にも… 森と共鳴できる方法があるってこと……? |
パシックは座り込んだまま 精霊の女の子が何者なのか思案を続け、 アリン達のことはもうどうでもよくなっていたーー |
13-3細い橋「世界樹」
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アリンとクレブが全力で走り続け、 パシックが追って来ないのを確認した後、 地面に膝をついて倒れたーー | |
アリン | ゼエ…ゼエ… もうだめ…ホントだめ… 体力の限界…気力も無くなり… |
クレブ | マスター…ずっとそれを言ってますが、 なんだかんだ逃げる時はきっちり全力疾走してましたな |
アリン | 火事場のクソ力ってやつだな 5000万パワー以上は発揮していたハズだ |
クレブ | はじめて聞く単位ですが… とにかく、ここで少し休みましょう クレブは周囲に危険がないか調べてきますゾ |
アリン | よし、頼むぞ 途中でやばい怪物とかに遭遇したら、 こっちには絶対来るなよ?黙って食われろ |
クレブ | マスター…相変わらずひどいですゾ… では行ってきますゾ |
クレブが行った後、アリンがふと上に目をやると、 雲にまで届きそうな巨大な樹木の存在に気付く… その樹木は神聖な気配を漂わせていたーー | |
アリン | む…なんか、嫌な予感がする ここから離れておこう |
アリンがその場を離れようと立ち上がりかけた時、 樹木の根本あたりの空間が歪みはじめるーー | |
アリン | 何か…出て来そう…嫌な予感はだいたい的中… |
ガリア・イリア | 邪悪なヴァンパイア!私達は大嫌いだよ! |
双子の小さな妖精が歪んだ空間から現れて、 怒った顔でアリンを睨みつけているーー | |
アリン | いやいや、ヴァンパイアだからって みんながみんな邪悪なわけじゃないよ オレは良いヴァンパイアだよ! |
双子の妖精はアリンの話に耳を貸さず、 腰に手を置きながら叫ぶーー | |
ガリア・イリア | 信用しない!どっか行って!世界樹様に近寄らないで! |
コロリ | ちょっと待って…彼を責めないで 彼はここに私を連れて来る為のただの乗り物だから |
精霊の女の子がアリンの背中から降りて、 大きなあくびをしながら言うーー | |
ガリア・イリア | あなたは……? |
コロリ | フフ…私が分からないのも当然だよね でもあなた達が大切にしている世界樹とは 古い付き合いだよ |
ガリア・イリア | !! ま、まさか、あなたは… |
コロリ | 私のこと世界樹に聞いたのね よかった、ずいぶん長い時間が経っていたから、 忘れられてないか心配だったよ |
アリン | おーい! オレにも状況を説明してくれよ! 何が何だか全然わからないんだが? あとオレを乗り物扱いしたなコラ! |
ガリア・イリア | これは私達の間の話で、お前には関係ない! 黙らないと消滅させるよヴァンパイアめ! |
アリン | むむ… あまり強い言葉を遣うなよ弱く見えるぞ |
精霊の女の子が世界樹に近寄って体をつけると、 それに呼応するように世界樹が振動しはじめ、 静かな森が生き返ったように揺れはじめるーー | |
アリン | え、何、何…何がはじまったの? |
ガリア・イリア | 世界樹様… 長い間、目覚めなかったのに…ついに… |
大きく森全体が揺れている中でも 精霊の女の子は穏やかな表情で 世界樹を抱きしめるように体をつけたままだったーー | |
コロリ | もう大丈夫… これから何があっても、一緒に対応するから… もう、独りじゃないよ… |
精霊の女の子の声に反応して、 古より聳え立つ世界樹は 見るからに生命力を増していくーー | |
ガリア・イリア | 世界樹様が…喜んでる? |
アリン | は…揺れが、おさまった… |
クレブ | マスター!何事ですかな! 突然地面が大揺れしましたゾ |
アリン | クレブお前は…今さらノコノコ戻って来やがって |
揺れがおさまった後、 空から明るい陽射しが指し込んで来て、 光を反射する葉が世界樹から落ちて来たーー | |
ガリア・イリア | わ〜♪世界樹様が目覚められた! 早く森のみんなに知らせよう! |
双子の妖精は嬉しそうに飛び跳ねながら、 森の奥へ去って行ったーー | |
アリン | 君は一体、何者なんだ? あっちこっちで超常現象を起こすし… もしかして…この世界に降りて来た神…とか…? |
アリンが訝し気に精霊の女の子を見ていると、 突然糸の切れた操り人形のように倒れてしまったーー |
13-5忘却の滝「世界の声」
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アリン | ちょいちょい! また寝たフリか? おんぶして欲しいならそう言いなさいよ! |
アリンは地面に寝ている精霊の女の子のほっぺを ペチペチ叩いてみるも、 まったく起きる気配はなかったーー | |
アリン | そういうことなら、もう行っちゃうよ! もう知らないよ! |
アリンが立ち去る素振りをしてみても、 女の子は依然として何の反応もしなかったーー | |
アリン | え〜?今度はホントなの? まさか…このまま死んじゃったりしないでくれよ… |
クレブ | マスター、彼女は世界樹を呼び起こすために 気力を使い果たしてしまったのでは? |
アリン | ふむ…そうだとすると、どうしたらいいんだ? |
クレブ | 回復するまで、おんぶして行くしか無いですな |
アリン | むーん…あんなにすごい力を持ってるのに、 まったく世話の焼ける子だなあ… 残念系少女だな |
アリンは女の子を持ち上げようとしたが、 全身の力が抜けきった状態の為、 何回やっても背負うことができなかったーー | |
アリン | どうしようか…こうなったら引きずって行くか…? でも起きたらまた怒りそうなんだよなあ |
その時、不思議な笛の音色が どこからか聞こえて来るーー |
トリディア | 世界樹が目を覚ましましたね ようやく、止まっていた時間がまた動きはじめます… |
不思議な雰囲気をまとった女性が、 森の中からこちらへやってきた 目の前にいるのに消え入ってしまいそうにも見えるーー | |
トリディア | あなた達が…世界樹を呼び起こしたのですか? ヴァンパイアと、封じられた深淵の獣王… 本当に珍しい組み合わせですね |
アリンは目の前の女性から敵意は感じなかったが、 その深い瞳の奥で何かを見透かされているような、 居心地の悪さを感じていたーー | |
クレブ | あなたは何故…クレブのことを知っているのですかな? |
トリディア | 警戒しなくても大丈夫ですよ 昔はとても邪悪な魔物だったと思いますが、 少なくとも今は違う、そうでしょう? |
クレブ | ……………… |
女性の言葉を聞いてクレブが頭を下げる… 今まで見たことのないクレブの行動に驚きながらも、 アリンは女性にこれまでの経緯を説明しはじめたーー |
アリン | つまり…世界樹を呼び起こしたのはオレ達じゃなくて この精霊の女の子なんだよ |
トリディア | では、あなた達は一緒に旅をする仲間なのですか? |
アリン | うーん、一緒に旅をしてるというか… 彼女をおんぶしてあっちこっち行ったけど、 ほとんどの時間は眠ってるし、 いまだに名前も知らないんだよなあ |
トリディア | そう…おかしな関係ですね |
女性が精霊の女の子の傍にしゃがみ込んで しばらく観察した後、 すべてを理解したように微笑んだーー | |
トリディア | フフフ…私をここへ導いた夢は、 間違いではなかったようです 私はやっぱり、すべての物事と切り離されはしない… 終幕を迎える時まで… |
アリン | ああ、またよくわからない事を言う人が出て来た… 何の話それ? |
トリディア | 私はあなた達の為に、この消えるはずの時を延ばして… あなた達の未来に良い夢を見させてあげます |
アリン | ちょっと何言ってるかわからんけど、 とりあえず彼女を起こすのを手伝って欲しい… 先へ進まないといけないから |
トリディア | 私は、目を覚ましている人を呼び起こせないし、 熟睡している人を再び眠らす事もできません |
笛の音は今も流れ続けており、 アリンはその音色が彼女の演奏によるものなのか、 何かの共鳴による音なのか、区別がつかなかった… 心が世界の意思と同化したような感覚を感じているーー |
第十三章「終幕」
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コロリ | ……ちょっと、何で私より長い時間寝てるの? |
アリン | むにゃ…え?いつのまに… 何か知らないうちに寝ちゃってた!何故だ!? |
アリンは驚いて起き上がるが、 傍らにいるクレブも起きたばかりで、 アリンと同様に状況がのみこめていない様子ーー | |
コロリ | 私にわかるわけないでしょう? |
アリン | 確か…君が起こしても起きなくて… 笛の音が聞こえたのを思い出した! あの女の人はどこにいる? |
アリンは辺りを見回してみるが、 あの女性の姿はもうそこにはなかったーー | |
アリン | 妙だな…君を起こそうとしていたら 君は起きたけど、オレとクレブは眠らされてた… 何を言ってるかわからねーと思うが… |
クレブ | マスターは、今までと何か違うのを感じませんか? |
アリン | もちろんだ オレは毎日目覚めた時、 昨日の自分よりカッコよくなってると思っている だから違うのは当たり前だ |
クレブ | そういう妄言は結構ですゾ どうではなく、クレブは以前の力を少し… 制御できている気がしますゾ 精神的にも少し落ち着いたような… |
アリン | ふーん…オレは何も感じないが あ…いや、なんか耳鳴りがする… 遠くで誰かが話しているような… |
アリンは目を閉じてその声に耳を傾けるが、 囁きが微かに聞こえるだけだったので、 気のせいだと思うことにしたーー | |
アリン | まあいいや、耳鳴りくらい、放っておこう それよりさ!もう寝たフリはやめてくれよな! |
コロリ | はい?寝たフリなんかしてないよ 本当にぐっすりと眠っていたんだよ |
アリン | いやいやいや 眠りながら弾を避けたり、人をつねったりとか、 そんなことできないから普通! |
コロリ | フフ、肉体と精神を 別々に休めることができるの知ってる? |
アリン | ………だとしたら、何で自分の足で歩かないの ずっとおんぶさせておいてよく言うね! |
コロリ | あー、今は気分が良いからそんな態度でも許すけど、 そうじゃなかったら、そんな言いたい放題は許さないよ |
アリン | 偉そうだな! 君は一体何者なんだよ!? |
コロリ | 君は口が軽そうだから、それは言えないね 女の子はプライベートな事を知られるのは嫌なのよ モテたこと無い君には少し難しかったかな? |
アリン | い、言うねえ… |
コロリ | でも名前は教えてあげるよ 私はコロリ、それだけわかれば十分でしょう |
アリン | ふーん、コロリね 一応言っておくとオレの名前は… |
コロリ | 大丈夫、私が知らない事はあんまり無いから 君の部屋の本棚の奥に、 どんなものを隠してるかも知ってる…キモい! |
アリンは驚きのあまり後ずさるーー | |
アリン | クレブ、ヤバいぞこの女の子… 相手にしたらダメだ… |
クレブ | まあ、マスターのお宝の隠し場所まで知ってるのは 脅威ではあるとは言えますが、 マスターがキモいのは事実なので問題ないかと |
コロリ | 私の凄さがわかったなら、そろそろ行こう これからまだやるべき事がたくさんあるよ |
アリン | 何でオレなの? もう自分で歩いて行けばいいでしょう |
コロリ | 男が小さいことを言ってちゃダメ それとも地面を引きずられていきたいの? 面倒だけど、必要ならそうするよ |
アリン | いや、それは勘弁してくれ じゃあ、いつ解放してくれるのかを教えてくれ |
コロリ | んー?私と一緒に行くのが、そんなに嫌なの? |
アリン | いや、大丈夫だ もう、とことんまでつき合うよ… |
アリンは仕方なくコロリについて行ったが、 何故コロリに従ってるのか自分でもよくわからなかった ただ、クレブもそうしているのを見て、 コロリには人を従わせる何かがあるのだと考えたーー |