第二十章
第二十章「序幕」
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アリン | オレが魔道具? 違う違う!俺には手も足もあるし、 こうやって話せるし、歌だって歌える! 道具なわけないだろうが! |
クレブ | 触れたものが流れ込むのを感じるだろ? それは貧求の壺の「吸魂」の力だ しかも焼かれて露出した腕だけ発現してる 他の外皮が残った部分には出ていない… |
クレブがアリンの二の腕を掴んで見せると 言った通りに何も起きなかったーー | |
アリン | …ま、待て待て! そもそも「貧求の壺」なんてものを 見たことがあるのか? 聞いたこともないぞ! |
クレブ | 見聞きどころか、 俺はそのレプリカを持ってる ずっと身に着けているが、 吸魂効果を発揮したことはない |
クレブは頭上の壺を指で叩くと、 深刻な表情で話を続けたーー | |
クレブ | しかも… この壺をくれたのは お前の親父さんだ |
アリン | 何だと!? え…まさか… それじゃあ… |
クレブ | ああ、この状況を合わせて考えると… アリン、お前の親父さんが 貧求の壺を、そしておまえ自身を 造った可能性が高い… |
アリン | ………… |
アリンは眉間に皺を寄せて、 俯いたまま黙り込んでしまった クレブは暫くその様子を見ていたが、 たまらず声をかけるーー | |
クレブ | アリン…そう落ち込むな 事実を知ったところで おまえ自身が変わっちまう訳じゃない… |
アリン | え? 落ち込んでる?誰が? |
クレブ | へ!? |
アリン | オレはただ考えてただけだ もし、おまえの言うことが本当なら、 オレってすごく希少価値が高くないか? は〜、今までの苦労はなんだったのか |
クレブ | ……そうだとしても、 モノとして売ることなんてできないぞ? |
アリン | 展示会を開けば良い! 世界中を巡回展示したら、 もう一生食っていけるぞ!! |
クレブ | おいおい… さすがというかなんというか、 おまえのプラス思考には呆れるぜ… |
アリン | おまけに展示会ギャルとも知り合えるぞ! 意識を持った展示品なんて 今まで見たこともなかったろうし、 連絡先もすぐに教えてくれそうだ! |
クレブ | まあ、元の次元に帰れるなら 何をしようと勝手だけどよ そもそも戻れるかどうか… |
20-1夢郷の入口「龍撃破」
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アリン | お前のどこでも深淵ドアがあるだろう! 今の俺なら魔力も半端ないだろう? 好きなだけ補充してやる! |
クレブ | いや、もうオレはその能力は使えん |
アリン | え? 使えないってどういうこと? もう年だから? |
クレブ | …扉を開くには深淵四界主の力が必要だ 冥界渡神・ヤグド、炎獄崩神・ガラバチ、 蛮岩葬神・ナロバ、そして… 喰境贄神・ケロケキの力がな |
アリン | ケロケキ!? それってさっきの ドデカ蛇じゃないか! |
クレブ | ああ、こいつらは元々俺が持ってる 偽・貧求の壺に封じ込めていたんだが、 さっきお前に触られた時に 束縛が解けちまった… |
アリン | まったく不便な道具だな… |
クレブ | いや、そもそも魔道具時体、 人間の力で造り出せる代物じゃない お前の親父さんが深淵四界主を封じる様な 魔道具を造れるだけでも驚きだ |
アリン | 待てよ…じゃあさっきの吸収でオレは ケロケキの力を手に入れたってことか? …でも、かなり強大な力のはずなのに 何も感じないぞ? |
クレブ | 貧求の壺は無差別に吸収する 力、感情、記憶何かをごちゃ混ぜにな お前がさっき感じた怒りもこれが原因だ だが、吸収した力は扱えなければ意味がない |
アリン | じゃあ…どうやって使うんだ? |
クレブ | それは自分で見つけるしかねえ 俺が説明できるようなことじゃない だが、お前の生体エネルギーは 確実にかなり増えてるぜ |
アリン | そうだな… 今のオレと比べると、 以前のオレは赤ん坊並みだ |
クレブ | 説明することはまだまだあるが、 まずは四界主の力を取り戻す事が先決だ ほら、行くぜ |
クレブに連れられて、 アリンは飛び立っていった 眼下には傷付き倒れ、 息も絶え絶えの深淵眷属が見えるーー | |
アリン | お前、あいつらの居場所が分かるのか? |
クレブ | 四界主を打ち負かした時に、 強制的に契約を結んだのさ 今は繋がりが弱くなってるが、 大体の位置はわかるんだよ |
アリン | 契約を結んだのに、 なぜ逃げられてしまうんだ? 違法契約だったのか? |
クレブ | クハハ…そうかもな 合意じゃなくて強引な契約だし、 何よりずっと壺に閉じ込めてたからな 恨んで逃げられて当然だ |
アリン | いったいお前はどんな 卑怯なやり方をしたんだ? |
クレブ | それは企業秘密さ それより、目の前の敵に 注意したほうが良いぜ |
クレブの指した方向をアリンが見ると 遠方からでもわかるほどの居影が動き、 冥界渡神・ヤグドが現れたーー |
ケロケキの時と同様に、 アリンがヤグドの体に触れて 力を吸い取り、弱ったところを クレブが仕留めたーー | |
アリン | なあ、ちょっとおかしくないか? 深淵の四界主と言ったら 相当強い存在のはずだろ? こんなに簡単に倒せるものなのか? |
クレブ | こいつらは界主の欠片に過ぎないからな 深淵界主の力は深海の存在とリンクしてる もし本隊がここにいたら、 百人がかりでも勝てねえよ |
アリン | 本体は気にしてないのか? 欠片とはいえ、異次元の扉を 開くほどのエネルギーだぞ? こんなずさんな管理でいいのか? |
クレブ | お前にしては鋭い指摘だな 俺が深淵を追放された原因がまさにそれだ 俺はお前の親父さんと組んで扉を手に入れた だが、その代償は…ご覧の通りさ |
自分を捨てた親のことなど もう気にかけまいと決めていたのに、 自身の人生に嫌でも関わってくる アリンは父親に無性に腹が立ったーー | |
アリン | ふん、オレはあんなのを 父親だとは認めてないからな 巻き込まれるのはご免だ とにかく元の次元に帰れればそれでいい |
クレブ | アリン… |
アリンは不機嫌そうにその場を離れた 今までの自分の人生が、 全て仕組まれていたものかと思うと、 ますます怒りを抑えられなくなったーー | |
アリン | いったい…人を何だと思ってるんだ! |
20-3邪悪な樹「征伐」
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アリンは無言のまま クレブの後ろについて飛んでいた 機嫌が悪い理由が分かっていても、 クレブにはどうしようもなかったーー | |
アリン | なあ、ちょっと聞いていいか |
クレブ | ん、何だ? |
アリン | お前はオレの両親が 良い人なのか悪い人なのか、 どっちだと思う? |
クレブ | そりゃもちろん良い人だとは思うぜ やり方はちょっと強引かもしれないが、 考え方は正しいと思う |
アリン | 正しいってのは… 魔族としての意見か? |
クレブ | ……なにが言いたい? |
アリン | 考えてもみろ! 自ら人造人間を造っておきながら 幼い頃からほったらかして、 全く気にしないような奴だぞ? |
クレブ | それはちょっと… 一方的なんじゃないか? |
アリン | じゃあ、どう解釈すれば良いんだ? 魔族にとって正しいことをするためには オレは蔑ろにされてもいいってことか? |
クレブ | だが…それで救われた奴もいる 正しいかそうじゃないかだけで 判断するのは難しいぜ |
アリン | それはオレにもわからないが… 誰かの操り人形になるのは嫌だ! オレは自分の意志で生きていく! 誰にも左右されないぞ! |
クレブ | クハハ いかにもアリンらしい生き方だ |
アリン | なんだ? 皮肉のつもりか? |
クレブ | そうじゃねえ… 俺もそれで良いと思ってる 自由を選択できるってのは 何より一番だぜ |
続けて、蛮ガン葬神・ナロバも 二人は易々と討伐してしまった アリンの著しい戦闘力の増加は 何よりもクレブを驚かせたーー | |
アリン | …なあクレブ おかしいと思わないか? お前を目の敵にしてた連中は どこへ行ってしまったんだ? |
クレブ | そういや見ねえな この短時間に色々ありすぎて すっかり忘れてたぜ… |
アリン | あ、噂をすれば…だな ずいぶん大きい奴を 連れて来たみたいだぞ |
遠方から見てもはっきりと 巨大と分かる怪物を連れた軍勢が 二人に勢いよく向かって来ているーー | |
クレブ | フン、いつでも来やがれ 遅かれ早かれこうなるんだ もう後の心配も無いしな… アリン、もし状況が悪い時は… |
アリンは手で制するように クレブの話を遮ると、 真剣な表情で言ったーー | |
アリン | もう逃げろなんて言わないでくれ 二人で一緒にここへ来たんだ 出る時だって二人一緒に、だ |
そう言うとアリンは背を向け 巨大な襲撃者へと向かう クレブは驚いた顔をして その場に固まっているーー | |
クレブ | そうか…二人一緒に…か ク…クハハ! そうだな、悪くないぞアリン! |
クレブは豪快に笑ってみせるが、 その眼は少しだけ潤んでいるようだった アリンとクレブは今まさに、 主従を超えた絆で結ばれたーー |
20-5未知の地「意外な対面」
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巨大な炎獄崩神・ガラバチを従え、 その頭上に降り立った悪魔王は 憎々し気にクレブを睨みつけた その背後には無数の軍勢が続いているーー | |
オルフェ | もう逃がさんぞ、アグレフ 火の界主の力は既に我が手にある 貴様を葬り、他の三界の力を奪い、 この俺が深淵の扉を開いてやろう |
クレブ | クハハ! やれるもんならやってみろ! |
クレブはアリンに合図をすると、 自ら敵の注目を集めるよう動いた アリンはクレブの意図を理解し、 静かに機会を窺っているーー | |
オルフェ | アグレフ、貴様一人で戦うつもりか その連れは深淵の冥火に焼かれていたな なんとか命は助かったようだが、 もはや戦力にはならんということか |
アリン | ハハハ… あんな目に遭うのはもうご免だが、 オレはその火のおかげで 役立たずじゃなくなったってワケだ |
アリンは仁王立ちで腕を組むと、 自信満々で言い放ったーー | |
アリン | 我こそは貴様ら次元侵略者の 野望を打ち砕く者、アリンだ! この名前も姿も、よーく覚えておけ! |
オルフェ | ぬかせ!死に損ないが! その減らず口、 二度と利けなくしてくれるわ! |
アリン達とオルフェの軍勢が激突した 混戦の最中、アリンはガラバチを目指す クレブは戦場を駆け巡りながら、 一人一人確実に倒していったーー |
オルフェ | ええい!!鬱陶しい! 恥も外聞も無くしたか! アグレフ! |
クレブ | それを言うなら、 てめえらも多勢に無勢が過ぎるぜ! タイマンで勝負しやがれ! |
オルフェ | …見くびるなよ いいだろう! 一対一で勝負をつけてやる! |
クレブ | へー、お前がそのつもりでも 後ろにいる俺のファンは だまっちゃいないみてえだけどな |
オルフェ | さっきから余計なことばかり… 覚悟しろ! |
一方、ガラバチに接近したアリンは その巨体からの猛攻撃を受けていた 常人ならばとても勝ち目のない相手だが、 今のアリンは余裕すら見せているーー | |
アリン | へへっ… こう鈍いと当たる気がしないな 炎の攻撃だって両手がこんがり焼けた オレにとっては大したことないさ |
アリンは顔の前で両手を交差させると、 炎を吐いたガラバチに突撃した 激しい炎は次々に吸収され、 突進はどんどん加速していくーー | |
アリン | このデカブツめ! すでにチェックメイトだッ! |
アリンは全力で体当りした オルフェの軍勢との戦いで傷つき、 動きも鈍くなったガラバチには、 もう突撃を止める力は無かったーー | |
クレブ | クハハハハ! ゲームオーバーだぜ、王様! この勝負、俺達の勝ちだ! |
オルフェ | 何だと!? |
オルフェが驚いて振り返ると、 事を終えたアリンが地に降りていた ガラバチの巨体が一瞬で化石のようになり、 ボロボロと崩壊し始めるーー | |
オルフェ | 馬鹿な! 只の異界人が… どうやって…!? |
アリン | ハハッ、この何もない所で ゆっくり後悔し続けるといいさ オレたちはお前らが永遠に行けない 素晴らしい世界に帰らせてもらうぞ |
四界主の力を揃えたアリンは 不思議な感覚が芽生えたのを感じた その直感に従い念じてみると、 背後に深淵の扉が開かれたーー |
第二十章「終幕」
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アリン | 行くぞクレブ! こんな所一秒でも早く出ていくぞ! |
声を聞いたクレブが飛んで行く その周囲を取り囲んでいた深淵眷属は アリンの身体に四界の力が 集まったことにようやく気付いたーー | |
オルフェ | そんな、まさか! …アグレフ! またしても異界の者と 手を組むとは、深淵の恥晒しめ! |
クレブ | フン 俺は既に深淵から追放された身だ 二人の異界人にやられたと思っとけ あばよ! |
アリンとクレブが 深淵の扉に入ろうとした時、 突然響いた声がクレブの足を止めたーー | |
ファリア | アグレフ 行くなら勝手にどうぞ …でも、こいつはどうなるかしらね |
傷だらけの人物を引きずりながら、 ファリアがゆっくりと近づいてくる クレブはその人物を見て驚き、 アリンを引き留めて恐る恐る尋ねたーー | |
クレブ | お…おい… それは…誰だ…? |
ファリア | あなたの… そう、狂暴な犬の御主人様 悪名高きヴァンパイア! |
ファリアがその人物を放り投げると、 血塗れの髪の隙間から青白い顔が晒された その吸血鬼特有の顔を見たアリンは その人物が誰なのか直感で理解したーー | |
アリン | と……父さん……? |