キャンバス史
第一章:サーバーの勃興
令和5年11月
色々な事があって、11月、鯖主メル・レム・ドリームズ氏が何も無い空間に色を添えるという願いを込め、キャンバス(英:Canvas)と命名し、サーバーを新しく作り上げた。これがこのサーバーの起こりである。
この時代では、キャンバス民らはDiscordで雑談をしたり、サーバーオープン後の国家の予定を計画していた。
この時代では、キャンバス民らはDiscordで雑談をしたり、サーバーオープン後の国家の予定を計画していた。
12月
予定では、12月にサーバーを購入し、開発を進めていく予定であったが、agamesとの間での連絡が上手く取れず、サーバーを購入できなかった。これにより、オープン予定日は1月から2月に先延ばしされた。
令和6年1月
新年の始まり、サーバーの平安を願っていたキャンバス民であったが、夕方、大変な事があった。能登半島地震である。石川県能登半島を中心に最大震度7の大地震が発生し、鯖主メル・レム・ドリームズ氏も被害を被ってしまった。これにより、サーバーの購入に遅れが生じ、一時キャンバス民はサーバーの存続を諦め他鯖で暇つぶしをしていく事になった。しかし、行った先のサーバーに馴染めず、キャンバス民は結局キャンバスが恋しくなってキャンバスに戻ってきた。そんな中、メル・レム・ドリームズ氏によってサーバー購入が成功した。また、aaare氏がサーバーの準備を着実に進めていき、ついに2月3日にオープンする事が決まったのであった。
第二章:サーバーの始動
1月後半〜2月
サーバーオープン日が決まり、キャンバス民は大きな嬉しみを表した。様々な国が声明を発表し、少しずつ盛り上がりを見せていった。
クソラグオープン、そして始まるサーバー
サーバーは2月3日19時にオープンした。しかしながら、サーバーには15人程の人が訪れ、超がつくほどラグが激しいオープンとなった。とある鯖民は、この状況について「5〜10分前に打ったチャットやコマンドが、やっと今表示された」と語り、状況の酷さを憂いた。
一方、この時期に、国際連合が立ち上げられた。
ラグの改善と鯖民のラグへの対処
あまりのラグの酷さに、メル・レム・ドリームズ氏は頭を悩ませ、サーバーの構造を変更する事を宣言した。一方、鯖民もラグ対策をしながら、またそもそもラグを気にしないものなど、様々な方法でこの苦境に立ち向かっていた。そんな中、2月7日には、サーバーのスペックが大幅に改善し、これでもかというほどサーバーは軽くなっていた。
世界規模の強大な勢力の誕生
世界初の窃盗事件
詳しくは「レヴィ事件」を参照
2月23日、ケベックにTippyDartと名乗る人物が当時オープン設定だったケベックに不法入国し、それが同盟国ガボン共和国の国交相でもあるはずのさいてん氏であった事が発覚した。これは、サーバーオープン後初の窃盗事件であったものの、運営によって円滑に対処され、さいてん氏はBANされた。
一方、ガボン側はこの処置を誤BAN・冤罪であると主張し、異議申し立てをしたが、運営はこの主張を却下した。
全世界資産の大幅減・サーバーの活力の低下
2月27日、ドイツは領土拡張に45万Cをつぎ込み、これにより一気に世界の総資産が1週間前の水準まで落ち込んでしまった。これは、当時のドイツの経済力の高さを物語っているものであったが、以降のドイツはモチベーションの低下により経済停滞が進んでいった。
一方で、それに比例するような形で今まで資産が全くと言っていいほどなかったケベック王国は、農業の活性化により資産を伸ばしていった。これにより、以降はケベックが覇権的な力を持つようになっていったが、(停滞までは行っていないとは言え)次第にケベックも経済成長は緩やかになっていった。
それに伴う形で、サーバーの活力はどんどん下がっていった。これは、サーバーが平和で戦争のないサーバーであった為、国力をつけても、国力の注ぎ込み先(=戦争)がない為に飽きが来てしまっていたとされる。
しかし、運営はMovecraftを導入し、これにより活力は少しずつ戻ってきた。また、日本は進んで戦艦や航空機の建設に取り掛かり、交通産業において世界をリードしていった。
しかし、運営はMovecraftを導入し、これにより活力は少しずつ戻ってきた。また、日本は進んで戦艦や航空機の建設に取り掛かり、交通産業において世界をリードしていった。
第三章:サーバーの発展
3月〜4月
3月頃から、サーバーは再び勢いを取り戻し始めていた。世界中で建築が進み、多くの国が躍進していった。一方、かつてサーバーにおいて事実上の覇権国家であったドイツはその地位を降り、以降はケベックと日本がサーバー内における事実上の超大国としてあり続けていた。
ケベックの地方開発
ケベック王国は、それまで首都のヴィル・ド・ケベックや、モンレアルなど、一部の都市にのみ建築が集中していた。しかし、この頃になると、ガティノーやシェルブルックが開発され、ケベックは大いに発展していった。
香港の発展
一方、日本が海外領土として設置した香港(華南国)は、一気に経済成長を進め、日本本土を上回る経済力を持つようになった。経済力が発展するにつれ、香港は日本本国に対し自治権を得るようになっていき、サーバー内では遂に別ネーションとして独立した。以降も、香港は対外的には日本とは別の国家として振る舞いつつも、一応は日本の海外領土としては留まっている。
特産品の収穫
運営は、特産品システムを導入した。特定の地域で特定の作物を収穫したり動物を倒したりすると、その地域だけで取れる食材を入手できるようになった。主にケベック王国と香港が特産品の登録をどんどん進めていった。
5月〜
野球文化の興り
日本の東北ドームが完成すると、野球プラグインが導入され、球場で野球を楽しむ者が増えていった。また、ガボン共和国はパギュイルー球場を完成させ、世界中に野球場が建設され、野球は世界各国で楽しまれるようになった。また、東北ドームでサーバーオープン3ヶ月記念のイベントが開催された。
ケベックのビル街発展
一方、ケベック王国は野球ブームにあまり乗り気ではなかった。諸外国からはケベックにおける球場の建設を提案する意見もあったが、ケベックはこれを断り、代わりに新興ビル街の開発を初めていった。この計画は、モンレアル副都心計画と名付けられ、新しいビル街が建築されていった。これにより、モンレアル周辺の都市圏は市街地面積が一気に2倍に増加し、ケベックは再び大きな経済成長期を迎えていった。
ドイツの再対等
3月頃から活動率を下げていたドイツは、再び活動を活発化させていった。
ガボンの発展
ケベック企業の進出や、パギュイルー球場の建設により、ガボンは経済発展をしていった。