ペンタグラムエキスパンション(ストーリー21)

最速で玄関の部屋まで向かう二人は、カスムに人質にされているナタリアとメルディリーナを発見する

「…下らん邪魔が入り、誰も殺せないとはな。 我ながら恥ずかしいものだよ。」
後ろから接近してくる2人にカスムは眉一つ動かさずに、こちらをちらりと見てそう言う。

「2人とも… まだ生きてる?」
「当たり前だろ!! 見てわかんないのか!?」
尻餅をついているナタリアは彼女を怒鳴りつけながらそう言うと、元気そうにしている。

「ギコイルがかばってくれなかったら、危なかったけど…」
カスムの横に積み上げられている、気絶中のヒャクハチとギコイルを見てメルディリーナは呟く。

あの2人がナタリアをカスムの銃弾から助けたらしい。 尻餅をつく彼女を撃とうとしたカスムに、ギコイルがタックルを食らわせて標準を狂わせると、ヒャクハチが体勢を崩したカスムを羽交い絞めにしようとしたらしいが…

体術を喰い二人仲良くのされてしまったらしい…

「気をつけて… こいつ、信じられないくらいの早撃ちと正確さよ」

手を上げるメルディリーナの後方には、彼女が所有していた拳銃が転がっている。 ヒャクハチが羽交い絞めにしていたとき、チャンスと見て隠し持っていた拳銃で(彼ごと)カスムを撃とうとした。

ヒャクハチの拘束をすばやく振りほどきいたカスムは、なんの焦りも見せずに手に持っていた拳銃に発砲して銃を吹き飛ばしたらしい。

「動くなよ。新参の2人。 人質の命が惜しくばな」
「わかった。 おとなしくしよう…」

ギャシャールは手を上げながら、うつむき加減にそう言うと降伏の意を示す。 
この男の目の前で少しでも、抵抗しようとすれば人質のメルディリーナとナタリアが確実に殺されてしまう。
ギャシャールは今の状況を打破する手段が無い。

(ちぃ…! 時間が立ったら、地下室からあの男が昇ってきちまう。 そうならりゃ、全滅だよ!!)
チャンスを窺うにしろ、こちらのは鉤爪の男が来るまでという制限時間まである。 しかし、事を焦れば最悪の事態に落ちいってしまう。

「ララモールを救い出そうとするから、こうなるのだ。」
「ララモールは何処に居るの?」
突然口を開いたカスムにギャシャールは駄目元でララモールの所在を尋ねる。

「もう、殺したさ…」
「…おまえ」
にやりと笑いながらそういうカスムに、冗談でも許さんと言う表情で睨みつける。

「メイドさんも泣きながら言ってた… 「もうここに居ない」って… あれは死んだってことなんだ… 僕たちがもっと早くにここに来てれば… ララモール、ごめんなさい…」
「ナタリア… 女がそんなに簡単に泣いてはだめよ。 …それにこいつをを喜ばすだけだわ。」

「人をサディストの様に言うのはやめてもらいたい物だな。 これは侵入者に対する当然の処置なのだ、わかったら口を慎みたまえ。」
「…」
万事休すとはまさにこの事だな… ギィも今の状況を打開する手段を思い浮かばない。 こういうときのための経験と知恵だろうに、こんなことを考えてもどうしようもないが、自分の無力さが悔やむ。

「さて、君達もおとなしくなった所で… そこの男。 私の机の上の書類の何を見た?」
ギャシャールに向きを変えてカスムはそう問いただす。 

「あのさ、こう見えても僕はおん…」
「何を見たのだ?」
ギャシャールの発言を遮るように、再度同じ質問を行うカスム。 お前は言われた問いにただ答えていろと言わんばかりだ。

「「コンヴァニア財団の援助について」「ハニャン連邦の騒乱」「ヴァイラ教の邪神の捕獲」「ルアルネ傭兵団のコンヴァニア財団襲撃の処遇」、だよ。」
「ルアルネ傭兵団の処遇… まさか、お頭の!?」

ギャシャールが順々にそう答えていると、ギィは最後の言葉に反応を示す。 先ほどまで一言も喋らなかった自分が今になって、声を上げるなんて不自然極まりない。
当然、カスムも不振がる

「あ…」
「今なんといった? お頭だと…? そういえば、祝和会議にかけられるタカラード=ロウレウッサは団員にそう呼ばれているという情報があったな… 」

(…しまった~!!)
あたいのバカ、間抜け! よりにもよって最悪な相手にばれちまった… 

「これはいい! いままでハエの様にうるさかったルアルネの責任者を祝和会議で確実に裁ける様になったよ! こういうのはどうかね? 君はタカラードに指示されて、自身の保身のために、党率議員である私の暗殺に来たというのは?」
「は…? 何言ってんだ、ゴラァ!?」

「コンヴァニアからの懇願でね。 「小うるさいルアルネ傭兵団にどうにか正義の鉄槌を下してくれ」といわれ、どうしようか考えていたのだよ。 彼はハニャン連邦をはじめ、コンヴァニアの一部の商人、果てはわが党内からも減罰の声が出ていね。 後のことを考えると、ホイそれと重い罰を下す事が出来なかったのだよ…」


「しかし、今回のこの事実は、彼の隠し通していた薄汚れた内面を大きく露呈させる証拠になる。 ルアルネ傭兵団の本性をここに見たりと! 皆は思うだろうな。」
彼は心の中で大きく高笑いをする。 コンヴァニア財団の依頼を、「自分」がうまく成功させることが出来れば、そのお礼として向こうから様々な便宜を図ることが出来る。 そうなれば党内での自分の権力がより強いものとなるのだ。

「冗談も休み休み言えよ…」
「そうと分かれば、君は大切な客人として、丁重にもてなさねばならないな。 この度の法廷内での証拠品として…」
彼はそういいながら、おもむろに地面に転がっている拳銃を拾い上げる。 先ほど自分がメルディリーナから弾いた物だ。

「これは、形状から見ても護身用の麻酔銃だな… これで眠りたまえ。」

「ちょ…! おまえ! それだけは止めろ!!」
麻酔銃なのは確かだが、メルディリーナが対ヒャクハチ用に改造した護身用とは名ばかりの凶器である。
実際その威力は軽く人間の頭を貫通する。 もちろんそんな事を知るはずも無いカスムはギィの頭に狙いを定める

「おい、メガネ。 やめろって」
「やめなさい! それは…」

ギャシャールとメルディリーナが慌ててカスムに忠告しようとしたが、黙っていろと言わんばかりに彼女のすぐ近くを掠めるように、カスムは自分の拳銃から銃弾を発する。

「次は頭を狙うぞ、人質などそこに転がっている奴で本当は十分なんだ。 不必要な分を生かしておくのは私の深い慈悲によるものなのだ。」
少しの発言も許されないメルディリーナとギャシャールは、口を挟むことが出来なくなってしまう。 ナタリアは自失状態になり下をうつむいたままで、小さな声でララモールの名を繰り返しているばかりだ。

「そうまで顔をこわばらせるものではない。 ルアルネ傭兵団の女戦士」
アホか、勘違いで殺されるなんてまっぴらごめん何だよ!! 声を出したらやばいので心で絶叫するギィだが、全く意味が無い。

「…?」
引き金を引こうとしたその時、カスムは突然、違和感を感じてピタリと動きが止まる

「何だこの地響きは?」
よく耳を澄ませばドスンドスンという音も聞こえてくる。 それに伴い先ほど感じた地響きが錯覚でない事が分かってくる。

人一倍大きな音と地響きの後、すぐに静寂が訪れる。
「地震か…? 違う… これは…」

カスムが先ほどの地響きと音が何か、頭の中で分析していると大きな衝撃が響き渡る。
「うわ!」
「何だ? 地震!?」

「くそ、何事だ!? 見回りA、見回りB! 何があったかすぐに報告しろ!!」
予期せぬ自体に驚くカスムは声を荒げると、見回りA、Bと呼ばれる人物は隠れていたのか天井裏から突然姿を現す。

「カスム様、的確にご報告します!」
「すみません! 正直分かりません!」


「この無能が! ぐお!」
カスムの罵声の後に再度の振動が屋敷を襲い、その屋敷が倒壊しかねないかのような大きな揺れが巻き起こる。
その揺れに体勢を崩したカスムは跪くと、ハッとしてすぐに顔を上げる。

「オラァ! ぶっ飛べ!!」
ギィは大きな隙ができたカスムの顔面に流星手戟を放つ。それを何とか、かわすが体勢をさらに大きく崩して地べたに両手をつく。

「貴様…!」
自分を無様な目に合わせたギィに怒声と共に発砲しようとするが、続けざまの衝撃で標準は大きく外れ、弾丸はあらぬ方向へと飛んでいく。

「カスム様! 的確にご報告します!」
「屋敷が物凄い揺れに襲われています!」

「黙っていろ! 許しはせんぞ、女達!」
全く使えない見回りA,Bの苛立ちを覚えるカスムは、激しい口調になりギィ達に発砲しようとする。

しかし、立て続けの揺れに襲われ、屋敷の廊下に灯された蝋燭は消え、辺りが暗闇なと同時に敵を見失い、周りの様子が分からなくなる。

「くっ! しまった…!」

「日ごろの人徳の差だ、バ~カ! オラ、男ども何時まで寝てんだ さっさと起きるよ!」

「俺が低血圧なの知ってるでしょうに、あともう少し待って…」
「って言うかなんで真っ暗なんだここ? もしかしてまだ夢の中なのか?」
カスムの近くで気絶している2人に劇飛ばして覚醒を促がすと、それに反応した2人の声が暗闇から聞こえてくる

「オラァ! さっさと起きないとお前ら漬物にするぞ!外で何があったか知らないけど注意しな。脱出の経路についてはそっちに任せる。」
「あれ、ギィさんはどうするんですか?」

「ここの連中の足止めさ。カスムの奴が追ってこれないようにね。」
「でもそのカスム、闇討ち恐れて逃げてっちゃったんだけど…」
先ほど、走って逃げていく足音が聞こえたがおそらくはカスムだろう、とギャシャールが推測する。

「ち… あのビビリ眼鏡め。」
今こそボコるチャンスだったのに、煙の様に消えてしまったカスムに舌打ちをするギィは、暗闇で前も後ろも分からないこの状況をどうしようとかと悩んでいる。

「この暗闇をどうする? 」

「こんなこともあろうかと、ランタンを用意しておりました!」

「ご都合主義だけどナイス!」
何でランタンを持っているかはもうこの際、面倒くさいので突っ込むのも止めにしておく。 

「ほら、魚肉ソーセージ! さっさと立ち上がって屋敷から逃げ出そう。」
「…ララモール」

先ほど地面に下手っていたナタリアに、ギャシャールが声を上げるも、彼女にララモールの死の衝撃が大きすぎたんだろう。 悲しみと後悔にくれる彼女に声が届かない。

(普段は気が強いくせに、打たれ弱いんだから…)
いつもの調子はどうしたんだ… まったく、こっちの調子まで狂ってしまう。 ギャシャールは仕方がないので抱えてでも連れて行こうとしたその時に、平手打ちの乾いた音が廊下に響く

「しっかりしなさい!」
腑抜けている彼女を怒鳴るメルディリーナは、今度はナタリアに優しく諭す

「ララモールの事を悔やむのは、私達が無事にここから脱出してからでも遅くないわ… ここで私達が死んで、ララモールに会う様な事になったら今度は彼を悲しませてしまう。」

「わかったよ… 行こう。」
メルディリーナは落ち込む彼女にそういうと、ナタリアは静かに涙をぬぐい立ち上がる。
すぐ近くの玄関に向かおうと、ギコイルは皆に呼びかるため、振り返るとギャシャールの後ろには巨大な男がたたずんでいた。

「ギャシャール 後ろ!」
「え? うわ!!」
大声で呼びかけられたギャシャールは、不意に聞こえてきた刃物が風切る音で、反射的に屈み攻撃を回避する。

「コイツ… 頭悪いくせに気配が全く無かった…」
自分の背後に近づいてきた事に全く気付かなかった。暗闇に乗じてとは言え、ほんの少し反応が遅れれば輪切りになっていたところだ。

今になってこいつが来るか… 先ほど気絶した鉤爪の男がいる。 カスムの時に来るよりはマシだが、それでも面倒なのは変わりない。

「や、やっと見つけた! ぜったい、ば、ばらばらにしてやる!」
しかも、結構ピンピンしている。 鉤爪の男の半端の無いタフネスはある意味尊敬に値する。

「諦めが肝心って言葉知ってる? もう、お前は退場していいんだよ。」
「死にたくなけりゃあ、その場でおねんねしてろってんだ。」

ギィとギャシャールはため息を吐きながら、どっちが悪役だか分かんないセイフを言うと武器を取り出して、男の足止めを決行する。今は何よりあの4人を逃がす事が先決だ。 

「行きな、コイツをぶっ飛ばしてからゆっくりと後を追うよ。」

「俺達も戦うぞ!大勢のほうが良いに決まってる!」
「こういうときのための人数…」

「お、お前ら黙ってても、こ、殺してやる! そ、そこを動くなぁぁぁ!!」

果敢にも戦う意思を見せてくれるギコイルとヒャクハチだが、男の絶叫でその戦意は一瞬でかき消される。
殺意に満ちた眼差しとその覇気に気おされた2人は後ずさりをしてしまう。 はっきりいって自分達では束になってもこいつに勝てると思えない…

「ここはギィさんの言うとおりにしましょう…」
「「ごめんなさい、自分口だけでした。」」
ナタリアを脇にメルディリーナは2人を脱出しようと声を掛けると、ランタンを一つ置いて申し訳なさそうに退散していく。

「何言ってんだよ、戦おうって言ってくれただけでも嬉しいよ。 ありがとよ。」
自分にとってはあの心意気だけで十分嬉しい。 見送りを終えたギィは正面になおると、静かにたたずむ男に話しかける

「あんたも懲りないねぇ… あんだけぶっ飛ばされたんだから、いい加減に諦めなっての」
倒しても倒しても起き上がってくる男の執念には正直感服するものがある。 
「あ、諦めたらそこで、し、試合 しゅ、終了。」

「あ、っそう。 動かない足でようやく僕たちに追いついたのはいいけど、それからどうするの?」
よく見ると足を引きずっているように見える。 一見、元気そうでもきちんとダメージは残っていたようだ。 自分達二人相手にとってこれは、致命的なはずである。

「結局、追いついたのはいいけど、サンドバックになるつもりなのかい?」

正直今の自分達にとって男は足どめにもならない。 棒立ちのその男に攻撃を仕掛けようとギィが踏み込んだ瞬間、天井裏から突如として、ギィの目の前に人が飛び降りてくる。

「な…!」
意表をつかれ動揺する彼女に、白いフードに覆われたそれはギィの剣を持った腕を捻り、武器を地面に落とさせると背負い投げをしてギャシャールのほうに放り投げる。

それを軽やかにかわしたギャシャールは、反撃として白いフードの人物にナイフを投げつける。
しかし、ギィの落とした剣を拾い上げてナイフを叩き落すと、フードの人物は持っていた剣を投げつけてくる。

ギャシャールはそれをかわして接近戦を挑むが、彼女は いとも簡単に叩き伏せられてしまう。
(こいつ… 何者!?)

「ギャシャール!」
受身を取り体勢を立て直したギィは、投げ返された剣を拾い上げ、フードを人物を威嚇する。

「…仲間が居たのか! ぜんぜん気が付かなかったよ…!」
自分はおろか、ギャシャールですらその存在を感知する事が出来なかったんだ。 こいつ… 相当な手練だね…
しかも、自分達2人をこうも簡単にあしらうなんて何者なんだ!?

「この女を殺すぞ。」
攻撃を仕掛けてこようとするギィにフードの人物はそういって威嚇する。
地面に叩きふせられたギャシャールは、身動きの取れない状況で首元にナイフを突き立てられ、人質にされてしまう。

そんな状態で館に再び、衝撃が巻き起こる。
館の激しい揺れにより、自分の拘束が緩くなったのを感じたギャシャールは、すばやくそれを振りほどいて、その人物に蹴りを喰らわせる。

しかし、それを受け流され反撃としてカウンター気味に腹部をけり返されてしまう。
「ガハッ!!」

「オイ! 大丈夫かい?」
ギィのほうに吹き飛ばされたギャシャールを介抱して、立ち上がらせる。 

「そんな事より、あいつを… ごほっ…!」
しかし、フードの人物は余裕からか隙だらけの自分達を攻め込んでこない。 挑発するように手の平を返して肩をすぼめる。
その上、いきなり方向転換して、自分達に背を向けると逆方向にテクテクと歩き出す。

「なめやがって…!」

「ギィ… 落ち着いて。 あいつ… 何者なんだ?」
フードの人物はそのまま、鉤爪の男の肩に手を置いて、自分についてくるように促がすと、館の奥の闇に消えていく。鉤爪の男も、ひょこひょこと足を引きずりながら。最後にこちらの方を振り返ると館の闇に消えていった。

「逃げやがった! コンチクショウが、なんのためにわざわざここに来たんだ!?」


「あの男を助けるため…? 何はともあれ、逃げるの今のうちかな…」
腹部を痛そうに抱えながら立ち上がると、ギィに深追いはしないように忠告をして、自分達も脱出しようと言葉を掛ける。

気に入らないと口をへの字に曲げて、不機嫌そうにするも、彼女の言う事ももっともなのでこの館の脱出を図する。

「くそが! 腹が立つねぇ、さっきの奴は!」
「…まだいってるし。 そんな事よりも、皆と合流しよう。」
館の窓から外に出た二人は、外の様子を見て唖然とする。ギャシャールは大抵のことなら驚かないつもりだったが、目の前に広がるあまりの光景に不覚にも立ち尽くしてしまう。

ギィはギャシャールとは違って、未知なる物を見たから驚愕したのでなく、面識があるがここに居るはずの無い物がそこにあったから驚いている。


「あの白い塊… 何?」

館に衝撃を与えていたものの正体は、白いて、でかくて、丸いものだった。しかも4~5個くらいある
人の2倍はゆうにある巨大な球体が列を成しては、ポン、ポンと弾みながら館へ一斉に体当たりを食らわしているのだ。

「な、なんでここにこいつらが居るんだよ…」
「ギィ? もしかしてアレの正体に心当たりがあるの?」

「心当たりもクソもあるかい!!  あの野郎だ… 間違いない!」
言うがはやし、何処ともいえない方角へ一目散に駆けていく。

「ちょっとギィ! 何処へ行くつもりなの?」
「心当たりをぶっ殺してくる! あの野郎が!」

あの野郎、あの野郎と連呼しまくるギィはギャシャールの問いにも、きちんと答えず消えていってしまった。

怒りかたから、前々から気に入らない人物だったんだろう。 それにしても自分を置いてけぼりにした挙句、きちんとした説明もしないなんてどういうつもりだ。

「はぁ… しょうがないなぁ。」
どうしようもない彼女にため息を吐き、世話が焼けると、自分も後を追おうとする。

「待て」
そのセイフと共に上から突然が自分の目の前に現れる。 屋根の上あたりか知らないが、突如現れたのは先ほどの白いフードの人物だ。
最悪… おそらく退くふりをして、最初からこちらを尾けていたんだろう。 一人になったのを良い事に自分を殺るつもりだ。

やるしかないか… 勝てるかどうか厳しいな… っと、武器を構えた瞬間にフードから、自分がもっとも聞きたくない人物の声が聞こえてくる。

「まったく、ギーコード君の言う通りね。 あのおねーさんは勇ましい限りだわ~」
「ッ!」
その声と調子に心当たりがある… 動揺する自分を落ち着かせ、必死に否定する。 ここにこいつが居るはずが無い、っと…

「目がまん丸よギャシャール。 涼しいあなたがそんなリアクションを取ってくれるなんて大満足♪ 」
白いフードから自分の顔をのぞかして自分の顔が見えるようにするとクスクスと笑い出す。

「こんばんわ、お久しぶりね~」
その人物はかつて、名も亡き者に居た時の隊長。 自分が一番逢いたくなかった人物。
蒼白となるギャシャールに、ヴェサリスは優しくにっこりと微笑む。

ギャシャールがもっとも望んでいない再開を果たしていた頃、彼女を置いて突っ走っているギィは息を切らして一心不乱にある人物を探していた。
(一体全体… 何でここに居るんだい、「あの男」!)

ドゴンドゴンと轟音を響かせる体当たりを続けている丸い物体。あれは間違いなく菌糸獣だ。 

菌糸獣は自分達、ルアルネ傭兵団が拠点とする「浮遊島」とごく一部の場所に生息する獣である。しかし、これほど巨大な菌糸獣は浮遊島にしか居ない。
ルアルネ傭兵団はそれを訓練して戦闘で使っている。 つまり、今ここに攻撃しているのは間違いなくルアルネ傭兵団の… 自分の身内だ。

限られた人物しか使役する事が出来ない、扱いの難しいあの獣を操れるのは、ルアルネ傭兵団の一握りの人物。 もうここまで分かれば、自分の中で誰がこんな事をしているか、目星がついた。

大きな庭には、菌糸獣に敵わずに負けた、沢山の警備や見回りの人間が気絶している。その中で、ルアルネ傭兵団の自分の所属を表す鎧を身に纏う、顔も知らない誰かを見つけると、大声で荒げて睨みつける。



「おい! てめぇ、ニーノは何処だ!?」
「ほへぇ!? なんで、ギィーラ隊長殿がここに!?」
菌糸獣に指示を出していた傭兵Aは、居るとは当然おもわなかったギィを見つけて悲鳴にも似た驚愕の声を発する。

「言え! あんたの隊長、ニーノ=ゼバインは何処だ!?」
「はががが…! 屋敷の正門です!! くるしい…!!」
思いっきり頚動脈が締まっているにもかかわらず、お構い無しに力いっぱい首をねじり上げると、泣き声でニーノが正門に居る事を伝えて気絶する。
口からぶくぶくと泡を出す不憫な傭兵を放り投げて、正門の方に足を進める。

「ヒャハハハハハハ! 党率議員様のお屋敷はえらく頑丈だなぁ!!」
「てめぇぇぇ!」
下品な笑い声を出しながら、菌糸獣が屋敷に体当たりするの見ていたのはニーノ=セバインその人だった。
彼を見つけたギィは怒りに満ちた雄叫びを上げて彼のほうに駆けていく。

その男は、鍵の掛かり閉じられた正門の向こうから屋敷がいつ倒壊するのか高みの見物をしている。
「何考えてるんだ! 答えろ!」
ギィはニーノを殴り飛ばそうと、扉である金柵を開こうとするが鍵がかかっていて、向こうにいけない。

柵がガシャンと音を響かせ、その音でニーノは初めて、ギィが目の前に居るのに気付く。

「お? ああ、ギィじゃねぇか。 しっかり息してやがるし… 死んじまやぁ良かったのに、面倒臭ぇぜ。」
「うるせぇ! ぶっ飛ばしてやっからこっち来い!」
柵に掴みかかりガシャンガシャンと柵を揺さぶるギィを、ニーノは檻に入っている獣の様に見下している。

「何だ? てめぇ如きが俺様に命令してんじゃねぇよ。」

「中にはまだ人が居るんだぞ!? 屋敷が倒壊したら死人が出るぞ!」
「で?」

「しかも、この屋敷の持ち主はララモ党の幹部だぞ!? 下手するとこれはララモ党への戦線布告になっちまうんだぞ!?」
「で~?」

「テメェは何がしたいんだ!」
「教えてやっから少し黙れや。」

柵越しに怒鳴るギィを、突然後ろか何者かが近づいてきて、ギィを柵に押し付けるように拘束する。

「離しやがれ!」
「黙れって言ってんだろ?」

「はっ!テメェ如きがあたいに命令するんじゃ…」
「どっちが上かわかってねぇみてぇだな。」
自分の言葉を聞こうとしないギィに、ニーノは背中のボウガンを取り出すとすばやくギィの両足を打ち抜く。

「あぐっ!」
ボウガンから放たれた矢は深々とギィの足に突き刺さり、大腿からは鮮血が滴り落ちる。
膝が折れそうになるが柵に押さえつけられているギィはそれも許されない。両足に走る鋭い痛みに、歯を食いしばり耐える

「何をしにあの屋敷に入って行ったかは知らねぇが、どうせじじぃに洗脳されてる甘っちょろいお前じゃあ… 暗殺の類じゃねぇなぁ? 大方、人でも助けに行ったか?」
ギィが痛みにより、喋れなくなると満足そうに言葉を続ける。

「でも残念だったな。 任務は失敗だよ。 まあ、俺様に会っちまったのが運の尽きって事だ。」


「ここで本題だ。 俺が何しに来たかって話しだが、じじぃが裁判うけるって話だな。」
「裁判を掌握してるのはララモ党で、ルアルネに所属してる俺様がララモ党のお偉いさんところで大暴れ。 すると、どうなる? 裁判での印象、最悪だな~」

「おまえ、お頭を嵌めるつもりか!?」
「はは、前から目障りなじじぃは塀の中に放り込めて、俺は久々に大暴れできる。 一石二鳥って奴だな。」

「けっ! 残念だな!! てめぇなんて、お頭が一言、ルアルネ傭兵団とは関係ないって、言って終わりだ!! ざまあねぇんだよ!」
「果たしてそうかな? あの大甘じじぃが「大切な仲間」の俺達を簡単に切り捨てることが出来るかな? あのじじぃは何があってもルアルネ傭兵団の団員を信じてるからな…」

「真っ向からじゃあお頭に勝てないからって、姑息な手を使ってんじゃねえ…!」
「猪の横っ腹を突いて倒す事は姑息か? 俺様は単に勝てるように工夫してるだけだ。 じじぃが居なくなったら、俺様がルアルネで一番偉い責任者だぜ。」

自分は二番隊隊長であり、実質ルアルネ傭兵団の中でかなりの力を持っている。 要するに組織のNo,2というわけだ。 一番上の人間さえ蹴落とせば、自動的に自分がルアルネ傭兵団のトップに立てる。

「…へ。 二代目のお頭? そんなもんになったって、だれもお前なんか認めねぇんだよ、ボケ。 無駄な努力ご苦労様って奴だ。」
「口の利き方を知らねぇクソ女だ。 」
減らず口を叩く彼女に、ニーノは感心したように近づき、足に刺さったボウガンの矢を手に持ち、そのまま抉る。

「ぐああああああ!!」
激痛に耐え切れず、悲鳴を上げるギィに満足したニーノは足の矢から手を離すと、ボウガンを取り出して彼女に向ける。

「俺を怒らせた罪だ、ここで処刑してやる。 よし… 心臓と頭以外狙わず、生きてる間に何本の矢が刺さるか試してやろ。」
愉快そうにそういって拷問にも近いことをしようとしている。
彼はゼェゼェと肩で息をする無抵抗の彼女をいたぶることに、何の躊躇いを持っていない。

「おっと、危ねぇ… この遊びはギーコードのために取っとかないといけなかったな。そうだろ、ギィ?」

パッと彼女からボウガンを構えるのを止めると、再び近づいて頭を下げている彼女の髪をつかんで、強引に自分の方に顔を向けさせる。

「…」
「あの裏切りもんにはお似合いの処刑方法だろ? おい、答えろよ… この裏切り者の姉。」
ニーノは目を会わそうとしない彼女に、あえて神経を逆撫でするような事をいって関心をこちらに向けようとする。


「…うちの弟に手を出したらぶっ殺すぞ…」

「やっとひり出した言葉がそれかよ。  心底がっかりだぜ…」

「うがぁ!」
足に刺さるボウガンの矢を、乱暴に引き抜き 痛みで彼女が悲鳴を上げる
そして、彼女の顔を柵の隙間から殴り飛ばす。

「ガハ…」
押し付けられているのを物ともせずに、ギィは後方へ吹き飛ばされる。
仰向けに倒れるギィは血反吐を吐くと、足の痛みに耐えながら、その場からゆっくりと起き上がろうとする。

「てめぇはもっと いたぶりがいのある奴だと思ってたけど、見込み違いだったみてぇだ。」
見下しながらそういうと、倒れたギィに関心の無くなったニーノは、空に向かって口笛を吹くと、柵の向こうから巨大な咆哮が聞こえてくる。

「ぐちゃぐちゃのミンチにでもなってろ。  おい、「ガオ」。 待たせたな! いいぜ! 思いっきりぶつかりなぁ!!」
人差し指をクルクルと回すと、ニーノの後方から丸まった菌糸獣が猛突進して、屋敷に向かって体当たりをしようとしている。
その突進の直線上には、ギィはもちろん沢山の気絶した警護員や見回りがいる。

「轢き殺されてな。 あばよギィ。」
ケタケタと笑いながら、菌糸獣が金柵をぶち破り屋敷に体当たりを食らわせるのを見届けると、自分の部下達に撤退の命令を指示して、近くにある菌糸獣に捕まる。

体当たりから少しの間を置いて、屋敷はミシミシと音を立てて崩れ落ちていく。 屋敷が倒壊する様を見届けると、瓦礫の山と化した屋敷を背にして一同にその場から退散していく。

「野郎ども! よく頑張ったな!! ヒャハハハハハハ!!」
菌糸獣はニーノを乗せたままポンポンと弾んで行き、障害物を飛び越え、彼の下品な笑い声と破壊を残し、闇夜に消えていった。
最終更新:2009年05月03日 11:05
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