竜と肉食獣 1 903 ◆AN26.8FkH6様
どこまでも抜けるような青空の一部を切り取ったかのような真っ青な旗が風にはためく。
青地には白と赤で鎧の騎士と、彼に従う機械種の意匠が縫いこまれ、見る者の胸を勇壮にかきたてた。
俺が所属する機殻騎士団の戦旗だ。
その旗の下、機殻鎧を纏った新兵達が陽光に剣を煌かせながら、一心不乱に統制訓練を続けていた。教官の俺の指示の元、一糸狂わぬマスゲームを長時間演じるのだ。ただでさえ心身に負担のかかる機殻鎧を装着し、神経をすり減らして長時間動いた結果、新兵達は最後には疲労困憊で剣も振るえないような状態になる。
一人が膝を落とし、ゲェゲェと吐き出した。
青地には白と赤で鎧の騎士と、彼に従う機械種の意匠が縫いこまれ、見る者の胸を勇壮にかきたてた。
俺が所属する機殻騎士団の戦旗だ。
その旗の下、機殻鎧を纏った新兵達が陽光に剣を煌かせながら、一心不乱に統制訓練を続けていた。教官の俺の指示の元、一糸狂わぬマスゲームを長時間演じるのだ。ただでさえ心身に負担のかかる機殻鎧を装着し、神経をすり減らして長時間動いた結果、新兵達は最後には疲労困憊で剣も振るえないような状態になる。
一人が膝を落とし、ゲェゲェと吐き出した。
「錬兵所の土をゲロで汚すとは見下げ果てた軟弱野郎だな!!右隣!連れて行け!!」
俺が怒鳴ると、崩れ落ちそうになっていた兵士の右に立っていた兵士が、慌てて敬礼して仲間を医務室まで引きずっていった。別段サディスティックな趣味に走っているわけではなく、これはひとつの通過儀礼だった。騎士となるからには装着に負担の大きい機殻鎧を長時間つけての行動も多くなる。自分の活動限界を身体に覚えこませ、ついでに活動限界を超えるとどうなるか教えるのが主な目的である。俺も新兵のころにはよく教官にゲロを吐いて倒れるまでしごかれたと教えてやれば彼らの溜飲も少しは下がるかもしれない。
訓練は夕刻まで続けられ、そのころにはほとんどの兵士が倒れ、呻き、地に伏していた。
一日中つけていられた者がいただけでも大したものだが、これから彼らは厳しい訓練の元、さらに長い活動時間を得なければならない。地獄はこれからだ。彼らに幸あれ。
一日中つけていられた者がいただけでも大したものだが、これから彼らは厳しい訓練の元、さらに長い活動時間を得なければならない。地獄はこれからだ。彼らに幸あれ。
錬兵所を後にすると、離れた高台で見学していた友人が軽く手を上げてきた。
我が国では、高位貴族の長子は教育の一環として全員一度徴兵され、軍に放り込まれる。
厳しい訓練に耐え、忍耐力を養い、戦場を卓上ではなく、膚で感じさせ、学習させる為だ。
かつての同僚で今は故郷に戻り、領主として勤めている友は、薄い唇を吊り上げてニヤリと笑った。
厳しい訓練に耐え、忍耐力を養い、戦場を卓上ではなく、膚で感じさせ、学習させる為だ。
かつての同僚で今は故郷に戻り、領主として勤めている友は、薄い唇を吊り上げてニヤリと笑った。
「お前も立派になったもんだな、アルトグラーツェ。お前がゲロ吐いた時には、私が医務室まで引き摺っていったもんだが」
「頼むからひよっこ共の前でそんな事言うなよロスヴィート。教官の面目丸つぶれだ」
「頼むからひよっこ共の前でそんな事言うなよロスヴィート。教官の面目丸つぶれだ」
薄く笑いながら、友は軽く伸びをして、空を仰いだ。薄紫のヴェールが夕日の上にふんわりとかかって、宵闇が静かに降りてくるのを、俺も友も眺めていた。
「ふん、どうせ教官もあと数ヶ月で辞めるんだろうが。潰れる面目なぞ無い癖にな」
「耳が早いな」
「……軍に戻ると聞いたぞ。それも、緑鉤隊に入ると」
「おい、誰に聞いた?まだ正式な辞令はどこからも出てないはずだが」
「耳が早いな」
「……軍に戻ると聞いたぞ。それも、緑鉤隊に入ると」
「おい、誰に聞いた?まだ正式な辞令はどこからも出てないはずだが」
友は黒髪を風に靡かせて、俺の前を足早に歩き出した。
紺の軍装の背に揺れる長い鴉の羽のようなその髪を見ながら、俺は慌てて追いかけた。
城の周り、貯水池がいくつも設置された外回廊を走る俺達の姿が水に映る。
紺の軍装の背に揺れる長い鴉の羽のようなその髪を見ながら、俺は慌てて追いかけた。
城の周り、貯水池がいくつも設置された外回廊を走る俺達の姿が水に映る。
「おい、ロス!何怒ってんだお前」
「そんなに死にたいのか」
「え?」
「そんなに死にたいのか」
「え?」
振り返った友の、紅玉のような赤い目が怒りでつりあがっていた。
「お前はつくづく度し難い馬鹿だよ、アルトグラーツェ・イェラ・ドラゴニアン!!まだ復讐に燃えてるとはどこまで根暗で粘着質で陰険な馬鹿竜なんだ!!」
「ロ、ロス」
「煩い黙れ、そこまで死にたいなら今ここで私が叩き切ってやる、さあ首を出せ」
「あの」
「黙れと言ったのが聞こえないのか?腐れ脳が溶け落ちたか?その一つしか残ってない眼球を抉り出したらそこからスライムみたいに流れ落ちるのか?なあ本当に一回死んでみないか。馬鹿が死んで治るか試してみる価値はあると思うんだがな」
「ロ、ロス」
「煩い黙れ、そこまで死にたいなら今ここで私が叩き切ってやる、さあ首を出せ」
「あの」
「黙れと言ったのが聞こえないのか?腐れ脳が溶け落ちたか?その一つしか残ってない眼球を抉り出したらそこからスライムみたいに流れ落ちるのか?なあ本当に一回死んでみないか。馬鹿が死んで治るか試してみる価値はあると思うんだがな」
目が据わった状態で捲くし立てる友につめよられ、胸倉をつかまれて俺は黙るしかなかった。
俺の一族はかつてこの国で一番数の少なかった竜種ではあったが、俺が幼体の時、数人を残して一切が居なくなった。領地で発掘された、古代機械種『アバドン』に領地ごと喰われたのだ。首都で竜種に義務付けられた予防接種と固体管理の為の登録に連れて行かれていた俺と、付き添いで着ていた数名の供だけが生き残り、かつての領地は第一種危険指定地域として封じられた。
今も厳重な結界で覆われた領地には、『アバドン』がのうのうと眠りについている。
緑鉤隊は機殻騎士団の中でも、特に凶暴な機械種を愛馬とし、危険生物排除を主な任とする部隊だった。各隊一番の手練れが集まる隊でもあったが、重症率、死亡率も群を抜いていた。
その緑鉤隊についに『アバドン』討伐の命がかかると聞いたのは、去年。戦場で追ったいくつかの傷、片目や吹っ飛ばされた両足の為、一線を退いて教官として新兵訓練を仕事としていた俺は、現場復帰を願い出た。失った両足は下位機械種の移植で補っていたが、今回の現場復帰の為、より攻撃に即した上位種を移植しなおした。癒着していた部位を切り取っての移植に多くの苦痛はあったが、現場に復帰できるなら俺は半身だって差し出しただろう。
俺の一族はかつてこの国で一番数の少なかった竜種ではあったが、俺が幼体の時、数人を残して一切が居なくなった。領地で発掘された、古代機械種『アバドン』に領地ごと喰われたのだ。首都で竜種に義務付けられた予防接種と固体管理の為の登録に連れて行かれていた俺と、付き添いで着ていた数名の供だけが生き残り、かつての領地は第一種危険指定地域として封じられた。
今も厳重な結界で覆われた領地には、『アバドン』がのうのうと眠りについている。
緑鉤隊は機殻騎士団の中でも、特に凶暴な機械種を愛馬とし、危険生物排除を主な任とする部隊だった。各隊一番の手練れが集まる隊でもあったが、重症率、死亡率も群を抜いていた。
その緑鉤隊についに『アバドン』討伐の命がかかると聞いたのは、去年。戦場で追ったいくつかの傷、片目や吹っ飛ばされた両足の為、一線を退いて教官として新兵訓練を仕事としていた俺は、現場復帰を願い出た。失った両足は下位機械種の移植で補っていたが、今回の現場復帰の為、より攻撃に即した上位種を移植しなおした。癒着していた部位を切り取っての移植に多くの苦痛はあったが、現場に復帰できるなら俺は半身だって差し出しただろう。
「あの化物を葬れるなら、俺は何を失ってもいい」
俺は呟いた。
「奴を倒しても何も戻ってこないのはわかっている。わかっているが……」
俺は自分の手を見た。青緑色の鱗が、薄闇の中で光った。
同族達の踊り。青緑が、皆が踊るたびに光の中でキラキラと揺れて、陽気に尻尾を、鉤爪を打ち鳴らす音が聞こえて、その中で若い父と母が回って、互いの尻尾を巻きつけて幸せそうに笑った。そして、俺の方を振り向いて呼びかけるのだ。おいで、愛し児よ、と。
この光景だけは、どうしても忘れることができなかった。
青緑色の鱗の光。もう、その鱗を持つものは、俺と老齢の家人数名しか残っていない。
同族達の踊り。青緑が、皆が踊るたびに光の中でキラキラと揺れて、陽気に尻尾を、鉤爪を打ち鳴らす音が聞こえて、その中で若い父と母が回って、互いの尻尾を巻きつけて幸せそうに笑った。そして、俺の方を振り向いて呼びかけるのだ。おいで、愛し児よ、と。
この光景だけは、どうしても忘れることができなかった。
青緑色の鱗の光。もう、その鱗を持つものは、俺と老齢の家人数名しか残っていない。
「俺は、どうしてもあの光景に報いたかったんだ。意味がないとわかっていても、な……」
「よし死ね」
「よし死ね」
正面から、ぶん殴られた。
お手本のような完全なストレートだった。体重の乗りも申し分ない。かなりの身長差、体重差があるのに、友はストレートを叩き込んだ後、間髪入れずに足払いまで入れて2m超えの俺を地面に殴り倒す事に難なく成功した。
そのまま馬乗りに飛び乗られ、胸倉を掴んで抱き起こされると、さらに何発か殴られた。
軍隊仕込みのマーシャルアーツは、対格差のある相手にも有効である。新兵諸君にも是非見せてやりたい光景だ、極めりゃ150ちょっとしかない人間の女でも、2m超えの竜種をボコれるってな。
お手本のような完全なストレートだった。体重の乗りも申し分ない。かなりの身長差、体重差があるのに、友はストレートを叩き込んだ後、間髪入れずに足払いまで入れて2m超えの俺を地面に殴り倒す事に難なく成功した。
そのまま馬乗りに飛び乗られ、胸倉を掴んで抱き起こされると、さらに何発か殴られた。
軍隊仕込みのマーシャルアーツは、対格差のある相手にも有効である。新兵諸君にも是非見せてやりたい光景だ、極めりゃ150ちょっとしかない人間の女でも、2m超えの竜種をボコれるってな。
「ちょッ待ッ」
「ああん?聞こえんな!!そんなに一族郎党の仇が取りたきゃ勝手に死ね!!
この馬鹿竜!!もう本当に死ね!!生まれてきてごめんなさいと言え!!」
「すいませんでした落ち着いてくださいロスヴィート・ユッカ卿!!俺が悪かったですごめんなさい!!」
「ああん?聞こえんな!!そんなに一族郎党の仇が取りたきゃ勝手に死ね!!
この馬鹿竜!!もう本当に死ね!!生まれてきてごめんなさいと言え!!」
「すいませんでした落ち着いてくださいロスヴィート・ユッカ卿!!俺が悪かったですごめんなさい!!」
俺はバタバタと尻尾で地面を叩き、降参の意を表明した。これ以上牙を折られてはたまらない。
ロスがペッとツバを吐いた。おい、高位貴族様のやるこっちゃないだろう、これ。お前、仮にも領主様…。
ロスがペッとツバを吐いた。おい、高位貴族様のやるこっちゃないだろう、これ。お前、仮にも領主様…。
「何か言ったか?」
「いいえ何も言ってません本当生きててすみません」
「いいえ何も言ってません本当生きててすみません」
俺の血で殺人鬼が使っていたような有様になった白の皮手袋を外すと、ロスは俺の頬に触れた。
俺の鱗をそっと指先でなぞられ、体が勝手にビクリと震えた。
俺の鱗をそっと指先でなぞられ、体が勝手にビクリと震えた。
「なあ、アル。お前が過去に酔うのは勝手だが、嫌だろうがなんだろうがお前は現在に生きてるんだ。わかるか?後ろしか見てなくても、身体は前にしか進まないんだ。お前の居場所は、過去じゃない。今なんだよ」
先ほどまで鬼のような顔で俺をボコボコにぶん殴っていたくせに、友は泣きそうな顔で少し笑って、血まみれの俺の口周りをなぞり、指に付いた血を舐めた。
「一族の仇を取りたいなら取ればいい。でも、取ったところで、今のお前は居場所を得たと喜べるか?仇を取ったと、ご両親の墓前で胸を張って報告できるか?お前は……幸せになれるのか?」
「ロス……」
「なあ、私じゃ駄目か?お前と初めて会った時から、お前はずっと後ろばっかり向いてたけど、私はお前を見てたよ。なあ、私じゃ居場所にならないか……?」
「ロス……」
「なあ、私じゃ駄目か?お前と初めて会った時から、お前はずっと後ろばっかり向いてたけど、私はお前を見てたよ。なあ、私じゃ居場所にならないか……?」
俺の返り血の飛んだ彼女の頬を、手を伸ばして、少し触った。
柔らかい。俺の鉤爪のついた鱗手じゃ、少し力を込めたら、簡単に刻んでしまえそうだった。
柔らかい。俺の鉤爪のついた鱗手じゃ、少し力を込めたら、簡単に刻んでしまえそうだった。
「ロス、俺は……」
「黙れ馬鹿竜」
「黙れ馬鹿竜」
また胸倉をつかまれて、引き寄せられる。ロスが、俺の口の先に口付けてきた。口をこじ開けられ、彼女の舌が俺の口内に入ってくる。熱くて柔らかな質量が、俺の牙を舐め、俺の口端を噛み、思わず答えた俺の舌に絡んできた。
チュクリと粘着質な水音が絡み合う。彼女の甘い味に興奮した俺の股間を、彼女の指がツツっと撫でた。その指が、ベルトにかかる。
チュクリと粘着質な水音が絡み合う。彼女の甘い味に興奮した俺の股間を、彼女の指がツツっと撫でた。その指が、ベルトにかかる。
「いや待てッ!ちょ、おま、外だぞここ!というかお前当主がいいのかこんな!!」
「お前の意見なんて誰が聞いた?」
「お前の意見なんて誰が聞いた?」
いつの間にかベルトを外され、軍装をひんむかれ、普段はスリットに収まっているはずの俺の性器が立ち上がっている様を、強引に外気に晒された。なんというか、これってレイプというのではないだろうか。
悲しい男のサガで、若干萎え気味だったそれも、裏筋をなぞられたりとか、カリをひっかかれたりとか、微妙な強弱でやわやわとされれば元気になってしまうのだ。俺が抗議の声を上げようとしたら、口先をそのまま上から咥え込まれた。いやらしく人の口周りを嘗め回して、傷口にまで歯を立てられた。
悲しい男のサガで、若干萎え気味だったそれも、裏筋をなぞられたりとか、カリをひっかかれたりとか、微妙な強弱でやわやわとされれば元気になってしまうのだ。俺が抗議の声を上げようとしたら、口先をそのまま上から咥え込まれた。いやらしく人の口周りを嘗め回して、傷口にまで歯を立てられた。
「私はもう、決めた、んだ…ッ!んんん……ッお前は…ッ私のものにするって、な…ッ!」
息を荒げたまま、自分もベルトを外し、スラックスを落として、彼女が俺の性器の上に、軽く自分自身を触れさせてきた。そこは、少し触れただけでもたっぷりと濡れているのがわかった。
彼女が少し腰を落とすと、柔らかな熱い割れ目に、俺自身がどんどんと飲み込まれていった。
彼女が少し腰を落とすと、柔らかな熱い割れ目に、俺自身がどんどんと飲み込まれていった。
「馬鹿な事…ッ本当に何やってるかわかってるのかロス…ッ!」
「お前よりは…よっぽどわかってるよ」
「お前よりは…よっぽどわかってるよ」
上気した頬を赤らめ、濡れた唇を舐めあげて、肉食獣のように俺の上で友は笑った。
こいつの方がよっぽど獣だ。肉食獣だ。なんてこった。
俺は、肉食獣に喰われちまったんだ。俺は、うめき声をあげて、思わず腰を動かした。
彼女が上で、気持ち良さそうに笑った。
俺達がもみ合っているうちにいつの間にか空には月がかかっていて、月明かりを移す水面には、押し倒され、ボコられ、顔面血だらけの哀れな眼帯をつけた青緑の竜と、その上に馬乗りになって竜を犯す小柄な女性の姿が映っていたと思う。俺の両腕は、彼女にかきむしられて鱗がボロボロになっていた。
こいつの方がよっぽど獣だ。肉食獣だ。なんてこった。
俺は、肉食獣に喰われちまったんだ。俺は、うめき声をあげて、思わず腰を動かした。
彼女が上で、気持ち良さそうに笑った。
俺達がもみ合っているうちにいつの間にか空には月がかかっていて、月明かりを移す水面には、押し倒され、ボコられ、顔面血だらけの哀れな眼帯をつけた青緑の竜と、その上に馬乗りになって竜を犯す小柄な女性の姿が映っていたと思う。俺の両腕は、彼女にかきむしられて鱗がボロボロになっていた。
「アル、アル、アル」
歌うように肉食獣が言う。
「お前はもう、私の竜だよ」
「ロ、ロス……ッ」
「ロ、ロス……ッ」
その口を夢中で塞ぐ。彼女の甘い味。彼女の狭い口内。その細い腰に犯されて、俺は彼女の中に何度も絶頂の証を弾けさせた。尻尾が、射精するごとにバタバタと外回廊の床を叩いていた。
時間というのは、あっという間に過ぎるもんだ。
俺が新兵にゲロを吐かせたり、訓練で死ぬほどどつき回したりしている間に討伐の準備はあっという間に整って、俺が教官を辞め、一騎士としてまた戦場に向かう日が来た。俺の受け持ちのヒヨコ共は、戦場で『アバドン』に喰われて二度と戻ってこないよう願をかけにいった奴もいるという。気持ちはわからんでもないが。
その間、何度かその、まあ色々あったのだが正直言いたくない。
俺が殴り返すとあの小柄な体を粉砕されるのではないかと思うし、あの綺麗な赤い目を傷つけなくたくないとも思うが、少しは反撃してもよかったんじゃないかと今になって思う。
考えたら、奴はあんな外見でも機殻鎧を一週間は平気で着こなして戦場を飛び回っていた人間で、機械種を乗り潰した事も数度ではきかないようなタフネスだったのだ。俺が少々殴ったところでそんなダメージでもなかったんじゃ、と今になって気がつく。
多分アイツの一番のダメージは俺を殴りすぎた拳だろう。
俺が新兵にゲロを吐かせたり、訓練で死ぬほどどつき回したりしている間に討伐の準備はあっという間に整って、俺が教官を辞め、一騎士としてまた戦場に向かう日が来た。俺の受け持ちのヒヨコ共は、戦場で『アバドン』に喰われて二度と戻ってこないよう願をかけにいった奴もいるという。気持ちはわからんでもないが。
その間、何度かその、まあ色々あったのだが正直言いたくない。
俺が殴り返すとあの小柄な体を粉砕されるのではないかと思うし、あの綺麗な赤い目を傷つけなくたくないとも思うが、少しは反撃してもよかったんじゃないかと今になって思う。
考えたら、奴はあんな外見でも機殻鎧を一週間は平気で着こなして戦場を飛び回っていた人間で、機械種を乗り潰した事も数度ではきかないようなタフネスだったのだ。俺が少々殴ったところでそんなダメージでもなかったんじゃ、と今になって気がつく。
多分アイツの一番のダメージは俺を殴りすぎた拳だろう。
「何を考えてるんだ、そこの馬鹿竜」
「ある肉食獣との戦いについてな」
「ほう、さすができる男は違うな。最危険種討伐を前に、もう別の対決を考えてるとはな」
「誰かさんの教育のおかげで、未来に重きを置ける男になったもんでね」
「ある肉食獣との戦いについてな」
「ほう、さすができる男は違うな。最危険種討伐を前に、もう別の対決を考えてるとはな」
「誰かさんの教育のおかげで、未来に重きを置ける男になったもんでね」
俺がそう返すと、不意打ちだったのか彼女の白い顔にさっと朱が走った。
俺がささやかな勝利感に浸っていると、今度は彼女が何か思いついたのかニヤリと嫌な感じで笑いかけてきた。
俺がささやかな勝利感に浸っていると、今度は彼女が何か思いついたのかニヤリと嫌な感じで笑いかけてきた。
「そうだな、私との未来もさぞかし楽しみにしてくれているだろうしな。お前が帰ってくるころには卵がいくつ孵化しているか、楽しみにしているといい」
「た」
「た?」
「卵?」
「ああ卵だ」
「いや卵って誰の」
「お前と私の」
「いやだってお前と俺じゃ卵なんてでき」
「アホか、何のために高位貴族の優先遺伝法があると思っている。お前の精子の遺伝子情報ちょっといじくって、こちらの卵子と掛け合わせて、とっくにいくつも受精卵を作っているんだが」
「もしかしてお前……」
「腹触るか?パパですよーとか言ってみるか?ん?私に似て、可愛い青緑の竜種の仔だと思うぞ。まあユッカ家の女は元々色んな種族の配偶者を得るたびに体いじってるからな。子宮で有精卵育てるのも何人か先達がいるし」
「た」
「た?」
「卵?」
「ああ卵だ」
「いや卵って誰の」
「お前と私の」
「いやだってお前と俺じゃ卵なんてでき」
「アホか、何のために高位貴族の優先遺伝法があると思っている。お前の精子の遺伝子情報ちょっといじくって、こちらの卵子と掛け合わせて、とっくにいくつも受精卵を作っているんだが」
「もしかしてお前……」
「腹触るか?パパですよーとか言ってみるか?ん?私に似て、可愛い青緑の竜種の仔だと思うぞ。まあユッカ家の女は元々色んな種族の配偶者を得るたびに体いじってるからな。子宮で有精卵育てるのも何人か先達がいるし」
俺はあいた口がふさがらなかった。貴族怖い。超怖い。
「帰ってきたら結婚式だ、盛大にやるから楽しみにしとけよ。ああそうだ、あんまり欠損部分は作るな、タキシードが合わなくなる」
俺の胸倉を掴んで(もう俺達のキスはこれがスタンダードな形だった)、盛大な音を立ててキスしてきた俺の肉食獣もとい恋人は、楽しそうに笑った。
「とっとと行って倒してこい、これから忙しくなるんだからな。過去なんか思い出していられないほど楽しくさせてやる!」
隊の同僚達や、見送りに来ていた新兵達から大きな口笛や冷やかしの声が飛んだ。
俺はこの先一生、彼女に頭があがる気がしない。
俺はこの先一生、彼女に頭があがる気がしない。