一歩踏み出して ◆Wott.eaRjU






エリアE-2駅前に3人の男女が居る。
ゴム人間、動く少女人形、アルター使いと多種多様な三人。
彼ら全員、誰もが常軌を逸している存在。
しかし、その事を気に留める者はこの場には誰も居ない。
そう。それよりも気になる事があるのだから。

「私は真紅。人間、お前の名は?」

初めに口を開いたのは、この場で一番背が低い少女。
低いというよりも寧ろ低すぎるといったところか。
生ける人形、ローゼンメイデンの5番目のドール。
赤いヘッドレスを被った人形、それこそが真紅。
言葉と共に、小さく前へ一歩踏み出す。
同時に、ツインテールに結った金髪がふわりと揺れる。
優雅さを失わない振る舞いが、彼女の気品さを窺わせる。
青色の輝きを秘める両眼で真紅は前を見据え、返事を待った。
しかし、暫く待っても返ってくる言葉はない。
真紅の視界には、麦わら帽子を被った一人の少年が確かに居るというのに。
自分の言葉が聞こえていないのだろうか。
そう思い始めた最中、やがて真紅は悟る。

(どうやら、お邪魔だったようね……)

見れば少年の周囲には、赤い血がまばらに散っていた。
理由は既にわかりきっている。
衝撃音を伴わせながら、言い争っていた二人の声が物語る。
つい先程まで戦闘行為が行われていた紛れもない証。
片方の男の声は然程大きくはなかったものの、少年の声は大きかったため良く聞こえていた。

そのために真紅はこの場に来たのだ。
わざわざ様子を見るために少しだけ早足で。
無駄な時間は使いたくはない。
そう思ったからこそ目の前の少年に直ぐに声を掛けた。
何があったのか……そう訊こうと思ったのだが、流石の真紅も次の言葉を繋げない。
理由は簡単だ。たとえ浮かべる表情が見えなくとも、それぐらい見て取る事は容易い。
麦わらの少年は両肩を震わせて、その場に蹲っていた。
本当に、本当に只、何か大きな感情を。
悲しみに打ちひしがれたような様子が、少年の背中からは感じられた。
故に取り敢えずはこれ以上の口出しはやめておこうと真紅は考える。


「聞こえてないんですか? そこのあなた、何か言ったらどうです?」

だが、彼はそんな事は気にも留めないようだ。
思わず溜息を零す真紅。さも呆れたような表情が自然と浮かぶ。
次にややけだるそうに真紅は振り返った。
同行者、橘あすかが大袈裟に、麦わらの少年に対して呼びかける姿が映る。
またあすかは心なしか、いやに生き生きとした様子だ。
少しは場の空気というものを読まないのだろうか。
真紅はやや冷めた目つきであすかを眺めながら、そんな事を思う。
しかし、真紅は同時に何か可笑しくも感じた。
何故なら真紅はあすかの微妙な変化に大体の目星は付いていたのだから。

(きっと嬉しいのね。でも、良くやったのは事実。嬉しいと思う事はわからなくはないのだわ、あすか)

大方、少年と戦っていた人物を追い払った事によるものだろう。
あすかのアルター能力、通称“エタニティ・エイト”は8つの玉を用いる。
様々な用途に応用でき、先程の様に玉による直接的な打撃も可能だ。
実際にあすかは、鮮やかな手際で戦闘を停止させた。
自分の手腕に、少なからず酔っているに違いない。
可笑しさは込み上げ、それは苦笑という形で零れ落ちる。
単純な思考。しかし、それがあすかの初々しさを現わしているようだと真紅は考える。
まあ、少しは褒めてやっても良いかもしれない。
ふとそんな事も思い、真紅はあすかの近くまで歩を進めて――

「い、いたあああああッ! 何するんです、真紅!?」
「うるさい。あすかの癖に生意気なのだわ」

彼の右足を思いっきり蹴っ飛ばした。
やはり何だか無性に腹立たしい。
こんな事で調子に乗ってもらっては正直困る。
人形と言えども真紅の蹴りは何気に痛い。
ゲシ、という擬音が不気味な程に低く響く。
あすかにしてみれば意味がわからないだろう。
思わず右脚を抱えて、無事な片足であすかはその場でぴょんぴょんと数回飛び跳ねる。
言葉とともに抗議の意を乗せた顔で、あすかは真紅を見返す。

だが、真紅は少しも気に留めていないようだ。
抗議を続けるあすかをあしらうように、真紅は視線を逸らした。
さも鬱陶しそうな挙動は、あすかに対しての扱いが実に粗雑なものだと物語る。
恐らくあれが関係しているのだろう。
以前、あすかが真紅に何の相談もなしに列車への乗車を決めた一件。
自分が無視される事を真紅は特に嫌い、不都合な事や不快な事は割と根に持つ。
まあ、自分が無視する分には別にどうって事はないのだが。
そして真紅は、あすかの事は取り敢えず置いといて、再び視線を向ける。


(反応は……なし。難儀なものね、まったく)

依然として麦わらの少年が沈黙を貫く。
少年は傷を負っているもの、一歩も動けない程の怪我を負っているようには見えない。
では精神的な問題なのだろうか。
何か、余程ショックな事を知ってしまったのだろか。
もしそうであるならば可哀そうだとは思う。
しかし、何も喋ってくれなければこちらも対応のしようがない。
いっそ少し強引にコンタクトを取ってみようか。
そもそも自分が折角言葉を掛けているというのに、ずっと無視されている事は正直気に食わない。
これがあすかならば、今頃蹴りから連なる様々なお仕置きを叩き込んでいるのだが。
少々脱線気味になり始めた思考を軌道修正し、真紅は改めてどうするかを思索する。
そんな時、どこからともなく声が流れ始めた。


『さて時間だ――』


聞き覚えのある男の声。
忘れもしない、主催者であるギラーミンの声色。
何事か、と思いながらも真紅は意識を声に向ける。
見ればあすかも、麦わらの少年の方も微かに反応を見せているようだ。
やがて三人はその耳で聞く事になる。
互いの知り合いの名前を。
もう、出会う事のない彼らの名前を。


◇     ◇     ◇



数分で終わりを告げた1回目の定時放送。
しかし、放送が終わった後も口を開く者は一人も居ない。
麦わらの少年は勿論、真紅もあすかも。
只、放送の内容を書き留めたメモ用紙を握りしめているだけだ。
永遠にも感じられてしまいそうな沈黙が、重々しくその場を支配する。
やがて、一人の人物が徐に口を開く。

「……いつまでもこうしているわけにはいきません。行動しましょう、迅速に」

最初に口を開いたのはあすか。
あすかは、メモ用紙と死者の名前に印をつけた名簿をいそいそと片付ける。
その動作にはあまり焦りは見られず、三人の中では一番落ち着いているようだ。
が、あすかが先程の放送で感じた事が何もなかったわけでもない。
6時間で15人の死亡者。大体20%弱、5人に1人は死んでいるこの状況。
こんな殺し合いを以前に行った事はないため、ペースが速いのか遅いのかはわからない。
わかるのは、自分以外の人間が、僅かな6時間の内に15人も死んだ事のみ。
その事実はあすかに衝撃を与え、恐らく真紅と麦わらの少年の場合も同じ事だろう。
そしてあすかにとって衝撃的な事がもう1つあった。
言い方は悪いかもしれないが、名も知らぬ14名の参加者の死亡事実よりも大きな意味を持つ。
そう。一人の参加者の死亡は、あすかにとっては予想外な出来事でしかなかった。

(劉鳳……まさかあなたの絶影が倒されるとは……。
正直、驚いていますよ……あなたの力を知っている身としては)

劉鳳。あすかが所属する、誇り高き治安維持部隊、HOLYの同僚である青年。
エリート隊員で構成されるHOLY部隊の中でも、特に高い実力を持った劉鳳。
絶影と呼ばれるアルターを操り、社会不適合者共を制圧する姿はなんとも頼もしかった。
あすかは劉鳳とプライベートでは特に交流を持った事はない。
しかし、それでも劉鳳が信念を持った、HOLY隊員であるのはわかっていた。
以前、自分と戦ったカズマが、HOLY本部へ単身による奇襲を掛けた事がある。
その際、劉鳳は隊長であるマーティン・ジグマールの身の安全を優先した。
シェルブリッドを受け止めるための絶影を、防衛に回した事により貰った一撃。
劉鳳の技能ならば、そんなものを貰う必要もなかっただろう。
だが、己の身よりも第一にジグマールを死守した劉鳳は、まさに尊敬に値するHOLY隊員といえる。
一人の仲間の死に、あすかは確かに悲しみを覚えるが、いつまでもそうしてはいられない。

(ですが安心してください。
あなたが抜けた穴はこの僕が埋めて見せましょう……そう、エタニティ・エイトの、この橘あすかが……!)

それどころかあすかの表情には、最早憂いといったようなものは見られない。
知り合いが死んだというのに、あすかはそれほどショックを受けていなかった。
いや、もしかすれば、その事に気付いていないのかもしれない。
あすかは今、一種の興奮状態のようなものに陥っていた。
A級アルター使いと評され、周囲から一目置かれていた劉鳳。
そんな彼が早々に脱落し、自分はいまも五体満足の状態で生きている。
A級でなくB級である自分が、それも小さな少女という一種のお荷物を抱えているにも関わらず――
語弊があるかもしれないが、少なくともあすかはその様に認識している。
更に先程の一件から、既に自分の能力を過信している節があった。
故にあすかは更に言葉を続ける事が出来る。
無神経な、周りの事に対して十分に気を配れていない言葉を。


「ほら、いつまでそうしているんです? 先程何があったのか僕達に話して下さい」

一歩踏み出し、前へ進ながらあすかは言葉を掛ける。
目線の先には麦わらの少年。相も変わらず、何も反応を見せない。
寧ろ先程よりも、俯いた表情には険しさが色濃く現れている。
だが、あすかは気づいていない。
真紅が何も言わない事を肯定と受け取り、自分の話を進めていく。

「何故、何も言わないのです? 全く……馬鹿ですか、あなたは? こんところで無駄に時間を費やす暇はないというのに」

次第に苛立ちが募ってきたのだろう。
あすかは呆れかえったような様子を見せる。
頭を左右へ振り、自分にはまるで少年の行動が、さも理解出来ないといった仕草。
かといってこのまま状況が変わらなければ、あすかの方も都合が悪い。
よってあすかは少しだけ考える事にしてみた。
少年が何故ここまで自分を無視するのか――、と。
難しいことではない。答えは案外早く理解出来た。

「誰か知り合いが死んだのですか? お気持は察しますがそろそろいいでしょう?」

死んだ。
同時に、麦わらの少年が身体を震えるように揺らす。
確かな動きが垣間見えるが、あすかはまたしても気づかない。
反応を言葉には示さなかったためだ。
またしても沈黙か。あすかが認識したのは、その程度の事ぐらい。
あすかは慣れの感覚すらも覚え始め、更に再び歩を進めていく。
隣にいる真紅から離れ、麦わらの少年の方へ。
これで最後だ。半ば投げやり気味に言葉を吐き捨てるように紡ぐ。

「受け止めないといけない、彼らは死んだのです」

手を少年の方へ伸ばす。
これ以上何も反応がなければ、強引にでも振り向かせてやろう。
いっそエタニティエイトによる干渉を行い、知っている事を洗いざらい聞き出すか。
それでもいいかもしれない。
少年の態度によって今まで積もった鬱憤から、あすかはそう思い始める。
この言葉が、これから言おうとする言葉が少年にとってどういう意味を持つのか。
それを考える気遣いは生憎あすかにはない。
だから、あすかは言った。ある意味では正しい、そしてある意味残酷な言葉を。


「今更何をしても意味がない、もう――“仕方ないんですよ”」



これ以上言う事もないだろう。
既に何もかも手遅れなのだ。自分が言った事は、なんら間違っていない。
伝えるべき事は言ったという様子で、あすかは腰を落とした後に手に力を込める。
少年の肩をしっかりと掴む。未だ立ち直れない少年の心が、とても脆弱なものだと思う。
こんなものではこの先生きてはいけないのではないか。
ふと、少年の事をどこか他人事のようにあすかは考える。
まあ、こんな礼儀も知らないような少年は、どうせ赤の他人に変わりはないのだが。
そんな時あすかは――感じた。
急に身体全体が前へ引っ張られるような感覚が襲う。
何が起きたのかを理解する前に、視界に入ってきたものが一つ。
それは――


「仕方ない――なんて言うんじゃねぇ!」


今まで何も反応を見せなかった少年の大きな顔がそこにあった。
海賊王を目指す少年――ルフィ。
麦わら海賊団船長があすかをその両眼で睨んでいた。


◇     ◇     ◇





ルフィはいきなり立ち上がり、同時に振り向く。
驚いた様子のあすかを気にも留めずに、彼の胸倉を掴み、中腰の姿勢であった彼を引き上げる。
両眼を見開き、真っ黒な瞳であすかを正面から睨んでいる。
その迫力は凄まじく、思わずあすかは言葉を失う。
大事な制服を乱暴に扱われている事の抗議すらも口に出せない。
理屈ではない。
自分の言葉が、何かを引き起こしてしまった事を本能であすかは理解する。
あすかに出来る事は限られている。
唖然としたまま、あすかはルフィの言葉を黙って聞き入れる事ぐらいしかなかった。

ウソップが死んじまったコトを“仕方なかった”で片付けられるかよ……!
あいつとの思い出は、おれ達の冒険は……そんなちっぽけなものじゃない!」

ルフィが片腕に力を込めながら叫ぶ。
更に制服を引っ張られたため、あすかの表情が痛みにより僅かに歪む。
しかし、ルフィは止まらない。
麦わら海賊団の狙撃手であるウソップの死。
ルフィにとっては予想していなかった出来事であり、且つ悲しみを覚えずにはいられなかった。
付き合いは長い。海賊団の中でも、入団の時期は前から数えた方が早い。
当然、ウソップとは様々な思い出があった。
笑った。くだらないコトを言って、大いに笑い合った。
冒険の途中で出会った敵と共に戦い、仲間の絆を確かめ合った。
ルフィ以外の仲間達には、直ぐばれるような嘘を何度も言っていたウソップ。
喧嘩したこともあった。海賊団から抜けた時もあった。
忘れる事もない、あの時ウソップと行った決闘。
彼の強さを、仲間としての心強さを改めて確認したあの瞬間が鮮明に蘇る。
あの嘘が、どこか憎めない笑顔が、もう自分達の海賊団では見られない。
もう二度と、何があろうともウソップが、自分の名前を口にする事もない。
いつの事だったか、そげきキングと名乗った、あの愉快な狙撃手がもう帰ってくる事はない。
たとえ何があろうとも、自分達の冒険に終わりが見えたとしても――絶対に。
そう思うとルフィは悲しみと共に、どうしようもない悔しさが込み上げてくるのを確かに感じた。


「ウソップは大事な仲間だったんだ……おれ達の、大事な……仲間だったんだあああああああああああああああ!!」


一際大きな声。
怒り、悲しみ、後悔――幾つもの感情が混ざり合って、大きな流れを作り出す。
幾ら叫んだとしても、ウソップの死を覆せはしない。
そう、結局こんな事には意味がない。もう“仕方がない”事なのだ。
頭ではわかっていようとも、ルフィは黙って受け入れたくはなかった。
麦わら海賊団の団長である自分が受け入れてしまう
そうすれば、ウソップの存在が、本当に何処か遠くへ行ってしまいそうで――怖かった。
今まで命の危機を感じる事はあったが、自分や知り合いが実際に命を落とすまでの事は多くなかった。
しかもウソップが命を落とした理由が、見知らぬ男が開催した殺し合いによるものときている。
馬鹿げた事だ、本当に馬鹿げている。
何故、ウソップがこんな場所で死ななければいけなかったのか。
ウソップを殺した奴を許せないと思うと同時に、ギラーミンに対しても怒りを燃やす。
勿論、ウソップだけではない。
エルルゥ、先程の放送で知ったトウカ、そして戦ったばかりであるベナウィを始めとした14人も忘れられない。
エルルゥの墓と交わした約束を既に破ってしまった事による申し訳なさを力へ変える。
ギラーミンを倒す力へ、大切な仲間を守るための力へ――ルフィはひとえにそれを望む。
だが、突如として襲いかかった事実に対し、ルフィは慟哭をあげる。

「……あなたの話はわかりました。ですが、やはりもう仕方のないことであって、それよりも――」
「わかってる! わかってるけど、おれは……おれは……!」
「い、いい加減に離して下さい!」

一方、あすかの方はルフィの馬鹿力から逃れようともがく。
ルフィの叫びから、自分がずけずけとものを言い過ぎたのはわかっているのだろう。
しかし、先ずはこの不愉快な拘束から逃れようとあすかは身を動かす。
生憎、興奮状態にあるルフィを、落ち着かせるという選択肢はあすかにはなかった。
そしてルフィの方は、あすかの抵抗に応えるように腕の力を強める。
理由は定かではないが、半ば無意識的に行ってしまったのだろう。
逃げようとするあすかを引きよせる形となる。
その挙動は自分の激情を知ってもらいたいような素振りにも見えた。
そんな時、二人の元へ駆け寄る影が1つあった。


「……二人とも、ちょっと屈んでちょうだい」


言うまでもない、真紅だ。
言い争っていたルフィとあすかは一瞬、言葉を詰まらせる。
二人は訝しげに真紅を見やるが、さも真剣な眼差しを返される。
次に互いに視線を合わせ、目配せをほぼ同時に行った。
どうする――?、と奇しくも彼ら二人はこの時は妙に気があった。
真紅はその様子を見て、間髪入れずに再び口を開く。

「さっさとしなさい!」

一声。
両腕を組み、悠然と構えながら真紅はそう叫ぶ。
明らかに怒り――いや、苛立ちといった方が正しいかもしれない。
兎に角、好意的な感情が籠っていない声である事は確かだ。
ここは一応言う通りにして置こう。
そう思い、逸早くあすかが腰を屈ませて、ルフィもその動きにつられる。
二人の目線は下がり、真紅のそれとの距離は近くなる。
これからどうするのだろう。
尤もな疑問を抱く二人を余所に、真紅は徐につま先立ちで、少し背を伸ばして――


「「う、うわ!」」


二人の頬を平手ではなく、真紅は自慢のツインテールで力強く叩いた。
真紅のツインテールによる打撃は、ローゼンメイデンの姉妹達の中でもその鋭さには定評がある。
特にですです人形こと翠星石いわく――“進化している”、だそうだ。
そして予想外だったのだろう。
彼ら二人は程度に違いはあれど、それぞれ驚きの言葉を口にする。
真紅はその様子を、ジトーと冷たげな視線を送りながら確認。
溜息混じりに言葉を紡ぐ。



「少しは落ち着いたかしら?」
「あ、ああ……悪い」

真紅の言葉が示すとおり、彼女はルフィの動揺を落ち着かせる事を狙っていた。
対するルフィは素直に礼を返す。
実際、完全とはいえないまでも落ち着きは徐々に戻っている。
ゴム人間であるルフィには、先程の打撃はあまり効きはしなかったが、多少の刺激にはなった。
青色の輝き、どこか造られた感が拭えない真紅の瞳がルフィを静めていく。
真紅はルフィの様子を観察し、やがて満足げに小さな笑みを浮かべる。
どうやら上手くいったようだ。
不意に真紅自身にも安堵のようなものが生まれる。
だが、そんな時無粋な言葉が横から突っかかる。


「ところで真紅、何故僕まで? 落ち着かせるのであれば彼だけで良かったのでは……?」
「……ちっ、細かいわね。別に減るもんじゃないし良いじゃない」
「は、はぁ!? なんですか、その態度は!? あなたの中では僕は一体どういう扱いなのですか!?」
「下僕よ」
「は、初耳だ!? しかも即答ですか!? 」
「……おまえら、見てるとなんか面白いな!」
「見世物じゃありませんよーーーーー!!」


ルフィの表情には段々と生気が漲り出す。
あすかの方も先程抱いた、己の力への過信も、ルフィに対する嫌悪もどこかへ失せたような様子だ。
しかし、二人は気づいていない。
真紅は確かに笑ってはいた。
目線を逸らし、さも捻くれた様子であらぬ方向を見ている。
だが、その笑みの奥底では耐え難いものがひっそりと隠れていたことに。
そう、真紅もまた大きな衝撃を覚えていたのだから。
先程の放送に対して。


◇     ◇     ◇



「じゃあ、おれはいくぜ。ゾロ達やハクオロアルルゥカルラって人達に会ったらよろしくな!」
「ええ、わかったのだわ。ルフィ」
「よし! 頼むぜ! “チンク”」
「……微妙に違うのだわ」
「あれ? あーーー真紅だったか! 悪い悪い!」
「先行きが不安ですねぇ……」
「うるせぇぞ、“むすか”」
「ほら、また間違ってるじゃないですか! あすかですよ、橘あ・す・か!」

ポンと手を叩き、いしししと特徴的な笑みを作りながら、得心がいった様子を見せるルフィ。
真紅とあすかの方はというと、自然と溜息を零している。
ルフィを知る者ならば、予想には容易い。
案の定、彼らの名前を字間違えながら、ルフィは彼らと別れの挨拶をする。
一緒に行動しようとは思ったが、分散した方が互いの知り合いと合流できる可能性も高くなる。
既に知り合いの何人かが死んでしまった現状であり、ぐずぐずしている暇はない。
あすかもまたルフィに対する蟠りは捨てきれず、結局ルフィとは別行動を取ることに決めていた。
そのため、ルフィとあすかの仲はあまり良いものとは言えない。
まあ、あすかの方が少し過剰気味に、ルフィを毛嫌いしている節が少しあったのだが。
ちなみに互いの知り合いの名前や、放送があるまでの簡単な行動についての情報交換は終えている。
真紅とあすかが齎した、この会場がループしている情報はルフィを大いに驚かせた。
一方ルフィが教えたのは二人の危険人物の情報であり、真紅とあすかは彼らの特徴などを深く記憶した。

「えーーーっとそれで真紅の知り合いが翠星石、蒼星石。あすかの知り合いはカズマ、クーガーでいいんだよな?」

そして参加者名簿を片手にルフィが確認する。
但し、カズマの方は知り合いといってもあすかとは敵対関係にある。
また、この殺し合いに呼ばれた時点では、無常矜持とあすかに接点はないため、彼の事には触れていない。
あすかはその旨を伝えて、ルフィはしっかりと頷く。
しかし、真紅の方は首を縦には振らない。

「それと水銀燈もだわ」
「お? わかったわかった。よし、これで……と。それでこいつとはどういう関係なんだ?」
「……姉妹よ。長い間仲が悪い、姉妹の内の一人だわ」
「ふーん、そっかぁ……」

手で頭を掻きながら。ルフィはしげしげと水銀燈の名前を見つめる。
何か疑問を抱いたのだろうか。
真紅はルフィの仕草からそう考えるが、心辺りはない。
もしや此処に来るまでに出会った事があるのかもしれない。
名前の間違いから、ルフィの記憶力がお世辞にもいいものではないのは事実。
だが、水銀燈を含めてローゼンメイデンは人形であり、その外見は特徴的だ。
よって流石にそれはないだろうと真紅は密かに思う。
ルフィはそんな真紅の様子に気付く由もなく、言葉を続ける。


「でも、昔は仲良しだったんだよな? 真紅と水銀燈は?」
「え、ええ……そうね」

真っ黒な瞳。
純粋な、一点の曇りもない瞳はルフィの人間性を映し出す。
その瞳と言葉を突き付けられて、真紅は詰まりながらも返事を返す。
仲良し――確かにそうだった。
以前、本当に以前には午後の紅茶を楽しんだりもした。
未だアリスゲームが始める前の、一世紀以上も前の出来事。
当事者である真紅ですらも既に色褪せたものでしかなく、今となっては遠い夢の記憶にも等しかった。
だが、その事を知らない筈のルフィは、さも当然のように言い放つ。


「だったらおれが真紅と水銀燈を会わしてやるよ! 姉妹なら仲良しの方が良いに決まってるだろ!」


力強くルフィはそう宣言する。
真紅はアリスゲームを、姉妹同士で互いに戦い合う宿命はルフィには教えていない。
もしその事を言ってしまえば、ルフィはきっと心の底からアリスゲームの是非を疑うに違いない。
間違いない。ルフィの性格からそうに決まっている。
出会ってから僅かな時間しか経っていないにも関わらず、真紅は確信が持てた。
愚直なまでに真っ直ぐな心が、ルフィの言葉からひしひしと感じる事が出来たのだから。
最早水銀燈との関係の修復は無理だと思っていても、なんだか少しは望みが持てる気すらもしてくる。
きっとこれもルフィの人柄が成せる事のなのだろう。
真紅の沈黙を肯定の意と受け取り、ルフィは満足げに笑う。
真っ白な前歯を惜しげもなく見せびらかして――


「じゃあ、また絶対に会おうな!!」


心の奥底で死んでいった者達を留めながら。
掛け替えのない仲間を、未だ見ぬ仲間達との合流を焼きつける。
そして味わった悲しみを忘れない様に――ルフィは走り出していった。
いつもより少し寂しげな背中を見せながら、それでいて足取りはしっかりと。


【E-2 駅周辺 1日目 朝】

【モンキー・D・ルフィ@ワンピース】
[状態]:右手のひらに切り傷 、左肩から胸にかけて浅い切り傷、右足ふくらはぎに深い切り傷、中度の疲労 ウソップ達の死に悲しみ(出来るだけ我慢している)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式 ・三代目鬼徹@ワンピース、エルルゥの首飾り@うたわれるもの
[思考・状況]  
 1:エルルゥの仲間を探し、エルルゥの墓前に連れて行く
 2:ギラーミンブッ飛ばす!
 3:ワニ(クロコダイル)は会ったらブッ飛ばす!
 4:一応探すけど、ゾロ達は一人でも大丈夫だ!
 5:翠星石、蒼星石、水銀燈、クーガーとの合流。カズマには注意。
【備考】
 ※原作44巻(第430話)終了後から参戦。
  ギア2およびギア3の能力低下、負荷は凄まじいものになっています。
 ※悟史の金属バッド@ひぐらしのなく頃に、基本支給品一式、アミウダケ@ワンピース 、サカキのスピアー@ポケットモンスターSPECIAL、
  庭師の如雨露@ローゼンメイデンはデイバックに詰められ、エルルゥの墓の前に置かれています
 ※真紅、あすかと情報交換をし、一回目の放送までの二人の行動を大体知りました。また、会場がループしている事も聞きました。
 ※何処へ向かうかは次の方にお任せします


◇     ◇     ◇


「行ったか……騒がしい奴だったな……」

駅のホームに備え付けられたベンチに腰掛け、あすかは言葉を発する。
落とした視線の先には、しわくちゃになった自身の制服。
ルフィの力がいかに相当なものであったかを今でも思い知らさせる。
アルターもないのにこれ程までとは――実際にルフィと戦わずに済んだことに、つい安堵を覚えてしまう。
そうだ。たとえアルター使いではなくとも、劉鳳を打ち倒す程の参加者が居るのだ。
浮きたった自分を見つめ直し、あすかは気を引き締める。
何故なら自分は死ぬわけにはいかない。
大事な、大事な恋人があそこで自分を待っているのだから。

「しかし、真紅は遅い。全くこれだから……」

待つと言えば今の自分もそうだ。
あすかは電車を待つと同時に、真紅の事も待っている。
以前、あすかは真紅に会場全体を回ってみたいと提案し、それを実行に移すためだ。
となれば此処から最も離れた駅はG-7にあり、取り敢えずの目的地は其処に決めていた。
但し、知り合いや協力してくれる参加者を捜す為に、途中でC-4の駅で降り、ある程度の探索をするつもりだが。
しかし、真紅はルフィと別れた後、少し用があるからあすかに対し先に行くようにと言った。
何故だろうか。改めて理由をあすかは考えるが――やがて、答えに辿り着く。

「そ、そうか! 確か真紅の知り合いに……」

何故気づかなかったのか。
劉鳳の死から湧きあがった優越感、そしてルフィの対処に気を取らていたのかもしれない。
真相は判らないが、あすかはそれよりも今の真紅が心配になった。
そう。先程の放送で呼ばれた桜田ジュンという名前は――


「待たせたわね、あすか」


そんな時、真紅がゆっくりとした足取りで階段を上り、あすかの方へ進んでいく。
凛とした表情、歩の進め方は堂々としている。
あすかは何かを言い掛けようとするが、口を半開きにしたまま、何も言えない。
驚いたような目つきによる視線の先には、真紅の小さな顔。
真紅の表情には歪みはなく、至って平然な様子だ。思わずあすかは言葉を失う。
やがて電車の到着を知らせる警音が響き、程なくして二人の前で自動ドアが開く。


「さぁ……行くわよ」


真紅の声のトーンが、心なしか落ちたことにあすかは気づく。
ハッとした様子をあすかは見せるが、言葉には出さない。
只、力強く真紅の言葉に頷く。
真紅はあすかの無言の応答を横眼でちらりと見る。

(ジュン……おまえは良く頑張ったのだわ)


思い浮かべる。
桜田ジュン。真紅の現在の契約者であり、力の供給源――ミーディアム(媒介者)。
ジュンはお世辞にも優秀な契約者とは言えなかった。
体力はなければ、特に秀でた能力もない。
とある事情で学校とやらにも行かず、他者からの干渉を嫌った。
だが、ジュンはあの日巻いたのだ。
ローゼンメイデンの螺子を巻き、アリスゲームに関わる資格を否応なしに受け取った。
そこから始まったジュンとの生活の思い出は一際色濃い。
今までアリスゲームが中断される度に、何度も何度も契約者を変えてきた真紅の中では。
以前、自分の身体から引き抜かれた両腕を、ジュンが元通りにしてくれた事があった。
あの時は素直にジュンの素晴らしさを褒めた。
誇りに出来るように、自分への自信が持てるように――そう願った。
いつかジュンが自分の足で、外の世界に向かって歩いていける事をひとえに。

だが、ジュンは死んだ。
どこの誰かもわからない参加者に。
一人で居たのならきっと一方的に殺されたのだろう。
悔しいとは思う。悲しいとは思う。
何故ジュンがそんな目に遭わないといけないのかと思う感情は当然ある。
しかし、あすかが言ったようにもう仕方ないのだ。
既に自分自身へその事を納得させる時間は十分に取った。
つい先程までの空白の時間の使用の用途がそれだ。
そして今すべき事は前に進むことだと真紅は信じる。
自分とジュンの立場がもし逆であれば、自分はそう望むだろうから。
“縛る”過去にはしたくはない。
後悔に押し潰されて、自分の未来を潰すような過去には。
だから忘れてはいけない過去にしよう。
今まで確かに、自分のミーディアムが居た事を。
大事な存在であった、桜田ジュンという少年が確かに傍に居た事を――
真紅は小さな胸と心に深く刻む。


(だから、また――会いましょう。
今度はまた違った出会い方で。たとえばあなたが螺子を巻かなかった世界……もしそんな世界があるのなら……ね)


腰を落としていたあすかに眼もくれずに、真紅が数歩の助走を経て電車に飛び乗る。
きっと真紅の歩幅では乗車は難しいと思っていたのだろう。
良い心がけだ。妥協点を上げても悪くはない。
そんな事を思い、ジュンに対して、叶う事のない願望を混ぜた言葉を送る。
振り向き、慌てて自分の方も車内に乗り込んでくるあすかを見据えた。


「もう、何も失わせないためにも」


その眼差しには強い意思を乗せて。




【E-2 列車内 1日目 朝】

【真紅@ローゼンメイデン(漫画版)】
【装備】:庭師の鋏@ローゼンメイデン
【所持品】:基本支給品一式、不明支給品0~2個(未確認)
【状態】:健康
【思考・行動】
 1:殺し合いを阻止し、元の世界へ戻る。
 2:列車に乗って、会場全体を一通り見ておきたい。そのためC-4駅で下車し、最終的にはG-7駅を目指す。
 3:ループを生み出している何かを発見する。
 4:翠星石、蒼星石、クーガー、ゾロ、チョッパー、ハクオロ、アルルゥ、カルラと合流する。
 5:カズマ、水銀燈、クロコダイルに用心する。また、水銀燈が殺し合いに乗っているようであれば彼女を止める。
 【備考】
 ※参戦時期は蒼星石死亡以降、詳細な時期は未定(原作四巻以降)
 ※あすかと情報交換し、スクライドの世界観について大雑把に聞きました。
 ※蒼星石が居る事や、ホーリエが居ない事などについて疑問に思っています。
 ※ループに気付きました。ループを生み出している何かが会場内にあると思っています。
 ※ルフィと情報交換をし、一回目の放送までの彼の大体の行動を知りました。また、二人の危険人物(バラライカ、ラッド)の特徴なども簡単に聞きました


【橘あすか@スクライド(アニメ版)】
【装備】:なし
【所持品】:基本支給品一式、不明支給品1~3個(未確認)
【状態】:健康
【思考・行動】
 1:ギラーミンを倒し、元の世界へ戻る。
 2:列列車に乗って、会場全体を一通り見ておきたい。そのためC-4駅で下車し、最終的にはG-7駅を目指す。
 3:ループを生み出している何かを発見する。
 4:翠星石、蒼星石、クーガー、ゾロ、チョッパー、ハクオロ、アルルゥ、カルラと合流する。
 5:カズマ、水銀燈、クロコダイルに用心する。特にカズマは気に食わないので、出来れば出会いたくもない

【備考】
 ※参戦時期は一回目のカズマ戦後、HOLY除隊処分を受ける直前(原作5話辺り)
 ※真紅と情報交換し、ローゼンメイデンの事などについて大雑把に聞きました(アリスゲームは未だ聞いてない)。
 ※ループに気付きました。ループを生み出している何かが会場内にあると思っています。
 ※ルフィと情報交換をし、一回目の放送までの彼の大体の行動を知りました。また、二人の危険人物(バラライカ、ラッド)の特徴なども簡単に聞きました


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想いは簡単に届かない 真紅 エデンの蛇(前編)
想いは簡単に届かない 橘あすか エデンの蛇(前編)





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最終更新:2012年12月02日 09:17