笑顔の道化師◆uort./PO.A







なあ、カミやん。
人間なんてのは簡単に死ぬ。
本当に簡単に死んでしまうんだ。オレはそれを知っているんだよ。
刺殺、絞殺、毒殺、斬殺、撲殺、博殺、磔殺、焼殺、扼殺、圧殺、轢殺、凍殺、水殺、爆殺。
人間なんてのは呆気なく死んでしまうんだ。
オレが思いつくかぎりでも、たくさんの人間が殺せる。ほんの少し手を動かしたら、ちょっとだけ引き金を引いたら。

それだけで人は死んでしまう。

か弱い存在だ。
そしてオレも他の奴らも守りたいものがある。
だから、己の手を血で汚すことになろうとも、そんな血みどろの世界を歩き続けるんだ。

だけどさあ、カミやん。

「……オマエはなんで、そっち側なんだよ」

こんなところで寝てんじゃねえよ。
起きろよ、カミやん。頼むから。またオレに聴かせてくれよ。
残酷な法則を、ふざけた幻想をぶち壊すって。
それがオレに向けられた言葉じゃなくていいから。頼むから目を開けてくれよ、カミやん。



     ◇     ◇     ◇     ◇





保健室で寝ていた彼は、その放送で叩き起こされた。
定時放送。
六時間が経過した合図として、おはよう諸君、という声で土御門元春は覚醒した。
情報の少ない彼にとって放送というのは数少ない手がかりだ。
傷の塞がりはまあ、それなりだな、と呟いて土御門は男の声に耳を傾けた。

「ふんふん、定時放送に禁止エリア……なんともまあ、手の込んだ仕組みだにゃー」

自分の首に装着されている首輪を軽く撫でてみる。
これが土御門たちを縛る鎖ということだ。
これさえ解除すれば反抗の糸口を見つけ出すことも可能、ということになる。
そしてメインイベント。死者の発表となったとき、土御門の顔色が豹変した。このときの彼は確実に絶望した。

「な、に……?」

ぷつり、と進行役を名乗る男の声が途切れたが、土御門はその場から動けなかった。
身体の芯から砕けそうなほどの衝撃が彼を襲っていた。

上条当麻

土御門元春が願っていた日常が、木っ端微塵に砕けた瞬間だった。
表情から軽薄そうな笑みが消え、能面のような顔のまま彼は歩き出した。
保健室を出ていく。
今まで居た学校と言う風景が、突如として無意味で無価値なものへと変わっていく。
教室を視界に収めた。
よく上条当麻や青髪ピアスと共に居残りの補習を受け、小萌先生と笑っていた日常が確かにあった。
もう、その光景はこれから先、二度と有り得ない。

「ははっ」

自嘲気味の笑顔が漏れた。
何を甘い幻想に浸っていたのだろうか。
この世界自体が掃き溜めのような汚いところで、どうして無意識に『上条当麻は生き残る』などと確信していたのか。
冷静に考えれば上条のような素人が生き残る可能性なんて、本当に少ないものだと気づいていたのに。
それ以前に彼の生き方では死ぬほうが不思議ではないというのに。

「馬鹿だなぁ、まったく。分かってただろうに。ははは……」

教室から立ち去り、廊下を歩く。
ここはもう日常の残骸だ、もはや土御門の居場所はない。
信じたくない。何だかんだ言って、不幸だーっ、などと叫びながらも生きて帰ってくる、と。
土御門はそんな幻想を知らないうちに抱いていたらしい。
ふざけんな、と叫びたい理不尽はやっぱり何処にでも存在していて、現に土御門元春という存在を打ちのめしている。

玄関を抜け、学校を去ろうとする。まるで日常に決別するかのように。
所詮、彼が守れる幻想なんて存在しなかったらしい。
日和見のような行動の裏で、確かに友達が不条理の名の下に、不幸にも殺されてしまった。
不幸にも、不幸にも、不幸にも不幸にも不幸にも!

彼の表情には一切の色と言うものが無かった。たとえ笑っていたとしてもそれは偽りの笑みだと断言できる。
偽りと知りながらも守りたかった。学園の日々という名のガラクタを守りたかった。
本当にそれだけだったのだ。そのために強くなったし、暗躍してきたし、死に掛けてまで守ろうとしてきた。

「…………」

廊下を何の当てもなく、夢遊病のように歩き続けていた土御門はそれに気づいた。
血の匂いだ。もはやスパイの彼は嗅ぎ慣れた匂いだった。
それを辿っていくと、誰かの足が見えた。胴体部分は土御門のところからは見えないが、恐らく息絶えているのだろう。
確認はしなかったが、彼の裏世界での直感が『それ』を死体だと判断した。

「死者は15人、か。あの一方通行まで含まれているってのは驚き以外の何物でもないんだがな」

恐らく、これから彼が見つける死体も、そうした15人の中の一人なのだろう。
別に見つけて供養してやろう、とかそういうつもりはなかった。
護りたかったものが無くなった土御門は、行動方針も見つからないままに死体へと手を掛けて。

――――――今度こそ、心臓が止まるかと思った。

「……カミやん」

その死体は、土御門が良く知る人物だった。
脈を図って確認する必要は無い。見れば分かる、それはもはや人ではなくて物だった。
ツンツンの黒髪が真っ赤に染まっていて、それも時間の経過と共に黒ずんでしまっている。
血の固まり具合で死んでからしばらく経っていることが分かったが、今の土御門にはそうした余裕というものがなかった。
ただ、彼の心は自分でも想像がつかない方向に歪んでしまったらしい。

「起きろよー、カミやん! はは、夏休みの宿題手伝ってやるからよーっ、て、もう夏休み終わってるか」

無理に明るい声が痛々しかった。
土御門は死体に話しかける、という馬鹿な行動を取りながら、上条の肩を揺らした。

「こんなところで寝ちまったら風邪ひいちまうぜい? はっ、もしや死んだ振りで可愛い女の子のハートをゲットする算段かにゃー!?」

嘘吐きこと、土御門元春はピエロを演じていた。
彼が嘘を吐いている相手は死んだ上条ではなく、彼の死を認めたくない自分自身なのかも知れない。
神様がいるというのなら、この最悪の出会いを演出したことに怒り狂うだろう。

「だけど、残念! 出てきたのは嘘吐きで有名な土御門さんだけですたい」

彼は笑う。
心の中で泣きながら笑う。
それが道化師というものだから。

「悪いなー、カミやん! そう何度も美味しい目には合わせねーんだぜい」

上条の肩を揺さぶるのをやめ、彼の肩を背負うような形で持ち上げる。
死体特有の鉄の匂い。力の入っていない身体が想像以上に重くて、傷ついた身体がズキリ、と痛む。
ずるずる、と引き摺るような形で上条当麻を背負った。かなり死後硬直が進んでいる。
頭部に銃弾の跡がある。頭を打たれて殺されたのだろう。
しかも後ろからの弾丸だと傷口から判断できた。要するに彼は誰かに騙されて殺されたのだ。

そう、土御門と同じような嘘吐きに。

「おいおいカミやんー、脱落は早いぜい。まだまだこれから大覇星祭に一端覧祭、色々なイベントが盛りだくさんなんだぜーい?」

出逢った相手を無条件に信頼して背中を預けた上条の頭を、そいつは容赦なく撃ったのだ。
上条の顔が驚愕に歪んだ死に顔をしているのも、その理論に確証を加えていく。
そういった情報を頭の中の冷静な部分で受け止めながらも、土御門の日常としての言葉は途切れない。

「カミやーん、早く起きないと、土御門さん特製の墓穴にでも埋めちまうぜいー? 悪りぃけど土葬しか用意できねーんだにゃー」

はっはっはー、と笑いながら土御門は中庭へと移動した。
唯一残っている支給品の鉈で地面を掘り始める。
中々大柄の鉈はスコップほどではないにせよ、いい具合に採掘作業を進めていく。
彼の口は止まらない。彼の中に残っているガラクタが次々と口から溢れ出す。

「早く起きて帰らねえと、小萌先生の補習が待ってるんですたい。そのときになって不幸だーっ、て言ってももう遅いんだぞ?」

ざく、ざく、ざく。
埋葬するための穴が広がっていく。

「で、カミやんはいつものように病院行きだ。でもって、禁書目録にがぶりと頭を丸かじりされるんだにゃー?」

やがて、人一人が埋められるぐらいまでの大きさの穴が出来上がる。
彼は笑顔の仮面を被ったまま、いまだに横たわる友達へと向けて言葉を紡いでいく。
それは彼の中に残っていた日常の象徴だ。
それがぽろぽろ、と落ちていく。

「ねーちんもさー、カミやんに礼をしたいってんで、水面下で交渉中だったんだぜい? 堕天使エロメイドですよ?」

身体の中に残っている日常という願いの全てが零れていく。
土御門元春を構成していた守りたいガラクタの全てを廃棄するための儀式だった。
幸せな傍観者たちへと向ける怒りや悲しみ。
それを抱えてもなお、怒りのままに叫んでも何も変わらないことが現実として理解しているからこそ、決別の儀式が続けられる。


「憶えてるか、カミやん。御使堕し(エンゼルフォール)のこと。あのときの言葉、覚えてるか?」


上条の死体をお姫様だっこのように持ち上げて語る。
あのとき、上条を敵として意識し、散々に殴ってまで動きを止め、そして魔術を使って決着をつけた。
上条は自分の父親を助けたいがために身体を張って、スパイであり、戦闘のプロである土御門元春と戦ったのだ。
今でもまだ憶えている。心に響いた理想の言葉を覚えている。

「『誰かを犠牲にならなきゃいけないなんて残酷な法則があるなら、まずはそんなふざけた幻想をぶち殺す』、か」

笑ってしまう。現実を知らない子供の叫びだ。
現にそれを告げた上条当麻は呆気なく命を奪われ、こうして屍を晒している。
これが正しい現実のあり方だと言うのに。

「あれは良かったなぁ。オレに向けられた言葉じゃなかったけど、それでも響いたな」

その言葉が美しい、と感じた。
希望に満ちた理想の絶叫は、裏を知って汚れてしまった土御門にはとても口に出せない言葉だ。
だからこそ響いたのかも知れない。
そんな彼だからこそ、日常の象徴として護りたかったに違いない。


「なあ、カミやん……もう一度、聴かせてくれよ」


声は届かない。
上条の身体は土御門が掘った穴へと横たわられている。
目を閉じ、腕を組ませ、後は穴を埋めるだけという状況で、土御門はガラクタも一緒に捨てていく。
余分な感情も、感傷も、日常の象徴も、余計な願いも。

「その幻想をぶち殺す、って……言ってくれよ」

ゆっくりと、上条の身体が地に埋まっていく。
彼を埋葬しながらも、土御門の言葉は止まらなかった。手と共に口も動かし続けた。

「不幸だーっ! って……オレたちを笑わせてくれよ……なあ、カミやん」

身体の半分以上が土の中へと埋まった。
残りは顔を含めた上半身のみ。それもゆっくりと、時間を掛けて土の中へと消えていく。
一生懸命引き伸ばした別離の時間も、どんどん少なくなっていく。

「頼むから、目を開けてくれよ、カミやん」

幻想殺しの少年の顔まで土が被る。
土御門が埋めたのは上条当麻だけではない。彼が心の奥底に仕舞っていた余分なものも一緒だ。
彼が心の中に持っていた幻想(ガラクタ)の全てを一緒に埋めた。
残っているのはただひとつの現実だけだ。



     ◇     ◇     ◇     ◇




「さーて……土御門さんは、これからどうすればいい?」

上条の埋まった地の隣に座り込み、自問する。
甘さを完全に捨て去り、苦しいまでに現実のみを見つめる土御門は己に問う。
この地獄で、守るべきものを失った嘘吐きが選ぶもの。
日常という大切だったものを埋葬してきた彼が選ぶもの。

「……舞夏」

学園都市に残してきた義理の妹のことを思い出す。
何もかも裏切っても、嘘を吐いてきても、世界を敵に回したとしても。
彼女だけは裏切らない。何も知らないまま、メイドを目指す彼女には温かな世界に居てもらいたい。
そして願わくば、自分もまたその隣に立っていたい。
幻想を完全に捨て、現実だけを残した土御門元春の口元に浮かぶのは、獰猛なほどの笑みだった。

「悪いねえ、カミやん。オレは多分、お前を裏切っちまう」

上条当麻はそれを望まないだろう。
きっと生きていたなら、幻想殺しの右手を持って立ち塞がるだろう。たちえ勝ち目がないとしても。
それが分かっていながら、土御門は上条当麻を裏切ることにした。
もはや生き残ることに何の躊躇いも無かった。


(それでは、魅惑の裏切りタイムスタートだぜよ。どうもこの問題、全員を犠牲にしねーと解決はしないっぽいぜい)


土御門元春は楽しそうに笑うと、新たなる戦場へと一歩を歩き出す。
善ではなく悪へと。過ぎたる失策を忘却し、無駄にポジティブな思考を取り戻した。
どんな手を使ってでも、舞夏のいる学園都市に帰る。
魔法名『背中刺す刃』の名の下に。
最高峰の陰陽術士にして、最低ランクの超能力者にして、もはや守るべき存在もこの島にはいない男が鬼となる。



【B-2 学校/1日目 朝】

【土御門元春@とある魔術の禁書目録】
[状態]:左の肩付近に軽傷。肋骨1本骨折。失血で衰弱。超能力により自動回復中(微弱)
[装備]:レナの鉈@ひぐらしのなく頃に
[道具]:なし
[思考・状況]
 基本:どんな手を使ってでも学園都市に帰る
 1:具体的な行動方針を考える


[備考]:ウソップの本名を把握していません。
    地図や名簿は大まかに把握しています。
    会場がループしていることに気付いていません。
    原作4巻以降、原作9巻以前からの参戦です。




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その幻想を―― 土御門元春 合言葉はラブアンドピース(前編)





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最終更新:2012年12月02日 16:33