覚醒? いいえ、不死者です◆EHGCl/.tFA
鬱蒼と生い茂る森林と灰色の建物が建ち並ぶ市街地との境目。
ロベルタはその境目に身を置き、空と地図とを交互に見比べていた。
やはり違っている――正面の空に浮かぶ太陽を見詰め、ロベルタは小さく嘆息する。
周辺の景色に加え太陽の位置までもがつい数分前と変わっている現状。
『
園崎魅音』を発見した場所は地図の端に記された神社であった。
そしてそのまま西……つまりは会場の端に追い詰める形で『園崎魅音』の追撃を行った筈。
……だというのに、いくら走れどギラーミンの言う禁止区域とやらに辿り着く気配もなく、結果的には『園崎魅音』を取り逃してしまった。
急場で考えたとはいえ作戦自体に抜かりはなく、あったのはギラーミンの言葉を信じてしまった油断。
胸に渦巻く苛立ちそのままに、ロベルタは小さく舌を打つ。
(……信じられない事に会場の端と端とは繋がっている……ふざけた力をお持ちのようですね、ギラーミン)
『園崎魅音』を見失ったロベルタが次に考えたのは、これからの動向についてであった。
全参加者の殺害は既に決定済み。考えるべきはその目的を達成する為の方法だ。
幸いにも武装はこれ以上ない位に充実しており、予備弾薬もある。
ロベルタ以外の六十四……先程の放送で呼ばれた分を除けば四十九の人間を皆殺しにするには、充分に思えた。
が、ロベルタはその先の次元にまで思考の縄を投げ付ける。
(武器には恵まれている。慎重に動けば負けはない筈……だが、この場には常識を越えた力を持つ化け物共がいる……)
化け物――簡単に言えば先程ロベルタが戦った『園崎魅音』のような存在であった。
秒間何十発と放たれるパニッシャーの弾幕を自動的に防いだ月霊髄液。
任意の場所に手を生やすハナハナの実の能力。
そのどれもがロベルタからすれば、常識からかけ離れた存在であり、それを操る『園崎魅音』もまた常識からかけ離れた存在。
そんな化け物共を相手にするのだ。少なくとも常人を殺すつもりでは話にならない。
見た目はどんな者であろうと全力を持って相手すべきだと、ロベルタは判断した。
「……ですが、成すべき事は変わりません。見敵必殺―――全ての命を奪い、主の仇を皆殺しにする……ただ、それだけです」
そう呟き市街地へと足を踏み出すロベルタ。
だが、数歩進んだところでロベルタは動きを止めた。そして怪訝な表情で後ろに振り返る。
同時に、一本の紐を通して右肩に担いでいたパニッシャーを操り右脇に固定。
薄暗い森林の入り口へとガトリングの銃口を向け、動きを止めた。
「そこに隠れなさってる御方、出て来てもらえはしませんか?」
何処までも丁寧で、何処までも冷たい言葉が辺りに響く。
ロベルタが、不意に感じたものは人の気配であった。
木々が擦れるほんの僅かな音と様々な戦場で鍛えられた兵士としての勘が、人の存在を告げていたのだ。
数秒の時間が経つも返答はない。
しかしロベルタは、銃口をピクリとも動かさず森林を睨み続ける。
一秒、
二秒、
三秒、
静寂が支配する中、時間が刻一刻と過ぎていく。
そして、ロベルタが口を開いてから三十秒ほど経過したその時――
「分かった、分かった、よーーーーく分かった! 降参、俺の負け!
いやーまさかバレるとは思わなかったぜ、メイドさんよぉ! 結構上手く隠れてたつもりなんだけどなぁ、凄ぇなお前」
――血の斑に飾られた純白を着こなす一人の男が、両手を頭の上に上げ、長々しい台詞と共に現れた。
□
一言で言うならその男は異常だった。
銃口を向けられているというのに笑みを浮かべ、しかもその笑みは強がりの類ではなく心の底から楽しそうなものに見える。
狂人や凶人……ロベルタとて戦場を通し様々な人間を見てきたが、これ程にぶっ飛んだ第一印象の男もそうは居なかった。
「……死にたくなければ、動かないで下さいまし」
しかし相手が何であろうと、ロベルタの行動は変わらない。
パニッシャーを構えたまま、淡々と言葉を紡ぐ。
「分かってるって、こんな状況で動く訳ねぇだろ。あ、俺の名前はラッドな。別に覚えなくて良いぜ」
精神面はどうあれ、男は抵抗することもなくロベルタの言葉に従う意志を見せた。
両手を天に向けてピンと伸ばしたまま、デイバックを地面に落としロベルタの方へ蹴り飛ばす。
ロベルタは、一瞬だけデイバックを一瞥し、未だ笑顔を見せている男へと視線を向け直した。
「おっかない顔してんねぇ。もうちっと朗らかに出来ねぇの? そんなんじゃ一目で殺し合い乗ってるってバレちまうぜ、ヒャハハ」
「少しお黙り下さい」
軽口への返答は殺意の込められた冷徹な一言と灰色の十字架。
鼻先に向けて突き付けられたパニッシャーに男はヒュウと口笛を鳴らす。
とはいえやはり応えた様子はなく、その表情はヘラヘラと緩んでいた。
現状の把握すらできないチンピラか……ロベルタがそう思うのも無理はない振る舞いであった。
「まあ、何だかんだ言っても撃てる訳ねえんだろうけどなぁ」
平然と告げられた言葉に、ロベルタの身体が微かに震える。
―――それは予想外の一言であった。
確かに男の言う通り、ロベルタは今の時点で男を撃ち殺すつもりなどない。
情報――異能力やギラーミンについてなど男の知っている限りの情報を引き出した後に、命を奪おうと考えていた。
しかし、その思惑を表に出したつもりはない。
彼女自身、確かな殺意を込めて男に応じたつもりであったし、今もそれは崩れていないと思っている。
ならば何故、男は自分の思考に気付いたのか……ロベルタの心中に動揺が広がった。
だがロベルタも百戦錬磨のテロリスト。
その動揺を寸分も表情に出すことなく、男に向け口を開く。
「ご冗談を……試してみますか?」
「いやいや別に無理しなくても良いって。俺に何かしらの用があんだろ?
そうじゃなきゃ最初の時点でその馬鹿でけぇマシンガンぶっ放して終了だしよぉ。
その銃だったら俺が隠れてた木なんて楽々貫通できるだろ?」
男は冷静に物事を判断していた。
ロベルタの前に姿を見せた事も決して考えなしの行動ではない。
男は男なりに状況を見極め、そして策を立てていたのだ。
だからこそ余裕の表情でパニッシャーの前に立ち、ロベルタに挑発を投げつけられる。
確信があるから。
ロベルタが自分を殺すことは、まだ無い――と。
そう思うからこそ男――
ラッド・ルッソはロベルタの前に現れた。
何時しかラッドの瞳は、獲物を前にした猛獣のようにギラついた物へと変化していた。
語りは止まらない。
「俺に惚れた? 流石に顔も見られてない状況では有り得ねぇ。
支給品が欲しいから? そんなんブチ殺した後にゆっくりと奪えば良い。
なら何か? 俺が生きてる内にしか奪えない物……つまり情報だ。お前は何かしらの情報を欲している……だろ?」
「……ご明察の通りですわ。思った以上にやるようですね。
ですが、この時点であなたの命を握っているのは私で御座います。ですから少し―――黙ってろ」
氷柱の如く冷たさを含んだロベルアの一言。
並の人間なら聞いただけで冷や汗を垂らすであろう一言。
それは狂人に対しても効果があったのか、ラッドは口笛を一つ吹いた後に、口を閉じる。
「こちらの意図が読めているのなら簡潔にお願いします。
あなたが知っている参加者、異能力者、そしてギラーミンについて何らかの情報を有しているのならば全てお教え下さい」
それからのラッドは水を打ったかのように淡々と、従順に情報を語っていった。
顔や身体の至る所に火傷痕を持つ女と戦った事。
ゴムのように手足を伸ばす麦藁帽子の男に蹴り飛ばされた事。
犬のような耳を付けた女を見掛けた事。
そしてその三人を殺した事。
それらをロベルタの言う通り簡潔に話していった。
「……それで全てですか?」
「ああ。一応言っておくが、嘘は付いちゃいねぇよ。信じる信じないはお前の自由だけどな」
その表情を見る限り虚言は無さそうだ。
大した情報は得られなかったな……と、僅かな落胆を覚えながらロベルタはパニッシャーをラッドの顔に向ける。
情報を入手した今、もうこの男を生かして置く意味はない。
あとは引き金を少し回し、この不快な邂逅を終わりにするだけだ。
「あ! そーいや一番大事なこと伝え忘れてたわ」
しかし寸前でラッドが再び口を開く。
引き金を引きかけていた右手を止め、ロベルタは先へと促す。
「ありゃあ、放送終わった辺りの時の事だ。北の方からドンパチやってる派手な音が聞こえてよ。
いやぁ凄ぇ音だったぜ。ドンドンバンバンドカンドカン……マシンガンなんか比にならない位でっけぇ銃声に、爆発音。
こっちも気になっちゃってよぉ、追っかけてみたんだよ」
それは先程までとは対照的に要領の得ない説明であった。
だが、その代わりにとても楽しそうな口調。
ロベルタは不審に思いながら、パニッシャーを握る力を強め、何時でも発砲できるよう警戒心を高める。
ラッドもその気配を察したのか、少し慌てた様子で両手をばたつかせる。
「まぁまぁまぁまぁ、落ち着け! これがまた凄ぇ情報なんだって、マジで!」
ラッドの言葉を受けても、ロベルタの指から力が抜ける事はない。
パニッシャーの銃口を鼻先に定めたまま、警戒を保つ。
「分かった、分かった! あと少しで終わらせるからよぉ、落ち着けって、な?
……それでな。俺は音のする方する方に走ってった訳よ。そしたらよぉ、何が居たと思う?
分かる? 分かんない? 何とそこには変な格好した女が立ってたんだよ!」
数メートル先に置かれた銃口に怯むこともなく、男は楽しそうに口を動かす。
遂には身体全体で喜びを表すかのように、天へ向けていた両腕を横に広げた。
「凄ぇ格好だったぜ? こんな殺し合いの最中、なんつー格好してんだよ! って感じ。
いやーあまりに馬鹿すぎる格好に思わず笑いそうになっちまたよ、ヒャハハハハハハ!!
え? そいつがどんな格好してたか知りたい? 知りたいの? そりゃ知りたいよなぁ?
ま、知りたくないつっても教えるつもりだけどよぉ。でな! 何とその女は馬鹿でけぇ十字架に、メイド服を着ていやがったんだ!」
そこまで聞いてロベルタもラッドの意図に気付いた。
ゆっくりとラッドに近付き、銃口をその鼻先に突き付ける。
そして―――
「馬鹿みてぇだろ! 十字架にメイド服とかどんなファッションだよ、ヒャハハハハハ―――」
―――発砲。
結局ラッドの口から伝えられたのは情報ではなかった。
侮辱と挑発。
何が目的かは分からないが、ラッドは言いたいだけ言い、そして盛大に大爆笑を始めた。
当然ながらそれはパニッシャーから放たれた銃弾により、途切れざるを得なかったが。
「分かりやすいねえ、お前」
しかしラッドが弾丸に倒れた訳でもなく―――ラッドは一歩だけ前に進み、パニッシャーの銃身の内へと踏み込んでいた。
それは流れるような無駄のない動きであり、またロベルタの攻撃する瞬間が事前に分かっていたかのように、動作もタイミングも完璧なものであった。
今はパニッシャーの直ぐ横、ロベルタの直ぐ前に立ち、笑っている。
男が見せた予想外の動きに、ロベルタの顔には驚愕が張り付いている。
ラッドの後ろに立っていた木がパニッシャーの弾雨に晒され、地面に倒れた。
「俺の思った通りのタイミングでキレるんだもんよぉ! 本当に分かりやすい!
ありがとよ! こんな見え見えの挑発に乗ってくれて! キスの一つでもしてやりたい位だ!!」
呆然と動きを止めるロベルタの眼前で、それこそ抱擁さえしそうな勢いで両手を広げるラッド。
そこに来てようやく我を取り戻したロベルタが、にやついた顔面に向けて左上段蹴りを放つ。
しかしそれをラッドは楽々と避ける。
蹴りが飛んでくる方向とは逆の方へ首を曲げ、最低限の動作で回避した。
「おぉ、おっかねぇ。だけど残念。体勢が悪すぎるな」
確かにロベルタの現状は悪い。最悪と言っても良い。
右腕はパニッシャーで塞がり、ラッド自身は近接戦の間合いへと入っている。その上バランスも悪い。
満足に動かせる箇所は左半身のみ。
パニッシャーを手放すことも考えるが、それは数瞬とはいえ隙を作る。
少なくとも相手の拳が顔面にめり込む位の隙にはなる筈だ。
しかしロベルタも戦闘のプロ。窮地と言うには未だほど遠い状況だ。
左手を握り締め拳を作ると、ロベルタは目にも止まらぬ速度でラッドの顔面へと突き出す。
常人では反応できないであろう早さの一撃。だが――
「おぉ、良いガッツだね」
―――相手が悪すぎた。
常人には命中していた筈の拳であったが、眼前の男は常人でもなければ素人でもない。
ロベルタの左拳はラッドの右手に優しく包まれていた。
―――瞬間、ゴキリ、と鈍い音が響く。
ステップインと共に振るわれたラッドの左拳がロベルタの鳩尾にめり込んだのだ。
右手はパニッシャーにより塞がり、左手はラッドにより掴まれてる。
左足を持ち上げ縦にしようとしたが、防御は間に合わなかった。
そしてそのままラッドはもう一歩ステップイン。
肘を折り畳み、殆ど密着状態となったロベルタと自身の間に滑り込ませると、その窮屈な状態から肘を解放させる。
当然その伸びた肘の分ロベルタの身体は無理矢理後ろに下がることなり―――結果的にその身体は宙を飛ぶこととなった。
『殴り投げた』―――その光景を第三者が見たら誰もがそう語るだろう。
「おいおいおいおい! まだお寝んねには早いぜぇ! 何たってあんな化け物みてぇな眼をしてたんだもんなぁ!
立ち上がちゃうんだろ! つーか立ち上がれよ! 立ち上がんなくちゃつまんねぇだろ!
こっちはあんなドデカい賭をしてまで、その化け物銃の真ん前に立ったんだぜ?
立てよ、立たなくちゃ殺しちゃうよ? まぁ立たなくても殺すけどな! ヒャハハハハハハハ!!」
狂った笑い声を上げロベルタを見下ろすラッド。
今この状況に至るまでラッドには二つの予想外が存在した。
一つ目は、追い掛けた先に居た者が到底戦えそうには見えないメイドだった事。
これはラッドを著しく落胆させた。
軍人崩れに手足が伸びる化け物殺した後の獲物がメイド。
どんな化け物を殺せるかワクワクしていたラッドにとっては肩透かしも良い所であった。
二つ目は、そのメイドがラッドの予想を遥かに越えた手練であった事。
メイドに対する殺害方法を思案しながらだが、それなりに慎重に身を隠していた
ラッドとしては、この出来事は驚愕に値した。
強力な武器を支給された素人……精々その程度の相手だろうと、ラッド自身はロベルタのことを判断していたからだ。
自分の予想を外して現れた強敵にラッドは当然の如く歓喜し、その内で冷静にどう行動すべきかを考えた。
聞こえたのはガチャリという武器を構える重々しい音。
あのド派手な戦闘音の発生源が向けられている事は、見ずとも理解できた。
この時、ラッドは戦う前から追い詰められた形となっていた。
ここでロベルタが情報よりも殺害を優先していたら、ラッドの命は潰えていたとも言える。
木々に隠れた自分の存在に気付いた鋭い感性。
向けられた重火器。
自身の油断から招いたそ窮地にラッドは、必死で思考を張り巡らせた。
生き延びる方法を。
そして何よりも、圧倒的有利に立つロベルタを殺害する方法を。
許された時間は十数秒。
考えに考えた挙げ句ラッドが出した答えは―――降参の意を見せることであった。
逃走すれば後ろから撃たれるだろうし、抵抗すれば木陰から出た瞬間に殺される。
ならば奴の言いなりになる他ない。
それにラッドも相手が情報を得たがっているという確信があった。
両手を挙げロベルタの前に姿を出したラッドは、冷静に事態を観察し勝機を模索した。
どんな機構になっているか想像すら困難な十字架型の銃に、油断の欠片も感じられないメイド。
それらを見比べラッドは考えた。
考えに考えに考え―――思いついた作戦は挑発であった。
従順なフリをしつつ挑発を重ね、怒りに我を失わせる。そして近付いてきた所を―――殴り殺す。
間合いを詰めればあのパニッシャーの回避も容易になるし、徒手空拳での攻撃も可能になるだろう……そう考えての作戦であった。
だが、この作戦には問題が山のように存在していた。
相手が挑発に乗らなければ手も足も出ないし、挑発に乗ったとしても接近してくれなければ手も足も出ない。
ラッドが考え付いた策は相当な運が必要とされる、賭とも言える穴だらけの策であった。
しかしラッドはその不利な策を見事に完遂したのだ。
有利な立場にいたロベルタは地に伏せており、不利な立場にいたラッドは無傷で笑い声を上げている。
まさに計画通り。
ラッドは賭けに勝利したのだ。
「ヒャハハハハハハハ! なになにもうダウン? おいおいもうちょっと頑張れって! さっきまでの威勢は何処行っちゃったのよぉ!?」
ラッドの長ったらしい言葉にもロベルタはピクリとも反応しない。
それを見てラッドは更に笑う、笑い続ける。
そして一頻り笑い、挑発と侮辱を並び散らした後、ようやくラッドの馬鹿笑いは終了した。
「……なんだよ、マジで気絶しちまったの? つまんねぇなあ」
ため息と共にラッドは歩き始める。
その先にある物は数分前まで彼が息を潜めていた木。
その直ぐ下の地面、雑草の集中している所に手を伸ばし、ロベルタから隠れる為に放置していたバズーカを掴む。
そこから更に数歩、爆風の届かないであろう位置まで移動した。
「もうちっと期待してんだけどねぇ。ま、俺も早いとこギラーミンの奴をぶっ殺さなくちゃいけないんでな。
物足りねぇが死んでもらうわ。じゃあな」
巨大なバズーカを苦もなく操り、矛先を地面に寝転ぶロベルタへと向ける。
そして引き金引き絞ろうとし―――甲高い銃声が周囲に鳴り響いた。
「あ……?」
そう、銃声はバズーカの物とは思えない程に高く渇いた音だった。
ラッドの顔に不審が浮かび、次いで困惑が表情と感情を共に支配する。
その両脚はラッドの意志と反するように折れ、脱力していた。
脳内に大きなクエッションマークを映しながら、膝を着くラッド。
ラッドの視線が自身の下半身に向く。
そこには小さな穴が空いた腹部と穴から広がる漆黒のシミがあった。
「何だ、こりゃ――」
その疑問を言い切る前に衝撃が二度、三度、ラッドの身体を揺らす。
それと同時に二個、三個と増えていく腹部の穴。
事態に付いて行けぬままラッドはゆっくりと正面に顔を向ける。
そこには、銃を構えたままコチラに疾走するメイド服の女の姿があった。
大きなヒビが入った丸眼鏡を掛け、至る所を土に汚したメイド服を纏った女。
気絶していた筈の女が猛烈な速度でラッドへと迫っていた。
そして女は、ボディから顔面へと流れるようなコンビネーションをお見舞いし、ラッドを後方の森林へと吹き飛ばした。
「鳩尾に顔面……借りは返させていただきました」
右手はコルト・マーロンを、左手は何も持たず空手で、女―――ロベルタはラッドが描いた軌跡を見つめる。
息は僅かに荒く、ダメージは抜けきっていない。
ロベルタの鋼の如く肉体を持ってしても、ラッドの一撃は耐えきれなかった。
肋骨の数本は未だ違和感を訴え、鈍痛も走っている。
だが、そのダメージを逆手に取っての演技――所謂『死んだふり』は幸を制し、成功した。
ラッドがバズーカを拾うため背を向けた瞬間、デイバックから銃を抜き取り隠し持つ。
そして隙を見計らい発砲。
身体が崩れ落ちた所にお返しの二連撃を打ち込んだ。
「トドメを指させて頂きます」
殴られた鳩尾を抑え、ロベルタはラッドを吹き飛ばした方へと足を運ぶ。
銃を構えたまま、鬱蒼と茂る木々と雑草を掻き分け奥へと進む。
そして発見した。
「このアマァァァァァァァッッ!!」
―――額に血管を浮かべながらバズーカを構えるラッド・ルッソを。
その姿を確認してからのロベルタの動きには目を見張るものがあった。
ラッドが引き金を引くより早く、コルト・マーロンを全弾撃ち尽くし、同時に後方へ跳躍。
直後、遅れてバズーカから砲弾飛び出す。
銃撃によりラッドがバランスを崩した事、凄まじい反応でのバックステップ、この二つの要素により砲弾はロベルタから外れ、森林の一部を吹き飛ばすに終わる。
ロベルタは両の脚で地を蹴り、先程自身が伏せていた地面に置かれた十字架へと向かう。
飛び付きながら十字架を手に取ると、直ぐさま肩に乗せる形で構える。
振り向くとそこには藪の中から姿を現すラッドの姿。
互いに無言のまま、手に持つ重火器の狙いをそれぞれの敵へと向ける。
より早く狙いを定め終えた者はロベルタ。武器の扱いに関してはロベルタに分があった。
そして発射。
シュコンと空気の抜けるような音と共に、十字架から漆黒の流星が排出される。
一瞬、遅れてラッドも引き金を引いた。
漆黒の砲弾がロベルタに向かい一直線に突き進む。
ほぼ同時に放たれた二つの漆黒は互いの射手の命を奪うかと思われた。
だが、予想外の事態はまだ終わらない。
何の偶然か、二つの漆黒はまるで吸い込まれるように近付いていき―――接触する。
二つの爆弾は炎と化した後もせめぎ合い、結果として、本来の規模を遥かに越えた破壊を発生させた。
□
爆風に煽られ宙を舞い、地に叩き付けられてから数分後、ロベルタは警戒と共に立ち上がった。
幸い爆風による火傷も大した事はなく、地面に叩き付けられたダメージも後に引き摺るような物ではなかった。
一瞬早く発砲した事により、着弾点がロベルタから離れたことも影響したのだろう。
ロベルタはパニッシャーを脇に構えたまま、茂みを進んでいく。
互いの弾頭が激突した付近の木々は見事にへし折れ、地面もまた抉れていた。
自身が起こした強烈すぎる爆風により、火炎も消えている。
取り敢えず延焼の心配は無さそうであった。
「居ない、か……。欠片もなく吹き飛んだか、まだ生きているか……おそらくは後者でしょうね」
あの狂犬のような男がこれ位で死ぬ訳がない……根拠はないがロベルタは思っていた。
鋭い身のこなしに、人間離れした力、そして何より特筆すべきあの異常な精神。
ラッドの不快な笑顔がロベルタの脳裏に映し出された。
「ラッドでしたか。彼も何らかの能力をお持ちのようですね……」
その笑顔と共に思い出されるは、先程の交戦中に見た不思議な光景。
それは互いの得物を発射させた一瞬のことであった。
ラッドの服に染み込んでいた血がビデオの逆再生のように、銃創の方と収縮していたのだ。
信じられない光景であったが、ロベルタはそれをしっかりと見ていた。
「おそらくは傷の治癒でしょうか」
改めて考えて見れば辻褄が合う部分も多数存在するように感じられた。
数度の銃撃と渾身の拳撃を放ったにも関わらず、ダメージを感じさせぬ様子でバズーカを構えていたラッド。
常識では考えられないタフネスだが、それも特別な治癒能力を持っていたとすれば合点がいく。
「……治癒能力という時点で常識からかけ離れているのですがね」
小さな瓶をデイバックから取り出すと、ロベルタはその中身の薬を水も無しで飲み込んだ。
それと同時に顔に浮かんでいた苦笑が自嘲的な物へと変化していく。
「幻覚、だったのかもしれませんしね……」
自嘲的な笑顔を浮かべたまま惨状に背を向け、ロベルタは市街地へと歩き始める。
先程の戦闘で喪失した大切な物に気付くこともなく。
猟犬としてのロベルタ、使用人としてのロベルタ……その境界として存在していた大切な物。
その喪失にすら気付くことなく―――猟犬は、全てを噛み砕くため歩き続ける。
【C-7 北東部 市街地/一日目 朝】
【ロベルタ@BLACK LAGOON】
[状態]:軽度の薬物依存。メイド服。 右腕に切り傷(応急処置済み) 、疲労(小)、肋骨にヒビ、腹部にダメージ中、眼鏡なし
[装備]:パ二ッシャー@トライガン・マキシマム(弾丸数60% ロケットランチャーの弾丸数1/2) コルト・ローマン(0/6)@トライガン・マキシマム 投擲剣・黒鍵×5@Fate/zero
[道具]:支給品一式×2、コルト・ローマンの予備弾41 グロック26(弾、0/10発)@現実世界 謎の錠剤入りの瓶@BLACK LAGOON(残量 90%)
パ二ッシャーの予備弾丸 2回分、ロケットランチャーの予備弾頭3個、キュプリオトの剣@Fate/Zero
[思考・状況]
1:
サカキとのゲームに乗り、殺し合いに優勝する。
2:園崎魅音(詩音)を見つけたら必ず殺す。
3:必ず生きて帰り、復讐を果たす。
【備考】
※原作6巻終了後より参加
※康一、ヴァッシュの名前はまだ知りません。(よって康一が死んだことも未把握)
※詩音を『園崎魅音』として認識しています。
※ギラーミンの上に黒幕が居ると推測しています、よって優勝の褒美は有効であると考えています。
※錠剤を服用しました。軽度の依存症が現れています。
※ループに気付きました。
※ロベルタの眼鏡は戦闘中に何処へ飛んでいきました。本人は気付いてません
□
ロベルタが行動を開始したその時、そこから数十メートルほど離れた森の中でラッドはムクリと上体を起こした。
彼にしては珍しく無言のまま、服に付着した土埃をはたき落とし立ち上がる。
爆風により相当な距離を舞い地面に叩き付けられたというのに、その表情からダメージは見受けられない。
「どうなってんだ、こりゃ……」
その代わり、その顔にはただ困惑が広がっていた。
銃で撃たれ、腹と顔面を殴られ、また銃で撃たれ、トドメにバズーカの爆風を喰らった……その記憶は鮮明にラッドの中へと植え付けられている。
だというのに今のラッドは健康体そのもの、傷一つ存在しない。
流石のラッドも違和感を覚え始めていた。
「腹から血が出てた筈だよなぁ……ちゃんとこの眼で見たし、服にだって穴が空いてる。……訳分かんねぇ」
どう考えても異常でしかない事態。
ただ分かっているのはとんでもない速度で傷が治癒し終えているという事だけ。
何故こんな身体になったのか……ラッドも首を傾げながら必死に考えるが、答えは出て来ない。
当然だ。彼は不死者という存在を知らない時期から連れて来られているのだから。
ギラーミンの演説により言葉としての「不死者」は知っているが、実際の彼等を見た訳ではない。
幾ら何でも知識に無い物を思い浮かべることは出来なかった。
「そういや、あの麦藁帽子も変な身体してやがったな。足がグーーンと伸びてよぉ」
熟考の末に辿り着い人物は、ラッド自身が爆殺した(と勘違いしている)麦藁帽子の青年―――今の自分同様に可笑しな身体を持っていた男であった。
伸びる脚により食らわされた強烈な蹴りを思い出しながら、ラッドは尚も考える。
「アイツは何であんな身体になったんだろうなぁ。
想像も出来ねー位にすげぇ修行したとか? それとも宇宙人とか? 実は火星人だったんじゃねーの、アイツ。
んじゃ何? こんな身体を持つ俺も実は火星人だったとか? うっそ、マジかよ、俺凄すぎだろオイ!」
身体の異変によるショックから立ち直ったのか、ラッドのテンションが見る見るうちに高まっていく。
顔には狂気の笑顔が戻ってきていた。
「いや、待てよ」
しかしその笑顔がピタリと止まる。
途端に真剣な表情となり、何かを思い出すようにウンウン唸った後、再度口を開く。
「確かよぉ、劇や舞台や本とかでこんな話があるよなぁ」
笑顔が戻っていく。
それは狂気を越え、狂喜となり彼の心を高ぶらせた。
「親友とか恋人が悪役に殺されて、怒りか何かで主人公が秘められた力に目覚める……みてぇなの。
今の俺ってそれなんじゃね? ギラーミンの野郎にルーア殺されてよぉ、ブチ切れてよぉ、んで目覚めちゃったんじゃね? 秘められた力って奴によぉ!
……おいおいおいおいおいおい!! やべぇって、俺! こんな力、隠されてたのかよ!有り得ねぇって、人間超越しちゃったよ俺!!」
彼が思考と妄想の末に至った答えはこのような物であった。
『怒りによる潜在能力の解放』―――本来ならば彼自身でさえ鼻で笑い飛ばすであろう結論。だが、ラッドは確信を持っていた。
身体をゴムのように伸ばす人間、獣のような耳をした人間……殺し合いの中で見た異質な人間達。
任意で爆破できる首輪型の爆弾、貝を動力源とする理解不能なバズーカ、何をどう詰め込んだのか分からない銃とロケット砲が融合した十字架型の兵器……殺し合いの中で見た異常な武器の数々。
それら全てがラッドの知る世界では絵空事でしかなく、しかしこの場には実際に存在する。
つまり、有り得ないなんて事は有り得ない。
少なくともこの場に於いては、この殺し合いに於いては、その考えが通用する―――ラッドはそう至ったのだ。
「ま、死に難くなったのは痛いけどよぉ、死ななくなった訳ではねーだろ。俺まで不死者になったら洒落になんねぇもんなぁ」
頭によぎった最悪の事態をヒャハハと笑い飛ばし、ラッドは森林の奥へと消えていく。
その最悪の事態に陥っているのだが、彼自身は気付くことなく……恋人の敵を討つため狂犬は先へ先へと進んでいく。
【C-7/北東部・森/朝】
【ラッド・ルッソ@BACCANO!】
[状態]:健康、不死者化
[装備]:ワイパーのバズーカ@ワンピース、風貝@ワンピース
[道具]:基本支給品一式
[思考・状況]
1:あのギラーミンとかいう糞野郎をぶっ殺す。
2:そのためにこの会場にいるやつを全員殺す。とにかく殺す。
3:ギラーミンが言っていた『決して死ぬ事のない不死の身体を持つ者』(不死者)は絶対に殺す
4:ギラーミンが言っていた『人間台風の異名を持つ者』、『幻想殺しの能力を持つ者』、『概念という名の武装を施し戦闘力に変える者』、『三刀流という独特な構えで世界一の剣豪を目指す者』に興味あり。
【備考】
※麦わらの男(ルフィ)、獣耳の少女(
エルルゥ)、火傷顔の女(
バラライカ)を殺したと思っています。
※自分の身体の異変に気づきましたが、それを不死者化していることには気付いてません。
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最終更新:2012年12月02日 17:24