神よ、この魂に哀れみを◆SqzC8ZECfY



さほど広くないシャワーールームに湯気が立ち込める
壁に張り付き、細かい水滴となって、やがて水滴同士がくっつき、大きな粒に変わって床に落ちる。
ざぁざぁとお湯が降り注ぐ音、その中心。
立ち尽くし濡れるに任せた一人の女は、眼を弓のように細め、頭上からほとばしるシャワーの熱と勢いを受け止める。
女は上体を折り曲げ、自らのくるぶしの辺りへと手を伸ばす。
上から下へと落ちていくお湯の流れに逆らうように、その手は上へと。
脛、ふくらはぎを経て、膝の表、それから裏側を這う。
白い肌は湯の熱でやがて薄紅色を帯びていた。
手は、指は太腿から足の付け根へと。
滑らかな曲線を描く腰周りのラインをなぞり、そして汚れの溜まりやすい谷間の部分をこすって洗い流す。
下腹部からへその上。
自らの身体を抱くように腕を交差させて腰に手を回した。

「……っ」

あばらに走る痛み。
女から思わず漏れたうめき声。
唇を噛むようにしてそれをこらえ、今度はもう一度、慎重に指を這わせる。
痛み、痺れ、そして熱さ。
心臓の鼓動にも似たずくん、ずくん、といううずき。
這う指は上へ。
脇の下から胸の双丘の下のラインを往復する。
指が行き来するたびに、やわらかな胸のふくらみがわずかに揺れ動く。
お湯の流れはざぁざぁと変わらず、上から下へ。
指は逆の腕――肩から二の腕、そして手の先までを何度かこすってから首筋をなぞり上げる。

「……」

先程よりも小さな、お湯の音に掻き消える極微の呻き。
僅かな火傷の熱さ。
その濡れた身体を這う指はそこから離れ、湯が自らの身体を這い回り、流れ往くままに任せて女は立ち尽くす。
腰まであるウェーブのついた黒髪が背中にぴったりと張り付いている。
女はしばらくそうしていたが、やがて元栓を締めた。
お湯は止まり、濡れそぼった肢体から垂れ落ちる水滴だけがシャワールームの床を打つ。
薄く白い肌の下に熱を持った桃色の体組織。
肌の白と、その下の桃色が重なり合って、結果として女の肉体は薄紅色に染まっていた。
だが、それによって浮かび上がるものがあった。
銃痕。直線的な裂傷のあと。引きつれ捩れたミミズが這うような傷跡。
身体の各部にわずかな薄紅色の痕跡を印す。
それはその女の人生を示す傷跡だった。
撃たれ、裂かれ、抉られ、だがその何倍も何十倍も何百倍も何千倍も撃ち、裂き、抉って獲物を仕留めてきた猟犬の証だ。


   ◇   ◇   ◇


D-8、キャンプ場のバンガローの一室。
ロベルタは洗い髪が張り付くのを防ぐための背中にかけたバスタオルとショーツのみでベッドの上に座り込んでいた。
放送は12時におこわなれるはずなので、少なくともそれまではここが禁止エリアに指定されることはない。
それまでは休める。
いまだに誰も仕留めることができていない事実は彼女の心を苛立たせるが、闇雲に動き回って事態が好転するわけでもない。
それに肋骨のダメージは深刻だ。
骨折の痛みがあばらはもちろんのこと、連動して動く腕の振りすらも阻害する。
その痛みをかき消すための処置が必要だ。


――かりり。


錠剤を噛み砕く音。
水で流し込む。


――かりっ、がりがり、ぼりっ。


いくつかまとめて放り込んで噛み砕き、呑み込んでいく。
やがてすぅっと痛みが消えた。
身体が軽い。
血管に氷を入れたように清々しい気分になる。
感覚が変わる。
どろりと身体が溶けるように。
まどろみに包まれる。
意識が境目をなくす。
記憶の境目。
自我の境目。
感情の境目。
善悪の境目。
なにもかも。


   ◇   ◇   ◇


「出ておいでロザリタ。彼らは行ったよ」

かつて革命の志に燃えていた。
だが自らの全てを捧げたそれは幻想だと分かった。
だから抜けた。そして追われることとなった。

「……感謝します、セニョール・ディエゴ。でもこれ以上貴方に危険を負わせることは出来ません。
 日が落ち次第、屋敷を出ます。本当にご迷惑を――」
「……待ちたまえ、ロザリタ。親友の娘御が遠路はるばる訪れてくれたというのに、夕食も出さずに返したのではラヴレス家の名誉に関わる」

ゲリラやカルテル、国家権力からも追われるこの身をかくまってくれたということが、どれほどのことか。
この紳士が自分のあずかり知らぬところで多大な労力と危険にまみれたことは想像に難くない。
だから身を粉にしてでも、その恩の数百分の一でも返したかった。
屋敷のメイドとして仕え、血に穢れた自分では得ることは出来ぬだろうと思っていた平穏を享受するだけで充分だった。
彼と彼の一人息子、ガルシアと。
そして自分と。
やがて事業も軌道に乗り、わずかばかりでも使用人は増え、多少のトラブルはあったがその平和は続くと思っていた。
返せぬほどの大恩ある主人、ディエゴ・ホセ・サン・フェルナンド・ラブレスが爆破テロによって命を散らすまでは。


   ◇   ◇   ◇


葬送の鐘が鳴る。
雨が降っている。
天がその死を嘆いているのだろうか。
ならばなぜ、その死を回避する幸運をかの者に与えてはくれなかったのか。

「あまねくものの創造主――且つ購い主に召します天主、
 主の僕、ディエゴ・ホセ・サン・フェルナンド・ラブレスの御霊に、全ての罪の赦しを与えたまえ。
 願わくば、彼が絶えず望み奉りし赦しをば、我らの切なる祈りによってこうむらしめ給え」

葬送の鐘が鳴る。
雨が降っている。
大勢の者が泣いていた。
その死を悼んでいた。
彼の者はそれほどまでに慕われていた。
当然だ。
穢れきった猟犬にすら救いを与えたこの主人が、そうでないはずがない。
神父の祈り。
それは続く。

「主よ、永遠の安息を――彼に与え給え。
 絶えざる光を彼の上に照らし給え。
 彼の――――安らかに、憩わんことを――――神の御名に(エイメン)」

葬送の鐘が鳴る。
雨が降っている。
遺された一人の少年。
ディエゴの子息たるガルシアが、この腕の中で泣いている。
しがみついたその手に震え。
時折、しゃくりあげながら。
そして巨大な悲しみに打ちひしがれながら。
この腕の中で泣いている。

「……父さんは…………悪いことなんてしてないよ……そう……だろう?」
「……御当主様は――とても立派な方に……あらせられました。
 天を仰ぎ、地に付して、我らが主の御前において――――なに一つ恥じることのないお方にございました」
「……それなら、どうして……神様は……父さんを天へお召しになられたんだろう……?」
「――主ではありません、若様。人を殺めるのはいつだって……必ず、人なのです」

葬送の鐘が鳴る。
雨が降っている。
そう。
神は人を殺さない。
そして少年はさらに問う。

「……じゃあ……その人は、何を思って――――父さんを殺したんだろう……?
 そうまでして父さんを殺さなければならなかった理由は……いったい何なの…………かな……っ……」

葬送の鐘が鳴る。
雨が降っている。
自分はその答えを知っている。
いいや、知りすぎている。
だからこそ――この少年にとってあまりに残酷すぎるその真実を伝えることができなかった。


「ロベルタ…………泣いて…………いるの……?」


葬送の鐘が鳴る。
雨が降っている。


   ◇   ◇   ◇


主は我が弱きを知り給う。
聖寵によらざれば、何事も叶わざるがゆえに、必要に応じてこれを施し給え。
主の戒め給う全ての悪を避け、命じ給う善を行い、御摂理にて、我に与え給う数々の苦しみを、甘んじて耐え忍ぶ力を授け給え。


――君は……あの屋敷に帰るつもりはないのかい。蘭の咲き乱れるあの荘園へ。
――君は彼を愛している。彼も君を愛している。
――本当の家族のように君達は愛し合っている。
――ならば何故、その暮らしを大事にしない?


「………………私の罪は私だけが負うべきもの。
 当主様も、若様も、天に祝福されるべき方々だった…………だから…………私が…………!」


――復讐ではなく、責任か。
――いや……贖罪といったほうが正しいかもしれないな。
――だが、もし君が負うべき責任があるとするならば、それは何をもってしても購うことは叶わない。
――復讐も祈りも忘却も、そして死すらも、だ。
――今の君に、本当に必要な行いは、それは……


「黙れ」


――『僕 を 殺 し た』あの時にも、君の中に良心という名の種は、わずかにあった。
――君が大正電工マグダレナ営業所を襲い、日本人技師二名を撃ち殺したのは――もう七年も前だったね。
――処刑の前に、君は僕の家族の写真を破り捨てた。君としては些細なことだったに違いない。
――だが、それは『多くの』小さな傷となって君に残った。
――暴力の中では痛みを感じることのなかったその傷が、穏やかな平和の中でどのように膿んで爛れていくかを、若い君は気付けなかった。


「……いつまで……私に付きまとうの?」


――付きまとう? 君が忘れないだけだよ。
――わかっているはずだ。君が私の写真を破り捨てたように、君の敵がディエゴ・ラブレスにそうしただけだ。
――あの少年の問いかけ……分かっているだろう?
――殺す理由などなにもない。
――ただ、『いるよりもいないほうが都合がいい』。
――私や君の主人が殺された理由など、それだけのことだと。


「……じゃあ、私は! どうやったら赦された!? それとも永遠に赦されないのなら、どんな顔をして若様のそばにいれば良かった!?
 あんたはそうやって! ずっと追いかけてきたじゃない! 私に忘れさせないために! 絶対に、忘れさせないために……ッ!!」


主は我が弱きを知り給う。
聖寵によらざれば、何事も叶わざるがゆえに、必要に応じてこれを施し給え。
主の戒め給う全ての悪を避け、命じ給う善を行い、御摂理にて、我に与え給う数々の苦しみを、甘んじて耐え忍ぶ力を授け給え。


    ◇   ◇   ◇


「…………!!」

ロベルタはベッドから猛烈な勢いで跳ね起きた。
その身体は汗で濡れている。
だがお湯で濡れていた時とは違い、肌は青ざめるほどに冷たく白くなっていた。
がたごとと乱雑に自分の荷物を漁る。
銃が床に落ちてごとりと音を立てるが、気にも留めない。
錠剤を取り出して数錠まとめて口内に放り込んだ。


がり、がりがりり。


噛み砕く。
水を飲み干す。

「……っはぁ……はぁ……」

大きく息をつき、そしてベッドから這いずるように降りて、床をおぼつかない足取りで歩く。
そして部屋の壁に立てかけてあった十字架――パニッシャーに身を寄せた。
まるで救いを求める教徒のようにその十字架にすがりつく。

「あー…………あぁ」

呻き声。
薬物が精神に影響を及ぼし、変調をきたしている。

「あ……あぁ」

その十字架を前にして両手を組み、ひざまずいて祈った。
その十字架はウルフウッドやリヴィオを刃に変えた暗殺組織の象徴であることをロベルタは知らない。
裸身が床に這い蹲り、ただ救いを求めて許しを乞う。
十字架は何も答えない。


――神よ、願わくばこの魂に哀れみを。




【D-8 キャンプ場内/一日目 昼】
【ロベルタ@BLACK LAGOON】
[状態]:薬物依存。ショーツのみ。 右腕に切り傷(応急処置済み) 、肋骨にヒビ、腹部にダメージ小、眼鏡なし
[装備]:パ二ッシャー@トライガン・マキシマム(弾丸数60% ロケットランチャーの弾丸数2/2) コルト・ローマン(6/6)@トライガン・マキシマム
    投擲剣・黒鍵×5@Fate/zero
[道具]:支給品一式×2(水1/4消費)、メイド服、コルト・ローマンの予備弾35 グロック26(弾、0/10発)@現実世界
    謎の錠剤入りの瓶@BLACK LAGOON(残量 65%)
    パ二ッシャーの予備弾丸 2回分、ロケットランチャーの予備弾頭2個、キュプリオトの剣@Fate/Zero
[思考・状況]
0:放送まで休む。
1:サカキとのゲームに乗り、殺し合いに優勝する。
2:園崎魅音(詩音)を見つけたら必ず殺す。
3:必ず生きて帰り、復讐を果たす。
【備考】
※原作6巻終了後より参加
※康一、ヴァッシュの名前はまだ知りません。(よって康一が死んだことも未把握)
※詩音を『園崎魅音』として認識しています。
※ギラーミンの上に黒幕が居ると推測しています、よって優勝の褒美は有効であると考えています。
※錠剤を服用しました。幻覚症状などが現れています。
※ループに気付きました。
※ロベルタの眼鏡は戦闘中に何処へ飛んでいきました。本人は気付いてません




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覚醒? いいえ、不死者です ロベルタ 煌めく涙はあの日に 溢れる想いはあの人へ


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最終更新:2012年12月03日 01:32