Survivor ◆b8v2QbKrCM
『では六時間後の
第二回放送でまた会おう。
君達がそれまで生き残っていれば――の話だが』
身勝手で一方的な宣告が微かに反響し、森の中に消えた。
告げられたのは、三つのエリアと、十五人に上る死亡者の名前。
如何なる手段によってかは不明だが、その声は八キロ四方にも及ぶ広大な舞台の隅々まで例外なく届いたであろう。
それは舞台の隅であっても例外ではない。
H-2エリアの南端付近、A-2エリアへループする境界線も程近い森の奥。
アルルゥは大樹の葉の中でそれを聞きながら、大きな瞳を瞬かせていた。
放送に対して何かしらの反応をするわけでもなく、普段と変わらぬ表情で尻尾を動かしている。
やがてするすると幹を滑り降り、根元で待つ仗助の傍らに着地した。
「いまの、なに?」
学生服のズボンを引っ張りながら、アルルゥは仗助の顔を見上げた。
冗長かつ遠回しな表現で過剰装飾された放送は、幼い少女に理解できる範疇ではなかったのか。
理解できたとすればただひとつ。
――
エルルゥ。
――
トウカ。
――
ベナウィ。
彼女が知る者達、そして血を分けた家族の名が呼ばれたということだけなのだろう。
「……?」
もう一度ズボンを引っ張ってみる。
しかし仗助は応えない。
わざと無視しているのではなく、アルルゥの言葉が耳に入っていないのだ。
アルルゥが見たこともないくらいに怖い顔で何もない空を睨んでいる。
浮かぶ表情は明確な憤怒。
その矛先はもはや語るまでもあるまい。
友人である康一の死。
彼を殺した顔も知らない殺人者。
幼いアルルゥから家族を奪った相手。
そして何よりも、このような事態を招いた元凶――
仗助の脳裏に
吉良吉影の顔がちらつく。
あの男がやったのだという確証は全くない。
だが同じことだ。
自分の為に人を殺したのであれば、吉良吉影と同類でなくて何なのだ。
「あ……」
アルルゥの手がズボンから離れた。
顔に怯えを張り付かせたまま数歩後ずさる。
「仗助おにーちゃん……こわい」
その一言が、怒りに沈んだ仗助の意識を現実に引き戻した。
乱れかけたリーゼントを手櫛で整え、にかっと笑ってみせる。
「いやー、真面目に聞いてたけど、やっぱ何言ってんだか分かんねぇや。俺バカだから」
そう、今はこれでいい。
戦うのは自分の役割。
アルルゥの心を不安に晒すことなどないのだ。
仗助はアルルゥを抱き上げて、肩に乗せた。
その小さく軽い体躯は、少し力を入れるだけで壊れてしまいそうなほどに細い。
「ほら、行こうぜ、遊園地」
「ゆーえんち?」
「そうそう。あー、だけど今は動いてないかもな」
仗助はアルルゥに遊園地について話して聞かせながら、森の中を歩いていった。
目指すはアルルゥが見た『おっきなわっか』……観覧車。
地図の上でも遊園地は最大の施設だ。
自分達以外にも誰か訪れているかもしれないし、街へ到る道にも面している。
ひとまずの目的地としては最適だろう。
不意に――仗助は柄でもない想像に思考を傾けた。
もしここが殺し合いの場でなかったなら。
アルルゥと一緒に遊んでやるのも悪くないかもしれないな、と――
◇ ◇ ◇
ずる、ずる、ずる……。
コンクリートの地面に掠れた赤い帯が描かれる。
ずる、ずる、ずる……。
水気のない筆を這わせたような掠れた赤色。
ずる、ずる、ずる……。
生々しくも鮮やかな顔料は、乾くにつれて黒くなる。
ずる、ずる、ずる……。
帯の発端は観覧車。
帯の末端は死体を運ぶ金属の身体。
遊園地中央付近、G-3エリア。
ドラえもんは事切れた
カルラの亡骸を背負い、ただ歩き続けていた。
子供よりもなお低いドラえもんの背丈ではカルラを完全に支えられはしない。
上体を背に負って、両脚は地面に這わせている。
彼の辿った道筋を示す赤い帯は、カルラの骸から流れ出た血液の色だ。
もう動かない生身の身体に、動き続ける機械の身体。
俯いた大きな丸い頭には何の感情も見られない。
歩くという機能以外を全て喪失してしまったかのように、ドラえもんは歩き続けていた。
どれだけそうしていただろうか。
ドラえもんの行く道を遮るように、一人の男が立ち止まった。
「……おい」
その男のことは、ドラえもんも見知っているはずだった。
つい今しがた、カルラと死闘を繰り広げた男――"シェルブリット"の
カズマ。
「何で死んでやがるんだ……」
カズマは無言で通り過ぎようとするドラえもんの首輪を掴んだ。
百キロを超える重量を強引に引き寄せ、俯いていた雪ダルマのような頭を起こさせる。
カルラの亡骸が滑り落ち、地面に叩き付けられた。
投げ出された四肢は人形のようで、ついさっきまで生きていた人間の肉体だとは、とてもではないが信じられない。
「答えろ、青ダルマ! どうして死んだ!」
首輪を握り締め、カズマはドラえもんを揺さぶった。
横たわるカルラの肉体には幾つもの銃創が穿たれている。
先ほどの戦いのときには受けていなかった傷だ。
無論、カズマが与えた傷でもない。
ならば答えはひとつ。
戦闘が終わって今に至るまでの短い間に、誰かがカルラを殺したのだ。
仮に――もしもカズマが合理に身を委ねていたのなら、ここまで感情的にはならなかっただろう。
強敵が命を落とし、自分はこれ以上の消耗を免れた。
それは勝ち残るという目的にまた一歩近付いたことに他ならない。
だがそれは有り得ない仮定だ。
カズマという男はどこまでいってもカズマなのだから。
「答えらんねぇのか……?」
幾ら揺さぶられても、ドラえもんはその大きな口を開こうとしなかった。
視線は虚ろに、焦点すらも合っていない。
カズマは舌を鳴らした。
こんな様子ではカルラを殺した奴を聞き出すことなど望めない。
首輪から手を離し、辺りを見渡す。
まだ遠くには行っていないと踏んで探し回るしかないのか。
カズマの注意がそれた瞬間、ドラえもんが動きを見せた。
デイパックから光る何かを抜き出して、カズマの頭にぶつけようとする。
「――ッ!」
だが、歴戦を重ねたアルター使いとお手伝いロボットの差は、不意打ち程度で埋められるものではなかった。
カズマの足元の舗装が消失し、"シェルブリット"として顕現する。
思考を挟む隙間もない。
弾丸の如く放たれた拳が、ドラえもんの胴体を打ち貫く。
金属が拉げ、引き千切れる音が響き渡る。
原形を失った部品がオイルに塗れて飛び散り、でたらめな方向へ跳ねていく。
それは決して戦闘と呼べるものなどではなかった。
ただの一撃で、ドラえもんは全ての機能を剥奪されていたのだから。
しかし、一方的に打ち倒した側であるはずのカズマは、驚きに目を見開いて言葉を失っていた。
カズマの側頭部に太陽の光を反射する銀色の円盤が突き刺さっている。
いや、その表現は正確ではない。
円盤――DISCはカズマの肉体には一切のダメージを与えず、その内側へと侵入しているのだ。
カズマが左手で側頭部を押さえる直前、DISCは完全にカズマの頭部に埋没した。
「今、何しやがった」
"シェルブリット"がドラえもんの胴体から引き抜かれる。
オイルが剥き出しの土に滴って、粗い砂に染み込んでいく。
カズマの問いにドラえもんは答えない。
答えることなどできはしない。
これは初めから戦闘などではなかったのだと、カズマはようやく理解した。
ドラえもんの目的は別にあったのだ。
正体不明のDISCをカズマに埋め込むという目的が。
それがどのような効力を発揮するのか分からないが、無意味な代物であるとは考えにくい。
カズマの心中に沸きあがるのは、動揺、焦り、そして怒り。
特に、ただでさえカルラの死によって燻っていた憤怒は、ドラえもんの行為によって更に加熱していた。
その昂りは想像を絶し、後ほんの一押しで爆発してしまいそうなほどだ。
そして、その一押しは、音よりも速く飛来した。
カズマの左肩に、灼熱の棒を差し込まれたかのような痛みが生じる。
千分の一秒単位の間を置いて銃声が空気を割った。
――背後。
横に飛び退き、即座に振り返る。
そこにいたのは、カズマにとって見覚えのある女。
露出の多い服装に、後頭部で括られた髪の毛。
まさしく古城で出会った口の悪い女だった。
「あー、畜生。穏便に行こうと思ってたんだが……テメェのツラ見たら急に我慢が効かなくなったじゃねぇか」
女はうわ言のように呟きながら、再度カズマに照準を合わせた。
カズマが飛び退くとほぼ同時に銃弾が舗装材を削る。
「いきなり何しやがる!」
カズマはアルターに覆われた右腕を突き出し、拳を握った。
湧き上がる怒りはもう抑えられない。
目の前の女――
レヴィをぶん殴る以外の考えは思考の端に追いやられていた。
彼我の距離は十メートルほど。
カズマは地面を蹴り、一気にレヴィへ接近する。
放たれた銃弾が頬を掠める。
だがその程度ではカズマの突撃は止まらない。
繰り出される豪速の右ストレート。
レヴィは舌打ちひとつを残して横に跳んだ。
背にしていた売店の壁が粉砕され、木片が部屋一面に散らばっていく。
路面を転がりながら、レヴィは更に引き金を引いた。
不安定な姿勢ではあったが、カズマの脚を正確に狙った一射。
しかしそれもカズマが身を引いたことで掠めるに留まる。
カズマが体勢を整えたときには、レヴィは既に距離を離し、一方的に射撃できる間合いを得ていた。
ここから撃たれ続ければ、遠距離攻撃手段を持たないカズマの不利は決定的だ。
弾丸を浴びないためには狙いを定められないよう走り回るか、物陰に隠れておくしかない。
だが、カズマはそう考えなかった。
「衝撃の……ッ」
スプリングフィールドXDの銃口がカズマを捉える。
肩の赤い羽が砕けて消える。
「ファースト……!」
トリガーが引き絞られる。
カズマの右拳が舗装された地面を殴り付ける。
「ブリットォォォ!!」
撃鉄が作動し、銃口から9mmパラベラム弾が撃ち出される。
それとほぼ同時に、カズマの身体が砲弾のごとき勢いで宙に舞った。
"シェルブリット"を地面に叩き込むことによる跳躍を、可能な限りの低角度で実行することで、
爆発的な出力を前方への推進力へと変換する。
銃弾がカズマの脇腹の肉を抉るが、たかが9mm弾程度の衝撃力ではこの突進は止められない。
レヴィが咄嗟に左腕をかざす。
直後、その上から、カズマの拳がレヴィを殴りぬいた。
数十キロほどしかないレヴィの肉体は簡単に浮き上がり、地面を転がりながら吹き飛ばされていく。
抵抗らしい抵抗もできず、そのまま街灯に衝突して停止する。
起き上がる様子がないのを確かめて、カズマは長く息を吐いた。
「丁度いいタイミングだ。お前にも死んでもらう」
聞き覚えのない声がカズマの鼓膜を震わせる。
広場を闊歩する車掌服の男。
武器らしい武器は手にしていないが、視線ははっきりとカズマを捉えている。
カズマは右腕を引き、構えた。
言葉を交わさずとも理解できる。
奴もまた、この殺し合いを勝ち抜こうとしているのだと。
先ほどの戦いを目の当たりにした上で近付いているのなら、大した自信だというより他にない。
二枚目の羽が分解され、カズマの総身を加速させる。
「撃滅の、セカンドブリット!」
圧倒的速度で迫る拳に対し、男は回避する素振りすら見せなかった。
その代わり、男の背後に人間の姿が現れる。
大きさ、色形のどれを取っても、尋常な存在では有り得ない。
『オラァ!』
繰り出された拳が"シェルブリット"の側面を打つ。
その一撃で突進の軌道が逸らされ、カズマは男の真横を突き抜けていった。
十数メートルほど直進し、両脚で慣性をねじ伏せて回転するように反転する。
「アルター使いか……」
奇怪な形状の人型を形成した男の力を、カズマはそう解釈した。
男は肯定も否定もせず、人型を維持したままカズマに向き直った。
「悪いが命は諦めろ。俺は一刻も早くここから抜け出さなければならない」
「そうかい……。生憎だが、俺も同じなんだ」
確かめ合う必要もない言葉を交わし、男達は互いに駆けた。
どちらも譲れないものがあり、それを得られるのがどちらか一人である以上、潰しあうしか道はない。
衝突するのが早いか遅いかの問題だ。
カズマと"シェルブリット"
クレアと"スタープラチナ"
男達とその拳が正面からぶつかり合う。
"シェルブリット"と"スタープラチナ"の左拳が激突し、同時に右拳がカズマに迫る。
ハンマーのように叩き付ける一撃を紙一重でかわし、再度拳を構える。
『オラオラオラオラオラ!』
反撃の隙を与えず放たれるラッシュ。
散弾じみた連撃はもはや面攻撃の域に達している。
カズマはラッシュの一発一発に対処するのを放棄し、横に大きく飛び退いた。
一撃ごとの破壊力はともかく、手数は圧倒的にクレアが上回っていた。
真っ向からの打ち合いにおいて、この差はかなり響いてくる。
ただ殴りあうだけではいずれ押し切られてしまうだろう。
ならば自ずと選択肢は限られてくる。
全身を現した"スタープラチナ"がカズマに接敵し、拳を振りかぶる。
その瞬間、乾いた破裂音がして"スタープラチナ"の動きが鈍る。
一瞬の隙を逃さず、カズマは"スタープラチナ"のボディに拳を打ち込んだ。
「おらあっ!」
「……ッ!」
カズマの視界の隅でクレアが苦痛に身を屈める。
ダメージのフィードバックがあるアルターなのかと判断し、顎を狙って二撃目を放つ。
しかし超スピードの掌に阻まれ、逆に拳を掴まれてしまう。
「うおおっ……!?」
クレアに顔面を殴られ、更に"スタープラチナ"で力任せに放り投げられて、カズマは地面を転がった。
急いで起き上がるも、追撃はない。
"スタープラチナ"は従者のようにクレアの傍らに佇んでいるだけだ。
少しずつだが、カズマは"スタープラチナ"のスペックを把握してきていた。
パワーとスピードは洒落にならないレベルだが、絶影などと違って本体からはそこまで離れられないようだ。
推定だが大方2メートル前後が関の山だろう。
そして何よりの特徴は、アルターのダメージが本体にも跳ね返ってくるらしいこと。
これならまだ対処のしようがある。
片方を倒せば自動的にもう片方もくたばってくれるのだから、単純な一対二よりも気は楽だ。
戦闘を続行しようとするカズマに対し、クレアはやおら背を向けた。
その背中には、一センチにも満たない穴が穿たれ、生々しい血潮が流れ出ていた。
「まさかこんなに早く再会することになるとはな」
クレアの言葉はカズマに向けられたものではない。
右腕だけで拳銃を構え、こちらへにじり寄る女――レヴィ。
カズマが吹き飛ばしたはずの女は、明確な殺意を以ってクレアを睨んでいた。
無論、無傷であるはずもない。
左腕は原型を失い、方から先の全てが流血と内出血によって変色している。
前腕にひとつ増えた関節からは骨が覗き、使い物にならなくなっていることが一目で分かるほどだ。
だがレヴィは腕に負った重傷を感じてもいないかのように、片腕で銃弾を放った。
弾丸はクレアに届くことなく、"スタープラチナ"によって掴み取られる。
「あたしは嬉しいぜ? こんなに早くてめぇをブッ殺せるなんてなぁ!」
レヴィが立て続けに二度トリガーを引き絞る。
音速を超えて迫るフルメタルジャケットの弾丸を"スタープラチナ"のラッシュが弾き散らす。
スプリングフィールドXDから空のマガジンを排出。
ホットパンツに備えておいた予備のマガジンの先端にグリップを宛がい、自分の腰に押し付けて装弾。
レヴィが片腕での弾装交換を完了する直前、クレアは"スタープラチナ"に地を蹴らせた。
銃弾程度ならば"スタープラチナ"で対処できる。
クレアには己がレヴィに敗北することなど想像できていない。
ならば、そんなことは起こりえないのだ。
「無視してんじゃねぇ!」
クレアの背後から怒号が響く。
咄嗟に繰り出された"スタープラチナ"の拳と"シェルブリット"が激突する。
更にもう一方の拳が飛来する銃弾を弾く。
刹那、全く別の方向から現れた攻撃がクレアに襲い掛かった。
その場にいる誰もが驚きに目を見開く。
拳大の、凄まじい速度のコンクリート塊が、胴を庇うようにかざされたクレアの腕にめり込んでいた。
カズマとレヴィの対処に"スタープラチナ"を動員していなければ、直撃など許さなかったのかもしれない。
しかし現実にはそうはいかず、クレアはガードごと身体を浮かされて、真後ろの金網に衝突する。
むしろこの状況で防御を成功させたこと自体が奇跡的だと言えるだろう。
「よぉーし、命中ぅ」
闖入者はすぐに見つかった。
カズマとレヴィの戦闘で破壊された売店の残骸に、学生服姿の少年が寄り掛かっている。
不良然とした立ち振る舞いに、特徴的な形状のリーゼント。
そして、"スタープラチナ"と良く似た姿の人型。
「てめぇ……ヒガシカタ・ジョースケ!」
レヴィが仗助に銃口を向ける。
言葉の端々からも激しい怒りの情動が感じられ、それ以外の思慮などは消えうせている。
「お前ら、その模様は何だ? スタンド攻撃か?」
仗助は銃を向けられていることなど気にも留めず、三人の姿を見比べた。
そして、金網から身を起こしつつあるクレアを指差した。
「そんなことより、どうしてオメーがスタープラチナを使ってんだ。
まさか『スタンドを奪うスタンド』とかいうんじゃねーだろうな」
クレアは答えない。
冷静に無視しているというよりは、内心の憤りを抑えていて答える余裕がないといった雰囲気だ。
しかも、それはクレアだけではないようだった。
問いかけた仗助の表情からも、冷静さという要素が抜け落ちてしまっているように見える。
「黙ってろクソ野郎!」
スプリングフィールドのマズルフラッシュがレヴィの横顔を照らし上げた。
◇ ◇ ◇
ドラえもんがカズマに残したDISC――
それはエンリコ・プッチ神父が己のスタンド"ホワイトスネイク"によって作り出したものである。
"ホワイトスネイク"の能力は標的の魂をDISCという形で奪い取るものであり、
記憶を奪った『記憶DISC』とスタンド能力を奪った『スタンドDISC』の二種類が存在する。
ドラえもんが用いたのは後者。
スタンドの名は"サバイバー"
周囲の生物の怒りを誘発し、凶暴かつ好戦的に変えてしまう、いわば闘争を誘発するスタンドである。
能力起動の鍵は本体が怒ること。
怒りによって脳内に発生する僅かな電流の中に、このスタンドは出現する。
その後は本体の意思とは無関係に周囲へ伝わっていき、射程内にいた生物の大脳辺縁系を刺激し、闘争本能を呼び覚ますのだ。
射程距離は通常で半径十数メートル、電気の伝わりやすい環境下では数百メートルにも及ぶ。
これによって凶暴化させられた者は怒りと闘争心をどんどん増幅され、乱闘を起こし、時には殺し合いにまで至ってしまう。
程度は個々人の精神に左右されるものの、効果から完全に逃れることはできない。
更に"サバイバー"の影響は凶暴化のみに留まらない。
効果を受けた者の身体能力を限界まで引き出し、超人的な戦闘能力を与えると共に、痛覚をある程度麻痺させてしまう。
加えて、効果を受けた者同士では、互いの肉体的長所が光り輝いて見え、ダメージを受けた箇所が濁って見えるようになる。
能力のひとつひとつが凄惨な乱闘を招くために特化したスタンドだと言えよう。
では、ドラえもんはそのことを知らずにDISCを使ったのか?
答えは否だ。
殺し合いを円滑に進め得る能力であるためか、このDISCには能力概要を記した説明書きが添えられていた。
ドラえもんは"サバイバー"の能力を把握した上で、それをカズマに植え付けたのだ。
動機など一つしかあるまい。
手の届かぬ場所でのび太を失い、そして目の前でカルラを失った絶望。
それはドラえもんの感情をたったひとつに収束させてしまった。
――みんないなくなってしまえばいい――
自分ではなくカズマにDISCを使った理由も単純なものだ。
生物的な脳を持たないドラえもんに"サバイバー"のDISCが、あるいはDISCというモノ自体が適合しなかったからに過ぎない。
そもそも誰が"サバイバー"の本体になろうと関係はない。
ドラえもんの抱いた絶望は、こうして破局に続く騒乱を巻き起こしているのだから。
◇ ◇ ◇
「何なんですの、あの方達は……」
G-2エリア、お化け屋敷。
沙都子は入り口付近の茂みに身を隠し、広場の乱戦を傍観していた。
クレアとの戦いを切り抜け、どうにかクリスと合流しようと移動を開始した矢先、遊園地に銃声が響いたのだ。
その後も発砲音と破壊音は途切れることがなく、今もなお戦いは続いている。
右腕だけに変な鎧を着けた不良その1。
大怪我をしているのに銃を振り回す女性。
翠星石の命を奪った赤い髪の男。
そいつと似たようなモノを従えている不良その2。
四人はそれぞれ誰かの味方をするでもなく、他の三人に容赦のない攻撃を仕掛けていた。
沙都子自体は"サバイバー"の射程からは外れているが、死闘の気迫に晒されているのは、それだけで精神的な重圧となる。
もし見つかってしまったら。
もし攻撃されてしまったら。
現実味のある想像が重荷となって沙都子の心を圧迫する。
本人には知る由もないが、"サバイバー"の射程内にいなかったことは沙都子にとって幸運だった。
"サバイバー"によって闘争心を刺激されて戦いに加わっていたなら、最悪、真っ先に死体にされていただろう。
「あんなのに巻き込まれたらひとたまりもありませんわ」
デイパックを抱き締め、少しずつ後ずさっていく。
勝てるとか勝てないとかそういう次元の問題ではない。
今は生き残らなければならないのだ。
生き残って、翠星石のローザミスティカを彼女の姉妹に渡さなければならないのだ。
だから今は逃げる。
逃げて、逃げて、逃げ抜いてやる。
臆病者と思うなら謗るがいい。
誰に何と言われようと、翠星石との約束だけは果たしてみせる。
それが今の自分に架せられた戦いなのだと、沙都子は決めた。
不意に男の手が沙都子の肩を叩く。
「ひっ……!」
「あー、僕だよ僕」
沙都子は両肩を掴まれて、くるんと半回転させられた。
そこにあったのは、ひどく常人離れした、しかし見覚えのある顔だった。
「クリ……ス……?」
赤い白目に白い黒目、二重になった鋭い歯。
こんな外観の人間が二人といてたまるものか。
「あ……」
クリスの姿を見た途端、伝えたいことが次々と溢れ出してきて、沙都子の喉を詰まらせた。
逃げ出してしまったことを謝りたい気持ち。
犠牲になってしまった翠星石のこと。
しかし言葉にしようとすればするほど、気持ちが絡まって何も言えなくなってしまう。
口にすることが出来たのは、嗚咽にも似た意味を成さない声だけだった。
クリスは少しだけ困ったように首を傾げ、沙都子の頭に手を置いた。
「翠星石のことはもう知ってる。僕も南のゲートから入ってきたからね」
責めるでもなく、過度に嘆くでもなく、しかし冷徹でもなく、クリスは淡々と事実を伝えた。
優しく髪を撫でられながら、沙都子は顔を伏せた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
幾つもの思いを込めた『ごめんなさい』を聞きながら、クリスは沙都子の身体に腕を回した。
沙都子の軽い身体を抱き上げて、戦場と化した広場に背を向ける。
翠星石を壊した――いや、殺したのは、あの男に他ならないのだろう。
だとすれば、責任を負うべきは沙都子ではなく、無様に倒された自分であるべきだ。
敵を討つのなら、標的が乱戦に巻き込まれている今こそ好機に違いない。
だが、それでも自分はあの男を殺せない。
殺せるはずがないのだ。
(情けないなぁ……)
クリスは内心で自嘲しながら、人間離れした速度で広場から離れていった。
◇ ◇ ◇
狭い箱の中、アルルゥはひとり膝を抱えていた。
アルルゥがいるのは、サーカスのテントの用具室の一角、四方が一メートル以上はある木箱の中。
元は何を入れていたのかも分からない大きな箱に、二人分のデイパックと一緒に収まっている。
彼女がこのような状況になった理由を解説するには、しばし時間を遡らなければならないだろう。
放送が終わり、一キロ近い距離を移動して遊園地に踏み込んだ仗助とアルルゥを迎えたのは、一発の鋭い銃声であった。
超越的な視点から見れば、それはレヴィが最初にカズマへ放った銃弾なのだが、そのときの二人にはそれを知る術はなかった。
仗助は遊園地で何かが起こっていると即座に察知したが、すぐ現場に駆けつけようとはしなかった。
もしも自分一人で動いていたのなら、仗助は深く考えずに突っ込んでいたかもしれない。
だが、アルルゥを連れたままで危険に飛び込むわけにはいかなかった。
それは数度の戦闘と放送を経て確信したことであり、仗助にとって譲れない一線であった。
しかし、だからといって銃声の原因を放置しておくわけにもいかない。
確認に行かなかったせいで奇襲を受けては目も当てられないだろう。
危険な輩がいるのなら、早い段階で対処するなり警戒するなりしておく必要がある。
そのためにも一応の偵察は必要であるといえた。
相反する二つの必要性に挟まれ、仗助は必死に頭を働かせた。
アルルゥを危険に晒さず、尚且つ銃声の原因を探ることができる方法。
それを実現すべく、仗助が思いついた案は、アルルゥを安全な場所に隠しておくことであった。
仗助が選んだのは南門から程近いサーカステント内部の用具室であった。
まず、流れ弾などが当たりにくい室内である点。
次に、用具が散乱していて隠れても見つかりにくいであろう点。
これらの点から、仗助はここが隠れ場所に適していると考えたのだ。
アルルゥを大きめの木箱に入れ、蓋を閉める直前、仗助はアルルゥに笑いかけた。
『すぐ戻ってくるからな。大人しく待ってろよ』
決して嘘を吐いたわけではない。
仗助の誤算は、戦場と化した広場に"サバイバー"が拡散していたことだった。
少しだけ様子を伺って戻ってくるつもりが、不幸にも設備を構成する金属や電線、
地面に散った多量の血液を伝って拡大した"サバイバー"の射程範囲に捕らわれ、
他の三者と同様に過剰な戦意を駆り立てられる羽目になってしまったのだ。
それでもアルルゥは待ち続ける。
狭くて暗い箱の中、愛らしい尻尾を左右に振りながら。
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最終更新:2012年12月02日 19:05