止まらない世界◆Wott.eaRjU
唐突な話だが
クレア・スタンフィールドには類まれな力がある。
幼少の頃からサーカスの一団に身を置いた賜物と言える身体能力。
本人曰く自分は絶対に死なない。何があろうとも揺るがない自信。
当然、日常で抱く恐れもないし非日常であっても変わりはない。
たとえ、列車占拠を計画したテロリストの集団であろうとも。
たとえ、思考の螺子が緩んだ殺人鬼でもあろうとも。
たとえ、ホムンクルスと呼ばれる殺し屋であろうとも。
変わらない。
きっとクレアはいつも通りに戦うだろう。
自分が負けるわけがない。
そう思いを定め、只、いかに敵を沈黙させるための手順を踏めばそれだけで彼に勝利は訪れる。
何故なら彼にはそれを成すための力があるためだ。
身体を動かすこと、専ら戦闘行動に関してクレアは他者の追従を許さない。
その異常過ぎる力故にクレアの事を“天才”と称する者は少なくない。
そう言われて気分を良くする者は居るだろう。
寧ろ“天才”とは一種の褒め言葉でもあり、気分を害する事はあまり考えられない。
言葉を発する側も、受け取る側もきっと恐らく。
だが、クレアにとって“天才”の呼称は一種の侮蔑にも等しかった。
クレアの力は先天的なものではない。
確かに素質はあったかもしれないが、それだけでは今のクレアはないと言っていい。
無駄なものを全て削ぎ落し、本当に有益な筋肉しか残していない肉体。
銃器やナイフといった武器の扱い方も生傷を作りながら培ってきたものだ。
決して一夜で生まれたものではなく、才能という言葉で済まされるものではない。
血の滲むよう努力、楽だったと語る事などとても出来そうにない日々。
そうした積み重ねが今のクレア・スタンフィールドを作った。
他の誰でもない、唯一の存在である彼自身を。
たとえ、何があろうともその過去に変わりはない。
そう。たとえ、何があろうとも……クレアにとって予想の範疇を超えた事が起きようとも。
――変わる事はない。今も、そしてこれからも。
◇ ◇ ◇
ざらついた感覚が舐めるように背中を走る。
何度思った事だろうか。
烈火を連想させる赤髪の男――クレア・スタンフィールドは一人考える。
両眼の視界が捉えるものは数時間前からずっと変わる事はない。
なんて事もない。特に趣向を凝らしたわけでもない天井がある。
それは参加者に配られた地図には記載されなかった一件の民家からの光景。
備え付けられたベッドに背中を預け、クレアは休憩を取っていた。
「……まさかな」
土砂降りの雨ではない、止みかけた降雨から最後の一雨が降りるようにぽつりとクレアは呟く。
誰に聞かせるわけでもなく、そもそも聞くべき人間は誰一人としていない。
只、思わず洩れてしまった言葉であった。
もう既に何回もその言葉を口にしてしまったというのに。
聴衆が一人でも居ればクレアの様子を端的に評したかもしれない。
『信じられない』――そういう風にこの人は言いたいんじゃないか、と。
事実、その感想はあながち外れというわけでもなかった。
「この俺がここまでヘマをかますとは……まったく、どうしたっていうんだろうな」
チラリと視線を右の方へ傾ける。
直ぐに、石のようにかたくなに沈黙を続ける己の一部分が目に入った。
今まで使い慣れ親しんできた、そしてこれからは碌に動かせそうにない。
先の戦闘でコンクリートを取り込まされ、多大な障害を負った自分の右半身がそこにあった。
原因でもある乱戦。
あの戦いはそう呼ぶのに相応しかった。
奇天烈な腕を持った男が戦いに参加していた頃は妙に身体が湧きたつ感覚があった。
だが、別段その事について特に言う事はない。
あの感覚は自分を恨んでいるであろう女が居たせいだろうか。
『必ず殺す』――紛れもない殺意を込めた瞳を映した女、
レヴィ。
また会えたらいいな、そう言葉を残して別れた女とこんなにも早く再会出来た。
嬉しいというわけではない。只、珍しいなとは思った。
他にも参加者は居るだろうに、またレヴィと出会うことになったと思えば思うほど不思議だった。
そう。まるで万物の力が自分達を手繰り寄せたのかと思う程に。
『運命』という言葉が果たして眉唾ものでないのだとしたら、こういう機会に使われるものなのかとクレアは感じた。
だが、その『運命』――本当にあるかどうかは判らないが――とやらは同時に招かざる厄災も落としていったようだ。
「
東方仗助とクレイジーダイヤモンド……それがアイツらの名前。忘れたくても忘れられそうにはない……か」
最期に戦った男。
どことなく自分の車掌服にも似た、されども漆黒の服に身を包んだ男が忘れられない。
いや、彼――東方仗助だけがクレアにここまでのダメージを与えたわけではない。
最大の原因は仗助が使役した人形であるクレイジーダイヤモンドの存在。
クレイジーダイヤモンドの特性がクレアの身体を破壊してくれたのだった。
破壊という表現は似合わないかもしれない。
コンクリートの色と元の肌の色がごちゃ混ぜになり、いいようのない変貌を遂げたが辛うじて原形はある。
しかし、右半身の機能を考えれば話は別だ。
今まで殺し屋として生き抜いていたクレア・スタンフィールド。
まさに敵なしを欲しいがままにするかのような戦歴の軌跡は最早描きようもない。
右腕だけならまだしも視力は奪われ、遠近感すらも確かではない。
更に付け加えるように右脚もまたコンクリートと混ざり、疾走はおろか歩行すらも危ういといえる。
今更どうしようもなかった。
幾ら彼の周りでこの世界が廻っていようとも、自然と己の負傷が治っていく奇跡は起こりはしない。
たとえ、どんなに願おうともクレアに応えてくれるものは誰も居ない。
ほんの少し空いた窓の直ぐ傍を通る風の音しか聴こえるものはなかった。
「なぁ……後悔はしているか?」
そんな時、ふとクレアは問いかける。
視線の先には依然として右腕があった。
少し動かすのも難しい、彼自身の腕だ。
自分の一部分、いうなれば自分の分身の一つであり生まれた時から備わっていた大切な右腕。
当然、意思を持ちようのない右腕はクレアの言葉に何も答えない。
そもそも質問の意図が不明瞭だが、なにもクレアは必ずしも戻ってくるものとは期待していない。
只、そう言葉を洩らしたかっただけであった。
――お前は俺だ。
きっと何も返っては来ない。
右腕は――酷い姿になった自分の一部は意思を伝える術は持たない。
精々痛みによる感覚を神経を通して自分に訴えてくるだけのものだ。
判っている。判り切っている事だが切なさは残る。
両脚、両腕とはいわず自分の全てと感情を分かち合えれば良いのに。
今まで思いもしなかったことをクレアは切に願った。
理由は一つ、これほどまでに身体が破壊しつくされた事はなかったためだろう。
右腕を、潰された右半身を眺める度に申し訳なさが込み上げる。
――俺はお前だ。
右腕にとって考えれば気休めにもなりそうにないが、そう言ってやりたかった。
破壊された事で自分にとっていかにこの身体が大切なものか判った。
銃器やナイフといった武器でどれだけ身を固めようとも、結局信じられるものは自分自身のみ。
幼少の頃から鍛えたこの身体がクレアの自信を裏付けるための大前提であった。
だが、右半身は既に酷い有様となり、“葡萄酒(ヴィーノ)”や“線路を辿る者(レイルトレーサー)”としての動きは期待できそうにない。
残ったものは無事であった左半身と、クレイジーダイヤモンドと同じ力、『スタンド』の一つであるスタープラチナぐらいだ。
――お前は俺じゃない。
されども、スタープラチナに関してあまりいい気はしない。
確かに素晴らしい力だとは思う。
人間では無理な、自分ですらも難しいほどに速い拳のラッシュ。
意識の共有ができ、まさにもう一つの目を得たような感覚すらも与えてくれるスタープラチナ。
しかし、スタープラチナはクレア自身の力ではない。
スタープラチナを操るためにクレアに課せられた事は何もなかった。
何の苦労もなければ碌な時間すらも必要としなかった。
只、奇妙なDISCを頭に差してそれだけで人一人容易に殺せる力が手に入る。
呆気ない。あまりにも呆気ない。
幾ら自分の廻りで世界が回っていようとも、こんな堕落した力を自分が得る事になるとは。
これでは一緒だ。
努力の末、超人的な力を得た自分を『天才』の言葉で片付けた奴ら共。
まさにスタープラチナは彼らのいう天才――否、一種の才能に即した力のようだ。
自分自身の身体を動かす必要はなく、もう一つの自分を動すような感覚で使役する。
少なくとも自分の知識にはない。自分の知らない力であるとクレアは改めて実感する。
そんな力を喜んで使うようではやはり何かが可笑しい。
彼自身が、何かの拍子でスタープラチナを発現させたのなら未だ見込みはある。
されど、才能という言葉で収められる力を何よりも嫌うクレアにはスタンドは相性が悪い。
スタンドの中にも能力を磨いた末に発現するものもあるが、今のクレアには判る筈もない。
故に初めてスタープラチナを手にした時の高揚感は最早なかった。
スタープラチナの力が自分の信ずる力とは違うせいか。
若しくは単純にスタープラチナの力に飽きたせいだろうか。
恐らくは前者の方に比重があると思える。
だが、今のクレアにはスタープラチナはなくてはならないものであった。
――俺はお前じゃない。
それは一種の強がりのようにも思えた。
今のクレアは碌に歩く事も出来ない。
スタープラチナを己の支えにする事で漸く歩行が可能となる。
ベッドへ横になるだけでも少しばかりの時間を要したのがいい証明になるだろう。
しかし、クレアはじっとしているわけにもいかない。
クレアには何としてでもここから抜け出す理由があるのだから。
ゆっくりと身体を起こして、窓の外に映る景色を見やる。
誰も居ない――自分が戦うべき参加者は一人も居ない。
たとえ、こんなボロボロな身になろうとも、クレアは隠れ続けるわけにはいかない。
「そうさ。行かなきゃ、な……」
殺し屋は依頼主からの依頼を以って初めて仕事に取り掛かる事が出来る。
この殺し合いにはクレアの依頼主は居ない。
クレアに依頼を頼む参加者も今のところ居ない。
だが、生憎クレアは殺し屋であると同時にもう一つの顔を持っていた。
裏の仕事を行うに全く必要とは思えない笑顔を振りまいて。
未だ知れぬ体験や光景に胸を膨らませる人々に快適な旅を送る。
ガタンゴトン、と鉄のレールを疾走する箱舟への案内人。
それはクレアが誇りにする仕事であった。
「……車掌がいつまでも道草を喰ってたら、乗客達が不安がるってもんだろう」
車掌。それも豪華列車の車掌を務めていたクレア。
失業はしておらず、今も車掌業は健在だ。
ならば、仕事を放棄するわけにはいかない。
なんとしてでもフライング・プッシーフット号の到着を見届けなければならない。
そのために自分は戦う意思のない少女らしき存在を手に掛けたのだ。
最早、戻る事も止まる事も許されない。
自分は絶対に死なない――只、その自信だけは今も曇らせることなく、クレアは依然として殺し合いに身を投じていく。
【G-3南部 とある民家内/1日目 昼】
【クレア・スタンフィールド@BACCANO!】
[状態]:疲労(小) 拳に血の跡 脚にいくらかの痛み、左肩にわずかに切り傷、背中に銃創、腹部・胸部・右頬にダメージ(中)、右拳の骨にヒビ
右半身がコンクリートと癒着(右目失明、右腕並びに右脚の機能喪失等)
[装備]:スタンドDISC『スター・プラチナ』@ジョジョの奇妙な冒険
[道具]:支給品一式×2 未確認支給品0~1
[思考・状況]
1:優勝し、ギラーミンから元の世界へ戻る方法を聞き出す。
2:優勝のために他の参加者を殺す。迅速に、あらゆる可能性を考慮して。
3:レヴィ、ウルフウッド、梨花、沙都子、クリス、
カズマと再び出会った時には彼女らを殺す。
4:フィーロを殺した相手が分かったら、必ず殺す。
5:スタープラチナに嫌悪感
【備考】
※何処へ向かうかは後続の方にお任せします。
※参戦次期は1931~特急編~でフライング・プッシーフット号に乗車中の時期(具体的な時間は不明)
※フィーロがいたことを知りましたが、名簿はまだ見ていません。
※ほんの一瞬だけ時間停止が可能となりましたが、本人はまだ気付いていません。
※梨花が瞬間移動の能力を持っていると思っています。
※右半身の数箇所がコンクリートと一体化しました。余分なコンクリートはスタープラチナが破壊しましたが、機能は戻っていません。
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最終更新:2012年12月03日 03:46