葡萄酒(ヴィーノ)の残滓◆SqzC8ZECfY



方向音痴になるのはどうしてかと言えば、場所を覚えられないのが主な原因である。
大概の人は、あの角にコンビニがある、二つ目の信号を右に曲がれば大きな工場がある、とか、一度通った道の目印を覚えているそうだ。
しかし、方向音痴の人間は全然覚えられないのだ。
なぜなら、目印が『トラックが停車していた』とか『取り壊し中の店』などを目印にしているから、次に同じ道を通った時にその目印がなくなっていてダメという事らしい。
まぁ、並の方向音痴君なら、この点に気をつければ問題ないだろう。
しかし筋金入りの方向音痴は、目印など覚えない。
どういう道だったかなんて一切問題にしない。ただ、直進あるのみだ。
だから、方向音痴にアドバイスなど無駄なのだ。
記憶力を養う事も大切であるということか。
あと普通の人の方向感覚は、多分、こっちに進めば海に出る、こっちは西だ、と直感的に分かるらしい。
もちろん生活していく上でコンパスなんか持ち歩かないし、太陽の位置や道路標識を見れば問題ないはずだ。
しかし方向音痴のヤツは、東に進もうとして夕日に向かうのだ。むしろもっとも得意な行動だ。
特に高速道路に乗る時など、道路がクルクル回っていると本当に迷う。道路標識を見ているのに、

「この道は違う!行きたい場所からどんどん離れているに違いない!」

と、正しい道を引き返すのだ。無論、逆もある。
鉄則としては、標識は正しい。
間違っているのは自分と心得よ。
心得ない場合はどうなるのか?
――こうなる。




「……どこだここは」


   ◇   ◇   ◇


森の中。
木々の狭間から陽光がこぼれ、葉のざわめきとともに地面に描く陰影の模様を変化させる。
それを踏みしめる男の足。
黒いズボンから赤黒い液体が垂れている。
血だ。
出所はすでにべっとりと染まっており、相当な量が流れたことが見て取れるが、男の足取りがふらつくことはない。
だが一旦止まって周りを見てからまた歩き出す動作を繰り返す。
それが意味するところはただ一つ。


迷子。


それがロロノア・ゾロの現状だった。

「あー、と……病院への道程に森なんかあったっけな……まーいーや、書いてなかったんだろ」

間違っているのは自分だということにまったく気付かない。
いや、この男の場合は大雑把過ぎるだけなのかもしれない。

誰かこの男に、刀に向ける神経の細かさを少しでも方向感覚に分けてやれと言うべきか。
そしてここで豪快にゾロの腹がなった。

「そういやメシ食ってなかったな。食えば少しは傷も治るだろ」


治りません。


ゾロはデイパックから食料と水を取り出し、そのまま森の地面にどっかりと座り込む。
食料はサンドイッチと乾パン。
味も素っ気もない、と人によっては思うかもしれないがゾロにそんな神経はない。
食えるときに食う。
とにかく食う。
極限まで食う。
まるでどこかの野生動物のようだとか言ってはいけない。
がつがつ。
もぐもぐ。
むしゃむしゃ。
ごくごくごくごく。
げふっ。
もぐもぐもぐ。
むしゃむしゃむしゃ。
もにゅもにゅ、ぐびぐび。
げっぷ。
そんな擬音だけが静かな森に染み渡り、そしてしばらく時間が過ぎる。
ゾロはデイパックにあった食料と水全てをたいらげてしまった。

「あー……ま、食ったな。ご馳走様」

最後にもう一つ大きなげっぷ。
そしてまた歩き出す。
方向など、もはやわかっていない。
いや、本人は分かっているつもりだ。
――地図だと右上だから右のほうだな、と。
そしてそんなことで目的地はおろか、森からも出られるはずも無く。
しばらくたっても相変わらずゾロはあてどなくさまよう羽目に陥るのだった。
そして数十分後。

「……くそ、メシ食ってマシになったとはいえ……いてえな」

ゾロは顔を歪めて呟いた。
普通ならばそれどころではない怪我なのだが、痛いで済むのがらしいといえばらしい。

「……あ?」

眼前に高さ数メートルほどの斜面があった。
草木の茂みに覆われており、土肌は殆ど見えない。
ところどころ斜めに樹木が生えており、あまり光はあたらないポイントのようだった。
そんな自然の中に一つだけ人工物が見えたのだ。
よく見ればそれはゾロが方に背負うデイパックと同じもの。
それが斜面の途中にある樹木の幹にひっかっていた。
ゾロはそれを確認すると周りを見る。
少なくとも人の気配はない。それどころか動物や虫なども。

「……おい、誰かいるのか?」

返事は――ない。
これがここにあるということは、自分と同じようにここに放り込まれた誰かがいたということだ。
そしてこんなところに落としたのは何故だろうか。

何かアクシデントがあったのか。
ともあれゾロは回収を試みる。
助走をつけて斜面を蹴るように駆け上がった。
斜面の角度はかなりきついが、ゾロは軽々と荷物が引っかかっている木の場所へと辿り着く。
デイパックを手にとって、木の幹に身体を寄りかからせながら中身を確認した。

「お、地図がある。食いモンも、ってーか手付かずかよ?」

開けるとそのなかには全ての支給品が何一つ欠けることなく存在していた。
とするとこの持ち主は何らかのアクシデントでこれを落とした可能性が大きい。
気の毒とは思うが、地図も食料もないゾロにとっては天の助けだ。
ありがたく頂いておくことにしようと、自分の荷物をその中に詰めなおした。

「しっかし、何でも入るなあ。まー原理はわからねえが便利なのは確かだ……ん?」

妙なにおいがする。
ゾロの眼が野獣の光を帯びる。
それはほんの僅かな匂い。
吸い込むと、喉の奥の粘膜に張り付く空気のべたつき。
それを唾ごと飲み込んだときに生じる微かな鉄の味。
そこにはじっとりと生臭いものが混じる。
――おびただしい血の匂い。
ゾロの数え切れぬほどの修羅場をくぐった経験がそう結論を出した。
斜面の上を見上げる。
まぶしく陽光が降り注ぐ、一見のどかな森の風景が、今のゾロには不吉に写っていた。

「……」

無言のまま、だが躊躇うことなく一歩を踏み出した。
行き先は匂いの発生源だ。
ざっ、ざっと一歩一歩斜面を踏みしめ、のぼる音だけがある。
そして足音が止んだ。
ゾロは斜面を登りきって、眼前に広がる平坦な地面を見る。
そこには仰向けに倒れた男の死体があった。
だが首から上が、ない。
まるで絵の具をぶちまけたように赤黒い血の花が、頭部があったであろう場所を中心に広がっていた。
見れば細い手足にはあまり筋肉がついておらず、日に当たったことがないかのように真っ白な肌の死体だ。
襲われ、ろくな抵抗も出来ずに頭部を潰されたか。こんなもやしのような身体では無理もない。
ゾロはそう判断した。
近づいて更に注意深く調べる。

「ひでえ殺し方だ……完全に頭が潰れてやがる」

粉々に砕かれ、もはや原型は留めていない。
これはゾロがあずかり知らぬことだが殺した男は、あまりに凄惨なやり方によってその標的の血肉が飛び散る様を、葡萄酒(ヴィーノ)と怖れられた殺し屋だ。
この地面を染める大量の血も彼らしいやり方を如実に表すものだといえる。
ゾロが拾った荷物は、この死体か、またはこいつを殺した者が戦闘のドサクサで斜面に落としたものなのだろう。
血の固まり具合をみるに、すでにかなりの時間が経っている。
明け方、もしくは夜の暗い森の中では回収することは難しい。
こうして放置されていたのも無理はない。

「ん? こいつは……」

見れば潰れた頭の下、首の辺りにゾロと同じ首輪が取り付けられていた。
それはまぎれもなくこの殺し合いに巻き込まれたものの印だ。

完全にあごの骨が砕かれ、顔の肉は飛び散り、首の骨がちぎれた首の肉の合間から見え隠れする。
このまま上にずらせば首輪を取り上げることができそうだった。

ウソップがいればこいつをいじってなんとかできたかもな……」

すでに死んだと思われる仲間の名前を呟く。
だが他にもからくりに強い者に会えれば、これも何かの役には立つかもしれない。
ゾロの首にも巻きついているこれを外すことが出来るならば、そのための足しになれば――。
そう考えて、死体から首輪を外すべく手を伸ばした。

「すまねえな……」

邪魔な頸骨をへし折って、それから首輪はあっさりと外れた。
手にとって眼前に掲げ、じっくりと眺める。
そのときだった。
一瞬にも満たない時間だった。
首輪が輝きを持ち、何かが響いたのだ。
鈴のような、声のような何かが。
それはゾロにはこう聞こえた気がした。







  • ――力は等しくなる。







「……!?」

すでに光はなく、声のような何かは聞こえない。
ゾロの周りにはただ森があり、死体があり、首輪があるだけだ。

「なんだ……?」

この見知らぬ土地に放り込まれてから、ゾロは自分の身体に違和感を感じていた。
動きが微妙に鈍くなるような微かな違和感だった。
それからすでに半日近くたち、それはすでにほとんど意識しなくなっていた。
だが、あの一瞬。
はっきりとまた違和感を感じたのだ。
手を動かす。
怪我していないほうの足もそうする。
微妙な違和感は相変わらずだ。
少なくとも先ほどと比べて変化は感じられない。

「だったら今のはなんだったんだ……?」

あの光は何なのか。
あのときだけ違和感を強く感じた。

「こいつは……持っておいたほうがいいか」

何か秘密があるのかもしれない。
ゾロは首輪をデイパックに入れて、しっかりとその口を閉じた。



【H-2 森/一日目 昼】
【ロロノア・ゾロ@ワンピース】
[状態]疲労(中)、全身にダメージ(大)、左腿に銃創
[装備]八千代の刀@WORKING!!、秋水@ワンピース、雪走@ワンピース
[道具]支給品一式×2(食料と水一人分消費)、麦わら海賊団の手配書リスト@ワンピース、迷宮探索ボール@ドラえもん
    不明支給品(1~3)、一方通行の首輪(血がこびりついている)
[思考・状況]
 0:何だ今の声は?
 1:傷を治す為病院に向かう。
 2:ウソップの仇打ち
 3:ゲームにはのらないが、襲ってきたら斬る(強い剣士がいるなら戦ってみたい)
 4:ルフィ、チョッパーを探す。クーガー、橘あすかにも合ってみたい。リーゼントの男にも興味
 5:首輪の秘密が気になる。
 6:金ぴか鎧(アーチャー)は次に会ったらただではすまさない。




 ※参戦時期は少なくともエニエスロビー編終了(45巻)以降、スリラーバーグ編(46巻)より前です。
 ※吉良吉影のことを海賊だと思っています
 ※黎明途中までの死亡者と殺害者をポケベルから知りました。
 ※入れ墨の男(ラズロ)が死亡したと考えています
 ※圭一に関しては信用、アーチャーに関しては嫌悪しています。
 ※雪走が健在であったことに疑問を抱いています。
 ※第1回放送を全く聞いていないので、ウソップ以外の黎明及び早朝の死亡者、
  禁止エリアを知りません。
 ※大阪(春日歩)から、危険人物としてクーガー、カズマ、ヴァッシュの情報を教えられました。
 ※不明支給品は一方通行のものです。
 ※H-2の森の中にからのデイパックが放置されています。



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最終更新:2012年12月03日 03:48