それは誰にも聞こえぬ歌――勇侠青春謳(後編) ◆Wott.eaRjU
死者十三人。
唯一知っている
御坂美琴の名前はなし。
流石はレベル5というべきだろうか。
声にはしない賞賛を込め、土御門も冷静に事実を理解する。
刻一刻と減っていく参加者の数。
最終的に犠牲にする人間の数が減っていくのは喜ばしいことなのだろうか。
答えは出ない。たとえ、出したとしても自分のやる事は変わらない。
だから、意味なんてない。
(さて、まだまだ交渉は終わってないんだぜい)
やがて土御門も己の荷物に手を掛ける。
死者の情報も、禁止エリアの位置も既にメモは済んでいる。
取り敢えずこの場でやるべき事は消化済み。
ならば再びこの交渉に臨む――その時、宙に浮かぶものがあった。
(――っ)
机だ。なんの突拍子もなく上方へ昇るように舞っている。
いや、直前に強烈な衝撃音が響いた。
一体どこからと、考えるよりも先に目の前に黒い影が躍り出た。
そして続けて起こるは視界のブラックアウト。
その影に自分の顔を掴まれたと判ったのは秒に満たすか満たないかの境目。
しかし、あまりにも遅い。
土御門がそれを認識したのはフワリと身体が浮いた瞬間。
やがて飛んだ。弾丸のように、わけのわからない加速を以ってして。
まるで背中にワイヤーを引っ掛けられ、もの凄い力で引っ張られたような――。
そう思った瞬間には衝撃が頭から走っていた。
痛てぇ――淀んでいく意識の中、土御門の感覚はそれだけしか許されなかった。
◇ ◇ ◇
「……どういうつもりだ」
まるで一迅の嵐が過ぎ去ったような教室で
サカキが言葉を吐き捨てる。
その爪後は小さい。小規模ではあるが散乱した場所一点に視線を注いでいる。
サカキだけではなく
水銀燈も表情を強張らせ、ただ、前を見据えている。
廊下側のドアに頭から突っ込み、血を垂らしながらピクリとも動かない土御門。
そんな土御門と窓側に立つサカキと水銀燈の間に位置する人影は一つ。
「ああ……一つ言い忘れていたな」
そいつは椅子に腰かけた体勢から右足を振り上げただけで机をいとも容易く蹴り飛ばした。
そいつは次に机に気を取られた土御門の顔面を、ボールを掴むような気軽さで右手で握りしめた。
そいつは次の次に右手を軽く振りかぶり、土御門の体重を感じさせないような素振りで投げ、ドアに血飛沫を滴らせた。
そしてそいつは次に振り返ることなく、背中を向けたまま口を開いた。
「私は“魔王”ゼロ――もう一度初めまして、と言っておこう」
響くものは限りなく底冷えのする声。
やがてゼロの身体はサカキと水銀燈の視界からロストする。
否、消えたわけではなく、人並み外れた筋肉を総動員した結果生まれた圧倒的な速度を以って――駆けた。
「そしてさようならだ、只人よ」
咄嗟に両腕に黒鍵を握り、交差させる形で構えたサカキにゼロの拳が飛び込む。
◇ ◇ ◇
教室の床に転がるものがある。
それは派手に倒れた机、未だ動こうとはしない土御門の身体。
そしてそれら以外に散らばるものがあった。
バラバラに粉砕された刀身。
サカキに支給された黒鍵二本分の成れの果てであった。
「……カッ、ハァ…………」
直ぐには思うように声が出せない。
サカキが先ず思った事はそれだ。
次に自分の身に起こった事を思い返す。
判りきった事だ。全身をのたうち回る痛みが全てを教えてくれる。
黒鍵の刀身を拳一つで殴り砕き、そのまま左頬へ突き刺さった。
耐え切る事は叶わず、衝撃の方向へ仰向けに倒れ込んだ。
映る景色はゆらゆらと揺れる教室の天井しかない。
そしてサカキは頭を上げながら絞り出すように声を上げる。
「理由ぐらいは、教えてもらいたいものだな……」
見据える方向はたった今自分を殴り飛ばしたゼロへ。
ゼロの横には水銀燈の姿もあるがどうやら彼女も困惑しているようだ。
何も言わず傍観者として振舞ってはいるが、心なしか腰が退いているのは気のせいだろうか。
だが、現在サカキの注意は水銀燈の方ではなくゼロの方へ向いている。
今も歩を進め、確実にサカキの元へ近づきやがて立ち止まった。
「状況が変わった……そう思っていただければ結構だ」
多くは語らない。
具体的な内容は見えてこない。
しかし、サカキには覚えがあった。
以前にも顔を合わせたことがある。
今のゼロと似たような臭いを醸し出す人間はもう一人居た。
その人物は一度は自分と行動を共にした人間であり――
自分ではなく他人のために殺し合いに乗った経緯を持っていた。
「……呼ばれたのか。誰か、キサマにとって大事な存在が……」
既に声を出すのすらも苦しい。
幾度の血液を代償にした言葉に返事はなかった。
距離を考えるに聞こえていない筈はない。
ただ、ゼロは上からサカキを見下ろすだけだ。
表情が見えずとも判る。
こいつは、とてつもなく冷たい目で自分を眺めているだろう。
このまま殺されるしかない自分を……反論は出来なかった。
抵抗の意思は消えていない。
が、それを成し遂げるための術は持ち合わせてはいない。
殴られた衝撃でデイバックを落とし、支給品を取り出す事は出来ない。
出来ることといえばたった一つ。
ゼロの沈黙を自身の疑問への無言の肯定として受け取ることぐらい。
この状況での豹変を説明するにはそれしか考えられなかったのだから。
やがて襲ったフワリと浮きあがる感覚に身を任せ、首筋に圧迫が走る。
首輪よりも少し上の辺りに。
呼吸すらもままならない。
(……案外、あっけないものだな…………)
ゼロからの力が強まる度に昔の映像が浮かんでいく。
いろんな事があった。
故郷、トキワから始まり、一言では言い切れない過程を経て。
勿論その道筋には山や谷があったが常に変わらない事があった。
ポケモン――ロケット団ボスである以前に、ポケモントレーナーとして名を馳せていたサカキの誇り。
彼らはいつも自分の傍に居た。
特にトキワの森で手に入れたポケモンとはこの先離れることはないと思っていた。
だが、今は居ない。慣れ親しんだボールもあるべき場所には何もない。
懐かしさに塗れた記憶に揉まれながらただ、その事実には悲しさを覚える。
全身から力が抜けていく最中、最期にサカキの意識に残ったものは――
(もう一度見ておきたかったが…………仕方、あるま……い…………)
昔、生き別れになった我が子の姿だった。
◇ ◇ ◇
「……死んだか」
誰に言うわけでもなくゼロは呟く。
既に生気を失ったサカキの首から腕を放し、程なくして彼の身体は床に倒れ伏す。
サカキの身体は年齢にしてはよく鍛えられたものだがゼロには届かない。
不老不死の魔女、C.Cと契約し悪魔の如き力を得た魔王ゼロには遠く及ばなかった。
スーツ越しに良く強調された肉体は文字通り鋼鉄そのものだ。
全長3メートルを超えるロボット、KMFの蹴りすらも負傷にすら入らない。
人間離れしたゼロの身体能力がたとえ制限されていようとも、その力が強大である事に変わりはない。
故に最初の一撃でサカキの脳を揺さぶり、片手で彼の首の骨を折る事もゼロには容易であった。
「さて、待たせたな――」
そしてゼロはゆっくりと振り返ろうとする。
この場にはもう一人登場人物が居るのだから。
今まで自分と行動を共にした少女。
いや、正しくは少女人形――言い変えるのは面倒だなとゼロはふと考える。
だが、それももう煩わしくはない。
何故ならこれっきりなのだから。
しかし、回った視線の先にゼロが見たものは――何もない。
「……ふむ、なるほどな」
見れば窓が開けられ、数十メートル先のグラウンド上空にせわしなく羽を動かしている水銀燈の姿があった。
利口な手口だろう。自分がサカキを始末している間にこの場からの逃走を図った。
元よりこの殺し合いを生き残るための同盟だ。
信頼関係などはないがこのまま何もせずに見過ごすのも甘過ぎるだろう。
故にゼロはサカキのデイバックに近づき、徐に物色を始める。
この瞬間にも水銀燈はどんどん小さくなっているが気にはしていない。
やがてゼロは目当てのものを探し出し、右腕に持つ。
握られたものは一振りの短剣、代行者を示す黒鍵の内の一本。
「また会おうとでも言っておこうか――水銀燈よ」
言葉を紡ぐや否や、ゼロは黒鍵を投擲する。
目標は背中を向け、何処かへ飛び去っている水銀燈の方へ。
別れの言葉と裏腹に黒鍵に込めた力に加減はない。
それがゼロなりの元同行者への別れ方。
たとえ仮初といえども単独で生き残ることを決めた、彼なりの手法。
その動作に未練という感情の色は一切見えはしなかった。
◇ ◇ ◇
――冗談じゃない。
水銀燈がゼロとサカキのあまりにも早すぎた戦いを見て思った事はそれだ。
ゼロがいきなりあんな行動に出た理由はわからない。
やはり放送が原因なのか。
今まで一度も口に出さなかったため、彼には知り合いが居ないと思っていたのだが。
結局のところ明確な答えが出るわけでもなく、重要な事はもっと別のところにある。
自身の生存――それこそが水銀燈にとって何よりも優先すべき目的だ。
よって水銀燈は持ち前の羽を活かしての逃亡を図った。
(なんなのよぉ、あいつの力は……とんだバケモノじゃない……!)
今まで知る機会のなかったゼロの力。
その力はあまりにも強大であり、自分の意のままに動くのであればこれほど心強いものはないだろう。
だが、ゼロが自分の言う事全てに従ってくれるとは思えない。
寧ろそれどころか自分が切り捨てられるという恐れがある。
自分を弱い存在だとは思いたくないが流石に相手が悪すぎる。
半日ほど共に行動したといえども信用したわけでもない。
この場を乗り越えたとしても、ゼロが本気で自分を潰しにかかればひとたまりもない。
絶えず裏切りの危険に怯えなくてはならないのであれば、単独で行動した方がよっぽどましだ。
元々自分は一人でも良いのだから。
考えを自分を動かす力に変え、大空に飛び立つ。
もう十分に距離が稼げたと思った瞬間、不意に左腕に衝撃が走った。
(え……?)
ガクンと、体勢が崩れる。
何事かと思い咄嗟に首を回す。
その先には自分の左腕があった筈だ。
だが、そこには何もない。
ぶらりと自分の肩が垂れているだけだ。
そう、あるべき筈の左腕は、みるみる内に小さくなっている。
切断面の根元に黒鍵が突き刺さり、地に落下していた。
「い、いやあああああああああああああああああああああ!!」
怒りよりも悲しみが浮き出た絶叫が木霊する。
確かに怒りの感情はある。
だが、それよりも左腕の喪失という事実が水銀燈には酷過ぎた。
何故ならローゼンの手で造られたこの身体の一つ一つが水銀燈の誇りだと言える。
また、アリスとなる者にはどんな欠損も許されない。
故に今の水銀燈にはアリスになる資格は失われたと言っていい。
認めたくはない。だが、プラプラと揺れる左肩を見ればまざまざと現実を突きつけられる。
今も落下している水銀燈はこのままでは地面に落ち、文字通りバラバラになってしまうだろう。
水銀燈が何もしなければその結果からは逃れられない。
当然、水銀燈にもわかっているのだろう。
しかし、既にアリスとなる権利は失っている。
これ以上生きていても――。
悲しみでぐちゃぐちゃになった感情の中、水銀燈は己のデイバックに無事な方の腕を伸ばした。
◇ ◇ ◇
「これで一つ。あとは二つか……」
輪っかのようなものを手に取りながらゼロは口を開く。
血に濡れたそれは参加者に付けられた首輪の一つ。
古城痕に存在した、○型の三つの窪み。
恐らく首輪を嵌めるべきであろうそれに三つが揃えば何が起こるか。
ブラフの可能性もあるが試してみなければわからないだろう。
元よりどうせ他者にはこの殺し合いから脱落して貰うのだから。
不意に振り向き、サカキの分のデイバックも担ぎながら廊下側のドアへ向かう。
今も背中を預け、一向に動く様子を見せない土御門の方へ。
「あまり時間は掛けたくはないのだがな」
既に一仕事終えた黒鍵が血の斑点を床に垂らす。
右腕に握ったそれを首筋に当て、あとは要領良くやれば終わりだ。
返り血で服が汚れる可能性もあるがそこは眼を瞑るしかない。
思考の時間は終わりだ。求められるはたった一つの行動。
土御門の正面に立ち、真正面から彼を見据えて――見た。
「悪いな。しぶといのはオレの十八番なんだ、これが」
急に立ち上がり、一本の鉈を振り翳して自分の方へ突っ込んでくる土御門の姿を。
悪いなどこれっぽちも思っていない笑みがそこにはあった。
◇ ◇ ◇
やはり見逃してはくれないらしい。
土御門は朦朧とする意識の中、ゼロがサカキの首輪を回収している時にそう確信した。
これで一つ。あとは二つ――考えるまでもない、二つ目は自分だ。
元々の負傷もあり、実際に瀕死寸前だったため恐らく素人目では十分に死んでいると通用するだろう。
たとえ瀕死だろうとも『無能力(レベル0)』である『肉体再生(オートリバース)』の力で時間が経過すれば負傷は回復する。
土御門はそれに賭け、この場をやり過ごすことを決めた。
これといった装備は鉈しかなく魔術を使おうにも準備の時間もない。
何よりゼロの力は凄まじく、いきなり仕掛けたところを見る限り交渉を続けるつもりもないのだろう。
ベストではないかもしれないがワーストでもなく、ベターぐらいといったところか。
だが、ゼロが首輪を集めているという特殊な目的が土御門には仇となった。
歩が近づく度に自身の砂時計が刻一刻と降り積もる感覚がある。
このままでは止めを刺される。
その事実を理解した時、土御門の身体は負傷とは裏腹に身軽に動いた。
(やっぱ諦めきれないんだろうな、オレは……)
ゼロが今の自分をどんな目で見ているかはどうでも良かった。
汚れ役は腐るほどにやった。
恨みを買った数も覚えてはいない。
何故やったのかと聞かれれば自分が適任だったと答えるだろう。
組織に潜り込むスパイなど胸を晴れた仕事じゃない。
そう、だから自分じゃなくてはいけなかった。
汚れる事に抵抗はなく、汚れる事に適合した自分が。
たとえばあの
上条当麻――カミやんがやるよりかはよっぽど上手くやれる。
較べる対象が少し間違っているかもしれない。
あいつならもっと別の手段を選ぶような気がする。
納得できないことがあれば、真正面からぶつかっていく。
変える事は、覆す事など絶対に出来ない――そう思い込んだ“幻想”程、カミやんの前で無力なものはない。
戻らなくてはならない、学園都市へ。
自分の仕事に後悔はないと固く思っていたのだから。
(カミやんはカミやん。そしてオレはオレさ……これがオレの生きた証だ。
たとえ振り返った道が汚らしい土で塗れていても……後悔なんてない)
何かをしなければ世界は変わらないと思っていた。
たった一人の力では根本的には変えることは出来ない。
出来ることといえば精々組織間の全面衝突を先延ばしにするぐらいのレベル。
実感はなかったとは言えない。
たとえ侮蔑されようとも日常の崩壊を止められたと思えればそれだけで良かった。
そう、潜入の代償に力の殆どを失った自分でも何かを為せた事に悪い気分はしなかった。
これならあいつを守ってやれる。
そんな自信が湧いてくるような心地すらもあった。
(だから……精々足掻かせてもらう)
ゼロに振り下ろす鉈の動きがいやにゆっくりと感じられる。
やはり厳しいか。無理に動いたせいで以前やられた傷も開き、今も尚、頭から出血は続いている。
つくづくバケモノ染みた怪力だと思うがこの鉈で斬りかかれば只では済まないだろう。
この場からの離脱。余裕があればこの男にトドメを指す事も視野に入れる。
鉈の刀身を己の身体に見立て、退けない意思を込めるかのように力強く振りかぶる。
狙いは顔面。容赦などはある筈もない。
当たれ――無我夢中に願った想いに応えるように、鉈が差し込んだ日の光に照らされ、淡い光を放った。
続けて来る感覚は確かな手ごたえ。
その筈だった。
(……っ)
声が出ない。
手ごたえはない。
響くのは小さな音。
カラン、と鉈が床を転がる音。
代わりにやってきたものは右腕を打ちつける感覚。
それは鉈を手放す事になったゼロの確実な打撃。
また、ゼロの立ち位置が少し右にずれている。
高速移動――そんな類のものじゃない。
どちらかといえば瞬間移動の類だ。
冷静な思考を有難う、と自分の脳みそにくれてやる。
きっと、この先、こんな風に礼をいう機会なんてないと理解していたのだから。
「ガッ…………!」
やっぱりだ。
左胸に衝撃が来た。
熱い。灼けるような痛みが胸の上で踊っている。
自分の分身たちが、赤い血が床に零れ出るのが判る。
胸だけではなく口元からも、声の代わりに血にまみれた泡がゴボゴボと不快な音を立てる。
見れば自分の胸から予想通りのものが生えていた。
ゼロが自分の首を切断しようとした得物――状況の観察は止めた。
もう、どうしょうもない。
この状況からの逆転は考えるだけで頭が痛くなってくる。
(相手が悪かったなぁ…………)
自分の不幸を呪う。
出会い頭に撃たれ、おっかないおっさんに会い、そして気が狂ったような格好をした男にトドメを刺される。
だけどそれが全てだ。やり直せはしない。
チャンスは一回きりだったのだから。
故に後悔の波に溺れて死ぬつもりはない。
想像してみる。自分やカミやんや
一方通行が居なくなればあの世界はどうなるか。
興味はある。どう転ぶかはやってみなければわからない。
ただ、自分には到底知る術がないのだと知ると柄にもなく虚しさを覚えた。
そして、もう二度とあの顔を見れないのだと思うと、やはり悔しさしか込み上げてこなかった。
(悪い、舞夏…………)
たった一人の義妹の存在が、永遠の眠りに就こうとする土御門にとって何よりも気がかりだった。
◇ ◇ ◇
「これで二つ。悪いペースではないな」
校舎昇降口からゼロが歩を進め、悠然と出てくる。
手にしたデイバックは計一つ。
サカキと土御門の分を全て一纏めにした結果だ。
様々な支給品を手にいれ、首輪の数も二つとなっている。
だが、今だにもう一つの当ては残っている。
その対象から首輪を回収するためにもゼロはグラウンドへ出ていた。
「……ほぅ、あの状態で逃げのびたか。称賛に値するぞ、水銀燈」
しかし、意外にも目当ての水銀燈の姿はない。
確かに黒鍵が水銀燈の左腕を抉ったのは確認した。
その証拠に黒鍵が地面に落ちており、少し離れた場所には水銀燈の腕も落ちている。
されども水銀燈本人は何処にも居ない。
なんらかの手段を用いて逃走したのだろう。
仕留めきれなかった悔しさを感じるよりも先ずは彼女の健闘を讃えたいと思えてくる。
それは一時でも行動を共にした者への情けかは誰にも計り知れない。
だが、ゼロがやる事に変わりはない。
「……ナナリー」
ポツリと呟くは妹の名前。
たった一人の妹だ。どんなものにも換える事は出来ない。
だが、ナナリーは死んでしまった。聞き間違えたわけはない。
確かに、ナナリー・ランぺルージと一言一句はっきりとあの放送で告げられた――。
誰に殺されたのかはわからない。
判るのは自分が小細工を仕掛けている場合ではない事だ。
故にゼロは中断を余儀なくされた交渉を力づくで潰した。
それも自分以外の人間の命を刈り取れる、有無を言わさないタイミングを以ってして。
たとえギラーミンの約束が絶対に守られる保障はないとしても1%の望みがあるならば賭ける理由はある。
ナナリーの存在はゼロにとってそれほどまでにも重要だったのだから。
「すまない。私の……いや、俺のせいで」
C.Cと契約したのも何も自分の命が惜しかっただけではない。
自分が居なくなった後のナナリーがどうなるか。
彼女が怯えることなく、常に笑顔で暮らしていける世界。
そんな世界をこの手で創りたいのだともう一度強く思ったのだから。
優しい世界を造る。それがゼロがルルーシュ・ランぺルージだった頃にナナリーと交わした約束が色褪せる事はない。
そして愛しき妹であるナナリーに対する想いもまた変わってはいない。
ルルーシュであった時も、ゼロと成った時も、黒の騎士団を率いて世界に反逆を誓った時も――ただの一度もない。
しかし、自分はナナリーの中ではいつまでも一人の兄、ルルーシュ・ランぺルージだ。
いや、それは単なる願望なのだろうか。
世界を換えるためといえども時には汚い手段で策を講じる局面はある。
そんな姿を己の兄だとは思われたくはない――そう思ったのかもしれない。
だが、今だけはゼロは真正面から向き合うべきだと感じていた。
ゆっくりと仮面に手を当てると、繭が紐解かれるように中から10代後半と思わしき青年の顔が現れる。
「お兄ちゃんはお前を死なせてしまった……本当にすまない、ナナリー」
この場だけではゼロではなくルルーシュでありたい。
自分とスザクとナナリーの三人で笑い合った日々が蘇るような感覚が襲う。
だが、今はそんな場合ではない。
ただ、遂に再び出会う事のなかったナナリーに対する悔みの感情しかない。
魔王を名乗ろうとも未だ自分には脆弱さが残っていたのだろう。
否定するつもりはない。ナナリーはそれほどまでに大事な妹であったのだから。
母を奪われ、故郷を追われ、挙句の果てに両の視力と足の感覚すらも失った――守らなくてはならなかった。
「だけど待っていてくれ。俺が必ずナナリーを救う……だから――」
自分の力が制限されようとも迅速に彼女を見つけ出して。
たとえ自身の瞬間移動能力が普段のものより格段に弱くなっていたとしてもだ。
しかし、後悔をすればナナリーが帰ってくるというわけでもない。
ならばこの殺し合いに乗るしかない。
その決定に最早迷いはなく、再びルルーシュはゼロへ戻ろうとする。
だが、それは間違いであった。一迅の風が起こり、それが過ぎ去った後に答えがあった。
一瞬の内に現れた人物は蒼いレオタードスーツを着込み、襟がたったマントを羽織っている。
同時に漆黒の仮面は被っておらず、何よりも緑髪の長髪を腰まで垂らしている。
そう、先程までルルーシュだった人間は今や一人の女性となっていた。
彼女の名前は――C.C。死ぬ事を奪われた、呪われし魔女。
「私達はどんな手段を用いる事も出来る。そういうことだろう、ルルーシュ?」
C.Cと融合した事で魔王の力を得たルルーシュはC.Cと自由に意識の交代を行える。
しかし、何故このタイミングでの交代なのかと疑問は残るだろう。
黄金に輝く両の瞳にはルルーシュと同じ感情が鮮やかに映えている。
この場で死ぬつもりはない。
運命を共にするルルーシュがナナリーのために殺し合いに乗るのであれば自分も口を挟むことはない。
何故ならこの交代は作戦の内なのだから。
「私の顔は未だ知られてはいない。ならば精々利用させてもらう……この場では私達の力は弱まっているからな」
先程土御門を仕留めた際に使った瞬間移動にはいつもよりも大きな疲労が掛った。
更に飛べた距離も少なく、この場では連発は止めた方が無難だろう。
故に既に何人かの参加者と接触したゼロの姿よりもC.Cの方が使えると判断した。
逃がした水銀燈がゼロの容姿を誰かに伝えた場合には奇襲は難しいためだ。
もしくは今回のように情報交換を持ちかけ、ある程度の収穫が得た後にゼロへ戻れば他者を葬るのも容易だと言える。
力が必要になればその時に応じてゼロに戻ればそれで良い話なのだ。
ルルーシュはC.Cをそう説き伏せ、彼女もまたその案に同意し、今の姿がそこにある。
「では行こうか……取り敢えずは首輪を一つ、どこかで手に入れなくては」
ゆっくりと歩き出すC.Cはただ、前方を見ている。
グラウンドを突っ切り、校門へ。
黒鍵は回収するが、転がっている水銀燈の左腕に興味はない。
一度だけ眼をやり、その後軽く潰してやる。
グシャリ、となんとも言いようのない音が響くが特に思う事はない。
ただ、C.Cの意識の片隅には別の事についての思考がこびりついていた。
(まさか、ルルーシュの奴は……まあ、いいさ。今は時間が必要だ、きっとな……)
ルルーシュからの交代が求められることは珍しい事だったがC.Cには一つの心辺りがあった。
恐らく今の彼は何も考えたくはないのだろう。
ルルーシュとC.Cは表層意識を変える事で人格の交代を果たす。
その間、表側に出ない意識側の方は情報の共有は行われるものの、基本的に行動へ干渉しない。
よって何も考えずに、ただ意識を休めることも可能だ。
やはりナナリーの死はルルーシュにとって衝撃的だったに違いない。
サカキと土御門からもう少し情報を聞き出せばよかったとは思うが、今となっては彼は我慢出来なかったせいかもしれない。
それともルルーシュは見せたくはなかったのだろうか。
愛する人の喪失に耐え切れず、悲しみに曇った自身の表情を。
仮面ですらも隠しきれない激情を、このどこまでも広がる世界の誰にも。
拭う事の出来ない悲しみが時間という材料で少しは色褪せる時まで、誰にも――。
C.Cは己の足で地を踏みしめ、未だ行先を決めていないもののそんな事を思っていた。
【B-2 学校のグラウンド/一日目 日中】
【ゼロ@コードギアス ナイトメアオブナナリー】
【状態】:健康 疲労(中)、C.C状態
【装備】:大戦槍@ワンピース
【道具】:基本支給品一式×4、MH5×4@ワンピース、治療器具一式 投擲剣・黒鍵 3/10@Fate/zero、防刃ベスト@現実 電伝虫@ONE PIECE×2、
破魔の紅薔薇(ゲイ・シャルグ)@Fate/Zero 忍術免許皆伝の巻物仮免@
ドラえもん、和道一文字@ONE PIECE、シゥネ・ケニャ(袋詰め)@うたわれるもの、謎の鍵、レナの鉈@ひぐらしのなく頃に、首輪×2(サカキ、土御門)
【思考・状況】
1:殺し合いに優勝し、ナナリーを生き返らせる。
2: 『○』に関しては……
3: ギラーミンを殺して、彼の持つ技術を手に入れる。
4:自分の身体に掛けられた制限を解く手段を見つける。
5:『○』対する検証を行うためにも、首輪のサンプルを手に入れる。
6: C.Cの状態で他者に近づき、戦闘になればゼロへ戻る。
【備考】
※ギラーミンにはタイムマシンのような技術(異なる世界や時代に介入出来るようなもの)があると思っています。
※水銀燈から真紅、ジュン、
翠星石、
蒼星石、彼女の世界の事についてある程度聞きました。
※会場がループしていると確認。半ば確信しています
※古城内にあった『○』型のくぼみには首輪が当てはまると予想しています。
※魅音(詩音)、
ロベルタの情報をサカキから、鼻の長い男の(
ウソップ)の情報を土御門から聞きました。
※C.Cとの交代は問題なく行えます。
◇ ◇ ◇
エリアB-2北部、森林地帯。
木々が生い茂る其処に踏み入る者が一人。
黒い外套に黒いツンツン頭が印象的な一人の青年が汗を拭いながら歩いている。
彼の名は
ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
人間台風の異名を持つ男だ。
「急がないと……」
目的はサカキとの合流。
頼りになる人以前に彼もこの殺し合いを嫌っている。
ならば手を取り合う事は出来る、やらなくてはならない。
もう誰にも死んで欲しくはないのだから――。
そんな時、ヴァッシュは前方の林の中に横たわるものがある事に気付いた。
「え……?」
それは黒い衣装を身にまとった人形。
少し距離が離れてはいるが以前出会った水銀燈という少女である事は判った。
見るからに傷だらけで痛々しい。
その理由はゼロからの黒鍵を受けただけではない。
地面に衝突する寸前に水銀燈が取り出したものは強力うちわ『風神』。
只でさえ左腕が失われたというのに、これ以上ジャンクに近づくわけにはいかない。
生きたいと思う願いよりもこれ以上壊れたくはないと願いを糧にして、力の限りうちわを振るった。
水銀燈の重量が軽い事もあり、結果的に激突は免れたが勢いはあまりにも強く、水銀燈は遠く飛ばされていた。
切り傷は免れなかったが幸いな事に木々や林がクッションとなり目立った怪我はない。
水銀燈に何があったのかを心配すると同時に、ヴァッシュはとある事を思わずには居られなかった。
両眼を閉じ、今は気絶している水銀燈に動く様子は見られない。
ヴァッシュが知る由もないが左腕の喪失、地面への激突は水銀燈にとって精神的に負荷が大き過ぎた。
その恐怖から取り敢えず抜け出せた事に余程安堵したのだろう。
水銀燈の寝顔は以前の彼女からは予想がつかない程に穏やかなものだった。
故にヴァッシュは軽く笑みを見せながら自然と感想を漏らした。
「……なんだか、天使様みたいだね」
何気なく発したそれは二番目の言葉。
水銀燈を天使様と称したのはこれで二人目。
ただ、眠り続ける水銀燈は知らぬまま、彼女を天使様と呼んだ人間が一人増えた瞬間。
それが一体何を占めすかは誰にもわかるわけはなかった。
【サカキ@ポケットモンスターSPECIAL:死亡確認】
【土御門元春@とある魔術の禁書目録:死亡確認】
【残り34名】
【B-2 北部 森林地帯/1日目 日中】
【ヴァッシュ・ザ・スタンピード@トライガン・マキシマム】
[状態]黒髪化、左肩に刺突による傷(再生中)
[装備]ヴァッシュ・ザ・スタンピードの銃 6/6 @トライガン・マキシマム
[道具]支給品一式、拡声器@現実、予備弾丸36発分
[思考・状況]
基本:殺し合いを止める、今度こそ絶対に。
1:
ベナウィを殺した場所と学校へ行き、黒服の男(サカキ)と電伝虫を探して連絡を取る。見つからなくても4時までには古城跡に戻る。
2:新庄、伊波と同行する。ゾロについては信用。
3:ウルフウッド、リヴィオとの合流。
4:ウルフウッドがいるかもしれない……?
5:目の前の水銀燈を保護し、事情を聴く。
※原作13巻終了後から参加
※サカキ、ロベルタの名前はまだ知りません。
※詩音を『
園崎魅音』として認識しています。詩音は死んだと思っています。
※口径などから、学校の死体を殺すのに使われたのはロベルタの持っていた銃ではないかと考えています。
※義手の隠し銃には弾が込められていません。弾丸を補給すれば使用可能です。
※全身の切り傷は再生しました。
※伊波、新庄と情報交換をしました。佐山、ブレンヒルト、小鳥遊、高槻、メカポッポ、片目の男(
カズマ)の情報を得ました。
※水銀燈の左腕が欠損していることに未だ気づいていません。
【水銀燈@ローゼンメイデン】
【状態】:全身に切り傷、左腕欠損、気絶中
【装備】:卵型爆弾@バッカーノ、強力うちわ「風神」@ドラえもん、
【道具】:基本支給品一式、ランダム支給品0~1
【思考・状況】
1:左腕……
2:今はゼロから逃げる
3:ローザミスティカは必ず手に入れる。
【備考】
※ナナリーの存在は知りません
※会場がループしていると確認。半ば確信しています
※古城内の大広間に『○』型のくぼみがあります。このくぼみに何が当てはまるかは不明です。
※魅音(詩音)、ロベルタの情報をサカキから、鼻の長い男の(ウソップ)の情報を土御門から聞きました。
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最終更新:2012年12月05日 02:05