それは誰にも聞こえぬ歌――勇侠青春謳(前編) ◆Wott.eaRjU



エリアB-2に位置する学校。
其処では何十もの教室が並べられている。
だが、学業に励む生徒はただの一人も居ない。
学校の機能を果たしているとは到底思えないがその必要はなかった。
何故ならこの場はバトルロワイアルのために用意された会場の一つ。
参加者同士が互いを殺し合い、その傷跡が生々しく残っていても可笑しくはない。
そう、だからなんら可笑しくはない。
とある教室で男子高校生が少女に銃で撃たれようとも――。


また別の教室で男性の死体が転がっていようともなんら不思議ではないだろう。


引き金は一体何か。
二回目の定時放送とやらが関係したのかもしれない。
死者13人が呼ばれ――所詮、それは一つの推定でしかないだろう。。
既に生き残った者は去り、語る人間は一人も居ない。
ならば紐を解いていこうではないか。
たった一つの教室で一体何があったのか。
死体が誰のものなのか。
そして――。

砕け散った、少女のものらしき小さな腕は一体何を示すのかを。


臆すことなく、ただ全てを明らかにするために。



◇     ◇     ◇


(なんか面倒なことになってきたわねぇ……)


丁度体育座りのような形で腰を下ろし、いかにもつまらなそうな顔を浮かべている少女が一人。
正しくいえば彼女はヒトではなく人形のカテゴリーに分類される。
動く少女人形、ローゼンメイデンの第一ドール――それが彼女を示す肩書であり、名前を水銀燈と言った。
そんな水銀燈の視線の大部分は外の景色に注がれているが時折別の方を見ていた。
窓側に位置する水銀燈から離れ、丁度教壇の前に並べられた机と椅子の辺り。
そこには三者三様の表情を浮かべる三人の男性が一堂に会していた。
そして水銀燈が不機嫌さに眉を顰める原因でもある。

(どうでもいいわぁ。さっさと終わってくれないかしらねぇ……)

真っ黒なスーツの男といかにも軽そうなグラサン男。
特にグラサンの方は気に食わない。機会があれば羽根で串刺しにしてやりたいぐらいだ。
だが、彼らは今同行者と――これもまた珍妙な格好だが――話し込んでいる。
この場で知り得た情報の交換。生き残るための交渉といったところか。
水銀燈に此処で死ぬ気はこれっぽちもない。利用できそうなものを拒むつもりもない。
故に今、直ぐ傍で行われている会話の内容は聞き落とさないように心掛けている。
しかし、その会話に加わるつもりは水銀燈にはなかった。
お父様以外の人間などどうでもいい。
それに交渉はあいつに任せておけば問題はないだろう。
だから水銀燈はただ時間が過ぎてゆくことを願う。


(……どうしているのかしらね、あの子達は)


変わらない景色を眺めて、ただ、水銀燈は姉妹の事達へ屈折した想いを寄せていた。



◇     ◇     ◇


「なるほど……だいたいわかった」

三角形の形に席を並べた三人の内、窓側の席に座った男が口を開く。
筋肉質な肉体を漆黒のスーツで覆い、何よりも奇妙な仮面に強烈な印象がある。
彼は水銀燈の同行者であり、名簿ではゼロという名で記されている。
仮面のお陰で表情は隠れ、どこか無機質な印象を漂わせるゼロは今までとある男の話に耳を傾けていた。

「なに、先程のお礼と思ってくれてかまわんよ。
別世界の住人が入り乱れている……そんな突飛な発想に気づかせてくれたお礼としてな」

次に口を開くのは、中央の席に座った黒スーツの男、サカキだ。
浮かべる表情は堂々としており、年相応の威厳さが見て取れる。
同時に言葉とは裏腹にゼロに対しそこまで感謝しているようには見られない。
寧ろ逆に皮肉めいた意味合いすらが感じられる程だ。
しかし、ゼロは座して沈黙を通す。
間を待つ暇もなく次に口を開いた者が現れたのだから。

「おお、なんだサカキさんは色んな人達に会ってたんですかい。俺っちとはエライ違いですなー……にゃはは」

廊下側の席に座った、三人目の男の口ぶりにはまるで場の重苦しい雰囲気を吹き飛ばすような軽々しさがあった。
奇抜なサングラスと涼しげなアロハシャツの青年、土御門元春もこの交渉に顔を出している。
そしてたった今、サカキの口から語られた情報を軽口を叩きながら吟味する。
サカキが今まで出会った人間、主に危険性があると思われる人物の詳細についてだ。

(しかし、聞けば聞くほどぶっ飛んだヤツラばっかだにゃー……一方通行が早々に脱落したのも頷けるってモンだぜよ)

特に注意が必要な人物は二人。
水銀のような流動体を操り、相手の身体から腕を生やす事の出来る少女、園崎魅音
それはサカキと一時は行動を共にし、殺し合いに乗ったという女性、ロベルタ
サカキが嘘の情報を提示している可能性もあるが今は置いておく。キリがない推測をしている時間もない。
腕を生やす能力や墓標のような銃器を携帯しているようだがイマイチ想像出来ない。
ロベルタの方はなんでも着ている服がメイド服らしく、状況が状況なら是非とも一度お目に掛かりたいものだと思う。
だけども、此処は殺し合いの舞台に変わりはない。
女性の身の丈程の銃器を片手で振りまわすようなメイドさんが大人しく話を聞いてくれるとは限らない。
そしてそれは園崎魅音――本当は園崎詩音の事だがサカキや土御門に知る由もない――の場合も同様だ。
真正面からの戦いではあまりにも不利だと断定し、土御門は二人の名を深く意識に留めた。

「それは初耳だな土御門。詳しく話を訊こうではないか」
「んー。そいつはですね――」

別に隠す事もないだろう。
土御門がサカキの前に出会った人間は一人しか居ない。
異常なまでに素早い抜き撃ちをして見せた、名前も知らない鼻の長い男。
生きているのか死んでいるのかすらもわからないが危険であることに変わりはない。
土御門はその男の事をサカキに話し始める。

(やはり乗っている者は多いか)

一方、土御門の話に耳を傾けながらゼロは一人思案する。
これでサカキと土御門の話から三人もの危険人物が居ることになる。
未だ話してはいないがレヴィカズマをカウントすれば4人。
6時間の間でこの4人が15人を殺したと考えるのは些かペースが速すぎるのではないだろうか。
共倒れをした者も含め二倍以上の人間が積極的に殺し合いに乗ったと考える方が無難だろう。

(まあ、乗っていても可笑しくはない。この異質な状況で冷静な判断を出来ない人間も必ず居るだろうからな)

驚きも失望もない。予想出来た事実だ。
特に感情を抱くことなくゼロもまた彼らを記憶する。
園崎魅音、ロべルタ、そして名無しの男――事前に知っておくに越した事はない。
再び意識を果てしない現実へと引き戻す。
知るべき情報、続けるべき言葉の応酬は未だに終わってはいないのだから。
そんなゼロの意図を察したかのように今度はサカキが口を開いた。

「ふむ、鼻の長い男か……ご苦労だったな土御門。これで少なくとも三人というわけだが……どうだね、ゼロ。
君も何か知っていれば是非とも情報を提供してもらいたいものだが」

提示された対価はこれといってない。
必ずしも答える必要はないだろう。
一方的な情報の供与は自身を安い存在だと思われる可能性を持っている。
だが、情報にも当然重いものと軽いものがある。
切るべき瞬間を見計らうべきもの、そして特に必要性が見出せないものの二つ。
後者の場合、特に躊躇する必要性もないだろう。
それに見定めなければならない。
金色の腕を振るう男、そしてその男と殴り合いを演じて見せた女の存在を知って彼らが何を思うか。
果たして本当に価値があるのか。
精々判断の材料にさせてもらおう。
この殺し合いに於いて、利用するべき価値があるのかどうかを――


「いいだろう。私の出会った人間は――」


三人の意図が絡み合いながらも依然として交渉は続行する。


◇     ◇     ◇


(なんとまあ……つくづく狂った世界だな。いや、狂った参加者共と言った方が正しいか)

ゼロの話が続く中、サカキは奇しくも土御門と似た思考に陥っていた。
新たに知り得た、殺し合いに乗っていると思われる二人の参加者。
女の方はまだいい。女といえども戦闘技術を学ぶ者は当然居るだろうし、十分に現実味のある話だ。
しかし、男の方は常識では計り知れない。
ファーストブリットなるキーワードを皮切りに腕を膨張させ、強烈な打撃を放ったらしい。
所詮、ゼロの話を聞き知っただけでありイメージは出来にくい。
だが、ゼロがその情報に悪意を含ませていなければ恐らくその男は実在するのだろう。
何せ舞台となる世界が世界だ。ゼロや土御門には言っていないが広瀬康一の存在もある。
一瞬のうちに人形を出現させ、人一人を地に這い蹲らせるなど超常と言わず何と言えば良いのか。

そして異なった能力を持った参加者がまだまだ存在する可能性は捨てきれない。
勿論、土御門の事もただの人間だと断定するのは時期尚早だといえる。
接触を掛けた際に逃げようと思えば逃げられたであろうが土御門は今此処に居る。
本当に何も手段を持っておらず、話に乗るしかなかった可能性もあるがそれは違うのではないかとサカキは思っていた。
深い根拠はない。観察を続けた結果によるものだ。

「武道派のねーちゃんとにいさんが一人ずつと……よし、覚えた。
土御門さんの記憶力をそんじょそこらの少年少女と一緒にしてもらっては困るんだぜい」

軽快な声。更には右の親指を立てて笑みすらも見える。
如何にも軽々しい言葉を吐く土御門だがサカキの疑問は消えない。
どうにも本当にこれが素の状態なのだろうかと勘ぐってしまう。
今の段階では演技をしているとまでは思えない。
時折見せる、異常とも取れる眼光は一体どういう意味を示すのか。
何よりも荒くれ者共で構成されるロケット団のリーダーとしての勘が告げていた。
こいつは只のガキではない――注意が必要だと。
また、警戒すべき相手は土御門一人ではない。
未だ会話に加わろうとしない不思議な少女。
そして何よりも目の前の人物だ。

「ふむ、それは頼もしい事だな」

声の調子を変えず、淡々と土御門の言葉に答えるのはゼロだ。
サカキがこの場で最も注意を払い、同時に興味深い存在だと目をつけている男。
仮面のせいで確かな性別は定かではないが特に拘る必要もない。
重要なのはこの男が自分にとってプラスとなるのかそうではないのか。
切り札となるかはたまた破滅を呼び寄せるかを見極める。
言ってしまえば簡単のことだが実際にやるとなれば容易ではない。
時間も少なく、何よりこのゼロという男は感情で動く直情的なタイプではなさそうなのだから。

(情報の提供になんら抵抗はない。
やはり、これくらいの情報を躊躇するほどに余裕がないというわけではないか)

ゼロから齎された情報の真偽は定かではない。
それはこちらから伝えた情報についても同じことでありその事を深く考えるつもりはない。
重要なのは一つ。ゼロが危険人物の情報を教えることを了承した点についてだ。
確かに仲間以外の者へ多くの情報を知らしめる事にメリットはないだろう。
だが、ここで必要以上に情報を秘匿してもらっては認識を改めなければならない。
この殺し合いの異質さに呑まれ、手を組む価値もない参加者の一人だと。

臆病風に吹かれた足手纏いは要らない。
寧ろこの自分を利用し尽くす。
そのくらいの意気込みが感じられる人材こそ手を組むに相応しい。
どうやらゼロは後者のタイプのようだ。
二言三言言葉を交わすゼロに後悔など微塵も感じられない。
こちらに引き込む事が出来れば頼りになるだろう。
しかし、同時に無視できない危険性も孕んでいる。
そしてそれは土御門も同様に考えていた。

(さて、これで四人知ったコトになったが重要な事が残っているぜよ。
このゼロって男は一体なんなんだ。何も能力がない……というわけにはいかないんだろうにゃーきっと)

常に冷静さを貫くゼロからは不快感はない。
が、言いようのない不気味さは拭えなかった。
仮面で表情が隠れているせいだけとは到底思えない。
多角スパイとしての活動で様々な人間と接触した土御門には判る。
こいつは何処にでも広がる街並みを歩くだけでお目にかかれる人間じゃない。
もっと別な、いやそもそも本当に人間なのか――そう思えてしまう程に掴みどころがなかった。
今後ゼロが発する言葉の一言一句、そして行動へ細心の注意を。
しかし、ゼロだけに目を光らせれば良いというわけにもいかない。

(取り敢えずあのゴスロリっ娘は置いといてー……サカキのおっさんも食えない方だしにゃー。
まったく、地獄みたいな場所だぜよここは)

きっと自分と同じようにゼロの情報、彼自身について考えているのだろう。
両肘をつき、思案しているサカキの事も忘れてはならない。
サカキもまたゼロと同じ類の人間だという印象が強い。
少なくとも人の指示を受けるよりかは指示を出す立場に立つような人種だ。
集団を引き連ねる力、言うなれば一種のカリスマが彼らからは感じられる。
一介の魔術師、それも能力者となるために大きな足枷をつけられた自分では知らずの内に身が縮むようだ。
だが、臆する事はなく、必要などある筈がない。
学園都市に戻り、任務を続行する。
揺るがない目的のためなら自分は鬼にでも悪魔にでもなってやろう。
たとえこの場の人間を全て始末する必要が出たとしても何も問題はない。
『背中刺す刃(Fallere825)』の魔法名は伊達ではないのだから。
やがて土御門の意識は尚も今現在続いている会話の場へ引き戻される。


「さて……では、他者についての話はこのぐらいで良いだろうか」


話を切り出したのはゼロだ。
具体的な事については言及していないが言わんとしている事はわかる。
サカキにも土御門にも、一応話には耳を通している水銀燈にも。
故に自然と一同の表情が引き締まる。
映し出された感情には緊張が色濃く出ている。
他者についての情報は言ってしまえば三人に直接的なデメリットはない。
寧ろ自分と敵対した参加者の情報が広まることに顔を顰める事もないだろうが今からは違う。
これからの情報を無作為に知らせるのは軽率だろう。
自分達がこの会場で実際に得た情報。
それらを餌にし、いかに相手から引き出すか。

(しかし、生憎なぁ……特にこれといった情報がないのが土御門さんには困りもんだにゃー)

だが、土御門の気は晴れない。
開始早々荷物を奪われた事は痛手だった。
時間はあったがこれといった成果は特に見当たらない。
一方通行が生きていたりでもしたら彼の能力に関しての情報は価値があったかもしれない。
しかし、彼は予想外に早々に死んでいる。
一人か集団なのかはわからないが、一方通行を倒した参加者がこの場に居るのだろう。
『幻想殺し(イマジンブレーカー)』を持つ以外の人間が――。
やはり自分達の常識で測る事は出来ない。
だから彼もまた既に死んでしまった。
幻想殺しの持ち主、『不幸だ』という言葉をよく口癖にしていた友人。
裏切ると決めてしまった男の顔がまざまざと浮かぶが、やがて消えていく。

(まあ……ちょいと様子見をさせてもらうんだぜい。土御門さんの沈黙タイムが人知れずスタートですよ)

意識を傾けるべき事象に、ゼロとサカキが織りなすであろう交渉に沈黙を以って土御門は臨む。
そしてサカキがゼロの言葉に答える。

「良いだろう。だが、その前に一つ訊いてもいいか。ゼロ、土御門、そしてそちらのお嬢さんにもだ」

差異はあれど三人が似た反応を示す。
中でも水銀燈は自分が含まれるとは思ってもみなかったのだろう。
一瞬、口を半開きにしてさも驚いたような表情を見せるが直ぐに気を取り直す。

「な、なによ」

心なしか少し焦っているのは気のせいだろうか。
だが、つっこむ者は誰一人居なく、ゼロと土御門は黙って頷いて見せただけだ。
水銀燈の方ではなく、サカキの方へ。
どうにも無視された感が否めず、水銀燈は再び外の景色に目をやる。
いや、ゼロだけが小さな苦笑を漏らしていたがやはり本心は別の方へ向いていた。
サカキの質問。それがどういう類のものかという興味が湧きあがるが、答えは直ぐに知ることが出来た。
一通りの反応を確認し、サカキは続けて口を開く。


「君達には覚悟があるか。 他人を殺してでも生きるための覚悟が」


とても簡潔な、かつ根本的な問いをサカキはいとも容易く言葉にする。
意志を込めて、まるでそれが当然であるかのように。

「勿論、私にはある。そうでなければ生き残れはしない……そう確信しているためだ。
このバカげた殺し合いには相応の認識と覚悟が必要だからな。だから、私は君達にもう一度問おう――」

言葉から滲み出るものは強い意志。
状況によれば人殺しも辞さない。
殺すという言葉だけで嫌悪感を抱く人間も居るだろう。
だが、サカキは反感の芽すらも刈り取るような勢いで締めくくる。


「――覚悟は出来ているか」


教室にサカキの言葉が今一度響き渡った。



◇     ◇     ◇


時間にして数秒。
依然として誰からも返答はないがサカキには確信があった。

(まあ……わざわざ聞くまでもないだろうがな)

自信が湧く。
観察に要した時間は少ないが言える事はある。
この場では答えに躊躇する者は居ない。
程なくしてサカキの予想は現実のものとなった。

「はぁ~? 馬鹿じゃないのぉあなた。そんなコト当然じゃない」

三人の中で誰よりも先に口を開いたのは水銀燈だった。
腕をヒラヒラと振る動作には呆れのようなものが見て取れる。
同時に真紅の両眼にはなにを判りきったような事を、と言わんばかりの意思が潜んでいる。
自分達に近寄ろうとしない水銀燈からは怯えのようなものは感じられない。
言うなれば怒りのようなものがそこにあった。

「そうよ。私はここで壊れるわけにはいかない。絶対にお父様の元へ……」
「ほぅ、君にとって余程大事な存在らしいな」
「っ! 関係ないわ……!」

必要以上の事を言い過ぎたと思ったのだろう。
直ぐに言葉を濁した水銀燈にサカキが追い打ちをかけるが半ば強引に話を切り上げる。
サカキの方もある程度は予想していたのだろう。
それ以上特に言及はせずに、これといって表情も変えることはない。
気を取り直すかのように水銀燈への視線を背け、新たな答えを待つ。
水銀燈のではなく、未だに沈黙を通している二人のそれを。
やがて口を開く者が一人。

「にゃー物騒な話ですたい。でも、まあ、言える事はありますぜい。
死ぬつもりはない――取り敢えずそこらへんを譲るつもりはないですよ」

サングラスの奥に宿るものは揺るぎようのない意思。
たとえ軽い口調で彩られようとも隠しきることは出来ない。
隠そうという意識も薄いのかもしれない。
敢えて己の主張をアピール――ヤバくなれば力の限り抵抗してやる、と。
そう言っているようだった。
そして二人の反応はサカキの予想の範疇だった。
自分の直感を褒めるわけではなく、サカキは予想通りのその結果自体に喜びのようなものを感じていた。

「良い答えだ、水銀燈、土御門。それでいい。私と交渉を行うに相応しい」

きっと二人にも大きな目的があるに違いない。
どんな目的かは詳しく聞く必要もない。
譲れない目的意識を持っている――それが判れば十分。
人間とは目的を持つ事で己の力を二回り以上も強く出来るものだ。
その生き証拠が自分であり、レッドであり、イエローでもあり、自分が求める人材にも最適だろう。
信ずるものもなくただ状況に流されてゆく人間はこの場では結構だ。

水銀燈と土御門からは満足のいく答えが得られはしたがこの場にはもう一人残っている。
依然としてなんら動きを見せず、ただ、黙って彼らの話を聞いていた人物。
サカキは最後の一人が口を開く事を待っている。
そんな時だ。


『――ごきげんよう諸君』

何処からともなくギラーミンの声が四人の耳に届く。
咄嗟に誰が言い出したわけでもなく各々がそれぞれの準備を開始。
名簿を広げたり、地図を広げたり、意識を集中させたりし――四人は第二回放送の続きに耳を傾ける。
それが引き金となる事を現時点で予期した者は一人も居なかった。



◇     ◇     ◇


『六時間経ってもまだ生きている者がいたら、そのときまたお会いするとしよう――』


放送が終わる。
新たに追加された禁止エリアは三つ、死者の数は十三。
一回目の数よりも少ないがその事を喜ぶ人間は生憎この場に一人も居ない。
求められるは知らされた事実を単なる情報として受け止める作業。
速度に程度差はあれども特に止まることなく進む四つのペン先が彼らの様子を示している。
その内一つが何度目かの斜線を引き終わり、ふとその動きを止めた。

(園崎魅音は脱落。だが、やはりあの女は……まあいい。あれで終わりでは私の方にも張り合いがない)

放送ではロベルタの名前は呼ばれなかった。
未だ無傷かそれとも大怪我を負っているのか。既に他者の命は奪ったのか。
興味に基づく観測は多いが答えが降ってくることはない。
故にこれ以上の詮索は意識から遠のける。
留めるべき情報を整理し、サカキはおもむろに周囲を見回す。
二人以外の知り合いの名前が呼ばれなかったサカキだが残りの三人がそうだとは限らない。
呼ばれていたとしたら反応を示し、なんらかの情報を引き出す鍵になるかもしれない。
あまり期待はしていない、些細な希望は直ぐに実を結ぶことになった。

「どうした、水銀燈。何か不都合なコトでもあったのかね」
「いちいちうるさいわねぇ、どうだっていいじゃない……!」

悲しんでいる様子は見られない。
だが、放送を聞いた事で明らかに水銀燈の表情には変化が生じていた。
サカキが勘づくには充分過ぎた動揺がそこにある。
椅子から立ち上がり、水銀燈を煽るかのようにサカキは彼女の方へ歩を進めていく。
実際、水銀燈は隠しようのない焦りを感じていたのだから。

翠星石蒼星石のコトはどうでもいいわ。だけど、あの子達のローザミスティカは一体どうなるのよ……?)

ローゼンが生涯追い求めた究極の少女、“アリス”。
再びローゼンと出会うためにはアリスになる事を避けては通れない。
アリスとなるにはローゼンメイデンが一つずつ持つローザミスティカを全て集めなければならない。
翠星石と蒼星石が脱落した今、恐らくローザミスティカは彼女達の躯体から放出されたに違いない。
しかし、彼女達が一体何処でジャンクと姿を変えたのが不明だ。
別の参加者に、もしくは放送で呼ばれなかった憎たらしい妹に――思わず下唇を噛んでしまう。

(……絶対にさせないわ。おばかな真紅には絶対に渡さない……アリスに相応しいのはこの水銀燈よ)

手段を選ぶ必要もない。
アリスになるには一つでもローザミスティカを取りこぼす事は出来ない。
この場で生き残る事と同じくらいに優先すべき目的を確認。
サカキからの問いに真面目に答えてやる義理もない。
ぶっきらぼうな返事を返し、水銀燈はそそくさと名簿などを自分のデイバックに収め始めて――。


刹那。“何か”が宙を舞った。


それはどこにでもあるような――机。


そう、それはどこまでも平凡な机だった。



◇     ◇     ◇





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最終更新:2012年12月05日 02:04