それは不思議な出会い ◆Wott.eaRjU
薄暗い黒があちこちで群れて、漆黒の空間をひっそりと成す。
既に日の光は差し込まず、街灯だけがひっそりと辺りを照らしてくれている。
その闇の中を一人の少年が探るように歩く。
この異質な状況をなんとか手探りで理解するように。
彼――
橘あすかはデイバックを担ぎ、歩き続けていた。
「殺し合いだって……冗談じゃない。そんな馬鹿げた事、やる意味なんてないハズだ……」
透き通るような青い髪を生やし、青と白の制服――HOLY部隊隊員の制服を着用し、あすかは一人愚痴る。
今のあすかを見れば異様な男だと勘違いされるかもしれない。
だが、当のあすか本人には生憎自分が今、他人にどう思われているかなど考える余裕はないだろう。
冷静な言葉とは裏腹に、あすかは極度な緊張状態に置かれていたから。
此処に来るまでに負った傷――
カズマという男と闘った傷がいつの間に治っている事すらも碌に気を止めずに。
時々、何度も後ろを振り返り、不振な者が居ない事にあすかは知らず知らずの内に安堵の溜息をついていた。
「少し違和感があるけど、アルターは充分に使える……。
なのに、どうしてだ。 どうしてこんなにも不安になるんだ……僕はHOLYの一員、橘あすかだというのに……」
HOLY部隊――アルターと呼ばれる異能を扱う人間達によってシティで組織された、言うなれば特殊治安維持部隊。
大地震により崩壊し、かつて横浜と呼ばれた地――ロストグラウンドの治安を守る事がHOLYの目的。
治安が未だ安定しないロストグラウンドのいわば番人であり、あすかはそんなHOLYの一員である事に誇りを持っている。
HOLYに入隊すれば高度な生活水準が約束され、あすかもそんな待遇に憧れていたのだから。
そしてB級と称されるアルター能力を持つあすかの実力は決して低いものではない。
当然、同じアルター使いである賊――ネイティブを鎮圧するために、あすかはアルターを行使し、何度も闘った。
だが、突然こんな状況に放り込まれた衝撃は未だ20も生きてない少年には大きすぎた。
冷静さを保とうと、がむしゃらに己の焦りや恐怖といったものを抑えようとするが、どうにも震えは止まらない。
誇り高きHOLY部隊のこの僕が――などと、自分がいかに選ばれた存在である事を言い聞かせても、終わりは訪れようとはしない。
ただただ、あすかの脳裏に浮かぶ影は一つ。
自分達の目の前で呆気なく頭と身体が泣き別れになった、名も知らぬ人物の悲痛さに塗れた形相のみ。
何故かあの時の光景が今もなお鮮明に思い出す事が出来て、思い出す度にあすかは顔を顰める。
失意の中で死んだ者への同情は元より、それよりも嫌という程燻り続ける感情がしこりを残す。
それは単純な恐れ。
自分もああなってしまうのでは――といった極めて単純な感情であり、払拭するのに手を焼かせてくれるもの。
自分が抱いた脆弱な考え――少なくともあすかはそう思っている――に抵抗するように、彼はブンブンと頭を振り、更に歩を進めた。
「ん……あれは家かな?」
やがて歩みを止め、あすかは一軒の家を見つけた。
シティに建てられたものとは見劣りするが、今にも崩れそうといえる程でもない。
用心しながら一般的な一戸建ての民家に近づく。
室内の電気がついてない事から恐らく中に人は居ない。
いや、これは殺し合いと言っていた。
警戒して敢えて暗室にしているのかもしれない。
この異常な事態にどうしていいかわからず、只民家に立て篭もるしか考えられなかったから――そこまで考え、ふいにあすかは何だか気が楽になったような心地がした。
自分よりも怯えきっている人が居る可能性は充分にある。
それどころか今、まさに目の前にある家の中に息を潜めて、肩を震わせているのかもしれない。
こんな狂った状況で恐怖を覚えてしまうのに、なんら恥じる事はない。
そう考えると、自然に足取りは軽くなりあすかは遂にドアの目の前まで辿り着く。
深く息を吸い込み、あすかは自らに激を飛ばす。
自分は地を這い蹲る惨めな一般人ではない。
アルターの能力の高さを認められ、HOLY部隊に選抜されたのだ。
此処はHOLYの誇りを忘れずに、救援を求める人間は可能な限り保護しなければならない。
このドアの奥に誰か居るかはわからないが、確認しないわけにもいかない。
その想いには当然、善意も含まれていたがほんの少し邪な考えもあった。
何処か自分よりも哀れな存在を保護し、少しでも自分を優位に見せたい。
HOLYに属するが故に、更に強まったあすかのプライドのようなものが知らず知らずの内にそんな考えに至らせる。
想いは強く、ドアノブに手を掛けてあすかは一気に引き開けた。
「大丈夫ですか!? 僕はHOLY部隊の橘あすかで――――な、なぁ!?」
ドアをやや乱暴気味に開けて、室内に侵入を果たしたあすかは素っ頓狂な声を上げる。
其処には誰も居なかったわけではない。
あすかが何処か期待していたように、幼そうな少女――いかにもこの殺し合いという状況で肩を震わせて、怯えていそうな存在。
保護すべき対象とはもってこいで何もいう事はない。
だが、驚きのあまりあんぐりと口を開けたあすかの見つめる先に居た少女にはその前提は通じなかった。
怯えきっているというよりも、寧ろ――
「あら、騒がしい客ね。折角、静かに紅茶を楽しんでいたのに……不愉快なのだわ」
ちょこんと椅子に座り、紅茶を飲んで力の限り寛いでいた。
さも当然のように紅茶の味を満喫している事がまるで少女の度胸の良さを誇示している。
あすかの方へ視線だけやり、表情は機嫌悪そうに少し歪んでいた。
というよりも明らかに機嫌を損ねたらしく、憎憎しげにあすかをキッと睨みつけているよな節さえある。
目の前の少女が取っていた行動、そして自分を突き刺すように眺めてくる視線の厳しさにあすかは暫く声が出なかった。
僅かな時間ではあるが、沈黙があすかと少女の間を無常にも流れ行き――
「私は真紅。ローゼンメイデンの第五ドール……人間、お前の名は?」
ようやくその気まずい空間が途切れ、あすかも口を開く事が出来た。
自分を何処か作り物染みた瞳で見つめる少女――真紅。
その瞳に吸い込まれるような心地を何処か覚えながら、あすかは口を開き始めた。
◇ ◆ ◇
「そう……俄かには信じられないわね。アルター、HOLY、ロストグランド、少なくとも私が目覚めた時代の中には、そんなものはないのだわ」
相変わらず、紅茶を啜りながら真紅は神妙な顔で言葉を呟く。
流れるように煌く金髪のツインテールをなびかせ、赤を基調としたゴシックドレスを着込み、
あすかから聞いた話を全て鵜呑みにしたわけでもなさそうだが、それなりに信用は置いているように見える。
対面の椅子に座るのは勿論、あすか一人。
微妙に何かを探るような瞳を向けながら、真紅はあすかの出方にその小さな身を任せる。
そう。この異常な事態を打開するために手を組む事を決めたあすかをじっと真紅は観察していた。
「信じられないのはこっちの方だ! 君がその、ロ……ローデンメイデン――」
「ローゼンメイデン!」
「ローゼメイデンとかいう人形だなんて……僕には信じられない! 本当にアルターの一種じゃないんだろうな……?」
「全く、失礼にも程があるのだわ。私達、ローゼンメイデンをそんな得体の知れないアルターとやらと一緒にするなんて」
「ア、アルターを馬鹿にするな!」
二人の間を言葉の応酬が飛び交う。
事の発端となったのはあすかが真紅に抱いた疑問だが、彼がそんな疑問を持ったのも無理はない。
人間と同じように紅茶を飲めば、他の人間と立派に口喧嘩をし、喜怒哀楽といった感情をも現す事が出来る。
背が40cm程しかない事を覗けば、人間となんら変わりもない。
だが、真紅は人間ではない。
そう。真紅は一人の人間――人形師ローゼンによって作られた人形(ドール)の一体。
全部で七体存在し、ローゼンメイデンと呼ばれる自立稼動人形の内の五番目となる存在。
ローゼンメイデン同士で闘い、最後の一人まで勝ちあがり究極の存在――アリスを目指す事を目的としたアリスゲームの参加者の一人でもある。
そして、アリスゲームの事について真紅はあすかに話してはいない。
其処まで言う必要もないと考えたのかもしれない。
やがて、椅子から飛び降り、真紅は己のデイバックを手に取った。
「さ、そろそろ行くわよ。
いつまでもこんな場所でのんびりしているわけにもいかない……時間は待ってくれないのだわ。
そう。どんなにも手放したくない思い出さえも……残酷に掠め取ってしまうから」
デイバックから真紅が取り出したもの、それは黄金で彩られた一本の鋏。
庭師の鋏と呼ばれるものであり、本来の持ち主は真紅の姉、ローゼンメイデン第四ドール――
蒼星石。
庭師の鋏を一瞬、真紅は何処か思いつめたような表情で見やるが、直ぐに目を離す。
只、外の世界へと通じるドアに向けて真紅は歩き出す。
真紅には一刻も早く合流しなければならない大切な仲間が居るのだから。
桜田ジュン、翠星石、蒼星石……そしてあすかの話から協力関係にある劉鳳と
ストレイト・クーガー。
この殺し合い――禁じられた遊びといえ得るものを止めるためにも真紅は、今は一歩でも進む事を何よりも優先する。
だが、それを快く思わない人間も残念ながらこの場には居た。
「待て、真紅。僕は仮にもHOLYの一員……此処は僕の指示に従ってもらう!
僕の方が君よりもこの状況に対応出来る筈だ」
真紅が勝手に歩き出すのを見て、あすかは慌てて立ち上がり胸に手を当てて、力説する。
その言葉にはあすかも知らない内に必要以上の怒気が含まれていた。
人形だろうが何だろうが、明らかに自分よりも幼そうな存在がまるで自分を無視するように振るまうのはいけ好かない。
事実、振り返るもののあすかの言葉には特に興味を示さないような様子を真紅は見せていた。
真紅に対し、対抗心のようなものを沸々とあすかは燃やし続ける。
だが、あすかも伊達にHOLYに属してはいない。
この殺し合いが始まった当初抱いていた恐怖は今では大分落ち着いている。
ゆえに自分がやるべき事もしっかりと認識できた。
(僕は一刻も早く、此処からなんとか抜け出さなければならない……キャミーを一人ぼっちにさせるなんて……絶対に駄目だ!
だから、この真紅という子はなんだか生意気だけど仲間が多いコトは有難い。必ずあのギラーミンという奴を倒してみせる!)
たった一人の恋人、キャミーへの愛が消える事はない。
既に自分達を、有無を言わさずこんな場所へ連れて来たギラーミンの言葉など信頼には足らない。
この殺し合いへの反抗の決意を拳で握りしめ、絶大的な平常を全身へ行き届ける。
自然とあすかの表情も力強いものへと変わってゆく。
そんなあすかを見て、真紅は一瞬驚いたような表情を見せ、彼女の表情は次第に移り変わり――
「そう……精精期待させて貰うのだわ、あすか」
ほんの少し、少しだけの笑みを見せて真紅はあすかに言葉を返す。
人形であるのに、まるで薔薇の花のような気品さを漂わせた真紅の微笑に不覚にもあすかは何だか気恥ずかしくなり、顔を逸らした。
自分よりもずっと大きな身体をしているあすかを真紅は見上げ、彼の子供染みた行為に少し可笑しさを覚えた。
やがて再びドアの方へ向き直り、真紅も一抹の思慮にふけ始めた。
(私もかなり堪えていたようね……でも、遅くはないのだわ。 未だ歯車は回っていない……これから、これからに全てを費やしていけばいいのだもの……)
見せしめとして殺された男女の姿が真紅の脳裏に浮かぶ。
自分が行使する人形が壊れる様よりも、ずっと衝撃的な光景を演出したあの出来事。
ローゼンメイデンの姉妹の中で、特に大人びている真紅といえども流石にあんなものを見せられては平常通りにはいかない。
少なからず衝撃を受け、最初に送り込まれた場所がこの民家であったため、気を落ち着かせるためにも紅茶を飲んでいた。
其処にあすかがやってきて後は……今に至っているという事だ。
初めは全く頼りにならない男だと思っていたが、何か譲れない思いはあるらしい。
あすかを仮初の仲間とし、真紅はこの殺し合いを打ち破る決意を密かに燃やし続ける。
(ジュン、翠星石、蒼星石……無事を祈っているわ。特にジュン……貴方とは特に一刻も早く会わないと。
そして
水銀燈……貴女がこの禁忌の宴に乗ってしまっているのであれば私は止めてみせる。
アリスゲームのようなものをやらせるわけにはいかないのだから……!)
真紅のマスターともいえる存在である桜田ジュン。
真紅の姉であり、彼女の宿敵でもあるローゼンメイデン第一ドール――水銀燈。
放ってはおけないジュン、きっとこの場でも自分を付け狙って来ると思える水銀燈の存在を特に気に留めながら、真紅は決意を強める。
ローザミスティカを失った蒼星石が何故この場に居るのか。
何故、人工精霊――ホーリエが居ないのか。
Nのフィールドへの侵入が何故出来ないのか。
正確な距離はわからないがジュンと距離が離れていても契約の指輪からのエネルギーの供給は可能なのか。
湧き上がる疑問は多々あるが、それでも真紅は前へ進み続ける事を止めるつもりはない。
何故なら真紅は今、生きているのだから。
時間の流れにより肉体が朽ち果てるという事はないけれども、それでも真紅は今、この瞬間確実に生命の螺子を回し続けている。
ならば――この現実に対し、闘うしかない。
闘って、闘って――自分達の未来をもぎ取る。
生きるコトとは闘うコトなのだから。
そう――
ローゼンメイデンの誇りに賭けて。
思いを糧に、真紅はドアノブに手を掛けて、仲間達と合流するために外へ飛び出そうとするが――それは叶わなかった。
それは単純すぎた問題。
今までずっと室内に居たため、まるで足りてない事に真紅は気がついた。
そう。自分の身長がドアノブに足りてない事を。
「…………ぷっ」
思わず、あすかは小さな笑いを洩らす。
だが、何も物音はしない室内ではその音は決して小さな音ではなく、真紅にしっかりと聞こえていた。
ほんの少しだけ、その場に硬直した真紅はやがて振り返り、徐にあすかの方へ歩き出して――
思いっきりあすかの足を蹴り飛ばした。
僅かに両の頬を桃色に染めながら。
【G-7 北部の民家/一日目 深夜】
【真紅@ローゼンメイデン(漫画版)】
【装備】:庭師の鋏@ローゼンメイデン
【所持品】:基本支給品一式、不明支給品0~2個(未確認)
【状態】:健康
【思考・行動】
1:殺し合いを阻止し、元の世界へ戻る。
2:ジュン、翠星石、蒼星石、劉鳳、クーガーと合流する。
3:カズマ、水銀燈に用心する。また、水銀燈が殺し合いに乗っているようであれば彼女を止める。
【備考】
※参戦時期は蒼星石死亡以降、詳細な時期は未定(原作四巻以降)
※あすかと情報交換し、スクライドの世界観について大雑把に聞きました。
※蒼星石が居る事や、ホーリエが居ない事などについて疑問に思っています。
※どこへ向かうかは次の書き手さんにお任せします
【G-7 北部の民家/一日目 深夜】
【橘あすか@スクライド(アニメ版)】
【装備】:なし
【所持品】:基本支給品一式、不明支給品1~3個(未確認)
【状態】:健康
【思考・行動】
1:ギラーミンを倒し、元の世界へ戻る
2:ジュン、翠星石、蒼星石、劉鳳、クーガーと合流する。
3:カズマ、水銀燈に用心する。特にカズマは気に食わないので、出来れば出会いたくもない
【備考】
※参戦時期は一回目のカズマ戦後、HOLY除隊処分を受ける直前(原作七話辺り)
※真紅と情報交換し、ローゼンメイデンの事などについて大雑把に聞きました(アリスゲームは未だ聞いてない)。
※何処へ向かうかは次の書き手さんにお任せします。
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最終更新:2012年12月06日 04:06