砂鉄の楼閣(前編)◆/VN9B5JKtM



 5. 薔薇の乙女は故人を偲び RozenMaiden_Fifth_Doll.



 真紅達があすかと別れてから10分後。

「美琴、抱っこして頂戴」
「え? えっと……こう?」
「抱き方が違う!」
「痛っ! な、何もはたく事ないじゃない」

 彼女達は気付かない。



 30分後。

「そう言えば美琴、あなたの荷物はクーガーに渡された物なのよね?」
「ええ、そうだけど。それがどうかしたの?」
「じゃああなたの元々持っていた荷物はどうしたの?」
「あ……。橋の傍に置きっ放しで来ちゃったから……多分、ライダー達が回収してると思う……」
「そう……。支給品は何だったか覚えてる?」
「えっと、確か銃弾とおふだよ。衛宮さんは拳銃を持ってたわ。あ、あとレストランを覗いた時に、他に犬のぬいぐるみも衛宮さんの支給品だったみたいな事を言ってたけど。
確か……こんな風に垂れ目で、耳が垂れた感じの」
「!? まさか……くんくん、あなたもここに居ると言うの? 美琴、そのぬいぐるみは今どこに!?」
「え!? えーっと、その……。レストランの中にそれらしき物が真っ二つにされて転がってたような……」
「!?!?!?」
「し、真紅……?」
「ああ、なんてことなの……。くんくん……あなたまで…………」
「ちょ、ちょっと、しっかりして! 真紅!」

 彼女達は気付かない。



 一時間後。

「それにしても、あすかさん遅いわね……」
「本当、紅茶も淹れずに何をしているのかしら」
「うーん……。あ、薬とか探してるんじゃないかしら? デイパックも持って行ったみたいだし」
「だとしても一言ぐらい断ってから行くべきなのだわ。美琴、探しに行くわよ」
「え、じゃあちょっと待ってて、入れ違いにならないようにメモ残すから。『放送までに戻ります』これで良し、と。って、ちょっと真紅、待ってってば」

 彼女達は気付かない。
 橘あすかに訪れた不幸にも、病院に迫りつつある脅威にも、四人の殺人者達が手を結んだ事にも。

 彼女達はまだ気付かない。




   ◇   ◇   ◇





 橘あすかの殺害後、今まで使用していたバズーカを失ったラッド・ルッソは代わりの武器を求め、手に入れたばかりのデイパックを漁っていた。

「あん? 何だこりゃあ、本か? コイツは役に立ちそうにねぇな」

 最初に出てきたのは螺湮城教本、第四次聖杯戦争のキャスターの宝具だ。
 制限を受けているとは言え、魔術師以外でも使用できるその宝具は十分に有用なのだが、ラッドにはただの本にしか見えない。
 取り出した螺湮城教本をハズレと判断し、無造作に自分のデイパックに放り込む。

「お次は、っと。お? コイツは……火炎放射器か? よーっし、次の得物はコイツにするか」

 次に出てきたのは火炎放射器。説明書によれば「トーチ」という人物が使用していた物らしい。
 たっぷりと燃料の入ったシリンダーがズシリと重い。
 どうやらこの武器にはラッドも満足したらしく、新しい玩具を買ってもらった子供のようにはしゃいでいる。

「つーかこんな良いモン持ってたってのに、何でさっきの野郎は使おうともしなかったんだぁ?
あれか? 僕にはこの玉があるからこんなものに頼らなくても死にません、とか思ってやがったのか? そうなんだろうなぁ。
まぁ、そんなヌルい考えだから俺みたいな奴にぶっ殺されるんだけどよ。ヒャハハッ」

 火炎放射器、そしてあすかのデイパックを自分のデイパックに仕舞い立ち上がる。
 流石に何十kgもある火炎放射器を背負って移動するのは骨が折れる。これの出番は獲物を見つけてからだ。

「さぁて……。まずは黒スーツからぶっ殺すか。すぐ黒コゲにしてやるから逃げんじゃねぇぞ?」

 殺意をぶつけるべく、ウルフウッドの後を追って西へと走り出す。


 ラッドがウルフウッド達を最初の標的に決めたのにはいくつかの理由がある。

 まず一つ目の理由は地形の問題だ。
 第二回放送後にF-6が禁止エリアとなり、病院から南東への唯一の移動ルートである橋が使えなくなった。
 南と東を湖に囲まれているため、現在病院に居る人物が神社以外の施設へ向かうには西か北の方向へと移動するしかない。
 つまり自分が西側から病院に行き、もしそこに電気女が居なければ北の方に向かった可能性が高いと言う事だ。

 二つ目の理由は、電気女はしばらく病院に留まるだろうと思ったからだ。
 自分がさっき殺した男は電気女と一緒に病院に居たが、何らかの理由で別行動を取った。
 そしてその最中、黒スーツに電気女を攫われたと勘違いし、奴らを追ってここまで来た。それはほぼ間違いない。
 そして自分が見たところ、奴は全身に無数の切り傷を負っていたが、病院に行くほどの大怪我はしていなかった。
 つまり電気女、あるいは他の仲間が大怪我を負い、その治療のために病院へ向かった可能性が高い。
 そうだとすれば、しばらくは病院で休み体力の回復を図るのではないか、ラッドはそう考えた。

 三つ目の理由は、ここで黒スーツを逃がすと次に出会えるのはいつになるか分からないからだ。
 上の二つの理由から、電気女は黒スーツを片付けてから病院に向かっても間に合うだろう。
 だが黒スーツは「西の方に向かった」という事だけしか分からない。
 奴のこれからの移動経路、立ち寄る施設、最終的な目的地、全てが謎だ。
 最悪、自分以外の誰かに殺されてしまうかも知れない。

 四つ目の理由、これは分かりやすい。単純に追いつけると思ったからだ。
 相手は黒スーツの他には女子供が二人に鹿のような生物が一匹。どう考えても黒スーツ以外は足手纏いだ。
 奴らは集団で行動している以上、必然的に一番のノロマに合わせたスピードで移動することになる。
 黒スーツが他の三人を抱えて移動するという可能性も無くはないが、それだと突然の襲撃に対応できなくなるため可能性としては低いだろう。
 ならば奴らの移動スピードは大した事ない。急いで追いかければ今からでも追い着ける、ラッドはそう判断した。


 もちろん実際には獣形態のチョッパーが他の三人を背に乗せて移動しているため、ラッドの足では追い着けるはずもない。
 もしラッドが獣形態のチョッパーを見ていたら、仲間を背に乗せ地を駆ける姿を見ていたら、ウルフウッド達を追うのは諦めて病院に向かっていた。
 だがラッドは小柄な人獣形態で休憩しているところしか見ていないため、チョッパーのスピードも一緒に居た子供と同程度だろうと判断してしまった。


 そして最大の理由。ウルフウッドと梨花に対する殺意が、美琴へのそれを上回っていたため。
 他にも黒スーツの方が近くに居るだとか、早く火炎放射器をぶっ放したいだとか、様々な理由があったが、やはり決め手となったのはこれだろう。

 結果、自分では追いつけないという事すら知らず、ラッドは既に逃げ去ってしまった獲物を追いかけた。


 当然だが見つかるはずもない。

 もしかしたら隠れてやり過ごすつもりかも知れない、と周囲の建物を虱潰しに探してみたが、やはり見つからない。
 自然、ラッドの苛立ちは募る。

「こんだけ探しても見つからねぇってのはどういう事だよ? あの黒スーツの野郎には逃げられちまったって事かぁ!? クソッ! ムカつくぜ。
仕方ねぇ、病院に向かうとするか」

 あすかのデイパックを取り出し、その中身を自分のデイパックに流し込む。
 空になったデイパックを宙に放り投げ、ストレス発散と試し撃ちを兼ねて火炎放射器の引き金を引く。
 噴射口から吐き出された火炎の奔流がデイパックを飲み込み、一瞬の内に焼き尽くした。

「おおおっ!? すげえ威力だなぁ、おい! あっと言う間に消し炭になっちまったぜ!
いいねいいねぇ! あの大砲も良かったがコイツも派手で気に入ったぜ! これでまたぶっ殺して回れるからなぁ!
あー、早くコイツでヌルい奴らを焼き殺してぇなぁ。自分は死なねぇって思ってる奴は自分が生きたまま焼かれる瞬間、どんな顔するんだろうなぁ。
あぁぁぁあ、早くぶっ殺してぇぜぇぇえ!」



 そして、ギラーミンの放送が流れる。


「おいおいおいおい、何だよ何だよ、また13人も死んじまったのかよ!? もう24人しか残ってねぇじゃねぇか!
ったくよぉ、どいつもこいつも殺し過ぎじゃねぇのかぁ!? 俺の殺す分がどんどん減ってくじゃねぇか!
あああぁぁあ、俺はまだたったの6人しか殺してねぇってのによぉ! 他の奴らは好き勝手に殺しやがって、イラつくぜぇ……!
よぉし、決めた! 俺以外に参加者を殺して回ってる野郎が居たらぶっ殺す! そういう奴らはこんなに強い俺が死ぬはずない、なんて思ってやがるだろうしなぁ!
おっと、もちろんそれ以外の参加者も見つけたら遠慮なくぶっ殺すぜ! まだまだ殺し足りねぇからなぁ!
ん? 待てよ? 要は片っ端からぶっ殺してくって事じゃねぇか! 何だ、結局は今までと変わらねぇなぁ、ヒャハハッ!」

 狂った笑いを響かせながら、ラッドは病院へと歩を進める。

「待ってろよ、電気女ぁ。今ぶっ殺しに行ってやるからよぉ!」



   ◇   ◇   ◇





 放送終了後、真紅と美琴は病院内にある病室の一つに居た。

「どうなってんのよ……?」

 美琴の愕然とした声が病室内に響く。
 その声に釣られるように、真紅は名簿に――正確にはその一点、たった今自分の手でチェックを入れた名前に――視線を落とす。
 信じられないのも無理はない。真紅も最初は我が耳を疑った。

「何であすかさんの名前が呼ばれてるのよ!」

 ついさっきまで行動を共にしていた仲間の死が告げられたのだから。



 『橘あすか』
 その名が呼ばれた瞬間、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
 目の前が真っ暗になり、聴覚は仕事を放棄し、頭はぴたりと思考を停止する。
 五感を失い、ぼんやりとした意識だけがふわふわと漂う、そんな感覚。ペンを取り落とさなかった自分を褒めてやりたいぐらいだ。

 一拍遅れて自分を取り戻し、その意味を理解すると、胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感に包まれた。
 次いで襲ってきたのは、ジュンの名が呼ばれた時にも、翠星石蒼星石の名が呼ばれた時にも味わった、胸を押し潰すような悲しみ。
 そして、確かにそこに存在していたはずの絆を無理矢理引き千切られた、そんな理不尽な暴力に対する抑えようも無い怒り。


 既に何人もの参加者が死者として名を呼ばれている以上、いつ自分達が死亡者のリストに名を連ねてもおかしくはなかった。
 だが、まさかこんな形であすかとの別れが訪れるなど考えもしなかった。
 正直言って、まだ実感が湧かない。
 実は自分の聞き間違いか何かで、あすかは何事も無かったかのようにひょっこりと姿を現すのではないか、そんな幻想に縋ってしまいたくなる。

(それでも……認めなければならないのね……)

 できる事ならば、悲しみが癒えるまでこのままじっとしていたい。
 だが、この殺し合いでは仲間の死を悲しむ、そんな僅かな時間すら与えられない。
 ここで自分が悲しみに飲まれて足を止める訳にはいかない。第一、あすか自身もそれを望まないだろう。

 左腕の切断面をそっと撫でる。

(あすか……今一度、あなたの想いにかけて誓うわ。私は私のやり方で、この殺し合いを止めてみせる)

 顔を上げた先には、まだ呆然としている美琴の姿がある。
 契約の指輪で繋がっているためか、断片的な思考が流れ込んでくる。
 また一人、自分を信じた人間が死んでしまった。
 また一人、自分のせいで人を死なせてしまった。
 恐怖、混乱、悲しみ、自己嫌悪、様々な負の感情がごちゃ混ぜになって濁り切った思考の渦。

 まずは混乱の真っ只中にある彼女を落ち着かせなければならない。
 彼女を捕らえて放さないドス黒い渦から、手を取って引き上げてやらねばならない。
 彼女にとっては酷だろうが、それでもあすかの死を受け入れて先に進まねばならない。

 あすかが居ない今、それは自分の役目だ。



「美琴、落ち着きなさい」
「だって、真紅! あすかさんが……」
「今私達がすべき事はあすかの死を嘆き悲しみ時間を費やす事ではないわ。あすかがなぜ殺されたのか、それを考える事が重要ではなくて?」

 美琴もそれは分かっているのだろう。まだ納得はしていないという表情ながらも一応は落ち着いたようだ。

「まさか……病院内に誰か居たってこと?」
「その可能性が高いのだわ」

 もし何者かが病院内に潜んでいるとすれば、このまま放っておく訳にはいかない。
 後からやって来た参加者を襲うかも知れないし、何より仲間を殺されて黙っているなど、自分達の気が済まない。
 あすかの遺体も見つけて埋葬したいと思い、真紅達は引き続き病院内を見て回る事にしたのだが。


「誰も居なかったわね……」
「それどころか、あすかの遺体もないのだわ」
「って事は、あすかさんは病院の外で殺されたって事?」


 そして今、二人は病院の裏口に居た。
 病院内を一通り見て回った二人だが、見つけたのは見知らぬ少年の死体だけで、殺人者もあすかの遺体も見当たらなかった。
 まさか殺した相手を埋葬するような殺人者はいないだろう。あすかが病院内に潜んでいた何者かに殺されたのだとすれば、その遺体も病院内のどこかに残っているはずだ。



「でも私達に一言の断りも無く外に出て行くのは不自然なのだわ」
「うーん、それもそうなんだけど……。あ、あいつなら……いや、でもあいつはここに居ないからやっぱり他の誰かが……」
「美琴、何をぶつぶつ言っているの?」
「んー、実は私の学校に『心理掌握(メンタルアウト)』って呼ばれてる超能力者がいるんだけどさ。そいつの能力が読心、洗脳、念話、記憶操作……とまあ精神的な現象ならなんでもできる訳よ」

 そこで真紅も美琴の言いたい事に気付く。
 精神支配系の超能力者。もし参加者に似たような力を持つ者が居たら。

「つまり、あすかが自分の意思ではなく何者かに操られて外に連れ出されたのではないか、そう言う事ね?」
「うん。あすかさんもアルター能力で一時的に意識を奪う事ぐらいは出来るって言ってたから、有り得なくはないと思うのよね」

 確かに、そう考えればあすかが何も言わずに消えた事も辻褄は合う。
 だが、そうだとすると、どの程度まで操れるのかが問題になってくる。
 もし殺す前にあすかの持つ情報を引き出していたとすれば。自分達の能力や負傷具合、これからの行動方針まで知られてしまったとすれば。
 自分達は圧倒的に不利な立場に追い込まれてしまった事になる。

 もちろんその最悪の予想通りだとしても、真紅はあすかを責めるつもりなどない。
 怒りを向けるべきはあすかではなく、あすかを殺した何者かだ。

「行くわよ、真紅」

 美琴が先頭に立って歩き出す。
 ギラーミンの放送によれば、残る参加者は24人。殺し合いは予想以上に早く進んでいる。
 もはや一分、一秒たりとも時間は無駄にできない。
 真紅達は予定を修正して、劇場には向かわずにC-4駅に行く事にした。

(あすか……私も美琴も、あなたが居たおかげで大分救われたのだわ。
あなたの遺志は私達が受け継ぐ。だからゆっくりお休みなさい……)

 心の中だけであすかに別れを告げ、前を歩く美琴を追いかけようとして。





 爆炎が、辺りを包み込んだ。



   4. 狂人は戦火を撒き散らし Four_Murderers_Alliance.



 ロベルタミュウツー、ナイン、リヴィオ、同盟を結んだ四人はまず最初の目的地を病院へと定めた。
 C-4駅から南下して図書館を通り過ぎ、劇場から西へ。
 そして病院に到着した時、その裏口から二人の少女が出て来るのを発見した。
 事前にナインから情報を得ていた四人には、それが真紅と美琴の二人だとすぐに分かった。
 当然、迷うことなくその殺害を決意する。


 作戦は驚くほどすんなりと決定した。
 まずロベルタがパニッシャーに搭載されているロケットランチャーで砲撃。
 さらに距離を詰め、パニッシャーの機関銃で着弾点付近を一掃する。
 最後にミュウツーとナインが接近し死体を確認、もし息があれば止めを刺す。

 ナインの情報によれば敵は二人とは言えその戦力は侮れない。
 最大火力による先制攻撃で反撃の間を与えずに殲滅する、それが四人の選んだ戦法だ。

 巨大な十字架から放たれたロケット弾が爆発し、爆音と煙塵を撒き散らす。
 絶え間なく吐き出される銃弾が地を抉り、壁を穿つ。
 超人的な再生力を持つリヴィオやミュウツーでも生きてはいられないほどの圧倒的な火力、美琴のような一般人なら数秒と経たず肉塊になるはずだ。人形の真紅など跡形も残らないだろう。


 体中から血を流して倒れ伏す美琴と粉々に砕け散った真紅、四人はそんな光景を予想していた。
 だから爆煙が晴れた時、そこに黒い壁がそびえ立っているのを見た四人は少なからず驚いた。

 最初に反応したのはリヴィオ。引き金にかけた指に力を込め、構えていたソードカトラスが銃弾を撃ち出した。
 吐き出された弾丸は黒い壁に着弾し、砂に埋もれるようにして壁の中に消えていった。

 あの壁が能力なのか支給品なのかは分からないが、最初の爆発を生き延びた敵はあれで銃撃を防いだのだろう。
 つまり、少なくともどちらか一人はまだ生きているという事だ。
 ミュウツーとナインの二人はそう考え、美琴達に止めを刺すため左右から黒い壁の後ろに回り込み、

(居ない!?)
「居ない!?」

 崩落する壁に飲み込まれた。





   ◇   ◇   ◇





 美琴は超能力者だが、それ以外は基本的にただの少女だ。いや、頭脳も体力も中学二年生とは思えないほど優れているのだが、それでもやはり一般人の域を出ない。
 当然ながら、敵の気配を探るだとか、自分に向けられた殺気を読むなどといった芸当は出来ない。それは真紅も同じだろう。
 つまり、美琴達は自分達が狙われていることに気付いていた訳ではない。
 では何故奇襲が失敗したのか、そう問われれば、御坂美琴は最強の電撃使い「超電磁砲」だから、と、そう答えるしかないだろう。

 科学技術の最先端、学園都市。そこでは何万人もの研究者達が日夜研究に明け暮れている。その研究内容の一つにAIM拡散力場というものがある。
 能力者は能力を発動している時以外でも常に周囲に微弱な力を発している。この能力者が無自覚に発している力の事を総称してAIM拡散力場と呼んでいる。
 どんな力を発しているかは能力者の力の種類によって変わってくる。例えば発火能力者なら熱量、念動力者なら圧力、という具合だ。
 そして電撃使いの美琴が発しているのは――電磁波。
 彼女はその反射波を感知することでレーダーのように周囲の動きを察知し、死角からの攻撃にも対応することができる。

 美琴達は病院の裏口から外に出た。そしてC-4駅に向かって歩き出したところで、電磁波のレーダーが自分達に向かって高速で飛来する何かの存在を捉えた。
 それがロケットランチャーだということまでは分からなかったが、彼女はそれを何者かの攻撃だと判断し、即座に迎撃態勢に入った。
 美琴が迎撃準備を完了した時点でロケット弾の着弾まで残りコンマ数秒、常人ならば回避も迎撃も諦めて地面に伏せるしか手がない距離まで迫っていた。
 だが彼女は学園都市第三位の超能力者、七人しか居ないレベル5の一人、超電磁砲だ。それだけあれば彼女にとっては十分過ぎる。
 飛来物が飛んでくる方向に向けて、電圧にして数億ボルトの雷撃の槍を放つ。
 電気刺激を受けたことにより信管が作動し、砲弾は美琴達の10m以上手前で爆発。二人は爆風に煽られ地を転がることになったが、ほぼ無傷でこの初撃を回避することができた。

「真紅、無事!?」
「っ……大丈夫よ。一体何が……?」
「敵よ。真紅、こっち。とりあえず隠れるわよ」

 美琴は急いで起き上がると、真紅を抱き上げて建物の陰に隠れる。直後、さっきまで美琴達が立っていた辺りに無数の銃弾が撃ち込まれる。
 嵐のように降り注ぐ鉛弾が地面を穿つ。咄嗟に隠れていなければ今頃は……そう考えるとぞっとする。

「容赦ないわね。相手は問答無用で殺しに来てるわよ」
「それで美琴、どうするの? 逃げるなら今のうちだわ」
「逃げる? 冗談はやめてよ。真紅だってそんなつもりはないんでしょ?」

 あまりに出来過ぎている。それが美琴の抱いた感想だ。

 まずタイミングが良過ぎる。まるで自分達が病院に居るのが分かっていて待ち伏せしていたような、そんな絶妙なタイミングでの襲撃。
 そしてもう一つ、容赦が無さ過ぎる。外見だけで言えば、自分達はまともな武器すら持っていない少女と人形だ。それに対してアレはいくらなんでもやり過ぎだ。
 偶然病院にやって来た殺人者が自分達を発見し、襲撃したと考えるのは楽観的過ぎるだろう。
 だが、例えばこの襲撃者が事前にあすかから情報を引き出していたとしたら?
 自分達の動向を監視し、このタイミングで襲撃することも可能だろう。自分達の能力も聞き出しているだろうから、容赦の無さも納得できる。

 この襲撃のタイミングとやり方から見て、この襲撃者があすかを殺した可能性が高い。美琴はそう考え、交戦を選択した。
 真紅もそれが分かっているのだろう、無言で頷く。
 美琴は不敵に笑う。それは彼女がこの場に呼び出されて初めて見せる自信に満ちた笑み。

「私達にケンカを売ったこと、たっぷりと後悔させてやろうじゃない」


 周囲の地面から大量の砂鉄をかき集め、壁を作る。
 自分達の前ではなく、さっきまで自分達が居た、今も銃撃に晒されている場所に。

 この壁は囮だ。
 煙が晴れた時にこの壁を見た襲撃者はどう思うか。
 最初の砲撃で何とか生き延びた美琴達はこの壁の後ろに身を隠して銃撃をやり過ごしている、そう思うだろう。
 となると次に襲撃者が取る行動は大きく分けて二つ。
 美琴の超電磁砲のような高威力の攻撃で壁ごと貫くか、素直に壁の後ろに回り込むかだ。

 そして美琴は前者の可能性は低いと踏んでいる。
 襲撃者が最初からこちらを殺す気で攻撃してきた以上、最初のロケットランチャーによる砲撃、恐らくあれが襲撃者の持つ最大火力だろう。壁を破るつもりならあれを撃ち込んで来るはずだ。
 だが実在の火器を使用しているならば当然その弾数は無限ではないし、真紅の薔薇の花弁や美琴の雷撃のような能力だとしてもあれだけの攻撃力、少なからず体力を消耗するはずだ。
 さらに、襲撃者から見た美琴達は強固なシェルターに閉じこもった訳ではなく、ただ壁の後ろに隠れているだけだ。
 回り込めばそれで済むところをわざわざ前者を選んで弾薬や体力を無駄に消耗する事は無い、よほどの捻くれ者で無い限り襲撃者はそう考えるはずだ。


 ならば残るは後者。
 壁の後ろに隠れているはずの美琴達の息の根を止めるため、

「居ない!?」

 こんな風に近づいて来る。
 後はそこを捕らえて雷撃を撃ち込むだけ。

 美琴は襲撃者を飲み込むように砂鉄の壁を崩す。
 二人の襲撃者は砂鉄に埋もれ、身動きが取れなくなる。

「さて、と。いきなり物騒な真似してくれるじゃない。当然、覚悟はできてるんでしょうね?」

 バチバチと火花を散らし、物陰から姿を出す。
 襲撃者に向けて雷撃の槍を放とうとして。

「美琴っ!」

 真紅に腕を引かれて後ろに倒れこむ。それと同時、連続で銃声が鳴り響き、何かが目の前を高速で通り過ぎた。
 その何かが飛んで来た方向に視線を向けると、地下で見たラズロという男が銃口をこちらに向けていて、その横ではバカみたいに巨大な十字架を構えたメイドが射殺すような鋭い目つきでこちらを睨んでいた。

「な、何で四人も居るのよ!?」

 美琴の誤算はただ一つ、襲撃者は二人だと思ってしまった事だ。

 自身も一時的とは言えナインと手を組んでいた経験があるため、殺人者同士が協力して襲って来る可能性も十分に有り得ると考えていた。
 だが残り人数も24人まで減ったこの局面で、まさか四人もの殺人者が手を組んでいるとは夢にも思っていなかった。
 そこに油断が生まれた。
 二人を生き埋めにした時点で勝利したと思い込んでしまった。


「御坂美琴……やっぱり貴女は危険ね。ここで排除させてもらうわ」
「なっ、ナインさん!?」

 砂鉄の山から抜け出したナインとミュウツーが武器を構える。

 こうして最初で最後の勝機は潰え、一方的な殺戮劇が幕を開ける。
 これより始まるのは戦闘ですらないただの虐殺、勝敗の決まりきったワンサイドゲーム。





 そのはずだった。



「ヒャァアッハハハハァッ!!」

 この男が居なければ。


 爆音に引き寄せられたラッドが、病院の二階の窓を突き破って飛び降りて来る。
 その手には火炎放射器。着地と同時に狙いを定め、引き金を引く。
 灼熱の炎が、辺りを薙ぎ払う。


   ◇   ◇   ◇





「おい、おいおいおいおいおい! マジかよ! マジかよ!! どうなってんだ、こりゃあよぉ!?
新しい武器も手に入った事だし、あの舐めた電気女をぶっ殺してやろうと思って病院に来た! そしたらよぉ!
どういう訳か電気女以外にもあの時のクソメイドに左手が刀になる女、宇宙人野郎にラズロのクソ野郎まで居やがる!
おいおいおい、こりゃあマジでヤベェだろ! 俺がぶっ殺してぇ奴らが勢揃いじゃねぇか!
つーかテメェら俺抜きで勝手に殺し合ってんじゃねぇよ。テメェらは全員俺がぶっ殺すんだからよぉ。
こいつはやっぱアレか? 遠慮しねぇでここで全員ぶっ殺せ! って、そういう事かぁ!? そうなんだな!?
いいぜいいぜ!! 言われるまでもねぇ! テメェら全員まとめてぶっ殺してやるよ! ヒャァッハハッハァ!!」

 ラッド・ルッソは狂人である。それは疑いようも無い事実だ。
 だが彼は決して考えなしの馬鹿ではない。むしろ常人と比べれば頭の良い部類に入る。
 ただその優れた頭脳で四六時中人を殺す事ばかり考えているため、そうは見えないだけだ。
 言うなれば思考のベクトルが常人とは違う方に向いている、そういう事だろう。

 だから彼は効率良く殺すために作戦を立てもするし、自分の不利を悟れば一旦退いて仕切り直しもする。

 火炎放射器は確かに強力な武器だが、銃火器に比べればいくつかの欠点が目立つ。それは前線の兵士が火炎放射器ではなく銃を持っていることからも分かるだろう。
 まずその重量。大量の燃料に保存用のタンク、それを発射する機構。比較的軽いものでも合わせて20kgを超える。
 次に射程。火炎放射器は銃弾ではなく液体状の燃料に火を点けて放つため、空気抵抗の影響が大きい。
 水鉄砲を想像して欲しい。噴射された水は見る見る速度が衰え、やがて最初の勢いを失って地に落ちる。それと同じだ。
 それに使用時間。火炎放射器は前述の通り火を点けた液体燃料を噴き付け敵を焼く武器だが、勢い良く炎を噴出するため燃料の消費が激しい。
 今のように燃料を出しっ放しにして周囲を薙ぎ払う、などという使い方をしていれば、僅か数十秒で燃料が枯渇してしまう。
 そして、背中に大量の燃料を背負っているため、そこに被弾すれば逆に自分が火達磨になってしまう。

「ラッド・ルッソォッ!」
「おぉ? 随分とやる気満々じゃねぇか。ヒャハハッ、いいぜ。まずはテメェからぶっ殺してやるよ!」

 ナインが左手のブレードで斬りかかるのを炎で牽制し、ラッドは冷静に思考する。
 開けた場所で敵に囲まれている、今のこの状況は良くない。
 もっと狭い通路で前方から来る敵だけを相手にする、そんな状況が望ましい。
 結果、ラッドは一時撤退を選択した。

 自分に対して剥き出しの殺意を叩きつける女、自分が退けばあの女は必ず追って来る、そう確信して。


「ッ! 逃がさない!」

 そしてラッドの目論見通り、ナインはその後を追って駆け出す。
 ラッドの選んだ狩場、病院内へと。


「チッ、お前はナインを援護しろ! こっちは俺達で片付ける」

 リヴィオの指示に従い、ミュウツーもナインを追って病院に入って行く。



 そしてもう一人。この場の誰にも気付かれる事なく、病院内に侵入する黒い影があった。

 こうして、病院内を舞台とした戦闘が幕を開けた。




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最終更新:2012年12月05日 02:41